●歓迎会〜手巻き寿司・食で放題〜
寮の共有スペースのダイニングでは、ある歓迎会が開かれていた。
可愛らしいウェルカムボードには、「ようこそエイブラハム様」と書かれている。
そう、これはジェラルドに友人と紹介された――その実はエイブラハムの日本語を矯正するために集った者達――による歓迎会だ。
「Welcome, Abraham. Now, let's enjoy today! (ようこそエイブラハムさん。さあ、今日は楽しみましょう!)」
歯切れのよい英語で湯のみを掲げたのは仁良井 叶伊(
ja0618)だ。他の面々も乾杯し、早速食材に見入る。
「これは準備した甲斐があったさね」
それも当然。アサニエル(
jb5431)を筆頭に数人のメンバーが、スキルや経験を生かして手を尽くしたからだ。
「This is Extreme sushi……Oh, great……(これが手巻き寿司……おお、素晴らしい……)」
目をきらきらと輝かせながら、エイブラハムはどれを取ろうか迷っている。
「エイブラハム、エキサイティングな情報を提供しよう……それはね……」
天羽 伊都(
jb2199)曰く。
SUSHIとは日本の登竜門、世界の常識であるこの食べ物は古くはサムライが主人よりご褒美で頂いていたモノ。
大盛りワサビ入りの特性寿司をエイブラハムへ提供する。無論信頼を得るには自分も食べないと不味いので、まず自分から食べてみせて美味しさをアピール……
「かすめただけで……!」
鼻に抜ける強烈な青い辛さでエビ反りブリッヂ。からの三点倒立。――とにもかくにも、ヒャッハーできればいいのだ。
学園には様々な人種の方が一杯いるが、天羽は気にした事無かった。共通語をお互い習得してるから問題無いのだろうが、日本語を学びたいとはまたいい度胸だ。と思っているし、修行をつけてやろう。とも思っている。既に勘違いしているが。
「そうです、知ってます? 日本人はデビルフィッシュをSUSHIにして食べてSAMURAIのようになるのですよ!」
げっ歯類のように寿司をたべてゆくエイブラハムに話しかけるのは、たこを箸でつまんだ柚島栄斗(
jb6565)だ。
「エイブラハム様! Please rely me trouble Electricity♪(お困りでしたら私に任せて下さい♪)」
メイド服を着て昔の勘を思い出し、気合を入れているのはるな(
jc0152)だ。メイド服姿にタジタジなエイブラハムでありが、楽しそうだ。
そんな彼らを少し離れた所で、徳重 八雲(
jb9580)は茶を啜る。今回の費用は、全て彼持ちなのだ。そこに、苧環 志津乃(
ja7469)が訊ねた。
「でも、よろしいんですか」
「お勘定は爺が全部任されましょう。若ぇもんがお銭の心配なんざ十年早い。存分に腹満たして貰いましょう。なぁに、若いのが集まれば当然の事だ。よく食べてよく育ちなさいな」
言葉や文化は違えども、温かく交流する一団がそこにはあった。
しかし、ただの交流が目当てではない。宴もたけなわになってきた頃、
「さてと、お手並み拝見と行こうまずはお手並み拝見といくべきだね。私らはアンタと日本語でも喋ってみたいんだよ」
アサニエルが持ってきた味噌汁を受け取ったエイブラハム。仁良井の通訳で頷くと、満面の笑顔で口を開いた。
「おたくしのMISOスープホカホカ!」
実際やられると、きつい。
「Is hard to say Abraham……but, it's become that very funny If you fix this in English.(エイブラハム……言いづらいのですが、これを英語に直すと大変おかしい事になってしまうのです)」
容赦なく英訳してみせたのは、城前 陸(
jb8739)だ。彼女の英訳に、少なからずショックを受けるエイブラハム。
「Your Japanese, I'm not easily transmitted. In other words, you is do I have to practice. When I was in the home country, did you have to study what the target? (あなたの日本語、伝わりにくいのです。つまり練習が必要です。本国にいた頃、あなたは何を目標に勉強していましたか?)」
すかさずフォローする錠前。柚島も続いて提案。
