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久遠ヶ原のあるクラブセンターのグラウンドの一角。応援団の練習場所となっているそこには、各自気合を入れる普段見慣れない面子が揃っていた。
「なんじゃなんじゃ、やたらと弱々しい物腰じゃなぁ」
すっかり数を減らしてしまった、見慣れた面子の顔は浮かない。それを見て一文字 紅蓮(
jb6616)は呟いた。
「ノロにやられたって、大丈夫か? っつーか、晴れ舞台に無念だろう……」
虎落 九朗(
jb0008)が零す通り、仕方もなかった。野球部の応援を直前に部員の大半をノロウィルスで失ってしまったからには、浮かない顔にもなる。
「勝つんじゃろ、じゃあ獅子のようにギラついた眼をしておくべきじゃい。少なくとも応援じゃ、相手が裸足で逃げ出す位の気合みせちゃるけぇの! ガッハッハッハ!」
周囲の応援団員を元気付けるように、一文字は豪快に笑って見せた。
「応援団……これは、僕もいっぱい頑張らないといけないという事……!」
小さな体にやる気をたっぷり搭載させたNicolas huit(
ja2921)は、かつての勘を思い出している。
「野球部の応援!? よし、ここは私が一肌脱ごうじゃないのっ! 体力も気力もバッチリよ」
(ふふっ。私の学ラン姿、決まってるわね!)
もちろん、六道 鈴音(
ja4192)も同じだ。旗手を担当する彼女は、学ランに学帽、白手袋という出で立ちでさらにテンションを上げている。
「体力と気力の勝負……ハッ、得意分野だぜ。ゴチャゴチャ頭使うよりゃ性に合ってる。って訳で、太鼓叩かせて貰おうか。全身全霊、全力を以て取り組ませてもらうぜ!」
撥をくるくると空中で回し、取ったディザイア・シーカー(
jb5989)は、虎落と共に両面の胴長太鼓を叩く。
気心もそれぞれな応援部の助っ人。
「学ランが様になるいい面子が揃ったな。こいつらは凄いぞ、衛藤」
副団長の五木は満足そうに頷いた。隣の衛藤は一歩出て、応援部の助っ人に言う。
「さて君たち、応援にかけつけてくれて感謝する。これから練習を開始するが、助っ人だからと言って加減するつもりはない。だが、君たちならできると信じている。よろしく頼む」
慇懃に頭を下げると、地面を振るわせるような大声で「稽古開始!」と号令。
「本番は十日後、と…… まずは指示を仰ごうとしようか」
こうなれば、シーカーは理想を目指して邁進するのみであった。出来なくとも努力は誇れる筈なのだ。……例え自己満足だとしても。
「代わり、と言っちゃ何だが、俺らがその無念、晴らしてやらねぇとな」
とっさの場合に活躍した部員の名前が出るように、野球部部員の名前と顔等を覚えなければ――落虎はこれからやるべきことを頭の中で思い描いた。
チアリーダ部では部室でユニフォームの試着を行っていた。
「今ある服のサイズ合わないかちょっと心配したけど、うん! 大丈夫そうだね!」
「あの……衣装が、可愛すぎるんだけど……この服じゃ駄目かな?」
鮮やかな青と白のヘソ出しミニスカのチアリーダー服を見て少し後悔したウェル・ウィアードテイル(
jb7094)は、いつも自分が着ている服を満足そうに頷くチア部部長の花塚に見せる。
「うーん、ちょっと……」
「駄目? そう……だよね」
難色を示すのも当然、と言った風にしげしげとチア服に着替える。だが、これはこれでいいものだ。
「はりきっていこーっ!」
一旦着替えると、黄色いポンポンをノリノリで振る。桐原 雅(
ja1822)も着替え終わった所で、一同はグラウンドへ出た。
