●ルート1
撃退士達がN町に足を踏み入れた瞬間から、彼らは周囲に漂う濃厚な殺気に気が付いていた。
「どこかから見られてる……かな」長い髪を両手で束ね、ハーフアップに纏めながらルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)が言う。「なんにせよ、俺らの目的は人命救助……その人命は悪者だけどね」
「まあ、それでもディアボロを放置するわけにはいかないし、救助を願う人もいるわけだしね」
町の東側へ手をかざして遠くを仰ぎ見ながら龍崎海(
ja0565)が答える。彼の見据える方角にはディアボロ――デビルキャリアーがいる。デビルキャリアーとの距離は遥かに遠く、イソギンチャクのような異形な怪物はかなりの速度で移動していた。
「助けられる命は取り溢したくない、ただそれだけのことだ。……ご両親にとっては、可愛い息子なのだろうしな」
細いフレームの眼鏡をかけたバハムートテイマー、戸蔵 悠市 (
jb5251)は既に黒蒼の竜スレイプニルを召喚し、その背に騎乗していた。スレイプニルの全身から沸く蒼煙は空中に舞い、獣の闘争心を滾らせているようにも見える。
「……みんな、行こう!」
褐色肌の少女、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が皆を鼓舞し、四人は町へ一歩を踏み出す。
――そして。
物陰から、電柱の裏から、民家の屋根から、路上から――多くのディアボロが現れる。
四人の撃退士は各々の武器を握りしめた。
先に動いたのはディアボロ――蛸頭の兵士、ブラッドウォーリアーだった。民家の屋根にいたブラッドウォーリアーは空中から錐揉み状に宙から飛び降り、四人のいた場所へと剣を突きたてながら落ちてくる。四人は散開しつつその攻撃を回避し、各自体勢を整える。
「狙いはデビルキャリアー。雑魚は気にしなくていい!」
海が叫ぶ。
最初にその場を離脱したのはソフィアだった。ディアボロ達の間を黒色の残像を残しながら掻い潜り、デビルキャリアーを追っていく。ディアボロ達が獲物の人数が減ったことに気付いた時には、既にソフィアはこの場にはいなかった。
――と、飛び降りたブラッドウォーリアーが地面に落ちた反動を利用し、膝をバネのようにさせてルドルフへと肉薄する。その脅威の速度に彼の目が見開かれた。
既にルドルフは異形の剣士の必殺の間合いの中へと入っている。咄嗟に地面に転がりながらそれを避けようとするが、その動きも読んでいたのかブラッドウォーリアーの剣は軌道を変えルドルフを追う。
ブラッドウォーリアーの魔法剣は彼の首筋へと逆袈裟の形で斬り上げられ、
――しかし、その剣がルドルフの首に触れる事はなかった。
ルドルフが目にしたものは蒼煙の残滓。突如空中から躍り出たスレイプニルと、弾き飛ばされたブラッドウォーリアーの姿だった。
「大丈夫か、ルドルフ」
スレイプニルの背から悠市が乗り出て、ルドルフへと手を伸ばす。悠市がブラッドウォーリアーを吹き飛ばしたのだ。ルドルフはその手を握って立ち上がった。
「ああ、ありがとう戸倉。……それと、君もね」
ルドルフはスレイプニルに手を伸ばし、その胴を薄く撫でる。スレイプニルは気にするなとばかりに目を細める。
立ち上がったルドルフは上体を低くし、迅雷のような速度でアスファルトを蹴る。たなびいた後ろ髪がはらはらと遅れるようについていく。
グールが彼を掴まえようと手を伸ばすが、その鈍重な腕はその髪の先すら捉えることができない。ヒトの速度を超越した速さでルドルフは伸ばされる腕を躱し、町を駆けた。
(……見つけた)
先行していたソフィアの眼がデビルキャリアーを射程内に収める。キャリアーは蜘蛛のような八本足で狭い道を苦もなく駆動し、路地を通常のデビルキャリアーよりも素早い速度で走っている。
ソフィアは片手に雷霆の書が姿を表し、雷の力を纏ったその魔術書から魔力が凝縮する。
「その人は人間の側で裁かないといけないんだから――連れて行かせないよ」
――La Pallottola di Sole
太陽が地上に現れたかと思うほどの眩い光。ソフィアの紫の両眼がディアボロを見据え、全力移動で体勢を崩しながらも彼女はアウルの力を解き放つ。魔術書から浮かんだ輝く弾丸はデビルキャリアーの背に弾けるように飛来し、多少軌道を逸らしながらもデビルキャリアーの蜘蛛のような足の一部を巻き込みながら命中する。
『キシャアアアアァァッ!』
怪物は聞き苦しい怨嗟の声を鳴きながら、先ほどよりも僅かに速度を落とした。確実にダメージを与えているようだった。
「やった、当たった!」
――喜ぶソフィアはしかし、横から近づくもう一体のディアボロに気が付かなかった。
「……え?」
脇腹に激痛。
浮遊感。
ソフィアは一瞬、自分の状態がわからなくなる。
何故だろう。
何故、自分は空に浮いているんだろう?
