●
「いっくもーい!!」
子どもの姿をしたヴァニタスがまき散らしたカラフルなボールが、夕食を終えたばかりの 麻生 遊夜(
ja1838)ら撃退士たちの頭上に容赦無く降り注ぐ。
「このような場所に天魔か? 全く……」
文字通り降って沸いた災難、少し尊大な調子で呟いたのは楠木 くるみ子(
ja3222)だった。
地上で炸裂するまでのわずか数秒の間に、撃退士たちは光を纏う。
「タダでさえめんどくせぇ合宿なのに襲撃かよ」
こっそり持ち込んだ棒付きキャンディを舐めながら食卓を片付けていた香坂 瑞(
ja0450)は、うんざりといった様子で。
「さぁギィネ、休憩だし……って何か来たよ!?」
「ゼロ君と同じ班になれたってのに…空気の読めないヤツめ!」
つかの間訪れるはずだった甘い(?)時間を台無しにされたギィネシアヌ(
ja5565)とゼロノッド=ジャコランタン(
ja4513)は憤懣やる方ないといった具合に。
「……うぅ……や、やっと休めるって、思ったのに……」
ゴミを片付けていた鈴木 紗矢子(
ja6949)は涙目、
「あとは風呂入って寝よ思たのに何やのー!?」
既にパンツ一枚で入浴の準備万端だった小野友真(
ja6901)はあわてて脱いだばかりのジャージに袖を通し直し、
「にんじん固いし天魔でるし、えらいわーぁ…」
こんなことなら無理してにんじん食べなくても良かったわぁ。紫ノ宮 莉音(
ja6473)は変な所で悔しがりながら。
「はるり、どさくさにまぎれて今何か捨てた?」
幼馴染がカレー皿の中身を残飯入れに投入するのを目ざとく見つけたのは沙 月子(
ja1773)。
「人参? 残してませんしおすし。……っていうか、超めんどい……」
首尾よく生煮えのにんじんを葬った神宮陽人(
ja0157)の身体からは、赤黒いオーラが噴出する。
涼やかな美貌の下に、天魔への憎悪を隠す卜部 紫亞(
ja0256)は、空を見上げ眉を顰めた。
「よりによってこんな時に出てくるとは、どこまでも癇に障る奴等だわ」
「ええ、全く。変なのが来ちゃったわね」
苦笑しつつ頷くのは柊崎 螢(
ja0305)。悪戯好きな彼は少しばかり、この状況を楽しんでいるのかも知れない。
「楽しい合宿になってきたやん」
宇田川 千鶴(
ja1613)もにやりと笑い
「は、初めての戦闘……が、頑張りませんとね! 」
フィサリス(
ja6501)は表情を引き締め、ぐ、と拳を握った。
アウルに司られた撃退士の闘うこころが、騒ぐ──!
「在校生は、現在の班のまま行動! 春先に来たばっかりの新入り10人は、一人ずつ在校生の班に入って行動!」
拡声器を通した教師の声が、夜の闇に煩いぐらいに響きわたった。
「なんだその不安そうな顔は? ほんの数カ月だがお前達より先輩で、実戦経験の在る奴も多い。大船に乗ったつもりでついて行け!」
それは開戦を告げる、狼煙の役割を果たしたのかも知れない。
●
携帯光源の心もとない光だけにはあまりにも不利だ。
空からの攻撃に備えるべく、吉岡 千鶴(
ja0687)が最初にしたことは、明るさの確保だった。
アウルの力を光に変え、己を源に周囲を美しく、明るく照らす。
その範囲およそ20m、上空の様子も仲間の足元も視界も確りと保たれることとなった。
降ってきたボール状の何かは、生徒たちに触れた途端、ぱあんと音を立てて炸裂する。
「きゃーーっ、何これええ」
1班の最年少、2月に入学したばかりの初等部の少女から悲鳴が上がった。白いボールを避けきれなかった彼女は、哀れ頭から白い粘液まみれだ。
「大丈夫か!」
頬張っていたおにぎりを飲み込んだ鐘田将太郎(
ja0114)が駆け寄り、怯える後輩の粘液を拭ってやる。
炊事場からテントサイトまでは数m。少女を小脇に抱えあげ、1班で設営したテントまで駆けた。
「まずそれを拭いて、戦えるようなら手伝え。新米にこういうのも酷だが、実戦訓練も良い勉強になるぜ」
こくんと頷く後輩に親指を立てて見せ、すぐさま戦線復帰。鼻先を掠めた白いボールは、なんとか躱して、走る!
「白いのは粘体だ、気をつけろ!」
「な、なるほど……そういうことなら」
将太郎の声に彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)は着ていたジャージから袖を抜いた。
粘液なら手で触れたりせずに、包んで棄てるのが一番。そう考えたのだ。
だが。
彼女のすぐ傍に落ちたのは、ピンク色のボール。
「ちょ、こ」
これは?
尋ねる間も与えず、ボールが炸裂する。甘いベリーの香りとピンク色の靄が周囲に広がり……
「って、おい!?」
傍にいた瑞もろとも避ける間も無く、口と喉から妖しいピンク色を吸収してしまった!
