●空き教室
「男って馬鹿な生き物なのよ!」
「そうなのです! 男はみんな馬鹿なのです!」
とある空き教室の一角から姦しい声が響いてくる。依頼者の友人、若月エリナとゾーイ=エリス(
ja8018)だった。何故か二人は互いに身を机から乗り出し、シュプレヒコールをするデモ隊のように熱弁を振るっている。
ゾーイの目的はエリナから恋人についての情報を聞き出す事だった。
落ち込むエリナを慰めるところから始め、辛抱強く愚痴を聞くゾーイにエリナは次第に心を開き、口数は徐々に増えた。
「りょう君って……とっても、弱いの」
エリナの話によると、彼女の恋人、丘村りょうは撃退士としての力が周りの生徒よりも劣っているらしい。少なくとも本人はそう思い込んでいる。
「りょう君は弱い自分が嫌みたい。わざと危険な任務にいって大怪我したり……それで私言っちゃったの。『りょう君が怪我する姿なんて見ていられない、身の丈にあった任務を受けなさい!』って。そうしたら最近りょう君が怪しくて……。浮気されたのって、私があんな事言っちゃったからなのかなあ」
「そんな事ないのです」
自分達の推理によれば、丘村りょうは浮気などしていない。そして、今のエリナの発言はその推理の裏付けにもなる。
「ゾーイちゃん……」
その言葉で安心したのか、エリナの愚痴は熱を持ち過激な内容にエスカレートしていった。同じく恋人を持つゾーイもそれに共感したのか、二人の会話はヒートアップした。
「男ったら意地っ張りで融通が利かなくてプライドばっかり高くって情けないのばっかりなのよ!」
「そうなのです! 男なんてみんな■■■で■■■■なのですよー!」
……そして冒頭のシュプレヒコールに戻る。
可愛らしい外見からは想像出来ないようなとんでもない言葉が、ゾーイの口から飛び出していく。彼女は、見た目は天使だがお腹の中は真っ黒なのだ。
「ふう……愚痴ってたらすっきりしちゃった。ありがとうね、ゾーイちゃん!」
「いえいえなのです。若月さんの気持ち。良くわかるのです。あたしも彼氏さんに冷たくされると不安になってしまうのです。絶対に事件は解決しますですよ!」
「ゾーイちゃん……うん、ありがとう」
と、その時ゾーイの携帯電話が鳴った。相手は月乃宮 恋音(
jb1221)だった。事前に連絡先を交換していたのだ。
『……調査の進捗は、どうですかぁ……?』 ゾーイはエリナに一言ことわって返信した。
『順調なのです。若月さんから色々お話を聞く事が出来たのです! 月乃宮さんはどうなのです?』
●職員室前
「……ありがとう……ございましたぁ……」
教師に頭を下げ、恋音は職員室から退室した。
恋音は丘村りょうとその双子の弟である岡村きょうの出席状況を二人の担任から聞いていた。
丘村りょうは討伐依頼を受けたという日から五日間、欠席している。逆に弟の丘村きょうは毎日登校していた。しかしこれはおかしい。りょうの不在中、エリナと依頼者はりょうと学園で会っている。
ならばその『りょう』を名乗る人物は誰だったのか。……答えは明白だった。
問題は何故そのようなことをしたのか、だ。そのことについても彼女達は事前に推理し、ある「仮説」が浮上している。それを確かめるため、恋音は次に斡旋所に向かった。
その道すがら、学園の昇降口から雫(
ja1894)がやってくるのが見えた。
「あ、月乃宮さん。調査はどうですか」
「……ぁあ、雫さん……たった今、先生にお話しを聞いてきましたぁ……雫さんは、どうでしたかぁ……?」
恋音が問うと、雫はメモを取り出した。そこには真面目な性格が窺える細かい字で、調査報告が書かれている。
「レシートの店と花屋に行ってきました。面白い事がわかりましたよ。丘村さんが買った花、黄色のガーベラだそうです」
「……ガーベラ、ですかぁ……」
「最初丘村さんは赤いバラを買おうとしていたようです。しかし、誰に渡すのかを聞いた店員はそれを止めたようです」
「……止めた理由は、やっぱり……?」
「おそらくは。私達の考えていた通りです」
二人はこくりと頷き合う。
「……私は情報収集を続けますぅ……」
「私も、丘村さんが一緒に依頼を受けた人達に話を聞きにいきます」
そう互いに言って、二人は別れた。
集まっている情報から、推理はおそらく正しいだろうと恋音は考えた。しかしその推理が正しかったならば、事態はもしかしたら浮気よりも深刻かもしれない。
「……うぅん。……せめて大事になっていないと良いのですけれどぉ……」
恋音はそう呟き、たった今聞いた情報を共有しようと携帯電話を取り出した。
●ファミリーレストラン前
「『調査は順調、浮気ではない可能性が高い』、ですか……」
メールで送られてきた調査のまとめを読んで、仁良井 叶伊(
