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マスター:九三壱八
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/03/07


みんなの思い出



オープニング

「ふ。この世界にてゲートを開け、とはな。望むところよ」
 眼前に広がる人間界を見下ろし、その悪魔は口元に笑みを刻んだ。
「ええ、その通りだわ」
 隣に佇むは、別の悪魔の姿。
「余の盟友よ。見るがよい、この世界を。この世界に在りし数多の生命を」
 男も女も。人間も天使も。その瞳に映る時には全て同一の存在として括られる。
「さぁ、参るぞ! 新たなる我らの狩場にな……!」

 四国、高知県。
 そこにまた一つ、新たなゲートが開かれた。





「またゲートが発生しました! 場所は四国、高知県、大月! 撃退庁が破壊部隊を派遣しました!」
 次々にもたらされる報告に、教室に呻くような声がいくつも漏れた。
「くそ……予想以上にゲートの数が多いな……」
 多発ゲート展開。
 生徒等が入手してきた情報よりこの未来は予見されていた。だが、その数が想像よりも多すぎる。
(今も作られているゲートを含め、最終的に一体いくつのゲートが作られようとしている……?)
 しかも太珀(jz0028)の予想が正しければ、これらのゲートは本命では無いという。ならば、その本命たるゲートはいつ、どこに。
(いや、たとえ本命でなかろうと、ゲートは壊さねばならん……!)
 どのゲートも捨ておくことはできない。ならばこれもまた連中の策か。
「至急、撃退庁と連携を取り合え! 連中が数で攻めてくるならば、こちらも味方同士で連携をとらねばならん! なんとしてでも、奴らの計画を砕くぞ!」





 そのゲートを背にして、男は渋面のまま籠を開けた。
 大人の頭よりも小さな虫籠から、大きな蝶がふわりふわりと漂う様にして現れる。
 籠の中の全てが解き放たれるのを見届けて、男はゲート内部へと入った。元はリゾートホテルであったという建物は、明るく清潔感に満ちている。
(これが連中の箱庭か。ハッ! うちの巣より、よっぽど人間的じゃねェか)
 脳裏に浮かぶのは、数刻前に主とかわした会話だ。


「冗談じゃねェぞ!」
 主が起居する暗い洞窟で、ヴァニタスの男は眦を釣り上げていた。
「なんで俺が連中の為に行かなきゃならねェんだよ!」
「おや、おや」
 二つの虫籠を腰に下げ、男は再度主である悪魔へ拒絶の意を示す。深い闇の向こうで、悪魔が笑う気配がした。
「楽しまないのか。楽しめばよいものを。アレ等は我が知己の中でも抜きんでた者ぞ」
「あんたが動けばいいだろ!?」
 ヴァニタスの声はどちらかというと悲鳴に近い。
「それはつまらぬ。あぁ、つまらぬものよ。それに、おまえが行かぬのであれば」
 そこで言葉を区切ってから、悪魔は闇の向こうで薄ら笑む。

「連中が、直に、ここに来るかもしれぬが?」

 その瞬間、男は全速力で駆けだしていた。


(くそっ……! 連中にだけは関わりたくねェ!)
 忌々しい気分で鼻を鳴らし、両開きの扉を蹴破ると、中にいたヴァニタスがゆっくりとこちらに視線を向けた。
「外に虫を放ってやった。いいか。俺はやるべきことはやってやったんだ。てめぇの主にはそう伝えろ」
 空になった虫籠を無造作に放って、男は吐き捨てるようにそう告げた。
「……」
 ゲートコアの前に立ったヴァニタスは、優美な美貌を僅かも動かすことなくただ男を見つめている。
「絶対に俺の前に現れるな。絶対にだぞ! ……じゃあな」
 言うだけ言って、男はさっさと踵を返した。それをただ冷ややかに見送って後、少年はゲートコアへと視線を戻す。
 その眼差しは凍てついたまま、わずか一秒たりとも、感情を宿すことは無かった。


「ち。余計な手間ァとらせやがって……」
 男は不機嫌さを隠さず、手に持った新しい籠をぷらぷら揺らしながらゲートの外へ出る。その足が数歩いくかいかないかといったところで止まった。
「……あん?」
 自身が放った蝶達が、何かを求めるように彷徨っている。

