●地獄の廊下
「隠れてねぇで出てこいや、風穴開けてやるからよぉ!」
麻生 遊夜(
ja1838)が放送室の扉を蹴り破る。が、そこは誰もおらず、機械が音声を流していた。
「先輩、ここにはいないみたいだね。別の場所にいこう」
遊夜の後ろに、影のように付き従うのは来崎 麻夜(
jb0905)。
彼らは黒幕を捜索していた。遊夜は恋人の仇を取るために、麻夜は大切な先輩の傍にいるために。
二人は放送室に他に怪しいものが無いのを確認した後、部屋を出た。
体育館での放送があってから僅か十分。
十分で、この学園は地獄に変わっていた。
血で汚れていない部分を見つけるのが困難なほど朱色に染まった廊下。歩く度足裏が嫌な感触を捉える。
そして――そんな地獄のような廊下を進んだ先には、先客がいた。
「あなた達も殺し合いの参加者かい? 俺は逃げも隠れもしない。正々堂々と殺し合おう」
ランスを構え、仁王立ちする日下部 司(
jb5638)。その後ろには生徒達の死体が転がされている。
「今は機嫌が悪い……手加減なんざしてやれんぞ」
「手を出したのはそっちだし、覚悟は出来てるよね?」
遊夜が二丁拳銃の銃口を司に合わせ、背後の麻夜も同じく二丁拳銃を構える。
両者の距離は三メートル弱――張り詰めた空気が遊夜達と司の間に流れる。
――先に動いたのは司。間合いが敵対者よりも短い司は狭い廊下を駆け、両者に接近する。
壁に囲まれ躱す場所のない司を、合計四つの銃が狙い撃つ――司はその集中砲火を、シールドを前に構えて防いだ。跳弾した弾丸が廊下を掻き鳴らし、鼓膜を突き破るほどの音を立てる。
弾丸を凌ぎきった司は二メートルの距離で武器を切り替え、神速の一撃を放つ。
「――ぐっ!」
両の銃を交差させて攻撃を受けた遊夜が苦痛の声を上げる。直撃し、だらりと腕を下げた遊夜に司は肉迫する。だが――。
「後ろに注意、だよ?」
Shadow Stalkerによって真横に回り込んでいた麻夜が、司の頭に銃を突きつけた。
驚きに目を見開く余裕もない。麻夜の細い指がかかり――。
「こんなことをしても何にもなりません、正気に戻ってください!」
予期せぬ闖入者に、麻夜の注意が逸れた。
やってきたのはユウ(
jb5639)だった。彼女は銃声を聞きつけてやってきたのだった。……殺し合いを止めるために。
彼女の目的は殺し合いをやめさせることだった。ユウはそのために学園中をひた走り、生徒達の説得に当たっていた。
麻夜の視線が司から逸れたのは僅か四半秒。だが、司はその僅かな時間を見逃さなかった。
……気付けば、麻夜の腹からは槍が生えていた。
「……て、てめえッ! よくもッ!」
怒り狂った遊夜の二丁拳銃が火を噴いた。
至近距離からの発砲に、為す術もなく司の頭蓋と腹が穿たれた。
司が力尽きると同時に槍はヒヒイロカネに戻り、支えを無くした麻夜は血の海に倒れた。
遊夜がその頬に触れる。
……もう、息はなかった。
「ああ……私、そんなつもりじゃ……」
殺し合いを止めるはずが、結果的に二人も死なせてしまう原因となったユウが、放心したようにぺたりと床に座り込む。
「ちくしょう……黒幕の野郎……ぶん殴ってやる」
そんなユウに一瞥すらくれず、遊夜はふらふらと廊下を歩いていく。
悲しみか、もしくは怒りか……夢遊病患者のような足取りで歩く遊夜は周りが見えていない――だから、非常階段に潜む影にも、気付くことはなかった。
