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マスター:久保田
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/01/30


みんなの思い出



オープニング

 誰が悪かったわけでもなく、ただ運が悪かったのだろう。
 どこからともなく郊外の浄水場で発生したスライム型サーバント討伐は、初めは文句の付けようもなく問題なく進んだ。
 ただひたすらに巨大なサーバントは、まるでヘドロのような色をしていて、ゆっくり這いずり回るだけだった。
 問題はおっさんが一年履き続けた靴下のような悪臭だけで、軽く殴ればごっそりとその身を消滅させる。
 身心を削る天魔との戦いというより、ドブ浚いのようなルーチンワークだと思ってしまっても仕方のない事だ。
 そんな状況では油断とも言えないような、初動を担当した撃退士達の中に軽い気の緩みが出ても仕方のない話だろう。
 だが、問題はそこからだ。
 バスタブを埋め尽くす程度の大きさにまで縮んだスライム型サーバントは、突如として爆発し、その身を咄嗟には数え切れないほどに分裂させた。
 これまでの緩慢な動きとは違い、まるでゴムまりのように跳ね回るサーバントに虚を突かれた撃退士達は、それでも大部分を仕留めてみせる。
 しかし、都市部向かったサーバント二十体を取り逃し、初動を担当した撃退士は援軍を要請し、援軍は確かに間に合った。



 自分の人生は、運が悪かっただけだと田中公一は思っている。
 運悪く高校受験に失敗した。運悪く就職に失敗した。運悪く借金してまで賭けた馬が負けた。運悪く落ちる所まで落ちた、銃の密売人に話を通せる程度まで。

「金を出せ!」

 初めて撃ったリボルバー型の拳銃から飛び出した銃声は、まるで爆竹を鳴らしたようなしょぼくれた音だった。
 だが、天井に向けて適当に撃った弾丸は蛍光灯を割り、辺りにいた客達が悲鳴を上げる。
 公一の借金はとにかく膨れるだけ膨れ上がり、内臓を売った所で足しにならない程度の額になっていた。
 だから、銀行強盗で一発逆転。
 ここまで運が悪かったのだから、神サマもそろそろどかんと配当金を返してくれるさ、と真剣に考えるのが田中公一という男で、自分が悪いとは絶対に思わない。

「早くしろ!とろとろしてるとこのガキの頭が吹き飛ぶぜ!」

 だから、何が起きたかわからず、ぽかんと立ち竦む小さな女の子に、平然と銃口を向ける事が出来た。



 援軍として送り込まれた君達もまた、上手くやっていた。
 人通りの多い道路ではなく、ビル群の上へと追い込んだ手際は批判される余地はない。
 縦横無尽に跳ね回るバスケットボールほどの大きさのサーバントを的確に処理し続け、あっという間に十二体を処理した。
 その隙に少し距離を離されたが、あとビルを二つか三つ飛び越えた頃には簡単に追い付き、あっさりと処理出来るはずだったのだ。
 そんな君達に怯えるように一縮みしたサーバント達は、突如として海に飛び込むレミングのようにビルから大きく飛び出し、道路を越えたビルの中へと物質透過を生かして飛び込んでいく。
 だが、そんな足掻きも無意味だ。
 むしろ、高所から無理矢理飛び降りた事により、ダメージを負ったサーバントの足は鈍るだろう。
 詰みまでの時間が、ほんの少し伸びただけ。
 思い思いの方法でビルを飛び降り、サーバントが飛び込んだビルに一瞬遅れで辿り着いてみれば、入り口のシャッターが音を立てて勢いよく閉まった。

「ひっ!?」

 閉まる寸前に見えたのは、小さな女の子に銃を向ける中年の男の姿と、その間に偶然飛び込んだサーバントの姿だった。




 入社一年未満でしかない佐藤春子は、自分の不運を嘆いていた。
 大学を出て、銀行の受付嬢になれたと思えば銀行強盗だ。
 しかも、他の先輩達はあっという間にカウンターの奥に逃げ込んで、カウンターに残っているのが自分だけときた。

(どうしようどうしようどうしようどうしよう)

 ぐるぐると回る言葉に意味はなくて、ただ頭を空っぽになんて出来ないだけ。
 建設的な考えなんて、さっぱり浮かばない。
 正面でわめき散らす男の声なんて耳に入らなくて、ただどうしよう、としか頭に浮かばなかった。
 だから、一瞬だけ浮かんだその考えに、春子は飛び付く。

(銀行強盗が来たら、このボタンを押せばいいって習った!)