「香坂先輩!?」
おもむろに大太刀を抜く瑞。それに気がついた千鶴が、叫ぶ。
「何を!?」
千鶴めがけて走ってきた彼の目は焦点を失い『仲間』は映っていない。彼はためらわず太刀を振るう。千鶴の頭上から──
「先輩、やめて──!」
「くっ、ピンクは混乱をもたらすのか」
すんでのところで間に割って入った大炊御門 菫(
ja0436)も、動揺を隠せずにいた。
とりあえず太刀はシールドで防いだが、瑞に魔具を向けることはできない。勿論
「やめてくれ! 俺だよ!!」
将太郎を「獲物」と定めた彩に対してもだ。
「どうすれば……」
予想だにしなかった仲間との対峙。二の太刀を受け流し、防戦一方の菫の頭はフル回転する。
(どうすれば、仲間を護れる? どうすれば──)
護ると決めた誓いを、違わず大事にすることができる?
●
ピンク色のボール……いや、爆弾なりボムと表現するほうが適切だろう……は混乱をもたらす。
その事実を撃退士達は、身を持って悟り始めていた。
「忌々しい……!」
具体的には。
「まってえや!?」
螢が魔法攻撃で落としたピンクボムの靄を吸ったステラ・七星・G(
ja0523)が
「殺す……刺殺、絞殺、撲殺、斬殺、圧殺、完殺、全殺、惨殺、狂殺……どれでも選べ」
九条 穂積(
ja0026)に襲いかかるといった局面で、である。
どうやらステラは仲間である穂積を、楽しみにしていたデザートの仇とでも誤認しているようだ。
「いやいやいや、あかんて! どれもあかんてっ!?」
小柄な身体から繰り出されるハンドアックスを躱しながら、苦し紛れに転がっていたスプーンとカレー皿をステラに投げつける穂積。
見事、額にカレー付スプーンが命中! 一瞬ステラの動きが止まった。
「……?」
ぱちぱちと目を瞬かせ、不思議そうに穂積に視線を送る。
「よっしゃ、あたしのことわかるな?」
「勿論、何を言う?」
その目の輝きは、誇り高き撃退士のそれだ。
「成程……物理攻撃で元に戻せるのだわ」
白いボムを皿や鍋のフタで受け止め対処しながら、紫亞が得心したように呟く。
「ピンクは人のいないところで、魔法で撃ち落とすのが得策だわね」
「では、それは私達が。地上に落ちる直前を狙いましょう」
螢も頷いた。
「これ以上の勝手は」
「させないのだわ」
黒髪の美少女と桃色の髪を結い上げた麗人は、それぞれ儀礼服に忍ばせたスクロールを確かめ、空を見上げる。
「ピンクはお二人にお任せ、白はネバネバ、ではこの緑は……」
少しばかりおどけた口調で、断神 朔樂(
ja5116)が地に落ちた緑のボムを指す。
既に衝撃で炸裂したそれは、醜悪な魔獣に姿を変えていた。
大型犬程度の体躯ではあったが口は耳元まで裂け牙はむき出しで、一筋縄ではいかなさそうな相手である。
「九条殿、七星殿。拙者らが、うち倒すで御座る!」
大太刀を抜いた朔樂に、穂積もステラも力強く続いた。
「もちろんや!」
「承知」
ガアアアッ!
魔獣が、唸る!
跳躍し襲い来るそれに、真っ向から盾で立ち向かうのはステラ。その隙に両サイドに回り込んだ朔樂と穂積の刃が閃く。
「早く終わらせて……デザートの続き」
甘いものへの執念が為せる技か、ステラはブロンズシールドとハンドアックスで魔獣の興味をひたすら己に保ち続けた。
「心得たで御座る。──これで、終わり」
嗚呼、見事で御座る、幼き仲間の心意気。
朔樂の太刀がゆらりと不規則な軌道を描き、手負いの魔獣に止めを刺した。
●
慣れない戦闘、しかも不意打ち的な襲来。駆け出し撃退士にとっては過酷な「現実」。
「にゃ、にゃぁ〜っ!?」
風上に逃げようとしたものの間に合わず、後頭部で白ボムを炸裂させてしまったのはRehni Nam(
ja5283)。
「べたべたいやぁ〜〜っ?!」
輝く銀髪と陶器のような肌は無惨にも粘液まみれである。アストラルヴァンガードは仲間の後ろから支援するのがお仕事だと聞いていたのにこんな自体は想定外だ。いや、天魔との戦いは毎回何かしら想定外なコトに見舞われるのだが。
「あうぅ……ぬるぬる気持ち悪い……」
そしてそれは、ゼロノッドも同様であり。
戦闘時はアウルの力を以て男性に「武装」している彼女だが、大嫌いなねばねばに蝕まれたショックからか、本来の姿である繊細な少女に戻ってしまっていた。たっぷりとぶちまけられたそれを剥がすために指で触れることもままならず、ただただ茫然自失。
「ゼロ君を汚しやがって!」
