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マスター:九三壱八
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/01/06


みんなの思い出



オープニング


 家々の窓が柔らかな光を宿す頃、外と中の温度差かそのガラスにうっすらと白いものがかかりはじめた。
 外に漏れる光はまろむように優しさを増し、ぽつぽつと灯る明かりに外に飾られたイルミネーションが今日を最後とする電飾のドレスを鮮やかに人々に見せつける。

 聖夜。

 寄り添う恋人達の姿を横目に、一人、また一人と己の家に帰る者の姿もある。
 時間が合わず、今日という日を共に迎えることが出来なかった者。
 喪われた過去への思いを胸に今も一人でいる者。
 遠くに行った一人を思ってずっと待っている者。
 まだ思いを告げられずに一人で切なく帰宅する者。
 様々な理由を持つ彼等の中、ふと気付いて窓の外を見上げる者も幾人か。
 重く曇った空から零れる、今日という日を祝うかのような人々へのプレゼント。
 雪。その白い幻想的な結晶群。

 ふと、空から歌が聞こえた。
 どこかの誰かが野外コンサートでも開いているのかもしれない。
 または有名な誰かの歌を大音量でかけているのだろうか。
 耳障りに思うには歌声は美しく、ただ、夜の闇に溶けるようにして蓋をしていた心が零れていく。
 今日という日を共に迎えられなかった自分ではない誰かへの思いが。


 もし、奇跡を願えるのならば、

 どうかこの夜に翼を

 大切なあなたに、この言葉が届きますように。



リプレイ本文


 街の大通りを九条穂積(ja0026)は颯爽と歩いていた。
 穂積が通り過ぎた喫茶店からはセレス・ダリエ(ja0189)の姿が。暖かな場所から寒空の下に出、いつもと違う街の様子に少し不思議そうに首を傾げる。
 入れ替わるように喫茶店の扉を開いたロベル・ラシュルー(ja4646)は、案内された喫煙席に座って窓の外を眺めた。
 その店の前を青木凛子(ja5657)がさっと横切る。ヒールの音を響かせ颯爽と歩く姿に、幾人もの男性が視線を送っていた。
 同じ商店街には黛アイリ(jb1291)の姿。少し豪華な夕飯を済ませ、甘い物片手に帰路につく。
 その後方、酒店で平山尚幸(ja8488)はとっておきの酒を入手していた。


「んー、父さん母さん元気やろか…」
 桐生水面(jb1590)は空を見上げて独り言つ。
 家族への思いを胸に歩く者は多い。
 学園への道を歩くマーシー(jb2391)もまたその一人であり、彼とすれ違い家路につこうとしている蒼桐遼布(jb2501)も同じく。
 そして、今彼等とすれ違った鳴海鏡花(jb2683)も。
(あの人達が生きていたら、共に聖夜を過ごせたでござろうな……)


(こう寒いと人肌が恋しくなりますねぇ)
 すれ違う人々の間を縫いながら、加茂忠国(jb0835)は公園へと向かう。
 キンと冷えた空の下で、フェンリア(jb2793)は身を震わせつつ帰路を急いでいた。
 その少女の傍らをレイ・フェリウス(jb3036)が人捜し顔で行く。怜悧な顔には悄然とした色が濃い。賑やかな街の装いすら、その目には映っていないのだろう。
「綺麗なイルミネーションですね〜」
 逆にその光に導かれ、紅葉公(ja2931)は駅前広場へと踏み入れた。沢山の人で賑わうそこに在るのは、巨大なクリスマスツリー。
「あれ? 菜都ねーちゃん?」
 見上げ続ける公の反対側で、花菱彪臥(ja4610)は偶然見かけた久慈羅菜都(ja8631)に手を振る。
 同時にツリーを見上げる二人の後ろを、或瀬院由真(ja1687)は急ぎ歩く。久しぶりに家族へメールしようと思いながら。
 そんな由真が通り過ぎた場所で、艾原小夜(ja8944)はツリーをカメラに収めていた。
 その横をすれ違うようにして渡り、早見慎吾(jb1186)はふと聞こえた歌に周囲を見渡す。
「歌?」
 その声と同時刻、別地でも周囲を見渡す影一つ。
(この歌声、何処かで聞いたような……?)
 叶結城(jb3115)は本屋に入りかけた足を止め、(いや、まさかな)とすぐに歩きだす。天界の歌等、地上で聞くとは思えなくて。
 その本屋の片隅で、結城馨(ja0037)が嘆息をついていた。
「やはり英国系の資料は手に入りにくいですね……」
 仕方なく踵を返す少女の向こうには、クリスマスカードや便箋を集めた一角が。選んだ便箋を手に淡く微笑んでいるのは東城夜刀彦(ja6047)。その手元を飯島カイリ(ja3746)と、強羅龍仁(ja8161)が覗き込んでいる。三人の手にはそれぞれが選んだ便箋。
 丁度その場を通りかかった榊十朗太(ja0984)は、賑わいに「ふむ」と心の中で独り言つ。
(我ながら柄ではないが、手紙でも書くことにしようか)


