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マスター:久保田
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/02/07


みんなの思い出



オープニング

 何度も何度も、数え切れないほど同じ夢を見た。
 色は赤、糞尿と反吐の混ざり合った臭い――つまり、内臓の臭いすらきっちり再現された夢だ。
 それでも夢は、どこか遠い。
 圧倒的な暴力に襲われ、引き千切られた妹の首は一体どんな表情を浮かべていたのだろう。
 フローリングの溝を流れる血の川のぬめりは覚えていても、肝心な所が思い出せない。
 喉から血を吐くほどに叫んでいた幼い俺の想いすら、長い長い時間の中で擦りきれてしまった。
 だが、それも今日で終わりだ。

「狂っているねえ、人間」

 復讐する力が、欲しかった。
 復讐なんて無意味だ、なんて知った風な口を叩く他人を拒絶しながら、ひたすらに刀を振り続けた。
 だが、

「狂いもするさ、悪魔」

 俺には決定的に才能が――アウルがこれっぽっちも存在していない。
 何度、検査を受けようと結果は同じ。
 悪魔を斬る力が、俺にはなかった。
 狂いもする。狂うに決まっている。
 しかし、届かせた。
 端から見れば情熱的な恋人同士にすら見えそうな距離に広がるのは、真っ赤に汚れた真っ白な女の肌だ。
 紅の瞳はルビーのように鮮やかで、柘榴のような唇の端からは俺のものと混じりあった血が流れている。
 仇の悪魔の胸には俺の刀が突き刺さり、その美しいとしか言い様のない身体を夏休みの昆虫採集のように地面に縫い付けていた。
 百で足りないなら千を、千で足りないなら万を、万で足りないなら億を、億で足りないのなら届くまで。
 ひたすらに振り続けた剣は、今こうして悪魔に届いた。

「虫のように死ぬのは、なかなか悪くないだろう?」

「それがいい男と一緒なら、もっと悪くないねえ」

 悪魔にのしかかるようにしている俺の腹には、向こう側を見るには苦労しないだろう大穴が空いている。
 悪魔の攻撃を避けず、ただひたすらに相討ちに持ち込んでやった結果だ。
 その事を後悔する気持ちなんて、俺の中を探してもどこにも見当たりはしない。
 ただ刃を届かせるために、鍛え続けた日々は確かに今、報われたんだ。
 だけど、

「泣き喚けよ」

 ぎり、と刀を捻って悪魔の傷口に空気を送り込んでやっても、悪魔の口元から腹の立つ薄ら笑いが消えない。

「これでもそれなりの外道として名を通してきたのさ。それが最後に泣き喚いてちゃあ少しばかり情けないだろう?」

「俺はお前を殺すために生きてきた!」

「情熱的に迫られるのは、嫌いじゃあないねえ」

 自分のやって来た事を後悔させ、寸刻みにしてやるつもりだった。
 どれだけ泣き喚こうと許さず、解体される豚のようにしてやるつもりだった。
 それがこんな余裕ぶったまま死なれては、解体された豚のように殺された妹が浮かばれるものか。
 だけれど、胃も腸も吹き飛ばされた俺の身体は、もう指一本動かせなくて。
 ほんの少しだけ脳に残った怨念だけが、ぎりぎり俺の意識を繋ぎ止めている。

「ひひっ」

 と、悪魔が嘲った。

「よぉく濁った目をしているね、あんた。そういう目は私、大好きなんだよ」

 胸に刺さった刀なんて最初から無かったかのように、ゆっくりと上半身を起した悪魔の細い両の腕が、抱き絞めるように俺の首に回される。
 それを振り払おう力すら、俺のどこを探しても残っていなくて、

「あんたみたいなのを、ディアボロにするの大好きだよう」

 魂が抜かれる絶頂じみた感覚は、アウルを持たないただの人間では抗う術はない。
 だけど、俺はたった一つだけを祈った。











――殺してやる。













●埼玉県・S市ビジネス街
 夜の街に、線が引かれた。
 その線は黒い光だ。
 一呼吸にも満たない時間の中、十を超える光が疾る。
 光は視認出来る速さなんて遥かに超えていて、僕はとにかく生存本能のままに身を投げ出す。
 