吹奏楽部は楽器倉庫で楽器を選んでいた。部員が不足しているのが今の応援団だが、吹奏楽部については他の吹奏楽部からも応援をある程度呼ぶため、ある程度の自由があった。
「どうだい、お気に入りの楽器は見つかった?」
保管の為にひんやりとした倉庫の中を見回し、応援団吹奏楽部部長の五合は訊ねる。
「ああ、俺はこれにする。ヒーロー的だしな!」
軽く笑って見せた千葉 真一(
ja0070)が手に持っているのはトランペットだ。
「うちはこれかな」
ホルンを大事そうに抱えた幽樂 來鬼(
ja7445)は、ホルンのキーの感触を確かめながら呟く。
「……シロフォン、か。いいな」
木琴に指を沿わせた雪之丞(
jb9178)も、満足そうに頷く。
「さて、じゃあ運び出して早速練習と行こうか。君達が事前に提案してくれた曲の楽譜もできてるし、あとは練習あるのみだ。さ、甘やかすつもりはないよ、ついて来てね」
「「「はい!」」」
天窓から差し込む強い日差しが、楽器を持った助っ人達を照らしている。
――こうして熱い熱い十日間は始まった。
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残り一週間を切った応援団の練習はまさしく手加減なしで、体力も気力も求められる日々が続く。
勿論、分からないところがあれば教えてもらえるが、それが手加減の理由にはならない。教えられる側にも、かなりの体力と気力が求められる。
「フレー! オー! 久遠ヶ原!」
「相手チームがなんぼのもんじゃーい! 守りきってみせんかー!」
学ランに白手袋、鉢巻をしたNicolasと一文字は、拳を突き出しながら張り切って声を出す。ちなみにNicolasは頑張って早起きをして、早朝練習にも一番乗りできるように心がけている。
「とりあえず今は、タイミングを合せる事を考えよう。三三七拍子とかでズレたら大変な事になるからな。余裕が出てきたら動きだな」
「うっす!」
太鼓は二人で叩くので、シーカーと落虎は話し合いながら慎重にタイミングを合せてゆく。動きも重要なので、それも考慮してゆく。楽ではないが、それが楽しかった。
とは言え、この七月の気候をなめてはいけない。
「十分まで休憩! 水分は取れよ!」
衛藤の号令と共に休憩に入った応援部。こまめに水分を取り、熱中症などの対策もきちんとする。この七月の気候をなめてかかってはいけない。
「メリハリはキッチリつけないとな」
そう呟いたシーカーは、ふと休憩中やらは他のメンバーの練習を見ておくのもいいかもしれないな、と思い、チア部の方へ目を向ける。
「ふむ、コレが青春と言うものか……長生きはするもんだな」
くつくつと笑う彼が何を見たかは敢えて伏せておく。
「……っと、そういや、自主練はしていいのかね? どっか迷惑にならねぇとこで身体に叩き込んどきたいんだが……」
「そう言えば、楽器倉庫の方はある程度防音設備ができとると聞いたっす」
「おっ、本当か。じゃあ自主練の時はそこを開けるかね」
スポーツドリンクで水分補給を行うNicolasの横、シーカーは木漏れ日の上を見つめた。
チアリーディングの練習に励むウィアードテイルは直感や感覚で跳躍する癖があるので、指摘されたり自ら思う所は、積極的に直してゆく。
「ウェルちゃん、ごめんね、もう少し跳ぶ時間を長くできないかな?」
「はーい!」
特に大技は、桐原や他の部員を参考としつつ、確実にこなせるよう密に練習する。危険の種である失敗の可能性を、そうやって一つずつ消してゆくのだ。
しかし戦いとは違う動きで、真面目にやっているぶん、暑さのせいもあって体力は多めに消耗される。
「きっつー……。來ちゃんも頑張ってるかなぁ……」
スポーツドリンクを飲みながら汗を拭き、別の場所で頑張っている友の事を思い浮かべた。