「あ?」
一瞬だった。
一瞬で遊夜は首を裂かれ、絶命していた。床に倒れた彼の遺体の後ろには仕事を終えた暗殺者、楊 玲花(
ja0249)の姿があった。
「……正直、あのお方が考えることはよく分かりませんが、これも任務です」
凶器となった扇子をパチン、としまい、玲花は呟く。
彼女は黒幕の手下だった。『殺し合い参加者に紛れ、参加者同士の殺し合いを煽る』。それが彼女の任務だった。
そのために彼女はこの非常階段に潜み、単独でここを通りがかった人間を殺し続けている。
玲花は床に転がった遺体を片付けるために遺体に屈み込んだ。
こんなところに目立つ死体などあっては暗殺者が潜んでいます、と自ら宣言しているようなものだ。
そのために彼女は遊夜を背負い――そこで、異常に気付いた。
背後からガラガラガラ、という重たい異音。何事かと振り返ると、防火シャッターが降りてくる音だった。再び前方を見ると、こちらにも防火シャッター。
咄嗟のことで対応できず、玲花は非常階段に閉じ込められた形になる。そして、同時に何かが焦げる臭い――玲花の殺した、別の死体が燃えていた。
「なっ!?」
この密閉空間に炎などが燃えてしまえば、すぐに酸素が無くなってしまう。玲花は焦り、脱出を試みる。
防火シャッターごとき、撃退士としての怪力を持ってすれば壊せないはずがない――普段の玲花だったならば、いとも簡単に出来ただろう。
――しかし。何故だか力が入らなかった。
(これは……毒……?)
気付いた時にはもう遅い。撃退士に効く毒ということはすなわち、撃退士のスキルによる毒である。
酸素欠乏と毒により衰弱し、玲花は意識を無くした。
防火扉の外――玲花を殺した人物であるエリアス・ロプコヴィッツ(
ja8792)は、何がおかしいのかへらへらと笑っていた。
「ふふふ……殺すか殺されるしかないの。だから殺す。いっぱい、いーっぱい、殺すんだ♪」
エリアスが校舎を出た直後、どこかで爆発音がした。おそらく薬品庫だろう。そうなるように彼は仕込んでいた。彼は狂ったように嘲笑し、呪いの言葉を叫ぶ。
「あははは! 天国を呼んであげるね。天国はとっても良い所だっていうもの!」
●喜劇の教室
「うわああ!」
とある教室――叫び声を上げたのは、淀川 恭彦(
jb5207)だった。
「どうしたんだ淀川さん。……ッ、これは……」
恭彦の指すある物を目撃した桜庭 葵(
jb7526)が驚きに喉を詰まらせる。
教室にいた別の生徒達もまたある物を見て驚愕に目を見開き、叫び声を上げた。
それは、死体だった。
――吾妹 蛍千(
jb6597)の、死体だった。
……この教室にいる彼らは、『殺し合いに参加したくない』組だった。
彼らの誰かが提案したのだ。皆で教室に立て籠もろう、と。
集団でいれば殺し合いに積極的な生徒も手を出し辛く、自分達が生き延びる確率が上がる。そうして彼らは集団で教室の一つに立て籠もった。
蛍千が死んだのは、そんな時だった。
蛍千の死は教室内に疑心暗鬼を生む。
誰かが死んだということは、誰かが殺したということだ。そして教室は施錠されている。この中の誰かが殺した……? 羊の群れの中に一匹、狼が紛れ込んでいる……?
そうして始まったのは教室の外と全く同じ、醜い殺し合いだった。
(これは……どう切り抜けましょう?)
