●一日目
「おおー本物だー! 本物のげきたいしさんだー!」
「かわいー、あたしよりちっちゃい子がいるー」
教卓の前には三人の撃退士が並んでいた。
「は、初めましてなの……久遠ヶ原から来た桃、です。えっと、今日はよろしくお願いします、です」
緊張のためぎこちなく、ぺこりと桃 花(
ja2674)が頭を下げた。
「えっと、桜庭 ひなみ(
jb2471)です。何でも質問に答えるのでよろしくね」
「ボクはアニエス・ブランネージュ(
ja8264)。よろしく」
続いてひなみ、アニエスが自己紹介をすませる。すると、一斉に子供たちの手が上がった。
「はい、はーい! 身長なんセンチですかー?」
「そのめがねなにー?」
「おぼうしかわいー」
……と、ほとんどが撃退士に関係のない質問ばかりだった。
「え、えっと、124センチ……なの」
「これか、これは片眼鏡というものだな」
「あ、ありがとうございますっ。このお帽子はとっても大切なものなんです……」
彼女達は懇切丁寧に、一つ一つの質問に答えていった。
●二時間目 音楽
教室をちょこちょこと花が走り、室内に暗幕をかけていく。
「こ、この楽譜を後ろに配ってください」
「なにこれー? えいご?」
花が配った英語の歌詞の上にはふりがながふってある。花はピアノの前に移動し、短い手足を一生懸命伸ばして椅子に座った。
「きょうは『きらきら星』で遊びます。歌詞は英語で……なの」
――ポロロン。
ピアノの音色が響く。騒がしかった教室が、音楽で満たされる。花の歌声が伴奏と共に教室中に行き渡り、澄んだ空気に包まれた。
「――……一緒に歌ってくれますか?」
合唱が始まる。
英語に戸惑っているのか最初は小さな声で、次第に大きく。花の伴奏に後押しされるように。彼らの心の在り方のように澄んだ音色がさざ波のように重なり合い、きらきら星が紡がれていく。
「それじゃあ、電気を消してもう1回なの」
演奏を終えると、とてとてと花がピアノを離れ、電気を消す。暗幕に覆われた音楽室は、それだけで光の届かない空間になる。
「わー、くらーい」
「……こわい」
暗闇を楽しむ子供もいれば、逆に不安を覚える子もいた。
暗いのは、怖い。――そんな子供の不安をかき消すような淡い光が、ふわりと広がった。花の『星の輝き』だった。
「みんなも持ってる明かりで天井に星を作って欲しいの。スイッチ入れたり切ったり、たくさん星を作ってなの」
月のように優しい光で音楽室を照らす花の指が、再び鍵盤に触れる。演奏が再開された。
懐中電灯のお星さまは、暗闇の中でまるで小さな希望のように輝いている。――もう、怖がる子供はいなかった。
「その調子なの♪ 今度は感情を込めて歌って欲しいの」
最初はぎこちなかった花の表情も、いつの間にか打ち解けたものになっていた。子供達にもそれがわかるのか、その歌声も次第に軟らかいものになる。
――時には楽しく、悲しく、泣いているように、喜んでいるように。
どんな感情でも、天井に輝くお星さまは見守ってくれる気がしたから。
「……一緒に歌ってくれて、ありがとうなの」
授業を終えた生徒達の顔は、きらきら星のように輝いて見えた。
●三時間目 道徳
「えっと、つまらない話かもしれない……ですけど、ちゃんと聞いてくれると嬉しいです……」
教壇の上に立つのは白髪の撃退士、ひなみ。長く話すのが苦手で喋り方もどこかたどたどしかったが、まなざしだけは真剣そのものだった。
子供達には――いや、子供だからこそ、彼女の真剣さはよく伝わっていた。子供達はひなみがこれから話す言葉に耳をかたむけている。
「私も昔家族を天魔に襲われ亡くしてしまって、ずっと一人で泣いていたの……」
