街。深夜。人気のない路地。
そこを歩む人影六つ。
「強力な魅了能力を持ったディアボロね……」
猪狩みなと(
ja0595)が据わった目で声をあげた。
「そんなものにコロっとやられるすけべぇ男子は正気に戻ってもらうために鉄拳一発だかんねー?」
あれ? 俺達早くも危機的状況になってね?
思わず顔を見合わせる明石拓馬(
ja3651)と赤坂白秋(
ja7030)。しかし男・拓馬には夢がある!
一つ、美人でばいんばいんのおねーさんと触れ合う事!
一つ、ステキな彼女とキャッキャウフフする事!
これである!
(この二つを叶えるまでは、死ねない!)
いいのか叶ったら死ぬかもしれない理由がそれで。
(そして今のこの状況は両方を叶える事ができる!)
拓馬はひそやかに魂を滾らせていた。全身からココロイキがダダ漏れている。
(おねーさんに触れつつ、勝って帰る!)
みなとが拳にハァーッと息を吐きかけていた。
「ナイスバディならこっちには熾弦ちゃんも居るし、戦力的に負けてないわ♪」
笑いつつ雀原麦子(
ja1553)はみなとの背をぽんと軽く叩いた。同時に笑いかけられ、神月熾弦(
ja0358)は軽く首を傾げる。
「はい? そうですね、負けないように頑張りましょう」
どうやらピンと来なかったらしい。だが麦子の言う通り、熾弦の美体たるや相当なものがある。特に胸。
「強そうなディアボロは何度か見てきましたが、こんなディアボロは初めて見る気がしますね……攻め方を変えてきたのでしょうか?」
「クソッ、卑怯だぞ悪魔共! こんな敵、勝てるわけねえッ!」
依頼書を片手に白秋、魂の叫び。同じく拓馬も憤然と頷いた。
「同感です赤坂先輩! 敵スペックが尋常じゃなさすぎます!」
OH! 男達がすでに魅了状態になっとるがな。
「抵抗できないならしなければいじゃない!」
そんな男達に向かって麦子の輝く笑顔がキラッ☆
「ブレーキ踏むとこをアクセル全開フルスロットルよ!」
「「し……師匠……!」」
なんということでしょう。麦子の声によって男達の心が生まれ変わりました。
「被害者、首筋に咬傷……敵の口には、気を付けて」
「だーいじょーぶよ♪ あ、でももし戻ってこれなくなったらコレで遠慮無くやってね!」
危惧を口にする羽空ユウ(
jb0015)に、麦子は爽やかな笑顔でそっと渡した。
ハリセンを。
「……」
ユウの視線がハリセンに注がれる。つまりこれは、任された?
「魅了……友好のつもりであれば良かったのでしょうけど、被害が出ている以上はそうはいかないでしょうね。頑張りましょう」
すでにこの時点で不安しかない一行の中、熾弦は真顔でそう囁く。その眼差しは路地の向こうへ。
美しい女ディアボロがそこに居た。
●
「はっ、舐めるんじゃねえぜ! この俺の世界的イケメン具合で逆に惚れさせてや銀髪巨乳美女最高ォォオオオオ!!」
三秒持たなかったぞ理性! 理性!!
魂が口から出てる白秋の好みは銀髪・年上・巨乳!
亡き姉の特徴でもあるそれを見事に体現したディアボロはもはや倒れ伏して拝みあげる(下ナメアングル)レベルだ!
そんな白秋の姿にユウは早くもハリセンを使わなくてはいけないのかと逡巡した。
(常に、己へと問いかけ続ける、理性ある獣の定め……)
本能のままに動くのが獣の性であるのなら、それを押さえてこそ理性を得た獣。だが現れたディアボロはそんな理性すら溶かしてしまう何かがある。
(とても綺麗……仮に敵だとしても、此れは価値ある美術品であって殲滅する対象では――。いえ、既にその考えが魅了? 否、だとして目に見える価値に違いは……いや、諸行無常、形あるものは自然に淘汰され、残りうるのは形なきもの)
「被害が男女問わず、とは聞いていましたが、これは……流石に……これほどの物なんて……」
惑うユウの傍らで熾弦が戦慄したように呟いた。一気に押し寄せるのではなく、まるでじわりと侵食するような奇怪な感覚。
──で。
(これは何か。新手のイジメか)
すでに半数が魅了にかかりつつある中、圧倒的精神力でみなとは敵意満載になっていた。
(目の前でそんなばいんばいーんなばでーひけらかしてくれやがって)
ばいんばいーん。
(大人になったら背も伸びて出るとこ出てちょっとセクシーな服だって似合うようになるんだって思ってた時期が私にもありました!)