 何かあったら、カウンターの裏に設置されたボタンを押す。
 研修で習った事を春子は思い出し、そうした。

(確かシャッターが降りてきて、犯人が外に出れなくなる……って、あれ?)

 つまり、危険は去らず、何一つ春子の状況は改善されない。
 突然、銃口の前に飛び込んで来たサーバントに驚いた犯人が今にも引き金を引きそうだとか、自分の頭の上にもサーバントが落ちそうだとか、入り口まで撃退士が来ていたのに、その寸前でシャッターを閉めてしまっただとか。
 そういう諸々にはまったく気付かず、犯人を刺激して更なる危険を発生させるだけだ、と気付いた時、春子の脳は動きを止めた。
 余計な事を、と後になって上司に言われるにしても、この時の春子は確かに必死だったのだ、ただ運がないだけで。



 運がない、と言えばサーバント自体も運がない。
 水の中でひっそり暮らしていたと思えば、いきなり恐ろしい敵達に突然襲われ、必死に逃げ惑う。
 誰かに何かしろと言われたような気もするが、水の中に漂っている間にそんな記憶は溶けてしまったというのに。
 せいぜい水の中で藻のように漂うか、ぽよんぽよんと跳ね回るのがせいぜいで、人で言えば脳のような高等な記憶装置なんぞ積んではいないのだ。
 だからこそ、元々は群体のスライム型サーバントには個がない。命を惜しむ理由がない。
 ビルに飛び込んだ三体を見送ると、残り九体はあっさりと生を諦めてトカゲの尻尾になるために動いた。
 物質透過を切ったスライム達はぽよん、とビルの壁面にぶつかり、大きく跳ね返ると、空中で器用に方向転換し、一つに集まる。
 元々は一つだったスライム達は再び合体する事により、少しの安心を得た。
 しかし、多少大きくなった所で、次の瞬間には恐ろしい敵達に狩られる事だろう。
 だが、それでもこの僅かな安心を味わえただけ、ほんの少しはマシな――

「な、なんだぁ!?」

 何も考えず跳ね返ったスライムは、ぽよんと道路に飛び出し、トラックに激突し、合体したばかりの身体が半分ほど道路の染みと化す。
 トラックのバンパーを歪めながら、ぐちゃりと跳ね飛ばされたスライム達はどういう当たり方をしたのか恐ろしい敵――撃退士達が待ち受ける銀行の入り口へと再び弾き返されようとしていた。
 トラックの運動エネルギーを受けたスライム達は、まるで弾丸のように撃退士に向かい、まともに受ければ相当なダメージになるだろう。
 だが、その弾丸になった身としては、とても幸運と言えるはずもなく。
 そして、スライムを轢いてしまったトラックもハンドルを取られ、吸い込まれるようにして、撃退士達の元へと突っ込んできていた。

 誰もがどうしようもなく、運が悪かった。


リプレイ本文

 だが、一瞬の躊躇もなく、全員が動いた。
 
「トラックは頼む、こっちは任せろ!」

 ライアー・ハングマン(jb2704)を先頭にインレ(jb3056)、ヘルマン・S・ウォルター(jb5517)が物質透過を生かし、情報の連続性が失われた銀行の中へ躊躇わずに侵入する。
 
「やれやれだわぁ……」

 強烈なスマッシュをぶちかまされたかのように吹き飛んでくる大きめのスライムと、まるで自分達を跳ね飛ばそうと真っ直ぐに暴走するトラックに立ちはだかるのは卜部 紫亞(ja0256)、九条 静真(jb7992)、九鬼 龍磨(jb8028)だ。
 反射的に突入と防衛に分かれた手際だけでも、一秒を細切れに分割した時間の中では上出来と言っていいだろう。
 だが、

「叩き壊すわ!」

 九鬼 紫乃(jb6923)の手に握られるのは数珠だが、ただの数珠とは一線を画す巨大さだ。
 光闇珠と呼ばれるV兵器の一種であり、撃退士特有のパワーを持って振るわれた数珠は一本の線にしか見えない速度で叩きつけられ、降りたばかりのシャッターに大穴を空ける。

「視界通りました!ヒリュウさん、おねがいします!なのです」

 華愛(jb6708)が開けた視界の中、ヒリュウの幼体を銀行内に召喚する。
 手の長い陰陽師とバハムートテイマーを、銀行と暴走するトラックの中間点に。
 更にへルマンとインレの発案で、スライムが更に分裂し、散開する場合に備えて用意したハンドフリーの無線により情報の共有に成功したのは出来すぎと言ってもいい状況だ。
 運は確かに誰もが無かったが、誰もが成すべき事を成そうとした結果は、確かに出た。




