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夜の帳を切り裂く火炎が、村を昼間のように照らし出している。
ゆらゆらと生物のように轟く火は勢いを増し、燃える民家を囲む火の玉達は舞踊でも舞うかのように宙を幾何学的に飛び回り、喜びを表現している。
現場の近くには消防隊員、そして要請を受け駆けつけてきた救急隊らが待機し、火事の推移を歯痒そうな面持ちで見守っている。
撃退士達が到着した時、既に家は半焼状態だった。
「火事に野次馬群がるのは人情だ……なんて言いますが、天魔も群がるもんなんですかねぇ……」
家の様子を見た黒瓜 ソラ(
ja4311)が呆れるように呟く。
「ともかく、その野次馬根性は叩き直してやりましょう!」
彼女はPDW FS80を構え、火の玉達を狙える位置で待機する。
「火の玉……この火を撒いた張本人か。この動き、踊っているようにもこちらを誘うようにも見えるな」
梶夜 零紀(
ja0728)が言い、その言葉にメイシャ(
ja0011)も頷いて同意する。
「グズグズしてる暇はないから、急ごう」
そう言う鈴木悠司(
ja0226)の手には水の入ったバケツが握られている。零紀がそれに頷き、同じく用意していたバケツを手に取った。
「それじゃ、行きますか」
バケツを持った二人が火災現場に駆け、水をぶちまけた。
無論、バケツ程度の水でどうにかなる火災ではない。水は一瞬で火勢に押され蒸発した。
――しかし、火の玉達は水を見て激しく反応した。
躍るような優雅な動きが獲物を狙う蜂のように攻撃的な動きに変わり、火の玉の大群が二人に襲いかかった。
「おおっと、来た来た。誘導成功、だね!」
「よし、一ヶ所に集めるぞ」
悠司が笑い、零紀が淡々と言う。二人は水をぶちまけ切ると、所定の場所へと逃走する。
彼らの狙いは火の玉の誘導。消防活動を妨害したという報告を聞いた彼らは、水を撒けば火の玉の注意がこちらに向くのではないか、という作戦を立てた。
その作戦は成功した。火の玉は自分達の遊びへ水を差されたと怒り狂い、誘われるままに逃げる二人を追いかける。
――火の玉達は気付いていなかった。彼らの周囲に霧が発生していることなど。ましてそこに人が隠れていることなど。
「……この位置からなら味方も、一般人も巻き込まない」
霧の中から声が呟かれ、突如その霧と同じく怜悧な雰囲気の漂う男性が現れる。ヴィンセント・ライザス(
jb1496)だった。
空想纏い「霧舞ウ倫敦」。このスキルによってヴィンセントは姿を隠していたのだ。
ヴィンセントが新たなスキルを発動させようと武器を構える。火の玉達はこの奇襲に反応できていなかった。
彼――ヴィンセントは、自分の防御面に圧倒的に不安があり、逆に攻撃面が優れているのを理解している。故に、このような手段を取った。最大の火力でもって最速の殲滅を狙う、この手段に。
「……無理に得意でない手を使う必要は全くない。己の長所を敵の短所にぶつけるまで」
ヴィンセントの武器が彼のアウルに呼応し、クレセントサイスを発動させる。
無数の刃が火の玉達を切り裂き、巻き込んで吹き飛ばした。
こうして、撃退士達とサーバントの戦いが始まった。
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五人の撃退士達が火の玉と死闘を繰り広げている頃――他の三人は火災現場の前にいた。
「たとえ火の中水の中……とは言うけど、さすがに本当に入る羽目になるとは思いもしなかったさね」
その内の一人、アサニエル(
jb5431)が目を閉じ、煙を吐き出し続ける家に向かって手をかざす。彼女は生命探知を試みていた。
「さてと、女の子はどこにいるのかなっと……」
彼女達の目的は家に取り残された少女の救出だった。