巨大な異形と目が合った。それに表情などないはずなのに、ソフィアにはそいつがニヤリと笑った気がした。獲物を狩った捕食者の笑みだ。
それは、体長5メートルを超す巨大サソリのディアボロ、デスストーカーだった。
デスストーカーは人間ほどの大きさもある巨大な鋏を振るい、ソフィアを薙ぎ飛ばしていた。目の前のデビルキャリアーに気を取られていたソフィアは、その接近に対応することができなかったのだ。
左脇腹から血が漏れる。
目が霞み、意識が薄れる。
(だめだ……ここで倒れちゃ……)
周囲が溶けるようにぼやけ、限界を超えた痛みで脳が機能停止寸前になる中、鋏で抉り飛ばされたソフィアは地面へと転げ落ちた――。
●ルート2
『キシャアアアアァァッ!』
ディアボロの怨嗟の声がこちらにまで聞こえてくる。
(……始まったようだ)
北から町へと入った後藤知也(
jb6379)は単身、疾走する。彼の役目はデビルキャリアーの移動予測が外れた場合に備え、ディアボロの北への逃走経路を塞ぐことだった。
(火事場泥棒――卑劣な二次災害のひとつだ)
ゴーストタウンのように人気の無い町並みを眺めながら、知也は昔のことを思い出していた。
彼は昔、自衛隊に所属していた。
災害に見舞われた町を災害派遣で幾度となく目にしている。脳裏に浮かぶのは、被災しながらも希望を捨てず気丈に振る舞う人々の笑顔。
その町々が、今このN市と重なる。――火事場泥棒達は、みんな軽い気持ちでやりやがる。被害者の傷にどれだけきつい塩を塗りこむかも考えず。
だからこそ。
だからこそ知也にはこのまま『相馬和夫』がディアボロに喰われたままになるのが許せない。そいつを救出したら、胸倉を掴んで脅してやる。
『オオオオオオォ!』
知也の後方から何匹かのグールが追ってくる。愚鈍な動きの彼らでは知也に追いつくことはなさそうだったが、立ち止まったらすぐさま囲まれてしまうだろう。
「……厄介だな」
知也は指先に護符を構え、アウルを放出する。それは桜の花びらのような形状となり、グール達にはらはらと飛んでいく。
狙いをつけていない攻撃なので当たることはなかったが、牽制には充分だった。グールが一瞬立ち止まり、その間に知也はグール達と距離を開ける。
目的はデビルキャリアーに囚われた人間の救出。その他の敵は倒す必要はない。
知也は胸に静かな怒りを宿しながら、自らの役目を遂行しようと町を東へと駆け抜ける。
●ルート3
南側から町に潜入した四人の撃退士達は、固まりながら町の中心部へと駆ける。
「……こっちです。こちらには生命反応がありません」
御堂・玲獅(
ja0388)の生命探知によって四人は比較的ディアボロの数が少ない道を辿りながら町を進んでいた。
「見ぃーつけた♪ あっち。あっちからデビルキャリアーがこっち来てる」
闇の翼によって上空を飛んでいたヴァローナ(
jb6714)が、玲獅の生命探知の届かない遠くを指差す。デビルキャリアーからヴァローナ達との距離はまだかなりあった。
「対象は一直線にこちらにやって来ています。この周辺で待ち伏せしても大丈夫でしょう」
同じく翼を広げて空を駆けるユウ(
jb5639)が言う。
「どれ、そんじゃ俺らでそいつの腹掻っ捌いてやっか。冥魔にデリバリーされる前に、俺らでテイクアウトしないとな」
ゴキゴキと肩を鳴らしつつ、向坂 玲治(
ja6214)がニヤリと笑う。
「この周辺に生命反応は三つありました。ここで待ち伏せするには……恐らく彼らが邪魔をしてくるでしょう」
玲獅が生命探知で得た情報を皆に伝えると同時、物陰からデスストーカー、ブラッドウォーリアー、グールの三体が現れる。
