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マスター:九三壱八
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/12/19


みんなの思い出



オープニング


 淡く光る部屋の中で、銀髪の天使は悄然と項垂れていた。
 天界の一角。
 柔らかな光で満たされた部屋には、ふたりの天使が向かい合っている。
 ともに女性であり優れた容貌を持っていたが、片方の美貌たるや同じ天使であってもなお陶然と見惚れる領域だった。
 銀髪の天使は何かを堪える表情で金髪の天使を見つめる。そうして後、深く深く頭を下げた。
「……どうか、ご壮健で」
 願うように告げられた言葉に、大天使ルスは微笑んで頷いた。
 いつもと同じ、憂いを秘めた瞳で。


 いきなさい。





 病室には重苦しい空気が漂っていた。
 横たわる少年の周囲を無骨な機械が取り囲み、無機質な音を響かせている。心電図と、人工呼吸器。上から吊られた幾つもの点滴には、名前と時刻、そして日付が書かれている。
 鎹雅(jz0140)は眠り続ける子供を見つめた後、そっと静かに病室を辞した。廊下に出ると、知らず嘆息にも似た吐息が零れる。
 天魔によって負傷した人々が訪れる病院に彼女は来ていた。負傷を知ってから以降、三日と空けずに訪れる為、事情を知らない他の入院患者には家族と間違われていた。
「……先生」
 重い気持ちを抱えて歩き出そうとした刹那、横合いからかけられた声に雅は顔を上げた。見知った少女があどけない幼女を抱えてそこに立っていた。
「……長門君」


 病院の庭に設置されたベンチに座って、三人はひなたぼっこをしながら言葉を交わしていた。
「……鈴?」
 そうして告げられた言葉に、雅は目を丸くする。
 一見して学生に見える雅の前には、二人の少女がいた。
 年長の少女の名を長門由美。
 幼い少女の名を夕凪みゆ。
 ともに天魔に関わる事件で家族を亡くした少女だ。
「はい。夢うつつだったので……確かとは言えないんですが」
 頷く由美の顔色は、かつてに比べてとても健康的になっている。母と親族の半数以上を喪い、結婚したばかりの夫まで喪いかけた少女は、意識不明だった夫の回復とともに少しずつではあるがかつての自分を取り戻しつつある。
「博さんの病室で、鈴の音が聞こえた気がするんです。彼が目覚めるほんの少し前のことです」
 由美の言葉に「ふぅむ」と呟き、雅は次に由美の膝の上に座っている幼い少女を見つめた。
 見つめられた幼女は大きな目をぱちぱちしながら言う。
「あのねっ、きれいなてんしのね、てのところに、かわいいすずがあったの。でも、おとしなかったの」
 思い出しながら言葉を紡いでいるのだろう。時々記憶を確認するように言葉が途切れる。
「おはながきらきらしてて、おかあさんのかおがみえて、おうたがきこえたの。あたまなでてもらったの! でね、ねむくなって、でも、すずかわいかったから、さわろうとしたら、てんしがゆったの!」

 これは心を呼び戻すもの
 人の子が扱えるものではない

「…………」
「よくわかんなかったけど、さわっちゃだめなんだな、っておもったの」
 深く思案する雅に、夕凪みゆが首を傾げつつそう告げる。幼い彼女には、それがどういうものなのか分からなかったのだろう。雅にしてみても、今聞いた部分だけでは判断がつかない。
 けれど、ここに何かの符号が無いだろうか。

 意識が戻らなかった長門由美の夫の病室で聞こえた鈴の音。
 その後に意識を取り戻した夫。
 天使の手にあった音をたてない鈴。
 心を呼び戻すもの、と告げられたそれ。

