冷たい風がびゅうびゅうと吹き付けるものの太陽だけはぽかぽかと微笑む、本日はそんなお天気でした。
「やはりタイヤキは美味だのう……」
バルたんこと円 ばる(
jb4818)が、露店で買ったタイヤキを食べながら道を歩いています。
上機嫌のまま家路に着こうと曲がり角に差し掛かったところ――向こうから来た人とばったりぶつかってしまいました。
「おぅ!? ――すまぬ、前を見ておらんかった。……あ」
前から来た人物の顔に驚き、ばるは手に持っていたタイヤキをぽとり、と落としてしまいました。
「あ」
そして、前から歩いてきた彼女も驚きの声を上げます。
彼女の名前は黒沢 古道(
jb7821)。
可愛いものが大好きな女の子です。それだけなら問題はないのですが、彼女の場合はほんのちょっと度を過ぎていて……
「ばるたぁあああんん!!」
しなやかに、舞うように、古道はばるに跳びかかります。獲物に向かって一直線、その瞬発力はまるで豹のよう。
ばるはくるっと方向転換。元来た道をダッシュで走り、少々――いえ結構危ない人と化した古道から逃げ去ります。
「ええい不覚、まさかこどーに出くわすとは……!」
後ろからどだだだっという足音。捕まった最後、たっぷり愛でられてしまうでしょう。『うちうにんじゃ』の誇りにかけてそれだけは避けたいバルたん。全力で逃げる逃げる。
……こうして今日の一幕は、騒がしい足音から始まるのでした。
●朝の色々な音
「……ふぅ。あちらさんもランニングか? にしちゃ本気すぎる気もするが」
朝の運動を終えた鴻池 柊(
ja1082)が、走り去っていく二人を見送ります。
ふと、額から流れた汗が風に当たり、ぶるっと柊は体を震わせました。
「一気に寒くなったな……」
そそくさと柊は幼馴染三人で暮らす自宅へ入りシャワーで汗を流すと、いまだ熟睡中の同居人、常塚 咲月(
ja0156)を起こします。
「ひーちゃん……眠い。まだ、寝れる……」
「眠くても起きろ。……ほら、シャワー浴びてすっきりしろ」
咲月を引っ張り起こし、洗面所まで入ったことを確認すると朝食を作り始めました。そうして咲月がシャワーから上がる頃には立派な朝食が出来上がっておりました。しかし咲月はぼんやり眼のまま、じとっとした抗議を柊にします。
「……和食がいい……出し巻き卵……鱈の西京焼き……玉ねぎのお味噌汁」
「……はいはい、そのメニューな」
嘆息しつつ咲月の不満を受け流すと、二人は食事を取りました。
「俺は姉貴に頼まれた仕事があるけどな。デッサン出来たら見せてくれよ?」
食事を終えると、二人はリビングでそれぞれの時間を過ごし始めました。
柊はタブレット端末を操作して情報屋のお仕事を。咲月はスケッチブックを膝に抱えデッサンを。ソファで背中合わせになり、それぞれのやるべきことをこなします。
二人でいながら一人の時間は静かに過ぎていきました。どこか遠くからヴァイオリンの音色が聞こえ、柔らかな沈黙を彩ります。
そんな中、ぽつりと咲月は呟きました。
「柊……勝手に決めて一人で来たのに、此処に来てくれて、ありがと……」
驚きは、二つ。名前を呼ばれたことと、突然礼を言われたこと。柊はしかし、驚きを臆面も出さず、背中越しに返事をします。
「今更だな。咲月が必要だと思える人を見つけるまで居場所でいるって約束しただろ」
「うん……でも、ありがとう」