「俺の出番だな」
前に出るのは玲治。両手にトンファー状の武器を構え、気合と共にアスファルトを蹴る。
「オラァッ!」
玲治の全身をアウルの力が駆け巡り、オーラとなって噴出する。その輝きに、ディアボロ達は玲治から目を離せなくなる。
「お前らは待ち伏せに専念してろ! 俺がこいつらを引き付ける!」
言って玲治は三体を引き連れたままその場を離脱、他の三人を残して路地裏にディアボロ達を誘い出す。
ある程度他の撃退士達から距離が開いたと判断すると、玲治は足を止めてディアボロ達に向き直る。
「そら、まずは俺を倒してからってやつだぜ」
ちょいちょい、と指で挑発。ディアボロ達は玲治に乗せられたかのように突撃していく。
ブラッドウォーリアーの剣を盾でいなし、グールの突進を地面を転がりながら躱す。
起き上がり様、グールの足を払って体勢を崩させる。グールがアスファルトへ転びそうになるその頭を、下からトンファーで打ち上げる。
再度、背後から斬りかかろうと剣を上段に構えるブラッドウォーリアーを、振り向き様に放った玲治のフォースが襲う。
彼の武器から放たれた光の波でブラッドウォーリアーは2メートルもの距離を吹き飛ばされ路上に転がるも、ブラッドウォーリアーはもんどり打ちながらすぐに起き上がった。ダメージ自体はそこまで負っていないようだった。
――トンファーの一撃を喰らったグールは動かず、残る敵は二体。軽傷のブラッドウォーリアーと、元々から片方の鋏を失っていたデスストーカー。とはいえ、一人で二体のディアボロを相手取るのは手こずりそうだった。
「おらどうした、かかってこいよ」
しかし玲治はそんな弱気を微塵も抱かず、なおもディアボロ達を挑発する。――互いの武器が、再び交差した。
●再びルート1
「……って、あれ? 私、ちゃんと動けてる?」
デスストーカーの一撃を受け意識を失ったはずのソフィアは、地面に転げ落ちるなり受け身を取りすぐさま戦闘態勢へと戻った。
傷も、先ほどよりは痛みが軽減している。よく見ると、体全体を淡い衣のような光が包んでいた。
「……間に合ったようだ」
静かな声にソフィアが振り返ると、そこには海がいた。全力移動で体力を消耗しているのか、肩を上下させながら呼吸をしている。
「この能力は、あなたの力?」
「……ああ」
海が頷く。ソフィアの危機を救ったのは、海のスキル『神の兵士』だった。このスキルによって通常なら気絶してもおかしくないほどの傷を、瞬時に回復することが出来たのだ。
「ありがとうね、おかげで助かっちゃったよ!」
海に微笑みかけて、再び彼らは前を見据える。デスストーカーはいまだ健在だが、動き自体は遅そうだった。突破するのはたやすいだろう。
ソフィアと海は左右に散開し、巨大サソリの鋏の下をかいくぐって再びデビルキャリアーを追いかけた。
●合流。そして……
デビルキャリアーを追い続ける撃退士達。彼らとデビルキャリアーはつかず離れずの逃走劇を続けていた。
「ハァッ!」
デビルキャリアーと撃退士の間に割って入ったグールを、ルドルフの放った金属の糸が絡め取る。身動きの取れなくなったグールを悠市のスレイプニルが放つブレスが焼き払う。
その間にも海とソフィアはデビルキャリアーにダメージを蓄積させていき、確実に消耗させていた。
海のヴァルキリージャベリンがキャリアーの上部を切り裂き、ソフィアのLa Pallottola di Soleが蜘蛛足の一部を焼く。その結果、デビルキャリアーの速度は僅かに遅くなっていた。だが……。
『キシャアアアアァァッ!』