 偶然というには余りにも一致が多い。まして、目の前の少女は二人とも、ある天使と深い関わりを持つ者だ。
 かたやかつてその使徒に誘われ、
 かたやかつて天使自らに保護された。
 二人の共通の相手こそ、件の鈴を持つ大天使──ルス・ヴェレッツァ。
(……もし、その鈴が、本当に彼女の夫の意識回復を助けたものであるのなら……)
 雅の脳裏に、先程辞した病室の様子が浮かんだ。
 ──かつて戦闘の折に負傷し、今も意識不明となっている子供の姿が。
 雅は目の前にいる二人の少女を見つめる。
 同じ病院で出会ったという、同じ大天使縁の少女達。全く同じ羽根を今なお大切に持つ者として会話を交わし合うことで判明した一つの奇跡。
(……たぐり寄せれるだろうか)
 その奇跡を。
 だが、天使と交渉するなど、不可能に近い。
(可能性があるとすれば……)
 生徒とも直に会ったことがあるという使徒が限界だろう。だが、それでも、会うという行為そのものが奇跡に近い。
(……せめて、会うことだけでも出来れば……)
 例えそれが奇跡でも、今はそれに縋るしかない。
 かつての博と同様に、意識不明の少年もまた、ゆるやかに死に向かっているのだから。







「……人界に?」
 天界の一角で、レヴィは小首を傾げていた。
 目の前にいる途方もなく美しい主は柔らかく微笑う。

 ──そう。このところ、人界も賑やかだろう? 何とかという祭りも近づいていると聞く。どんな様子か知りたくてな。

 それは口実であると同時に本心でもあった。もっとも、下手に天界に置けば堕天使狩り等に招集されかねないから、というのが最も強い理由だが。

 ──何でも贈り物の交換など様々な行事があるらしい。今の人の子の世界では何が流行っているのだろうな? 世情を知るのもまた、大事な仕事であろうよ。

 嘯くルスを不思議そうに見つめてから、レヴィは恭しく一礼する。
 主が人の世界に興味を示すのは珍しいことではない。面白い話の一つでも持ち帰れれば、最近、とみに憂い顔が増えた主の気晴らしになるかもしれない。
 そう思うと、少しだけ心が浮き立った。
「かしこまりました」







 その一報が入った時、雅は思わず席を立っていた。電話の相手は生徒。街中だという。
「使徒レヴィと……接触出来た、だと……!?」
 心配と期待が入り交じる。僥倖だった。だが、相手は使徒だ。
「……今の所、その使徒に対して追加の捕縛依頼や討伐依頼は出ていない。ここ最近は、また大人しかったしな……。こちらが手を出さなければ、初手から危険な真似をする相手ではないだろう。……だが、充分に気をつけてくれ」
 今からでは駆けつけても遅い。ならば、全ては生徒に任せるしかない。
 雅はただ、祈るしか出来無かった。







 使徒を見送って後、ルスは物憂げな瞳で遠くを眺めていた。
 手首にそえた手が、小さな一つの鈴に触れる。
 気付いて、そっと溜息を零した。


 奪い取ったものは決して元に戻らぬ……


 人間の純粋な感情エネルギーによって作られた特殊な鈴。かつて四つあった其れも、残すところあと一個となっていた。
 ルスは憂いを帯びた瞳で鈴を見つめる。


 それは、人の犠牲によって生み出された、魂の鈴だった。



リプレイ本文



 光が絶えず踊っているようだった。
 寒空の下、首を竦めて歩く人々の息は白い。それを様々な色に照らしながら、街の彩りは忙しなくその姿を変える。道には音楽が溢れ、ほんの数歩の距離で歌も曲も次々にきり変わっていく。
 そんな賑やかな街を歩いていたリョウ(ja0563)は、進む先に見えた銀髪に一瞬目を瞠った。
 かつて感じた冷厳たる気配こそ無いものの、忘れようもない相手──
「……貴方は」


 その光景と出会う数分前。
(あの話が真実だとすれば……)
 賑やかな街を歩みながら戸次隆道(ja0550)は心の中で独り言ちていた。
(助けられる手段はあるということです)
 大切なのは救える命を救うこと。
(正義でも悪でも…そのために私は撃退士という守護者の道を選んだんですから )
 そうして歩みを続ける足が、ふと見かけた光景に止まる。
(あれは……)


