●新年早々、集団生活です
それは遡ること1週間ほど前。
寒空の下、久遠が原学園の演習船は25人の撃退士を乗せ、太平洋へと漕ぎ出していた。
「もう……この寒いのに何考えてるのよ……」
北風吹きすさぶ一泊二日を想像しているのか、冴島 悠騎(
ja0302)はご機嫌斜め。
大丈夫だお嬢さん。目指すは本州から南に約1000kmの小笠原諸島。1月の平均気温は18度、ウミガメやイルカが回遊する亜熱帯だぞ。
「まもなく演習島に到着します。生徒諸君は準備してください」
飽きるほどの船旅の末、キャビンにアナウンスが流れたのは昼下がり。
待ってました、とばかりに生徒たちがデッキへと駆け上る。
「やっとついたー!」
「よーし、楽しむぞう!」
先頭は並木坂・マオ(
ja0317)と砥上 ゆいか(
ja0230)。
「おー、寒くないのはありがたいな」
「やっぱ青春と言えば合宿だよねっ♪ 良い思い出、一杯作れますよ〜に!」
そこに水杜 岳(
ja2713)と武田 美月(
ja4394)が続く。
手すりから身を乗り出した4人の目に映るのは、緑生い茂る小島だった。船はゆっくりと近づき、申し訳程度の港──というか、浜から伸びた桟橋──に、腹を付ける。
軽い衝撃を合図に、続々と撃退士たちが出てきた。島に駆け下りる連中の後ろ、アトリアーナ(
ja1403)はゆっくり歩く。
「無人島、合宿、楽しみなの」
参加目的は友人を増やすこと。そんな彼女に声をかけたのはソフィア 白百合(
ja0379)。
「訓練だけど色々な人と一緒でワクワクしますね♪」
一方、ちょっとばかり怠そうな生徒もいないわけではない。香坂 瑞(
ja0450)の如く。
「何で俺はこんな演習来ちまったかなぁ……」
ふあ、と欠伸をする17歳男子。どうやら彼が最後の乗員のようだ。
船は短く汽笛を鳴らすと、桟橋から離れた。迎えは、明日の午後である。
砂浜に降り立った一行が最初にしたことは点呼と自己紹介、そして班分けの確認であった。
僅か一泊二日とはいえ、ほぼ初対面同士の集団生活である。助け合い、力を合わせることこそが合宿の成否を握っているといっても過言ではない。
「よし、船の中で話し合った役割分担、表にしておいたぜ」
原田 真樹(
ja0514)が大きな体で、大きな模造紙を砂浜に広げた。久遠が原学園に来る前の中学高校でとこの手の行事に参加していなかった17歳。かなりワクワクしているようだ。
──────────
【A班(食料調達演習)】
影野 恭弥(
ja0018)・東雲 桃華(
ja0319)・下妻笹緒(
ja0544)・或瀬院 涅槃(
ja0828)・梅ヶ枝 寿(
ja2303)・水杜 岳・ラグナ・グラウシード(
ja3538)・秋月 玄太郎(
ja3789)・武田 美月
【B班(調理演習)】
荘崎六助(
ja0195)・砥上 ゆいか・凪澤 小紅(
ja0266)・雪成 藤花(
ja0292)・ソフィア 白百合・機嶋 結(
ja0725)・若菜 白兎(
ja2109)
C班(設営演習)
冴島 悠騎・高虎 寧(
ja0416)・並木坂マオ・香坂 瑞・俺・アトリアーナ・久遠 仁刀(
ja2464)・七瀬 晃(
ja2627)・月子(
ja2648)
──────────
作成者である原田以外の24人は、表に自分の名前があることを確かめ、頷いた。
「とりあえず担当する設営演習には全力で邁進するわね、素晴らしい寝床の為によ」
「サバイバル気分で張り切っていこう!」
各々……寧と岳では気合の入れどころは異なっているが、合宿成功を目指す点では一致しているので良しとする。
そんなわけで。
真冬の「耐寒じゃない」合宿演習、はっじまるよー!
