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うららかな日光が心地良い午後二時過ぎ、一足早い春の暖かさを感じられる原っぱに、志賀内アキラ(jz0231)と彼女を護衛する撃退士はやってきたのでした。
「本日は皆さん、猫ちゃん退治をよろしくお願いします!」
ふんすふんす、と気合いの入った挨拶を撃退士にするアキラです。彼女にしてみれば藁にもすがる想い。なんとしてでも自分のドジを改善したいアキラは気合が入りすぎて、頭をぐわっと下げた拍子に、前方にいた鴉乃宮 歌音(
ja0427)に頭をぶつけてしまいました。
「あ痛ぁっ! わ……わわわ、す、すいません!」
「……ふむ」
歌音は痛がる様子も気にする素振りも見せず、冷静にアキラの様子を観察しています。一般人の頭突き程度でダメージを受けるようなら撃退士はつとまらないのです。そんな歌音は白衣を着込んでいかにも医者みたいに頷きます。
「志賀内は視野が狭く、注意力が散漫なのだと思う。前ばかり向いて歩いてはいないか?」
「え? え?」
「ドライブシュミレータとかやってみるといいかも。確認する癖をつけ、確認した事を口に出すといい。『よし!』でいいから。ほら、やってみて」
「え? あ、はい。えー……右よし、左よし……」
左右を指差し確認しながら歩くアキラと共に撃退士達は先に進みます。しかし足元がお留守でした。
「ってあーーれーー!?」
爪先ががっ、と小石に引っかかり、片足のバランスを崩したアキラは重力に従って頭っからダイブ――する前にゼオン(
jb5344)に首の襟を掴まれました。
「あ、ありがとうございます……」
ぷらんぷらんと片腕で首根っこを掴まれて揺れている様子は、まるで捕獲された猫のようです。
「あの、ゼオンさん? そろそろ降ろしてもらえないでしょうか?」
言われたゼオンは溜息をついて呆れ顔。
「……ふぅー。なんつーか。考える事が阿呆っつーか、突飛っつーか。アレか、ドジっ娘ってーやつを狙ってンのか。最近はそんなんは流行らねーんじゃなかったのか? このままぶら下げてった方が安全なんじゃねーの?」
「ね、狙ってやってたならどんなに幸せなことか! 全部素だからこんなに悩んでるんじゃないですか!」
「あー……はいはい」
言いつつ、素直にゼオンはアキラを離してやります。
「ふぅ……ありがとうございました。ってあ、あれっ? 財布が……。ポケットに入れておいた財布が無くなってますー!?」
「財布? ……諦めろ」
ゼオンは冷たく言い放ちました。半泣きのアキラをからかって遊んでいます。と、ゼオンは足元にアキラの探し物らしき財布を発見します。
「ん? ラッキー、財布拾ったわ」
「あ、それ私のですっ」
ぴょんぴょんと跳ねて取り返そうとするアキラに、ケケケと笑いながら手を掲げて取らせようとしないゼオン。
そんなアキラの頭を飛び越えて、頭上高く掲げられた財布をアイリス・レイバルド(
jb1510)が奪い取りました。
「あっ、ありがとうございます」
アイリスから財布を受け取って、アキラはまた「右よし、左よし……」と指さし確認しながら進むのでした。
(藁にも縋りたい思いだという事は察したが……天魔の危険性を理解している斡旋所職員がそれでいいのか?)
アイリスは内心でそんなことを思いつつ、しかしそういう依頼だと理解しているので口には出さないのでした。
アイリスはアキラのドジのフォローをしながらも、周囲への警戒を怠っていません。周囲にはまばらですが散歩に来ている人もおり、天魔の被害に巻き込まれていないかをよく観察していました。
特にこの辺りに天魔に襲われている市民はおらず、人々は気まぐれに訪れた春の陽気を楽しんでいるのでした。
休日の家族サービスでしょうか、いかにも気の小さそうなお父さんが、子供に手を引かれて一行の横を通り過ぎます。子供はきゃっきゃと笑い、親子はとても楽しげです。
そんな親子の姿をアイリスは無表情に観察しながら、どこか満足げなのでした。
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アキラにとって、歩く道は全て地雷原と同じなのです。いつ足を持っていかれるかわかったものではありませんし、いつ私物を落としているかわかりません。
ゼオンはアキラの少し先を歩いて足で障害物になりそうな物を蹴飛ばし、アキラが落とした物は後ろから全部アイリスが拾っていきます。
そんなちょっと間抜けな光景を、後ろから地堂 光(
jb4992)が眺めておりました。
「ドジっ娘か……なんか幼馴染のあいつみたいだな」
光は誰のことを思い出しているのか、若干苦笑いを浮かべます。
(しかし……猫型サーバントかよ。まぁ……猫そのものじゃないならいいか)
意外と猫好きな光です。
