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マスター:九三壱八
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/06/28


みんなの思い出



オープニング



 天界の一角に、その孤児院はあった。
 広大な庭の中央、林めいた木々に周囲を囲まれた白い館。歴史を感じさせる重厚な造りに反し、柱に施された彫刻以外、飾りらしい飾りが無い。
 遠くからの泣き声を聞きながら、エル・デュ・クラージュは静かな足取りで廊下を歩いていた。
 廊下の壁に手を滑らせるようにして指で線を引く。小さい頃は、迷子になりそうでよくそうやって歩いていた。そのたびに、前を行く巨漢が自分を抱えに来たものだ。
「――」
 記憶をなぞる。
 広い背中の幻影。
 手を伸ばしても、もう届かない。
「――」
 自然と止まった足が、無意識に向かっていた部屋の中に入った。
 主を失った部屋の扉は、もうずっと長い間開け放たれている。
 剥きだしの床板。頑丈なだけの粗末な丸机。向こうにあった特注の大きなベッドは、幼い子供達に与えられた為すでに無い。こっそり人間界から持ち帰っていた酒樽も、人界文明の利器と称して集められたガラクタも。
 広い部屋は、侘しさを感じる程に殺風景だった。すでにそこにあった品の多くは、遺品として生前の同僚や友人達に手渡されている。
 物の無い部屋は寒々しく、主の居ない部屋は空虚だった。
「恨みは無いわ……」
 ぽつりと、言葉が零れた。
 誰に対してなのかは、自分では分からない。
「けど――そういうんじゃ、無い、でしょ……」
 目を瞑る。
 言葉は胸に。その思いと共に。
「……あたしも、整理しなきゃ、ね」
 前へと歩き出す為に。





 騎士団長を筆頭に、歴戦の勇士を失った騎士団の動揺は相当なものだった。もしウリエル(jz0336)が居なければ、その混乱はなお深いものとなっていただろう。彼女を還したオグン (jz0327)の判断は正しかった。
 主を守れなかった従士達への処遇は、規律の厳しい騎士団においてはむしろ寛大なものだった。だがそれは従士達への期待や温情では無い。理由の大部分が、失われた各騎士への理解と配慮にあるのは言うまでもなかった。 
(死んでなお、守っていくのね…)
 お気に入りの下着をたたみ、エルは苦笑を零した。エルの服は基本、自分で繕ったものだ。華美を好まないせいで装飾の無い服の数々に、義父は随分と嘆いていた。そろそろ色気のある下着でもつければいいものを、と嘆かれて鉄拳を見舞ったのは一昨年の暮れだったろうか。腹立たしくて何着か余所行き着を作ってみたが、結局一度も袖を通さなかった。
 一度ぐらい通して見せてみればよかった。どんな反応を返してくれただろうか。
(そういうのって、結局、後から思うのよね…)
 若草色のワンピースを掴み、小さく俯いた途端――
 バァン!
 後ろの扉が物凄い勢いで開かれた。