親しき者の危機に、ギィネシアヌが叫んだ。しかし彼女も、緑ボムから展開した魔獣と対峙している最中。
駆けつけて助けたい、でも──。焦りと苛立ちが隙となり、その綻びを魔獣も見逃さなかった。
「……ッ!?」
牙がギィネシアヌの腕に食い込む。
散る、鮮血。
「ギィネシアヌ殿!」
叫んだのは、ともに魔獣と戦っていた東郷 遥(
ja0785)。
「ここは某が! 貴殿は皆を!」
黒髪の少女は大太刀を閃かせ、全力で魔獣の注意を惹きつける。
「了解!」
その隙にギィネシアヌは地を蹴った。瞬く間にゼロノッド達の元に駆け寄り、粘液を片っ端から引きはがしてゆく。
「サンキュー、ギィネ!」
立ち上がったゼロノッドの顔つきが体つきが、見る見る精悍に逞しくなる。アウルによる再強化、完了。
魔獣を瞬く間に蹴散らし、新たに炸裂した緑ボムから沸いた魔獣にと向き直った。
「いざ、参るっ!」
遥がまず接近、鼻先に一の太刀を叩き込んだ。
「犬っころがッ! 蜂の巣にしてやるぜ」
「頼りにしてるぜ、ギィネ!」
ついで2人も続く。1頭に長く関わっている時間はないことは、3人とも重々理解済だ。
その後方で。
「後輩さんっ! 危ない事は禁止です! 無茶しないで下さい!」
ヴィーヴィル・V・シュタイン(
ja1097)は、自分よりも経験の浅い撃退士のフォローを忘れない。
「は、はいっ」
ダアトの新入生は不安げな表情を浮かべながらも「先輩」の傍から離れまいと必死だ。頼りがいのある「先輩」も実は駆け出しであり、責任感に支えられて気丈に振る舞っているなど知る由もなく。
(お姉さま、私をどうか、助けてください……)
銀髪の少女は心のより所に願う。祈りを込めた魔法障壁が、周囲で戦う味方を優しく包んだ。
●
さて、上空のヴァニタスは少しばかりご機嫌斜めだった。理由は簡単。
「む〜、ニンゲンのやつらオージョウギワが悪いもい……ぼむぼむをどんどんやっつけちゃうもい」
地上に向けて射出しているボムが、撃退士たちの手で次々と片付けられてゆくからだ。予想ではボムはあっという間に足下を埋め尽くし、哀れなニンゲン達は仲間割れと粘液まみれ、それに魔獣に追い掛け回されて右往左往するはずだったのだが。
「こうなったらアレだぜ、『実戦に勝る経験なし』って奴でさ、強化合宿の手助けしに来てくれたとでも思おうぜ」
「うん晃ちゃん! 緊急事態だけど冷静に対処しよう!」
仲間と円陣を組み、言葉を交わす七瀬 晃(
ja2627)と月子(
ja2648)を見て、モイモイの苛々ゲージはさらに上昇した。
「よーし、これならどうもいっ!?」
バズーカの引き金部分についた小さなスイッチをオンにする。
「えねるぎー出力120%で行くもーい!」
●
「むむ、新手がきましたな! 目指せ早期撃滅ぅぅぅぅぅぅ!」
新たに繰り出されたボムにいち早く気づいたレオナルド・山田(
ja0038)がいち早く苦無を構えた。
既にボムの特性は割り出し済み、後は以下に効率良く片付けてゆくかに作戦はかかっている。
「行きますぞ! 早きは力!! 頭上にご注意あれ!!」
勿論仲間のいない方に落ちるよう計算して投擲するが、一声かける心配りは大切だ。平時では煩く感じられそうなテンションも、仲間の気持ちを高揚させるという意味では、一役買っているのかも知れない。
もちろんターボMAXのとばっちりは、地道にボムの処理をを行なっていた陽人と月子の「幼馴染コンビ」にも等しく降り注いでいた。
「はるりん疲労マックス昇天P盛りーもう動けなぁい」
「がっんばっれ★ はっるりー♪」
ぶつぶつとぼやきながらも、目の前にぼふんと現れた圧縮魔犬に向き直った春人。幼馴染と共闘できるのは幸いだと思い直して。
「えーい!!」
身長よりはるかに大きなロッドを大上段に構え、月子が地面を蹴った。
杖の先端が魔獣の鼻先にヒットする一瞬前に、陽人が手裏剣を放つ。
アウルの加護で研ぎ澄まされた狙いが冴え、見事着弾! 先制を取った形で、効率良く魔獣を屠ってゆく。
しかし
「先輩、すっごい……! ってまた来たあ〜」
経験の浅い後輩が半泣きになるペースで、次から次へとボムは襲い来る。
「……キリがないな……」
アウルの力で周囲を照らし続けるレギス・アルバトレ(
ja2302)の顔にも、さすがに疲労の影が落ち始めていた。
盾で白ボムは防げるし、混乱をもたらすピンクボムは口と鼻を覆うことでどうにか対処できるが、緑ボムから湧いてでる犬だけは地道に退治する他ない。
グガアアアアッ!