小学生以来、ずっと成長を共にしてきた二人は、それだけで色々なものが伝わります。それきり二人は言葉も交わさず、またそれぞれの作業に戻りました。
……ふと柊は背中に重みを感じ、首だけ回して振り返りますと、そこには彼に寄りかかってすやすや眠る咲月がおりました。
「……全く」
早起きして、もう眠くなったのでしょう。柊は苦笑しながら、起こさぬようソファからゆっくり降りて、すやすやと寝息を立てる咲月にブランケットをかけてやるのでした。
……ヴァイオリンの奏でる音色が和風の部屋から漏れてきます。
奏者の名前はRehni Nam(
ja5283)。
奏でる演目は歌劇『こうもり』序曲。明るく派手な曲調から、今でも世界中で愛される曲です。
「あっ、あんな所でUFOから出てきたセミっぽい宇宙人がラジオ体操してる!」
「なんと! それはどこにおるのじゃ!?」
……寮の外では、そんな喜劇の曲に相応しく、ばると古道の追いかけっこが繰り広げられている真っ最中でしたが、さて。
演奏を終えたNamは一呼吸置くために弦から指を離しました。
「次は何の曲にしましょうか……」
今日の彼女は一人っきりの音楽会。彼女の恋人は残念ながら別のご用事があり、久々のオフに時間を持て余していた彼女は、音楽と共に一日を過ごすことにしたのでした。
「んーと……明るく楽しい曲だけじゃなく、ちょっと暗めのとかも入れましょうか……やっぱりヴィヴァルディ?」
再び、和の空間に音楽が響きます。今度は重々しいどこか重厚感のある音。
ヴァイオリンの音色と和風の庭は合うようには思えませんが、不思議とその西洋風の音は和の空間とマッチしていて。
久遠々原の、いわゆる『カオス』を良しとするNamらしい演奏なのでした。
――目の前に『ある』のは巨大な猪。大きな牙を生やしたその猛獣は、足を踏み鳴らして突撃してくる。
「――ふッ!」
小さく息を吐きディザイア・シーカー(
jb5989)はそれを躱すと、新しく手に入れた拳武器を『それ』に叩きつける。
――バキンと、硬い物が砕ける音がした。
「ふー……こんなもんかね?」
――ディザイアは額に浮いた汗を拭い、その成果を眺めます。
彼がいる場所は裏山の中でした。目の前には大きく砕けた巨大な岩。彼はこれを仮想敵に見立てて訓練をしている最中なのでした。
「慣れる為にも、出来る限りやっておかねばなるまい」
新兵器を装備した腕の肩をぐるぐると回し、彼はまだまだやる気のよう。――そこに、ふとわいわいと騒がしい声が聞こえました。
「ばるたぁああん! 私を見るのだあ!」
「ぬっ! こどー、その手に持っているのは菓子ではないか!? ……ってぬおおお!?」
「ええい動くな、暴れるな! ただちょっと愛でるだけだ! 愛の発露だ!」
ディザイアが目撃したのは、小さな子供が、何故かうさぎの着ぐるみを着て菓子折りを片手に持った女の子に追いかけられ、捕まり、ほっぺたむにむにされたり高い高いをされたりしている姿でした(着ぐるみは途中で着たらしい)。
……言うまでもないことですが、この二人はばると古道です。二人は追いかけっこの果てに、こんな裏山まで辿りついてしまったのでした。
そんな二人を見て、ディザイアは……?
――見なかったことにしよう。
ダンディズム全開のスルーです。ディザイアは場所を変え、今日一日色々な場所で鍛錬をしました。
●突撃、お宅訪問!