「エル。すまないがスカートを貸してくれ」

 ソール・ブラーク。第一声がコレである。
「…は?」
 突然入ってきた少年にエルは白い目になった。出かけた涙も引っ込んだ。
「なに。女になるの?」
「奇妙な言い方をするのはやめたまえ」
「じゃあ、理由何よ?」
 白い目を返す相手に眉を潜めた途端、ドタバタと煩い足音と存在が後ろから飛び出してくる。
「やめろ貴様ソール何をしに行くつもりだ!?」
「あー。はい。OK。把握した」
「君、把握力高いな」
 義兄であるシス=カルセドナを見て即座に頷き、エルは無駄に大きくなりつつある胸を張る。
「あんたバカ? あんたが動く理由なんて、他になにがあるって言うのよ。で? どこにデート?」
「違う!」
 明かにわざと言っているエルに、シスが顔色を変えて叫び、ソールが深い嘆息をついた。
「人間界に行く。戦いの後だ。騒ぎを起こすのは望ましくない」
「ふーん……。……まぁいいけど。適当に持ってっていいわよ。ソールなら大抵なんでも着れるでしょ」
「そうか。借りるぞ」
「待て待て待て!」
 さっさと話を纏めた二人に、シスが手を振り回しながら間に割り込む。
「考え直せソール! だいたい女の服を着るなど貴様の男としての矜持はその程度か!?」
「偵察任務に近い状況で、女装如きでどうこうなるような矜持などいらん」
「ぐぉ…ッ!? なんという、漢度……! 貴様、やるな!?」
「はい、兄貴邪魔邪魔。せめて喉仏は隠さないとね。あと、肩? どうしてもちょっと骨ばっちゃうし。ワンピースとカーディガンと……ショールと、あと帽子ね」
「結局君が見繕うのか」
 ぽいっと放られたシスを視線で追いつつ、ソールが呆れたようにぼやく。
「なによ。どうせなら兄貴が泡吹いて目ぇ回すぐらいの恰好にして反応楽しみたいって思うのは当然でしょ?」
「そうだな」
「何故そこで団結する!? 貴様等、まさか俺様に隠れて暗黒の協定を結んでいるのか!?」
「ほら、兄貴邪魔邪魔。ああ、バストサイズこれっくらいでいい? 兄貴巨乳より可憐系ペチャ派でしょ」
「なななななぁああああ!?」
「そうだな」
 目の前でぺろんと広げられた可憐なブラジャーに、瞬間沸騰するシスとどうでもよさそうに頷くソール。
「きききき貴様婦女子ともあろうものがそそそそのようなものをみだりに男の前で掲げるなd――ソール! 貴様普通に受け取るな!」
「シス、君、着替えないんだから出ていきたまえよ」
「まて貴様ここ(※女性部屋)で着替える気か!?」
「当たり前でしょ。てゆか、兄貴、今から(ソールが)着替えるんだからどっか行って」
「解せぬ」






「さて。あたしも準備しなきゃね」
 女装したソールと変装したシスを無理やりセットにして送り出し、エルは嘆息をついた。
 人間界から戻ったシスは妙に不安定だった。ソールは問わず、エルは質問(物理)したが答えを得られず。
 ソールが人間界に行くだけで、何かが判明するとはソール自身思っていないはずだ。
「鬼が出るか蛇が出るか…どのみち出るのは撃退士だろうけど」
 呟き、エルは新しい服を手に取る。自前の赤髪に視線を落とし、嘆息をついた。
「……しょーがない、か。放っておけないもんね、父さん」
 久しぶりのやり取りを思い出し、エルはひとり、小さく笑った。





 四国のテーマパークで二柱の天使を発見した。
 そう告げられた斡旋所メンバーは思わず顔を見合わせた。なかには露骨に天井を仰いでいる職員もいる。
「今度は、あいつらか」
 鎹 雅 (jz0140)は胡乱な目で報告書を見る。
 一柱は男だった。まだ若い。服装や髪形等に合致する天魔はいなかったが、朱の目張りで速攻判明した。四国で相対した厨二病(訂正)騎士団従士、シス=カルセドナ。
 もう一柱は女だった。こちらも若い。服や髪形に合致する天魔はやはりいなかったが、髪の横にあるカミツレの花飾りで判明した。シスの義妹エル・デュ・クラージュだ。
 どちらも故ゴライアスの従士である。
「四国の天魔は、ちょっと人間界エンジョイしすぎだろう…」
「ですよね…」
 とある道化と猫を筆頭にアレコレ思い出しつつ、西橋旅人 (jz0129)もまた遠い目になる。
「確か、今あそこに正岡君がいたな」
「ああ、フードパークの所だね」
「そこにも連絡しておこう。とりあえず監視か……」
「あの、先生……」
 疲れ口調の雅達に、斡旋所にいた長門博が別の報告書を手に微妙な表情で言った。
「そのシス=カルセドナですが、ずっと一人の少女と一緒にいるようです。新手の天使かもしれませんが、もしかすると一般人かもしれないという報告があります」
「なんだと?」
「少女の方はずっと青い顔をしているそうですから」