夢見てたんだよコンチクショウ!
なんだあのディアボロは! 特に大きく開いた毛皮から見える胸! 林檎どころかデカイ梨レベルだ! もげろ!!
(どうせこっちは二十八にもなって未だにコンビニで『未成年には販売できませんので…』とか言われるよこんちくしょう!)
常に免許証携帯しなきゃならん私の気持ちが貴様分かるか!
みなとの拳がグギギと音をたてる。その音に意識を引き戻された白秋、キッと顔を引き締めた。
(くっ……如何に好みど真ん中と言え敵は天魔! ここで倒れるわけにはいかないんだ!)
すでに倒れてます下ナメアングルマジぱねぇ!
だが──!
「ここで(魂が)挫けたら……撃退士の名折れ!」
白秋は立ち上がった。決意を秘めて武器を具現化させる!
「行くぜ……!」
心を鬼にして走った!
「私達も続──」
「ちょちょちょちょちょっとあのそのえっとけっ結婚とかしません!?」
スパーンッ!
ユウの全力ハリセンの音が響いた。
「だってしょうがないじゃん!」
スパーンッ!
「女神なんだもん!」
スパーンッ!
「女神ちゃん(仮)マジ女神ちゃん!」
ズバァアアンッ!
女ディアボロの両手をしっかと己の両手で包み込み力説する白秋の顔はもうぷっくり(腫れ)だ。
容赦ないな……!!
「そのままだと、ミイラに、なる」
「ひ、ひゃて、ほれにかんかぇが──」
ぽっふ。
何かを言いかけた腫れ顔の白秋。白いアレな果実に頭を包み込まれた。
「○×◎△◆ーッ!」
「ああもう手がかかる……ッ!」
白秋の手から血の気が失せる失せる。ぷるぷる震えだしたところを見るとどうやら乳息もとい窒息しかけているらしい。額に青筋たてたみなとが体を引きはがすと、明らかに血の気を失った白秋が子供のように無邪気な笑みを浮かべて言った。
「俺、気付いたよ」
何をだよ。
「やっぱり、おっぱいは宇宙だったんだよ――」
「今死にかけてたよね!?」
どうやら魂も宇宙に旅立ったようだ。
「はいはーい撤収〜っ」
「離せッ! 俺は、俺は女神ちゃんと女神ちゃんしてくるんだ……ッ!」
「魅力されまくってる男には鉄拳だよ!?」
「思うにバニースーツを着せたら素晴らしいボディラインが更に強調されてワンダホッでエクセレンッなんじゃねって思ごふう!?」
みなとの鉄拳が唸った。
「……頑丈、ね」
みなとと麦子が抱えて走るのを見送りつつ、ユウはぽつりと呟く。自らも離れようとしたその頭上に何かが降りてきた。
ぱふ
ぱふ
「ああっ! ユウちゃんが犠牲に……!」
「その子は駄目っ」
反転して来たみなとがユウをディアボロから引き離し、拓馬が男らしく宣言する!
「ここは俺が……うほッ」
あっさり捕獲されました。
「コラーッ!」
みなとが叫ぶ。
拓馬の頭の上に質量のあるアレが乗った。そのままゆぅるりと下がり頭部を包み込む凄まじい柔らかさに拓馬の何かがTHE☆崩壊!
──俺は魔法の魅力に抗う事ばかり考えていた。
だが、そうじゃない!
もはや魅力がどうの魔法がどうのじゃない!