「冗談じゃないよ!?」

 僕の代わりにビルの厚い壁が、豆腐のように切り裂かれた。
ディアボロの腕は、肘から先が人の形をしていない。
 肘から先は、光を吸い込む真っ黒な刀の刃だ。
 二の腕も、足もまるで甲冑のような装甲に覆われている。
 ただ顔があるべき場所の真ん中に木の虚にも似た、ぽっかりと空いた穴が空いていた。
 ちらほらとある街灯程度しか光源の無い現状では、黒い光を返さない刀はひどく厄介な代物であって、僕こと久遠ヶ原学園中等部二年、初霜 夕樹にはひどく手に余る相手だ。
 力任せに振り回すだけの、獣と変わらないディアボロならこれまでに何度も相手をしてきた。
 だけど、目の前のディアボロは違う。
 こちらへの踏み込みは速く、鋭く、ブレがない。
 無駄なブレがあれば、百の力がそれ以下の速さにしかならず、無駄なブレが無ければ百の力をそっくりそのまま速度に転化出来る。
 生来の強者として存在する天魔ではなく、弱者たる人間の技術がこのディアボロにはあった。

「くっ……!」

 あっさりと追い詰められた僕は、黒い西洋甲冑のような姿をしたディアボロを、必死になって観察する。
 関節は人の形と変わらず、人の技術を使うのであれば、人の動きに縛られるはずだ。
 剣閃は見える気はしないけれど、先読みさえ出来ればまだチャンスはある。

「と、いいなあ……」

 ここまで十合ほど打ち合ってみた戦闘の中で、圧倒的に言い訳の余地がないくらいに、このディアボロが僕の格上だと理解出来た。
 研鑽に研鑽を重ねたその動きは、僕なんかじゃあ到底及ばない高みにあるのがよくわかる。
 数度殴りかかってみたけど、その全てをあっさりと弾き返され、全てにカウンターを叩き込まれて身体中、傷だらけだ。
 速くて、堅くて、上手い。
 距離を離しても遠距離攻撃をしかけては来なかったディアボロの強さは、ただそれだけだ。
 その壁がまた高いのだけれど。
 ディアボロの右肩がぴくりと動くと、反射的に僕の視線がそちらに流れる。
 しまった、と思った瞬間には下から殺気。
 股から頭の天辺まで開きになる光景を強制的に幻視させられるような、強烈な斬り上げが来る。
 あっさりとフェイントにひっかかった、と意識するよりも前に叩き付けるようにして殴りかかるけれど、コンクリートを砕く手応えしかない。

「やば」

 地面を殴り付けた反動を生かし、そのまま全力で飛び退くけれど、言葉を漏らした事が悪かったのか、飛び退く寸前に斬られた傷が腹圧でぱっくりと開こうとしている。
 即、抑えなかったら腸とかはみ出す程度には深く斬られた。
 身体的なフェイントと殺気のフェイントを組み合わせた、学園の教本にも載っているようなシンプルな技巧だけど、ディアボロの精度はこれまでに見た撃退士の中でもトップクラスだ。

「うん、僕じゃ無理だ」

 一対一のタイマンになると、僕一人が勝てる相手じゃない。
 あのディアボロを倒すなら同格以上の存在を連れて来るか、

「後はお願いします、皆さん」

 数で何とかするしかないや。
 何とか時間稼ぎは出来たし、援軍は間に合った。
 悪いけれど、僕は引かせてもらおう。
 いくら撃退士でもそろそろ死にそう……。

「……しかし、まぁ」

 あれだけの技を持ったディアボロ――その元になった人はどれだけの時間と、どれだけの想いを持って自分を磨き続けていたんだろうか。
 そんな事が、ふと気になった。


リプレイ本文

 状況はひどくシンプルだ。
 敵ディアボロは交差点の中央に、そこから北に五十メートルほどの距離に六人の撃退士が立っている。
 左右には屹立するビル群、 一飛びで超えられるほどは低くなく、真っ正面からの殴り合いしか選択の余地はない状況だ。
 そして、すでに撃退士に手を出したディアボロと、問答する余地を佐藤 七佳(ja0030)は認めなかった。

