●北
僅かに吹く微風には、戦場の匂いが混じっていた。
北の地からやってくる異形の兵達は四体。
いずれも人型だが、それ故に頭部のみがヒトではない彼らの姿は見る者に嫌悪感を抱かせる。その化物達の前に、立ち塞がる者達がいた。
「サーバントの方も気になりますけど、私は私の仕事をしないとですねー」
エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)はマイペースに呟く。敵が迫ってきているというのに、彼女に気負った様子はなかった。
桐原 雅(
ja1822)は南を一度振り返り、遠くの様子を見る。
「片方を逃がして被害が増える、なんて事にはさせないよ。大変なのは承知の上だけど……」
南では今頃、別行動の撃退士達がサーバントと交戦しているはずだ。
彼女達の役割は、別働隊がサーバントを撃退する間、ディアボロ達を食い止める事。人数はサーバントの方に割いたため、こちらの方が数は少ない。
――それでも、頑張ろう。
雅はその青色の瞳に、静かな闘志を燃やす。
(男俺一人かよ……やりづれえ)
カイン 大澤 (
ja8514)は無表情のまま、心の中で毒づく。
カインはショットガンを活性化し、前方から迫るウォーリアーに放った。――それを、空から降りた石鳥頭が受け止める。
全身石で出来た兵は意に介した様子もなく、低空飛行で蛸頭の兵達の横に並ぶ。
(ま、そうだよな)
カインは武器を大剣に持ち替え、迫りくる敵に備えた。
――前門の虎、後門の狼と云う言葉はありますが……まさにその通りですね。
織宮 歌乃(
jb5789)は夜の水面のように静かに目を瞑る。
「ですが、諸共斬り捨てて往くのみ――元より、天魔を祓う剣なればこそ」
目を見開いた瞬間、彼女の体を中心に周囲一帯に結界が描かれた。この四神結界の中にいる限り、仲間が受ける攻撃は軽減される。
既にディアボロ達もこちらを敵と認識している。四対四――数の上では互角。
これより先、一方が全滅するまで戦いが終わることはない――。
戦端を切ったのはエリーゼの魔法。
遥か上空で翼を広げ、地上の敵へと雷を落とすその様は、正しく古よりヒトが怖れた天災そのもの。しかし――。
石の怪物目掛けて放たれたそれは、横から割って入ったウォーリアーのコートに弾かれる。
そのコートの後ろから庇われた石鳥頭が、奇声を上げて雅へと襲いかかる。
(……ッ。敵の連携……魔法をブラッドウォーリアーが弾いて物理を石鳥頭が護る。厄介だね)
横跳びで回避し、僅かに上腕を切り裂かれた雅は、痛みに僅かに顔をしかめながらも戦況を分析する。
「……前から思ってたんだが、お前戦い嫌いだろ」
――カインが、自らの剣へと語りかけていた。
「V兵器に改造したのも正直悪いと思ってるし、お前が胸糞悪いやり方で作られたのかも知ってる」
剣は語り返さず、赤き刀身を光らせるだけだった。けれどもカインは、語りかけるのをやめない。
「……でもさ、理不尽に人が殺されるのは気に食わないだろ。だから少しでいい、力貸せ」
剣を握り締めるカインに、蛸頭の兵士が剣を振り上げて肉迫する。
――振り下ろされたその真紅の剣を、受け止めるのもまた赤き剣。カインとウォーリアーの剣が交差し、十字を描く。
「ちょっと語りかけただけで、随分切れ味が良くなったな。どんどん頼むわ」
鍔迫り合いからふっと力を抜き敵の体勢を崩す。つんのめって爪先で体重を支えたウォーリアーの背面を、カインの神速の一撃が切り裂いた。
――されど、切り裂かれたブラッドウォーリアーはいまだ健在。すぐさま剣を握り返すと、低い体勢のまま剣を一閃、横に薙ぎ払った。
「……ッ」