「寒くなってきた時期ですし、外よりも室内の方がのんびりするのには良さそうですね。というわけで、静流さんのお部屋訪問、ということでどうでしょうか?」
「静流さんのお部屋にですか……いいですね。前々から気になってましたし」
神月 熾弦(
ja0358)の一言にファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)も同意し、今日の予定は決定しました。
雲一つない秋空の下、熾弦とファティナのお二人は仲睦まじそうに歩いております。手を繋いでいるのは前の依頼で二人共怪我をしたからでしょうか。互いに支えあうようにしています。
天風 静流(
ja0373)のお家に着くと、二人は繋いでいた手をそっと離しました。
「二人共、よく来たな。寒かったろう。簡素な部屋だがゆっくりしていくといい」
静流はそう言って二人を中に通します。
「わあ」
お二人は部屋に入るなり、目を輝かせました。
静流の部屋にあるのはパソコンや、学校の教科書、ファティナや熾弦も写っている写真と、日記らしきものが整頓された状態で置いてあります。
二人が新鮮に思ったのは、古ぼけたテディベアや小さなぬいぐるみなど、本人のクールな雰囲気には似合わない可愛らしいものが置いてあるからでした。
「暇つぶしのUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみと……そっちは祖母の形見のテディベアなんだが、何かおかしいかな」
「いえ、ギャップ差があって凄く良いと思います!」
瞳を輝かせたまま、ファティナは拳をぐっと握ります。
「あ、でもでも、もう少し賑やかな方がきっとこの子達も喜びますよね。という訳でこのぬいぐるみも差し上げますね!」
そう言ってファティナはテディベアの横に、持参したぬいぐるみを並べていきます。部屋に並んだ華やかなぬいぐるみ達はまるで三人の仲を反映しているかのよう。
「これで静流さんはぬいぐるみが好きという可愛い趣味が噂に……」
「妙な企みを……」
溜息をつく静流ですが、満更でもなさそうな苦笑いを浮かべます。
「あ、そうそう。私達、手土産を用意させて頂きました」
にこ、と熾弦は笑ってその手土産を掲げます。それは持参した、洋菓子。
お茶会にしませんか、という彼女の提案は、満場一致で賛成されました。
「簡単に、何か軽食でも作ろう。待たせてもなんだし、サンドイッチで良いかな?」
「私、一緒に遊べるものも持ってきました! とりあえずトランプと……花札セット!」
花札のルールは知らないですけどね、とファティナは照れ笑いを浮かべます。
そうして静流家のお茶会は和やかに賑やかに、過ぎていくのでした。
「暇だ……」
そう呟いたのは姫路 眞央(
ja8399)です。
息子はデート、親友は映画……一人取り残されてしまった形の彼は唐突に訪れてしまった余暇を持て余していました。
「……よし、私も出かけよう。そうだな、新婚家庭に突撃してこよう」
彼が向かったのは新婚ほやほや最近苗字の変わった若奥様、星杜 藤花(
ja0292)とその旦那様の住むマンションでした。
「いつもすいません。たまには一緒にお茶でもどうですか」
育児に必要な物をお土産として持ってきた眞央に、藤花はそう提案します。やることのない眞央は快諾し、星杜家へと足を踏み入れました。
「……赤ん坊はアウル覚醒済みとのことですが、逆にその分肝の据わった子ですね……でも、姫路さんがお手伝いしてくださるから、ずいぶんと助かっています」
来客した眞央にお茶を振る舞い、藤花も彼の対面に座ります。先ほどまで泣いていた赤ん坊も今はお寝むの時間、すやすやとベッドの中で眠っております。
「……アウルに目覚めている赤ん坊だからどんどん手間がかかるようになるのではなかろうか」
ずずっと茶を啜り、眞央は僅かに目を伏せます。眞央もまた子の親。子供の将来を憂う気持ちは人一倍です。