 ──何かを。

「!」
 気づき、男は顔を歪めるようにして笑った。
「ハッ! 連中かよ! ハハッ! 早速嗅ぎつけられてんじゃねェか! ざまァねぇな!」
 男がゲート内の建物に入っていたのはほんの僅かな間。
 たったそれだけの間に、戦いが始まっていたらしい。
 次いで響きはじめた戦闘音にむしろ会心の笑みを浮かべ、男は歩みを進める。だが、数十歩歩いたところでまた止まった。

「民間……ッ !? 違う! 貴様は……!」

「っとォ。あーくそ、うぜェ」
 こちらを認めた人間が、ぎょっとした顔で通信機を取り出す。その頭に面倒くさげに黒針を投げ、ヴァニタスの男は頭を掻いた。
「俺にゃあ、ここまでしてやる義理はねェんだよ。いちいちかまってくるんじゃねェぞ、っつーの」
 だがすでに姿を見られている。それも複数の人間に。
 結果、即座に敷かれた包囲網に男は苛立たしげに舌打ちした。
「どいつもこいつもうぜェ……!」
 呼び出された数十の黒針が一斉に撃退庁の面々へと襲い掛かる。
 轟音が周囲一帯に鳴り響いた。





「撃退庁から通達! 大月に派遣されたゲート破壊部隊壊滅! 繰り返します! ゲート破壊部隊壊滅です!」
「なっ……!?」
 出撃からわずか一時間に満たない間にもたらされた凶報に、鎹雅 (jz0140)はギョッとなって叫んだ。
「生存者は!?」
「三部隊中二部隊はほぼ絶望的です! 西方からの侵攻部隊は全滅。北方からの部隊は三名のみ生存確認。現在南と東からの部隊が救援に向かい、北部隊は撤退中とのことですが、他部隊情報・敵情報ともに入り乱れていてどんな状況下なのかが分からないとのことです……!」
「敵情報来ました!」
 流石に騒然となった部屋に、別の通信士からの連絡が入る。
「ゲート周辺、ほぼ全域に多数の虫型ディアボロを確認! それに、ヴァニタスが二体確認されています。うち一体は【虫籠】のヴァニタス。西部隊はこちらと接触して全滅! 北部隊を潰走に追い込んだのも同様です。また、南部隊が悪魔クラウンのヴァニタス、シツジの姿を確認しました!」
 二体のヴァニタス。その性質の違いから察するに、主が同じだとはとても思えない。
 ならば、少なくとも、そのゲートにいる悪魔は二柱か。あるいは……
「……どういう……ことだ?」
 複数の悪魔がそこに居るのか。クラウンが居るのならば、あの猫悪魔も居るのではないか。では、虫籠の主である悪魔は?
(これが本命か……まさか、それにしては規模が小さい……!)
「敵ディアボロは蝶型。香鱗による魅了ありとのことです!」
「撃退庁より部隊の救出依頼が来ました! 現在、ゲートを離れ追撃の手から逃げている北部隊生存者三名を助けて欲しい、と!」
「……すぐに転移することができる人数は!?」
「それが……今すぐに転移できるのは七人とのことです! もう少し時間を置いて募集をかけてからであれば……あるいは……!」
「く……!」
 短時間で壊滅させられた部隊。今すぐの救援を待つ彼らに、人数で行くから待てと声をかけるなどできるはずがない!
 唇を噛んだ雅に、通信使が弾かれたように顔を上げる。
「先生。生徒達が……!」
 見れば、事態を聞きつけて即座に集まってくれた生徒達の姿がそこにある。
「情報は……!?」
「今はまだほとんど無い。むしろ、現地で救出しながら情報をかき集めることになるだろう……」
 ヴァニタスが二体いる理由。敵兵力、悪魔の数と、その名前。
「だが、それらは可能ならばの話だ。ヴァニタスや悪魔の姿との交戦は出来るだけ避けろ。……今はただ、生き残った人達を……頼む……!」