疲れからやや鈍った動きを悟ったのか。魔獣は威嚇するように唸り、牙を向いて襲い来る。
(俺は盾、皆を護らないと!)
気持ちを震い立たせ、凛とブロンズシールドを構えるレギス。
「……!」
構えた左腕ごと噛み付かれても、なおもひかない。
「レギス!!」
仲間を援護せんと、食らいつく魔獣の喉元を切り裂いたのは柊 夜鈴(
ja1014)の手に光る鉤爪。危機を感じたのか魔獣はその狙いをレギスから夜鈴に変えようとする。
だがそれは叶わなかった。
「夜鈴には触れさせない!!」
愛しき者を護らねば。レギスの渾身の力を込めた一撃が魔獣の後頭部に炸裂したのだ。ちなみに得物はシールドである。
よろめく獣に、夜鈴は落ち着いて止めを刺した。
●
──ここで時間は、襲来直後まで遡る。
モイモイの焦りのひとつの要因となったのは、長成 槍樹(
ja0524)率いる面々の初動だった。
槍樹らはモイモイの襲来に気づいた時点でいち早く広場から離れ、森に一旦退避。
頭上にボムが落ちてくるリスクを回避した上で、ボムの特性を見極めることに成功したのだ。
特にそれは、ピンクボムのもたらす混乱に有効だった。
「なるほど、何かしらのショックを与えればもとに戻るっぽいな」
「それって……デ、デコピンじゃ、ダメ……ですよね」
穂積が投げつけたカレー皿で、ステラが正気を取り戻す様子を目の当たりにしたことで、対応策が確立されたからである。
「まずはおかしくなっちまってる連中をもとに戻して行こう。バラけて孤立せず、お互いを補うんだ」
「了解!」
大澤 秀虎(
ja0206)、英 御郁(
ja0510)、宇高 大智(
ja4262)、鈴木 紗矢子(
ja6949)が頷き合う。
「……たく、食後の運動にしてはハード過ぎじゃねェかぁ?」
5人はそれぞれの得物を確かめ、森から戦場へと戻る一歩を踏み出した。
「さあ、祭りのはじまりだ」
つい先刻まで、厳しくも楽しい合宿の場であった、戦場に。
まずは。
「高坂先輩、どうしちゃったんですか?」
「私だ、落ち着いてくれ!」
靄を吸い込んでしまったであろう瑞と彩に対して戸惑う、将太郎と菫と千鶴が一同の目に入る。
「野菜班だな、早くなんとかしないと」
槍樹は足元に落ちていた小石を拾い、瑞に狙いを定める。
「文句はあとで聞いてやるからな」
小さく詫び、投擲!
「必要とはいえ、女を攻撃とは気が進まねぇが……」
御郁はため息をつきながら彩の背後に忍び寄る。
「!」
不意をつかれて振り向いた彼女の胸ぐらを掴み、軽く手をあげた。
ごちん。
ぱあん。
硬いものが硬いものにぶつかった音と、乾いた音。異質なふたつが、ほぼ同時に響く。
「いでっ!?」
「わ、私?」
正気を取り戻した瑞と彩が最初に見たものは
「ごめんなさいっ、大丈夫ですかっ」
瑞に石をぶつけた申し訳なさからオロオロする、紗矢子の姿だった。
「さあ、元に戻ったら仕事だ」
秀虎は冷静に言い放ち、冷たい目で手負いの魔獣に狙いを定めた。
大智が文字通り身を削って照らす灯りを受け、抜き身の大太刀が白く光る。
次の瞬間。
──斬!
姿勢を低くした剣士は、魔獣の懐に潜り込みその前足を横に薙いだ。
抗う爪に肉を斬らせながら、骨を断ち
ギャアアアアン!
