各所でサイレンの音が鳴り響き、至る所で火の手が上がっている。町は怪獣映画さながらのパニック状態となっていた。
『がおーーー』
……しかし、肝心の怪獣はと言えばクレヨンで子供が描いたような緊張感のない姿だった。それでも脅威は脅威。何せ腐ってもドラゴン。見た目よりも本当は強いのだ。
「――けど、今のあんさん方なら勝てる、勝てるでー! さあ、今こそその力を見せつけるんやー!」
チート妖精がばっと後ろを振り返る。そこには八人の撃退士が並んで立っていた。
「まずは私の出番ですね」
一番槍を務めるのは海城 阿野(
jb1043)。彼が妖精さんに願ったのは、カオスレート以外全て1000の能力! 強い! もはや説明不要!
「私は強い力に憧れているので♪ こういう時って欲望をさらけ出さないと勿体無いでしょう?」
そう言って妖精さんから力を貰った阿野。まさしくその強さは世界最強レベルの撃退士!
一足の踏込みから一瞬にして30メートルは離れていたドラゴン達との距離を詰める阿野。移動力1000は伊達じゃない!
『がおーーー』
ドラゴンが口から火を噴いて迎撃しようとするが、回避1000の撃退士に攻撃が当たるはずもない。竜の口から放たれる炎や爪を舞踏でも舞うように掻い潜り、ドラゴン達の密集する地点へ移動する。
氷の夜想曲――阿野を中心として氷河期すら連想させるほどの吹雪が激しく吹き荒れ、ドラゴン達を駆逐していく。
「うわ……凄いですねこれは」
自分で自分の力に驚いている阿野。仲間を倒されて怒り狂うドラゴンの攻撃をいなしつつ、阿野は考える。
(もしかして……この力があれば世界を物理的に壊すことが出来るのではないかしら……?)
人知れず、阿野は黒い笑みを浮かべた。
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が阿野に続く。ソフィアは跳躍だけで軽く民家の屋根に駆けあがると、ドラゴンの炎が届かない位置からFiamma Solareを解き放つ。
「狙われると危ないからね。徹底させてもらうよ」
その火球は太陽のような――というよりも太陽そのものの熱でドラゴン達の体を溶かし、彼女の火球が通り過ぎた後には骨すらも残さない。
あ、ちなみに彼女の魔法攻撃力は5000000です。ゼロが6つもあります。
……ええとですね、このドラゴンもどきはですね、決して弱くはないはずなんです。見た目こそちゃっちいですけど、普通に強いはずなんです。
それがなんというか、一撃で三千回以上生き返っても大きなお釣りが返ってきて死ぬくらいのダメージを与えてのオーバーキルです。純粋にすげえ。
「こういう依頼だが……いつも通りさ。僕が止めて、君がぶっ飛ばす、ってさ……」
「せやな、いつも通り……うちはぶっ飛ばせばええ」
こちらはコンビで依頼に入ったイスル イェーガー(
jb1632)とミセスダイナマイトボディー(
jb1529)。ミセスは攻撃に特化、イスルは防御に特化した改造を行っている。
――ミセスダイナマイトが動いた。
その巨体で不思議なほどの俊敏さでドラゴン達に肉薄し、体内のアウルを爆発させる。
ファイアワークス――もはや花火というよりも火災事故のような炎が爆発四散し、数体のドラゴンを屠っていく。……まあぺらっぺらのドラゴンだしよく燃えそうだよね。
炎の間隙を縫って一匹のドラゴンがミセスに襲いかかる。――それを、イスルが横から攻撃の射線に割って入り、防壁陣が防いだ。
……うん、当然だけど最低保証分のダメージしか入りませんね。今の攻撃をドラゴンが200回繰り返してもよっぽど当たり所が悪くない限りイスルは倒れません。
「ちょっと遊び過ぎじゃないか? ……まあ、そういうところも君らしいがね……」
「今のイスルは、まぶしくて一段とええ男やわぁ」
そしてすかさずいちゃつき始めるお二人さん。……末永く爆発しろ!
……さて、ここで『彼女』のことを語る前に「移動力」について改めて解説しておこう。「移動力」とは、1ターンにいくつのスクエアを移動できるかの数値である。1ターンは5秒程度であり、1スクエアは2メートル。移動力5ならば5秒間に10メートル、移動力10なら20メートル移動できる計算である。
「さァ、楽しくいきましょうかァ……すべてを吹っ飛ばすゥ♪」
そして――彼女、黒百合(
ja0422)。彼女の移動力は5000! 時速換算で7200キロメートル!! 推定マッハ6。音の進む速さよりも6倍速い! ……なにそれこわい。空想なんとか読本も驚きの数値である。
黒百合はニンジャヒーローでドラゴンを人気のない場所まで引き付け――その脚力を一気に爆発。盾を前方に構えた体当たりでドラゴン達を蹴散らしていく。
当然、マッハ6の体当たりはそれだけでは飽き足らず、彼女の周囲に巻き起こるソニックブームは地面を抉り建物を切り裂き、あらゆる物を吹き飛ばしていく。彼女が走った後にはもはや生きている物はなにも無かった。……ただの体当たりデスヨ?
