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マスター:九三壱八
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/01/19


みんなの思い出



オープニング

「初詣、ですか?」
 教室の片隅に張り出された『依頼』に、生徒の一人が目を丸くした。
 これまでもそういった依頼は少なくないが、わざわざ『初詣』を依頼されるというのもおかしな話だ。
「去年には天使種族の子や悪魔種族の子も学園に来ただろう? 彼等にも『初詣』というイベントを知ってほしい、というのも狙いの一つらしいんだが……」
 少なくとも、こういう依頼が出れば「初詣とは何だ?」という異種族の生徒も出てくるだろうという話しらしい。
 とはいえそれだけでもないのが、学園の依頼故か。
 依頼書を手に鎹雅(jz0140)は苦笑する。
「初詣に行きたくても行けない人達がいてね、せめてお守りを買ってきて欲しいな、というお願いもあるらしいんだ」
「それで報酬ありなんですか……」
「買い物を頼まれてくれるかわりに、費用は学園持ちで初詣に行ってきてね、ということだな。お小遣いは三千久遠支給されるようだ」
「その三千久遠にお守り代は含まれますか?」
「いや、含まれない。参道沿いに屋台も立つだろう? 純粋なお小遣いとして使うといい。御神籤を引きたい子もいるだろうしね」
 言って、雅は依頼書と一緒に別のチラシも張り出した。どうやら初詣に行く神社の詳細が書かれた観光チラシらしい。
「それに、近くで天魔が出たこともある場所らしいから、撃退士達が遊びに来てる、という安心感も欲しいんだろう。三が日はすでに終わってしまったが、松の内の初詣だ。そこそこ混雑するだろうが、大きな神社ではないし、身動きが取れないほど、ということもないという」
 参道にある屋台は、祭り屋台と同様に様々なものがある。それを楽しむのもいいだろう。
「楽しんでおいで。いつ戦いが始まるかどうか分からないこんな時分だからこそ、日常をゆったりと楽しむのも大切なことだと思うよ」
 生徒は張り出された二つの用紙を眺める。ふと気付いて声をあげた。
「……お守りって、なんでもいいんです?」
「いいんじゃないかな?」
 雅はニヤリと笑う。安産祈願を渡される男性職員の困り顔など、久遠ヶ原学園の日常に他ならなかった。



リプレイ本文



 冬空の下で、色とりどりの華が咲き乱れているかのようだった。
「はぅはぅ、いろんな屋台があるねぇ…楽しいねっ、莉音君!」
 明るいエルレーン・バルハザード(ja0889)の声が通りに弾ける。まるで寒気すら弾き飛ばすような陽の気配に、振り返った先にいた紫ノ宮莉音(ja6473)はにこっと微笑った。
「エルレーンさんが楽しそうなの、僕も嬉しー♪」
「莉音君、上手なの!」
 てしーん、と軽く叩くフリをするエルレーンは振袖姿。せっかくだからと着付けられたそれが青空に良く映える。対する莉音はきちんとした久遠ヶ原学園の儀礼服。詣でにはいくつか行ったけれど、今回は依頼。まして先生が「安心感」とも言っていたため、周囲の状況を考慮してのことだ。
(華やか、だねー……)
 寂しい冬の景色に、振袖が鮮やかな色を添えている。まるで春の花園のように。喧噪は騒がしくなく、けれど活気に満ちて楽しい。
(地域で屋台の雰囲気も違う感じ……)
 莉音は周囲を見渡し、ふと気付いた。外気の冷たさに白くけぶる自分達の息と、エルレーンの赤い手に。
(何か温かいもの欲しいな……)
 探す瞳が巫女服を着た女性の姿を見つける。その手が持っている赤い器。置かれた大きな木樽。
(麹の甘酒だ! 大好き!)
 同時にエルレーンもある屋台を見つけて顔を輝かせた。
「あっ、型抜きがあるのっ」
 型抜きとは型抜き菓子。薄い小さな板のような菓子にはうっすらと線で絵が描かれており、それを綺麗に抜くことで賞金もしくは商品がもらえるという屋台の定番だ。
「うふふ…細かい作業はお手の物なのっ」
 見よ! この、とある箇所にスクリーントーンを貼って削る時のような無駄に熱意ある集中力を!
 伊達にププッピドゥな同人誌を描いてませんから!!(濡れ衣)
「……。……抜けたのー!」
 莉音も思わず熱中して見守る中、エルレーンが魂の歓声! しかしこれが悲劇をもたらした!