 すれ違い、時に巡り会い、人々はその時間を過ごす。

 聖なる祝福を受けた一夜は、今。


●忠節の誓い


 穂積の家は代々執事を務める家系だった。学園に来たのも、完璧を目指しているからだ。
(こんな日に一人で居る事に、少し思うこともありますが……)
 部屋に戻り、ほっと息をつきながら穂積は父を思う。
「漸く私にも仕えるべき主人とめぐり合うことが出来ました」
 父はどんな顔をするだろうか。そう思うと面映ゆい笑みが浮かぶ。
「……いずれまた会える日に、主人と共にお伝えしたいものです」
 そうして脳裏に思い描くのは、今は居ない主人。気高く生きる、一人の少女。
(主よ)
 思い出す。その気高さに触れ、気付けば少女の跪き、自らの手を差し出し想いを告げた時のことを。
「これからは私がずっとお守りいたします……我が敬愛すべき主人よ」


●遠き地を思いて


 窓が随分と白くなっていることに気付いた。
 せっかくの聖夜、ワインでもと用意を調え、ふいに見た窓のそんな様子に馨は歩み寄る。鈍色の空は重く、かつて見た遠き地の空が脳裏をかすめる。
(ドクター、そちら冬は寒いですか)
 今も彼の地に居るだろう英国時代の恩師。
(こちらは英国より寒うございます。帰朝する際に準備されていた論文、書き上げられたようで)
 先頃読ませてもらった論文。長年の論点がやっと一つ明らかになった彼の人は、今どんな気持ちでいるだろう。

「良い問いを立てられなければ、良い解答は得られない」

 そう口にしていたその人だから、問いを求める日々も少なくないだろうと思う。
(「良い問い」は新しく立てられましたか……?)
 目を細めて、ややあって「ああ」と気付いた。店ですれ違った彼等。真剣な目で選んでいた便箋。
 もし自分が書くとしたらどう書くだろう。
(所で、こちらはこちらで元気にやってます。依頼も何回かこなしてますし)
 きっと筆を迷わせながら、最後にこう付け足すだろう。
(英国系の資料が手に入りにくいのが難点ですけど)
 と。


●不変と可変の狭間で


 この日が特別だなんて、どうしてなんだろう?
 セレスは空を見上げて目を細める。雪のその姿は何時もと変わらない。
 特別な日として、誰かと過ごした事もない。
(……ああ、でも)
 セレスは自身の記憶をそっと掘り起こす。
(幼い頃にあの人と、アイツと、3人で過ごした事もあった気がする……)
 あの人とは暫く会ってない。少なくとも2年位。元々家にはあまり居ない人だったけれど。
(アイツとは、なんだかんだで何時も……毎日……顔を合わせてる)
 そういう事を”特別”だと言うのだろうか。
 自分にとって、「アイツ」は幼馴染で、居るのが当たり前な存在。共に過ごす事も、容易くできるだろう。
 でも、
(この日)
 否、何時も
(独りの方が良い……)
 きっと、アイツもそうだろう。

 セレスは空を見上げ続ける。ちらちらと舞い降り始めた白い雪を。
 雪のその姿は何時もと変わらない。
 自分も何時もと変わらない。
 今も昔も。

 未来にも……?


●我が師へ


 筆をとると同時、懐かしい顔を思い出した。

『先生におかれましてはますますお元気であられると推察いたします』

 脳裏に浮かぶのはその人の佇まい。
『天魔を屠る者として、また力なきモノ達の楯となり刀槍となるべく、こちらにても修練を怠ってはおりませぬ故、その点だけはご安心下さい』
 覚えている。数々の修行。その日々を。
『天魔との戦いにおいて、ますます先生の教えが身に染みます』
 その日々が今の自分を作った。原点とも言える確固たる土壌。
『また、学園には様々な人間が居り、彼らとの触れ合いの中で自分も修行だけでは学べぬ様々なことを学んでおります』
 そして、この学園に来てから学んだ数々のこと。
 人と人が出会う時、そこには確かに何らかの変化が訪れる。決して一人では得られない様々なものが、彼等との関わりの中で生み出されていく。
『これからも『常在戦場』の心構えを忘れずに修練に依頼へと当たってゆきたいと考えております』
 いつか会った時に、自身が得たその全てを彼の人に見せれるだろう。
 筆を置き、十朗太はふっと息を吐く。
 その日が、今から楽しみだった。