鳥海 月花 (
ja1538)は襲ってくる生徒を銃で撃ち殺しながら思考する。
彼女は玲花と同じ、黒幕側の人間だった。しかし、本当はこんなはずではなかった。
月花は殺し合いを望まない生徒達の集団に混ざり、内側から攪乱していこうと考えていた。
――だが、月花は殺していない。
むしろ、自分がその死体の役目をするはずだったのだ。
死んだ振りをするための血糊も用意していた。黒幕が誰か当てようとする人間にヒントを与えて信用させたところで自分が死ぬ……。そんな計画だったが、全てお破産だ。
殺し合いが始まってしまえば死んだ振りなんて出来ない。もはや生きるか死ぬかしかなかった。
二人の生徒が殺し合いをしている。葵は周りの見えていない二人の死角から接近すると、その首を刀で斬った。
「こんなところで死んでたまるか」
葵は呟き、机などの遮蔽物に身を隠し、次の獲物を狙う。
彼女もまた、羊に扮した狼。黒幕側でこそないものの殺害目的で集団に紛れ、こっそりと暗殺していく予定だった。それが狂ったのは、蛍千の死のせいである。
「ここで死ぬわけにはいかないんだ、すまない」
葵はまた一人、周りの見えていない人間を斬殺し、物陰に隠れ潜む。
狂いに狂った密閉空間での殺し合い……。最後まで生きていたのは三人だった。
実力で襲いくる相手を排除し続けてきた黒幕の一味、月花。
周囲を冷静に見つめながら漁夫の利を狙ってきた葵。
そして……。
「ま、待って! 殺さないで! 嫌だ……もう嫌だ……」
教室の隅で頭を抱え、ぶるぶると震える恭彦である。
戦いに参加していない彼は脅威ではない。自分が生き残るには目の前にいる相手を排除せねば、と月花と葵は互いを睨み合う。
口上すらなく二人の戦いは始まった。
――とはいえ、戦い方において二人の差は明白だった。
銃使いの月花と刀使いの葵。互いの距離が離れている以上、どちらが有利なのかは語るまでもない。
葵も机などで遮蔽物に隠れながら善戦するが、次第に月花の凶銃の前に追いつめられていき……。
「Dead end〜♪ お疲れ様でした」
「――くっ」
パン、と渇いた音。
花月の銃が葵の頭を撃ち抜いた音だった。
倒れた葵の死亡を確認し、残った獲物をじっくり殺そうかと顔を上げた瞬間――再びの銃声。その銃弾は、月花の胸に穴を開けていた。
床に倒れ、血を吐く月花。彼女の前に立っているのは、豹変した恭彦だった。
「ハハッ、バーカ。こんなどうでもいいくっそつまんねぇ世界に我慢して付き合ってきたんだ……たまにゲームで遊ぶのも許されるでしょ?」
その眼は狂気の色で満ちている。彼は――ただ『臆病者』を演じていただけだった。
恭彦の狙うは優勝。彼は次なる獲物を求めて教室を出ようと扉に手をかけた。
かたり。
その時、音がした。
「誰だっ!?」
振り向く。しかし動く者はいない。気のせい――? 否、確かに自分は音を聞いた。
「だ、誰か生きてるのか?」
恭彦は銃を片手にゆっくりと死体を確認し、教室を回っていく。
と、その時。
「――こんなところで死んでたまるか!」
振り返ると同時、恭彦は肺を撃ち抜かれていた。
「き、きみ……どこから入った……?」
恭彦が見たのは、先ほどまでこの教室にはいなかったはずの人間――如月 沙希(
jb7727)。
――まさか、吾妹さんを殺したのって……?