 教室に即座に依頼が張り出された。






リプレイ本文



 前髪をそよがせる風に、暮居 凪(ja0503)は目を細めた。
(……テーマパーク。娯楽の場。サーカス――道化――猫)
 ふと浮かぶいつかの悪魔達。
「いえ、今は目の前に集中しないとね」
 呼び集められたのはとある天使の監視。エル・デュ・クラージュ――かつて四国を騒がせた騎士の従士。
「変装を相手がしているのなら、多少は服に気を使うべきね」
 そんな凪が選んだのは、黒スラックスとドレスシャツ。一般人として一般に交わる時のチョイスだ。
「女性はそういう着替えが多彩だな」
 その様に戸蔵 悠市(jb5251)は感心した。
「あら。なら、選んであげてもいいわよ? この時期でなければゴシックも考えるところだけれど――そうね」
 感心するんじゃなかった。
「ゴシックは勘弁してく…」
「まず、コレね」
 どびらぁっ、と高襟・肩肘諸々がフリル満載なドレスに、悠市は思わず顔をひきつらせた。
「いや、このフリルの量ではあまり変わらないな!?」
「後は化粧よ。濃い化粧も問題だけれど、多少は乗せておかないとね」
「け、化粧もしなければいけないのか!?」
「肌もきれいな方だから、整える程度ね。よし、大丈夫――可愛いわよ」
 髪まで編み込みアレンジされて、凪の力作が完成した。
「…おじさんが若い女性をじろじろ見ていると思われるよりはまだ、マシだ…」
 がっくりと項垂れる悠市に、そよ風が笑うようにしてスカートの裾ピラリ。
「じゃあ、行きましょうか」
 晴れやかに笑って凪が言う。
 男、悠市。アラタナルセカイへの第一歩だった。





 パーク。その一角。
「ああ、あの威勢のいい従士か。特徴を全く消さぬ変装というのもあるのだな」
 くつくつと愉悦交じりの笑みを浮かべ、フィオナ・ボールドウィン(ja2611)は遠目に見える相手を観察する。最大の特徴を消していないのは致命的だ。
 別地点から同じ相手を観察する霧島イザヤ(jb5262)は、その特徴に思いを馳せた。
(カミツレの花飾りでバレるあたり、ツメ甘いっつーか…よっぽど大事なモンなんだろうな)
 敵ではあるが、他人の大事な物は大切にしなければならない。
(…でも俺口悪ぃからな…喧嘩売らねェよーにしねーと他の連中に顔向けできねぇや)
「上手くやれるといいな…」
「まったくだ…」
 同じく相手を観察していた久遠 仁刀(ja2464)もまた、痛む胃を服の上からそっと押さえる。
(色んな意味で嫌な予感はするが、騒ぎが起こらないよう立ち回ろう)
 何しろここには他にも従士が居る。連動すればどれ程の騒ぎになるか。
「困難を乗り切るならば、やはりコレだな」
 うんうんと頷き、大炊御門 菫(ja0436)はそんな男二人にプロテイン飲料を渡した。
『……』
「気分転換も必要だ。さぁ、行くとするか」
『あ、ハイ』
 黍団子ならぬプロテインで二人がお供に。菫に続いて歩きつつ、ちぅー、とドリンクを飲む二人がエルの方を見て吹き出しかけた。

「そこな従士よ。久しいな。元気そうで何よりだ」

 フィオナである。
「貴様の監視という依頼を受けてな。暴れる気が無いのなら付き合え。武力行使以外の目的があるなら最大限考慮もしよう」
(過去の報告書ーッ!)
 仁刀が思わず咳き込みながら顔を覆った。
 かつてエルにとって最愛ともいえる少年を拉致しようとした一件――それを知る者は多い。まさか堂々と真正面から声掛けに行くとは――いや、わりと予想してた。
(下手に攻撃的な言葉はかけないと思うが…!)
 フィオナも一団体を率いる者、平時と戦時の切り替え等には信をおいても大丈夫だろう。心配されるのはエルの堪忍袋だ。
 場に合い、拍子抜けさせられる切り出し方。そう、思わずガクッとくるような――
(…ナンパか、初挑戦だな)