「んー、大地が綺麗に整地されたわねェ。まァ……形あるものはいつかは壊れるものだから仕方が無いわよねェ♪」
黒百合は自分が走ってきた道のりを振り返り、そう言った。
そんな彼女は自分の防御力だけは上げているのでマッハ6の速度にも耐えられるのだった。
『さてさて、それであんさんらの変えたい能力値は何なんや? まだ変えていないのは二人だけやで』
妖精がルチル・スターチス(
jb7031)とヒロッタ・カーストン(
jb6175)に振り返って言う。二人はまだ変えたい能力値を妖精に申告していなかったのだ。
「そ、その、あの、な。できることなら……ごにょごにょ」
ルチルは耳打ちで、自分の願いを妖精に言った。
『――なんやて、胸の大きさを変えてほしい!?』
「お、大きな声で言うな!?」
『……ほぉ〜』
妖精はじぃーーっとルチルの胸を見つめ、あまりに露骨な視線に耐えかね両手で胸を隠した。
「な……何だ?」
『あんさんはそのまんまの方がいいと思うで!』
残念! 妖精は貧乳好きだった!
「な――な、ななななな何を貴殿はそれでも妖精か!?」
完全にセクハラ発言の妖精にルチルは顔を真っ赤にして狼狽える。
『えーやないのー貧乳は日本人女性の誉やで。もっと誇れや』
「う、うううるさい! それで、出来るのか!? 出来ないのか!?」
『出来る訳ないやろーそないなこと』
「……くっ。な、ならば命中だ。命中を最大値まで上げてくれ!」
『それならお安い御用や』
ところでこのゲームの最大値っていくつなんでしょうね?
能力値1000が一握りの撃退士のみという事になっていますが、このシナリオではもう5000とか5000000とかって数値が出ていますし……。
うん、とりあえず6億とかそのくらいにしておきましょうか、ルチルさん可哀想だし。もう何やっても当たるレベル。目隠しして片手間にスマホいじりながらでも吸い寄せられるように敵に攻撃が当たるとかそんな感じ。
早速手に入れた能力を使いルチルはドラゴンと対峙する。どんな攻撃も百発百中! ……ところが、当然攻撃値はそのままなので1D6しかダメージの通らないルチルなのだった。
ヒロッタはまだ何を上げるのか悩んでいた。しかし、今のルチルを見ていて何かを思いついたようだった。
「よし、決めたっ! 僕が上げるパラメータは、身長ぅ! 上げ幅は100倍――いや、10倍で!」
『し、身長!? そんなん出来る訳ないやろ……ん? いや待てよ』
妖精はよくよくキャラクター情報の欄を眺め、考える。――うん、確かに身長はキャラクター情報のところには書かれている。むむむ……。
『よっしゃ、特例でおっけーにしたるわ。十倍やな?』
妖精がステッキを振るとヒロッタがぐんぐんと伸びていく。体が大きくなって服が破れるとかそういうお約束は今回はなしだぞ! 夢の中なのでそこら辺はふわっとしているのだ。
そうして伸びて伸びて、ヒロッタの身長は16メートル70センチ! ……あれ? 意外と小さい?
いやいや、魔法攻撃5000000とかに引っ張られているだけで普通に凄い数字だ!
ギネスに載った最も高い身長は272センチ、その高さの6倍はゆうに超えている! 普通の民家は10メートル以下で建築されているので彼の視線は多くの家の真上を捉えているはずだ。……というか、こんな事が出来るなら間違いなく胸だって大きく出来たよね?
「ジャンジャンジャーーン♪ みんな避けてね〜♪」
ヒロッタは大きくなった体で氷結晶を発動。その大きさは現在の巨大ヒロッタの拳と同じビッグサイズ! おまけにこれ、アウルの力とかじゃなくて本物の自然現象! 何の弁解の余地無しに隕石級の氷が空から飛来し、町が破壊されていく!
……けれど、攻撃力そのものは上がっていないため、ドラゴンへのダメージはさほどでもない。これきっと町の被害の方が多いんじゃないですかね……?