鳴き声と同時、デビルキャリアーの速度が上がった。アスファルトを轟く八本の足が信じられない脚力で前進し、撃退士達との距離を離す。
「しまったっ! デビルキャリアーが本気で逃げ出した!」
――しかし、そのデビルキャリアーの逃げ出した先、そこには玲獅、ユウ、ヴァローナが待ち構えていた。
「この場所から先には行かせません!」
玲獅が盾を前方に構えながらデビルキャリアーの退路を断っている。キャリアーは八本脚を器用に動かし、僅かに方向転換をして激突を回避しようとする。
「逃がしませんよ!」
玲獅の盾の陰から審判の鎖が蛇のように蜘蛛足の一本に絡みつき、デビルキャリアーの動きが一瞬止まる。
「今です、皆さん!」
「――わかりました!」
答えたのはユウ。ユウがアスファルトに膝立ちになり、練気を使用している。
体内に気が駆け巡り、筋肉の隅々までが透き通っていくような錯覚。ユウの両眼がデビルキャリアーを見据えた。
「行きます!」
ユウの背から翼が生えたかと思うと、ユウの姿がその場から掻き消える。
――否、消えたのではなく、視認できないだけだった。
練気と縮地を併用した爆発的な加速。ユウが踏み出したアスファルトには、ユウの足跡の形に窪んでいた。
ユウは弾丸のような速度でデビルキャリアーに肉薄し、キャリアーを撃ち抜く。
『ゴガアアアッ!!』
もんどり打って倒れるデビルキャリアー。追撃するようにヴァローナが上空で体を反転し、アウルの力を足に集中させ爆発させる。
「お腹壊すから吐いた方がいいよ?」
雷のように天からヴァローナはデビルキャリアーへと飛来し、上段から刀を振り下ろした。刀はデビルキャリアーの脳天を切り裂き、二つに割った。
「まだ俺達の攻撃も残っているよ」
後ろから追いついたルドルフがルーンの魔具を構え、海が槍を構える。さらに後ろの二人も次々に攻撃を放つ。
ルドルフの火遁が、
海のヴァルキリージャベリンが、
ソフィアのLa Spirale di Petaliが、
悠市のスレイプニルのブレスが、
次々に動きの鈍くなったデビルキャリアーに命中していく。
「やったか。――いや、まだあいつは動いている!」
爆炎の煙に包まれる街路の中、ルドルフがいち早くその中で動くデビルキャリアーに気付いた。
触手の生えた頭部が二つに割れ、先ほどの機敏な動きは見る影もないが、それでもまでデビルキャリアーは動いていた。
キャリアーは二手に挟まれた場所から離脱しようと、北側へと脚を進めている。――と、その脚が、止まった。
「おっと。どこへ行こうとしてるんだ?」
北から町に入った知也だった。
知也が苦無をデビルキャリアーの腹に突き立てると、それでデビルキャリアーは動かなくなった。
●???
外から音が聞こえる。
何の音だろう。
うるさい。
まるで、戦争の真っただ中にいるような――。
デビルキャリアーの腹の中に喰われていた相馬和夫だったが、その意識はあった。
通常のデビルキャリアーの体内は睡眠効果のある体液に覆われている。このデビルキャリアーもその例外に漏れずその収容スペースは体液に満たされていたが、速度特化として造られた弊害か、人の意識を失わせるまでの効果はなかったようだ。
――体内が大きく揺れた。強い衝撃と振動で、相馬は体内でもみくちゃになった。
痛ェ。痛えよぉ。そもそもここはどこだ。何で俺はここにいる? 何で体が動かない?
ここまで考えてから、相馬は思い出した。
コンビニから金を盗んだこと。
神社で賽銭を盗んだこと。
悪魔じみた姿の怪物がそこにいたこと。
――そいつに、自分は喰われたこと。
あれ、じゃあ俺死んだのか?
ここって、地獄ってヤツ?