俺は、俺の欲望、いや夢で、美人のおねえさんとスキンシップがしたい!
己の欲望、いや夢に忠実に、そこだけに一転集中すればいい!
見たい触れたい触りたい!
そこに全神経を集中させるんだ!
彼女の魅力より、俺の欲望、いや夢が勝っていると、そう信じて!
ぱきょっ。
「ほぐぉ!?」
復活したユウの足が、拓馬の大変な所を蹴り上げました。
「今、全力で負けてて、危険だから」
魂の声を上げつつ魅了されていた拓馬、首筋を咬まれる寸前に衝撃()のあまり地面に落っこちた。
「よし! 危なかった! ユウちゃんよくやった!」
「早くコチラに!」
すかさず引きずって撤退したユウに、女性陣は真顔でコックリ。目撃した白秋は真っ青だ。
(俺……ハリセンでまだマシだった!)
「それじゃ、ちょっとおねーさんがヤッつけて来るわ!」
一連の有様に麦子が颯爽と足を進める。その瞳は魅了された者のソレでは無い!
まさか──打ち破ったのか!
愕然と尊敬を込めて一同が見つめる中、麦子はディアボロに微笑み返しながら言い切った!
「向こうが色欲で誘惑するなら、こちらは快楽で堕として足腰立たなくしちゃるわ!」
えっ(天の声)
「さぁおねーさんにイイ声聞かせなさァい!」
「「うわーッ待ったッ!いや待たなくていい!!」」
男二人大合唱。
なんと麦子、歩み寄るディアボロを押し倒した! 素早く馬乗りになられたディアボロの生足が毛皮コートの向こうに見えるっていうか中裸かよ!?
男達が神妙な顔つきで合掌していた。
●
(私はこの美人が好き、すごく大好き、めちゃくちゃにしたいくらい愛してる……)
自己暗示という武装の元、自ら魅了を受け入れ暴走状態の麦子、只今大変危険な状況となっている。主に蔵倫的な意味合いで。
「ふふふ。他のことなんて何にも考えられなくしてあげるわ〜♪」
すでに毛皮は大きくはだけ、白いたわわな果実が外気に晒されている。だがディアボロは婉然と微笑むばかりだ。
(笑い声じゃなくて甘い声しか出せない様に……って……ん?)
魅了による白い靄がかかったような思考の中、わずかに残った戦闘本能のようなソレが麦子に警告を発する。いつの間にか相手の手が自分の腰に触れていた。するりとそれが臀部に降りる。
「あ、あれ……ひゃっ!」
まさかの反撃に麦子は焦った。おかしい。さっきまで微笑みながらただなすがままだったディアボロが今すごいエエ顔で自分を組み敷きはじめている!
(どういうこと!?)
割れ目にそって柔肉を揉むようにして指が這う。空いた手で撫で上げようにして反対側の太股を外側へと開かれてちょっと待て蔵倫! 蔵倫!!
──蔵倫は只今、家出中です──
「んッ、んふ……ちょ、ッ」
「そこまでですッ! そ、それ以上は駄目ェッ!」
「ミイラ取りがミイラになってどうするの!」
一連を為す術もなく見守っていた熾弦とみなと、思わぬ事態の二転ぶりに慌てて駆け寄った。すでにディアボロの唇は鎖骨から首筋一歩手前まで這い上がっている! 物理的にもミイラになりかねない麦子に、みなとは拳を握った。
しかし振り上げた拳より早くディアボロがあっさり麦子を離して後ろへ跳躍する。空振りったみなと、くったりと地面に仰向けになってる麦子を抱えて離脱した。
「ふ……ふふふ……お花畑が見えるわ〜♪」
「違うお花畑が出そうだったわよ!?」
ピヨッてる麦子にみなとは唇を噛む。よくも麦子を、と振り返って──
「だ、駄目です! もっとこう、恋愛は最初は文通とか、手をつないだりとか、清く正しくあるべきです!」
唖然とした。
熾弦が組み敷かれておりました。
(おお……)
禁断の果実的な何かが発動してる様に、男二人が悟りを開いたかのような顔。
「やっ、ま、ッ、こ、交際というものは、んッ、花が咲き乱れる小高い丘へピクニックへ行って、ぁくッ、お弁、当、作っていってッ、上手くできなかったけど、と頬を赤らめつつあーん、とか……ァッ」
肌に吸い付く唇が下に降りると同時にぼろりともう一つの果実が外気に晒された!
