窪地で橙色のまるまっちぃ何かが跳ねていた。
ぽぷょん
ぽぷょん
一見して長閑にも見えるシュールな光景。その様子を見やって、リリアード(
jb0658)は婉然と微笑む。
「あら、食べちゃいたいぐらい」
遠くのぷょがビクゥッ! と一瞬硬直した。
……何かを感じ取ったのだろうか。索敵範囲外なのだが。
「戦闘の訓練も兼ねてですか。……確かに訓練は必要ですね」
そんなぷょの反応を知らず、左手を一度開閉してカルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)は静かに呟く。その傍らで、ウィズレー・ブルー(
jb2685)は敵を見つめたまま可愛らしい口を可笑しそうに緩める。
「人は敵にも名前をつけたりするんですね。でもなんだか読みづらいです…ぷょ…ぷy」
「…ウィズ、それ以上言うと駄目だそうですよ?」
カルマに言われ、ウィズレーは(ぽふ)と自らの口を小さく両手で覆う。
「先程から熱心に見つめていたのは、そのせいだったのですか?」
「えぇ、その、いえ、あの丸い物体で何故攻撃が出来るかとか……気になってませんから」
「……気になってたんですね」
ふたりの見つめる先で、ぷょがぽょんと跳ねている。
……打撃かもしれない。ふたりは同時にそう思った。
天使と悪魔がわりと長閑な会話をしている隣で、武器の点検をしていた相馬晴日呼(
ja9234)が軽く肩を回して呟いた。
「さ……て、まずは作戦通りに、だな」
今回の作戦の概要は、上空組が空から急襲し、一匹ごと釣って他メンバーが地上で迎え撃つ、というもの。各人の戦い方を見ることで、今後の自分の戦闘スタイルを考える糧にしたいと考える晴日呼にとっては、流れを把握しやすい戦闘でもあった。
(そろそろ『なんとなく』も卒業するか……)
後ろ頭を掻きつつ、そうのんびりと心の中で独り言つ晴日呼の後ろ隣で、オルガノ・ヴィエリ(
jb3711)は静かに気持ちを引き締めていた。
(こうして此方側で戦場に立つのは初めて……はは、少し緊張もするかな)
かつて瀕死の重傷を負った折、自分を助けてくれた『人間』。その本人とは会うことは叶わなかったが、かつて胸に抱いた思いは今も自分の原動力となっている。その『人間』との初めての共闘──
「この身は盾に。この身は剣に」
(……全ては、人の子の安寧の為に)
「――最善を尽くします」
喜びと同時に身の引き締まる思いで武器を具現化する者、楽しげに武器を見やる者、互いのやるべきことを確認している者。様々な思いとともに在る仲間達を見やって、マリア・フィオーレ(
jb0726)は口元を綻ばせる。
友であり魂の双子とも呼ぶべきリリアードと一度視線を交わし、同行している鎹雅(jz0140)に頷いてから、左手首のバングルに手を添えて言った。
「ふふ……さあ、始めましょう?」
その口元に、艶やかな笑み。
実戦による戦闘訓練が始まった。
●
マリアの声を受け、二対の翼が蒼天へと舞い上がった。
ウィズレーの純白の翼が空に広がるのを見ながら、カルマもまた自身の翼を広げる。極薄の結晶板にも似た翼は、まるで空に溶けるよう。
「……自分で言うのもなんですが、俺の翼はどうも目立ちますね」
陽光を反射しかねない翼に苦笑を浮かべつつカルマが上空に上がる。
「空からの攻撃か、ちょっと羨ましいな」
空を行くふたりに、晴日呼は眼差しを細めた。
「そうねぇ、ちょっと浪漫だわ」
同じく上空のふたりを見送りつつ、マリアが呟く。すでに阻霊符は発動している。何かしらの異変を感じ取っているのか、右往左往しはじめたぷょの群れにリリアードは笑った。
「ふふ。可愛いわ」
「さぁ、忙しくなるわよ」
二人の美女は同時に武器を手にする。共に展開する技はハイドアンドシーク。身を隠す二人へと、オルガノは声をかけた。