返り血を浴びた身で飛び退り、跳躍。降りざまに背中から、首に刃を叩き込んだ。
「なかなかに楽しめるな、天魔相手も」
彼にとって仲間の動向は興味の外だった。愉しみはただひとつ、剣術の修行としての戦闘、それに他ならなかった。
「それにしても、きりがないなぁ」
息をつく大智の目の端に、「久遠が原学園備品」とマジックで書かれた拡声器が引っかかる。手に取りスイッチを入れた。
「よし、使えそうだ」
●
ヴァニタスの丸っこい指が、バズーカからで新たな脅威を打ち出さんとしたまさにその時。
「おーい、そこのやつー! そう、おまえだおまえー!」
モイモイは足元から、ありえない大声で呼びかけられていることに気づいた
「にゅ?」
見るとぼんやり明るい(何故かニンゲンどもの何人かが光っているのだ!)「狩場」から、誰かが変な機械を口にあてて叫んでいるではないか。
「もい?」
「俺達は撃退士だー! 何のつもりかは知らないが、もう帰れー」
大智にヴァニタスを挑発するつもりはない。ただ平坦な調子で事実と希望だけを告げる。
だが。
「ゲキタイシ!」
それはモイモイにとっては、驚愕の事実だった。
この世に造られて日の浅いヴァニタスは、ホンモノの撃退士を見たことがなかったのだ。
「ゲキタイシ! タマシイがすぺしゃるだって、ゼノさまが言ってたニンゲンだ! それがあんなにいっぱい!?」
──おまえが魂をたくさん集めてくれれば、アバドン様もお喜びになる。もちろん私も嬉しいよ──
創造主である悪魔の言葉が、脳裏に鮮やかに再生される。
「がんばるにゅっと!!」
モイモイは左腰のホルスターから、ソウルクリーナーのノズルを取り出した。それは2mほどのホースで本体とつながっており、本体はモイモイの傍でふよふよと浮かんでいる。
代わりにバズーカは、右腰のフックに固定し、モードを「全自動」に変更。
「撃ち出せるボムの数は減っちゃうけど、これでタマシイ吸収に集中できるもい♪」
にたりと笑って、ヴァニタスはクリーナーを起動させる。
「すいっちおーん!!」
●
「何!? 何の音!?」
もうすぐ10歳になるという新入生を護るように抱いた福島 千紗(
ja4110)が驚いて顔をあげた。
彼女と新入生を中心とした円陣の外側で、ボムの対応をしていた青柳 翼(
ja4246)、藤沢 龍(
ja5185)、晃、月子の間にも動揺が走る。
「何だアレ!?」
身体にまとわりついた白ボムの残骸を引き剥がしながら、晃が空を指さし叫んだ。
それを手伝う月子の目にも、月を背にする人影らしきものが、はっきりと映っている。
「見える! 私にも敵が見える!」
その姿は、小さな子どもにも似ていた。バカでかい掃除機を引っ張りながら、少しずつ確実に高度を下げてきている。
「藤沢くん……あれ、天使じゃないよな」
「天使でも悪魔でも、どっちが来たって関係ない。翼だってそうだろう?」
やらせる、かよ。
そんな決意を込めた目で龍は影を睨みつけ、打刀を抜いて、構えた。
翼も頷き、サバイバルナイフをぎゅっと握り締める。ちらりと振り返る背中ごし、護ると誓った千紗の姿を確かめながら。
何かが、起こりそう。
悪い予感。高まる緊張。
そして。
「きゃああああああッ!?」
新入生の悲鳴で、拮抗は、出し抜けに破れた。
「どうしたの!? しっかりして!!」
「怖い! こわいいいいいい!!!!」
かなり低い位置まで降りてきたヴァニタスが恐ろしいのか、千紗を振りきらんばかりの勢いで暴れ、その場から逃げ出そうとする。
否、それは
「いやああああああ!!」
本能的な危機の察知。
「にゅ、キネンすべき第一号はオマエもいっ」
地上からわずか数メートル。
視力によっては表情まで見て取れる位置まで降りてきた人影は、確かに笑って掃除機の吸込口を新入生に向けたのだ。
煩い吸引音とともに、本体と吸込み口が怪しく輝き──
「ひっ、ひあっ、ふぁうっ!?」
まるで「吸い込まれる」ように新入生の足が、地上から数センチ浮いた。
浮いた途端一切の抵抗をなくし、だらりと人形のように動かなる。
ぽかんと、口が開いた。
駄目だ。
これは。
拙い。
理解と察知は理屈ではなく、肌で。撃退士が叫び、地を蹴る。
「やらせるかよ……!」
「気をしっかり持って!」
龍が新入生に飛びつき口を抑え確保。すぐさましっかり抱きとめ、地に伏せ身体を低くする千紗。
「失敗もい……」
どうやら人影……天魔の何れかにとっては、釣り堀で魚を釣りそこねたような感覚らしく。
「気をとりなおして次行くもいっ」
特に新入生に執着する様子もなく、ふわりと少しだけ高度をあげた。
ほっと息をつく晃。
「い、行っちまった? よかった……な?」
「残念だけど晃ちゃん、なんかまだあのへんでウロウロしてるよ……」
月子はその耳を引っ張り、楽観できない事実を告げた。