ウォーリアーの斬撃は魔法剣。魔力防御の薄いカインは深手を負った。
斬られた胸を押さえ、距離を離すカイン。戦いの終わりは、まだ遠い――。
●南
「来たよ来たよ、俺はこういう依頼を待ってたんだよ」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は楽しそうに声を張り上げる。
目の前にいるサーバントは体長4メートルを超し、全身から銃器を生やした異形――決して愉快な物ではない、が。
「ちいと勿体ねーが3秒で沈めてやるぜ」
言うと同時、ラファルの全身が機械の装甲で覆われる。これこそが彼女の本当の姿だった。
全身の80%を機械化し、一種の戦争マシンと化しているラファルは、肌がひりつくような強敵と戦える事を心待ちにしていた――その期待に応えられそうな敵が、目の前にいる。
「……サーバントとディアボロが同時出現とは、厄介ですね」
楊 玲花(
ja0249)が独りごちる。そのために人数を北と南に割かなければならなくなった。
「ともかく」
玲花がぐっと体勢を低くする。
舗装されていた道路は、サーバントが暴れたせいでクレーター状になっているた。
「――順に片付けていくのが最善ですっ!」
玲花が巨体へ向かい駆けていく。道路の凹凸をものともせず――むしろ、へこみを利用した立体的な動きをしている。壁走りの技を応用しているのだ。
「攻撃受けるのは怖いからね。立ち回りに気を付けよう」
そして、ユリア(
jb2624)もまた同時に駆ける。彼女はハイドアンドシークで敵の視界を逃れながら、二人同時にサーバントの側面に回り込む。
『――? ……!?』
ユリアは初撃でMoon's Embraceを使用した攻撃で大ダメージを狙い、玲花は八卦翔扇による敵の射程外からダメージを蓄積させていく。
死角からの攻撃にサーバントは鬱陶しげに首を回す。やがてどちらかに狙いを定めたのか、その巨体は指先から生えた銃火器の銃口を片方に向けた。
「愚鈍なりし物よ、刮目せよ」
張り上げられた大音声に、サーバントは標的を変える。そこにはヴォーゲンシールドを携えた蘇芳 更紗(
ja8374)がいた。
(乙女を護るは真の漢の勤めだからな)
自身を男だと信じて疑わない更紗は、女性を守るためにサーバントの前に進み出る。
タウントの影響を受けていると疑いもしない巨人は、その剛腕を更紗に向けて振るった。
「――ッ。これは……」
あまりの衝撃に、盾で防御したはずの手が、じん、と痺れる。受け流したから良いもののそう何度も喰らってはいられない。
――まだ倒れる訳にはいかんのでな。
すっと、半歩更紗は身を引く。
追撃しようとサーバントは巨大な腕を伸ばすが――銃声。その腕を何かが貫いていく。
肩、胸――続けて膝。アウルで出来た矢とライフルによる続けざまの狙撃。僅かにウェポンジャイアントは後退する。
――後方、30メートル以上離れた地点。そこに二人の狙撃手、 新崎 ふゆみ(
ja8965)と沙 月子(
ja1773)はいた。
「ふゆみ、これでもすないぱーなんだからねっ(`・ω・)-3」
「まずは片方、落とすとしましょうか」
ふゆみはスナイパーライフルで巨体の足元を狙い、敵の機動力を削ぐ。
月子はアウルを弦と矢に変換して放つ弓、雷上動でサーバントを狙い撃ちながら、時折後方を見やる。
――今のところ、ディアボロと撃退士達は互角の交戦をしているようだった。
ディアボロ組は大丈夫と判断し、二人は続けてサーバントへの射撃を継続した。
「よっしゃ、行くぜぇ!」
全身機械化のラファルが躍り出る。
ラファルは両の掌をサーバントへ向け、充填。範囲内に味方はいないことは確認済み。後はこれを撃ち放つのみ――。
「喰らえぇッ!」
