●
「……駅、過ぎてる……?」
ダッシュ・アナザー(
jb3147)が窓から外を眺めると、流星のような速度で流れていく景色が見えた。何か異常があったのだろうか。
そこへ、運転手が駆け込んでくる。その顔は蒼白で今にも卒倒しそうだった。撃退士達は彼から事情を聞き、電車が乗っ取られたことを理解した。
「骸骨に乗っ取られた電車……早くどうにかしなきゃ。この車両に来るまでに乗客はいた?」
松永 聖(
ja4988)が運転士に聞くと、これまでの車両にはいなかったと言う。その答えに聖は安心した様子を見せる――が、すぐにはっとした顔になって照れ出した。
「――って、別に安心したとかそういう訳じゃないんだからねっ!」
お約束のツンデレ発言である。
現在の状況を確認するために聖と江戸川 騎士(
jb5439)が運転士に線路の危険な個所を聞くと、まだ遠いが急カーブがあるとのことだった。しかし、電車は依然速度を上昇させており、予断を許さぬ状況である。
「あんた、今から指令室に連絡して付近の住人を非難させてくれ」
「わ、わかりました……」
騎士が運転士に命令すると、撃退士達は作戦を確認し合い、突入への準備を整える。
その手際の良さに、運転士は瞳をぱちくりとさせた。
そんな彼の目の前に、突如何かがぬっと現れた。
「――わっ!?」
「この子をお願いね」
よく見ると、それは猫のぬいぐるみだった。アーニャ・ベルマン(
jb2896)が、それを運転士の前に差し出している。
「は、はぁ……」
訝しげにしながらも、アーニャのぬいぐるみを運転士は両手で受け取った。
「よし、行くか」
気負った様子もなく、月詠 神削(
ja5265)が先頭に立ち前方の車両を開ける。同時にアーニャ、ダッシュ、騎士の三人が窓を開け放ち、外へと躍り出る。撃退士達の戦いが始まった。
「あんたはこっちだ」
「は、はい」
ぬいぐるみを抱え、茫然と立っている運転士の肩を叩き、歌乃(
jb7987)は後方の車両へと向かった。女の子らしさを残しながらもどこか力強いその背に、運転士は安心感を覚えた。
「……絶対にあんたらは守りきる。命に代えても骸骨どもには指一本触れさせない」
車両を移動する際中、歌乃は運転士にそう告げた。
●車内
連結部から扉を開けると、そこにはスケルトン達が待ち構えていた。
その数――五体。亡者達はそれぞれの手にさまざまな武器を構えており、光のない胡乱な両眼を撃退士に向ける。
その内の一体は鎧を着ている。――あれがスケルトン達のリーダーだろう。
骸骨達は統率された動きでもって、狭い車内の中一斉に撃退士達に襲いかかる。
それを、
「……電車内は直線状――故に『直線型範囲攻撃』なら、敵を効率良く巻き込んでいける――」
神削の一撃が迎え撃った。
スケルトンリーダーがただならぬ気配を感じ、手下の骸達に撤退命令を出す。が、それよりも早く神削のアウルが霧状に噴出し、瞬く間に爆破――スケルトン達を巻き込み、白骨を爆砕していく。
――弐式《烈波・破軍》。それがこの技の名であり、神削のオリジナルスキルである。
「やるじゃねえか。悪くない特等席だな? 他人のファイトを見るのも暇つぶしにはなる」
神削の後ろにいた藤村 将(
jb5690)が言った。
いかにも好戦的に見える体格だが、作戦上彼は神削の背後を付かず離れずの距離で進んでいる。
車内は狭く、撃退士が二人並んで戦うには適さない――そこで、撃退士達は縦に並ぶような形で電車を進軍することにしたのだ。順番は先頭から神削、将、聖、そしてセレスティア・メイビス(
jb5028)となっている。
靄が晴れると、粉々に砕けた敵達の姿が車内の至るところに確認できた。――しかし、一体生き残っている骸骨がいた。スケルトンリーダーである。
鎧の分他よりも丈夫なのか、まだその骸骨は動いている。ただし、しゃれこうべの右半分は抉れ、肋骨に当たる部位にも欠損が見られる。相応のダメージは負っているようだ。