そこまで考えて、恭彦の脳は活動することをやめた。
彼女――沙希は、最初からこの教室にいた。
生き残ることしか考えていなかった沙希は、空き教室を見つけ、その教室のロッカーの中にずっと隠れていたのだ。殺し合いをしたくない組がやってきたのはその後だった。
ロッカーに隠れていた彼女は、教室で起きた一部始終を見ていた。
殺し合いの発端となった蛍千の死――無論、それは沙希が殺した訳でもなく、それどころか、誰が殺した訳でもなかった。
蛍千は、自殺だったのだ。
彼の目的は『黒幕の思惑から外れた行動』をすること、そして、『自分の死を体感してみたい』だった。
その目論見は全て達成できたと言えるだろう。黒幕の内の一人は死に、教室では疑心暗鬼の末に殺人が起きた。もしも蛍千本人がこの光景を見ていたなら、
狙い通りの展開にほくそ笑んでいただろう。
教室で一人生き残った沙希は、再びロッカーに隠れる。彼女の目的は生き残ること、教室の外に出るのは彼女にとって論外だった。
●死闘の屋外
「騒がしいですね……」
草刈 奏多(
jb5435)は屋上に寝そべり、ぼんやりと呟いた。
戦いなんてどうでもいい。敵が現れれば倒す、現れないならこのままぼんやり屋上で音楽を聴き続けたい……。奏多の『殺し合い』に対してのスタンスはこのようなものだった。
時折うるさい音が聞こえるが、ここは平和だ。敵はいないし、邪魔する人間もいない。
そんな彼の一人だけの時間は――終わりを告げる。狂乱の叫び声と共に。
「弟に……弟に合わせろおおおおお!!」
屋上の扉を荒々しく開け、入ってきたのはルルディ(
jb4008)。その目は煮込んだスープのように濁り、正気にはとても見えない。
「おや……騒がしい人がやってきましたね……」
どう見ても話し合いが通用する相手ではない。となれば、やることは一つだ。
むくりと奏多は起き上がり、武器を持つ。
ルルディは血管が張り裂けそうなほどの大声で、悲痛な叫びで床を震わせる。
「死ぬのより……殺すのより……弟に会えないのが苦痛だってぇのおおお!」
ルルディの背から血のように赤い翼が生える。それはまるで、ルルディの心の痛みを象徴しているかのような赤さだった。
そうして……屋上で二人の戦いが始まる。
屋上で死闘が演じられる一方、その真下――校庭では、戦いとは無縁の弛緩した空気が流れていた。その原因が――。
「やれやれ……サツバツとしたヨノナカなんだよっ(;´Д`)」
新崎 ふゆみ(
ja8965)である。彼女はどこから持ってきたのか机を並べ、その上には飲み物が置かれている。その机にテープで張り付けられた紙には手書きで『無料休憩所』と書かれてあった。
「こうゆーことするから、ニュースでザンギャクヒドーなワカモノたち、って言われちゃうんだよっ★」
意外なことに、ふゆみの『無料休憩所』は盛況だった。
最初の内は誰もが罠を疑い、近寄りもしなかった。
しかし、ふゆみの能天気な姿に生徒達はほだされ、次第に生徒達がここに集まるようになった。
今では各自が教室から持ち寄ったイスに座って歓談し、寄合所のようになっていた。
――そんな休憩所に、暗い顔をした生徒が一人。
「はぁ……新崎さんは凄いですね……」
ユウだった。彼女はいまだ目の前で殺し合った二人の死を引きずっていた。
「あれえ、ユウさんどうしたの? 元気ないねえ(;´Д`)」
「新崎さんはこうやって皆を励ましているのに、私は何の役にも立たないなって……」
「ユウさんっ! そんなことないよっ☆ その気持ちがここでは大事なんだよっ☆」
「新崎さん……はいっ。ありがとうございます」
こんな状況でもマイペースなふゆみだったが、こんな状況だからこそ彼女のお気楽さは人を惹きつけた。
お手製の休憩所に集った面々は、中の殺伐さが信じられないほどの平和な顔で、時を過ごしていく……。
――そうしている間にも、屋上の決着はついていた。