撃退班が消火活動を装い火の玉を引きつけている間、救出班の三人が少女を助け出す――作戦通り火の玉は撃退班に誘き出され、自分達は自由に活動できている。
火勢は衰えることなくさらに勢いを増している。中に入らずともその熱気は肌を焼くほどだった。
「絶対、私達が助けてあげるからね」
祈るように稲葉 奈津(
jb5860)が呟き、生命探知の結果を待つ。
アサニエルが後ろの二人を振り向いた。
「ん。わかったよ。一階のここから近くの場所に生物反応が一つあった。……あんたならそこまで一直線でいけるだろう?」
アサニエルはディザイア・シーカー(
jb5989)に向かって言う。彼はニヤリと笑った。
「あったり前だろ……待ってろ、今すぐ助けに行ってやんよ!」
それを聞くなり彼は家に向かって駆け抜け、するりと壁を透過していった。天使の能力、物質透過である。
「あっ、ちょ、待ちなって。……ったく、せっかちな男だね」
「何かやばいことでもあったりするの?」
奈津の問いに、アサニエルが答える。
「あたしの生命探知が拾った反応は三つあった。他に人がいるって報告はないから……」
「中に天魔が残っている……?」
アサニエルが頷き、肯定する。先ほどディザイアが透過した民家の扉は熱で形が変形し、普通の方法では開けられそうになかった。
奈津が武器を具現化し、大剣を叩きつけて扉を壊した。途端、熱された空気が逃げるように外気に抜け出た。
「あっつ……待ってなさいよ。すぐに行くから!」
空気の熱さを全身で感じながら、二人もまたディザイアに続いた。
ディザイアがアサニエルに言われた方向に進んでいくと、そこに倒れている少女の姿を発見した。気絶して床の低い位置にいたことが幸いしてか、煙もそこまで吸い込んでいないようだ。
「……ちっと我慢してくれよ」
ディザイアが少女の前に屈み、氷結晶を発動させて防火服とマスクで包んでいく。これらの道具は事前に消防士から借り受けていた。
「バックドラフト、だっけか……有り得なくはないな……早く脱出しなけりゃ……」
その時、燃え盛る火の中から、ぽぅ――という不審な音が聞こえた。
そして、炎の中から明らかに意思を持った火の玉が爆ぜ、ディザイアに向かって飛び出してきた。その数――二体。サーバントだった。
「くッ――出やがったか」
火の玉の攻撃を受け止めたディザイアが、不敵に笑った。
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ヴィンセントの『クレセントサイス』を逃れた火の玉達は、攻撃を彼に集中させる。再びヴィンセントは『霧舞ウ倫敦』で姿を霧に隠そうとするが、その行動は間に合わない。
火の玉の突進はヴィンセントの防御を潜り、彼は腹に重い衝撃を受けた。
「ちぃッ――だが、接近されるのも予測していた。……故に、こうする!」
たたらを踏み、すぐさま体勢を整え直したヴィンセントは狙撃銃を持ち直し、銃の腹で火の玉を殴りつける。
先にダメージを受けていた火の玉は、それであっけなく動かなくなった。
しかし、隙だらけのヴィンセントの後ろから、新たに火の玉が一体突進を仕掛ける。気付いた時、ヴィンセントが避けられない距離まで火の玉は接近していた。
――その火の玉が、横に吹き飛ぶ。ほぼ同時に銃声。ソラの狙撃だった。
「まずはお前達から消火してやる! 天魔殺すべし、慈悲はない。インガオホー!」
ソラはどこぞのニンジャっぽい台詞を吐きながら火の玉をPDWで乱射する。その火力の隙間を縫って悠司と零紀がなだれ込んぁ。
「よおし、やっちゃうよ!」
悠司が闘気を解放させ、ウルフズベインで火の玉を斬り付けるのへ零紀が、
「闇を我が刃、喰らえ――ハァッ!」
全長三メートル以上あるハルバートを振り、敵を一閃する。
「――感謝する!」