 少女はただ見ていた。
 まだ子供とはいえ、銃くらいはテレビの中で見た事がある。
 だからこそ自分に銃を向けられている、という状況は大好きなアイドルが目の前にいる状況と大して変わらない。
 人間、想像もしていない状況に陥った時、反射的に動けるのは訓練を積んだ者だけだ。
 いくら好きだからと言って、アイドルにいきなり抱き付けないように、泣き叫ぶ事もなく、ぽかんと銃口を眺めていた。

「阻霊符」

 だから万が一、銃が暴発した場合に備え、スライムの物質透過を防ぎ、防壁にしようとするインレの行動なんて、これっぽっちもわからない。

「眠ってろよなァァ!」

「ぁぁぁぁぁあぁあ゛!?」

 だから、ライアーの放った冷気が自分に銃を向けていた男を包み、妙な声を上げながら倒れるのを見ていても理解が出来ない。

「――止める」

 だから、トップスピードから即座に速度を殺し、少女の前に立ってみせたインレの機動にどれだけの鍛練があったのかなんて少女にはわからない。
 秒速11.2mを即座に切り返す負担による痛みも、銃口の前に身を晒し、天魔に立ち向かう恐怖もわからない。
 ライアーがまとめて蹴散らしたスライムの破片と、暴発した銃弾をまとめて絡めとられる。
 高速で円を描いた右の袖一つで、全てを止めた絶技の凄まじさなんて、わかるはずもない。
 だけど、自分を守ってくれた腕のないお兄さんの背中はとても広くて。

「よう、無事か」

 だけど、顔に傷があるけど優しそうに笑うお兄さんが自分を助けてくれた事が、やっと今頃になって理解出来て。
 
「う、うええええん!」

 やっと今頃になって、自分が怖い状況にあった事を理解出来た。

「お、おい、泣くなよ……」

 そして、びいびいと泣き喚く自分に、あれだけ格好よかったお兄さん達がおろおろと慌てるのを見て、少女は泣きながら心の中で少し笑ってしまっていた。




(どうしようどうしようどうしよう)

 シャッターが閉まる寸前に見えたのは、久遠ヶ原学園の制服だったように思える。
 思い思いの服装をした人達がいきなり降ってきて、一人だけだけど制服を着ていたような気がする。
 そして、彼らの救いの手をシャッターで閉ざしたのも、受付嬢である春子――つまり、自分だ。

(どうしようどうしようどうしよう)

 こんな時、どうしたらいいかだなんて
教わった覚えはないし、頼りになる先輩達はもうとっくに春子を置いて避難している。
 ほぎゃあ!?と、あまりの事態にキレた春子は、天井を仰いで奇声を上げた。

(あれ)

 黒くて丸い物が春子の視界に入る。
 天井から滲み出るようにして現れたそれは、どうやら凄い速度で落ちてきているようで。
 すでに限界を迎えていた春子の処理能力でも、一秒にも満たない時間の先にある確実な死が理解出来た。

(やだ)

 そう思った所でどうしたらいいかわからない。
 パンクした処理能力は涙という形で溢れ、視界が黒に染まった。

(思ったより、死ぬのって怖くないんだなあ)

 死は暖かく、少しだけ汗臭い。
 だけど、その汗臭さが人の温度を感じられて、ひどく落ち着く。

「お怪我はありませんかな……?」

「ふ、ふえっ!?」

 降ってきた声に目を開けてみれば、そこにあったのは落ち着いた笑みを浮かべる褐色の肌をした紳士の姿だった。
 その巨体の腕にすっぽりと包まれている、と理解するよりも早く、

「撃ち抜きなさい、プリズミック・ブラスター!」

 紳士の上を鮮やかな七色の光が通り過ぎ、

「ヒリュウさん、最後の一体ふぁいと、なのです!」

 小さな竜が口から光を放つと、落ちてこようとしたもう一つの黒い物が吹き飛んだ。
 何があったのか、春子にはまだ理解出来ていない。

「お嬢様、お手をどうぞ」

「は、はい……」

 だけど、この紳士か自分を助けてくれたのは、どうやら確かみたいだった。
 
「要保護者確保。内部の警戒に当たります」

 春子に背を向け、入り口に視線を向ける紳士はまだ春子を守ってくれるみたいで。

「ご安心を、お嬢様。皆様は必ずお守りします」

「はい……」

 その優しげな声に、春子は安らいだ声を返した。
 彼を疑う必要なんて、これっぽっちも感じられない。
 
(だって、そうでしょう)

 春子を守るため、その身体で黒い何かを受けたのだろう。
 エレガントで瀟洒な燕尾服姿だが、今のその姿は不完全だ。
 燕尾服の尻が破れ、その下に隠されていたエレファントパンツが露になっている。
 切れ込みの強いエレファントパンツが食い込んだ尻は柔らかな脂肪ではなく、鍛え抜かれた躍動する筋肉だ。

(や、やだ……素敵……!)