●合体門松と祖父の愛


 炬燵で暖を取ることしばし。ようやく体が温まったところでノートパソコンを起動させた。

『お父さんにお母さんにお爺ちゃん。元気ですか? 私と弟は、元気です。学業と依頼の両立は大変ですが、挫けずに、協力し合って頑張っています』 

 そこまで書いて、ふと手が止まる。そうして、姿勢を正して指を動かした。
『と、言いたい所なのですが。実際には、挫けそうになった時は多々ありました』
 思い出す。
 今まで見てきた沢山の事。沢山の思い。沢山の言葉。
『色んな惨状を、色んな死を見てきたせいで』
 それは学園に来なければ見ることの無かったものだったろう。
 悲惨なものがあった。悲しいものも。
 けれど、覚えている。そればかりでは無いことを。
『ですが、それらを自力で乗り越えねば、撃退士としての道は拓けません』
 願うのは、自分達の成長と、皆の無事。
 この手に多くの可能性と希望を願って。
『ですので、どうか……私達の事は、見守っていて下さい』
 そう結び……ややあって由真はタカタカと文字を打つ。先程までと違って年相応な表情で。
『ところで。去年の門松と合体できる仕様の門松が届いたのですが、あれはお爺ちゃんの仕業ですか? それに弟が手を加えたせいで、部屋が凄い事になっています。せめて、普通の物を送って下さい』
 部屋の写メとショボンな顔文字を追加して送信ボタンを押す。
 どんな返事が返ってくるのか。今から楽しみだった。



●あなたへの誓い


 ツリーの飾りを見つめながら公は遠い日へ思いを馳せた。
 ごく普通の家庭に生まれ育ち、今のように撃退士になる未来など想像もつかなかった頃。大好きだった人が、其処には居た。
(お兄ちゃん……)
 その人を亡くしてからもう何年が経っただろうか。
(今考えてみると、お兄ちゃんも撃退士だったのかな)
 あの日天魔に怯むことなく立ち向かった姿は忘れられない。
(冬が終われば)
 また、あの季節がやってくる。
(……お兄ちゃん。どうか、見守っていてください)
 光が滲んでその光源を世界に広げる。全てが煌めきに溶けてしまうような光景。
 唇を引き結び、じっと見上げて公は思う。
 願うように。祈るように。
 誓いをたてるように。
(私は自分が出来る限りの力で、一人でも多くの人を救いたい)

 もう、後悔はしたくないから。


●永久に続く愛の喪章


 皆で選んだ便箋を広げ、カイリはそっと息をついた。

『だいじな、ボクのおかあさんへ』

 カイリは小さく息をつき、書き進める。
 その思いを筆に乗せて。

『ボクをうんでくれてありがとう
 ボクを育ててくれてありがとう
 ボクをあいしてくれてありがとう
 ボクをあいつから守ってくれてありがとう
 ボクをつよくしてくれてありがとう』

『ボクがイタリアを出たあの日に、いつもとちがう姿であらわれたあなた』
 それはきっと、決して見てはいけなかった光景。
『大樹にうめこまれたあなたは、失礼だけどとてもきれいでした』
 けれど見なくてはならなかった光景。
『そしてうちぬいた時、いっしゅんだけ、おかあさんのやさしいえがおを見ました』
 およそ母という存在の愛おしさと尊さを表したような、永遠に魂に刻まれる笑顔。
『おかあさんはいつもやさしいひとでした』
 命を賭して愛をくれた、唯一人。
『ボクをあいしてくれたひと』
 あの閉ざされた世界の中で、
『ボクを大切に育ててくれたひと』
 誰よりも深い愛情と、
『ボクを外へ連れ出す為に、アクマにたましいをささげたひと』
 誰よりも強い意志を──ただ、自分のために。
 カイリは言葉を紡ぎ続ける。
 大切なその人に。永遠の喪章をその胸に飾って。
 震える文字で。
『ありがとう、おかあさん』