 ……もろっ……

 だんごの くしぶぶんが くずれおちました

「あぅあぅ……ぬ、抜けてたのっ。これ、抜けてたのっ」
「あー。完全状態じゃないと賞金出ないからねー」
「抜けてたのーっ」
 涙目なエルレーンの前で屋台のにーちゃんがシメシメ顔。一万円賞金型抜きは抜けても賞金GETが【非常に難しい】&(一般人にとっては)【危険】。ぐぬぬ顔になったところで、エルレーンの前にほわっと暖かい湯気が舞った。
「エルレーンさん生姜、平気? どうぞ」
「り、莉音くん……」
 受け取った掌と心にその温もりがじんわりと染みる。
「今日はまだこれから。いっぱい楽しみましょー♪」
 暖かい気遣いに、エルレーンの顔にも笑顔が灯った。


「あらぁ……丁寧な造りなのねぇ……」
 莉音がもらった甘酒の場所には、白衣に行灯袴の巫女装束を纏った黒百合(ja0422)の姿があった。
 ほんのりと笑って杯から唇を離す姿がいやに色っぽい。赤い器に入っていたのは勿論甘酒。優しい味は手間暇かけて麹から作られたものだから。僅かに頬に赤みがさしているのは、甘酒を飲み過ぎたせいかそれとも活気にあてられたためか。
(ん……今日は、屋台の六割は攻略よォ……♪)
 無論先にお土産のお守りを受け取ることだって忘れない。あと、御神籤。
(楽しみねェ……♪)
 常より一段階気分のギアが上がっているのは、正月故か、甘酒故か。鮮やかに笑って黒百合は屋台踏破へと乗り出す。
 その足が向かった屋台では、一組の男女が居た。
 闇夜のような黒地に桜と流れ舞う手鞠が鮮やかな着物を纏うのは染井桜花(ja4386)。濡羽玉の髪の楚々とした美少女だが、惜しむらくはその顔に表情が少ないことか。だが、今日この時、彼女の気配は淡く柔らかみを帯びていた。きっと、隣にいる大切な人のために。
(桜花は着物もよく似合って綺麗だな……)
 その相手、大浦正義(ja2956)は恋人の姿を眩しげに見つめている。手を抜いたわけではないが、見下ろす自分の私服はラフなもの。もう少しオシャレを気にしたほうがいいのかな、と少しばかり気になるのも確かだ。
 本当にはそういったものではなく、彼が彼で在ればそれでいいのだろうけれど。それはきっと、本人には分かりにくいこと。
「・・・主様」
 ふと、桜花が思案に沈む正義を呼んだ。見やって正義は目を軽く瞠る。差し出されたそれは、一本のべっ甲飴。
「・・・どうぞ」
 琥珀色の飴が何かとても代え難い宝石のようにも見えて、正義ははにかむようにして微笑んだ。
「ありがとう」