現在吹奏楽部では、各パートごとに練習を行っている。
「うむ……こんな感じか?」
「そうそう。上手だね。そんな感じで頼むよ」
元は打楽器担当であったという指揮の五合に教えてもらっている雪之丞は、元の器用さもあってか、教わったことをすぐに吸収していっている。
「大変なのにすまんな」
「気にしなくていいよ。ここじゃ打楽器を志望してくれる人は少ないから、むしろ嬉しいくらいだ」
微笑を浮かべながら、通し練習を始めたホルンに目を向ける。
「ちょっとつなぎのメロディがぎこちないね。もう少しなめらかにならないかな? そうだな……アンダンテくらいを意識してみて。つなぎが大事だから、重点的に頼むよ」
ホルンを担当する幽樂は頷き、ペンで楽譜に指摘箇所を書き込んでゆく。
「あの、相談なんだけど!」
「何だい?」
トランペットを持った千葉が、五合に提案する。
「もし仕上がりが十分行けそうなら、ソロパートも気合でやってみたいんだ! 俺が希望した曲は特撮ファンの間ではネタ曲だけど、フレーズ的にはカッコイイし……」
「うん、いいよ。面白そうだね。頑張ってやってみて」
にっこりと笑った五合を見て、千葉は意気揚々と練習に戻った。
本日の練習後、助っ人達は近くのお好み焼き屋で夕食を共にする事にした。いつもは最後まで残って練習をしている雪之丞も、今回ばかりは早めに切り上げて相伴に預かる。
「通常の応援だ、吹奏楽だ、チアだなんだとの呼吸も合わせる必要もある。……練習だけじゃなくて、一緒に飯食うとかもするか。『同じ釜の飯を食った仲』なんて言葉もあるし」
この夕食会を提案した落虎の言葉だ。短い期間で何とかしようと言うのだし、意見交換も兼ねて密度も上げるにはそうした方がよいのだ。
お好み焼きの焼き上げを待っている中、Nicolasは練習終了後もなお学ラン姿のシーカーに話しかける。
「ディザイア、それいつも着てるの>」
「こういうもんは着慣れた方が動きやすいんでな。本番で動きが阻害された、なんて笑い話は必要あるまい」
「そっか、そうだよね!」
実際、学ランを正装として対外試合に赴く部もあるのだし、そもそもこの久遠ヶ原において服装でとやかく言われることもないのだから、特に問題はあるまい。
「って事で、吹奏楽部とチアとの連携なんだけど……」
「ねぇねぇ、校歌の盛り上がりでこういうことをしたいんだけど、どうかな?」
大判のお好み焼きを食べながら、様々な意見が飛び交ってゆく。
本番まであと数日。その話し合いは、閉店時間になり数度の注意の後に、かんかんに怒った店員から追い出されるまで続いた。
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ついに本番がやってくる。
「元気いっぱいに応援するぉ!!」
幽鬼が観客にそう声をかけた後、助っ人達が円陣を組む。
目を閉じ、集中力を高め、ざわめきに身を任せる。Nicolasが皆が力を出し切れるようにと祈り、程よい時間が経った時、目を開いた落虎は叫ぶ。
「っしゃ、行きあしょう、皆!」
「楽しんで応援しよう!」
「さぁ、気張って行こうか!」
「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」
そこに幽樂とシーカーも続き、一同は威勢よく声を上げる。
この十日間の全てを出し切るときが、ついに来たのだ。
試合が始った。
久遠ヶ原が後攻となったこの試合では、裏が待ち遠しくなる。
一回裏、二回裏……と回の裏が来るたびに、客席が沸きあがるのだ。
「うおりゃあぁぁ〜っ!」
光纏して人の背丈の二倍はある巨大な旗をぐわんぐわん振り回す六道から、それは余裕で見て取れる。