リプレイ本文


 誘われるようにして人々は駆ける。悪魔達の思惑の絡む四国へと。
「四国……何かと騒がしいですね」
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は転移装置へと走りながら小さく唇を舐めた。
「……同業者の救出ついでに、ちょっと探りを入れてみますか」
「今回は負傷者の救助だったか」
 その横を駆ける雨下鄭理(ja4779)が小さく呟き、神月熾弦(ja0358)が光信機を操作しながら嘆息をつく。
「四国の状況は悪化の一途、ですね。事前にある程度予測していてもこの状況、全くの不意打ちで行われていたらと思うと……」
 もし後手に回っていたら……そう思うと背筋が寒くなる。
「小粋なジョーク一つの言う暇も無い、が、焦って迷走してもどうにもなるまい」
 運搬用の縄を腕に雪風時雨(jb1445)は冷静に告げた。表面上は静かに見える鐘田将太郎(ja0114)が低く呟く。
「敵地に残された撃退庁の人達をどうにかしねえとな…」
「そのためにも、まずは情報の整理だ」
 時雨の声を聞きながら、将太郎は心の中で独り言つ。
(……重傷者を巻き添えにするわけにゃいかねえ)
 強い意志を秘めたその瞳が真に何を見据えているのか――仲間達は知らない。
(開いたゲート、虫籠のヴァニタス)
 報告に上がっていた名も無き暴虐の徒に、羽空ユウ(jb0015)は僅かに眼差しを伏せる。
(……悪魔も、動いているのだろうか)
 猫のような悪魔のヴァニタスだとは思えない。その在り方はあまりにも違い過ぎている。
 殺戮は単調な行動。
(結局のところ、生きる為には殺さねばならない――私も、批判は出来ない)
 例えどれほど言葉を尽くしても、生とは他の命を自らの為に摂取することに他ならない。
 だからただ認める。その悲しい魂の内側で。―― 『同じ』だと。
「例えそこに何かの思惑があろうとも、だ」
 光信機を各人に渡しながら強羅龍仁(ja8161)は強くその言葉を口にした。

「救えるのなら全力で救うまでだ」





 空を貫く光の柱が見えた。
 高知県に突如現れた大月ゲート。規模こそ小さいながら、その結界内に少なくとも二体のヴァニタスを視認させた冥魔の牙城だ。
 転移と同時、視界に広がったその光景に鄭理は双眼鏡を構える。
(救助要請内容から察するに逃走ルートは東あたりか)
 素早く流し、気づいた。
「巨大な蝶の群れを発見。何かを追うように移動している」
 瞬時に全員が駆けだした。
「! 通信つながりました!」
 熾弦が声を上げた。要救助者の光信機と連絡が繋がったのだ。
「無事か!?」
「ルートは!?」
 龍仁とエイルズレトラの声に熾弦は得た情報を簡潔に纏める。
「負傷度前回報告と変わらず! 逃走ルートは北東……こちら側です!」
「どうりで蝶の群れがこっちに向かってるはずだ」
 鄭理が静かに呟く。双眼鏡で見た蝶の個体数は三。上下に揺れるようにして羽ばたくディアボロは、移動力に関してはさして高くないようだ。
「追われているな」
「急ぎましょう!」
 全員の体が光纏に包まれる。支配領域結界に向かい刃を構えた。
「突入する!」
 空気が変わった気がした。解き放った龍仁の生命探知に反応が返る。
「左前方に蝶の姿!」
「予想以上に分布されているな……!」
「道中のあいつらは基本放置で!」
「ああ、相手にせず強行突破だ。今はあいつらに関わっている暇はない!」
 エイルズレトラの声に龍仁が頷く。伝え聞く限りでは、要救助者の一人は重傷を負っているという。まずは早急に彼等を保護する必要がある。
「負傷者らしき影、発見しました」
 僅かな異変も見逃すまいと集中していた熾弦が叫び、同時にユウが告げた。
「後方に、蝶」
「…間に合わなかった、か…!」
「割って入る!」
 宣言と同時、将太郎と鄭理が全力移動のまま飛び出した。よろめき走る三人の負傷者の横を走り抜け、追いすがろうとする蝶へと刃を叩き込む!
「……担当、する。どうか、治癒を」
 先行二人の一撃を喰らい足止めされたディアボロがユウの水弾を喰らって片羽根の一部を吹き飛ばされた。壁となって立ち塞がる三人に続き、エイルズレトラがアウルで作り出した無数のカードを放つ!
「貴方達は……」
「……救、援、か」
 突如現れた七人に、撃退庁の隊員達が荒い呼吸の間で声を絞り出した。
「無事か! よく頑張った。今回復させる」
「こちらへ!」
 龍仁と熾弦、二人の『癒しの風』が負傷者三名を包み込む。女性隊員に半ば引きずられるようにして移動していた重症者を時雨が横から抱えた。
「この面子では我と我の愛馬が一番足が速い。先駆けて離脱する!」
「頼む!」
「お願い……!」
 傷を癒されて尚、彼等の顔色は蒼白に近い。彼等だけが生き残ったのだ。身を犠牲にして隊員を生かそうとした部隊長の命と引き換えに。
(貴殿の隊員の命、救ってみせる)
 短い黙祷を捧げ、時雨は全力離脱の構えに入る。
「よいか、殿を務める者も情報収集に回る者も、救助に来ておいて好奇心猫を殺す羽目になると笑えぬぞ! 先に離脱するが深追いせぬように!」
 それは先の未来を見越した賢者の先見か。告げ、駆け去る仲間と負傷者を背に庇い、六人は立つ。
「ここから先は通さない」
 鄭理の血霞が陽光に鋭く光った。