●
忌々しいボムの頻度は少しばかり減ったものの、代わりにすぐ傍まで降りてきた人型の天魔。
「先生、あれは?」
彩は初めての「脅威」を指差し、教師に正体を尋ねる。
「待ってろ、さっき画像を天魔研究所のデータベースに送ったから、もうすぐ返事がくるはずだ」
返事の傍ら、メールが着信。教師は急いでスマートフォンの画面をタップした。
──完全一致のデータはないが、悪魔側勢力。形状、報告された行動から推測する限り、ヴァニタスである可能性が極めて高い──
「……ヴァニタス、だと」
教師は言葉を失った。
──所有装備に関しても完全一致のデータは無し。殺傷能力が小さいのであれば、超小型のゲート発生器とみるのが妥当。悪魔勢力が設置するゲートの大半が設置後2週間程度立たないと魂の吸収を始めないのに対し、発生後その場で魂の吸収を開始するのが最大の特徴。そのぶん射程は短く能力も低い。すなわち経験の浅いものほど「獲りやすい獲物」として狙われる危険性が高く……─
延々と続く解説を途中で放り投げ、教師は声を張り上げた。
「全員よく聞け! 頭上のアレはあんなんだが、ヴァニタスだ!……奴はあの掃除機みたいな機械で魂を吸い取りに来てる! 戦っても勝ち目はない、全員森へ退避し頭上に気をつけて下山せよ!!」
だが混乱を極める場で、肉声が正しく学生たちに伝わるはずもなく。
撃退士たちは、断片的に聞こえた単語を下に、それぞれ対応策を考え始めていた
直接の会話、メール、そして電話での通話が、瞬く間にその場にいた学生たちのネットワークを駆け巡る。
「ヴァニタスだそうだ」
加倉 一臣(
ja5823)が冷静に情報を伝える。
「なるほどのぉ……なかなか厄介じゃな」
「敵が来るならば狩る……それだけだ」
くるみ子と中津 謳華(
ja4212)に、怖気づく様子はない。
「あの掃除機は魂吸いとるそうですよ?」
「ああ、ゲートね……忌々しい」
不安そうな新入生と裏腹に、柊は涼しい顔だ。
「ってことはさ、掃除機壊せば魂吸えなくなるんだし、諦めて帰ってくれるんじゃないかな」
「でも相手はヴァニタスです、基本的に攻撃しないほうがいいと思います」
口々に挙がった「掃除機破壊案」に、ウォーター(
ja6832)は慎重を示すも
「ヴァニタスを狙わず、掃除機だけ狙えばいいんじゃないか? ほら掃除機本体は、あいつの身体から随分離れてるし」
「あ、なるほど」
しばしの後、方針は決定した。
「掃除機を破壊。ヴァニタス本体は絶対に狙うな。新入生を守れ」
教師の思惑とはやや違う、学生たちが自ら選び取った答え。
果たして吉と出るか、凶となるか?
●
一気に変化した情勢の中、ひとりの少年は為す術もなくうろたえていた。
何しろ撃退士の適性検査に合格したのが2週間前、学園に編入したのは、合宿出発日の前日である。
全く何もわかっていないまま連れてこられたに等しい彼に、それ以上の行動をしろというのも酷な話ではあった。
だが、モイモイがそんな獲物を見逃すかといえば、そんなはずもなく
「よーし、おまえにきめたもいっ」
「わあああああああ」
ぐん、と高度を下げ、掃除機のノズルを構えた。
「こっちへ来い!!」
後輩の危機を察知したクジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)が、いちはやく少年の手を取り誘導する。
「もい〜! 2ついっぺんに吸い取るのは難しいにゅっと……」
またもや獲物をさらわれたヴァニタスはぷーっと頬をふくらませ、だが今度はあきらめなかった。
「もーい!!」
バズーカを無造作にホルスターから抜き、引き金をひく。クジョウと少年の頭上を中心に、ばらばらとボムが降り注いだ。
「くっ」
クジョウは少年をかばい頭から白い粘液をかぶりつつも、しっかり口を覆いピンクのガスは回避。
一瞬地に伏せすぐさま起き上がり
「走れ! 」
恐怖で顔をゆがめる少年を叱咤し、地を蹴った。
その場に展開した魔獣には合川カタリ(
ja5724)が対峙するも、一人ではやや分が悪い。
「ボ、ボムへの対応をお願いします!!」
リボルバーを放ち、挑発しながらの救援要請に応じたのは御幸浜 霧(
ja0751)。
幼い頃に事故で両脚の自由を失くした少女に、撃退士の適性が発見されたのは、まさに運命の悪戯というほかにない。
だが、力を得たならば戦う迄。アウルは天魔と対抗する時にだけ、彼女の脚に力を与えるのだ。
「援護します!」
周囲を照らす光を纏った霧は、カタリと魔獣のもとに「駆けた」。カタリが己に気づき発砲を止めたのを確かめ、まずは間に割って入る。
さらに携えたケーンを魔獣の大きく開かれた口の間に咬ませた。がっしり食らいつかせることで、攻撃を封じる寸法だ。
果たして狙い通り。
グゥゥゥゥルゥゥゥゥ……!