『いつまでも、ボクはあなたのそばに   カイリ』

●そこにある未来


「クリスマスか……」
「どうしたの?」
 家への帰り道、彪臥の呟きに菜都は首を傾げる。
「俺知ってるぜっ! サンタクロースがトナカイのそりでプレゼントを運ぶんだよなっ、落っことしたりしながらさ」
「お、落っことしはしないんじゃないかな?」
「違うんだ? じゃあ菜都ねーちゃんの所のクリスマスってどんなの?」
 問われ、菜都は慌てる。
「えっと、その、爺様が言ってました。クリスマスなんて、うちには関係ないって……」
「じゃあねーちゃんも全然知らない?」
「いえ、えっと、クリスマスはごちそうが食べられるので、いい日だと思います」
 仲の良い人と一緒だともっと美味しくなるのかな? と小首を傾げながら、僅かに知るクリスマスの話をする。
「私も、プレゼントの思い出はないけど……」
 ふと思い出す。祖父の姿を。
(元気にしてるかな……)
 もし会えたなら……何の話をしようか。
(今年は、あたしにも友達ができました)
 そんな報告をするのもいいかもしれない。とても嬉しかった事だから。
「俺もプレゼント欲しいな〜」
 ふと思いに沈んだ菜都の隣で彪臥は声をあげる。
(こう、記憶が戻る何か、無いかな〜。……まあ、無いんだけどなっ)
 彪臥には過去の記憶が無い。観光地で天魔に襲撃され、保護された時には自分の名前しか持っていなかった。
 不安が無いわけではない。だが、不安がっていても前には進めない。だから皆と同じように日々を生きている。元気に。
 けれど……寂しくないわけではない。
(でも)
 学園に来て沢山の思い出が増えた。過去の道は見えにくくなってしまったけれど、未来への道は続いている。
(学食のクリスマスメニューも、美味かったぜ)
 ふと隣を見る。ちょうどこちらを見たらしい菜都と目が合う。なんとなく笑いあって、二人、互いの家へとそれぞれ足を向ける。
(来年のクリスマスには、)
(来年は)
 その心に、ほぼ同時に、
(友達と一緒にごはんを食べられたらいいな)
(友達と一緒に過ごせるといいな)
 そんな風に、同じ事を思いながら。


●それは<変え>難き日常の中に


 街中がクリスマス仕様のようにも見えた。
(別段、何の感慨も無いけどな)
 ロベルは目を細めて窓の外の賑わいを見つめる。思い出も無ければ、特別に何かした事もない。
 誕生日もクリスマスも、人の言う「時別な日」なんて気にもならない。
(……ま、それで別れた事もある訳だけどね)
 苦笑と共に思い出しながら、それでも自身の考えは変えられない。
 「特別な日」なんて要らないだろう。そう思う。だからって何時もが「特別な日」とか馬鹿な事も思わない。
(……薄情なのかね)
 けれどその目が白いものを認めて少しだけ揺れる。
(それでも雪を見ると、アイツの事が思い浮かぶな)
 顔を突き合わす事もしばしば。一緒に暮らしたこともある。
 自分達の関係を言い表すのなら、そう、
 ──腐れ縁。
(雪はアイツに似てる気がするんだよな)
 アイツはきっと今日も一人だろう。一緒に過ごす事も不可能ではないだろう。
 でも、一緒には過ごさない。
 席を立ち、会計を済ませたロベルは街へと出る。
(何時だって自分達はそうだろう)
 それで良い。

 煙草が、何時もより美味い気がした。


●生きるという事、愛するという事、母であるという事


 部屋にクッキーの焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
 本土の娘達から届いた手紙を凛子は大切に読む。可愛らしいXmasカードと、二学期の成績表のコピー。
 アウルに目覚めた折、二十歳以上若返った凛子には受験を控えた娘が二人いる。高三と中三。どちらも大切な時期だ。
 読み終え、胸の奥に灯る温もりを逃がさないよう注意するかのように、そっと小さく吐息をつく。
 次の世代が天魔に怯えずに暮らせる世界をと、撃退士の道を選んだ母に「自分の信じた道を進んで」と背を押してくれた娘達。
 受験の大切な時に親と離れて暮らすことになりながらも、こうして応援してくれている。
 自分の道は自分で選んで拓け、が教育方針だから、不安になったり悩んだりしながらも懸命に受験を頑張っているのだろう。
 凛子は形良い指にペンを持ち、自身もカードを書く。
『二学期と、受験勉強、お疲れさま』
 遠く離れた地にいる自分を応援してくれる娘。
『努力した分は、必ずあなたたちを裏切らないわ』
 何かの折りにはこうして手紙をくれる娘。
『風邪をひかないで、ベストの力を出せますように』
 愛している。
 愛している。
 愛している。
 笑顔でいると心に決めていても、こうして、思いが溢れて涙が浮かんでしまうほどに。
 だから最後をしめる言葉は一つ。