 和の装いを纏う者は少なくない。
(お守り忘れないようにしねえと)
 人でごった返す通りを行きつつ、略礼装を纏った虎落九朗(jb0008)は周囲の様子に心の浮き立ちを隠せない。参拝後、一番に受け取りに行こうと心に決めつつ、集合場所へと足を進める。
 その瞳が小柄な少女を認めて笑んだ。
「月乃宮さん」
 呼ばれ、振り返った月乃宮恋音(jb1221)が纏うのは、淡いピンクに三日月を象った銀の紋様の美しい振袖。人の多さに少しおどおどしていた顔が、知己を見つけて少し和らぐ。
「先日の依頼は、お疲れ様。怪我とかは大丈夫だった?」
「……は、はい……大丈夫、ですぅ……」
「その振袖も、すごい似合ってるよ!」
 にこっと笑った九朗に、恋音も嬉しげにおっとりと微笑む。
 そんな二人の数歩後方、何も知らないままそちらに向かっている少女が居た。視線を屋台に釘付けにしながらであるため、進行方向に居る二人にはまだ気付いていない。
(あそこにあるのは、ハッカパイプ……)
 屋台に密かに目を輝かせているのは雫(ja1894)だ。手に持っていた綿飴をはむっと口に含んだ姿は、常と違いひどく年相応のように見える。黒を基調とした落ち着いた感じの振袖に、鮮やかな銀髪。余り表情の変化が無いものの、その瞳は輝き、小柄な体からは楽しげな気配が漂っていた。
「雫さんなのー☆」
 ふと通りの方から名を呼ばれて、雫は購入したハッカパイプを手にそちらを振り向いた。
 青を基調とした留袖姿の鳳優希(ja3762)が手を振っている。
「今年もいよいよ始まったねぇ」
 その傍らには夫である鳳静矢(ja3856)の姿。銀に近い白と紫を基調とした羽織袴姿が堂に入っていた。
「両手がいっぱいになってるのですよぅ」
「郷に入れば郷に従えと言いますし、確り楽しまないと」
 優希の声にキリッと言い切った雫。その様に静矢は笑って頷いた。
「ああ、今日は沢山楽しむといいよ。皆で楽しめるよう、準備もしてきたしね」
 静矢の隣で優希もにこにこと微笑んでいる。
 一方その頃、貸衣装部屋で着慣れない和服に四苦八苦している若者がいた。
「きつくないですか?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
 なんとか着付けが済んだレイ・フェリウス(jb3036)が、手伝ってくれた東城夜刀彦(ja6047)に穏やかな笑顔を向ける。どこか染みいるような笑顔に夜刀彦はにこりと微笑んだ。
「初めてでは戸惑われるでしょう?」
「そうだね。黒紋付羽織袴? というのかな。こういうの、種類とかすら良く分からなくて」
「良く似合っていらっしゃいますよ」
 物珍しげに着物の袖を見るレイも、微笑んでそれを見守る夜刀彦も共に黒紋付羽織袴。昨今では着用する人の姿も少ないが、かつてはこの時期には度々目にすることのあった姿だ。
「こういうのは初めてだな……履き物も違うのか」
 白鼻緒の雪駄を履いて出れば、そこは活気に満ちた通りのすぐ傍。なんとなく連れ立って出て、道行く先に目当ての人々の姿を見つけて声を上げる。
「静矢君、九朗君、恋音君」
「静矢先輩、優希先輩、雫さん」
 言った後、あれ? と二人で顔を見合わせた。
 実は二人、同行者の同行者という間柄である。
「レイ先輩、今回はお誘い頂いて、ありがとうございあした!」
「こちらこそ、九朗君、一緒してくれてありがとう。こういうのは初めてだから、今日が楽しみだったんだ」
「今日は目いっぱい、初詣楽しみましょう!」
 軽く拳をコツンとぶつけ合っている九朗とレイを恋音が微笑みながら見上げている。その傍らで静矢は可笑しそうに揃いの礼装姿の二人を見て言った。
「おや、先に合流していたんだね」
「「貸衣装の所で」」
 笑みを含んだ声に二人は声を揃える。おや、とまた顔を見合わせる二人に優希が溌剌とした声を上げた。
「これで揃ったの! 出発なのー☆」


(女の子って服や髪型で本当に雰囲気が変わるな…)
 桜木真里(ja5827)は嵯峨野楓(ja8257)を眩しげに見つめる。薄桃地に桜柄の華やかな振袖は楓の溌剌とした気配に合っていてとても愛らしい。編み込まれた髪は杏の簪でお団子の形で留められ、何時もと違ったその姿に新鮮さと同時に不思議な気恥ずかしさを覚えた。
「すごく似合ってるよ」
「お、煽てても何も出ないよ?」
 答えつつ、楓はこっそりと(振袖にしてよかった…!)と心の中でガッツポーズをとった。女性の身仕度にはかなりの時間がかかる。ある種苦行でもあり、ある種の楽しみでもあるそれが、報われるとすればこの瞬間だ。
「じゃあ、行こうか」
 ふわりと笑って、真里は楓を促して歩く。その歩調は楓に合わさりゆったりとしたもの。さりげなく彼女が人とぶつからないよう、そっと庇いながら進む。
「あ、りんご飴。なんだか、あれを見るとお祭りだな、って気持ちになるね」
「食べたい?」
「勿論!」
 笑顔の答えに、真里もまた笑顔で快諾した。