ハッとなったみなとがウォーハンマーを全力で掲げる!
「待ちなさいソコのおっぱい×おっぱい!!」
おっぱいは待たない。
桃色の禁断の小粒が潰れた白い丘の間で混じり合っている。すでに半分以上意識がかすれている熾弦、必死の思いで叫んだ!
「こんな、いきなりぱh……んゥッ……と、にかくッ、こんな破廉恥なのは! 私の理想の恋愛像じゃありませんし、こんなものに憧れたり心奪われたりしませんっ!」
「ぱふぱふとか言うレベルじゃないーッ!」
みなと、ウォーハンマーをフルスイング!
ディアボロ、むしろその勢いを利用するかの様にまたもや後方へと飛び下がった!
途端全開になった熾弦の上肢に、ユウが間一髪で上着をかける。
みなとは戦槌を片手にディアボロと対峙した。ふふふ、とあえやかな声が響く。
ぷちっ。
「「……『ぷち』?」」
大変切ない諸事情で鎮座せざるを得なかった男二人、ふいに聞こえた音に顔を見合わせた。
ゆらり、とみなとの体が揺れる。
「あー、今笑ったね?」
地の底から響くような声がその唇から放たれた。
「持たざる者だと思って鼻で笑ったね!?」
ディアボロが微笑む。
「余裕か。余裕だな。女としてはもう人生勝ったようなもんだろうな!」
みなとは戦槌を手に駆けた!
「どうせ私は童顔でちんちくりんでぺったんこで性格もがさつですよ。でもね、女性らしさに恵まれなかった私だけどそれでも愛してくれた人がいたんだよ。それでいい、それがいいって言ってくれた人がいたんだよ。今はもういないけど。二度と会えなくなっちゃったけど。あいつと同じ道を行こうと決めた私がこんなところで醜態さらして良いわけがない!」
戦槌をディアボロが避ける。みなとは叫んだ!
「例え一時目を奪われたとしてもこの魂は決して虜になりはしない!」
魂の込められた槌が腹部を痛烈に穿った。
○
「また負けたのであるー!」
とある街角でデカイ黒猫悪魔がてしてし地面を叩いて嘆いていた。
「我輩いつになったらクラウンに勝てるであるかー」
「えぇ……いつでしょうね」
めそってる友悪魔の頭を撫でながら、クラウンは無我の境地に達しているかのような表情。
(しかし、普通の人間には確実だったわけです。この場合、撃退士達を普通の人間として扱うべきかどうか、ですが……)
やや考えさせられる部分だが、レックス自身は負けと認識しているらしい。大きな目からぽろぽろ涙を流す相手に、頭を撫でてやりながらクラウンは「まぁまぁ」と宥めた。
「撃退士が来なければ、勝てていたかもしれませんよ」
「撃退士は、凄いのであるなー……」
「もう泣くのはおよしなさい。ほら、新しい遊びに行きましょう」
友達の額を掻いてやりながらクラウンは苦笑する。レックスはすんすん鼻を鳴らしながら頷いた。
「つ、次は勝つのであるー」
「はいはい」
●
「……痛む?」
戦闘後、ユウが拓馬にそっと声をかけた。緊急時とはいえ急所を蹴り上げたことを気にしているのだ。
「ぃ、ぃや、き、鍛えてあるからさ!」
「そう……。どうやって?」
そこはスルーしてあげて!
そんなある種危険な会話の横では女性陣が互いの境遇を嘆いている。
「いや〜めったにない体験だったわ〜♪」
そうでもなかった。
そんな一同を背に白秋は夜空をそっと見上げて一言。
「さらば女神……」
そのおっぱいは、彼の心に永遠に刻まれた。