その隙にヴィンセントは再び霧の中へ隠れ、後衛へ回る。ヴィンセントを見失った火の玉達は右往左往と宙を彷徨う。
「救出の邪魔はさせませんようぅ!」
その間にもソラは次々に対象を代え、狙撃をしていく。そこまで狙いを定めていない狙撃のために撃ち損じはあるが、それは着実に火の玉の体力を削っていく。
「よっと……結構数があるね――っと」
火の玉を迎撃しつつ曲刀を振るっていた悠司が、ふと気配を感じて上空を見上げると、一匹の火の玉がこちらに向かっていた。迎撃しようと構えると、火の玉の姿が突然ぼやけ、視界がにじんだ。
「うわわっ……」
悠司がぐらりとよろめく。
その隙を火の玉は見逃さず悠司の元に火の玉が殺到するが、それをソラ、ヴィンセントの援護射撃が牽制した。
「おい、大丈夫か? 悠司」
火の玉の包囲網を潜ってきた零紀が悠司を揺さぶる。悠司は頭を振って敵の幻惑を払う。
「うん。ありがとう、零紀。なんか突然くらっとしちゃってね。あれが村人さんの言っていた『火の玉を見つめ続けると放心状態になる』ってやつかな」
とはいえ、そう強い幻惑ではない。撃退士の彼らにしてみれば『視界がぼんやりとする』程度の物だった。しかし、戦場において少しの隙が命取りになる場面もある。油断は禁物であった。
「そういえば零紀は平気なの?」
「ああ……もしや、これのおかげか?」
零紀は夜間の戦闘のため、念のためかけていたナイトビジョンをいじる。
ようは肉眼で視なければ済む程度の弱い能力らしい。
「なんか、ずるい」
悠司は口を尖らせながら、手近にいた敵に武器を振るう。躱されたところにヴィンセントの狙撃が、その火の玉にとどめをさした。
一行の攻めによって着々と火の玉の数は減っているが、多勢に無勢。撃退士達の疲労は少しずつ蓄積されていった。
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「はぁ――はぁ――くそッ。ちょこまかとっ」
炎の燃え盛る廊下にて、ディザイアは苦戦していた。攻撃が当たらないのだ。
煙のくすぶる室内において、視界は良好とはいえず火の玉も炎に紛れて捉えづらい。煙でよく見えないために火の玉の幻惑が効かないのは好都合だったが、このままではらちが明かない。
「あっつ〜……あんた、大丈夫!?」
その時、障害物を全て壊してきた奈津とアサニエルが合流した。火の玉に襲われているディザイアを見て、すぐに二人は駆け寄る。
「そぉぉれっ!」
奈津が火の玉に向かい、何かを投げる。透過能力を持つサーバントに通常の物質は当然効かないが、火の玉はそれに反応した。それは奈津の飲みかけの缶だった。
缶から飲み物が零れ、炎にかかる。ジュッという音とともに飲み物は蒸発し、消火をされた火の玉達はそれに過剰反応する。
「ちっちゃな子いじめて楽しいかー? 消火されたくなきゃこっちにおいで!」
奈津が廊下を駆け抜け、窓を蹴り割って外に飛び出、それに火の玉達も続いて外へと出ていった。
庭に転がり出た奈津は火の玉達が着いてきているのを確認すると、そのまま火の玉を引きつけながら撃退班に合流する。火の玉達を家から引き離すためだ。
充分に家から距離を取ると奈津は反転、火の玉達に向かい合う。猫のような奈津の目が細く吊り上り、半月型をつくった。
「ふふ――ちっちゃな子をいじめる悪い天魔はお仕置きしてあ・げ・る♪」
奈津の手に巨大な両刃の剣が顕現し、アウルの力が込められていく。火の玉達が間合いに入ると同時、奈津のスマッシュが炸裂した。
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「――要救助者発見ってね。そら、もう安心していいよ」
床で眠り続ける少女に手をかざし、アサニエルはライトヒールを施す。すると少女の瞼がひくひくと動き、ぼんやりとした目をアサニエルに向けた。