「息子を一人育てた事のある私が力になれる事があれば気兼ねなく言うといい。幸いにも私もアウルに目覚めているからこれ以上の適任はいないと思うぞ」
「はい、ありがとうございます! 私も、あの人もまだまだ子どもでできることが限られているので……経験者の話はためになります。これからもよろしくお願いしますね……あっ、いけない。また泣いてる」
赤ん坊を抱き寄せてあやす藤花の姿は、もう立派な母親のように見えました。
その姿を見て眞央はずきりと僅かに胸の痛みを感じます。亡くなった妻とその姿が被ったから、かもしれません。
よしよし、と子供をあやす藤花の姿を、眞央は懐かしくて苦い想い出とともに眺め、目を細めるのでした。
●ぽかぽか陽気のお昼頃
お昼に差し掛かると、暖かく過ごしやすい気温となりました。そんなお日様の下、とことこと散歩をする方が一名。
(特に予定もなく、のんびりとした穏やかな休日ですね)
鑑夜 翠月(
jb0681)は、猫耳のような髪を揺らしながら道を歩いています。ふと気配を感じて木の下に視線を向けると、そこには猫の赤ちゃんがすやすやと眠っておりました。
「……こんな日はゆっくりと、猫さんと一緒に日向ぼっこをするのも良さそうですね」
彼の足は、自然と公園の方へと向けられていました。
公園は猫の楽園となっております。
陽当たりの良いベンチに、二、三匹の猫ちゃん達が人間の親子のように川の字になって眠っておりました。
「……なんだかちょっと、僕も眠くなってきました」
翠月が猫達を起こさないようそっとベンチに座ると、芝生の向こうから縞模様の猫が翠月に近づいてきます。その猫はぴょんと翠月の膝に飛び乗ると、そのまま丸まって眠り始めてしまいました。
「……うん、どうせ君が起きないと僕も動けないので、一緒に寝てしまいましょう」
膝の上の命は暖かく、まるで湯たんぽのよう。翠月はいつの間にか、こっくりすやすやと、小さく寝息を立て始めていました。
「ふむ……猫か。それだ!」
向かいのベンチで考え事をしていたライアー・ハングマン(
jb2704)が急に立ち上がりました。
彼は意中の人へのプレゼントを何がいいかを考え、猫まみれになっている少女(少年?)を見て思いついたのです。
確かその人は「猫こそ至高」と言っていたのを思い出したのです。なら猫のぬいぐるみをプレゼントしよう、と。さっそく彼は行動を開始しました。
向かった先はショッピングモール。ぬいぐるみ売り場は女性達の聖域となっています。そんな中で彼の姿は浮きまくっていますが、彼は女児の眼など気にもせず顎に手を当て考えます。
(ねこ好きなら相当数のぬいぐるみを見てきているはず……ダブったものをプレゼントしても意味ないしな……)
手に取りながら眺めていると、ふと彼の眼に別のものが映りました。それはぬいぐるみではなく着ぐるみ。三毛猫ちっくな大変可愛らしい着ぐるみです。
(猫のぬいぐるみに囲まれ猫の着ぐるみを着るあの人……)
「うむ、完璧だ!」
ライアーの頭の中では大変素敵な妄想が浮かんでいるようです。
彼の尻尾はテンションが上がりっぱなしな心情を示すように、ぐるんぐるん回っておりました。
……そんな不審者の横を、女の子二人組が通り過ぎます。ロキ(
jb7437)とドロレス・ヘイズ(
jb7450)です。
彼女達が入った店は帽子屋さん。ロキは手近にあった帽子を手に取り、それを被ってみました。
「んー……この帽子どうかな……? ……似合ってる……?」
ロキは不安そうにドロレスに意見を求めます。ドロレスはお人形さんのような笑みを浮かべ、似合ってますわよ、と答えました。
「それとも……ロキさんにはこっちの方が似合うでしょうか、いやいやこっちもなかなかいいですわ」
ぽんぽんと帽子をとっかえひっかえ、ドロレスはロキの帽子を変えて姿見の前に立たせます。
鏡に映る顔はいつも通りで、だけど内心ではうきうきと。友達との初めての買い物で、ロキは舞い上がりそうなくらいに楽しんでおりました。