「チョコーレさん、晴れました、おめでとうございます」
 一風変わった挨拶が飛ぶ。マーシュ・マロウ(jb2618)の大まじめな顔に、チョコーレ・イトゥ(jb2736)も重々しく頷く。
「うむ。晴れたな。おめでとう……と言うのか?」
「これがこの時期のご挨拶、とのことです。曇りや雨の日はどうするんでしょうね」
 ふたりそろって首が斜め五度。ツッコミ不在なふたりの会話は続く。
「人がたくさん集まる所にはおいしいお菓子があるはずです」
 キリッとした顔で言うふわふわフェイスのマーシュは天使種族。知らない場所に行くのは緊張するものの、今回も『しゅくめいのらいばる』(ひらがな)チョコーレが一緒なので安心です、というのが本音だったり。……しゅくめいのらいばるってそんなんだったか?
「初詣? というのはよくわからんが、人間界の慣習に触れるいい機会だな」
 チョコーレはチョコーレで、ひとりで行くのはちょっと不安なので 『しゅくめいのらいばる』(とにかくひらがな)マーシュと初詣に出掛けることにした、という状態。世間一般の『宿命のライバル』とどれだけ一緒でどれだけ違うのかはきっと当事者本人にも分からない。
 早速二人して向かったのが甘味処だ。
 並ぶ屋台の中にナチュラルに紛れ込んでいる所を見ると、もともと参道沿いの茶屋として建っている店なのだろう。
「みろ、マーシュ。これがおしるこというヤツだ」
 ばばーんっ
 おしるこを示してチョコーレがドヤ顔。人間界に来たばかりの頃は洋菓子一辺倒だったが、最近は和菓子も覚えてきた! そんな覚えたての知識をらいばるに自慢げに話す姿は実年齢を三度見直すほどには稚い。
「こ、これは悪魔的な食べ物の気配です」
 薦めてるの悪魔だしな()
「しょーとけーきとは、また違った甘さを楽しめるのだ。お前も早く食べてみるんだ」
 ふるふる震えているマーシュの前で、余裕綽々で食すチョコーレ。
「熱いから気をつけろよ」
 そんな気遣いも忘れない。
 忠告に従い、ふーふーしてから食べたマーシュ、思わずばっさと『光の翼』を具現させた。
「ま、また、危うく昇天してしまうところでした…」
 またっつったか!?
「堕天したのにまた昇るのか。相変わらず忙しい……」
 ふーふー。
「やはり、あなたは悪魔です。こんなにも、実に悪魔的な食べ物を見つけてくるのですから」
 ふーふー。
 とりあえず頼む。
【急募】ツッコミ要員!!


 参道の片隅で天使と悪魔によるYUMEの競演が行われている中、種族入り乱れての道中は続く。
「串焼きには、飲み物がいると思おうわぁ……」
 嬉しげに頬張りながら語る黒百合に、頷きながらラズベリー・シャーウッド(ja2022)は口についた鳥油をそっとハンカチで押さえ取った。
「ですが、この賑やかな気配に飲まれてしまっては大変です」
 友人へのお土産にとベビーカステラを確保しつつ、ラズベリーはついつい緩みそうになる財布の紐をキュッと縛る。浮き立つような気配に誘われて、思わぬ散財をしそうだった。
「……都会の初詣は、こんなに混むんですか」
 傍らで黒の着物を着用した九条朔(ja8694)がげっそりと呟く。学園にいる未だ初詣を知らない生徒達にも初詣がどんなものなのか伝えよう。そう目的を定めた朔の手にもしっかりと串焼きが握られていた。
「色んな屋台があるんですね……」
 同じく串焼きを手に和泉早記(ja8918)は物珍しげに周囲を見渡した。去年まで家の言いなりでほとんど引篭りだった。そのため、見る物全てが珍しく、興味深い。
「あ、あれは何です? 」
「あぁ、鳥居ですね」
 知ってはいるものの、初詣に実際来るのは初めてという早記の服は学園の儀礼服。手袋とマフラーで露出を防ぎ、こんもりとやや厚着している。
(鳥居って思っていたより大きい……)
 思わず見上げる早記に、濡羽の振袖を纏ったヴェス・ペーラ(jb2743)が説明に入る。
「神域と人間が住む俗界を区画する結界であり、神域への入口。これも一つの『門』ですね」
 ゲート。そう聞くと別のものを思い出してしまうのが撃退士の悲しい性。
「この時期の人間達は盛り上がっていてなかなか面白いです」
 ヴェスの声に、薄紅の小紋に羽織姿のマリア・フィオーレ(jb0726)がくすくすと笑う。華やかな小花柄が、新年らしく艶やかに華やかだ。
「三が日を過ぎても結構賑やかなものねえ…」
「人混みに酔いそうです……」
「それはいけません」
 嘆息をつく朔にラズベリーがキリッと表情を引き締める。早記が励ますように声をあげた。
「昼の購買に比べれば、この程度の人出は何でもな…ない、はず」
「流されてますよ!?」
 流石に鳥居近くまで来ると、もう人波が物理的な力でもって作用しはじめる。ややも流されながら、朔は傍らの人物に声をかけた。
「あなたも、写真を……?」
「成人式には出ないし、振袖の写真一枚撮らないのは流石に親不孝かと思ってな」
 亀山絳輝(ja2258)は軽く肩をすくめるようにして悪戯っぽく笑う。そんな絳輝の振袖は白地に黒ボカシ、柄に大輪の薔薇を配した華麗なもの。短めの髪は結わずにそのままにしているが、それがかえって生来の美しさを引き立てている。
「撮りましょうか……?」
「ふふ。頼もうかな」
 初詣の様子を写真を収めている朔が、絳輝のカメラを預かり、撮影する。レンズ越しに見た絳輝の佇まいは、凛としていながらほんの少しだけ、どこか悲しいものを漂わせていた。
 まるで遠い日の誰かをそっと忍び続けているように。