空中を旋回するルルディとその召喚獣。空中への攻撃手段を持たない奏多の負けは最初から明白だった。
今にも倒れそうなほどに傷ついた奏多だったが――しかし、その顔は笑っていた。
「何がおかしい……何がおかしいんだよおお!」
奏多の表情を余裕の表れだと受け取ったのか、ルルディが叫ぶ。奏多はそれでも表情を崩さず、屋上の柵によりかかる。
「別に……」
奏多が掠れた声で呟く。
「別に自分は死ぬとかどうだっていいんですよ……死んだら両親の元にいくだけですから……」
その言葉に、ルルディは目を見開いた。
それは心のどこかに響いて――。
先ほどまでの戦いで壊れかかっていたのか、奏多のよりかかっていた柵が音を立てて崩壊し、半死半生の奏多は空中に身を投げ出された。
「ああ……今いきますよ……」
地上に墜ちる奏多は最後まで笑顔だった。それを見つめるルルディはどこか羨ましそうで。
「うわあああああ!!」
弾けた。
胸の内にある鬱屈した感情を全て破裂させるように大声を張り上げ、手近にいた召喚獣と共に急降下していく。彼の行く先にはふゆみ達の休憩所があった。
「え?」
空から突如飛来し襲いかかった召喚獣。その爪は深くふゆみの胸を貫いていた。
「新崎さん! 新崎さん!!」
ユウが肩を揺さぶるが、ふゆみはぐったりと項垂れて反応しない。命が抜けていくような音を聞いたような気がした。
ルルディの空からの奇襲に、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う休憩所にいた人達。が、そこは彼らも戦い慣れた撃退士。集団による戦闘でルルディは逆に追い詰められる。
「……駄目ですっ! 殺さないでください! 殺し合いは何の解決にもなりません!」
涙を振りはらい、ユウは言った。ユウの言葉に一瞬撃退士達は気後れする。その隙にルルディは体勢を立て直し、空中で召喚獣と共に旋回する。が、
「あれ?」
銃声。突如、ルルディの力が抜けた。狙撃は集団からではなく、別の場所からだった。
自分の見ると、自分の胸に大きな穴が開いていた。
生命力が無くなり、召喚獣と翼が消える。落下していく中、不思議と心は澄んでいた。
「ああ……そっか。さっきの人もこんな気持ちだったんだ……」
落ちる中、ルルディは慈しむように空に手を伸ばす。
「今帰るよ……待っててね。ボクの宝物……」
彼は地面に落ち、そのまま動かなくなった。
「うあああああ!」
叫び声はユウのものだった。
また目の前で人が死んだ。また、二人も。
無力感がユウの胸を苛み、苦しめる。頭を抱え込んだユウはやがて顔を上げ、虚ろな目で校舎を睨む。
「止めさせなきゃ……絶対に……こんなもの」
ユウはふらふらと校舎へと歩いて行き……やがて、その集団の前から姿を消した。
その後、ユウの姿を見た者はいなかった。
●観察者
「お疲れ様……お休み」
ルルディを撃ち抜いた狙撃手――舞鶴 希(
jb5292)は乗り出していた窓から教室の中へ戻り、銃をしまった。
(さて……ここからどう動こうかな)
殺し合いが始まるに当たり、彼は静観を決め込むことにした。黒幕側、対黒幕側……どちらが優勢なのかわかるまで。優勢の方を味方することにして。
そこで希は外での争いを見つけ、一番目立っていたルルディを狙撃した。だが、この判断は果たして正しかっただろうか――? 希は自問する。
(まあ、やっちゃった後に考えてもしょうがないよね)
ぺろりと舌を出し、希は服に付いた埃を払う。――その時、後ろで教室の扉を開く音がした。誰かが、入ってきたのだ。
「あんたも観察組かい?」
そこにいたのは、ゴンザレス 斉藤(
jb5017)。冷静な表情は、何を考えているのか思考を読みづらい。彼は淡々と喋り出す。
「人って面白いよな。極限状況に流されたり、むしろ自分を強くもったり……実に興味深かった。けど、そんな奴等を見てたらうずうずしてな。……あんた、俺と殺しあわないか?」