 春子は守られる安らぎに浸りながら、そのまま紳士の尻を眺め続けていた。




 無言で瞬間移動を成した紫亞の心のどこかで、ちらりと炎が揺らめいた。
 銀行に突入した三人は、天魔だ。
 叔父も伯母も父も母も、誰も彼もが天魔との戦いの中で散っていった。
 死んでしまえばいい、と紫亞のどこかが叫ぶ。

「でも、そうもいかないわよね」

「あ、あんた一体どこから!?」

「そんな事より」

 暴走するトラックの助手席に瞬間移動した、などとわざわざ説明してやる必要も、運転手に視線を向ける必要も紫亞は認めない。
 パニックを起こし、喚き散らそうとする運転手の言葉を叩き切るように言葉を作る。

「ブレーキだッ!踏めいッ!」

 ちり、と焦げ付く心の内を、ネタという分厚い仮面で紫亞は隠した。
 たおやかな見た目を裏切る紫亞の強い言葉は、パニックを起こした運転手の心の隙を広げ、反射的にブレーキを踏ませる事に成功する。

「いいかしら。か弱い女性を車外に放り出したくなかったら、落ち着いて車を立て直すのだわ」

 メーターを見れば一気にスピードは落ちていた。
 だが、銀行に突っ込むまでの距離では、いくらブレーキを踏もうと止まり切れるものではない。
 百メートル走の金メダリストの平均時速は約三十六キロ。
 その速度にトラックの重量の乗せれば、下手な天魔の攻撃など話にならないほどの衝撃が発生する。
 そうなった時、銀行内にどんな被害が出るかわかったものではない。

「やれやれだわ、本当に……」

 天魔を滅ぼすチャンスでありながら、即座に全てを守るために動いた自分が歯痒くて、紫亞はネタではない言葉を吐いた。




 龍磨は笑った。
 それは楽を含んだ笑いではない。
 暴走するトラックの正面に立つ、という状況で喜楽しく笑えるほど、龍磨は人間をやめてはいないのだから、引きつり過ぎて笑みに見えるような顔をしてしまっても仕方がないに決まっている。
 だけど、

(凄いな)

 トラックの助手席に座る紫亞が、笑っていた。
 苦い物を飲み込んだような、「仕方ないかしら」なんて今にも言いそうな苦笑いだ。
 こんな状況で笑えるのは、潜ってきた修羅場の数が違うのか、それとももっと別の何かが違うのか。
 そして、静真が音もなく動く。
 静真は喉に傷があり、声が出せないでいる。
 彼の生活がどれだけ困難なのかなんて、龍磨には想像する事しか出来ない。
 だけど、後遺症の恐ろしさを一番知っているはずの静真は、暴走するトラックの前に、まるで自殺でもするかのようにふらりと出た。
 一歩間違えば即死するような状況で、冷静に合金パイプを振りかぶると、

「シッ……!」

 呼気と共に一閃、スライムをトラックに打ち返す。
 ぐちゃり、と飛んできた泥のように広がったスライムの身体はまだ残っており、多少なりとも緩衝材になるだろう。
 静真はそのままヒットを打ったバッターのように、パイプを振った遠心力を速度に変換しながら、トラックの正面からするりと抜けていく。
 その見事な手並みは、称賛されるべき物でこれ以上は望めやしない。
 だというのに、龍磨に送られてきた静真の視線には、申し訳なさとでも言うべき色が籠められていた。
 もっと自分は何か出来たのではないか、もっと龍磨の負担を減らせたのではないか。
 そんな色だ。

「にはは」

 龍磨は、笑った。
 それは笑みに見える引きつりではない。
 暴走するトラックの助手席で笑ってみせる女の子の前で、いつまでもビクビクとビビっていられるほど、龍磨の男は安くないのだ。
 友人に心配をかけ続け、大丈夫か?なんて手を引かれるのは趣味でもない。
 ならば、少しでも格好よく見えるように、龍磨は笑ってみせた。

「……ッッッッ!」

 陸上競技の金メダリストの速度と、撃退士の速度に大差はない。
 そして、トラックの重量は人体を遥かに上回る。
 つまり、時速四十キロ前後のトラックを正面から止めるという事は、助走を付けた撃退士が数十人の全力攻撃をまとめて防ぐに等しかった。