●まずは食材確保から
今回最多の班員を抱えることとなった食料調達演習班。
不安と期待が入り混じる班員に、薀蓄を垂れる者の姿があった。
「君たちはこの手の合宿に参加するのは初めてだと思うが。私に言わせるならばここで真っ先に自生する植物等を探しに行くのは素人」
下妻笹緒(
ja0544)、その人である。というかパンダである。
「え、そうなの!?」
したり顔で自信たっぷりの物言い。一同は思わず雰囲気に呑まれてしまっていた。
「では最初にすべきことは……?」
「良い質問だ」
桃華と美月の反応に気を良くした笹緒は、得意げに胸を反らした。
「意外とこういう所に本格的なカレーを出す店があるのだ」
「……は?」
一同、口を開き絶句。それを賞賛と解釈した笹緒は、ますますふんぞり返る。
「普段とは異なる環境だからと言って、いつもと違う事をしようとするからミスも起こる。あらゆる可能性を考慮し、まずは美味い飯屋を探すところから始めたい。どうだろう、影野」
「いいんじゃないか? 俺は野草を探そうと思うが」
いきなり振られた恭弥は、スルーに限りなく近い返事をした。何がとりあえずなのかは謎だが、切り抜け方としては優秀だ。
「俺もそうしようかな。せっかく図書館で野草の本借りてきたし」
「私は情報誌を買ってきたの」
鞄から「初心者の野草」という図鑑を取り出した岳に、桃華も微笑んで「野草ファン」と銘打たれた雑誌を見せる。
「じゃ、そういうことで」
かくして3人……正しくは1人と2人組は山の幸を確保すべく、島中心部の森林に向けて歩き出した。
「よし、俺たちは海だな。浅瀬で魚手掴みとか修行ぽくてよくね?」
「待っていろ、海藻や魚を沢山採ってくる」
「うん、着替えも持ってきたしね!」
寿、ラグナ、美月の3人は海の幸を狩るべく、浜辺へと足を向ける。
「いってきまーす!!」
ヒヒイロカネから取り出したレイピアを肩に担いだ美月が、ぶんぶんと手を振った。寿のビーチサンダルの跡が、白い浜辺にくっきりと伸びてゆく。
3人の背中を見送ったあと。
「では俺も行くとするか」
着物の袂にコンパスをしまいジャンプして足を慣らしたのは涅槃。
「よし行こう、カレー屋を探しに」
「索敵重視の面子がいた方がいいだろう? 調達の方は頼んだぞ。……とうッ!!」
ボケなんだか素なんだか判断つきかねる答えを返し、スタイリッシュ坊主はパンダを残して疾風のように消えゆく。
その場に残ったのは、笹緒本人とどこか近寄りがたい雰囲気の玄太郎のみ。だが
「いざ行かん、美味い店をさ」
がしに。 笹緒の呼びかけは、出し抜けに遮られた。
「ハアアアッ!!!」
「!!??」
気合一閃、玄太郎が九無を繰り出したのだ。
風を切り笹尾の頬を掠め飛んだそれは、二人のはるか頭上で飛ぶ海鳥を貫いた。
「……まずは主菜1品、確保」
どさっ。鈍い音を立て、獲物が地面に墜落。
「……」
笹緒は美味い店探しを、一人で行うことにした。
*
それぞれ図鑑と雑誌を抱え、岳と桃華は山道を歩く。
1月だというのに森の緑は豊かで、木漏れ日がきらきらと美しい。絶好の山歩き日和である。
「わあ、意外にたくさん生えてるの。あそこにも! ここにも!」
「野草ファン」と足元の植物を照らし合わせながら、桃華は思わず笑みをこぼす。毒草が混ざっていてはならないので、選別は念入りに。選び抜いたそれは、持参した布に包み、鞄のように手に提げた。
その傍らで岳が示したのは、大きく枝を伸ばした低い背丈の木だ。
「この枝は箸や串に使えそうだな。葉っぱも厚くてでかいし……皿に使えるかも」