「この一週間、僕達は君と一緒にいます。最終日は、芸者さんと遊ぶ予定ですから、芸者さんと話したくはありませんか? だから、みんなに伝わる日本語を勉強しましょう」
「Oh my god……」
涙目になっていたエイブラハムは、差し出された柚島の手を取った。
●勉強開始〜きるごと日本語〜
翌日。
エイブラハムの部屋。畳敷きで純和風で小奇麗な部屋には、日本文化を勘違いしたようなアメコミ風のポスターやゲームのフィギュアがある。
「あいどうも、おまいさんが、えー……えいぶらはむ君で御座いましたね。徳重八雲と申します。短ぇ間ですが、よぉくお勉強してくんな」
奇妙な和洋折衷の部屋に、純和風の徳重はミスマッチであったが、座布団の上でしゃんと座る彼はエイブラハムには輝いて見えた。彼は英語が話せないため、仁良井が通訳を介す。
依頼人であるジェラルドが提示した目標であるリーディング・リスニング・スピーキング。
まずはスピーキングから着手する事となった。
とは言え、いきなりはエイブラハムは理解できないだろうという事で、大まかに教える。
「重様がエイブラハム様にももたろうをReadingしちゃうよ♪」
「モモタロ?」
「ももたろうはパーティを組んで鬼(ボス)を倒すJapaneseRPGだよ!」
エイブラハムが好きな日本のRPG風に解説するのは、現在褒め専テンション真っ只中な柚島の案だ。
「桃太郎が勇者でお供が仲間で鬼が魔王。きび団子な仲間たちと共に、鬼ヶ島のオーガどもとSAMURAIチャンバラってなもんです!」
「エイブラハム、シッテマスカ? モモタロウはニホンノジョウシキデス。ゼヒオボエテクダサーイ」
これくらいなら日本語もちゃんとした意味で通じるのか、エイブラハムも理解した様子で柚島とるな、そして天羽の話に聞き入っている。
「Oh, Japanese RPG……」
目が輝いてきた所で、徳重が手を叩く。清らかで乾いた音は、綺麗に響いた。
「さぁて、読み聞かせなんざ随分と久しいねぇ。孫にでもやるようにやりゃ良いのかい。是非楽しんでおくんなさい。後で、わからねぇ言葉やら何やらねぇか聞きましょう」
そしてゆっくりと優しく、心地の良い声で桃太郎の物語を紡ぐ。
「むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが、おりました――」
普段やる「噺」とは少々ばかり勝手も違うが、それでも人様に聞かせる事には変わりはしないのだ。
(なんて綺麗な殿方なの♪……そんなこと考えてる場合じゃないわ! エイブラハム様に正しい日本語を伝授しなくちゃ!)
その最中、るなは極めて真面目な視線を絵本に送るエイブラハムにドキドキと見蕩れながらも我に返り、徳重の語りに合わせて文字を指す指をスライドしつつページをめくる。
「ももたろうさん、おこしにつけた、きびだんご。ひとつ、わたしにくださいな――」
清らかで聞きやすい徳重の「噺」は、場にいた一同が聞き惚れた。
これが終わったら、暗唱と書き取りだ。
もちろん、他の二科目も平行してやっていく。
城前は語りの余韻に浸りながらも、エイブラハムに自分の何を紹介したいかを聞きつつ、日本語で喋らせている。
「私はサムライです、好き」
「I am Samurai,like」
間違った日本語は容赦なく英訳してゆく。
「Regrettable. More precisely, the position as a "Samurai", "like" is the reverse――(惜しい。正確には、「サムライ」と「好き」の位置が逆で――)」
どこを間違ったのか、それは当然指摘してゆく。同情しつつも厳しめだ。
「お茶が入りましたよー! どうぞ♪」
スピーキングの練習は、やはり喉が渇く。そんな細かい所に気を使って、るなは冷たい緑茶を出した。礼を言って飲むと、冷たい緑茶がすっと全身に巡ってゆく。
「コレガ、魂のサムライ……」
「サムライの魂、です。でも頑張っていますね。どうでしょう。豆大福、美味しいですよ」
城前は豆大福を差し出す。
まずは英語と、正しく使える範囲で日本語を入れ混ぜつつ、自己紹介の草案を練ってゆく。
「So far, or let's do a little.(じゃあここまで、ちょっとやってみましょうか)」
「ワタシノ、ナマエ、ハ、えいぶらはむ、デス。Well……」
同時に、勉強という側面に偏りすぎないように遊びも取り入れる。