「魅了が、鬱陶しいですね」
 追手であった三匹を倒しきり、エイルズレトラは短く息をついた。
「魔法攻撃、範囲系、主体。物理、体当たり、だけ」
「一度だけ口吻を伸ばしてくる動作がありましたが、あれは何だったのでしょう」
 ユウの声に熾弦は眉を顰めて呟く。
 おそらく次に出撃する時は本格的なゲート破壊戦になる。それを見越し情報収集をしていた彼等にとって、敵や現地の正確な情報は喉から手が出るほど欲しいものだ。
 だが、
「……ゲートを破壊したいですが、今はまず救出を確実にこなしましょう」
 もっと、を望む気持ちを抑え、熾弦は静かにそう口にした。
 遠くに見えるリゾートホテル。他に何かを隠したりする場所の無いこの土地で、おそらくゲートコアの最有力候補地といえば其処だろう。多くの情報が其処に、または其処に至る道程にあるかもしれない。だがあまり長居しては必要以上の敵を引き寄せることになり、先の時雨の言の通り本末転倒と成りかねない。そして、
「急がないと、ヴァニタスが」
 最も気がかりな点を熾弦が口にした刹那、

「そいつぁ、俺のことか?」

 声が、した。
 将太郎が瞬時にそちらを振り返る。心臓が痛いほど鳴るのを知覚した。
「ちっ……ちょっと目ェ話した隙に、増えてやがる」
 身構えるユウの傍らでエイルズレトラは内心舌打ちをした。
(周辺探査をするどころじゃなくなりましたね)
 反射的に要救助者二人を庇い立ちながら、熾弦は男の姿に眼差しを鋭くし、龍仁は苦く呟いた。
「虫籠……出来れば会いたくなかったが…仕方ない」
 安全に撤退することを考えれば、この遭遇はこちら側にかなり不利だ。だが、万が一の時のことは話し合っていた。誰が護衛して撤退し、誰がその足止めとなるのか。
 けれど、
 どれほど話し合い、手順を決めようとも、決して想像通りにならないことはある。
 例えば、
 依頼の報を聞いた時、ただその男と会うためだけに、ただそれだけの為に、滾る怒りを押し殺して駆けつけた男の一念のように。