岳は枝と葉を桃華の布に包んでもらい、ついでに受け持つ。空いた手で図鑑をぱらぱら捲り、少し高い位置を見回した。
「果物あると良いんだけどなぁ 今は流石に無理か……?」
*
「お?」
一人で山の中をブラブラと散策していた恭弥は、視界の斜め上にこっくりした紅色が引っかかったのに気がついた。顔ごと視線を向けると、背の高い樹木。緑の葉陰から瑞々しい果実が顔を覗かせている。
それは岳の持つ図鑑の275Pに掲載されているものであったが、もちろん恭弥が知る由もない。
「ふむ」
軽々とジャンプし、数メートル頭上の果物を掴む撃退士。手の中に収まった果実の匂いと色艶を確かめる。大丈夫、食べられそうだ。
「悪くない」
採りたての森の恵みが、自然な甘みと水分で恭弥を癒した。
「後で回収して行くか」
場所は頭に入っている。荷物を持つのは、もう少し後でも遅くはない。
*
海辺に赴いた3人は裸足になって、波打ち際で獲物を物色していた。
「わあ、さすがに水は冷たいっ☆ でも気持ちいい〜♪ ほらほら、梅ヶ枝センパイもラグナセンパイも早くぅ!」
水遊びをする美月に名を呼ばれたセンパイ2人はどことなく残念そうだ。
「もう少し暑けりゃな…」
「ああ、水着が期待できたのに……」
なるほど、美月は確かに水着ではなく、コート代わりの儀礼服をたくし上げて水の感触を楽しんでいる。それでも十分可愛いのだが、水着は男のロマンだったりするらしい。
もっとも彼女はそんな思惑を知る由もなく、透き通った海を泳ぐ魚に狙いをつけていた。レイピアを構え、息をとめ──
「大人しく、青春の糧となれーっ!」
まっすぐに、突いた! 槍先が一閃し、貫かれた魚がピチピチと跳ねる。
「よし、次は私だ」
女の子に、しかも後輩に負けてはいられない。
「…ぬう」
真剣な表情で水面を見つめるラグナ。魚は優雅に泳いでいる。次の瞬間。
「とりゃああああ──ッ!」
気合のかけ声と共に、騎士の両腕が魚を捕らえんと突っ込まれた! 一瞬指に触れる、ぬるりとした感触。だが。
「くッ、逃げるとは卑怯者ッ!」
文字通り命がけの魚は、ラグナの手をすり抜け逃げた。
嗚呼、気合の空回り。それこそが「非リア充」である大きな理由だと、彼は未だ知らない。
さて、少し離れたところで海藻を集めていた寿だったが。
「もう入んねぇなぁ……そうだ、っと」
持参の洗濯ネットから溢れんばかりの獲物を掴んで、何か思いついたようだ。
すなわち。
「ラグナ! 美月! 敵だ! 海藻魔人だ!」
余った海藻をカツラのように頭から被って、両腕を振り上げたのだ。
「きゃあああ!」
驚いた美月は、足を滑らせ浅瀬に尻餅、ばっしゃあん!
「梅ヶ枝センパイの意地悪っ! ちょ、ラグナセンパイはこっち見ちゃだめっ!」
「悪ィ悪ィ」
「着替えはあるんだろう? 浜に戻って着替えたら引き上げよう」
*
おや、美月が着替えていた岩陰のすぐ側に、硬直した人影がひとつ。
「こ、これが無人島特有のアクシデントというやつか……」
それは、偶然すぐ近くで筋トレに励んでいた玄太郎だった。
女性に免疫のない彼は逃げることもできず、かといって積極的に鑑賞するなどとんでもなく、ただ蛇に睨まれた蛙のように、その場で動けなくなってしまったのだ。
「合宿……おそるべし……」
実際のところ見たのか、見なかったのか? 答えは、玄太郎だけが知っている。
*
山組と海組が次々と食材を確保している頃。
「……一軒も、店がない」
島中を探索していた笹緒は、絶望にうちひしがれていた。
よよと崩れ落ちたもふもふの背中は、悲しみのあまりスキだらけだ。柔らかくて美味しそうな背中を狙って、島に棲む猛禽類が急降下してきた!