 街の一角でバイトに勤しむ羽空ユウ(jb0015)は手札を繰りながら思考を続けていた。
 かつて必死に救った幼い子供。その子供を助けた天使。
(……異種を認める理性と知性)
 それはまだ獲得していない。故に、天使と悪魔の干渉は否定的。
(でも、否定的だからと逃げ回る、のは、現実逃避)
 道は前を見据えているかぎり何処かにはある。
(常に前を── ?)
 客を見送り、顔を上げ──ユウは軽く目を瞠った。


 使徒レヴィが其処に居た。





 声かけを迷う必要は無かった。
 傍目にも分かるほど茫然としていた使徒は、むしろ声をかけずにはいられない何かがあった。未だに物珍しげに周囲を見やるレヴィに、リョウと隆道が苦笑しながら説明する。
「立ち話もなんですし喫茶店でもご一緒に、と言いたいところですが……混み合ってますね」
 その言葉に、近くで占いをしていたユウも頷いた。
「人出、切れない」
「『祭り』だからな。あぁ、これを」
 苦笑を深めつつ露店で買い求めた品を渡すと、レヴィが掌の上のそれをじーっと見つめた。
「以前命を見逃してくれた礼だ。貰ってくれ。良ければ貴方の主にも」
 主は女性であるという。ならば、と選んだのはイヤリング。そしてレヴィには腕輪だ。
 使徒がじーっと品を見つめている。
「こういうのは珍しいのか?」
「あまり……馴染みが……ありませんね」
 まだじーっと見ているのにリョウと隆道は苦笑する。
「さっきから祭りの雰囲気に呑まれている感じでしたね」
「迷子の、よう、だった」
 ユウの一言にレヴィは戸惑い顔を俯かせる。その使徒に、リョウは表情を改めて声をかけた。
「……だが、こうして世間は楽しみで満ちていても、それに混ざる事の出来ない人がいる。人としての営みが原因ではなく、外からの侵略者によってな」
 知り合いの知り合いの話だ、と告げるリョウに、レヴィは視線を彼へと向けた。
「以前も言ったが、俺はそれを食い止めたい。……人の意識を取り戻させれるかもしれない鈴というのを……あんたは、知っているか?」
「……『鈴』と申されましたが、それほど人の口にのぼっている事柄なのですか?」
 ひやりとするものを感じた。リョウは落ち着いて首を横に振る。
「単にそれを知る状況にあっただけだ。誰もが知っていることじゃない」
「そうですか」
 視線を転じる使徒に、隆道とユウも頷きを返す。自分達も、知りうる立場の者だった、と。
「広めるつもりはない。ただ、もしその鈴が存在するのなら……救いたい人間がいるんだ」
「それが人の犠牲の上に作られた物でも、ですか?」
 するりと問われた言葉に、リョウは半瞬のみ口を噤む。
「それを俺に言ってどうする。許しや断罪が欲しいのならば甘えるなとしか言えんな。俺は被害者ではないし、今まで天使やその眷属を殺して来た俺に断罪の権利も無い」
「……」
「単にどう思うかと聞いているのなら、そうだな……被害者から復讐の依頼があれば俺は全力で貴方達を殺しにかかる。が、それを何もせずに受け入れるというのならばそれは絶対に許さない」
「何故です?」
「貴方達が犯した罪を許すつもりは無いが、救った命すらも過ちであったとする事はその命に対しての侮辱だ」
 例えば、意識を取り戻し妻と寄り添った青年。
 例えば、その命を護られた幼子。
「命は等価ではない。比べられないという意味でな。故に救った命がある、その一事をもってそれ以外の命の重さにも耐えなければなら無い。命を救った、それ自体は決して間違いではないのだと」
「複雑ですね」
「全くだ」
 嘆息をつくリョウにレヴィは僅かに苦笑めいたものを浮かべた。