ケーンに噛み付いたまま、魔獣は喉の奥で唸り霧を睨みつける。
「今です、早く掃除機を!!」
少女は魔獣の濁った目を睨み返し、仲間に叫んだ。
巫 聖羅(
ja3916)は頷き、手の中のスクロールに力を篭めた。
夜風に長い髪をなびかせ、ルビーの瞳にヴァニタスを映し魔法を詠唱する。
異国の言葉で綴られた抑揚のない音の連なりが形のいい唇からこぼれ
「――私は巫 聖羅。小さなヴァニタスさん」
停まった。
「おいたが過ぎるとお仕置きよ……!」
短い宣言の直後、放たれる光の線。
「もいっ!?」
それはヴァニタスの脇の間を抜けて、虚空に消えた。が、その弾みで一瞬黒い影はバランスを崩し高度を下げた。否、落とした。
「ガキが。鬱陶しいにも程があるぞ」
黒い霧状の焔を纏った黒髪の美少女、アレクシア・エンフィールド(
ja3291)がファルシオンを構え跳んだ。
騎士の剣はヴァニタスが携える掃除機から垂れ下がる電源コード(状の何か)に数センチのところまで迫ったが
「ちょ、危ないもいっ!」
斬り裂くにはあと僅か、至らなかった。
●
モイモイはそこに至ってはじめて、己が「獲物達に逆に狙われている」ことに気がついた。
そう例えば
「ごめんやけど、それやめてもろてええかなー!?」
友真の放つ弾丸が、右手のバズーカの真横を掠めて行ったり
「お姉様、ソラの仇です! 『The Third Fortune/Arctic Blizzard』」
青い瞳に凍てつかんばかりの憎しみをたたえたソリテア(
ja4139)の放った魔法仕掛けの氷が、クリーナーのノズル部分を僅かに凍らせたり
「強化合宿の成果を早速、天魔に試されるとはねぇ」
大柄な体躯と裏腹に柔らかい物腰の加倉 一臣(
ja5823)が放った矢が、クリーナーの表面を僅かに抉ったり
「敵がいるのに力が足りない…業腹なのだわ」
牽制するかのごとく、魔法を放つ紫亞を足元に見つけたりといった様々なことで。
「な!? そうるくりーなーに何かぶつかった!? これはすっごくでりけーとなキカイもいっ!」
慌てふためき、手元のノズルのカチカチとスイッチを連打するヴァニタス。
何か調子が悪くなったのか、妙な音を出すそれに驚き、稼働させるのをやめた。
「……前から調子悪かったとはいえ、モイのくりーなー、壊した。ニンゲン、ナマイキもい」
同時に楽しげだった頬から、すっと笑みが引っ込んだ。
「カラダはでぃあぼろのゴハンになるからなるべく残して、タマシイだけ取りなさいってゼノさまが言ってたから……」
クリーナーのノズルをホルスターにおさめ、バズーカの引き金にかけた指に力を込める。
「わあああ! こ、こっちに来ないで下さい!ベトベトもワンワンも嫌いですねー!」
「ちょ、ちょ!あ、危ないです!」
ボムに慌てふためくフィサリス、ウォーターらの姿に少し表情を和らげたが
「ふむ…ひとつ、試して見るか」
べちょ。
謳華に投げ返された白ボムがクリーナーのホースにぶつかり鈍い音を立てたことと
「!?」
木陰からすっ飛んできた御伽 炯々(
ja1693)の矢が、くま耳ケープの裾を貫通したことで再び硬化した。
「……ゼノさまが言ってたから、テカゲンはしてやるもい、でも」
高度を上げ、バズーカもホルスターにしまい、すっと両手をかざす。
「ちょびっと、コーカイするもい、最初は」
掌に禍々しい光に彩られた、六芒星が浮いた。
次の瞬間。
「──おまえと、おまえと、おまえ!!」
小さな手から放たれた紅い線が、正確に冷酷に攻撃した撃退士を狙い撃つ。
「貴様……ッ」
「ソラ……お姉さ……まっ」
「な、何やのっ!?」
まずはアレクシア、ソリテア、友真。
「ちょ、宇田川くんっ?」
「友真くん! ……あかん千鶴さんっ! あいつやばいわぁっ!?」
ついで、倒れた友真を庇い助け起こそうとする宇田川 千鶴(
ja1613)と紫ノ宮 莉音(
ja6473)を、薙いだ。
「レンタイセキニンもい♪ ……んで次は……」
容赦無く、一臣、謳華。
「──っ!」
「……な」
さらに紫亞、聖羅を狙って禍々しい光が閃き、花を咲かせた。
「……悪魔、がっ」
「きゃあああっ!」
撃退士たちの勇気が裏目に出た展開に、教師は野太い声を張り上げる。
「全員退避──ッ!! けが人と新入生をまず逃がせ──!!」
まさかヴァニタスの装備に(一切通らなかったとはいえ)攻撃が触れるとは。そしてその代償が、これほどとは。
「怖い! 怖いよおおおおお!!」
中等部進学とともに学園に編入してきた新入生は、恐怖のあまり足が竦んで動けない。
「死にたくねぇならボサッとすんな!」
安原 壮一(
ja6240)はその手を強引につかみ、半ばひきずるように走る。手加減も気遣いもまるでない扱いに、新入生は泣き声をあげた。
「先輩、腕痛いですぅっ! うわああああん」
「うっせえ!! てめぇの出来る事を頭使って考えろ!」
もちろん壮一は怯まない。恨まれようが恐れられようが、命あっての物種だ。