「危ない!!」
「ッ!?」
鋭い嘴が笹緒を襲う寸前、リボルバーの弾丸がその頭を打ち抜いた。
午後の日差しに輝くスキンヘッド、はためく袈裟。果たしてそれは──。
「俺の名は涅槃三世! スタイリッsy(ry」
ちなみに(ry のあとは、セクシー坊主と続くらしい。
●食材は手をかけてこそ、食べ物となる!
食材調達の途からまず帰ってきたのは、岳と桃華だった。
「おまたせしたの」
「食料、調達してきたぞー」
待ちわびる調理演習班の8人の前で、収穫物の包みを得意げに広げる。
「わぁ、すごーい!」
開いた布のなかには、収穫物がぎっしりだ。
採れたてもぎたてのシャキシャキした山菜、香り高いきのこ類。さらには箸や串に加工できそうな小枝に、皿やまな板としての役目も果たせるであろう丈夫で大きな葉っぱを沢山、である。
「俺の採ってきたのは、こんなとこだ。あと頼んだ」
続いて戻ってきた恭弥は、たまたま近くにいた白兎に枝つきの果物を押し付け、そのままふらりと踵を返す。
「あ、ありがとう……」
白兎が礼を口にした時には、その背中は仲間の輪から既に離れていた。
「わぁ、おいしそう!」
「これは絶対デザートですね!」
甘い香りを放つ天然のスイーツに、ゆいかと藤花の笑顔がぱっと咲く。
「ただいまぁ〜♪、皆遅くなってごめん☆」
「しかし重いぞ、これは」
三番手は、寿・ラグナ・美月の海の幸チーム。
ラグナと美月は、バスケット型に折ったクロスの中に、海水と一緒に魚を入れての帰還である。
「魚は一応人数分とってきた〜、ハイこれは、海のミネラル」
その横から、寿が洗濯ネット──深緑に暗赤色の海藻ミッシリ入り──をソフィアに差し出した。
「まあ、こんなに沢山! 美味しいサラダが作れそうですね、小紅さん」
友人の嬉しそうな顔に、名を呼ばれた小紅も僅かに頬を緩め、頷く。
「これだけあれば、食事も作りがいがあるってもんだ!力仕事は任せてくれな」
小柄とはいえ調理班で唯一のメンズ、六助が集まった食材と調達班の顔を見比べ笑った。
と、その肩を涅槃と玄太郎がちょいちょいとつつき、
「あ、これもこれも」
「足しにしてくれ」
それぞれ九無とリボルバーで狩った(?)鳥をすっと差し出す。
「他にも何か必要なものがあれば調達するが」
涅槃の問いに、答えたのは結。
「そうだな、燃料用の薪が心もとない。追加があれば心強い」
そんなわけで。
さあ、調理演習班、時は来た。
腹をすかした仲間たちのため、その腕を存分に奮ってくれ──!