 仁刀、只今テンパってます。

 ザワッと一瞬溢れた殺気のまま、エルは無言で冷ややかな目を向け――
「そこの女子! よければ一緒に何か――」
「プロテイン」
「そうプロテインでも飲まないか!?」
 菫の洗脳(訂正)教育を受けて走りこんだ仁刀に思わず瞬きした。
「いや、ともかくこういう場所で一人の客は珍しい。悪目立ちはしたくないんじゃないか? そちらの容姿なら本当にナンパもされかねんし」
「一人で尾行してるから目立っちまうんだろーし、皆で動かねぇか? 」
 仁刀をフォローする為にイザヤもまた声を重ねる。
「別にあんたの邪魔はしねぇよ。向こうの連中と一緒に、兄貴見張ろうぜ。心配なんだろ?」
 向こうの、と言われてエルは気づいた。――シスの所にも撃退士。
 一瞬、エルの口元に薄い笑みが浮かぶが、一瞬すぎて遠くから監視している凪達にすら気づかれなかった。
 この通り非武装だ、と言われ、エルは目を細める。
「で? 何。あんた達につきあう義理はあたしには無いわよ」
 殺気を消したエルに、菫は無言で握った拳を差し出す。広げたそこにあるのは、魔具のヒヒイロカネだ。
「私には、コレしか出来ないんだが…すまない」
 今度こそエルは盛大にため息を落とした。菫の手を相手側へと掌で押す。
「魂を預けようって武人に、信を返せないようなら騎士に連なる者の恥だわ。時と場合によるけどね」
(嗚呼)
 その言葉に菫は目を眇めた。
(まさしく…彼の従士)
 覚えている。手に入れたこちらの魂を同じようにして返してくれた漢を。
 だからこそ胸に走る痛みを堪えた。エルの顔色にある翳りが何であるか分かるから。
(鏡、だな)
 それはこちらの全てを写すものだ。どうしようもないほどに。
 菫は軽く頭を振ると、スッと自身の分でもあったドリンクを差し出した。
「何コレ」
「プロテインだ。飲むといい。疲労回復、高血圧症、動脈硬化症、切り傷、火傷等等…飲んで良し、塗ってよしの『ばんのうふんまつ』だ」
「敵地で敵から施されるものに…」
 言いかけ、エルは一瞬押し黙った。ふて腐れたように息を吐く。
「…あんたらって何でそう食べ物とか渡しにくるんだか… わ、悪くないじゃない?」
「気に入ったなら発送しよう。連絡先とかは…無いんだろうか? なんだったら彼等にも飲ませるといい、きっと男前になるぞ」
 その遣り取りにフィオナは面白そうに片眉を上げる。
「まぁ、いいわ。ここで何かやったらソールの馬鹿に嫌味言われるし。あんた達の『依頼』とやらに、付き合ってあげる」
 言葉は高飛車だが、ドリンクをちぅちぅ飲む姿は小動物のソレだ。
「そうか」
「ならば、後は簡単だ」
 フィオナと菫の声に、エルは不可解げに眉根を寄せる。イザヤが携帯を駆使し、パンフを持つ仁刀と共にデータをはじき出して菫に渡した。
「スカイでチケット。コースターで待機がベストだ」
「よし。行くぞ!」
「は!?」
 わしっと手を掴まれたエルが目を剥く。
「分からないのか…?!ここは戦場だぞ!」
 全力移動にエルが思わず声をあげた。
「ちょ!?ちゃんとエスコートしなかったら、承知しないんだからーッ!」





 一方その頃、遊び倒している五人をそっと伺う怪しい影がいた。
「カミツレの花…花言葉は「逆境に耐える」だったか。まあ、天界に花言葉が浸透しているとも思えん。誰かからの贈り物と考えるのが自然だろうな …くっ、この格好では何を言っても締まらん…!」
 悠市、もとい大型ロリータファッションドレスの悠子である。
「頑張りなさい」
 そんな悠市に凪が慈悲深い微笑みでグッドラック。あっお姉様待って!置いてかないで!
 あっさり別地からの監視に戻った相手に悠子ひとりホロリ。いいの悠子強い子頑張る子。女装のせいでペルソナ生み出されそうな勢いだ。
 気を取り直し、彼女達に目を向けた所で眉が寄る。
 幽霊屋敷を遠目に、大モメにモメている五人がそこにいた。