ja0618)は携帯電話をポケットにしまい、顔を上げる。
叶伊の視線の先、ファミリーレストランの中に丘村はいた。その向かいに座っているのは……女性だった。
学園から出てきた丘村を叶伊は尾行した。やがて丘村はこのファミリーレストランの中に入った。どうやら丘村は誰かと待ち合わせをしているようだった。そして、やってきたのがその女性だった。
「あれは、どう考えるべきなんでしょうね……」
女性と丘村は親密そうに見える。かといって一線を越えた関係なのかと問われれば、それはわからない。
と、二人の様子を観察していると丘村と目が合ってしまった。
慌てて目を逸らすのも不自然だと思い、叶伊はなるべく自然な動作に見えるように携帯電話の画面に目を落とした。
こういう事はよくあった。叶伊の身長は尾行をするにしては目立った。薄々怪しいと丘村も感じ始めているかもしれない。
だがそれでいい。叶伊の役目は陽動だった。本命は別にいる。彼が目立てば目立つほど、本命が動きやすくなる。
「頼みましたよ……袋井さん」
叶伊はそっと呟いた。
●店内
ファミリーレストランの店内に、袋井 雅人(
jb1469)は一般客を装って入店していた。ポジションは丘村との間に一席開いた彼の真後ろ。尾行としては最も発覚しにくい場所だった。
丘村は外にいる叶伊の事は何度も見ているが、袋井の尾行に気付いた様子はない。
しかし席が離れている分、丘村と女性の声が聞きづらいのが難点だった。
(何を聞いているんでしょうね……)
雅人がそっと聞き耳を立てる。
ところどころ聞こえはするが、肝心な部分は店内の喧騒にかき消されてしまう。いっその事、危険を冒してでも二人に接近してみようかと考えた。
ラブコメ推進部部長として、りょうとエリナの恋仲が壊れないよう力になりたい……雅人の熱意は人一倍だった。
雅人は現在の状況を書いた文をメールで一斉送信し、危険を冒すべきかを仲間達に聞いた。するとすぐに一通、メールが返ってきた。
『多分その人はきょうさんの彼女さんだね。そこまで危険を冒す必要はないよ』
氷室 時雨(
jb2807)からのメールだった。
●男子寮
時雨は丘村兄弟の住む男子寮で聞き込みをしていた。
兄弟は別々の寮に住んでいたため、まずはきょうの寮で聞き込みをした。その際にきょうに最近彼女が出来た事を聞いた。雅人からメールで送られてきた女性と、時雨が聞き込みで得たきょうの彼女との特徴は一致している。ほぼ間違いはないだろう。
そして、きょうの彼女と丘村が会っているということは……。また一歩、彼らの推理を補強する材料が見つかった。
その足で丘村りょうの住む男子寮に向かおうとした時、雫と出会った。
「あっ、氷室さん……」
「やあ、雫さん。どうしたんだい?」
「これから聞き込みのため男子寮に向かうのですが……行先が氷室さんと同じみたいですね。一緒に行きますか?」
時雨は承諾した。クールな二人組は口数も少なく同行し、やがて目的の場所についた。
「この寮に、双子の片割れと一緒に依頼を受けた人がいるんだね?」
雫は頷く。
「それじゃあ、呼んでくるからちょっと待っていて」
時雨が寮に入り、目的の人物を連れてくる。彼の話はこうだった。
「あぁ……あの依頼の話ね。大変だったよ、敵の強さが僕らの想定以上だったんだ。それでアイツ……りょうがちょっと無茶してね……」
二人は礼を言い、寮を後にした。
「僕はこれから双子の片割れの尾行をするよ」
「そうですか……。私は、エリスさんに合流しようと思います」
そうして二人は別れ、時雨は丘村の尾行に向かう。丘村の居場所は叶伊・雅人の二人から連絡が来ているためわかっている。
現在、丘村は女性と別れ一人で別の場所に向かっているらしい。
時雨が追いつくと、丘村は路地に差し掛かるところだった。その近くには雅人と叶伊の姿もある。
叶伊は大柄なためだいぶ目立ってはいたが、その分だけ雅人のカモフラージュになっている。良いコンビのようだった。
そうして丘村は尾行に気付かないまま、やがてある場所に辿りつく。
その場所は……病院だった。
●再び空き教室
「……●●病院に丘村さんは行ったんですねぇ……事務所で聞いた話と一致してますぅ………これで、推理の裏付けはほとんど取れましたぁ……」
雅人からかかってきた電話を、恋音は切った。恋音は雫と共に、ゾーイとエリナのいる空き教室に合流していた。
「推理って何ですか?」
エリナは恋音の言葉に首を傾げた。
「つまりですね、丘村りょうさんと丘村きょうさんは入れ替わっていたのです! 冷たい態度のりょうさんは、実はきょうさんだったのです!」
ゾーイが朗らかに推理を宣言した。
「入れ替わり……?」
「……気付けなかったんですかぁ……?」