お二人はお揃いの帽子を購入し、次のお店へ向かいます。
二人が次に立ち寄ったのは、先ほど不審者が立っていたぬいぐるみ売り場です。
「……ドロレス、どんなぬいぐるみが……ほしい……?」
ロキはその中からドロレスに似合いそうな黒猫のぬいぐるみを選び、ドロレスに見せます。途端、ドロレスの顔がぱあっと輝きました。
「まあ素敵! さすがロキさんですわ! 素晴らしい審美眼をお持ちです。この猫ちゃん、とってもかわいいですわ……」
ドロレスはロキからぬいぐるみを受け取ると、人間の赤ん坊でも触るように優しく両手で抱きかかえ、うっとりとしております。
そんな顔をされると、選んだロキまで嬉しくなってしまいます。ロキはそれを購入した後、お二人はショッピングモールの中でお昼を食べることにしました。
女の子のショッピングは時間がかかるもの……。お二人の買い物は、まだ始まったばかりなのでした。
さて、ところ戻って公園です。翠月が猫と一緒にお昼寝中の自然公園。そこにふらりと立ち寄ったのはゴスロリ少女、シルファヴィーネ(
jb3747)でした。
その足取りはゆったりと優雅に、しかし、なんだかとても暇そうでした。
「暇な日があるのはいいけど、急に出来ると困るものね……」
ぼんやりとシルファヴィーネは公園を漫遊し、遊びに来ている人達を眺めて回ります。……その中に、ふとどこかで見た顔があるのを彼女は見つけました。
「……あれ、この間の天使? 確か、トウドウだったかしら?」
(思わん手が空いたし、今日は花壇の手入れがようけ出来そうやねぇ)
藤堂・R・茜(
jb4127)は道具を持って、公園にある花壇を世話しております。
茜が花へ水やりをしておりますと、じょうろと水の間にかかった虹の向こうから、黒いひらひらとした服を着た女子が歩いてくるのに気付きました。
「……あれ、シルファヴィーネ君やんか〜。学園祭ぶりやね、元気にしとった?」
「アンタ何やってるの、そんなところで」
シルファヴィーネは花壇と茜を交互に見比べ、不思議そうに首を傾げます。
今はねぇ、此処らの花壇の手入れして回りよんよー、と独特の口調で茜は答えますが、シルファヴィーネはその表情を崩さないまま。
「花弄り? ふーん、あんまり楽しそうには見えないけど……感覚の違いかしらね?」
茜の手は土で汚れ、ちょっと大変そうな作業にシルファヴィーネには見えます。それでも茜は笑い、答えます。
「あはは、やってみたら結構楽しいんよ? シルファヴィーネ君は今日は何しよん?」
「私? 私はただの散歩よ。買出しついでのね」
彼女は自分の手に持っていた買い物袋を見せるように掲げ、気が付いたようにその袋の中から紙パックのイチゴオレを取り出しました。
「まぁお疲れってことで、さっき買ってきたばかりのイチゴオレでもあげておくわね」
「わぁ、有難うねぇ……そうや、お礼にコレ貰うてくれんかろかー」
受け取ったイチゴオレを傍らに置き、代わりに茜は別の袋……大根や小松菜、白菜などが入れられた袋をシルファヴィーネに渡します。
「借りとる畑で作った野菜なんよ〜」
「……あ、ありがとう」
にへら〜、と笑う茜にシルファヴィーネは形だけのお礼だけを言い、受け取ってしまった野菜の袋を重そうに手にぶら下げ、その場を後にしました。
道中、シルファヴィーネは困ったような顔で野菜を見やります。
「……これ、どう処分すればいいかしら……」
シルファヴィーネは大の野菜嫌いだったのです。
貰ってしまった手前、道端に捨てていくという訳にもいかず、鬱々としながらシルファヴィーネは家路へ着くのでした。
●お腹の空く夕焼け空
おかしい。どうもおかしい。
心の中で米田 一機(
jb7387)は呟きます。
目の前でばくばくとショートケーキを食しているこの女の子、蓮城 真緋呂(
jb6120)の胃袋はどうもおかしいんじゃないか……?