「せんせーも……?」
呟いた女の子は、天魔のせいで祖父を亡くした子だった。両親と家は無事だったが、「不幸中の幸い」などという言葉で片付けられるほどに心の整理はついていない。
ひなみは頭に被るベレー帽をぎゅっと握りしめる。それは、家族の形見。
「でもある時、このまま泣いていても変わらない、私が変わろうって思ったの。私には人を守れる力がある、それを生かそうって」
固く握りしめていた指を帽子から解いて、前を見る。幼い瞳達が、ひなみを見ている。その瞳が昔の自分と重なって。
「今はとても悲しいかもしれないけど、ゆっくりでいいから前を向いて、いこうよ」
だから。少しでもこの子達の支えになりたかった。
……ついつい、熱が入りすぎてしまったような気がする。気が付くと、教室はしーん、と静まり返っていた。
「あわ……ご、ごめんね! 暗くするつもりじゃなかったんです!」
ガタ、と教壇から下りてバタバタと手を振るひなみ。――その足が、床を踏み外した。
「わあっ!」
ぼーん、と頭からこけた。
「わっせんせーだいじょーぶ!?」
慌てて子供達がひなみにかけよる。えへへ、と照れ笑いをして起き上がったところでチャイムが鳴った。
●四時間目 社会
授業開始の鐘が鳴り、アニエスが教室に入る。アニエスは髪と同じアイスブルーの瞳を生徒に向けた。
「さて、午前中最後の授業だ。ここまでの授業も普段と違って楽しい事が多かっただろうし、疲れているかもしれないが、あと少し頑張ってくれると嬉しい」
元々教師を目指していただけあって、アニエスの生徒達へ向けた喋り方は堂に入っている。一人一人の生徒と目を合わせるようにして彼女は言葉を紡いでいく。
「ところで……ボクはこの国の出身ではないんだが、何処出身だと思う?」
一人の男子生徒が元気よく手を上げた。
「はーい、ぶるがりあ! あおいから!」
なんだよーそれてきとうじゃーん、とつっこみが入り、教室が沸いた。それを皮切りに次々と子供達が手を上げる。
「あめりか?」
「どいつー!」
「ううん……残念、ボクの故郷はフランスなんだ」
へえー、という歓声が子供達の口から漏れる。なんかかっこいー、ふらんすってどういうところー?
「そうだね……給食前だから食文化の話とかしようか。フランスではソースの文化が強くて、コース料理もそれぞれの味が混ざらないようにする意味もあるんだ。この辺は、三角食べが基本の日本料理なんかとは違うよね」
「はーい、しつもん! 三角食べってなんですか?」
「ご飯とおかずとお味噌汁をバランスよく食べるっていう食べ方だね。ほら、給食とかでお盆に乗って一緒に出るだろう? コース料理はそれとは違って、決められた順番で――例えば前菜、スープ、お肉みたいな順番で出てくるんだ」
アニエスは子供達がさっき挙げていた国にも言及し、それぞれの食文化を子供達に語って聞かせた。子供達はこういうような授業は今までやってこなかったためか、逐一素直に、へえー、とかおおー、と驚きの声を上げた。
「常識だって思ってることも国が変われば違う事もあること、だからそれぞれが違う事は悪い事でも珍しい事でもないよ」
アニエスは授業の終わりに、そう締め括った。
●二日目 二時間目 美術
「大学部……常塚 咲月(
ja0156)。ジョブはインフィルトレイター……宜しくね……?」
美術室に子供達を連れてきた咲月は、子供達に画用紙を配っていく。
「私が教えるのは……美術だよ。何でもいいよ……好きな物とか好きな事……。今、自分が描きたい事でも、いいよ……」
はーい、と子供達は返事をして、白い画用紙に絵筆を走らせていく。