*
男子も学園で家庭科の授業は受けている……はずなのだが、調理の主導権を握るのは女子たちで。
「まずはお魚の下ごしらえからですね。確かこうやって頭を落として……」
藤花が石の上に葉っぱを敷き、魚の腸を処理しはじめた。
「うろこも綺麗におとしたほうがいいね」
ゆいかは包丁の背で魚のうろこをそぎ落とし、手際良く腹をひらいてゆく。ああ、この子は料理が大好きで、慣れているのだなと傍目にもわ かる、実に鮮やかな手つきだ。
「よいしょっと……こうか? 意外と難しいな」
六助も意気揚々と手伝うが、やはり手元はおぼつかない。
とはいえ男子ならではの仕事をこなす彼は、調理班になくてはならぬ存在でもあった。
「ええい、後は任せた! 俺は魚を洗う水を調達してくるっ」
そう、調理用の海水を海から汲んでくるといった力仕事などがそれに該当する。
数分後、届けられた海水で魚を洗い始めたのは、ソフィアと小紅だ。海水は2つの容器に分け、一つ目でざっと下洗いしてから、二つ目の容器ですすぐ。
「普段のお料理とは、勝手が違いますね」
「そうだな」
戸惑った笑みをうかべるソフィアに対し、小紅はあまり表情を出さない。だが瞳の奥には、仲間とのひとときを楽しんでいるような色が確かに見て取れた。
「ね、この山菜、すごくいい匂いがするよ! ハーブみたいに使えないかな」
魚の下ごしらえを終えたゆいかが、並んで作業する小紅とソフィアの間からひょっこり顔を出す。
なるほど、彼女のいうとおり。手にした山菜からは、スパイシーで甘い香りが漂っているではないか。
「塩だけのシンプルな味付けだからきっと合うだろう」
「だよね!」
ソフィアも加えて3人で、手でちぎった山菜を、魚の腹に詰めてゆく。詰め物がこぼれないように、小枝から削り出した串で止めるのも忘れない。
「こっちは、詰め物なしで焼くお魚だね」
藤花と白兎は、手を加えない魚に串を刺す作業を受け持った。
「この海そうや、まだまだいっぱいあるおやさいときのこはどうしよう……?」
「ああ、それは俺に任せとけ」
不安そうな白兎から山菜ときのこを受け取った六助が準備したのは、大きな葉っぱ。山の幸を真ん中に乗せ、丁寧に包んだあと小枝で留めて、包みを形作る。
「後は地面に穴掘って石敷いて、熾き火で蒸せば温野菜の出来上がりだ」
「すっごーい……」
小柄な六助も、小学部の白兎から見れば頼もしいお兄さんだ。
「た、たいしたことねえって」
憧れの眼差しに気がついた13歳は、頬を赤くして顔を背ける。照れ隠しかきょろきょろし、
「竈をつくるのは、設営班に手伝ってもらったほうがいいな。おーい!」
月子と晃に、手を振った。
*
月子と晃は、涅槃と一緒に森に入り、薪代わりの枝を抱えて帰ってきたところだった。
「竈か。この砂浜につくるとしたら、あっちから岩を運んで来る必要があるな」
涅槃が指差したのは、海岸線から少し離れた岩場だった。寝床の場所探しをしているらしい悠騎とアトリアーナの背中が小さく見える。
ざっと直線で数百メートル。撃退士とはいえ、25人分を賄う竈を組むだけの岩を運ぶのは、決して楽ではない距離だ。
「考えていても埒が明かない、行こう」
最初に動いたのは、結だった。涅槃、六助、晃も慌ててあとに続く。
「お前はいいよ。女はあっち行ってろ」
「つっきーもだ。俺たちが運ぶからだいじょーぶだって」
負けん気からか、六助が結に、晃が月子に「勝手な戦力外通告」をするも
「…お気遣い、感謝します。ただ私は撃退士ですので…皆さんと同等の力はありますから、大丈夫です」
結はその目の前で、言葉通り軽々と石を持ち上げることで拒否し、月子は月子で
「もぅ〜晃ちゃんったらぁ偉ぶっちゃって♪ か〜わいい!!」
たわわなバストに、純情小学生の頭を挟んでひしと抱きしめるのであった。
「つ、つっきー……、くるし……息、が」
濃密な柔らかさに窒息したのか、晃がかくーりと頭を垂れる。もちろんお姉さんは、凶器が乳だなんて気がついていない。
「晃ちゃんどうしたの? 晃ちゃーん!」
そんなこんなでちょっとした(?)アクシデントはあったものの、ほどなく石を組んだ竈が砂浜に完成した。
「わあ、かまどができたぁ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表す白兎の姿に、年長者たちの頬が自然に緩む。
「よし、じゃあ採ってきた枝をくべて……おっとつっきー、生きてる木は駄目だぜ。枯れてないと燃えねーんだ、水分あるから」
「わあ、晃ちゃんものしりぃ♪ お姉さんがご褒美のハグしちゃお」
「ってかそれごほうび!?」
一般的に十分ご褒美だと思うが、されるがままの小学生男子にはまだ魅力がわからないのかもしれない。
「さて、火種をどうするかだが」
「あ、私が」
結の言葉を引き取ったのは調理班のソフィアだった。
「いきますね」
彼女のアウルに、ポケットに収めたスクロールが呼応。発動は、ぴんと立てた右手の人差し指だ。
「えいっ」
出力を絞った光は、まっすぐ竈の中の枝に向けて伸び……着火!