(振袖を着てくると言ってたが)
 久遠仁刀(ja2464)は目の前に立つ少女の姿に眼差しを細める。白梅柄の振袖を纏った桐原雅(ja1822)は、その様子に少し不安そうな目をしたが、
「……ん、似合ってるぞ」
 その一言に、陽光に溶ける雪のように淡く微笑んだ。
 雅の纏う白地に薄紅の裾を持つ振袖は、清らかさと同時に少女らしい柔らかな華やかさを醸し出している。結い上げられた髪のせいであらわになっている白いうなじが、そっと色づいたことに仁刀は気付かなかった。
「まずはお守り、だな」
 まるでそのかわりのように、その手が雅の手を自然に握る。雅の頬がさらに赤みを増したが、やはり仁刀は気付かないままで。
(……うん。これも、頂いておこう)
 授与所で『家内安全』ともう一つ、そっと応対してくれる巫女に頼む。渡されたそれを懐に忍ばせながら隣を見ると、雅がいやに真剣な顔でお守りを頼んでいるところだった。
(先輩は、よく怪我をしているから……)
 手を伸ばす先にあるのは、健康祈願。渡す相手は違うとわかっていても、どうしても大切な人の姿が頭を過ぎる。
「……そうやって真剣に選んでもらえたら、貰った相手は嬉しいだろうな」
 当の本人はその様子にそんな風に笑っているけれど。敢えて口にするのも憚れる気がして、雅は淡く微笑んで答えを濁す。
 そんな二人と入れ違うようにして、授与所を訪れる少女の姿が在った。
「……身代御守で」
 紫のお守りを受け取り、羽空ユウ(jb0015)はそれをそっと仕舞う。
(これで、依頼は、完了)
 誰の手に渡るかは分からないけれど、誰かの助けとなってくれれば、それで良い。
(せっかく、だから……参拝)
 人の波に押されるようにして参拝の列に合流し、沢山の人に囲まれた状態で移動する不思議を体験しながらユウはふと思った。
(神とは)
 その概念とは。
(私達の意識の内側に存在しているだけで、意識外のものに、意味が無いのでは)
 思わず悩む。
(――神も確率は、支配しない、のでは)
 ……悩ましい。
 自身の得た知識をフル稼働させて難問に取り組むユウはいつの間にか最前列。つい没頭してしまったユウを後ろの一般客がせっつく。
「ねーちゃん、後がつかえとんのやぁ……」
 ……参拝、ならず……であった。


「みんなあ、りんご飴なのなのー☆」
 優希の声に誘われるようにして六人は鳥居近くの屋台に入る。大小ある林檎飴はどれもつやつやで、何故かむしょうに買いたくなる魔性の魅力に満ちていた。
(うっ……今回は、参道の食物は我慢)
 お小遣いを握りしめ、夜刀彦はぐっとその魅力に抗う。お祭り価格な屋台の品に手を出せば、大事なものに使うお金も消えてしまうのだ。
「……おや」
 ちょうどそこに通りかかったのが、押し合いへし合いの人波から逃れてきた絳輝だ。
「あ」
 気付いて夜刀彦も顔を上げる。
「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
「ふふ。明けましておめでとう。よろしく頼むよ。……あの子のこともね」
 笑んで言う絳輝に、夜刀彦も微笑んだ。
「いつも弟さんにお世話になってます」
「いや、こちらこそいつも愚弟が世話になっている。しかし、可愛い子だと聞いていたが…袴も着こなす男前じゃないか、なぁ?」
 言われ慣れないのかあわあわと顔を赤らめる夜刀彦に、絳輝はくすくす笑う。
 凛とした美貌の絳輝と、清廉な美貌の夜刀彦は並ぶと不思議な一対だった。柔らかそうな髪をくしゃりと撫でてやって、絳輝は年長者の持つ懐深さと余裕でウィンクする。
「せっかくだ、何か甘いものでも食べるか? もちろんおごりだ……友達の分もね」