「一機君、ここ美味しいわね♪」
その言葉を聞いたのは本日何回目なのでしょう。お昼のランチタイムから今まで、ずっと二人は食事店の梯子をしているのですから。
一機が真緋呂に捕まったのは、昼に部室でゲームをしていた時でした。
「部長! 新しいお店がOPENしてランチバイキングやってるの。カップルだと割引だって。お昼行きましょ♪」
「あー、もう昼か……。ま、偶にはどっか食べに行くか」
カップルという言葉に無頓着なお二人はあまり気にすることもなく、並んで部室を後にし、真緋呂の言う新しくできたお店にやってきます。
「蓮城さん、カップル割引で金額も抑えられるし、一回くらいはご馳走するよ」
「本当? よし、それなら普段にも増して食べまくっちゃうよ!」
現金なまでに喜ぶ真緋呂に苦笑しながら、一機は自動ドアのスイッチを押しました。
「それじゃあ行ってみようか、『真緋呂ちゃん』」
カップル割引に呼び方が上の名前ではまずかろう、と一機が意識的にそう呼んで手を差し出し、
「うん、そうだね『一機君』!」
真緋呂は釣られるように、自然と名前で呼んで差し出された手を握って、入店したのでした。そして……。
そして、現在に至るのです。
真緋呂はバイキングで無双し時間いっぱいまで食した後も「……少し、足りない、かな」と呟き、続いて梯子したベーカリーカフェ、ラーメン屋、スイーツバイキングと次々に食事を胃袋に収めていたのでした。
「……お前はどうやってその量を消化しているのか」
目の前で食べに食べられ、若干胸やけめいたものを起こしながら一機は呆れ気味で呟きます。
「ん〜普通だよ?」
と答える真緋呂は特に気にすることなく最後の一口を食べ終えました。
その二人組の席の後ろに座るエルリック・リバーフィルド(
ja0112)は、仲の良さそうな二人をぼんやり視界に収めながら思います。
(恋人でござろうか……うらやましいで御座るなぁ……)
エルリックは食べ歩きの真っ最中です。このお店のケーキが美味しいとどこかで評判を聞いたためやってきたところ、そんな二人に遭遇したのです。
(評判通りこの店のケーキは美味で御座ったし……今度はデートで来たいで御座るな)
テーブルの下で密かに拳を握るエルリックなのでした。
会計を終え、「もう帰るか?」と聞く一機に、真緋呂は少し考えて、
「最後に一軒だけ」
と言いました。
路地裏を通り、真緋呂の案内でやってきたのはレトロな雰囲気の漂う隠れ家的空気の喫茶店。中に入るとからんからんと鐘の音がしました。
注文した珈琲は絶品で、口を付けると香ばしい匂いが広がりました。
「おっ、美味い……」
「ここの珈琲絶品でしょ? 皆には内緒ね」
にっこり悪戯っぽく微笑みながらウィンクする真緋呂。秘密を共有するというのが楽しいようです。
「……はいよ、他の人には秘密。な」
一機は一日を振り返り、大変だったが色んな真緋呂の一面を見れたな、と思い出し、一日の締めに熱々の珈琲を飲むのでした。
……夕暮れの商店街は多くの人で賑わっています。買い物客の中心は撃退士ですので奇怪な恰好や不思議な衣装を着た買い物客もちらほらと散見しますが、そんな中、一際異彩を放っているのが狐珀(
jb3243)の姿でした。
ふわふわの体毛に狐耳、大きな尻尾を生やした彼女の姿は久遠々原でも珍しい姿形でしょう。
彼女の姿を凝視していく人もいますが、ここら辺の人はだいぶ狐珀に見慣れているのか多くの人は気にする素振りも見せません。
「おぅ! 狐の姉ちゃん、今日は何買っていくんだい?」
顔なじみの店主に声をかけられ、狐珀は立ち止まりました。
「おお、美味そうな豆腐じゃな。今日は湯豆腐にしようかのう」