相馬は自分が生きていることに気付いていなかった。視界すら確保出来ず、謎めいた液体の中に浮いているこの状態で、自分の生死を理解するのは困難だったかもしれない。
――ああ、じゃあこれって罰か。相馬はそう思った。
地獄というのはもっとエンタメ性に富んだところだと思っていた。鬼の顔した王様が罪人の舌を引っこ抜いた後、罪人は色んな地獄をレジャー施設みたいにたらい回しにされ、最後に生まれ変わって地上に戻ってくる。相馬の地獄観はこのようなものだった。
それがどうだ。何の説明もなく暗闇に放り出され、時おり来る衝撃を身を固くして待つだけ。面白みもないし、ただ苦しいだけ――これが俺の地獄か。
じわり、と相馬の頭に後悔の念がよぎる。
思い出すのは実家のこと。ああ、そういえばお袋にしばらく顔見せてなかったなあ。親父も腰に病気があるって言ってたし、手術はどうなったのかなあ。――二人共、俺、親不孝者でごめんなあ。地獄に落ちちまって、ごめんなあ。
その時、一際大きな振動が相馬を襲った。
身動きのできない相馬は頭を守ることすら出来ず、ただ身を固くして振動が止まるまでやり過ごすしかない。
短いのか長いのかよくわからない時間、相馬はそうして耐えていた。すると、その上部からすっと光る糸のような長い切れ込みが走り、それががっと開かれた。
「……あっ」
声が出た。今まで出そうと思っても出なかった、声が。
その切れ込みはさらに大きくなっていき、そこから一本の手が表れ、相馬を掴んだ。
(蜘蛛の糸だ……)
相馬は小学生の時に読んだ小説を思い出す。
相馬にとっての救いの手は力強く相馬の衣服を掴み、ぐいっとディアボロの腹から地上へと引きずり出した。
「うっ……」
眩しさに、相馬は一瞬目をしかめる。目が慣れてくると、周囲の様子がわかるようになる。そこは天国でも何でもなく、至って普通の町だった。
(俺……生きてた)
「良かった、気が付きましたみたいですね。もう少しの辛抱ですので、少し我慢して下さい」
隣にいた女性――ユウが微笑みかけた。何がどうなっているのかよくわかっていない相馬は「はあ……どうも」と少しだけ頭を下げた。
「おい」
ぐい、と自分の身体が持ち上がる。先ほど自分を救い出した手が、今度は自分を締め上げる――彼をディアボロの腹から出した知也の腕だった。
「……自分がどうなったか、わかっているか」
苦しさに身を捩りながら、相馬は周囲を確認した。
周りには歴戦の戦士のような顔をした人間がずらりと並んでいる。自分は全力疾走したように力が抜けていて、自分の足元には自分を襲った怪物の死骸が転がっていた。
「あっ……」
そこでようやく、相馬は自分の身に起こった全てを理解した。
――自分は死んでいなかった。
――そして自分は、この人達に助けられたのだと。
相馬和夫はやはり、幸運だった。
ディアボロと出会っても生きていて、そしてこの場で撃退士に助けられたのだから。
「運がよかったね。見つかったのが捕獲型のキャリアーで」
根が真面目で、人に甘くない海がついついそんな言葉を相馬に投げかける。相馬は俯いてかすかにうめくことしかできなかった。
「人に迷惑かける、親に心配かける、敵に食われる。因果応報ってコトバ知ってる」
ヴァローナがニヤニヤと笑いながら、からかうように言う。
「お前を助けるよう、俺たちに依頼してきたのはお前の御両親だ」
スレイプニルの背から地上に降り、悠市が諭すように言う。
「お袋達が……」
「身を案じてくれる両親が健在だという点で、お前が幸運なのは間違いないな。生きているという幸運は、いつ誰が失ってもおかしくはない。その時に後悔のない人生だったと思えるよう生きるだけだ」
ぐいっと胸倉を掴む手が強くなる。
「これに懲りたら、火事場泥棒なんて真似は金輪際やめるんだ」
男の形相が相馬に迫る。相馬は俯き、後悔の涙を流した。
「……はい……すみませんでした。……もう、やりません」
「……ふん」
知也が手を放すと、相馬はどさりと地に落ちた。不思議と痛みはない。それどころか、救出される前に怪物から逃げた時に負った傷まで癒えていた。知也がライトヒールを相馬にかけたのだ。
「その言葉、信じたからな」
相馬に背を向けて呟く。相馬は地に頭を伏せて、言った。
「助けて下さって……ありがとうございました!」
「顔を、上げてください」
震える相馬の肩に手を添え、ユウが相馬に顔を上げるよう促した。
「罪を償い、そして貴方の出来ることを誰かの為に使ってください。お願いします」
相馬の眼に涙があふれ、ぽたぽたと地面を濡らした。
●町からの脱出
玲治のポケットに入れていた携帯電話が震える。仲間からの連絡だろうが、今は手が離せない。玲治の戦闘は長引いていた。
相手はブラッドウォーリアー。魔法攻撃が効き辛い相手だった。玲治自身もシールドとリジェネレーションで体力を保ち、互いに決めてのないままジリ貧で時間が過ぎていた。