 列に取り込まれると、あとはひたすら流れに沿って前へ前へと進むばかりだった。
(これは、すごい……ね)
 下手に抗えば撃退士である自分はともかく、周囲の一般人に何か思いも寄らない被害が出るかもしれない。それぐらい密集した人の群れの中、正義は苦笑して桜花を庇いつつ前へと歩く。
(願い事……か)
 からんからんと鈴の音が響く。正義は前へと進み、願った。
(桜花……)
 大切な彼女のことと、
(孤児院の子ども達が……無事であり続けてくれますように)
 少し欲張りだろうか? だがそれが偽らざる気持ちだ。その傍らで、桜花はそっと願っていた。
(一年無事に正義と一緒に過ごせるように)
 そして、
(正義が幸せであってくれますように)
「……すごく真剣に願ってたみたいだけど、何を願ったの……?」
 列はら出て歩きがてら、正義は桜花に問うてみた。桜花は淡く微笑みつつ告げる。
「・・・内緒」


(お参りの願い事は……)
 徐々に近づく自分の番に、仁刀は眼差しを細めた。
 神頼みでも、自分の事を誰かに頼む気はしない。だから、自分の為だけの願いを思うことは難しいけれど。
(……自分の友人達が、来年を無事迎えられるように)
 ふと過ぎった知人の顔が、悲しくも強い願いを胸に宿らせる。
 目の前で直面した知人の死。何も出来なかったという、その悔恨。苦い苦しみは胸を引き裂くようで、己の無力さにどれだけ憤ったことだろうか。
(もう、目の前であんなことは見たくない……)
 そのためなら、自分も全てを賭けるだろう。
 決意を胸に秘める仁刀の隣で、雅は気遣わしげな瞳をそっと彼へと向けていた。
(先輩……隠してるけど、ちょっと元気無い感じ……)
 あえて何時も通りに振る舞う仁刀の、その横顔に過ぎる影に彼女は気付いていた。
(また依頼で何かあったんだろうな……)
 けれど無遠慮に踏み込んだりはしない。大切な人だからこそ、何もかもに踏み込んではいけないと思うから。
(今年は先輩が凹まずに済むよう……)
 鳴る柏手。耳に響く、髪を呼び込む音。
 二拝二拍手一拝。
(傍にいて一緒に頑張れますように)


 ちゃりん、と五久遠が音を響かせる。
(かみさまっ、今年こそ私のお胸をおっきくしてなのっ!)
 並み居る人々の熱気を吹っ飛ばすほど、気迫漂うエルレーンの願いは常に一つ。
(せめてBカップ、やっぱC…いやいやD!)
 五久遠しか入れてないくせに無茶を言う。
(エルレーンさん一生懸命お願いしてるみたい。きっと大切なことなんだね)
 隣の紫音はそんなエルレーンの姿に大変綺麗な誤解。無論、一生懸命さに比例する大変大切なお願いではあるのだが、内容については知らないほうがきっとたぶん確実に幸せだと思われる。
(僕は……)
 ふと胸を過ぎる幾つもの光景に目を閉じ、莉音は一心に願う。
「莉音君は何をお願いしたのー?」
「奪都」
 退き際、何気なく問うたエルレーンに莉音は思わず答える。次いでハッとなった。
(あっ、お願い事って言っちゃいけないんだっけ)
 けれど、だからといってそれが叶わないとは思わない。
(いいや、これは神頼みじゃないもの)
 それは神に誓う、自分の決意なのだから。


(今年一年がよい年で有ります様に……)
 祈るように願う雫の隣で、静かに優希と静矢が願を掛けている。
 二拝二拍手一拝をきっちりと行い、百久遠のお賽銭を賽銭箱に入れた九朗が真剣な表情で祈る。
(早く天魔との戦争が終わり、平和になりますように)
 礼や拍手の数が違う所在るけど、大丈夫だよな? と心を過ぎるも、そして、と願う。
(彼女ができますように……!)
 その隣のレイはぼんやりと過去という名のごく最近を振り返る。
(去年は入学して早々色々あったよ…精神的に…でも悔いは無い)
 衝撃はあったけれど、それは決して悔いでは無い。
(今年は誰もにとって良い年になればいい)
 その傍らでは恋音がひたすら何かを熱心に祈っていた。
(……胸の成長が止まりますように……)
 数秒前、真逆のお願いが出た気がします。神様、ちょっとさじ加減間違えたようだ。
 恋音の横で願いを心中にて呟き、夜刀彦は伏していた顔を上げて淡く笑む。ふと心に沸き出でるのは純粋な思い。
(誰かを守れるような人になろう……)
 ……もう二度と目の前で喪わなくてすむように。
 同じく伏していた顔を上げた絳輝が笑む。
 願いは胸に。思いと共に。それは彼女達以外、誰も知らない誓いだった。