「ん……上手。空は上が濃い青で……下に行くにつれて薄くなるんだよ……」
咲月は絵と向かい合っている子供達の間をゆっくり見回りながら、時折声をかけていく。
「なんだよこのえー!」
「きもちわるーい」
教室の一角で、子供達が騒ぎ始めた。何の騒ぎかと咲月がそちらを見ると、一人の生徒を多数の生徒が取り囲んでいた。どうやらその子の描いた絵に何か問題があるらしい。
「……どうしたの?」
咲月が絵を覗き込む。
「こいつが変なえかいてんだよー」
それは全体が赤く塗られている。中央に家らしきものがあり、そのまわりを蛸のような生物が囲んでいる。
「ぼくの家……こいつらにこわされちゃったんだ……だから」
少年の瞳はうるうると今にも涙がこぼれる寸前だった。その時のことを思い出してなのか、それとも咲月に怒られると思ってのことなのか……。
そんな子の頭に、優しい掌がぽんと置かれる。
「あ……」
「描いちゃ駄目な絵とかない……。悲しいとか辛いとか……泣きたいとか思って言っても……誰も責めないよ」
安心したのか、その子の瞳から大粒の涙がこぼれる。きらきら光る涙はぽつりと画用紙に落ち、赤い絵の具をその部分だけ融かしていた。
●三時間目 家庭科
(俺も塞ぎこんでたな……)
星杜 焔(
ja5378)は幼い頃を思い出す。
――ディアボロ化した家族や友人。
――孤児になった過去。
(元気づけられたらいいな)
内心を笑顔に押し隠し、焔は家庭科室の扉を開ける。そこにはエプロンを着込んだ子供達が待っていた。
「せんせー、おそいー」
「ごめんごめん。それじゃ、始めるよ〜」
そう言って焔は準備を始めた。黒板に四色のマグネットをぱちぱちと張りつけていく。
「今日つくるのは牛乳かんなんだけど……まずは果物収穫パズルをやろう〜」
密かにタウントを発動して子供達の注目を集め、焔は説明をしていく。
「果物収穫パズルってなにー?」
「うん、それじゃあルール説明するよ〜」
焔は黒板のマグネットで実践して見せる。長方形にランダムで並んだ四色のマグネットには、一から四までの数字が描かれている。
「四角で囲んだ中で、足し算で五になる場所を探して収穫するんだ。磁石の色で収穫果物決定! 美味しいバランスになるように収穫を狙おう」
「ぼくがいちばんにやる〜」
「あたしにばん!」
説明を終えると、一斉に子供達が手を上げた。順番に収穫していく生徒達を、焔はいつものにこにこ顔で眺めていた。
時間を確認し、ぱんぱんと手を鳴らして子供達の注目を集める。
「じゃ、みんな〜。時間になったんで牛乳かんをつくるよ〜」
「「「はーーい!」」」
焔はみんなの前で手順を実演してみせ、その後に子供達もそれぞれの班で同じことを繰り返す。特に缶の開け方はゆっくり、丁寧に。もしもの非常時に、役立つように。
「出来た牛乳かんは給食の時に配るからね〜」
「はーい、どうなるんだろー?」
「たのしみだねー」
そう言って子供達が出て行くのを、焔は笑顔で見送った。
●四時間目 書道
子供達は三時間目で付けていたエプロンをつけたまま教室移動をした。教室に子供達が行くと、雪成 藤花(
ja0292)が待っていた。
「みんな、おつかれさま。今日、最後の授業だよ」
優しげな藤花の眼差しに、安心した様子の子供達。こうして本日最後の授業が始まった。
「みんなに書いてもらうのは、今一番欲しいもの、そして、今一番言いたいことです」
子供達は思い思いに文字を書いていく。一生懸命に――時に鼻の頭にまで墨をつけながら、可愛らしい文字で。
「あー、しんごくんがぼくのかおにらくがきしたー!」
「してないよーだ!」
「喧嘩はめっ、だよ!」