「――チッ邪魔だタコ頭!」
鍔迫り合いになっていたところで、玲治がヤクザキックをかます。ブラッドウォーリアーが体勢を崩したところで距離を開け、玲治はポケットに手を突っ込む。
そこには、無事デビルキャリアーを倒し、腹から『相馬和夫』を救助したことが記載されていた。
「へッ、了解。俺らがディアボロの飯になる前にズラかるぜ」
戦闘がジリ貧になっていた頃に、この連絡は渡りに舟だった。玲治は反転し、その場から離脱した。
撃退士九人が一ヶ所に集まる。彼らはディアボロの巣くうこの町からの脱出の準備をしていた。まず、回復できる者は怪我をした者の治療――アストラルヴァンガードが海、玲獅、知也と三人もいるため、回復には困らなかった。
海は、撃退士達を治療しながらも注意深く相馬を監視していた。先ほどの様子を見る限り逃げ出すような真似をすることはなさそうだったが、それでも一応は犯罪者。警戒しておいて損はないだろう。相馬はあれから撃退士に協力的で、反抗するような素振りはなかった。
「こちらの方角ならば、さほどディアボロの数はいないでしょう」
生命探知を終えた玲獅が、すっと北東の方角を指差す。彼女は脱出する際にどのルートをたどるのが最もディアボロの数が手薄か探していたのだ。
「……よし、俺が先行しよう」
集まった撃退士中最も速度のあるルドルフが挙手をする。反対する者はいなかった。
「ヴァロが、コイツ運ぶ」
ヴァローナが相馬を指差す。一般人の相馬を護衛しながらの移動は確かに困難だ。飛行能力を持つ誰かが運送するのは道理だった。
「……運ぶって、君が、俺を? どうやって?」
その言葉に相馬は疑問を持った。いくら撃退士とはいえ、ヴァローナの姿はどう見ても自分よりも非力な少女。その少女が自分を運ぶという絵面が、どうしても相馬には思い浮かばない。
「こうする」
ヴァローナは再度翼を広げ、両手で相馬の脇に手を差し入れてそのまま翼をはためかせる。
「――う、うわっ」
突然両足が地面を離れたことに、相馬は混乱する。両足をばたばたと動かしてみるが、その動作によってヴァローナに抱えられたままの身体が宙でぷらぷらと浮いた。
「――うわっ、うわッ、お、落ちるッ」
高度がぐんぐんと上昇していく。地上が小さくなっていき、相馬の額に冷や汗が浮いた。
「動いたら落ちる。助けて欲しいよね?」
上からヴァローナのぽつぽつとした声が聞こえる。心なしか、相馬が困惑しているのを楽しんでいるような声色がそこに含まれていた。
「――はい」
せっかく助かった命なのだ。こんなところで無駄に落とすわけにはいかない。
相馬は目を瞑り、落下の恐怖から耐えた。
「よし、行こう」
ルドルフが行動を開始し、空中のヴァローナも動き始めた。その後を他の撃退士も続く。
数は少ないとはいえ、ディアボロ達は撃退士達も前に立ちふさがった。
グールが両手を広げて退路を断てばルドルフがアブルムでその動きを封じ、後ろから躍り出たユウがランスで敵を薙ぎ払う。
近づくブラッドウォーリアーにソフィアが咄嗟に魔法攻撃を仕掛けるが、ブラッドウォーリアーはコートを翻してこの魔法を耐える。
「この敵に魔法攻撃はあまり効きませんわ!」
玲獅が叫んで双剣でクロスに斬り付けたところへ、悠市のスレイプニルがブレスで焼き払う。襲ってくる敵を迎撃しながら撃退士達は町の外へと歩を進めていく。
「……す、凄い。これが、撃退士……」
その戦いを、相馬は空中からずっと見ていた。
「あんた達は、ずっとこんなことをしているのか?」
「してる」
相馬を抱えるヴァローナが答える。
「ヴァロ達は、撃退士だから」
「……そうか」
ヴァローナの答えを聞き相馬は何を思ったのか、撃退士達の戦いをずっと眺めていた。相馬は、その光景を網膜に焼き付けた。
●エピローグ
撃退士達が町から離脱した後、N市のディアボロ達は応援の撃退士達により掃討された。
無事に救出された相馬和夫は、すぐに警察の取り調べを受けることになった。
余罪が多く、取り調べには時間がかかったが、相馬は警察の取り調べに協力的で比較的スムーズに終えることができたらしい。
相馬は刑期を過ごす傍ら、体力トレーニングをしているという。どうやら刑を終えた後、人を守るような仕事をしたいらしい。
きっかけは、相馬にとっての蜘蛛の糸だった後藤知也という青年と、自分に『貴方の出来ることを誰かの為に使ってください』と言ってくれたユウという少女。そして自分を助け出してくれた撃退士達――。
彼らのようになりたいと、相馬は思ったのだ。
その後、どこかの小さな町のデパートに警備員として雇われた青年が、デパートを襲った強盗を一人で撃退したという報道が地方紙に載ることになるのだが、それはまだまだ未来の話……。