「建物の中に入ったら監視できないじゃない!」
「悪い…流石に想定外だ」
 どうやら屋敷内に入ったシスを追い、幽霊屋敷に突撃しようというらしい。ソール側からも「私が行く」との連絡が入る始末。
「ソールは絶対入っちゃ駄目!」
 何故かエルが阻止。代わりにキッと眦を釣り上げた。
「そこの元魔法少女と男子! 外頼むわ」
「なんで知ってるんだよ!?」
「大規模戦闘時のアレのせいじゃないか?」
 顔を覆うイザヤの肩を仁刀がポン。
「あと、そこの金ピカ!」
「ほう。誰のことかな」
「あんた以外にいないでしょ!? それとプロテイン!」
「?」
 ニヤと笑うフィオナの横で周囲を見渡す菫に「あんたでしょ!?」とエルが地団駄。
「行くわよ!」
 女だけで突撃する三人を見送って残った二人は顔を見合わせる。
「外、見張っておきますか…ん?」
「頼まれたのはいい傾向、か…ん?」
 フォローに動く二人の目が、その時、慌てて走り寄って来ていた悠子に向けられる。

 三人の世界が一瞬、神様が通るレベルで止まったのはここだけの話である。





 シス班を見張ることしばし。エルはふて腐れた声で言った。
「言っとくけど、あの件を流すわけじゃないからね」
「我は貴様の感情を否定はせぬ。だが…幾万の民が貴様等に対して同じ感情を抱いていることは心に刻め」
「当たり前でしょ」
「その上で尚、我が許せぬというならいつでも来い。相手をしてやる。…ただし、今日は無しだ」
 フィオナは静かな口調で告げた。
「ゴライアス、バルシーク、エクセリオ…彼らの死は戦場の倣いだ。武を交える以上、起こりえぬ結末ではなかったのだからな」
 エルは鼻を鳴らした。
「馬鹿にされたものね。戦時と平時をない交ぜにするとでも? しかもなんで団長をそこに入れないのよ」
 薄い微苦笑を浮かべて、フィオナは肩をすくめる。
「ああ、そうだな。学園が殺した。我もな、手繰れる糸が切れたのだ。我の目論見、絵図面の変更を強いられることとなった。…少なくとも、四国において共存を図るという試みがな」
 声にエルは深い嘆息を落とす。
「もしあんたが敵をも味方に引き込むほどの力を得たいなら、さっき自分が言った言葉を熟考することね。怒りや憎しみは戦いの原点の一つ。戦場の理を超えるもの。『戦場だから』が通じない世界だわ。ソレを忘れた行いの先にあるのは、泥沼の戦いでしかない。結局、最後の最後に存在を動かすのは己の心なんだから」
 トンとフィオナの心臓の上に指を突きつけ、エルは薄く笑む。
「忘れない事ね。……でも、真正直なとこ、嫌いじゃないわ」


(大きな流れを変えない限り――私に似た誰かが、彼女と同じ天魔を殺す)
 フィオナとの会話を聞きながら、菫は目を細めた。

 変え損なった。

 あの日、あの時に。望んだ未来を掴もうとしながら、空をきった手に残されたのが今という現実。
(私は彼女ではない。彼女が負った痛みも嘆息も総て彼女の物だ)
 義父を失ったことも。何もかも。
 話せば分かる、など傲慢だ。言えば壊れる事もある。同時に、言って伝わらない事も。
 ――なら何が出来る?
 今、上辺だけ取り繕おうと…当たり障りのない何かを考えようとしているのは、正しい事だろうか?
(違う。これでは、駄目だ)
 だが、分からない。誰かに接する時の――こういう時の、正解は、何だ。
 押し黙り進む菫は気付かない。一瞬エルが振り返り、少しだけ気遣わしげな顔をしたことに。
 短い嘆息を零す菫を戸口に留まった鳥が見ていた。