スケルトンリーダーは形勢不利と背を向けて逃走する。逃がすまいと撃退士達はその背を追うが、次の車両にもまた大量の骸骨達が待ち構えていた。
――敵との戦いは、まだ始まったばかりである。
●車上
まるで横殴りにされるかのような暴風が、電車の屋根の上では吹き荒れている。強い風により撃退士の髪は進行方向とは逆に流れ、その強さを物語っている。
そして、その先――電車の走るレールが、急カーブになっている箇所が見えた。今現在の速度で電車がそこに差し掛かれば、電車は車体を支えきれずに脱線し、横転するだろう。その箇所に辿りつく前に、電車を止めさせなければならない。
「それじゃ、行くよ!」
髪を片手で押さえながら、アーニャは言う。屋根に上った撃退士は三人――騎士は獣のように姿勢を低く、アーニャは右側面、ダッシュは左側面を『壁走り』で進みながら――三人は屋根を駆ける。
――やはり空気抵抗が影響していて、思うように走れない。それでも、常人ではありえないバランス感覚と速度で、三人の撃退士は前方車両に向かってひた走る。
「――いたぞ。敵だ!」
騎士が叫ぶ。その前方、隣の車両の上には両手を屋根に付き、風に飛ばされぬよう体勢を低くしたスケルトンが待ち構えていた。
視認できる敵の数は三。身を隠す場所のない空の下――これ以上の敵はいないだろう。
撃退士達は敵の姿を認めても、その足の速度を緩めることなく異形達へと接近していく。
「時間が、ないの……ごめん、ね?」
前方にいたスケルトンの首に、金属の糸が巻きつく。ダッシュの放ったゼルクはぎしぎしと細骨を削り、スケルトンはその金属を千切ろうと両手を首に伸ばす。が、それよりも早くダッシュはゼルクの糸を引き寄せ、スケルトンを宙へ放った。
骨のみで出来た戦士は軽く、それだけで空中へ舞い上がり空の彼方へと吹き飛んでしまう。
「柔な骨だな、カルシウム不足かぁ!?」
騎士の放つ魔法弾の衝撃に、一匹のスケルトンはたたらを踏みながらどうにか屋根の縁で踏みとどまる。が、丁度電車は電柱を通り過ぎるところだった。
それに気付かないスケルトンは後頭部から電柱に巻き込まれ、引きずられるように電車の後方へと吹き飛んでいった。
「……よっと。危ない危ない」
最後に残った一匹をアーニャがワイヤーで振り落とすと、外にいたスケルトンは全ていなくなった。
一行が目を開けているのも辛い暴風の外を突き進んでいくと――ふと、アーニャは何か殺気を感じた。
足元――つまり、『壁走り』で張り付いた窓から車内の様子を見ると、大量のスケルトン達がその車両には集っていた。
アーニャはその中の一匹と目があった。
ガイコツが――哂った。
「――っ! みんな、避けてっ!」
アーニャの叫びに騎士が咄嗟にワイヤーでフックに引っかけながら屋根を蹴り、飛び退く。同時、それまでいた地点に一本の槍が『生えた』。
敵は車内から武器を屋根へ突き立て、攻撃してきたのだ。
破砕音と共に、まるで墓標のように武器が屋根と窓を突き破り、三人へ攻撃を仕掛ける。
避けきれなかった武器の穂先が、騎士とアーニャの足を裂いた。
「……迷惑。……先、進もう」
窓ガラスを割られ、足場を無くしたダッシュがひらりと屋根に上がって言う。内部に入って一体一体を倒すのは時間の無駄だ。他の二人も頷き、三人は屋根の上を体勢を低くしながら走った。
ディアボロ達は足音で三人のいる場所を判断しているのか、三人が通った場所を追いかけるように武器が突き出され、三人はそれを躱しながら先頭車両へと急いだ。
●阻霊符の解除
「……ついた……」
車上を武器に追い回されながらも先頭車両に到着した三人は、屋根の上で息を整える。
「阻霊符、切るよ。準備はいい?」
アーニャの呼びかけに二人は同意する。騎士がスマートフォンを操作して全員に突入の合図を送ると同時、アーニャの阻霊符が力を失い、透過能力が使用できるようになる。