『二人に心からの愛を込めて ママより』  


●千の言の葉を祈りに変えて


 夜刀彦は買ってきたばかりの便箋を開ける。硯からは墨の匂い。筆が動く度にそれが強くなる。
 クリスマスと言われても思い出せる思い出のようなものは無い。故郷はとうの昔に滅んでいたから。
(……故郷を失った時に)
 一度、心が完全に壊れた事を彼自身知っている。
 一つ一つ自分を取り戻す作業は、一つ一つ自分を作っていく作業でもあった。
 保護され、そこを出、旅をし、学園に入り、得た沢山の宝物が今の自分を作っている。
 人格の再形成。世界に、新しく自分を生み出すための儀式。
 けれど作られたそれは無くした自分とは違う形。
 両親の顔も故郷の形も朧気で、自分が本当にその場所に居たのかも、本当の意味では分からない。
 全てが幻のように思える。
 けれど、それでもただ、愛した。
 残り香に似た記憶の欠片と、今の自分を作ってくれた全ての人を。
 例えば、幼い頃、ずっと壊れた自分の傍らに居てくれた人達や、命を賭して自分達を生かしてくれた誰かの背中を。
 こと、と置いた筆がかすかな音をたてる。
 そうして書き上がった手紙を丁寧に折り畳み、耐熱硝子に入れて、
 火を投じた。
(……届くことは無い)
 宛先等無い手紙。綴られた千の言の葉を他の誰も読むことは出来ない。

 それはもうこの世にはいない、唯一人だけが読むことが出来る手紙だから。

 夜刀彦は立ち上がる。最後の火が消えるのを確かめて、窓の外に視線を馳せた。
(もし、欲しい物が一つ手に入るのなら)
 その願いが叶うのなら。どうか。

(あの人の魂に安寧を) 


●愛する息子へ


 龍仁は筆を走らせる。会うことが出来ない息子を思いながら。
『冷蔵庫にローストチキンとポテトが入っているのですレンジでチンして食べてください』
 まずは忘れてしまうと後々大変なものを。
『クリスマスケーキも冷蔵庫にあります』
 生ものだから、お早めに。
『毎年、クリスマスは父さんと2人なのに今年は一緒に入れなくて本当にすまないと思っています』
 申し訳ない思いを込めて綴り、そうして次に眉を顰める。
『ただ、年頃の息子が毎年父親と2人きりというのはどうなのでしょうか?』
 十五年前に妻と死別して以来、男手一つで育ててきた息子は高校生だ。
『父さんは嬉しいのですが、彼女はいないのですか? 父さんの周りには「リア充爆破!」と言っている過激な人もいます。父さんはお前がこんな事を言い出さないか不安で堪りません』
 心配してしまうのは、親だから。
『大丈夫だと信じていますが、人様に迷惑をかける事だけは止めてください』

『その場合、父さんは全力でお前を倒します』

『そうならない事を祈っています』
 丁寧な文字でそこまで書ききり、龍仁はそっと微笑んで文をしめる。
『メリークリスマス』

 父より 愛をこめて


●受け取ったもの


 昔、傭兵の叔父がいた。
 いつも飄々としていて、けれどやる時にはやる叔父だった。
 尚幸は墓の前に座り、買ってきた酒を煽る。

「叔父さん」

 生き残る技術を与えてくれた叔父。
 天使から命を賭けて助けてくれた叔父。
 彼が居てくれたから、今の自分がある。父よりも母よりも自分に強い影響を与えた人。

「俺はまだ生きてます」

 あなたが教えてくれた技術のおかげで。
 今も、尚。
 そして、これからも。

「あなたの所には中々行けそうにありませんよ」

 尚幸は飲んでいた酒をそっと墓に注ぐ。
 彼も飲めるように。
 生きていれば、一緒に飲み交わす日があったかもしれない。そんなことを思いながら。


●待ちわびて


 色鮮やかな千代紙が広げられていた。幾つもの鶴と蛙がテーブルに並ぶ。
(今日はね、おっきいケーキ食べたんだー。すっごく美味しかったんだよー)
 新たな蛙を折ながら、小夜は心の中で語りかける。
(駅前のツリー、今日は特別なライトアップだったのー。お写真とったからあとで見てねー)
 沢山の人が居た。賑やかな気配がした。
 けれど今は、一人きり。
(……いっぱいいっぱいね、待ってる人がいるんだよー。……だから…)
 嬉しかった事、楽しかった事。伝えたいけれど、出来ない。
 此処に居てはくれないから。
 祈りを色鮮やかな千代紙に込めて折る。
 鶴と、蛙。
 願いを込めて。
 ふと見上げれば窓の外、雲間からほんのわずかな月の姿。
 小夜は柔らかく微笑む。