「『力』と『戦車』は異なる。力は作物を実らす雨、戦車は薙ぎ払う暴風」
 二人の会話を待って、ユウがそっと声を忍ばせた。
「意図が異なるだけで、両者とも力と言う影響」
 なるほど、とレヴィは口元に微笑を浮かべる。
「……無礼を、承知で、聞く。魂、とは何? 呼び戻せる、もの?」
 自分が認識できない部分でも、探究を続けなければ前には進めない。鈴に拘る必要は本来無いのだ。ただ確実性を考えた時に、その存在に縋ってしまうだけで。
(何か、方法がない、かな?)
 じっと見上げる視線に、レヴィは困ったように首を傾げた。
「私自身は、直に魂に関与する力を有しておりませんので」
「魂が何か、認識出来ていない……だから、天使か悪魔、に聞くのが、良いと思った」
「……本来、それは人の目には見えにくいものですから」
「そう……」
 一度嘆息をつき、ユウはそっと言葉を紡いだ。
「犠牲……実存は本質に先立つ。本質である、鈴の力を使わねば、それはただの鈴。これが、客観的思考。――倫理や道徳が混じる。犠牲が哀しみなら、このケースの犠牲も、哀しみ」
「……」
「鈴と、少年の本質は酷似している……この説、は、おかしい、かな?」
「犠牲を犠牲で贖われる、と?」
「それが、私の弱さ。鈴と言う異質、より、少年と言う近い者に、同調した」
 レヴィの瞳がふと深い色を帯びる。その悲しみに、ユウは声をかけた。
「失ったものは、戻らない、だから覚える。――刻み寄りそえば、孤独でないと、信じて」
 その言葉に、隆道も頷いた。
「救えなかった犠牲がある。その上に出来た鈴がある。でもそれで救える命がある。……それならば私はその命を救いたいと思います。出てしまった犠牲は覆せない……でもまだ生きている人は救えるのですから」
「……」
「偽善で独善で正義でないかもしれません……でも私は救いたい。それが私の道なので」
「道、ですか」
 隆道は頷いた。
「私が戦う理由は人を救い、守るためですから。そのために人にどのように思われようと、私は迷わず救う道を選びます」
 レヴィは何も言わない。ただ眼差しだけが隆道を促す。
「私はそれを貫きたい」
 そこにある、決意と覚悟を認めて。





 賑わう街の中、宇田川千鶴(ja1613)はフレイヤ(ja0715)、アデル・リーヴィス(jb2538)と共に華やかな雰囲気を楽しんでいた。学園に来たばかりのアデルにとっては、『ヒーロー』が好んだ人界を知るよい機会でもある。
「助けてあげたいね……」
 アデルの声に、二人は顔を見合わせる。
「……うん」
 フレイヤは小さく俯く。
(皆を助ける事が出来ないなんて分かってはいたけれど……それでもやっぱり、犠牲になった子がいるって聞くと……きっついなぁ)
 その傍らで、千鶴は僅かに目を伏せた。
(奇跡的に意識を取り戻した長門さん……)
 夜の森で見た幻想的な光景。
(──あの金の羽根、光の花園)
 まだ確証の取れていない出来事達。けれどそこにあった一つの関連性。未だ見たことのない天使の気配と、その意を受けて動く使徒。
(会えたなら、鈴を……)
 そして、もし全てが関連しているのなら、
(……私は聞かなあかん事が)
 あの時口に出来なかった事を。──今度こそ。
 そんな二人の様子にアデルも吐息を零す。
(『あの子』がここに居たなら、きっと、必死に少年の命を救うだろう)
 その為に尽力したに違いない。そんなあの子の代わりとして、
(ううん随分劣った代替品として──)
 私にも、
(……出来る事があるでしょう?)
 記憶の中の相手は決して答えてはくれない。けれどその面影に問うとき、その心は常に自分の中に息づいている。
 三者三様の思いを胸に街を歩む。そんな中、千鶴が「ぁ」と思わず声をあげた。
 その瞳に見知った姿を映して。