「人の世界にとって害悪になるのなら、貴方を斬るわ」

 左腰の刀に右手を添えたその姿勢は、居合いの構えだ。
 僅かに腰を落とた姿は、普通ならば即座の移動には向いていない。
 だが、その背に展開されるのは偽翼「煌炎」、不安定な天使の力を制御するための浮遊型力場制御器である。
 離陸する寸前のジェットエンジンのように、純白のアウルが輝き始めれば、七佳の身体を前に押し出そうと唸りを上げ出す。
 だが、激突の潮は満ちていない。
 じり、じりと五十メートルの間合を、センチ単位でディアボロと七佳は詰め始める。
 音はない。
 ディアボロが出現したせいで車一台通らず、そのくせ慌てて避難した一般人が多かったらしく、明かりの漏れるビルがあちこちにちらほらと存在している。
 それは不思議な光景だった。
 仕事を抱えたサラリーマン達が夜遅くまで働く、ある意味では平和で、ある意味では平和でない当たり前の光景だ。
 なのに人がいないせいで、すっぽりと音が抜け落ちていて、たったそれだけの事で奇妙なまでの違和感を七佳は感じていた。
 そんな事を考えていたせいだろうか、ディアボロの動きを七佳は見過ごしてしまう。
 いや、見過ごした、というのは正確ではない。
 寸前まで接敵していた撃退士の報告にあったような技巧を凝らした動きではなく、街中を歩くような自然な歩き方だ。
 それは当たり前の光景を想起していた七佳の意識にすっぽりとはまりこみ、敵対を忘れさせた。

「くっ!」

 無論、それは長い時間ではない。
 せいぜい三歩の距離を削られただけだ。
 しかし、一方的に削られた間合いは、圧倒的な不利を呼ぶ。
 反射的に煌炎を起動させ、背後に爆発的なアウルを放ち辺りを白く染めながら加速を開始するが、上半身を前傾させたディアボロはすでに加速のラインを捉えていた。
 高位天魔のように絶望的な最高速はないにしろ、一歩と半分の距離でトップスピードに乗り距離を詰めたディアボロは、七佳の行動を阻害する。
 左右への変化には距離が足りず、直線的に突っ込めばカウンターの餌食だろう。

「だけど!」

 七佳が背後から放った純白のアウルを目隠しにし、二つの光、少し遅れて二つの人影が飛び出す。
 二つの薄紫をした光はダアトの、苑邑花月(ja0830) と柏木 優雨(ja2101) の放ったエナジーアローだ。
 花月の放ったディアボロへの一本は左剣によって切り払われるが、優雨の放った一本はそもそもディアボロ自体を狙ってはいない。
 ディアボロのアスファルトを穿ち、足を止めさせようという一撃だ。
 花月のエナジーアローを切り払い、体勢の崩れたディアボロは、優雨のエナジーアローを小さな跳躍で回避する。

「行きます」

 羽のないディアボロが動きようのない空中に身を逃した瞬間を、ユウ(jb5639)が捩じ込んだ。
 精密なアウル操作により、下半身を強化する縮地と呼ばれる技法を用いた大加速と、重量のある突撃槍を野球のバットのように振り回し、遠心力の乗った薙ぎ払いは、生半可な代物ではない。

「…………」

 だが、対するディアボロに動揺の色は無かった。
 日本刀に似た右剣を、ユウの攻撃の軌道上にそっと乗せると、その湾曲した刀身の上を長大なランスが滑っていく。
 そのまま暖簾でも潜るように、右剣を上げていけば、その先にあるのはユウの無防備な胴体だ。

「やらせませんよ!」

 最後の一つの人影は、橋場 アイリス(ja1078)。
 左頬に暗赤色の刺青の様な紋様がすでに浮かんでおり、退魔【虚数】と呼ばれる自己強化の魔術により、絶対絶命のタイミングに割り込んでみせたのだ。
 干将と莫耶、その二本の夫婦剣を踊るように操るアイリスは左でユウを狙う一撃を止めながら、右剣にてディアボロの胴を深々と打った。

「ち……硬いですねぇ……!」

 徹しという名の鎧通しの一種を放ってはみたものの、アイリスの手元に返ってくるのはアウル無しでゴムタイヤを殴り付けたような重い感触で、攻撃が通り切った感触はない。
 だが、無意味では無かったのだろう。
 前に進み続けていたディアボロに合わせるように叩き付けられた攻撃は、見事に足を止める。
 