時たま天魔の中には可愛らしい外見をした種類も現れますが、そんな愛らしい外見でも敵は敵。倒さなければいけないことが撃退士の辛いところです。
「マネカナイネコ、ですか。猫さんの姿なので可愛らしい気はしますけど、人を不幸にするということは程度によればその人にとってとても危険な状態になる事もありますし、退治しないといけませんよね」
鑑夜 翠月(
jb0681)は猫耳のように浮いた髪の毛を揺らし、両手で握り拳をつくります。皆さんやっぱり猫好きなんですね。
「猫さんを倒すのは少々気が引けますが……不幸を招くとあれば、放っておく訳にはいきません。早く倒して、縁起を良くするのですっ」
或瀬院 由真(
ja1687)も同意し、一行は色々な意味でアキラを注視しながら先に進んでいきます。
と、一行は周囲に人の気配が途絶えたのを感じました。誰も人が近寄ろうとはしない空間。場所と場所の隙間に生まれるデッドスペース。
悪意ある空気を感じ、撃退士の間で見えない意思疎通が図られます。ぴり、とした緊張感は彼らの身を引き締め、護衛対象のアキラを中心に撃退士が陣形を取ります。
果たして――『彼ら』は足の長い草むらをざわざわと揺らして撃退士達の前に姿を現すのでした。
『なー』
『にゃおー』
『ふかーっ』
出てきたのは、二本足で立った猫――噂のマネカナイネコでした。
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「……か、かわいくない、ですね」
由真の第一声はそれでした。
確かにこの猫達は彼女の言う通り……微妙でした。その姿全体で『生意気』という言葉を体現したかのような姿を、その猫達はしています。
二本足で立っているのも生意気ならしっしと人間を追い払うように肉球のついた手をぶんぶんと振っているのも生意気です。
例えば知恵のある動物、猿や鴉なんかが時々ひどく人間をからかっているように見えるように、彼らマネカナイネコも撃退士達を自分達よりも格下だと見ているような節があります。
「何か……腹立ってきたな」
ゼオンが元から青いこめかみに青筋を立てて、びきりと睨みつけます。途端に猫達はずざざざざざっと後ろ足を器用に動かして後退します。
どうやら強そうなものにはとことん弱そうです。そんなとこも生意気ですね。
しかし、
「可愛い……」
ゲルダ グリューニング(
jb7318)はそう呟きました。猫達を可愛くないと思っていた撃退士達は、ぎょっとします。
まあ、確かに二本足で立っているのも猫らしくない目付きも、コミカルなキャラクター的に見れば可愛く見えるのかもしれません。この辺りはきっと感性の違いなのです。
「母が言っていました。『猫と可愛い子は出来る限りもふりなさい』、と。ならば私のやることは一つです」
ゲルダはそう言ってすちゃ、とマタタビと猫じゃらし、ボールを両手に装備します。
さて、ゲルダの持っている装備はいずれも猫が大好きなものですが、果たしてこのマネカナイネコ達はそれらに反応するのでしょうか。
「猫じゃらしですよー。楽しい楽しいおもちゃですよー」
ゲルダは猫じゃらしをふりふり、猫達の目の前に立ちます。彼女の目は隙あらばもふろうというハンターの眼光です。
ふりふり揺れる猫じゃらしの前に一匹の猫が近付き、
ぺしん、と振り払いました。
「あ痛っ」
猫の振り払った猫じゃらしはゲルダのおでこにぺちんと当たります。猫じゃらし作戦、失敗です。どうやらもふもふすらさせてくれないようです。
マネカナイネコ達はもはや猫としてのアイデンティティなどないようで、猫じゃらしどころかマタタビもボールも効果が薄いようでした。
猫とヒトとしての交流が断たれた撃退士の選択肢は、最早一つしかありません。サーバントと撃退士として、彼らは対峙せざるを得ませんでした。
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「あの辺が良さそうです。では、あちらに誘導しますよ」
由真がタウントを使い、猫達をある一ヶ所に誘導します。二匹の猫は由真のタウントでまとったオーラが不愉快なのか、『しゃー』と威嚇しながら爪をぶんぶんと振り回しますが、由真はそれをひらりひらりと、まるで宙に浮く木の葉のように回避します。
「そちらが招かないというのなら、こちらから招いてあげますよ。さぁ、こっちです!」
「志賀内だっけか、あんたはなるべく何もするなよ? 危ねぇから」
光はアキラにそう釘を刺しておいて、自身にタウントをかけます。
由真に注目していない猫が光めがけて爪を振り下ろしますが、光はそれを武具で受けます。事前に防御系のスキルで身を固めていた光に攻撃は通らず、逆に『フォース』によって猫を弾き飛ばします。
「皆さーんっ! 頑張ってくださーい。猫ちゃん倒して運気アップ! ですよー!」