「…っし、点火ぁ! 後は火を死守するぞー!」
晃の言うとおり、大切な火種だ。一同は力を合わせて竈を扇いだ。調理班の面々は葉っぱで、結はしゃがみこんで息をふきかけて。
それでもなかなか、火種は育たない。
「何で、今の時代にこんな事を…」
「これも、修行だ」
涅槃がニッと笑うのとタイミングを同じにして。
「わあ、火がついたあ!」
白兎がぱちぱちと手を叩いた。火種は枝に燃え移り、竈の中で大きな炎に育っている。
「ざっと、こんなもんだな」
これにて一件落着。六助がふう、と息をついた。
──さあ後は火の神様と時間の神様に、食材をあずけて出来上がりを待つだけだ。
●快適な寝床づくり、承ります
日が傾いた浜辺に、竈にくべられた薪……正確には枝……が燃える香ばしい匂いが漂う。
「お、調理班の連中、頑張ってるな」
「私たちも負けていられないわね」
それぞれの役割に一生懸命な仲間の存在を、真樹と悠騎は背中に感じていた。
設営班の役割は言うまでもなく、ゆっくり休める寝場所の確保。
なにしろ天魔の潜むかもしれない島で、25人が一夜を明かすのだ。合宿の安全は彼らの手にかかっているといっても過言ではないだろう。
「えっと、現在地がここで、船が付いたところがここで……」
アトリアーナは持参のコンパスと筆記具で、即席の周辺図を作っていた。地図というほどではないが、位置関係や距離の把握には十分役に立つ。
「砂浜からあまり遠くないところに、洞窟があればベストなんだが……無ければせめて、岩が張り出したところか」
仁刀が周辺図を覗き込みながら、首を傾げて考え込む。
「森はどう? 枝の茂った木の下でも、何とかなると思うのだけど」
悠騎が指先で地図の1点をつつき、別の案を示した。
「天魔は森に住んでいる可能性が高いから……浜の方がいいの」
アトリアーナの意見に、仁刀が首頷いた。
「ならば、やはりこのいわば周辺で決めるのが最善ではないか」
真剣な議論。一方寧は少しばかり退屈そうだ。
「んー……気温的にみれば何時でも寝れる感じよねえ」
いいからちょっとお昼寝でもしてみない? そう言わんばかりにあふんと、欠伸をする。
「それ言っちまったら、身もフタもねーだろ」
両手にダンボールとビニールシートを抱え、さらには背中にまでくくりつけた原田が呆れたようにツッコミを入れた。だが寧は堪えた様子もなく、笑みをこぼす。
「気持ち良い処で寝るのは、どんなに深い睡眠が得られるのか楽しみです」
「……気楽でいいなおめーはよ……」
軽く頭を抱える真樹。その背中に仁刀が声をかけた。
「原田、やはり先程見た岩場が最良だという結論に達したんだが、どうだろうか」
「いいぜ。じゃあ戻ろう」
先程見た岩場、というのは調理班&設営班別働隊が竈用の岩を運び出した箇所だ。改めてその場を訪れた一行は、そこを寝場所とすることに決めた。
「いいんじゃない? 洞窟とまでは言わないけれど、雨露を凌げる岩も張り出してるし、浜よりは少し高いから水はけもいいし」
「下に草も生えてて、寝心地もよさそうだわね」
「よし、ここで決まりな!」
真樹が両手と背中のダンボール及びシートを投げ出し大きく伸びをした。しかし休憩は一瞬、すぐさま地面にダンボールを敷き詰める作業にとりかかる。
「こうやって敷くと、底冷えしないからな」
「僕も、お手伝いするの」