「危険になりましたら、どうか後ろへ。引き受けますので」
「お願いね」
高い攻撃力を有するかわり傷を負いやすい二人とは逆に、オルガノは防御力に秀でるタイプ。互いに得手と不得手を自覚し庇い合うこともまた、連携の肝。
「……来るぞ」
ピストルクロスボウを構えた晴日呼が小さく呟き、同時にウィズレーからの通信が入る。
『ウィズレーです。攻撃、参ります』
瞬間、空と地上を氷結の煌めきが繋いだ。
「来た!」
一体のぷょが弾かれたように体を跳ねさせる。そのままゴム玉のようにウィズレーの真下へと向かった。
「鬼さんこちら……じゃないわね、ぷょさんこちら……でいいのかしら」
群れからおびき出された一匹に狙いをつけ、マリアが黒銃から弾丸を撃ち放った。撃ち抜かれたぷょが身を震わせ、進行方向を明らかにマリアへと向ける。その体をリリアードの放った一撃が穿った。
「そんなによそ見をしちゃ駄目よ」
パチンッ
目に見えない弾丸に、ぷょの体が文字通り弾けた。
「あら。なんだかゼリーみたい」
そのままべちょっと地面に張り付いたゼリーのような物体に、思わずマリアが呟き、全員がその撃破を確認する。
残り、五体。
「ふふ……お世話になるわね?」
悪戯な笑みを浮かべ、リリアードはその体をオルガノの後ろへと滑り込ませる。
その前方、戦場では新たな敵の誘き寄せが始まっていた。
「攻撃優先順位的に、上空からでも接近すれば襲われる可能性は高いわけですが」
かといって、近接攻撃である居合いを放つためには、近づくしかない。集団から離れたぷょを上空より狙い澄まし、遠くに動いた瞬間を狙って獲物を狩る鷹のように空から一直線に舞い降りた!
「――『銀』、参る」
自身を攻撃した者を最優先で相手に選ぶという習性をもつものの、地上よりも遙かに広い上空索敵範囲を持つぷょが、その動きにカルマへと意識を向ける。だが、カルマの方が早い!
舞い降り、すれ違い、一瞬で放たれた居合いが烈光丸の光輝とともに閃く。カルマに向かって飛びかかろうとするぷょを、補助のために狙い定めていた晴日呼のストライクショットが横合いから貫いた。
「少しずつでも削れれば良しってことで」
鋭い一撃を食らったぷょが晴日呼へと向き直る!
「攻撃された後の優先順位は、より嫌な攻撃をした方、というわけですね」
誘き寄せられる形で動くぷょにカルマが独り言つ。ぽぷょんぽぷょん跳ねながら攻撃に向かうぷょの前に、進行方向へと進み出たオルガノが立ち塞がった。
「……生憎だが、そちらは行かせないよ」
流水の如きアウルを纏う大剣が陽光に煌めき、素通りしかけたぷょに重い一撃を叩き込んだ。パチンッと爆ぜて地面にはりつくぷょは、やはりどこか崩れたゼリーのような状態になっている。おそらく、これが彼等の『死体』なのだろう。
(……張りが無くなるんだな)
ちょっとシュールな光景だ。
その時、上空から連絡が入った。
『皆さん! 一匹そちらに向かってます!』
ハッとなって見やれば、確かに一匹、誰も攻撃していない状態でこちらに向かってきている!
「申し訳ない。どうやら空から降りる時に索敵に引っ掛かったようです」
『そのようですね。意外と範囲が広い上に、感度が高いようです』
群れから離れた個体を狙ったのが良かったのか、索敵範囲に引っかかったのは一匹だけだ。
『攻撃します』
「大丈夫。せっかくだから、地上班で対応するわ。だって文字通り上の空で、私たち(地上班)に目をくれないなんて寂しいじゃない?」
お茶目なリリアードの声にウィズレーは微笑む。
『かしこまりました。いつでも援護に入れるようにしておきますね』
「ふふ。お願い」
答えると同時、リリアードはマリアと共に銃を構える。狙うはカルマへと一直線に駆ける一匹!