 屋敷を出てすぐ、目に入った悠市にエルは遠い目になった。隣のフィオナは常の表情のままでいるが、心の中では大爆笑である。
「せめてツッコミをくれ…!」
 女性陣に静かに見つめられた悠市が顔を覆ってしまったのは仕方のないことだろう。
「金ピカの趣味?」
「いや?」
 渾身の努力で爆笑を堪えているフィオナの声がややビブラート。
「…これには深い事情がある…あまり触れないでくれると有難い」
「はぁ」
 悠市の沈んだ声に呆れ声を返し、エルは嘆息をつく。
「まぁ、いいわ。プロテイン、あれ、どうやって買うの?」
 あれ、って指さされたのは移動型の屋台だ。
「手伝おう。ところで、プロテインは私の名前じゃないが」
「じゃあ、プロテイン☆プロテイン。…この値段って高いのか安いのか謎ね」
「待て。盛大にカロリー消費したのならプロテインだろう」
 嗚呼、プロテイン☆プロテイン。
 キリッとした顔の菫に、エルはハイとヤキソバを渡す。次いで仁刀達にも。
「人間ってお腹すいたら元気なくなって、ご飯食べたら元気になるんでしょ? あげるわ。ナンパもされちゃったしね」
 言われてやや狼狽える仁刀にニヤッと。
 悠市はしばし手の中のそれを眺め、口を開いた。
「かつて私はゴライアス氏に 言われたことがある」

 我等『先陣を切る者』は、己が姿で背に負う子等にそれを示すが、それは『先人』の役目故の事

「エル。貴方は彼の背に何を読み取った?」
「全て」
 エルの答えは揺るぎない。
「いつだってそう。親ってそういうものでしょ」
「…そうか」
 悠市は目を伏せる。
 覚えている。頭に載せられた大きな手の感触を。この年になって頭を撫でられた戸惑いも。
 大きな男だった。敵ながら尊敬に値するとさえ思う程に。
 もし彼が後を託した者が『迷子』なら、彼の見ていたものの大きさを思い出させてやりたいと思ったのだ。あの手のぬくもりへの返礼として。
 だが、
(継いでいるのか)
 悠市は淡く笑む。

 彼の娘は、真実、娘なのだ。





 土産物屋を冷かしている仁刀達を見ながらイザヤはエルに声をかけた。
「いい兄貴だよな。仲間思いで。あれで男気もありそうだしな」
「あ、当ったり前でしょ」
「なぁあんた、今度は兄貴抜きで来ないか? あんたとあんたの親父さんに縁のある人に会って欲しいんだ。従士じゃなくあんた個人…娘の一人として」
 エルの目が大きく見開かれた。
 思い返せば、イザヤの行動は一貫していた。どれだけ手助けされていたことだろう。ならば、その行動に対して応えなければ嘘だ。
「考えておくわ」
 小さなメモを手に。開き、イザヤはニッと笑んだ。
「『了解』」


「――ちょっといいかしら? 連れが来れなくなってしまって。一人で乗るのも寂しいから付き合ってほしいのだけれど」
 チケットを片手にそう凪が声をかけたのは、皆と分かれたエルが一人になった時だった。
 エルは「やっと出てきたわね」と嘆息をつく。視線をずっと感じていたのだ。ソールには及ばないが、エルの索敵範囲も広い。
 あんたの分よ、と渡されたヤキソバに、凪は一瞬目を丸くした。次いでくすりと笑う。一個ずっと持ってると思ったが、自分の分だったとは。
 遊具にひとしきり乗り、下りた所で大きく伸びをする。
「立場も、思いも。忘れられるのは一時だけね。でもそれが大事なのでしょう」
 自分を忘れられる時と場所は少ない。戦いに身を置く者であれば、尚更に。
「――次はどこであえるかしら」
 戦場か、否か。
 いずれ時が連れてくる未来に思いを馳せ、凪は笑う。
 今日と言う日の結果、思いもよらぬ未来が引き寄せられようとしていることを、この時の彼女達はまだ知らない。


 空を往く鳥がただ地上の全てを見ていた。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 生き残った魔法少女・霧島イザヤ(jb5262)
重体: −
面白かった!:7人

創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
剣想を伝えし者・
戸蔵 悠市 (jb5251)

卒業 男 バハムートテイマー
生き残った魔法少女・
霧島イザヤ(jb5262)

大学部3年51組 男 アストラルヴァンガード