「……『おかえり』できるの、みんな待ってるからねー」


●祈りにも似た願い


 公園のブランコで一人、忠国はぼんやりと座って空を見る。
 大学時に付き合っていた彼女が結婚すると人伝に聞いた。
 毎日毎日くだらない事で笑いあっていた。
 彼女とずっと一緒にいたかった。けれど出来なかった。
 本気になるのが怖かったから。
 いつか彼女からも親族と同じく蔑むような目で見られるのではないかと……そう考えてしまったから。

 信じればよかった。けれど出来なかった。

 だから彼女から逃げた。
 今は関係なんてない。
 だから今更出て行って、何かを言えるはずもない。例えそれが、祝いの言葉であろうとも。
 だからこそ、一人。
 ただ彼女の幸せを願いたい。

「……あなたに、幸せを」

 どうか幾千の夜も等しく、あなたに安らぎを与えますように。


●愛おしき過去を胸に


 位牌代わりのドックタグを手に慎吾は黙祷を捧げた。
(お義父さん。学園に来て数ヶ月が経ちました)
 大きすぎて未だに道に迷い、付近の人に教えて貰って教室に行くような毎日だけれど。
(まだ見ぬものも多く、まだ知らない事も多いです)

(あの日から沢山の日々が過ぎました)

 沢山の事があった。
 これからも沢山の事があるだろう。
(それでも、あなたといた日々を忘れることはありません)
 遙か記憶の彼方にある、木漏れ日にも似た煌めきの日々。
(お義父さん。私を拾ってくれてありがとうございます)
 ありったけの思いを込めて、慎吾は心の中で独り言つ。

(もし奇跡が起こるなら、昔のように炉端で昔話を聞きたいです……)

 叶うことのない、小さな願いを零しながら。


●淡き思いは雪空の下で


 窓の外の雪に、アイリはぼんやりと過去を思い出した。
(こんな寒い日だった)
 命以外全てを失くした自分を当たり前のように救って、連れて行ってくれた貴方。
(わたしは貴方がいればそれでよかった)
 でもその人はそれじゃダメだと言って、この学園へ行けと言った。

「君の世界に僕しかいないなんて寂しすぎる」

 そう告げられた言葉をその時の自分は理解できなかった。
 けれど、今は少しわかる。
 あの時、何故彼が自分を外の世界へと向かわせたのか。
(けど)
 アイリは小さく微笑む。
(こういう日に恋しくなるくらいはいいよね?)
 幼い自分を救い育ててくれた貴方を思うことぐらいは。


●この空に祈りを


 街には歌が満ちている。
「雪……雪かぁ」
 空から降りてくる雪。背後で響く聖歌。それを背景に水面は祈る。
 物心つく前に殺されてしまった父母に代わり、ずっと自分を育ててくれた養父母の無事息災を。
 そして、今は亡き両親が天国で見守ってくれるように。
「天魔は、倒さんとな……」
 会いたいとどんなに願っても叶いはしない。命は決して還らない。
 だから水面は武器をとる。
 自分のように誰かを失う人がこれ以上でないように。
 その悲しみを防ぐために。
(時々は、迷うこともあるけどな)
 けれどもずっと、迷いながらも、前へ。

 この手がいつも、誰かを救い癒すものであることを祈って。


●もういない貴方へ


 屋上に吹く風は酷く寒かった。
 薄く積もった雪の上に、マーシーは足跡をつける。誰もいない場所。だからこそ、声に出せる言葉がある。
 マーシーは空を見上げる。
 口にするのは独り言であり、追悼であり、後悔であり、決意表明。

 唯一人に向けた。

「今日はあなたに言うことが4つあります。聞いて下さい」
 キンと冷えた空気に声が響く。
「まず、僕はあなたのせいで何度死にかけたことか」
 思い出す。沢山のことを。
「次に、僕や両親を残して死ぬなんて」
 思い出す。唯一人、自分が「嫌いな人」である姉のことを。