言って、ゴンザレスは刀を持ち上段に構える。
希は早くも銃を使ったことを後悔した。最悪だ。銃声のせいで、こんな奴を呼び寄せてしまった……。
いまだ武器を構えていない希から先手を取ろうとゴンザレスが教室に踏み込むが、二歩踏み込んで彼は異常に気付き、足を止めた。
教室には縦横無尽にワイヤーが張られていた。もう一歩、ゴンザレスが踏み込んでいたらその首をワイヤーが切り裂いていただろう。
「……よく気が付いたね」
顔を上げた希がにやりと笑う。彼は今自分のいる教室に罠を仕掛けていたのだ。
次いで希は手榴弾を破裂させ、煙幕代わりにゴンザレスの視界を奪う。
「むっ……逃げられたか」
煙が晴れた時、そこに希の姿はなかった。
「誰が逃げたって言ったかな?」
――側面から撃たれた銃弾に反応できたのは運か実力か。ゴンザレスは刀で銃弾を弾く。それを見て希は明鏡止水で気配を隠し、潜行しながらゴンザレスの死角から攻撃を仕掛ける。
……この場所は希の領域。そこに足を踏み入れてしまったゴンザレスは飛んで火にいる夏の虫だった。
そして、別の場所でも新たな戦いが始まろうとしていた。
「フフフ……匂う、匂うわ。こっちから殺し合いの匂いがするねぇ……」
黒崎 死音(
ja9757)は廊下に血の痕を点々と残しながら進んでいく。
彼女自身の血でないことは、床に転がる死体から明白だった。
死音の向かう先は――美術室。彼女はそこの扉をワイヤーで切り刻んで開けた。
「お邪魔しま〜す! ボクも殺し合いに交ぜてくださぁ〜い!」
美術室には無残な戦い跡。壊れた机、砕け散った石膏像。そして部屋の中心には二人の人間がいた。
「やれやれ……千客万来だ。しかも、これまた話の通じなさそうな相手か」
『……』
一人はアイリス・レイバルド(
jb1510)。そして、もう一人は道化の恰好をした男、ヒース(
jb7661)だった。
アイリスとヒースは互いに観察を良しとする人間だった。積極的に殺し合わず、かといって黒幕を捜し出すでもない。
――しかし、二人は出遭ってしまった。
遭ってしまえば戦うしかない。美術室で戦い合うこと数合――そんな折に現れたのが死音だった。
「私が言えたものでもないが……一応聞いておこう。君達は黒幕探しはしないのか。このようなことをしても不毛だぞ」
アイリスは二人に向けてそう問うた。時間稼ぎでもなく、命乞いでもなく、ただ純粋に自分の興味として。
人を殺すほどに彼女は狂っていないが、この状況で好奇心を優先する彼女は常軌を逸している。彼女もまた狂人だった。
『……』
その問いに、ヒースは無言。それとは対照的に死音は興奮した様子で饒舌に返す。
「黒幕? そんなのどうだっていいじゃないかい。殺してもいいなら、殺すしか、ないじゃないかぁ〜。――ねぇ、君、死神の足音、聞こえるかい?」
言うと同時、入口近くにいたヒースへと死音は襲いかかる。
ヒースは踊るようにそれを躱すが、そのステップが地面に着くと同時、死音のワイヤーが蛇のようにヒースを追ってきた。
「……!」
不自然な体勢でヒースはそれを回避し――はらりと彼の長い髪が広がった。死音のワイヤーはヒースのリボンを切っていたのだ。
途端。
ヒースの殺気が膨れ上がった。
先ほどまで存在感の薄かったヒースは、その殺意だけで人を殺せるほどの怒りの感情を死音にぶつけている。
激昂するヒースは死音へ肉迫する。
「隙だらけですよぉ〜」
ワイヤーがヒースを狙う。ヒースは避けられなかった。……否、避けなかった。
体中を切り刻まれながらもヒースは致命傷を避けている。ついには、ヒースは死音の懐へと潜り込み……大鎌で、首を刎ねた。
転がる死音の首は、笑顔だった。
「――加減はするが、死んだら運が悪かったと思え」
――しかし、すぐ近くまで接近していたアイリスに、傷だらけのヒースは反応できなかった。