「だって、そんな事、想像できないし、それにりょう君に連絡しても、廊下で会っても、全然そっけないし……何で!? どうしてりょう君は、私を騙したの!?」
「それは……りょうさんが入院しているからなのです」
鉢植えは『根付く』が『寝つく』に通じるため、見舞いには適していない。またレシートの寝間着は入院の着替え、雑誌やパズル、音漏れのしないヘッドフォンは入院中の暇つぶしと考えれば辻褄が合う。
「どうしてりょう君が入院なんて……?」
エリナの疑問に、今度は雫が答える。
「りょうさんは五日前に受けた依頼でおそらく重体になったのでしょう。若月さんにそれを知られたくなかったんじゃないでしょうか?」
「何でよ!? 何でりょう君私に教えてくれなかったの!? 何で隠したの!?」
激昂するエリナを見かねて、雫は冷ややかに言う。
「失礼ですけど、丘村さんを信じないから、彼は貴方に黙っていたのではないですか」
「何を――!?」
「貴方は丘村りょうさんに言ったそうですね。『身の丈にあった任務を受けなさい!』って。彼の事を信頼してあげていない証拠です」
「…………」
よほどその言葉が心に響いたのか、エリナはその場で押し黙った。
「若月さん……大丈夫なのですか?」
心配そうにゾーイが問うと、エリナはすっと立ち上がった。
「ごめん、ありがとう。ゾーイちゃん。それに、雫ちゃんも。私、りょう君に謝ってくる。恋音ちゃん。病院ってどこ?」
恋音がその場所を教え、エリナは教室を出ようとドアを開けたその時、誰かにぶつかった。
●時は少し遡る
その病院は意外にも学園の近くにあった。
『兄貴、大変だったんだよ。でっかい男に追い回されてさ』
『マジかよ』
丘村が入った病室から声が聞こえる。時雨、雅人、叶伊の三人は頷き合い、病室のドアを開けた。
「うわ出たっ! でっかい男!」
「どうも、ご迷惑をおかけしましたね」
叶伊を指差して叫ぶ丘村と笑顔で謝罪する叶伊。
病室は、意外にも整頓されていた。そして丘村の隣には彼と全く同じ顔の人間がいた。
「あんた達、誰だ?」
「初めまして、あなたが丘村『りょう』君、ですね。そして今まで僕らが追ってきた君は、『きょう』君ですね」
雅人が問いかけると、双子は互いに顔を見合わせ、同時に頷いた。
「そうか……エリナ、俺が浮気したと思ってるのか」
「兄貴、ごめん。俺が話をややこしくちゃったんだな」
三人は双子に自分達の依頼を明かし、事情を説明した。
「りょうさん、失礼ですが怪我の具合は?」
叶伊が問うと、りょうは自分の胸をバンバンと叩いてみせる。
「この通り。今日で退院なんだ。五日くらいならエリナにも隠しきれると思ったんだけどな……」
雅人が前に進み出てりょうに言う。
「りょう君、私も依頼でしょっちゅう大怪我して彼女を泣かせていますけど、恋人のために泣くのも彼女の大事な権利だと思います。泣くことですっきりすることもありますから、彼女には隠し事をしないで全部話してあげて下さい」
「あんた……、うん、ありがとう。ちょっと色んな人に迷惑かけすぎたわ。とりあえずエリナに謝ってくる。エリナは学園にいるんだろ?」
「俺も……エリナさんに悪い事しちゃったから、後日謝りに行くよ。今日は兄貴一人で行ってくれ」
りょうの後にきょうもしょんぼりとした顔で言う。そうしてりょうと三人は学園へと戻っていった。
●そうして再び教室
「エリナ……」
「りょう君……」
エリナがぶつかった人物は丘村りょうだった。その後ろには叶伊、雅人、時雨の姿もある。
りょうはばつが悪そうに、エリナは気まずそうにしている。
「エリナはもう知っている……のか」
「うん、今までりょう君は入院してて、私が会っていたのはきょう君、だったんだよね?」
「本当にごめん! エリナの言うこと聞かずに勝手に怪我して……そんな自分が情けなくてきょうに俺のふりさせて……ホント、俺最低だよな」
「ううん! 私も……ごめん。私が言い過ぎたせいでムキになっちゃんたんだよね……本当にごめん。りょう君の気持ち全然考えてなかった……」
互いに謝りあう恋人の様子を、六人は暖かく見守っていた。
「……後は本人達しだいだ。僕らはもう行こう」
時雨がそう言い、六人は教室を後にする。
「……双子も善し悪しだとは思いますが、大変ですね」
叶伊の呟きに、一同はうんうんと同意する。
「皆さんお疲れ様でした。無事に解決しましたね。浮気じゃなくて一安心、ですね」
雅人が恋音の小さな肩をポンと叩く。雅人に気遣われているのが恋音にはわかった。恋音は顔を赤くして雅人を見上げた。
「……あぅ……。……そうですね袋井先輩……良かったですぅ……」
後ろの教室からはりょうとエリナの和やかな会話が聞こえてくる。もう仲直りしてしまったらしい。一つのカップルのピンチは、こうして守られた。