 ──だから。

「最後に、あなたの意志は僕が継ぎます」
 撃退士であった姉。悪魔と相打ちになった姉。
 彼女の意志は自分の中に。

「だから、見ていてください。姉貴」

 空から白いものが降りてくる。誰かの流した涙のようなそれが、ただ静かに、夜の学園に降り注いでいた。


●人と悪魔の狭間で


『拝啓、義父、義母』
 自室で一人、遼布は思いを綴っていた。
『そちらでは元気にすごしていますでしょうか? 幼少時に助けていただいた恩を、しっかり返す前にあのようなことになってしまい申し訳ありませんでした』
 悪魔という事を隠し、我が子として育ててくれた人。
『あの事件のあと、俺は久遠ヶ原学園へと進学し、撃退士としての生活を送っております。種族間の問題はつどつど感じることはありますが、今のところ元気に過ごしております』
 襲撃から逃げる前に悪魔としての力を解放していたら、あの悲劇は防げただろうか。悔恨は深く、失われたものは大きく、思いはただ胸中に深い影を落とす。
『今の俺では、手が届く範囲は狭いながらも、されどあなたたちを失ったあのときのように力の行使に迷わないように日々人々を助けるよう尽力しています』
 時がもし戻るのなら、あの時に帰って、その体を抱きしめたい。
 あの時には伝えられなかった数々の言葉とともに。
『いつかあなたたちを守れなかった罪を償えたと自信をもって思えるようになりましたら墓参りにいきますので』
 けれど今は、まだ罪を償えたとはとても思えないから。
 どうか、

『もうしばらく待っていてください』


●種族の垣根を越えて


 夜の静寂の中で、鏡花は思いを馳せた。
 かつて放浪の途中で行き倒れた時、介抱してくれたとある老夫婦とその孫娘。見ず知らずの自分に優しくしてくれて、人間界のことをいろいろ教えてくれた。
(会えるのなら……)
 もう一度会いたいと、胸を裂かれるような思いで願った。
(あのような親切な人達が天魔に襲われ、亡くなろうとは……)
 何故、と思う。
 おそらく人の子が思うのと同じように、何故、と。
(あの時の恩は……返せぬまま)
 その恩を返せなかったこと、救えなかったことは今でも悔やんでいる。
 絶えず痛みを響かせる、決して癒えない傷のように。
 鏡花は祈りを捧げる。
 その背中に黒い片翼。天使の証であるその翼。
(願わくは)
 聖夜に奇跡を願えるのなら、どうか。

(恩人達にも聖夜の幸福が訪れますよう……)


●悪魔生は楽しんだが勝ち


 フェンリアは鼻歌を歌いながら目を細める。
「きょーうはとくべつせーやのひっ♪ イエスなひーとがうーまれったひっ♪」
 手の中には、チキンの入ったボックス。テーブルにはドリンク。
「ま、そーんなのかんけいないね、いーただきまーす」
 誰も彼も浮かれて騒ぐクリスマス。けれどそんなものも、彼女には関係ない。
(ぼっち? だからなにさ、そんなの悪魔にとっちゃ日常茶飯事さ)
 自由を愛する者が多いのか、ガチガチの縦社会な天界と違って、冥魔は自由奔放な者が少なくない。
 フェンリアがそうであったように。
(群れて、傷を舐め合うのなんて人間すぎるのさ。ま、番いといっしょに過ごすのはいいことだと思うけどね)
 そんなことを思いながら、もう一口とチキンを囓る。
(あたしはいないし、まだ小悪魔だし)
 もしかしたら遠くない未来、誰かと一緒にいるかもしれないけれど。
(今はくっちゃね重点さ)
 降りてきたばかりの人間界を楽しむのもまた、大切なことだから。


●愛おしき人へ


 名も知らない人の子をどうやって探せばいいのだろう。
 あるものはただ、この瞼の奥に焼き付いたその人の姿だけだというのに。
 悄然と家に戻ったレイは嘆息をつく。その人に会いたいがために人の世界に帰属し、その人が居るはずの学園へと来た。
 ──けれど学園はあまりにも大きすぎて。
(愛おしき君よ)
 人間界に降りた時に見かけた、美しい人の子よ。
 その柔らかな微笑み。憂いを帯びた瞳。艶やかな髪。長い睫。淡い桜色の唇。
(どこか悲しげなその笑顔を見た時から私の心は君に奪われてしまったようだ)
 ふと残り香のような気配を感じ、狼狽えることがある。
 君は近くにいるのだろうか?
 それとも願望が見せる幻だろうか?
 あの日から何日探し歩いただろう。居ると聞き歩いた道、家、教室の数々に気配を探すのに、未だに一度も会えていない。
(君よ)
 愛おしき人の子よ。
(いつか私のために笑ってくれるだろうか?)
 あの時見た悲しげな笑みではなく暖かな笑顔で。
 夜の闇の中で、レイはただ祈る。
 言葉すら交わしたことは無いけれど──
(奇跡を願えるならば)