「会いたかったぜ、虫籠の……!」

 将太郎の声が戦場に響いた。





 覚えている光景がある。
 目の前で母を無残に殺され正気を無くした花嫁。血に染まった衣。愛する人を喪った人間の慟哭と絶望がどれほど深いものなのか、あの時明確に見せつけられた。
 その元凶こそ、目の前の男。
「……ンだてめェ」
 男は相変わらず妙に声に力の感じられない口調で呟いた。将太郎の拳から、ギチリと軋むような音が聞こえた。
「……撤退を開始してくれ。俺は、こいつに、用がある」
 今すぐ殴りつけたいのを必死に堪えているのが分かる声だ。やむなしとみて龍仁が魔具を構える。
「殿は任せて貰おう、救助者を連れて撤退しろ」
 熾弦は瞬時に頭を切り替える。ここで迷えば、ただ被害が増えるだけ。
「……すぐに追いついてきてくださると、信じます」
 願うように口にし、撃退庁の隊員に肩を貸して駆け出す。
「っと。あァ? そっちはまだ逃げるのかよ」
「てめえの相手はこっちだ!」
 殿担当の全員が構えたのを確認して将太郎は駆けた。
「チッ、てめェら、またあの学園の連中か……!」
 眼前を横切った鋭い一撃に男が顔を顰める。長く記憶を留められない男の脳裏にかろうじて残る名前。久遠ヶ原学園。恐らくそれは本能が告げる警鐘のようなものだろう。
 軽薄な印象に似合わない機敏な動きで避けた男に、エイルズレトラの技―クラブのA―が殺到する。
「入……ッ!?」
 生み出された無数のカードは確かに男に張り付いた。だが、その本来の役割である束縛は発動することなくバラバラと地面に落とされる。
(抵抗値が高い……!?)
「前の連中より面倒くせェ!」
 男の周囲の黒針が動いた!
「いかん……!」
 高い攻撃力と命中精度をもつ範囲攻撃に、龍仁がユウの前に立ちはだかる。押し殺した悲鳴があがり、その衝撃に大地から粉塵の如き土埃が舞った。
(一撃が……これ)
 庇い、負傷した龍仁が膝をつくのを支えながら、ユウはひやりとする眼差しで敵を見返した。生徒達の実力を知って尚教師が「交戦は避けろ」と口にする理由が、この範囲攻撃だろう。一瞬で防衛線を瓦解させる一撃は、確かに脅威だ。
 だが、
「――生きる為、抗う。種を、残す為、に」
 龍仁の治癒術が発動するまでの時間稼ぎに、ユウは立ち上がる。こちらの言葉に反応するかのように男が顔を上げる。
 軽薄で芯となる思いや矜持の無い男。故に、戦時であっても時間稼ぎに乗りやすい。ならば問答にも意味がある。例え、男自身が会話にならない相手であろうとも。
「生きる為、殺す。殺す為、生きる……綺麗事、並べても、やっている事は、同じ」
 ――それは生存への欲求。誰もが本質的に持ち合わすもの。
「恐らく、私と貴方は、同じなのだろう」
 戦いの中にあって不意に零れる言葉。それは真実男の本質に問うのではなく、
(違う、という自意識に激昂すれば――隙も生まれるかもしれない)
 狙うのは、ただ一つ。
(可能なら、虫籠を奪取したい――)
 数多の虫を内包する虫籠。男の特徴とも言えるそれを奪取すれば、どうなるのか。
 未だ誰もが成功していない事をやってのけようと思った。けれど、性質を問う問答はむしろ虚無には通じない。
「どーでもいい。生きようが、死のうが、楽しけりゃあ、それで全部だろーが」
「てめえはその為に……何人の人を犠牲にした!」
 将太郎が声と共に立ち上がる。ユウの会話の間に発動させた龍仁の癒しの風が全員の傷を癒していた。完治には遠くとも、今は十分。男へと向かう将太郎の後ろでエイルズレトラがよろめきつつ態勢を整える。
(行け!)
 龍仁の目配せに頷き、遁甲の術を解き放つと同時に走る。救出作戦後のエイルズレトラの役目は情報収集。ヴァニタスと遭遇した以上猶予は無い。せめて今できる最大限の情報収集を。
(傷を負ったままでどこまで出来るか……賭けですね)
「ぁあ? また一匹逃げやが……っとォ」
 風を切って飛来した鄭理の一撃を避け、男は後ろへと飛んだ。宵闇のような靄が一瞬漂うも、男には届かない。
(攻撃が入れば……!)
 かつて別の依頼で報告があった。この敵の防御はさほど高くない。攻撃さえ入れば……!
「くそが……てめェらがここで暴れようと俺にゃあどうでもいいんだよ……!」
 さらに踏み込み繰り出された将太郎の攻撃を躱し、男は舌打ちをした。その様子に再度癒しの術を行使した龍仁が目を見開く。
「どういうことだ。貴様、ここを守っているのではないのか?」
「なんで俺が!?」
「貴様の主がゲートの主ではないのか?」
 わずかでも情報を引き出せれば、そう思って放った一言は意外な効果を生んだ。

