日は落ち、だが東京は眠らない。
乱立する摩天楼は煌々とした明かりが灯る。
その中でも一際目立つのが、
「あれがクラウドゲートビル……」
拘束され延々とキーボードを叩き続けさせられるMS達を、酒守 夜ヱ香(
jb6073)は想った。
「酒守さん、ユニコーンが近付いてきてるみたいだよ!そろそろこっちに来ておいてよ!」
「わかった……」
緋野 慎(
ja8541)に声をかけられ、夜ヱ香はそちらへと近付いて行く。
『角ついた馬がそんなにえらいのかー(・ω・)ノ』
『は?角付いたら三倍ですし』
『マジ角ナメんな』
『ごめん(´・ω・`)』
その間にもルーガ・スレイアー(
jb2600)が、いつものようにSNSで実況しようとした所、地味にキレられていた。
角付きは強いのである。
白い方も角を外して量産した途端、雑魚になる以上、角の有無が戦闘力に重大な意味を持つ事は確定的に明らかだ。
角付きは強いのである。
「無粋なものだ……一角獣たらんとするのならば、せめて優美なる身で乙女を魅惑すればよかろうものを」
「最近聞いたが、元々のユニコーンの伝承通りではないか?男が近付けば獰猛に暴れ、清らかな乙女のみを相手にするのだから」
怒りを隠し切れないエルミナ・ヴィオーネ(
jb6174)に、文 銀海(
jb0005)が言う。
「くぷぷ……銀海、美女……!」
「くっ……作戦とはいえ、また人前でこんな格好をしないとい けないだなんて……」
銀海を指差して笑う卯左見 栢(
jb2408)だったが、その内心は複雑だ。
高速のサービスエリアの駐車場、すでに避難が済み、建物の明かりも消えている。
ぽっかりと空いた暗闇は、ビル群のネオンが遠く、星の中に沈んでしまっているかのようだ。
そんな中、線の細い美女にしか見えない銀海。
星の海に佇む妖精のような風情すら感じられる立ち姿は、銀海だとわかっていても不味い。
(メイド服じゃなくて、逆にシンプルなワンピースとかならヤバかったかも)
メイド服はさすがに東京に溶け込み切らないと、栢は思う。
というか誰かから指定されたわけでもないのに、何故メイド服なのか。
「ところで皆、ちゃんと用意してきた?」
「む?何がだ?」
エリス・ヴェヴァーチェ(
jb8697)の言葉に、清純 ひかる(
jb8844)が反応する。
真っ赤なスーツ、短いスカート、黒のストッキングはある種の神器だ。
「あら、見たいの?……思春期ねえ」
「何がだ!?」
「仕方ないわね、そんなに言うなら……」
「待て、何故スカートをたくしあげる!?」
蠱惑的な笑みを浮かべる唇をゆっくりと撫でる赤い舌、同じくらいエリスの赤いスカートが徐々に持ち上げられていく。
広がっていくストッキングに包まれた太股は、いけないと思いつつもひかるの目を惹きつけ、離さない。
「い、いけない……そういうのは、きちんとお付き合いしてからでないと……!」
「ブヒヒン!」
「そんな事言いながら、鼻息荒くしてるじゃない…………見たいんでしょ?」
「や……駄目……だ」
「フヒヒヒヒ」
「ふふ……なーんて、実は下にアンダースコートを履いてるから大丈夫よ!」
「フヒィ!フヒィ!」
「って、何かいる!?」
顔を赤く染めるひかるの背後に、いつの間にか存在していたのは、件のユニコーンだ。
前足で何度も地面を強く蹴るその姿は、まるで戦友に裏切られたかのような悔しさが滲みでていた。
その度にユニコーンの背中に乗った少女は、小さな悲鳴を上げている。
「まったく誘ってないのに来た……」
「ブヒヒン!」
ユニコーンの嘶きが、夜ヱ香には「こんなに美女がいるなら、そら来るわ!」と言っているように聞こえた。