 ──夜よ、どうか彼の人に安らぎを。

 いつかその笑顔が暖かいもので満ちてくれるように。


●去りし世界と別れし友へ


 人の世界に降りてまだ日が経っていないため、結城の毎日驚きの連続でもあった。
(友よ)
 こちら側に来る際に別れざるを得なかった、大切な友人。
(こちら側にいると、様々な情報が入ってくる。天界の事については、あまり良い感じには見えない)
 家族を奪われて泣く子供を見た。恋人を殺されて憎む人間も。
 天界に居る者は疑問に思わないのだろうか?
 自分だって奪われたら悲しいだろうに。
(天に残った君はいつか私達の前に立ち塞がるのだろうか? 出来ればそうであって欲しくない)
 分かってはいる。ここに来た以上、何らかの折には剣を持って同胞を殺さなくてはならない事態になるだろうことは。
(君とは戦いたくない。……君は誰かが悲しむのを良しとしないひとだから、いつまでも悲しんでいるだろうし)
 もし、会えるなら告げたい。
 あの時は言えなかった言葉を。
 天を裏切ることになっても。人の世で生きてくれるのなら。

 一緒に暮らそう、と。





 雪は降り積もる。様々な思いをその白い裾の下に隠して。淡い光の翼で、地上を抱きしめるように。


 願わくば、この夜に翼を。


 彼等の祈りが届きますように。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:18人

桃色ラムネ☆仰ぎ見る君・
九条 穂積(ja0026)

大学部8年143組 女 ディバインナイト
クレバー姉さん・
結城 馨(ja0037)

大学部8年321組 女 ダアト
撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
『榊』を継ぐ者・
榊 十朗太(ja0984)

大学部6年225組 男 阿修羅
揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
優しき魔法使い・
紅葉 公(ja2931)

大学部4年159組 女 ダアト
幼心の君・
飯島 カイリ(ja3746)

大学部7年302組 女 インフィルトレイター
いつでも元気印!・
花菱 彪臥(ja4610)

高等部3年12組 男 ディバインナイト
良識ある愛煙家・
ロベル・ラシュルー(ja4646)

大学部8年190組 男 ルインズブレイド
撃退士・
青木 凛子(ja5657)

大学部5年290組 女 インフィルトレイター
災禍祓いし常闇の明星・
東城 夜刀彦(ja6047)

大学部4年73組 男 鬼道忍軍
撃退士・
強羅 龍仁(ja8161)

大学部7年141組 男 アストラルヴァンガード
猛る魔弾・
平山 尚幸(ja8488)

大学部8年17組 男 インフィルトレイター
君のために・
久慈羅 菜都(ja8631)

大学部2年48組 女 ルインズブレイド
撃退士・
艾原 小夜(ja8944)

大学部2年213組 女 鬼道忍軍
愛の狩人(ゝω・)*゚・
加茂 忠国(jb0835)

大学部6年5組 男 陰陽師
穏やかなる<時>を共に・
早見 慎吾(jb1186)

大学部3年26組 男 アストラルヴァンガード
銀狐の見据える先・
黛 アイリ(jb1291)

大学部1年43組 女 アストラルヴァンガード
夢幻の闇に踊る・
桐生 水面(jb1590)

大学部1年255組 女 ナイトウォーカー
非凡な凡人・
間下 慈(jb2391)

大学部3年7組 男 インフィルトレイター
闇を斬り裂く龍牙・
蒼桐 遼布(jb2501)

大学部5年230組 男 阿修羅
モフモフ王国建国予定・
鳴海 鏡花(jb2683)

大学部8年310組 女 陰陽師
この夜に翼を ・
フェンリア(jb2793)

大学部2年68組 女 ルインズブレイド
闇夜を照らせし清福の黒翼・
レイ・フェリウス(jb3036)

大学部5年206組 男 ナイトウォーカー
心に千の輝きを・
叶 結城(jb3115)

大学部5年35組 男 アストラルヴァンガード