アイリスは振り上げた強靭な拳を、ヒースの腹に叩きつける。
ヒースは壁まで吹き飛び、動かなくなった。後ろの壁にはその反動で亀裂が走っている。
どうやらヒースはまだ生きているようだった。指先が痙攣するように動いている。
「さて、これで観察に集中できる」
もとより殺すつもりはなかったアイリスは、美術室を後にする。首のない死体と、物言わぬ道化だけがそこに残された。
……そして、希とゴンザレスの決着もついていた。床には鎚で頭蓋を粉砕されたゴンザレスの。立っていたのは全身を血だらけにした希だった。
「全く、こんなに汚れたんじゃもうこの教室は使えないね……」
治癒膏を使いながら、希はその教室のドアを閉める。
「そっちから襲ってきたんだから、悪く思わないでね」
そうして希は歩いていく。人を殺したばかりだというのに、動揺一つせず。
●裏切り者
「一緒にこの危機を脱しましょう。大丈夫、わたくし達なら絶対にできますわ」
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)が、集団を鼓舞していた。彼らはふゆみの『休憩所』に集まっていた人間だった。シェリアと彼らは黒幕を見つけるため、学園中を探索している最中だった。
ふゆみを失って落ち込む彼らを立ち直らせたのはシェリアだった。自分達は彼女の分まで生きねばならない、皆でここを脱出しましょう。シェリアのそんな言葉に励まされ、義憤に燃えていた。その集団の中には森田良助(
ja9460)の姿もある。
集団が廊下の曲がり角にさしかかった時、前方から悲鳴が上がった。
「きゃああぁ! た、助け……っあぁ」
何事かと彼らが廊下を曲がると、そこには彼らにとって最も出くわしたくない相手がいた。
「くふふ、可愛い子が……いぃっぱいだねぇ……」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)――殺人鬼であることを隠そうともしないニタニタとした笑い。血に塗れ、床に転がる死体を愛おしそうに撫でる彼は間違いなく、彼らにとって天敵だった。
「くそ、怯むな。こっちは大勢だ!」
集団の誰かが叫び、何人かの生徒が彼に攻撃を仕掛ける。
「おいっ、駄目だ! 逃げろっ!」
良助が叫ぶが、遅かった。
ジェラルドに仕掛けた生徒達は一瞬にしてその生を刈り取られ、物言わぬ死体と化す。
殺し合いも終盤――ここまで残った参加者は、間違いなく相応の手練れ――!
「あはぁ、いいよ……その絶望の表情……命の消える音……苦鳴、嗚咽、命乞ぃぃ☆」
ぎらぎらと目を光らせ、ジェラルドは頬についた血を舐める。
「皆さん、逃げますわよっ!」
シェリアの声に我に返り、集団は散り散りに逃げていく。
「い、いや、待って! 助け……」
逃げ遅れた生徒が、ジェラルドに捕まる。その首をゆっくりと、愛でるようにジェラルドは絞めていく。
「くふふ、大丈夫だよ……死体になっても可愛がってあげるからねぇ……」
途絶えた悲鳴を振り切るように、彼らは脱兎のごとく廊下を走る。静かな空間にその足音は響き、新たな殺人鬼を呼び寄せてしまう。
「うぷぷぷぷ殺し合い最高だよ!! 殺し合いなんだよ!! 殺し合いなんだから、殺し合え!!」
夜劔零(
jb5326)、彼もまたここまで生き残った殺人鬼だった。
「お……おい、見ろッ! あいつの手に持ってる物……あれ、ヒトの頭じゃねえか!?」
誰かが悲痛な声で叫び、零はニヤリと笑うとその手に持ったものを投げつける。
「怖いか!! 怖いよなぁああ死ねぇええ!」
あまりにも非人道的な行い――それは、集団の闘気を失わせる。怯えた生徒は逃げる間もなく、零の手により死体に変えられていく。
集団はさらに散り散りになっていった。
「ハァ……ハァ……。ここまでくれば大丈夫か」