掌から撃ちだされるは極小の刃。一つ一つは小さいが、無限とも思える数の刃は霧にすら見え、サーバントの兵装を、肉を、骨を削ぎ落としていく。
刃から逃れようと手足を振り回してサーバントは暴れ、辺りに土煙が立ち込めた。それでも無慈悲な刃は雨のように巨大な巨躯を削り、全ての刃が撃ち出された。
――最初に異変に気付いたのは、サーバントの近くにいた更紗だった。
濛々と砂塵が上がる中、少しずつ砂が晴れていく。そこに、サーバントは丸まっていた。
まるでぐずる幼子のような姿だが、その光景は見覚えがあった。それは映像で見た、何人もの撃退士が一斉に屠られた技の前兆――。
「皆、逃げ――」
声を上げるも半瞬遅く、サーバントの全身から生えた銃火器が一斉に火を噴いた。
自然災害のような轟音、破壊跡をさらに破壊しつくような圧倒的な火力。嵐のような猛攻に、更紗とその後ろにいたラファルが巻き込まれた。
「……貴様なんぞに、殺られるわたくしではない」
リジェネレーションとシールドで更紗はその火力に耐えたが、大技を使用し隙の大きかったラファルは被弾していた。
「く……ちく、しょう」
機械化が解除され、元の偽装に戻る。建物の残骸で命中が甘かったとはいえ、被弾した分のダメージは大きい。急速に意識が遠のき――ラファルは気絶した。
●北
戦いは均衡し、ほぼ膠着状態に陥っていた。
敵側はブラッドロードを中心にした防御中心の陣形、そして撃退士の側は時間稼ぎに特化した戦術――均衡の要因はここにある。
その膠着状態を打ち破ったのは、歌乃の一撃だった。
「赤き祈りの剣風を以て――参ります」
太刀に纏いし技は緋獅子・椿姫風。魔法攻撃と高を括り正面からその斬撃を受けたブラッドウォーリアーは――比喩でなく、その場で固まった。
足の先から体にかけ、彼の体がじわじわと真紅の石へと変じていく。そこへ畳みかけるようにして、雅が駆ける。
「足止めがボク達の役目だけど……倒してしまっても問題ないよね」
シルバーレガースを装備した雅の足が地上で三日月のような半円を描く。雅の攻撃は銀の軌跡を描きながら、石化したウォーリアーの肉体を粉砕した。
仲間の一人を倒されながらも勝機があると踏んだのか、ブラッドロードが前線に躍り出る。
杖の先を歌乃に向け、スタンザッパーを放つ。歌乃は、自身の体内に敵の魔力が侵入し、意識が朦朧としてくるのを感じた。
しかし歌乃はそれを意志の力で跳ねのけ、ロードから距離を取る。そこへ、カインのブラッディクレイモアがロードへと迫る。
物理を受けるはずの石鳥頭はエリーゼの魔法攻撃を回避するのに手一杯でロードをガードできず、代わりに残ったウォーリアーが間に入る。
『〜〜!』
ロードが範囲魔法を放ち、避けるために撃退士達は後退する。
その隙にロードは仲間を集合させ、回復魔法を使用する。撃退士達もまた、歌乃が治癒膏により仲間の治療をした。
気付けば、両陣営は戦いが始まった時と同じ場所に立っていた。唯一つ違うのは、その戦力比。
――四対三。均衡していた戦闘の天秤は、撃退士側へと大きく傾いた。
●南
――撃つ。撃つ。撃つ。
無間で射程を伸ばした月子の弓と、闘気解放により力を増したふゆみのライフルが巨人の体を撃ち抜いていく。
「皆さん、影縛を行います!」
射撃でサーバントが大きく後ろへよろめいたところへ、玲花が影縛の術を使用する。玲花の影が大きく伸び、巨大なサーバントに出来た大きな影を縫い付けていく。
『――グオオオ!!』
しかしサーバントは腕力のみでそれを振り払い、腕の火炎放射器を玲花に向ける。
「余所見している暇などあると思うな」
更紗が斧で先ほどラファルが傷つけた部位を斬りつけ、鬱陶しげに巨人は銃口の向きを変えた。更紗はそれをシールドで防ぐ。