あらかた買い出しを済ませ、帰路に着く狐珀ですが、ふと彼女の鼻がひくひくと動きました。
「やはり……あれも買っていくか」
狐珀は思い返して、その匂いのするお店へと足を運びました。
「まいどー!」
威勢のいい声に見送られ、狐珀は店から出ました。
「やはり買い物の〆はこれじゃのぅ」
狐珀が買ったのはいなり寿司でした。やっぱり狐だけあっていなりが好物なのでしょうか。狐珀は尻尾をふりふり、帰宅後にこれを食べるのを楽しみにしながら、上機嫌に寮へと帰っていきました。
「おぉー……拙者よりも狐っぽい御仁がいるので御座るな」
エルリックはすれ違った狐珀の尻尾を見送りながら、店主からお釣りを受け取ります。
光纏中は狐のような姿になって戦うエルリックですが、今は普通の人間の姿です。
昼間のエルリックはショッピングや食べ歩きなど気の向くままに過ごしていましたが、その帰り道に栗を買って帰ることにしたのです。……恋人が、栗が好物だと聞いたのです。
(うむ。なかなか美味そうな栗でござる。これでモンブランでも作って……余ったら栗ご飯にして食べるで御座る!)
恋人の喜ぶ顔と栗ご飯に想いを馳せながら、エルリックは帰路へ着くのでした。
「インレ(
jb3056)さーん、こっちの掃除終わりましたよー」
竹箒を手にし、サミュエル・クレマン(
jb4042)は落ち葉を掃除しておりました。
秋の空に半ズボン姿は見るからに寒そうですが、それでもサミュエルは元気いっぱいに掃除をこなしています。
「うむ、ご苦労である。次はこちらを任せてもよいかのう」
サミュエルに指示を出しているインレは同じく竹箒を手に持ち、さっ、さっ、と落ち葉を一ヶ所に集めていきます。
ここは、インレの家の前でした。インレはサミュエルを誘い、家の庭の掃除を手伝ってもらっていたのです。
「……これくらいでよいかのう。サミュエル。こっちへ近うよれ」
カラスの鳴き声が夕暮れ時を知らせる頃、インレは掃除を切り上げてサミュエルを呼び寄せました。
「どうしましたインレさん? ……うわあ、なんだかふかふかで綺麗ですね!」
サミュエルは自分達が集めた色取り取りの落ち葉を見て、目を輝かせます。
「うむ、落ち葉の掃除は億劫だが、この国の、この季節ならではの楽しみでもある」
インレは彼の楽しげな顔に満足すると、集めた落ち葉に火をつけます。
集めた木の葉はちりちりと燃え、煙となって秋の空へと混ざっていきます。
ある程度燃えて葉が灰になると、インレは中にサツマイモを落としていきました。
「何をやってるんですか? うわ、煙っ!」
「異国の出であれば珍しかろうな。焼き芋だ」
「焼き芋ですかっ! 僕初めてです!」
少し待つと、鼻腔をくすぐる匂いが漂ってきます。そろそろ頃合いか、とインレは鉄串で埋まったイモを取り出すと、それをサミュエルに手渡しました。
「ほっ、ほふほふっ。熱いけど美味しいですっ! 一緒に食べると美味しいですね!」
「……うむ、甘露甘露。美味いのう」
一瞬返答が遅れたのは、インレの味覚障害のせい。けれどそんな様子を露一つ見せず、彼らは祖父と孫のように仲良く焼き芋を食していきます。
「……本当は寮監さんも一緒だったら良かったんですが」
不意に、声のトーンを落としてサミュエルが呟きます。
本当はもう一人この場にいるはずの人。連絡が付かず、今頃危ない事をしていなければ良いがなぁとインレは真っ赤な空を見上げます。
「そうだな、次は彼奴も引っ張って来るとしようか」
インレがサミュエルの頭を優しく撫でると、サミュエルはぱっと顔を上げます。
「そうですね! 無事に帰ってきたらまた焼き芋をしましょう!」