三人は息を合わせて頷き合うと、最後の敵のいる車掌室へと強襲した――。
戦闘中の聖のポケットで、携帯電話が震える。車上班からの突入の合図だ。
「神削っ! メールっ!」
「分かっている!」
聖はいまだ前線で戦闘中の神削に注意を促す。一方の神削はと言えば――苦戦していた。
敵は神削の範囲攻撃を警戒しているのか、味方との距離を一定に空けつつ陣取っていた。
それにより敵の戦力は分散されているものの、神削は範囲攻撃を封じられ、じわじわと体力を消耗させられた。
「くっ――!」
神削の拳がスケルトンの頭蓋を粉砕し、薙ぎ払う。それでもまだ動けるのか、その敵は頭を失った状態で、手に持った剣を振り上げる。攻撃直後であり、回避が困難なタイミングだった。
「――やっ!」
そこに、聖の魔法が炸裂した。
骸骨は肋骨から砕け落ち、その動きを止めた。
「か、勘違いしないでよっ。敵が倒せるタイミングだったから倒しただけで、別に助けた訳じゃないんだからっ」
相変わらずのツンデレ発言を繰り返す聖。しかし、その表情はどこか苦い。
狭い車内ではなかなか思うように攻撃ができず、サポートがままならないのだ。おかげで先ほどから神削は一人体力を消耗するばかりだった。
顔では平静を保ってはいるが、息は切れ、だらりと下がった肩口からは剣で裂かれた痕が生々しく残っている。
「――タッチか?」
その神削に、声をかける者がいた。――将である。
将は神削の肩をぐいと引き自分が前線に出、両の拳をがんと突き合わせた。
「そろそろ丁度退屈してた。ぶち壊してやるからかかってこい」
将の挑発に乗るように一匹の骸骨が長刀を刺突に構え、突進。迎え撃つ将は拳を構え、首を捻って皮一枚で剣を躱し、カウンター気味に重たい一撃を敵の頬骨に叩き付けた。
衝撃でスケルトンは車両の端まで吹き飛び、粉々になって飛散した。
将は切り裂かれ頬から流れる血を舌で舐めとり、歪に唇を曲げる。
「いいね。すげー良い。痛みを受けて、やっと昂って来たよ。久々に目が開かれた、って感じだ」
と、それまで骸骨達の影で指示を出していたスケルトンリーダーが、手を上へ振り上げるような仕草をした。新たな命令のようだ。
その命令を受け取った二体のスケルトンは――床を蹴って透過し、天井をすり抜けた。
「……なんだ?」
訝しげに上を見る将。そこに、武器の切っ先を下にしたスケルトンが天井から落ちてきた。
「……ちっ」
舌打ちをしながら飛び退く将。避けきれずに肩を斬られ、床に転がりながら体勢を立て直す。
アッパーカットの要領で顎を打ち抜くも、そのキレは先ほどよりも鈍い。骸骨は背面飛びで立ち上がると、また天井を透過して死角からの攻撃を繰り返す。
「――やっぱ、親玉を倒さないと駄目かね?」
「ちょっと待ってっ」
そこで、何かに気付いた聖が叫ぶ。
「――一匹、屋根に昇ったきり降りてこない敵がいる……」
その敵はどこへ向かったのか。奥に構えるスケルトンの長が、くつくつと顎骨を嗤う様に震わせる――。
●車両最奥
「荷物はそこの手すりに固定してくれ。電車が止まるまでは激しい揺れや急ブレーキ等があるから気を付けて」
歌乃が乗客達にてきぱきと、それでいて乗客達を焦らせないように丁寧に指示を出していく。乗客達はそれでも不安そうに、縋るように歌乃を見上げる。
歌乃は乗客に対し撃退士が八人も乗り合わせていたことと、自分以外の撃退士が電車を止めるための行動をしていることを丁寧に説明していると、そこで携帯が鳴った。
『一匹そちらに向かっているかもしれない』
このような内容のメールだった。
「あの……どうかされたんですか?」
不安そうな顔で運転士が問いかける。
「……大丈夫だ。何も問題はない。少し、奥で乗客達と一緒にいてほしい」
歌乃はそう言い、運転士が自分から離れるのを見届けると、深呼吸をして神経を集中させる。
――揺れる車内。限界を超えた速度に軋みを上げるレールと輪軸。屋根の上から聞こえる微かな異音。――異音?