「レヴィさん……?」
 周囲を憚るように声をかけられたのはその時だった。視線を向けると、三人の少女がそれぞれの表情で立っている。
「……こんな所で何してんの?」
 やや呆れた顔で見る千鶴の隣で、フレイヤがふるふる震えている。
(ちょ、をっ、い、イケメン……ッ! これもう千載一遇の大チャンスだわ! 今年のクリスマスを乗り切るために! レヴィさんを彼氏にするっきゃねぇ!)
 ふんぬー、と鼻息を吐くフレイヤに、その隣にいたアデルが小首を傾げる。そうして、千鶴と同じ疑問を持ちつつ件の使徒を観察した。
(……何だか可愛い子だね)
「くりすます、というのを学びまして」
 クリスマスとは学ぶものであったようだ。
「様々な行事があるのですね」
「まぁ、プレゼントの交換とか……主って人にあげるんなら探す? って、何かすでに持っとるな」
「頂き物です」
 レヴィの声にリョウが軽く手を挙げる。
「『あの時の』?」
「そういうことだ」
 同じ依頼を共有した二人は苦笑を零す。千鶴はその笑みを消し、頭一つ分背が高い相手を見上げた。
「先に言うておくな。帰ったら、主って人に伝えて欲しいことがあるんや」
「主様に?」
「……色々、な」

 長門さんの命が助かったから救われた人がいて
 みゆちゃんが無事で心から安心して
 そんな風に一つの命がただ助かるという事だけではなく

「おおきに……と伝えて欲しいんよ」
 レヴィは口を噤む。その瞳が少しだけ和らいでいた。どこか嬉しそうな喜色は、やはり主が一番大切だという使徒であるからだろうか。
「そういや言うてなかったな。宇田川千鶴や」
「あっ! フレイヤ! フレイヤっていいますよろしく!」
「アデル・リーヴィスよ」
「羽空、ユウ」
「リョウだ」
「戸次隆道です」
 ふとレヴィが不思議な表情をした。とても一言では表せれない表情を。
「ぃよっし。私から真っ赤なマフラーをあげる!」
 ふわっとフレイヤから首にかけられたマフラーに、レヴィが目を丸くする。
「サンタさん代りに魔女の私からクリスマスプレゼント!」
「プレ……?」
「暖かいでしょ?」
 その笑顔につられるようにレヴィが僅かに笑った。それを見てフレイヤも笑みを深める。
(本当はね、私はこのひとの笑顔が見たいの。……何だか、寂しそうなんだもの)
 密かに首を傾げるフレイヤを微笑んで見てから、アデルは使徒へと言葉をかける。
「使徒くん。眠ったままの子供の話、もう聞いたかな?」
「えぇ。それを起こせれる品があるとして、それが人間の犠牲の上に作られたものである話もさせて頂きました」
「……うん。犠牲の上で成り立つ幸福は案外世界中に溢れてる。寧ろ幸福の裏に犠牲が在ると云って差し支えない。払ってしまった犠牲が二度と戻らないのなら、せめて活かすべきじゃないかな」
「……」
「犠牲者の本意なんて分からない」
 ヒーローはいつだって目前の命を見捨てない。
 ……少年の命が潰えていく光景を黙って見過ごすなんて、ヒーロー失格だから。
「都合が良いと笑いなよ。……都合の良いハッピーエンドの何が悪いの?」
 アデルの声に、千鶴も頷く。
「それが本当に助けになるのなら……必要やと私も思う」
 どんな真実があっても。
「それがエゴで我侭な願いでも、もう元に戻せない力なら……。何時だって、せめて自分の手の届く存在だけでも助けたいだけなんやけどな」
「……それが、人であるあなた方の希望、ということですね」
 頷き、フレイヤがそっと手を伸ばす。頬に触れた手にレヴィが目を瞠った。
「あと、ちょっと笑ってくれたら、嬉しいかな?」
 そんな少し悲しそうな笑顔でなくて、暖かいもので満ちたものを。
 出来れば、いつか。