「ぎぃ……!」

 腰を落とし重心を下げようと――下半身にアウルを集めるディバインナイトが学ぶ不動と呼ばれる技術を駆使しようと耐えられる物ではなくて、防壁陣を張り巡らした所で、薄紙を破るように引き千切られていく。
 それでも龍磨は倒れない。
 脳みそから龍磨の意識は跳ね飛ばされているというのに、根っこに刻み込まれた技術が、瞬間を刻んだ僅かの時間の中で盾に僅かの傾斜を付け始めた。

「……!」

 その事を見て取った静真はライフルに持ち変えると、トラックの右後輪を即座に撃ち抜く。

「――La main de haine」

 紫亞の呼び出した無数の白い腕が右前輪に巻き付くが、ぶちぶちと音を立てて引き千切られ。
 引き千切られた無数の腕は大量の血を撒き散らながら、トラックのタイヤからグリップを奪う。
 龍磨という砕けぬ柱にぶつかり、右タイヤを一度に失ったトラックは物理法則に従いベクトルが変化、スピンを開始。
 だが、トラックに残る速度全てが失われたわけではなく、遠心力に導かれるように、ぐらりと横転しようと、

「またまたヒリュウさん、お願いします!なのです」

「盾身、顕現なさい!」

「……!」

 式である盾身を纏ったヒリュウの幼体が、縮地で回り込んでいた静真が、トラックの荷台を打撃し、その巨体に宿っていた速度全てにカウンターが入った。
 つまりは停止。

「状況終了しました!なのです」

 華愛の明るい声が無線を通して届くと同時に、龍磨は声もなく膝から崩れ落ちた。
 トラックに集中し過ぎて気付いていなかったが、いつの間にか破壊されていたシャッターから銀行の中が見える。

「ほーら、いないいないばー!」

「…………!」

 わんわんと泣く少女にライアーが変顔をしかけ、それを見たインレがツボにハマったのか無言で咳き込む。
 その足元では強盗が自分の流した血の海に沈みながら、白目を剥いた形容し難い、何故か嬉しげなひどい顔をしている。
 アウルの攻撃に抵抗の術を持たない一般人が、色欲の名を冠する一撃を食らうとアヘ顔Wピースで大怪我をするらしい。
 あれだけは食らいたくないな、と心から思うし、おっさんのそんなツラを見ても嬉しくない。

「どなたか怪我をされた方はいらっしゃいませんかな?」

 落ち着いたバリトンで銀行の職員に声をかけるヘルマンの後ろ姿を、受付嬢がきらきらと輝く恋する乙女の目で見ていた。
 
(ああ、こういうのって、いいなあ)

 誰もが傷付かず、最低限の被害で全てが終わる。
 ハッピーエンドだ。
 
「やれやれだわ……」

 障壁を張っていたのか事故並みの衝撃を受けたはずなのに、平然と助手席から降りてきた紫亞と、

「一件落着!なのです」

 満面の笑みを浮かべる華愛。
 どうしようもなく運が悪い中、それでも確かに全員が成すべき事を成した結果だ。
 運転手もよろよろしてはいるが、自分で降りて来れるのだから問題はないだろう。
 ただ、あと少し望むのであれば、

『大丈夫?』

 駆け寄って来た静真がメモを差し出す。
 その後ろには、

「怪我してない?お姉さんには言わないから、やせ我慢しないでちゃんと言うのよ?」

 と、静真にべたべたと身体を押し付けるようにして尋ねる紫乃の姿がある。
 龍磨もどうせなら、可愛い女の子に心配されたかった。
 これではまるでヒロインが静真のようではないか。

(まさかのホモエンド……!)

 それだけを考えて、龍磨の意識は闇に沈んでいった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

原罪の魔女・
卜部 紫亞(ja0256)

卒業 女 ダアト
絶望の中に光る希望・
ライアー・ハングマン(jb2704)

大学部5年8組 男 ナイトウォーカー
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
永遠を貴方に・
ヘルマン・S・ウォルター(jb5517)

大学部8年29組 男 ルインズブレイド
竜言の花・
華愛(jb6708)

大学部3年7組 女 バハムートテイマー
撃退士・
九鬼 紫乃(jb6923)

大学部6年39組 女 陰陽師
遥かな高みを目指す者・
九条 静真(jb7992)

大学部3年236組 男 阿修羅
圧し折れぬ者・
九鬼 龍磨(jb8028)

卒業 男 ディバインナイト