屋上に逃げてきたのは男子生徒とシェリア。屋上にも戦いの痕跡が残っている。しかし敵はいないようだ。
安心した生徒は「ふう……」と溜息をつき、シェリアから背を向けた。――瞬間、彼は背中に短剣を突き刺されていた。
「そんな……何で……?」
「ふふ…信頼していた人に裏切られる気分は如何かしら? ヒャハ、残念でした! わたくしは最初から黒なのよ!」
最期に見たのは、豹変したシェリアの姿だった……。
「おーい、きみ達も黒幕探しだよな? 俺達と一緒に行動しないか?」
同じく散り散りになり二人組で行動していた良介が、前方から歩いてくる人間に声をかけた。歩いてきたのは大路 幸仁(
ja7861)とアレス(
jb5958)だ。
「あァ? 断る。誰が敵かわかったもんじゃねぇからな」
アレスは言い、良介の横を走り抜ける。
「今から攻撃しかけてくる奴ァ殺人鬼とみなす! 違う奴ァ向かってくんなよ!」
「……そういうことだ。お前達も気を付けるといい。どっちかというと、問題なのは黒幕ではなく、それを機に殺戮者になる側だろうから」
ぽん、と良介の肩を叩き、アレスの後ろを幸仁は追いかける。
――一瞬。
良介と幸仁の視線が交錯した。
「そうか。気を付けろよー! その階段の下には殺人鬼がいるぞー!」
二人の去っていく場所はジェラルドの潜んでいた所だ。最後に良介は去っていく二人にそう声をかけた。
それにアレスは「むしろ好都合だ! ぶっ倒して黒幕の居所聞き出してやらァ!」と返して階段を降りていく。
「あまり深入りしないほうがいい気がするけどな……」
と呟く幸仁の声は、もう遠かった。
その後ろ姿を視線で追いかけ、良介の連れの生徒が呟く。
「なんだったんだ、あの二人……。なあ森田君。この後、僕達どうする?」
彼が振り返ろうとした時、彼の頭の後ろに冷たい金属が突きつけられた。
「……じょ、冗談だよね森田君?」
彼はそっと横の窓ガラスを確認する。そこには、銃を突き付けられ、今にも撃たれそうな自分の姿があった。
「悪いけど、僕はある人の命令で動いてるんだ。だから死んでくれない?」
ぱん。
音はそれだけだった。その男子生徒の顔は、絶望に歪んでいた。良介は笑顔のまま、踵を返す。
「さてと、それじゃあまた生き残りを探さなくっちゃな……」
良介もまた、黒幕側の人間。彼は新たな犠牲者を狙い、学校を歩く。偽善の面を被って。
「くひ……そっかぁ……ゲームオーバーかぁ☆』
ジェラルドが床に倒れる。廊下での宣言通り、アレスと幸仁はジェラルドに勝利していた。だが……その代償はでかい。アレスは全身負傷し、特に足へのダメージがひどく最早立ち上がることすら出来なかった。
「……くそッ。めちゃくちゃしやがるぜコイツ……」
悪態をつきながらアレスは手がかりがないかジェラルドの衣服を探る。すると怪しげな紙を見つけた。
「見ろよ大路。これ、何か大事そうなものじぇねえかァ……」
そう言われ、幸仁は屈み込んでその文面を見る。血に塗れたそれは読み辛く読み取れるような言葉は一言、
『私は死体に扮する』
これだけだった。
「死体だァ……? 大路、どう思……ッ――!」
アレスは最後まで言葉を発することが出来なかった。
「だから深入りするなと言ったのに……」
「……てめえ」
アレスが最期に聞いたのは、どこか悲しげな幸仁の声だった。
●???
悪夢は未だ終わりが見えない。
死者は何も語れず、生き残る者は狂気に酔っている。
これからも殺し続けるだろう、死者を増やし続けるだろう。これらは全てただの夢、夢なら狂気も許されよう。だからまだまだ殺し合おう。
――無人となった体育館。ここには殺し合いの引き金となった、一人の生徒の死体がある。
不意に、その死体が動いた。
死体だったはずの彼はむくりと起き上がると、殺人鬼が跋扈する校舎へと歩みを進める。
……生き残った生徒へ、称賛の拍手を贈るために。
あわよくば、自分もその狂気に浸ってしまおうと……。