「まだだ!」

 半端な進路を取る事を強いられていた七佳だが、街頭を蹴り付ける事により進路を鋭角にねじ曲げるが、アウルを放ち加速するだけでは空中で居合いを放つ体勢を整えるには足りない。
 足を大きく振り、その身に乗ったベクトルに右回転を加えると、鞘から刃を抜いた。
 白い光を纏う七佳の一閃は首を落とそうと、だがディアボロは更に上半身を落とすと、ぽっかりと空いた虚の部分で受け、身を回す。

「まずっ……」

 確かに半ばまでディアボロの頭を切り裂いた七佳の刃だが、がっちりと噛み合った刃と虚は押そうと引こうと簡単には抜けず。
 再び黒い光が疾る。
 刃が止められた七佳を、二撃目を狙っていたアイリスを襲う。
 一呼吸にも満たない時間の中に放たれたのは、左右の斬撃。
 身を捻り、二の腕を浅く切られただけで済んだアイリスとは違い、

「七佳さんっ!?」

「きゃあ!?」

 空中で絡め取られるようにして動きを止めていた七佳に、避けられる道理はない。
 目にも止まらぬ斬撃は、七佳の腹を一文字に裂く。
 ぱっと散った紅い華、力を失った七佳の身をディアボロは絡め取った刃を支点にし、身体を振り回す事により投げ飛ばす。

「隙、ですね」

 そこに待ち構えていたのはユウだ。
 仲間への心配はあれど、ここで成すべき事は駆け寄る事ではない。
 体勢の崩れたディアボロに対し、しっかと踏み込まれた足元が引かれていた右腕が握られていたランスを押し出す。
 肘が回転し捻りを加え、手首を固定し威力を伝達、繊細な指使いにより精密に胴体の継ぎ目へと、豪快にランスの穂先をぶちこんだ。
 ユウの全力の一撃はディアボロの胴体を、昆虫採集の虫のように貫き、

「――――!」

 声無き声が上がった。

「なんて無茶な!?」

 その身を突き破るランスなど存在していないかのように、ディアボロは真っ直ぐに進む。
 自ら傷を広げながら動く様は、狂気すら感じる動きだ。
 全力の一撃を放ったユウは僅かな虚脱を、避けたアイリスと投げ飛ばされた七佳は距離があり、予想もしていなかったディアボロの動きに追従出来ない。
 その先にいるのは二人のダアトと、アストラルヴァンガード夏野 雪(ja6883)だ。
 短距離で即座にトップスピードに乗せるディアボロの動きは、腹を抉られようとも速い。
 それに対する雪の動きは、盾を構え立っているだけでやっとの有り様だ。
 数日前にあった大規模作戦での負傷がまだ完治していないせいだ。
 だが、逃げるわけにはいかない。
 盾を扱う特殊な武術を伝える一門に生まれた夏が、盾が真っ先に逃げるなど有り得るはずがないのだから。
 夏の背後には少女二人、遠距離には滅法強いが、近距離向きではないダアトだ。

「このままには……して、おけませ、ん……」

 花月の言葉に、夏は内心深く頷いた。
 見事な技だった。
 ただ踏み込み、ただ斬るだけのディアボロの動きには、研鑽に研鑽を重ねた技の冴えが見える。
 どれだけの想いが、どれだけの執念で磨き続けられた技なのか。
 動作の継ぎ目と継ぎ目がほとんどなく、まったくブレない上半身は出来の悪いアニメのように同じ絵が大きくなっていくようにも見えて、脳がディアボロの接近を理解し切れていない。
 力任せに殴り合えば恐らく雪が勝つだろう。
 しかし、技比べとなれば、果たして結果はどうなる?
 しかも、自分は怪我を負って動きも悪い。
 考えれば考えるほど雪の弱い部分が仕方ないんだ、と囁く。

「一手……止め、てください……!」

「ああ」

 花月の確信に満ちた声に、雪は考える事をやめた。
 
「私は盾」

 すでにディアボロは目の前に。
 振りかぶられた右剣の切っ先は、真っ直ぐに雪の心臓に。

「全てを征し」

 知覚は間に合わず。
 だが、身体は動く。

「そして護る……!」

 自分でもどう動いたかわからない。
 上半身を覆うように突き出した盾から、ディアボロの切っ先が飛び出しているのを認識した瞬間、雪は反射的に捻りを加えていた。
 このまま動きを止めていれば、武器破壊を狙えるのだろうが、そうは甘くないだろう。