だが、まだ距離は遠い。
このままでは捕らえきれない可能性もあるため、撃退士達は予定通り女性陣ご囮となり、ユニコーンを引き付けるために動きだした。
『よーしパパ封印をちょびっと解放しちゃうぞー (≧∇≦)』
シャツの第三ボタンまで外し、前屈みのポーズを取るルーガ。
「ふひん」
『あ?(・ω・#)』
何かいまいち、とばかりにそっぽを向くユニコーン。
「一人じゃ駄目なのかしら。なら私も」
「ふう……」
「……あん?」
エリスのこめかみに、太い太い青筋が浮かんだ。
馬風情に「わかってねえな」とばかりに見下されては、誰だってこうなる。
「えっと……どうしたらいいのかな……」
「フヒヒヒヒ」
「何もしてないのに!?」
一歩、夜ヱ香近付くユニコーン。
何もしていなくても揺れる胸の前に、雄は誰しもが無力なのだ。
「ふむ、やはり胸は好きなようだな。なら、足はどうか」
「アンスコ!アンスコ!」
「明らかに喋ってない!?」
再びぱっかぱっかと前足を打ち付けるユニコーン。
今度は相当怒っているようだ。
アンダースコートはよほどお気に召さないらしい。
「うーん……おっきい方が好きみたいだし、アタシもアンスコ履いてるしねえ……銀海行ってみてよ」
「待て、どうして私が。やめろ、卯左見。押すな!」
栢に押し出された銀海は、慣れないスカートで堪えきれず倒れ込んでしまう。
「ああ、すまない……ん?」
「ヒヒーン」
倒れ込んだ銀海が掴んだのは、純白の角だった。
ユニコーンの角は、血管が通っているのかどくんどくんと脈打っていて、なんだか生暖かい。
「そのまま離すな!」
「わかってるけど、何か気持ち悪い!?」
即座に動いたのは慎だ。
ユニコーンが現れた事に真っ先に気付いた彼は、即座に遁甲の術で隠れ潜み、チャンスと見て取った瞬間に全力の兜割りをユニコーンの頭に叩き込んだ。
ぐらり、と倒れかかるユニコーン。
一瞬ぐらつきこそすれ、たった一発で倒れるはずもない。
だが、その背に乗る少女は別だ。
激しく動き回っていたユニコーンのせいで、彼女の握力は限界を迎えつつあった。
馬の背は案外高く、二メートルほどの高さではあるが、無防備な体勢で落ちてしまえば悪くすれば障害の残る怪我をする可能性すらある。
「ひっ!?」
「もう大丈夫だから、安心して」
そこに滑り込んだのは、ひかるだ。
思春期とからかわれていた姿はそこにはなく、爽やかな笑みを浮かべる彼はまるで王子様のようですらあった。
「あ、ありがとうございます……」
「かまわないさ、これが僕の務めだからね」
ひかるは即座に離脱すると、ユニコーンが再び少女を襲おうとしても問題にならないだろう距離を取った。
「さてと……うわあ……」
振り返ったひかるが見たものは、光届かぬ澱んだ海の底のような光景だった。
「綺麗な鬣ねぇ……」
獲物を捉える鷲の爪の如く伸ばされたエリスの五指が、ユニコーンの鬣をがしりと掴んだ。
『急募・残酷な拷問の方法』
『どうしたんでござるか、ルーガ殿。マジっぽいでござるよwww……えっ、どうしたんですか?』
ユニコーンに跨がったルーガの右手には、圧縮されたアウルの輝きが宿る。
SNSでもどん引きされるほどのテンション急降下だ。
「乙女の内面にすら気づかず上辺の姿だけ見やるような目ならば、要らぬなぁ?」
にっこりと微笑むエルミナに、ユニコーンはふるふると首を振ろうとした。
だが、鬣をエリスに掴まれ、跨がったルーガが両股で締め上げてくるせいで、ユニコーンはまったく身動きが取れない。
「最後に一つだけ聞いておこう」