歌乃は太刀を抜き、上方へ刃を振るう。同時、屋根を伝って後方車両まで来たスケルトンが透過し、天井から出現した。
武器と武器が切り結ばれ、歌乃は力で強引に敵を弾き飛ばす。
車内を転がるスケルトン。すぐに体勢を立て直し、歌乃から距離を取る。
「ひいいぃっ!?」
後ろからは乗客の悲鳴が聞こえる。敵の興味が乗客に向かないよう立ち回っていると、またも電話が鳴った。
(――ッ。こんな時に――)
それはメールではなく、電話だった。
電話の相手は、アーニャだった。
●先頭車両
……その電話の少し前。車上にいた三人は最後の敵のいる先頭車両を強襲した。
アーニャとダッシュが窓から敵の目を引き、その隙に騎士が透過で屋根から侵入、室内から外へ引きずり出す、というのが彼らの作戦だった。
が、
「くっ――!」
その作戦は、読まれていた。
透過して侵入した騎士は車掌の姿をしたスケルトンの反撃に襲われ、首を白骨の手で掴まれている。
作戦の失敗を悟ったアーニャとダッシュが車内に突入するが――間に合わない。
開け放たれたドアから車掌スケルトンは騎士を放り投げ、騎士は車窓の向こうへと消えた。
「騎士さん――!!」
アーニャが叫ぶ。車掌室の一つ前にある車両にはディアボロ達が数体終結し、車掌室を取り囲んでいる。車掌の命令一つで彼らは二人へ襲いかかるだろう。
『……?』
と、ここで車掌スケルトンが足元の違和感に気付く。
彼の足元には細い糸が巻き付けられていた。
『――!?』
その糸に引きずられるように、車掌は足から転倒し、窓の外へと引き寄せられていく。その窓の外で糸を引き寄せているのは、外に落ちた騎士だった。
「おめぇも道連れにしてやる。――骨の癖に空を味わえるんだ。感謝しろよ」
そうして騎士と車掌は宙空に放り出された。司令を失い統率のとれなくなった骸骨達へ、ダッシュは『兜割り』で脳天を襲う。
「……あっちは、大丈夫……こっちに集中……」
外の後方では、電車から振り落とされた騎士が糸にスケルトンをぶら下げながら、翼を広げて宙に留まっているのが見えた。どうやら大した怪我は負っていないらしい。
「……うんっ」
アーニャは事前に交換していた歌乃の番号に連絡するが――彼女は電話に出なかった。何かトラブルでもあったのだろう。
「……大丈夫! 『電○でGO』ならプレイしたことあるからね!」
アーニャはレバーらしきものを操作盤の中から見つけ、減速を試みる。車輪とレールは急激な減速に火花を跳び散らしながら軋みを上げ――。
やがて、止まった。
●
電車を止めた後、撃退士達は阻霊符を再度張り直し、乗客達の安全を確保しながらゆっくりと電車に残った残党を駆逐していった。
避難させていたため周辺への被害もなく、この事件は解決したのだった。