時おりふざける子供をたしなめながら藤花は授業を進めていく。皆が書き終えた頃を見計らって号令をかけた。
「はい、それじゃあ何人かに何を書いたか発表してもらいます。発表したい人ー!」
はーい、と手を上げる子供達。
一番最初に発表したのは先ほど悪戯してた男の子。ぐちゃぐちゃに汚れた半紙の上に、それでも力強い字で、
『みんなをたすけてくれるヒーローになりたい』
「てんまとか、わるものをやっつけるヒーローになるんだ。……あ、でもおねえちゃんたちがそれなんだよね。じゃあぼくしょうらいげきたいしになる!」
中にはこんなことを書いた子もいた。
『せんせーたちがいつまでもせんせーでいてほしい』
あまりのいじらしさに、藤花は胸を打たれた。
子供達は純粋で、素直だ。――きっと、胸の奥ではまだ不安が残っている。けど、今この時だけは、笑顔でいてくれている。
藤花は子供達に字をどうすればいいか、どうすればそれが手に入るかをアドバイスしていく。
答えじゃなく、考えるきっかけをつくってあげるように。
「――先生が書いた文字は、これです」
そこに書かれた文字――綺麗な書体で書かれた『希望』。
「これは私が……先生が、皆にずっと持っていてほしいものです」
――皆がこれを持っている限り、私達も頑張れるから。
●給食
「給食っていいよね……お代わりタダだし……美味しいし……」
給食用に机を並べる中、咲月も子供達の輪に混ざっていた。表情は淡々としているが、喜んでいるようだ。
今日のご飯はみんな大好きカレーライス。すでに教室には香ばしい匂いが漂い、子供達と撃退士達の食欲を刺激していた。
「ねーとうかせんせー。せんせーはほむらせんせいとこんやくしゃ? なのー?」
「ど、どこでその事を知ったんですか!?」
子供にそんなことを聞かれ、藤花は耳まで顔を赤くする。
「こんやくしゃってなにー?」
「こんにゃく?」
嬉しいけど、なんだか照れますね、と藤花は顔を俯けるが、その顔はちょっぴり幸せそう。将来彼と児童施設を開いたら、毎日がこんな感じなんだろうか。
「みんな〜おまたせ。牛乳かんが出来たよ〜」
と、噂になっている当の本人が教室にやってくる。その手に持っているものを見て、一気に歓声が沸いた。
「しせーをただして!」
全員に牛乳かんとカレーの配膳を済ませ、委員長が号令をかける。
「いただきます!」
「「「いただきます!」」」
●
職員室の南先生の机の上に、絵日記の束が置かれている。それは生徒の絵日記だった。どうやら採点途中のようで、一つの絵日記が開かれたままになっている。そこには子供の字で日記が書かれていた。
『■月×日
今日は、げきたいしのみなさんが学校に来てくれました。
ホァンせんせーはとってもかわいくて、えんそうちゅうきらきら光っていました。
さくらばせんせーは私たちのために、じぶんのことをしんけんにしゃべってくれました。
アニエスせんせーは、とぉっても物知りで、私たちにいろんな国のはなしをしてくれました。
■月△日
今日もげきたいしせんせーが来てくれました。
さつきせんせーはおえかきがおじょーずで、おうちに帰る時はいっしょにかえってくれました。
ほむらせんせーはせがたかくてかっこうよくて、みんなでつくった牛乳かんはきゅうしょうの時に食べました。今度おうちでもつくってみようかなあ。
とうかせんせーはとっても文字を書くのがうまくて、しかもほむらせんせーとこんやくしてるらしいです。けっこんしきの時はよんでほしいなあ。
せんせーたちはみんないい人達で、とっても大好きでした。またいつか、学校に来てくれると嬉しいです!』
その日記の上には赤ペンで花丸が描かれ、「よく出来ました」のスタンプが押されていた。