「同時の場合、どちらに来るかしら?」
「試してみる?」
目配せはなく、ただ気配と声だけのやり取り。互いの最大射程に違いはあれど、やや斜め気味で交差するように位置取った二人の銃弾が計ったかのようなタイミングで同時にぷょを穿つ。
ぷょが変更した向かい先は──マリア!
「あら。同時のように思えたのだけど」
『上空から見ても同時に見えました』
「ということは、例えば被弾時のダメージ差とかかしら?」
小首を傾げてぷょを眺めるまりあに狼狽の色は無い。何故なら二人のナイトが前に立っているのだから。
「己が呼び寄せた敵。無視して上空へ、というのは少々出来かねます」
「いざとなれば、こちらで」
「頼みます」
敵を見据えたまま、こつ、とカルマとオルガノが互いの拳を一度だけ当てる。
先に動いたのはカルマだ。
「一度は刀を捨てた身なれど、悪魔にして我が『銀』の名に曇り無し。──参られよ、我が『敵』よ」
橙色の物体が近づく。すれ違う一瞬、何かが光ったのを見た気がした。
パチンッ
同時にぷょの体が爆ぜる。
正に神速の名に相応しい抜刀術。
「杞憂でしたね」
怪我を負いそうな時は自らを盾に。そう心に決めているオルガノの柔らかい笑顔に、カルマも穏やかに微笑って頷く。
「では」
硝子細工にも似た翼が陽光をきらりと反射した。
●
残り三匹。
上空からぷょを見つめるウィズレーの瞳には僅かな憂いの色がある。
「……今の私は人類側、倒させて頂きます」
真っ直ぐに見つめる瞳に小さな決意の色を閃かせ、ウィズレーは氷刃を放つ。一直線に向かった刃がぷょの体を裂いた。
「……この角度であれば、おそらく索敵範囲外ですね」
もの凄い勢いで地上を跳ねながら移動するぷょを見つめ、カルマは独り言ちた。
上空への索敵能力が強烈なぷょは、言ってしまえば不可視のピラミッド型の意識圏を持っているようなものなのだろう。そこを掠めれば相手は「敵がいる!」として向かってくるのだ。
そのわりに地上から近づけば恐ろしく近くまで知らん顔している、というのがどうにも不可解なのだが。
(……対空用のサーバント、といったところか。対人というよりは、むしろ翼を持つ我々用のような敵)
カルマは相手の位置と他の敵との位置を即座に計算し、行動に入る。同時にふと地上に居る晴日呼と目が合った。
動く。
同時に。
落下としか思えぬ速度で空より来たりし銀光が橙色の物体を切り裂き、地に在りし晴日呼の矢が吸い込まれるようにして丸い体を貫く。
パンッ
わずか一瞬にも似た瞬間の後には、ぺちょっと地面に張り付くゼリー状の死体だけが残された。
「敵がバラけてきたね」
「あと二匹だしな……」
上手い具合にバラバラな方向に動いたぷょに、オルガノと晴日呼が警戒しながら言葉を交わす。
「そういえば、物理と魔法、どちらの防御力が弱いのかしら?」
ハイドアンドシークで潜行しつつ、マリアがそっと言葉を零した。同じく潜行していたリリアードが「試してみましょうか」と楽しげに声をあげる。
「あの子、離れてるわ」
「ふふ。地上からのお誘いにも、乗ってくれるかしら」
一匹ずつ引き離しては撃破。その場合、手順と連携さえしっかりしていれば、上空からの一撃を待つ必要はない。
「いらっしゃい」
艶やかな声と同時、撃ち出されたアウルの弾丸が物理ではなく魔法の力を濃く帯びる。穿った一撃はごく僅かながら今までの攻撃を上回った。
「魔法の方が耐久弱いのね」
「じゃあ、私も」
ぽぷょんぽぷょん跳ねながら真っ直ぐにマリアに向かってくるぷょへとリリアードが魔法の弾を放つ。穿ち、形を崩れさせながらもぷょはまだ向かってきている。