「人間の友人に教わったんですが、四十五という数字は『始終(四十)国恩(こくおん=五久遠)がありますように』という『ゴロアワセ』というものらしいです。……試してみますか?」
 ヴェスの差し出した四十五久遠に、ラズベリー達はこくっと頷いた。
(特に信仰に厚くはないけど学園生が逆に不安を与えても難だから……)
 襟を正し、早記はきちんと作法に則った振る舞いを心懸ける。
(この一年が、良きものであり、また幸多きものであらんことを……)
 ラズベリーは真剣な表情だ。
 参拝を済ませた一行が向かうのは無論、授与所。
「お守りとォ…御神籤。縁起物として破魔矢と達磨も欲しいわねぇ……」
 黒百合が悩ましげに達磨と睨めっこをする。ラズベリーは見つけたお守りに即決で声をかけた。
「私は、干支飾りのついた根付のお守りを」
 持ち主となる者に、幸い多からん事を祈りつつ。あと、御神籤。
「……依頼で外に出るのは、旅行に含まれるんでしょうか?」
 旅行安全のお守りを受け取り、人混みからやや離れて朔はぽつり。境内や人混みをカメラで撮影しつつ、あちこち散策しようとふと思った。あと、御神籤。
(現代でも命に関わる難産が無い訳では無いし、安産祈願も大事だと思う)
 安産祈願を大まじめに見つめて、けれどと早記は首を横に振る。
(今回は相手不明だし健康祈願で。身一つあれば、如何とでもなるよね。たぶん)
「これで依頼は完了です」
 受け取ったお守りに微笑み、ヴェスは破魔矢等にも目を走らす。あと、御神籤。
 彼女らが手に取った御神籤が何であったのか。ズゥン、と沈んだ気配の中、黒百合がおもむろに暗黒微笑を浮かべた。
「………ビリィ、グシャ…いい年になりそうねェ、本当ォ…おほほほォ…♪」
 御神籤結果は……【お察し下さい】。


(皆が幸せでありますように)
 真里は心を込めて願う。
(嵯峨野がずっと笑っていられますように)
 出来ればその隣に自分がいれたら良いなと思いながら。
 その横で念入りに願っているのが楓だ。
(今年こそリア充に…!)
 合間にちらっと真里を見るのは(何お願いしてるんだろ?)と気になるから。チラッな視線に気付いた真里は「内緒」と笑う。
「さぁ、お守りを受けに行こう」
「んー」
「どのお守りにするの?」
「勿論、金運!」
 迷い無いチョイスに真里は思わず笑みを深める。
「よし、よし、後は御神籤だね。来いよ大吉…!」
 フラグが来た!
「……ふっ。悪い結果は無かったことにするわ」
 いい戦いだった。そんな表情の楓の隣で真里も御神籤を引く。
「結果! どうだった?」
「ん。まぁ、いいかな」
「いいの!? ……大吉なら交換してくれてもいいんだよ?」
「じゃあ、交換しようか」
「いいの!?」
「俺はもう十分幸せだから」
 楓が引いた分の神籤は出来る限り高い所で結び、真里は自身の大吉を楓に渡す。
 土産と一緒に受け取った、ちりめんで花を模った根付のお守りと共に。
「可愛かったから。幸運の御守なんだって」
「わぁ! 嬉しいっ…ん、ありがと。大事にする」
 貰った御守をほわほわにやけながら眺めて、楓はそれを大事にスマホに付ける。
「今年もよろしくね」
「良い一年にしようね!」
 願わくば来年も一緒に。


「俺が祈るのか? 神とやらに?」
 世の中変わったなァ……
 そんなことを思わずにいられないのが、悪魔参拝三秒前。今。
 人波に巻き込まれあれよあれよという間に最前列まで流されてしまった悪魔チョコーレは、周囲の空気も読む男。とりあえず見よう見まねで二拝二拍手一拝。律儀だな……!
 同じく見よう見まねで参拝したマーシュ、額の汗を拭ってチョコーレを見上げた。
「みっしょんこんぷりーとです」
「お守りは」
「勿論、忘れていません。早速受け取りに行きましょう」
 お守り用の久遠を握りしめ向かう先には、いろんな種類のお守りが並べられている。
「そうだな、その商売が繁盛するというのをいただこうか」
 キリッと告げたチョコーレの横でマーシュも無事お守りを受け取る。可愛らしい白地のお守りに、チョコーレは首を傾げた。
「どういうお守りか、知っているのか?」
「知っていますよ、『あんずるよりうむがやすし』ですね」

 安 産 お 守 り

 受けてチョコーレは頷いた。
「ふむ。ならば、これでこんぷりーとだな」
 頼む!
 誰か!
 ツッコミ要員ッ!!