そっと、まるで清らかな泉に遊ぶ妖精のような手付きで、エルミナはユニコーンの顔に手を添えると、そのほっそりとした両の人指し指がユニコーンの目のすぐ下に置かれる。
「何故、銀海だ」
「何故、私にも殺気が送られるんだ!?」
エルミナの手の中ではみしみしと何かが軋む音が鳴り始め、
「答えろ」
ユニコーンの背にルーガの圧縮されらたアウルが近付けられれば、肉の焼ける臭さが漂い、毛並みのよかった鬣もエリスの手により徐々に引っこ抜かれていく。
「ひ、ひい……!」
「皆、ダークサイドに……」
その後ろで抱き合いながら、ガタガタと震える夜ヱ香と栢。
「なあ、ユニコーン……答えるんだ」
「パンツ!ヒンニュウ!オトコノコ!」
「喋ったー!?あと私は男の娘じゃねえー!?しかも、ぱんつ見られてる!?」
驚く銀海。
そして、
「遺言は、それでいいな」
「躊躇なくいったー!?」
くちゅり、とエルミナの指が(以下残酷な表現に付き、省略されました)
ぶちい!と勢いよく引っこ抜かれた鬣にはエリスは赤い(以下残酷な表現に付き、省略されました)
ルーガの両足に膨大なアウルが集まると、ユニコーンの胴体は(以下残酷な表現に付き、省略されました)
三人の高まるアウルは、クラウドゲートビルすら灰も残さずに焼き払えそうな(以下残酷な表現に付き、省略されました)
●
「自分自身で未来の可能性を潰していたんだから、誰にも文句は言えないよね……」
血に染まったアスファルトを視界に入れないようにしながら、慎は呟いた。
『またかっこよく敵を倒してしまったンゴwwwww』
『はい、ルーガさんの仰る通りです』
『さすがルーガさんです』
「戦いはいつも虚しい……」
「ユニコーンだって、これぐらい覚悟してたさ。乙女の心を傷つけたからには死あるのみ」
SNSで報告するルーガと、大きな穴が空いたクラウドゲートビルを見つめるエルミナとエリス。
何故か遠い目で佇む三人に、慎は懸命にも何も口を挟まなかった。
誰だって命は惜しい。突っ込んではいけない場所があるのだ。
「あの、ありがとうございました……ですから」
「そ、そうだよ!今回は君がいなければユニコーンに逃げられていたかもしれないし!」
ユニコーンに捕らえられていた少女とひかるに慰められているのは銀海だ。
男性の骨盤では難しいはずの女の子座りを平然とこなしている銀海のメイド服は、黒ずんだ赤ーーい血に染まっていた。
虚ろな目で血に染まるメイドは、倒錯的な色気があり、スカートが僅かにめくれあがって白い足がちらりと見える銀海の姿は、完全にノーマルだと自認しているはずの慎も少しばかりどきりとして、
「あれは銀海……あれは銀海……アタシは百合……アタシは百合……」
栢が地面にがつんがつんと頭を打ち付け、何かを呟いている。
「大丈夫……?」
「抱き付かせてください」
「少しなら……?」
心配して近付いてきた夜ヱ香にひしっと抱き付くと、
「うひょー!やっぱりおっぱいはいいなあ!」
「やっぱり離して……!」
慎は再び目を逸らした。
思春期なのは、ひかるだけではない。
「ところで……銀海さんはどうして虚ろな目をしてるんだ?」
「……笑えよ、馬にぱんつ見られた私を」
「どうしてそこでショック受けてるんだよ!?冷静になってよ!?」
「くっ……そうだな、伊達に修羅場は超えてないさ」
よろよろと立ち上がる銀海の目が、再び力が籠り始めた。
一歩目はよろけ、だが二歩目にはしっかりと地を捉える。
「次は……絶対にぱんつ見せない……!」
あっ、また女装はするんだ。
その言葉を飲み込んだのは、間違いなく慎の優しさだった。