「久遠ヶ原学園に敗北は許されないわっ! かっせ! かっせ! 久遠ヶ原ーっ!」
無論、それは自分たちの応援にも言える事であり、声の限り応援する。百戦錬磨の撃退士の体力をなめてはいけない。今に相手チームの応援をのみ込んで見せよう。
「フレー! フレー! 久遠ヶ原! 頑張って!」
覚えたことを全部出し切れるようにと、これまでにないほど精一杯声を張り上げ体を動かしているのはNicolasである。
夜は部屋が乾燥しないように寝る、前日も夜更かしせずにたっぷり寝るなど、保健部らしい気遣いで当日に挑んだ彼は誰よりも大きい存在であった。
五回裏の現在、まだ0対0の膠着状態。
しかし来る八回表、ついに相手チームが久遠ヶ原から点を取った。終了時には三点も。
間違いなくここ一番の正念場だ。
「ワシらが付いちょる! 百人力じゃぞ! ど根性じゃ、かっ飛ばせー!!」
客席を震わせる一文字の咆哮。予め聞いてはいたが、実際にやられると凄いのが今の久遠ヶ原側の気持ちである。
ただし、凄い事には変わりはない。相手側の応援の気勢が、確かに削がれた。それと同時に、背中を押されたように一人目が一塁へと行ったのだ。
「弱気の虫なんざ吹き飛ばしてやるぜ!」
吹奏楽部の存在感が一層強くなる。千葉が選んだ曲のソロパート。彼のトランペットが、高らかに疾走感のあるメロディを奏でてゆく。
同時に、観客席に一つの言葉が現れる。
「ファイト!」
トランペットのソロパートが終わると同時に現れたその言葉を、シロフォンを叩き始めた雪之丞が叫ぶ。
吹奏楽部が提案した、観客との協力演出だ。観客に配ったパネルが、一斉に掲げられて巨大な文字となる。
「さあ、いっくよーっ!!」
ウィアードテイルが大きく跳ねる。それと同時にメドレーは幽鬼の選んだ熱い曲へと切り替わり、一人目が二塁へと押し出される。この快進撃に、熱が入った雪之丞は思わず歓声を上げた。
「フレーっ!フレーっ!く☆お☆ん☆が☆ら! ……あっ、ちょっと、一文字くん!私、両手がふさがってるからスポーツドリンク飲ませてよ」
「おう! 任せとき!」
熱くなるのはいいが、熱中症で倒れると困る。そんな訳で六道は数度目の水分補給を敢行する。こんな時だからこそ、注意が必要なのだから。
「よーし、エネルギー充填完了よっ!」
再び旗を振り回すと同時に、陽気な吹奏楽部は陽気なメロディへと切り替わり、さらに盛り上がりを見せる。雪之丞の選んだ曲だ。そして一人目が、三塁へと移動した。
期待が、高まる。
「やはりこういうのが肌に合うな。昔を思い出すぜ……! 碌でもなかった気がしないでもないが――それでもいいな! 行くぜ!」
「押忍! 行け、四番鈴村! お前ならやれる!」
大きな動きで太鼓を叩く落虎とディザイアが光を纏い、校歌へと突入する。
何とか歌ってみせる六道の目の前で、全ての状況が四番へと託される。
ツーアウト満塁。
球が投げられる。
行け。
全員の考えが一致し、一気に熱量は最大に膨れ上がる。
打った。
どこだ。方向は、落ちた場所は。
「満塁、逆転……サヨナラ、ホームラン――」
旗を振る六道の手が止まる。
試合は決した。
4対3で、久遠ヶ原の勝ち。
一瞬の静寂の後、瀑布のような歓声が沸きあがる。
「グレンん……泣いてるの?」
「泣いちょらん! 泣いちょらんが野球はやっぱりいいもんじゃのう!」
共に涙を拭いて男泣きに徹するNicolasと一文字。その横では、「両チームともよくがんばったわよーっ!!」と、旗持ちで両手が塞がっているので言葉で両校の選手を讃えている六道の姿。
晴れ渡る空の下、監督が選手達によって胴上げがされる。
その清々しいまでの光景は、青春の一ページを飾った。