「……あれ、おねーさん、おにーさん、誰?」
「……もう少し寝てな」
まだ意識のはっきりとしていない少女をディザイアが腕に抱きかかえる。その力強い腕に安心したのか、少女は穏やかな顔で意識を手放した。
「ちょうど稲葉が壊した窓があることだ、あそこからダイナミック・エスケープといきますか」
「そうさね……。――ッ! おい、あんたッ! 上!」
アサニエルの叫び声に頭上を見上げると、炎によって脆くなった柱の一部が落ちてくるところだった。
「チッ!」
少女を抱きかかえているため武器で防御することも透過で逃げることもできない。ディザイアは覚悟を決め、背中で倒壊してきた柱を受け止める。
「あんた――大丈夫かい? フフッまったく、無茶するねえ」
自力で柱から抜け出たディザイアにアサニエルはライトヒールをかける。と、焼き切れたディザイアの背中の服から、一面に火傷痕があるのをアサニエルは見つけた。
「ん……ああ、これか。ちょっとした昔の戦傷だ。気にすんな」
「……そうかい。あんたも色々あったんだろうね」
二人とも元は天界に弾き出され、もしくは見限った天使である。互いに何か思うところがあったのかもしれない。
「っと。話してる暇ががあれば脱出しようぜ。ここ暑ぃよ」
二人は燃え盛る廊下を駆け抜け、奈津が蹴り破った窓から外へ出た。新鮮な空気が肺に満ちた。
と、二人の元へ妙齢の女性が駆け寄り、少女の名前を叫んだ。少女の母親だった。
「それじゃあ、この子お願いね。あたしはあっちに混ぜてもらうから」
「親子の対面がすんだところで…ハッピーエンドの時間だぜぇ」
まだ戦闘中の撃退士達と合流すべく、二人は母親に少女を預けて走り去った。
背後には、ごうごうと燃え盛る民家。母親は少女を抱えてその場で泣き崩れ、救急隊と消防隊が母娘に駆け寄った。
「ん……ママ……お家、燃えてるの?」
眼を薄く開けた少女は自分の家の惨状を見て、ぼんやりと呟く。
少女は母が自分を抱きしめて涙を流しているのに気付くと、小さな手を伸ばしてその涙を拭きとる。
「……ママ、見て。お家、キレイ……」
それは大人にとっては残酷な言葉だったかもしれない。何も知らない幼い少女故の、感性そのままの言葉。けれど、確かに少女には燃える家がその時だけは美しく見えた。
少女は母に抱かれるまま病院に緊急搬送された。
それから遅れること数分――。数の利を失くした火の玉はあっさりと撃退士達に討伐された。
撃退完了後、慌ただしく消防隊達が消火活動を始め、数分後、鎮火することに成功。民家は全焼に近い半焼だったが、幸いにも死者は一人も出なかった。
「消火器下さい! ボク等も手伝います!」
「君達は疲れているだろう? 消火はプロにまかせなさい」
なお、撃退士達もその消火活動に参加しようとしたのだが、やんわりとお断りされたという。
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後日、一行は少女が運び込まれたという病院にお見舞いに来ていた。
清潔感あるベッドに少女は横たわり、くうくうというか細い寝息を立てて眠っている。寝息の度に上下する毛布を見て、彼らは安心した。
少女の母の説明によると、少女には火事の後遺症もなく、今はただ昼寝をしているだけらしい。
「……怖かったね〜。良く頑張った」
奈津が少女の額に手を置き、慈愛に満ちた表情で撫でた。と、少女が目を覚ました。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「……おねえちゃん達、あの時のげきたいしさん達?」
奈津は頷いた。少女はぱっちりとした目を開けて、むくりと上半身だけ起こす。
「たすけてくれて、ありがとうございました!」
少女は陽だまりのような笑顔を撃退士に向けた。