正しく怪獣映画さながらの光景となってきた町の様子を、ジャル・ジャラール(
jb7278)は一人眺めている。
彼女もまた、妖精に能力値を変更してもらった撃退士。なのに何故、戦闘に参加しないのだろうか。――答えは、その規格外の数値にあった。
ジャルは、妖精にこのように言ったのだった。
「ではまず――わらわを世界の王足るに相応しいステータス……つまりすべてのステータスを∞と表示することを命ずる!」
無限、である。
一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、抒、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祗、那由他、不可思議のさらに上の数字である。――もう世界の王とかそんなレベルじゃなくて『神』とかそのレベル。
しかし、彼女は神のステータスを手に入れた代償として、一切身動きが取れなくなってしまっていた。考えてもみてほしい。∞の攻撃力で敵に攻撃をした場合、どんなことが起きるのか。
……いや、もう地球壊れます。
そんな訳でジャルは町が壊れゆく様子をずっと眺めているのだった。
ドラゴンっぽい生物の大群は、着実に数を減らしていた。それを上回る勢いで町は壊滅していっている気がするがとにかく敵の数は減っていた。
楽勝ムードが撃退士達の間に漂う中――異変は突如として起こった。
凄まじい光がドラゴン達の間に広がる。あまりの光量に、彼らは腕で目を覆う。
「な、何が起きたの?」
ソフィアが呟き、目を開けた彼女の目の前に広がったのは、さらに凶暴化しているドラゴン達の姿。
その頭の上にちょんと乗っかっているのは、先ほどまで味方だったはずの妖精。ドラゴン達を強くしたのは彼なのだった。
『正義の味方っちゅうのも飽きたんでな! 世界支配したるで!』
一気に撃退士達に匹敵する能力値を手に入れたドラゴンっぽい生物達! なんだかんだでドラゴンと撃退士達の勝負は拮抗し始めた。
「……くっ、チート妖精! あんさんなにおもろない世界にしてどないするんや!」
ミセスがドラゴン達の攻撃を掻い潜り、飛び上がってアステリオスを妖精に放つ。――が、その攻撃は横から何者かに弾かれた。
それを弾いたのは、阿野の剣だった。
「――あんた、どういうつもりや!? 敵は向こうの妖精やろ?」
「うふふ……貴方達は私にとっての悪ですから……向かってくるなら全力で相手しますよ! あっはははは!」
あまりに能力値が強くなってテンションがハイになってしまった阿野さん。まさかの悪堕ち!
阿野は剣を振り上げミセスに襲いかかるが、横からイスルが割って入りそれを阻止する。
「相棒に剣に向けるのなら、容赦はしない……」
……あ、でも、イスルさんってカオスレートを天使寄り最大ってしてるんですよね……。対して阿野は−50だから……うん。阿野の一撃でイスルの体はぶっ飛び、力尽きて倒れます。
「――イスルッ!? ……よくもやりおったな。仇はうちがとったるで!」
相棒を倒され、こちらもテンションハイになるミセス。光纏するとなんと体が激痩せするが、胸だけは爆乳! どこかの貧乳天使が恨めしそうに見ている!
ミセスと阿野の戦闘はドラゴンと妖精そっちのけでヒートアップしていくのだった……。
「悪いことしようとする妖精には――お仕置きしないとだよねっ!」
ソフィアのLa Spirale di Petaliが妖精に炸裂する。嵐よりもなお激しい風が吹き荒れ、妖精に直撃するが――彼は微動だにしない。
『わいの防御力は――5億や。その程度の攻撃は効かへんで』
「音速のォォォォ、ファイヤー○イダーキックゥゥゥゥク」
続いて黒百合が全身火の玉状態で妖精に飛び蹴りをかます。マッハ6の飛び蹴りはしかし――妖精の片腕に止められていた。
『だから効かん言うてるやろ?』
にやりと笑い、掴んだ黒百合の足首を放り投げた。その先にはソフィアが
「仲間のピンチは僕が救うぅぅぅ」
「この碧空に賭けてその野望を阻止してみせる!」
ヒロッタとルチルもまた加勢に入るが……うん、あなた達ではステータスがそこまで変わってないので無理です。取り巻きのドラゴン達の攻撃で、二人はばっさり倒された。
『よっしゃ―! この調子で天下取ったるでぇー!』
「私と妖精さんがいれば怖い者知らずです! あっははは!」
荒野と化した町の中心ですごく悪役っぽい高笑いをする阿野と妖精。……うん、でもこういう場面での高笑いって死亡フラグですよね。
正にその時、二人は急に背筋が寒くなるのを感じた。――何かが近づいてくる。とんでもない力を持った、何かが。
「そこまでだ……うぬらの蛮行、世界の王として見過ごす訳にはいかん」
――そこには、無限の能力値を手にした世界の王ことジャルの姿があった。
ジャルが歩く度大気が泣き出すように震え、大地が鳴動する。圧倒的――正に圧倒的である。
∞の前にはどのような数値も無意味。全ての数字の上を行くもの――それが∞なのだから。
『ま、待たんかいっ! あんさんを攻撃したら、地球がどうなるか――』
「うぬらに征服されるよりかはましだぞ」
『……っく!』
ジャルのオーラに気圧された妖精がステッキを振るう。ステッキの光は対象のステータスを変更させる能力がある。――しかし、ジャルの能力値は全て∞であり、回避もまた∞。一瞬にしてジャルは視界から姿を消すと、妖精の後ろに回り込み首根っこを掴んだ。
『――ヒッ! ゴメンナサイわいが悪かっただから許してー!?』
「許さん」
攻撃値∞のパンチが妖精の顔面に直撃。
その余波で大地が砕け天が裂け海が蒸発! それだけにとどまらず世界中の各所で天変地異が発生し、なんかもういろんなものがしっちゃかめっちゃかになり地球が爆発! 宇宙から消えて無くなった!
……これが、地球という星が存在した最後の記録である。
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「なんて夢なの……疲れてるのかしら」
……とまあ、こんな夢から覚めた阿野は頭を抱えて悶絶したという。