「よし、じゃあアナトリーナはダンボールを地面に並べてくれ。俺はこのシートをターフ高いところから……っておい、香坂!」
「あァ?」
刺のある声で名を呼びつけられた瑞は、面倒くさそうに振り返った。見ると船の中にいるときから暑苦しくてうざいと思っていた同級生、原田が、睨みつけているではないか。
「おまえ、後輩の女子に手伝わせてフラフラしてんじゃねえよ」
やれやれ、熱血系お得意の集団行動か。瑞は鼻で笑う。
「幼稚園じゃあるまいし、こんなに大勢いらねえだろ、バカバカしい」
そう、瑞には瑞で、やっておきたいことがあった。──いつまでも仲良しごっこをしているほど、暇ではないのだ。
「おい香坂、サボるのか、待てよ!」
瑞は踵を返した。背中で原田が何か騒いでいるようだが、知ったこっちゃない。
「女子供には、欠かせないからな」
そんな瑞が向かったのは、桟橋のすぐ傍だった。
「あったあった」
下船の時に、既に目をつけていたドラム缶。波打ち際まで転がし、海に沈めて海水を汲み
「ふぉぉぉ!!」
気合で、背中に担ぎ上げる。
「く……結構重いな……」
結構どころか、海水入りドラム缶は、撃退士の能力をもってしても持ち上げるのがやっとだった。何しろ容量200リットル、海水1リットルは約1kgあるのだから。
それでも瑞は、一歩一歩、足を進めるのであった。
何のために? 笑顔の、ために。
●そして夜は更けゆく
空がオレンジから紫に色を変えた頃、竈とは別に用意した団欒用の焚き火を、25人分の夕膳が囲んでいた。
メインディッシュは獲れたて海魚の塩焼き&香り焼き、付け合わせは山菜ときのこの包み焼き木の実ソース添え。
彩りを添えるのは蒸し鶏入り海藻サラダに、フルーツソースをかけたもの。
さらには果物盛り合わせのデザートまでついた、堂々のコース仕立てである。
「うおー、美味そー!」
晃が歓声をあげるのも、無理はなかった。
調理班が腕を奮い、葉っぱの皿に美しく盛り付けられたそれは、アジアンレストランと見紛うほどなのだから。
それでなくとも、ハードな演習で撃退士たちの空腹は最高潮である。
「食うぞ食うぞ!」
「いっただきまーす!」
真樹が、マオが、そして他の面々も一斉に箸を取り、皿の上の料理を口に運んだ。
「うめえ!!」
「魚の塩焼きってこんなに美味かったんだな!」
予定調和のように、そこかしこで美味しい笑顔が花開く。
「……どうした〜? 具合でも悪いか?」
と、寿は隣に座った仲間が、食事に手をつけていないのに気がついた。
「下妻?」
パンダの着ぐるみに身を包んだ撃退士は葛藤していた。具合が悪いわけではない。空腹と己の信念が、皿を前にしてせめぎ合っているのだ。
「シティボーイなのでよく分からない食材は口にしたくないが、さりとて背に腹は代えらぬ……どうすべきか……」
そう、深く深く葛藤していたのだが
「何だいらねーの? じゃあ俺が」
葛藤は横から伸びてきた、寿の手という驚異によりあっさりと集結した。笹緒の本能は、夕膳を守ることを選んだのだ。
「じょ、じょーだんだって?」
パンダの手でぱしんと払いのけられた寿は、曖昧に笑って笹緒の肩を叩く。
「もちろん、わかっているとも」
笹緒も肩をすくめ、おどけたジェスチャーで応じた。とはいえ着ぐるみの奥の目が笑っていたかどうかは、定かではない?