「冗ッ談ッじャねェぇえーッ!」

 全力の拒絶。
「誰があんな変態のッ!?」
(! 今!)
 瞬間、ユウは覚悟を決めた。
 鄭理が駆ける。秘めし力は他者の認識を一時的に奪う術―目隠―
(これが、効くかどうか……!)
 躱されなければ、あるいは……!
 攻撃にあわせてユウが手を伸ばす。目標は虫籠――!
(あの籠、奪えば……っ)
 同時の動きに男が舌打ちした。意識が別のところに向かいすぎた。反応するには致命的な隙――!
「てめ……ッ!」
 ユウの指が籠にかかる! 弾きかけ――
(ッ!?)
 触れた瞬間の怖気に、ユウの体がビクリと反応した。男の針がユウに向く。だがそれよりも鄭理の攻撃の方が早い!
「チィッ!」
 鼻先を掠った攻撃に男が顔を顰めた。僅かにその瞳が曇る。
(入った!?)
 認識障害が。そこへ将太郎が踏み込む!
「あの村を襲い、花嫁に酷いダメージ喰らわせたてめえは絶対に許さねえ!」
 渾身の思いを込めた拳が男の顔面へと繰り出された。





 肉が軋む音がした。
 将太郎の節ばった拳と防御に入った男の掌が軋みをあげている。
「へェ……どっかの村の嫁さんの敵かよ……」
 男の口からゾッとするような声が漏れた。外見も何も変わらないのに、『何か』が変わったのが分かった。
 例えば、遊び半分でいたヴァニタスの意識、とか。
「離れろ!」
「遅ェ!」
 龍仁の警告に身を翻すより早く白霧が一瞬で周囲を覆い尽くす。強烈な毒霧に臓腑が焼かれるような痛みを覚えた。
「ぐ……ッ!」
 痛みに耐え龍仁が最後の癒しの風を解き放つ。自身の吐いた血溜まりに沈んだ鄭理が、喉に詰まりかけた血を吐きだした。咄嗟にスキルで防御に入ったユウも毒素に侵された血を吐きだす。
「ゲートなんざどうでもいい……てめェ等は殺す」
 男の声が響いた。同時に将太郎の声も。
「てめえはぶちのめす…!」
 肉を打つ音と貫く音が聞こえた。霧はまだ晴れない。ふらつくユウを支えた龍仁の隣で、神の神兵で意識を取り戻した鄭理が立ち上がる。もはや満身創痍。だが先の攻撃は逆に彼等に力を与えた!
「貫け!」
 白霧が晴れるのとほぼ同時に戦場に声が響く。雷光が寸前まで男がいた場所を貫いた。
「乗せろ! 離脱する!」
「よし!」
 駆け戻った時雨が攫うようにして血塗れの将太郎をスレイプニルに乗せ、龍仁達は自らの力を解き放った。極限の状態でのみ発動する人間の固有スキル
 ―大脱走―
「てめェ等!」
 そのあまりの速度に男が舌打ちをする。瞬く間に戦場を離脱した相手を追おうと駆けだしたところで思い切り顔を顰めた。
「くそ、刻限か!」





 ヴァニタスが追撃して来ない理由を彼等は知らない。
 時雨は急速に遠ざかる大月ゲートを振り返る。救援依頼は果たされ、かき集めるようにして得た情報は少なくない。
「この状況、ただお前達が先行だっただけのこと。まだこちらの手番は始まったばかり」
 全てはこれから。
「失った手札の分、挽回してみせるぞ…」


 その時は、もうすぐそこに来ていた。





依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: いつか道標に・鐘田将太郎(ja0114)
 撃退士・強羅 龍仁(ja8161)
 戦場を駆けし俊足の蒼竜・雪風 時雨(jb1445)
重体: いつか道標に・鐘田将太郎(ja0114)
   <憤怒の拳をもって虫籠の男と一対一で闘った>という理由により『重体』となる
面白かった!:10人

いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
撃退士・
神月 熾弦(ja0358)

大学部4年134組 女 アストラルヴァンガード
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
桜雨 鄭理(ja4779)

大学部4年300組 男 鬼道忍軍
撃退士・
強羅 龍仁(ja8161)

大学部7年141組 男 アストラルヴァンガード
運命の詠み手・
羽空 ユウ(jb0015)

大学部4年167組 女 ダアト
戦場を駆けし俊足の蒼竜・
雪風 時雨(jb1445)

大学部3年134組 男 バハムートテイマー