撃退士達を応援しながら、アキラは何故かふらふらと吸い寄せられるように戦場の真っただ中に行こうとしているみたいです。その腕を、アイリスが引きました。
「どこに行く? 志賀内さん」
「え? 安全なところに隠れようと……」
そんなことを言っていますがアキラの行く先は戦場ど真ん中です。色々と間違っています。
「志賀内はいっそ動かない方がいいかも」
彼女達の前方に、立ちふさがるようにして立っている歌音が猫達に射撃を行いながら言います。
アイリスも後方から『瑠璃色の深淵』によって敵へ威嚇し、誘導を手伝います。
攻撃を回避し、受け、時にはこちらから攻撃を仕掛けて誘導し、気付けば三匹の猫達はある一ヶ所に集められておりました。
「皆さん、下がってください!」
翠月が撃退士達を下がらせると、彼の影が盛り上がり、巨腕となって二匹の猫を鷲掴みします。翠月の『ダークハンド』です。
猫達は影の拘束から逃れようとじたばた暴れますが、影の腕は猫の全身をすっぽり覆ってしまうほど大きく、猫達はにゃーにゃー騒ぎ立てることしか出来ませんでした。
「皆さん、今ですよ!」
翠月の号令とともに後衛の歌音とアイリスの遠距離攻撃が猫に必中します。
『ぎにゃーーーーッッ!?』
ぽとりと影から解放された猫は、毛がばさばさになりぷすぷすと焼け焦げ、ぴくりとも動かなくなりました。
「……残念ですが、情けは無用です」
ゲルダの召喚していたヒリュウが、ぐぐぐっと力を溜め、頭を前面にしながら鉄砲玉のように動けない猫へ弾けました。
小さな羽が激しく動き、地面に土煙を巻き起こしながらヒリュウは猫へと急接近します。
『ふにゃーーッッ!?』
それを見たマネカナイネコは一層激しく腕の中で暴れましたが、無駄でした。ヒリュウの『チャージラッシュ』は猫を軽々と吹き飛ばし、猫は星になってお空に飛んでいきました。
『にゃにゃにゃー!?』
仲間二人の猫が倒されたのを見て、最後に残った猫は背を向けて逃亡を図ります。二本足で走っているくせに妙に素早い動きでした。
猫はある程度距離が空いたのを確認すると、お尻をこっちに向けてぺんぺんと叩きました。妙に人間臭い挑発です。が、その余裕の表情はすぐに崩れました。
「逃げんなやクソガァァァ!」
ゼオンが闇の翼を広げて空中から追いかけてきたからです。
猫は悲鳴を上げてさらに加速。空から青い人が飛んできたらそりゃあ野生の本能としては逃げるでしょう。
と、空を駆けるゼオンを飛び抜けて、一匹の蝶が真っ直ぐマネカナイネコに飛んで行きました。翠月の『忍法「胡蝶」』です。
蝶がマネカナイネコの後頭部に当たると、ぱっと光になって弾けます。蝶に惑わされ頭をくらくらと朦朧しているマネカナイネコに、ゼオンが迫りました。
「オラァッ!!」
ゼオンのモラクスホーンがマネカナイネコを蹴り上げ、猫は断末魔の声を上げながらぽとんと地面に落ちました。
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「次に生まれてくる時は普通の猫になっていますように……」
ゲルダが地面に猫達のお墓をつくり、手を合わせています。天魔の都合によって造られた、道化のような生物達。彼らの冥福を祈り、ゲルダは目を瞑りました。
さて、サーバント達を倒した後、一行は久遠ヶ原学園へと帰ってまいりました。
「皆さん、本当にありがとうございました。マネカナイネコ、無事に討伐完了です。お疲れ様でした」
一行に、アキラはぺこりと頭を下げます。
「……これで本当に縁起が良くなったのでしょうか?」
由真がアキラにそう問い掛けました。アキラは、さも本当の目的を思い出したとばかりに驚いた顔をしました。
「あっ、そういえば元々はそっちが目的でしたもんね」
自分の両手をぐーぱーして何事かが変わってないかを確かめるアキラ。しばらくして、
「……さっぱりわからないです」
そんなアキラの肩を、ちょいちょい、と叩く人がいます。振り返ると、そこにいたのはアイリスでした。
「慢性の欠点は運頼みよりも根気良く付き合う方がいいぞ」
そう言ってアイリスが渡したのは、ここまでで道に落としてきた落し物と、これまでにアキラがやってきたドジをまとめたメモ用紙でした。
「わあ! これは凄いですね! これと鴉乃宮さんが教えて下さったドジ克服法さえ守れば、もうドジはしないですみそうです!」
と、その時、風が吹きました。
「あ」
手に持っていたメモ用紙がぺら、と宙に浮きました。メモ用紙が風に乗ってどこかへとさらわれていきます。
「ああ……あーーーー!!!」
慌てて手を伸ばすアキラですがもう後の祭り。ひらひらひらひらと飛んでいく紙の尻尾すら掴めず、メモ用紙は青い空へ吸い込まれていきました。
後ろにいる撃退士達も呆れ顔。慌てど騒げど覆水盆に返らず。結局、縁起が良くなったとしてもドジは治っていないアキラなのでした。