「引き受けます。どうぞ、下がって!」
「「ありがとう」」
声を揃えて二人がオルガノの後ろへと回る。
(あの時、助けてくれた人間に、恩を返すことは出来なかったけれど)
探しても、探しても、見つけることが出来なかった相手。年を重ねる毎に欠落する記憶の中、今ではもう顔すら思い出せない。
人の寿命は短く、百の巡りすらも超えられない。長い年月はそのまま、可能性の喪失にも繋がる。
会えないかもしれない。もしかすると、すでに……
けれどそれでも、あの時得た恩と、思いが消えるわけではない。
消えず、変わらぬものが、此処にあるのだから。
「人の子への攻撃は、通しませんよ」
振るわれる一撃は、切るというよりも叩き潰すかのよう。
「……これでも、護るという事にはひと一倍敏感なものですから」
ラスト一匹。
ある意味、全員でボコスカしても大丈夫じゃなかろうか、という気配。
「……」
マリアがそっとゴーストバレットの技を解き放つ寸前まで高める。
「……」
リリアードがそっとゴーストバレットの技を解き放つ寸前まで高める。
「「「……」」」
晴日呼とオルガノがそっと目配せをし、上空のカルマとも視線をあわせてこっくり頷く。
女性陣から、三歩下がった。
『ラスト、参ります』
通信機から丁寧なウィズレーの声が響く。放たれた氷刃がぷょに炸裂し、最後の敵が大きく跳ねる。そこへ女性陣残り二人が駆けた。
ギリギリまで高められた技が、同時に解き放たれる!
パチンッ
跳ねた体勢のまま、無形の弾丸を喰らったぷょが空中で爆ぜた。
●
「なぁ、空を飛ぶってどんな感じなんだ?」
空から降りてきたカルマに、晴日呼はずっと尋ねてみたかったことを口にする。
「そうですね……飛べることが当たり前な俺達では、おそらく感覚が違うと思うのですが」
「そういや、そうだよな」
「飛んでみますか?」
むしろ体験したほうが分かりやすいだろう。そう言って提案してみたが、お姫様抱っこの可能性を考えたのか晴日呼が慌てて首を振った。
「誰も怪我無く、終わることが出来ましたね。先生、その……いかがでしたでしょうか?」
いざというときの回復を念頭に置いていたウィズレーの声に、雅は微笑む。
「面白い連携だったな」
「一匹、敵を呼んでしまいましたが」
「かえって連戦になって良かっただろう? 殲滅速度を要求される戦いの場合、むしろわざと引っ掛けて呼び寄せて連戦することだってある」
カルマの声に雅は笑みを深くしてそう答える。
「他に気になったことって、無いかしら?」
マリアの声に、雅は嬉しげに笑った。
「物・魔でダメージの通りを試したのも良かったな。実戦では重要になってくる。防御力が極端に偏っている敵というのも少なくないからな。互いの長所短所を活かしあおうとしているのも良かった。役割分担がきっちりしている戦闘は全体を通して安定する。何よりも連携を重視しているのが一番素晴らしいな」
依頼で複数の者が呼ばれるのには意味がある。誰しも一人では出来ない事がある。成し難い事を成す為に呼び集められた者が共に支えあい、互いを補い合った時、その力は何倍もに跳ね上がる。
かつて届かない存在ではないかと言われた強者すら、倒せたように。
「『独りでは無い』。それを忘れない限り、常に可能性は無限にある」
「可能性、か。これからどうしていくか……」
「「どうしたい?」」
晴日呼の声に、マリアとリリアードが悪戯な笑みを浮かべる。晴日呼は首をすくめて言った。
「ま、とりあえず寮に帰ってメシだな」
屈託の無い声に、七人分の笑い声が弾けた。