 明確な返答を避け、その場を離れたレヴィは眼差しを伏せる。
 
「本人に鈴の真実は伝えられないけれど」

 約束をするように、千鶴がそっと言葉を零したのが印象的だった。

「私が、死ぬまで覚えとるから」

 きっと、今までのことも、ずっと。

「ところで、殺さなくてもいいのかな?」
 大切に思い出すレヴィに、堕天したアデルが声をかける。レヴィは淡く笑った。
「私達は『会っていない』のです」
「……」
「ここで見聞きしたように思うことは全て、夢のようなものでしょう」
「君は」
「……良い夢を見たのです」
 人であった頃には見ることもできなかったものを。
 この世界に来て。この世界に関わって。
 魅せてもらったのだ。
「夢の続きは私では答えかねますが……主もまた夢の話を楽しまれることでしょう」
「……そっか」
 微かに微笑み、アデルは使徒の返答に懐から手鏡を取り出す。
「きみへのクリスマスプレゼント。メリークリスマス、……持ち合わせがコレしかなくて、御免ね」
 レヴィは微笑んで一礼する。
 その瞳に優しい温もりと、わずかな寂しさを湛えて。
「いつかまた、お会いしましょう。その時もまた、夢が続いてくれていることを……願います」





 話を聞き終えて、ルスは無言のまま己の使徒を見た。


 おまえはどうしたい?


「彼等の意見はもっともだろうと……そう」


 けれど、悲しいのだな……?


 ルスの声にレヴィは沈黙する。心の奥深くにある哀愁をけれど主は過たず感じ取ってしまう。
 そう、
(人の子の言葉はある意味『正しい』)
 けれど、
(同じ人の子に、そう判じられてしまったら……)
 ……奪われた者の悲哀は何処へ行けばよいのだろうか?
 分かっている。彼等がその犠牲を顧みないわけではないことも。それでもただ寂しい。それが身勝手な思いだと分かっていても。


 鈴はおまえの好きなようにするがよい。


「主様……」


 他の誰でもない、おまえがそれを望むのなら。


 ルスは唯一つ残った鈴を使徒へと差し出す。遙かな昔、この使徒の故郷に降り立った時に作り出した最後の鈴を。


 ……時に、レヴィ。その手の中の物は?


「撃退士達から頂きまして」


 ほぅ


 ルスは口元を綻ばせる。


 ……良かったな


 慈愛に満ちたその言葉にレヴィは一瞬言葉をつまらせた。
 かつての世界では人として人に接してもらったことなどなかった。人をやめた今もそれは変わらない。
 けれどここにある品。その心。
 嬉しいと思う。その暖かさが。
「……はい」
 戸惑い、俯き、溢れた気持ちが顔に浮かぶ。
 わずかに零れた、どこか子供のような純粋な笑顔に、

 ルスは一瞬、惚けた。





 後日、病院から一報が届く。
 子供の意識が回復したと伝えるメールは即座に六人の撃退士の元に転送された。
 鈴の音を聞いたという噂もあるが、確とそれを証言できる者は無く。

 ただ聖夜の奇跡として人の口に伝わるのみだった。



依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 今生に笑福の幸紡ぎ・フレイヤ(ja0715)
 運命の詠み手・羽空 ユウ(jb0015)
重体: −
面白かった!:13人

修羅・
戸次 隆道(ja0550)

大学部9年274組 男 阿修羅
約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
運命の詠み手・
羽空 ユウ(jb0015)

大学部4年167組 女 ダアト
対偶の英雄・
アデル・リーヴィス(jb2538)

大学部6年81組 女 ダアト