「そうカンタンに、逃がさないにゅっと♪ ……もい?」
何か違和感を覚えたのか、モイモイが攻撃の手をゆるめ、ホルスターにぶら下げたバズーカを覗き込んだ。
「ボム、あとちょびっとしかないもい……まぁいいもい!」
再び手に取り、狙いを定める。
「これで最後にゅっと!」
ピンポイントで、撤退しようとする前方に。
「逃げたきゃ、ボムを片付けてからにするのもーい!」
●
敵は上空、とりあえず森の中に逃げ込めば被害は拡大しない。
教師が示した方針のもと、撃退士たちは迅速に行動した。
とはいえモイモイが行く手に放ったボムからは緑のボクやらピンクのガスやらが展開し、行く手を阻んでいる。
「おまえの相手は俺だ」
「私は阿修羅! ここは魔犬の対処をがんばりますっ!」
こ こは任せて先にいけ。そう言わんばかりに東城 夜刀彦(
ja6047)、丁嵐 桜(
ja6549)が凛と魔獣に対峙する。
「お、俺もっ」
後輩を連れた我寺 我寺(
ja6854)が一瞬足を止め参戦を申し出た。
彼は胸を痛めていたのだ、仲間が目の前で倒れていく様に。
己が身代わりに慣れれば、囮になって時間を稼ぐ隙に逃れてくれれば、それに勝る喜びはないのにと。
だが夜刀彦は首を横に振り、まっすぐ先を示す。
「先輩としてこの子を、何があっても護ってください。いいですかあなたも」
そして後輩の顔を覗き込み、諭した。
「何もおそれることはありません。我寺さんから決して離れないように」
夜刀彦、我寺と変わらない年格好の少女は、精一杯の元気を装い返事をする。
「は、はいっ! よろしくお願いします」
「はよう! こっちじゃ!!」
身体から放つ柔らかい光で周囲を照らす楠木 くるみ子(
ja3222)がぶんぶんと手を振り、撤退を急した。
彼女は森の入り口で、魔獣の足止めをする仲間たちの回復をも受け持っている。ほら今も、癒しの光が桜めがけて飛んでいった!
「──任せて」
我寺も心を決めたように、少女の手を取る。
そして今度こそ全力で、森を目指すのだった。
おねえちゃん、おねえちゃん、しっかりして。
地面と己の胸の間で泣く後輩の体温をぼんやりと感じながら、千紗は浮遊するヴァニタスを見上げていた。
(翼くんまで……ごめんね)
掃除機に向けて放った一撃は紅い閃となって返って来た。
千紗を庇おうと走ってきた恋人の翼も、余波を食らって隣に伏せている。荒い呼吸を聞きながら、彼女は誓うのだ。
(……赦さない)
もっと強くなることを。借りはこのままには、しておかないことを。
(皆……無事逃げたか)
靄のかかった意識の中、炯々が案ずるのは己ではなく仲間と後輩の身。
(こういうのも一矢報いたって言えるのか……)
「……う」
少し離れたところに倒れ伏すレオナルドが僅かに呻いた。
その指先が得物の影手裏剣を握ろうと動くのを目の端で確かめ、炯々は僅かに安堵する。
掃除機を狙った己と彼が生きていられるのだから、きっと皆も大丈夫だろうと。
「……にゅ、ボムも撃ち尽くしちゃったもい……」
バズーカの引き金を何度も引き『玉』が出ないことを確かめたヴァニタスは、諦めたようにため息をついた。
「くりーなーはいつものセッショクフリョウだと思うけど……ゼノさま、怒るかもい……」
下っ端魔族の立場的には、ノルマ未達&備品破壊が現実である。彼らは階級社会を形成する身、肩を落とすのも無理らしからぬことだった。
「つ、次はこんなんじゃすまさないにゅっと!!」
モイモイは地上に向けて悪態をつき、バズーカをホルスターにおさめる。
「クビをごしごしして待ってるもーい!!」
そしてみるみる高度を上げ、夜の闇に消えていった。
●
久遠が原学園からの艇がキャンプ場上空に到着したのは、日付も変わろうかという頃合いだった。
まず、モイモイの反撃を受けて倒れた者たちが続々と担架で運び込まれてゆく。
ついで新入生、そして自力で歩ける者たちが続いた。
皆、多かれ少なかれその身に傷を受けている。
「怪我してる人〜!治療するから、手を上げるのですよー!」
「彼らの傷を少しでも傷を癒そうと奮闘するのは、レフニーやくるみ子、それに救急箱を手にした千鶴、蛍たちだ。
一方、横たわるアレクシアの傍らで、クジョウが呟く。
「エンフィールドの魔術騎士よ……騎士としての心意気、見届けた」
気を失ったままの少女は、睫毛だけをぴくりと動かした。その声が届いていたか否かは、誰にも知る由がない。
かくして強化合宿は思いがけない強敵との遭遇と、小さくはない痛みを残して終了した。
だが新米撃退士達にとって、ひとりの犠牲者も出さなかったという事実と、ヴァニタスの脅威を肌で体感した経験。
その二つは、今後の戦いの糧となるだろう。
「……変なヴァニタス。また何処かで遭遇しそうな気がするわ」
担架の上で目を醒ました聖羅がぽつり呟く。
その言葉は、多くの者が胸に抱く予感の発露でもあった。