夕膳は、瞬く間に撃退士たちの胃袋に飲み込まれてゆく。
最初に盛り付けた分は勿論、おかわりのサラダや果物まで飛ぶように売れ、完売御礼は、もう目の前だ。
「苦労して探した食材だから美味しさも一塩だと思うんだよな」
「はは、見た目はともかく味は良し、って感じかな。あ、見た目も悪くなかったかな」
食材調達を受け持った岳と、調理を担った六助。2人の少年は互いを労い、ぐっと握手を交わす。
一方、少女たちも満面の笑みを浮かべていた。
「皆が喜んでくれて、本当によかった」
慣れない屋外炊事で、白い指先にたくさん傷をつくった藤花も
「藤花さん、頑張りましたものね。ほらそこの小さいあなたにも、ごほうびですわ」
少しばかり残った果物を、白兔の口にそっと入れてやる桃華も
「ありがとー! みんなで食べると、おいしいね!」
そして果物を頬張る白兎も、皆嬉しそうだ。
おっと、小紅は相変わらずの無表情だったが
「こういうのも……悪くない、か」
意外に皆と過ごすひとときを、楽しんでいるようにも見えた。
*
気づけば空には、こぼれ落ちそうな星たち。
「よーし、風呂沸いたぞ! 小学部から順番な!」
瑞が気合と根性で担いできたドラム缶。それは仲間に風呂を使わせたいとの思いからだった。
「わあ、ありがとですー」
一番に入った白兎は、ほっこり湯だってピンク色。
「気持ちよかったか? あったまったら子供は早く寝ろよ」
夜が更けるにつれ、団欒用の焚き火の傍から一人、また一人と撃退士が立ち上がり寝床へと戻ってゆく。
皆それなりに疲れたのだろう、灯りのない寝床に聞こえるのは、安らかな寝息と、無邪気な寝言と少しのお喋りだけ。
「晃ちゃん……むぎゅ〜」
「い、いや寝るのって男女別じゃねーの!? まーいーけど……おやすみつっきー」
平和な2人組から離れたところで毛布をかぶっていた結は寝返りをうった。
「……仕事より、しんどくないのは、いい」
岩陰の隙間でゆらめく小さな炎が、暗い色の瞳に映った。
寝床の結が見たもの。それは、不寝番の火だった。
囲んでいるのは、涅槃、真樹、瑞、仁刀の4人である。
「ようやく、落ち着いたな」
「ああ、このまま朝まで何もなきゃ万々歳だ」
仁刀の言葉に真樹が頷き、大きく伸びをした。涅槃がスキンヘッドに焚き火を映しながら、真樹を気遣う。
「疲れてたなら休むといい。坊主に苦行は付き物だ。任せておけ」
格好いいことを言っているのだが、炎が額に反射しているものだから、そこはかとなく可笑しい。
と、そこに。
「皆さん、お疲れ様です」
両手に二つずつ紙コップを持ったソフィアがやってきた。
「夜食、お持ちしました」
カップの中身は山菜ときのこの残りで作ったスープだ。
ソフィアは笑って、夜食を男達に手渡した。
「おお、美味そう」
「ありがとなー」
「ご馳走になる」
涅槃、真樹、瑞、──そして、仁刀。
「どうぞ」
「ああ、悪いな」
二人は一瞬だけ見つめ合った。だがその一瞬で、残りの3人は、なんとなく察した。
「久遠、もう夜も遅いんだから、白百合を寝床まで送って行けよ」
「そうそう、火の番は3人で大丈夫だから」
「二人だけで話でもしながら、行ってきな」
男たちの気遣いに、頬を染めて俯くソフィア。一方仁刀は余裕で微笑み、ゆっくりと立ち上がる。
「悪いな、じゃあちょっと、送ってくる。行こうか、ソフィア」
かくして炎からふたつの影が離れ、寝床へと向かってゆくのであった。
そして残された3人のうち2人が
「若いってのはいいな! まさに青春だ」
「或瀬院、いいこと言うな。全くだ、絵に描いたような青春だ」
「……原田、お前だって昭和の熱血学園漫画を地で行ってるじゃないか、暑苦しい」
「なんだと香坂? やることはやる奴だと見直してやったが、やっぱりいけすかねえな、お前は」
「あァ?」
これまた青臭いやりとりを繰り広げていたことを、付け加えておく。
この先、年月を経て。
この合宿に参加した25人が久遠が原学園を卒業して、それぞれの人生を歩むこととなっても。
季節外れも甚だしい、年の瀬の合宿のことは、記憶として残るだろう。
願わくば、駆け出しの仲間とともに過ごした無人島でのひとときが。
記憶にとどまらず、良き思い出となることを祈る。