ラファルは気絶したままだが、残る五人は奮闘していた。サーバントの背の銃火器は何本もへし折れ、足はその巨体を支えきれないのか先ほどから歩行をしていない。
――と、サーバントが今までと違う動きを見せた。
また一斉射撃が来るのかと撃退士達は身構えるが、それとも違う。サーバントは巨大な口をばっくりと開き、砲台のように手足をアスファルトに突き立て固定する。
莫大な光がサーバントの口に収束し、大気が恐れるように震える。――今までにない威圧感。ふゆみが声を張り上げた。
「みんなー、散らばるんだよっ☆ミ」
撃退士達はその攻撃の範囲外に行くように、各自散開し、サーバントから距離を取る。そんな中――逆にサーバントに近付く者がいた。
「そいつを通す訳にはいかんな」
更紗だった。
彼女はヴォ―ゲンシールドを振り上げ、サーバントへと特攻する。
光が充填し、爛々と激しい熱量を放つサーバント。まるで排熱をするかのように背の銃火器から煙を吐き出している。その周りは一種の高熱地獄と化していた。
猛烈な熱気に更紗は意識を奪われながらもウェポンジャイアントへと肉薄――サーバントの顎を、盾で撃ち抜いた。
――捨て身のシールドバッシュ。失敗する可能性の方が高かったそれは、様々な要因で成功した。それは奇跡か、更紗の味方を守りたいという気持ちか。
攻撃をキャンセルされた巨人は再びエネルギーを充填しようと手足を地面へ突きたてるが――その背後へ、ユリアが音もなく接近する。
「もう、その攻撃は撃たせないよ」
ユリアの武器に黒々とした力が収束していく。New MoonとMoon's Embrace――それは顕在化した夜。
夜のカタチをした弾丸は下からウェポンジャイアントの心臓を撃ち抜き……サーバントは月に抱擁されるように静かに力尽きた。
●北
「はーい、ふゆみのソゲキはいりまーす★」
突如撃ち放たれた銃撃に、ディアボロ達は対応出来なかった。気付けば、ブラッドウォーリアーの一匹が頭を撃ち抜かれて倒れている。
南での戦闘を終え、中間地点にいたふゆみと月子が北へ援護射撃を始めたのだ。じきに他の撃退士達もこちらへやってくるだろう。
「さーて、それじゃあ一気に倒しちゃいましょうか」
上空を飛ぶエリーゼが、最早魔法攻撃から庇われる事のない石鳥頭へ雷の槍ブリューナクを投擲する。
雷の如く空を切る雷槍は石鳥頭の肩を貫き、ディアボロの体内へ電流を打ち流す。魔法に弱い石鳥頭は翼をもがれた鳥のように、成す術もなく地上へ落ちていく――はずだった。
「え――きゃっ」
最後の力なのか、石鳥頭は全身から煙を吹き出しながらも奇声を上げ、その嘴でエリーゼの翼を裂く。
空中でバランスを崩したエリーゼに石鳥頭が旋回し、追撃をしようとする――その喉に、月子の弓矢が突き刺さった。
「お待たせしました♪」
今度こそ石鳥頭は力尽き、月子の足元へと垂直に落下する。
月子はまだ石鳥頭が生きていることを確認すると、唇に笑みの形をつくって掌を向けた。その瞳に映るのは、狂気の色。
「死んで尚痛みを感じるものなのでしょうか? ちょっと実験させて下さいね」
形勢不利を悟ったのか、最後に残ったブラッドロードは転身し逃走を始める――その背に即座に追いついた雅は、背後からその足を掬うように薙ぎ払った。
カエルが潰れたような音を出して無様に転がるロード。その首筋に、無慈悲なまでに冷たいカインの剣があてがわれた。
「……終わりだ」
首を刎ねる音。沈黙。
一陣の風が吹き、戦い終えた撃退士の火照った体を撫でていった。
――こうして、サーバントとディアボロが同時出現したこの事件は、静かに幕を下ろしたのだった。