お二人は、いない人に思いを馳せながら、焼き芋をほふほふと食べるのでした。
●なんでもないただ過ぎるだけの日
「ふう、ちょっと、休憩、です」
――荷造りをしていた手を止め、榛原 巴(
jb7257)は部屋の様子を眺めます。一日ずっと荷造りに当てていたため、部屋にあったものはほとんど無くなっております。
「色々と、ありました、ねぇ」
「まぁ、短い間だったけどね」
独り言でしたが、巴の呟きに斎宮 輪(
jb6097)が答えました。
「うん。それでも確かに、色々とあった……」
輪が久遠々原に編入しいざ一人暮らしが始まると思いきや、その後学園まで巴が追ってきて、住むところのなかった巴はそのままこのマンションに居候。……二人で、色んな思い出をつくってきたなと思います。
「はい、どうぞ、輪、さん♪」
休憩中の輪の前に、日本茶が差し出されます。お盆には輪の好きな和菓子も用意されてありました。
「有難う。巴も一緒に休憩しよう?」
「はい」
巴は輪の横にそっと座り、自然体で二人は手を繋ぎ合います。
「この学園、に、居るのも、あと、少し、ですね」
「……ああ、そうだね」
長いようで短いようだった久遠々原の生活。どれだけ二人の生活が充実していたのかは荷造りされた荷物の量を見ればわかります。この部屋での暮らしと共に、二人は色んな思い出をつくってきました。
その部屋とも、今日でお別れです。荷造りは引っ越しのため。ここにいるのは今日が最後です。
きっかけは、故郷からの電話。
輪と巴、双方の親達から言われたのです。実家に戻ってこい、と。結婚して、故郷で暮らさないか、と。
お二人は今日を持って久遠々原学園を離れ、これから夫婦として故郷に暮らしを移します。……変化する未来に、何も恐れがないとは言えません。
お二人はまだ若く、学園を離れるのに未練がないとは言い切れないほど多くの人と関わってきました。急な生活の変化は、誰だって不安になるものです。
……ぽつり、と。床に滴が跳ねました。
巴の瞳から、いつの間にか透明な涙が流れていました。
「巴……?」
「ごめんなさい、ちょっと、しんみりしちゃって……駄目です、ねぇ。お片付けに戻ります」
照れ隠しをするように巴は目元を隠して立ち上がり、紐で括った本を持ち上げます。
「あっ……」
想像していたより重量があったのか、巴は転んでしまいました。
ばらばらと床に散らばる本。本の角にでも頭をぶつけたのでしょうか、巴は額を押さえて涙目で「……痛い、です」と呟きます。
「……全く。怪我はない? 大丈夫?」
呆れながらも輪は巴を助け起こそうと立ち上がり、手を差し出します。
「輪、さん……」
二人の距離が、近いです。
倒れた巴の目の前に、愛しくて、愛しくてたまらない人の顔がありました。
「巴? どこか打った?」
心配そうに巴を覗き込んでくる輪を見て、彼女は思います。
――ああ、きっと、この人と一緒なら大丈夫だ。
いつまでだって。どこまでだって。二人なら大丈夫だ、と。
驚く輪の首の周りに、巴の両手が回ります。
目を見開く輪の顔がどんどんと近くなり――二人の唇がそっと触れました。
「輪、さん。学園、では、お世話、になりました♪ ありがと、でした♪」
「此方こそ有難う。此れから家に戻った後も宜しくね」
巴は瞳に涙を溜めながら、輪はそんな巴を優しく見つめながら――それでも二人は笑顔でした。
今日と全く同じ明日が訪れることはなく、だから毎日はかけがえのない彩りに満ちています。
撃退士の皆さんは、たった一日きりのかけがえのない、何でもなくただ過ぎて行く日を終え、明日を想いながら眠りにつくのでした。