 参拝を済ませ、お守りを手にした人々はそれぞれの心のままに過ごす。
「んふふぅ……」
 すでに屋台六割制覇☆至福の笑みを浮かべて去った黒百合の後ろから、仁刀と雅がクレープ屋を訪れた。
 定番の味に混じって並ぶ柚子ジャムや餡子のクレープを雅と仁刀がそれぞれ購入。仲良く二人で分けて食べる。
 交換しあったそれにかぶりつき、はたと間接キスだったという事実に気付いて顔を赤らめている雅に、仁刀は懐から出したお守りの一つを差し出した。
(せめて、彼女は無事に……)
 思いを込めて渡されたお守りに書かれている文字は、健康祈願、の四文字だった。


「……ひ、人が多かったのですぅ……」
 生来人の多い場所は得意では無い。そんな恋音は人で密集する参拝から出るや否やふらふらだ。
「甘酒が来るまでの間、寒さもあるし、少し身体を動かそうじゃないか」
 心配そうに周囲を取り囲まれては恋音も休めない。静矢の提案に、雫と九朗が即座に乗った。
「お、羽根突き? いいね、やろう。アスヴァンの防御力見せてやる!」
「返り討ちにしてあげます!」
 童心に返ったような二人の横で、静矢と優希も構える。
「負けないのですよー☆」
 今年一年の勝負である御神籤は大吉だった! そんな優希に静矢も負けじと戦う。
「羽が曲線軌道ではなく直線軌道……」
 九朗と向き合う雫の目がキラリと光る。
 その頃、甘酒を貰いに出た絳輝、レイ、夜刀彦は、莉音、エルレーンの二人と合流。一人二・三個ずつ持って戻る途中、迷子を保護したユウと出会って顔を見合わせた。
「……困った」
 本当に困ってそうなユウと幼い迷子に余分に持っていた甘酒を渡し、集まった面々で親探しが始まる。
「手相や、易占い、なら、出来るん、だけど……」
「出た札の方に行く、というのもいいかもしれないわ」
 マリアの提案にユウが手札を繰る。合流したチョコーレとマーシュが面白そうにそれを眺めてからマリアを見て首を傾げた。
「そのお守りは?」
「…ふふ、これなら皆と被らなさそう? 『ペット守』。ペットも大事よ」
 悪戯っぽい笑みと共に言われて、なるほどそういうものか、と新たな誤解が発生。絳輝が笑ってカメラを通行人に頼んだ。
「せっかくだ。一人だけじゃなく、大勢で撮った写真もあったほうが親も私も嬉しい…良い記念だからな」


 青空の下で、パシャリとシャッター音が響く。
 再会した親子の喜びの声と合わさって、それはどこまでも鮮明に、彼等の一場面を映し出したのだった。



依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:14人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
戦場を駆けし光翼の戦乙女・
桐原 雅(ja1822)

大学部3年286組 女 阿修羅
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
carp streamer・
ラズベリー・シャーウッド(ja2022)

高等部1年30組 女 ダアト
いつかまた逢う日まで・
亀山 絳輝(ja2258)

大学部6年83組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
彼女のために剣を取る・
大浦正義(ja2956)

大学部5年195組 男 阿修羅
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
花々に勝る華やかさ・
染井 桜花(ja4386)

大学部4年6組 女 ルインズブレイド
真ごころを君に・
桜木 真里(ja5827)

卒業 男 ダアト
災禍祓いし常闇の明星・
東城 夜刀彦(ja6047)

大学部4年73組 男 鬼道忍軍
夜の帳をほどく先・
紫ノ宮莉音(ja6473)

大学部1年1組 男 アストラルヴァンガード
怠惰なるデート・
嵯峨野 楓(ja8257)

大学部6年261組 女 陰陽師
迫撃の狙撃手・
九条 朔(ja8694)

大学部2年87組 女 インフィルトレイター
撃退士・
和泉早記(ja8918)

大学部2年49組 男 ダアト
撃退士・
虎落 九朗(jb0008)

卒業 男 アストラルヴァンガード
運命の詠み手・
羽空 ユウ(jb0015)

大学部4年167組 女 ダアト
魅惑の片翼・
マリア・フィオーレ(jb0726)

卒業 女 ナイトウォーカー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
メイドの土産に真心こめて・
マーシュ・マロウ(jb2618)

大学部3年154組 女 バハムートテイマー
chevalier de chocolat・
チョコーレ・イトゥ(jb2736)

卒業 男 鬼道忍軍
スペシャリスト()・
ヴェス・ペーラ(jb2743)

卒業 女 インフィルトレイター
闇夜を照らせし清福の黒翼・
レイ・フェリウス(jb3036)

大学部5年206組 男 ナイトウォーカー