「今です!」

 しかし、確かに一手は止めた。

「行くの」

 雪の背後から飛び出したのはダアトの少女、優雨だ。
 雪の盾から剣を引き抜こうとするディアボロの右側に、見事なステップで踏み込む。
 顔の前に両手に構え小さく身を屈めた、ボクシングで言う所のピーカーブースタイルは不思議と堂に入っている。
 小さく腰を回し、地面すれすれから跳ね上がるようにして放たれる拳打は、

「ボディなの」

 ディアボロのレバーに突き刺さる。
 即座に引かれた拳には札が巻かれ、僅かに帯電していた。

「もう一発ボディなの」

 再び突き刺さるボディブローは、ディアボロの足が一瞬浮くほど。

「そして」

 バチバチ、と音を放つ優雨の右拳には圧縮され、プラズマ化したライトニングの輝きが宿る。

「最後もボディ!なの!」

 ただでさえユウの攻撃で千切れかかっていた胴体は、ライトニングと優雨の拳により生き別れにさせられ、火口から吹き上がる溶岩のように真っ直ぐに打ち上げられた。

「トドメ……です……!」

 花月の狙い澄ましたエナジーアローが、上空のディアボロを撃ち抜くと、

「美味しい所は譲りますけど、こういうのも傭兵の十八番ですよ!」

 最初の接敵で抜け目なくワイヤーを仕込んでいたアイリスが、ディアボロの身体を空中で制動をかける。
 そして、その更に上には、

「これが、今あたしが放てる最大の一撃」

 一直線に落下する七佳の姿があった。
 血を流し続ける七佳だが、その目に恐れはない。

「雷霆の如くッ!」

 日本最強の名を欲しいままにした薩摩示現流の打ち込みか、刀を担いだ七佳は流星のように仕掛けると鮮やかに着地を決める。
 一筋の間。がしゃんと音を立てて、ディアボロが落ちた。
 



 砕かれ、切り裂かれ、貫かれたディアボロの状況はひどいものだ。
 下半身を失い、左肩から腹までを切り捨てられ、人間で言うのならば胸骨の辺りを打ち抜かれた姿に生の色はない。
 だが、何かを求めるように、何も握れない右剣が天に伸ばされる。

「――……!」

 何がそうさせるかなど、誰にもわからない。
 
「人間の技術をそのまま引き継いだディアボロですか……」

 アイリスが呟いた。

「彼、の……最期の想い……は、何だったのでしょう、か」

 ディアボロにゆっくりと近付く花月は、その側にしゃがみこむ。

「もう、いいんです……」

 懐から取り出したのは、押し花にされたパンジーだ。
 花言葉は「心の平穏」。
 パンジーがディアボロの胸に乗せられ、
 
「……貴方の仇は取ります」

 雪が小さく呟いた。
 ディアボロの右剣が力を失い地面に落ちると、末端からその身体が崩れ落ちていく。
 
「――アア……!」

 泣くような、哭くような声。
 悔恨と懺悔に彩られた声。
 だが、そこに一筋の何かがあったと思うのは、手を下した者の自己弁護の勘違いだろうか。
 強い風が、吹いた。
 何もかもを吹き流すかのように通り過ぎた風は、砂と化したディアボロを連れていく。
 
「お休みなさい、名も知らない誰か……」

 風に消えたパンジーに、ユウが優しく呟いた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: Defender of the Society・佐藤 七佳(ja0030)
 憐寂の雨・柏木 優雨(ja2101)
重体: −
面白かった!:10人

Defender of the Society・
佐藤 七佳(ja0030)

大学部3年61組 女 ディバインナイト
鈴蘭の君・
苑邑花月(ja0830)

大学部3年273組 女 ダアト
踏みしめ征くは修羅の道・
橋場 アイリス(ja1078)

大学部3年304組 女 阿修羅
憐寂の雨・
柏木 優雨(ja2101)

大学部2年293組 女 ダアト
心の盾は砕けない・
翡翠 雪(ja6883)

卒業 女 アストラルヴァンガード
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