「どうさね、エイブラハム。あんたの好きなマンガを対訳してみたよ」
忍者を題材とした日本産の超有名漫画が好きとの事だったので、日本語版との対訳を渡すアサニエル。こうして意欲の低下や不快感を防ぐ。
それを嬉しそうに読んでいると、ある台詞で首を傾げた。
「ドユイミ?」
指したのは、少々英語では伝えづらいニュアンスの単語である。
「えーと、この文面だから翻訳すると……いや、やっぱり面倒だからこれで行くよ」
考え込んだ挙句、直接思念を飛ばして文章の意味を伝える。
「ナルホド!」
理解するエイブラハム。また読み進めていると、仁良井が様子を見に来た。
「ニライサン、ソダン、シタイコト……a little.」
「はい、何でしょうか」
「ジツハ、ナットー、ベリーニガテ。 But タクサンノコ、ノコテ……left?……How are left over?(……どうすればいいだろう?)」
「それなら――」
どんな事でも相談に乗るは仁良井であった。また、言葉に詰まるようなら、まず喋れる所まで日本語で喋らせて、英語に切り替えさせ訳する。同時通訳のような事もこなしてみせた。
こうして、勉強はもっと円滑に進んでいくのだ。
ライティングも重要だ。エイブラハムと共にスーパーへ行ったのは苧環だ。
「これは『なすび』です」
発音と英語名を記しておいた名刺サイズの単語帳をめくりながら、丁寧に教えてゆく。
「ジャあコレハ?」
「それは『オクラ』ですね」
もっと生の日本語を覚えてもらいたいので、日本語で接するのは苧環だ。簡単な指示語程度なら理解するようで、コミュニケーションは成立している。
大和撫子の如く清楚で美しく、視線が合ったら微笑み、根気良く教えているお陰か、エイブラハムも気兼ねなく様々な事を質問している。
「チョー、ニホンゴ、アンダスタン、デスね」
「ありがとうございます」
幸いにも乱暴な言葉は覚えていならしく、多少の誤用には目が瞑れるようになっていた。
「エイブラハムさんも、初日にお出しした宿題、よく出来ていますね。いい滑り出しです」
ノートには手巻き寿司の時に使ったネタの名前が手本の通りに慎重に書かれている。
「ハイ! シヅノ、サン! アレは?」
次にエイブラハムが指差したのは、食品の試食だ。
「ああ、美味しそうですね。行ってみましょうか」
「なんだかトテモ、スゴソウ!」
純粋な反応を向けるエイブラハムと共に、苧環はスーパーの中を歩いていった。
FUJISANにも憧れているとの事なので、四日目は銭湯へとやってきた。
ペンキ画で彩られた富士山を眺めながら肩まで湯に浸かる。
「どうです? 日本は楽しいですか?」
柚島は訊ねる。
エイブラハムの日本語は間違っていたとは言え、ある程度の基礎はあったのだ。今では勉強会の甲斐あって、簡単な受け答えならできるようになっていた。
「ハイ、楽しいデス。日本来て、マジマジヨカッタ」
その言葉を苧環が聞いたら、きっと喜ぶだろう。
「僕たちは撃退士。この楽しい世界を守るために戦うのです」
「ソウですね。ボクも、パワーにめざめた、から」
「そして、僕たちが言葉を学ぶのは、この楽しい世界をより深く理解するためなのです」
富士山を見上げる。今の世界をこのペンキ画のように「あるべき姿」へ戻す事ができるのは、自分たち撃退士だけなのだから。
やはりこういった話をするのは裸の付き合いの時に限る。さあ、そろそろ風呂上りのフルーツ牛乳の美味さを教えてあげなければ。
●たゐレい日本語教室〜終業式〜
最終日。本日は東京の向島で芸者遊びの体験ツアーに参加する。折角なので、浴衣を着て参加する事になった。
「トクシゲサン、ボク、キモノをキタイ、デス」
「別に教えるのは構いやしねぇが……浴衣にしときな。こっから先夏だ、おまいさんらみてぇな若ぇのは祭りだの何だの、行くんだろう。――はい、できましたよ」
「Oh……!」
「これが粋……!」
着付けを男子は徳重が、女子は苧環が担当した。それぞれ着替え、特にハイテンションになっているエイブラハムと城前。さあ、行こう。
本物の芸者を見るのは初めてなのは何もエイブラハムだけではない。目の前で優雅に立ち振る舞う芸者さんに一同、感動しっ放しだ。ただ、慣れないので仁良井のように見ているだけの者もいれば、城前のようにテンションが高い者もいる。
「本日はようおこしんす。朝顔と申します」
芸者たちの中の一人であるこの朝顔、実は芸者に扮したアサニエルなのだ。艶やかな芸者姿の彼女は、そ知らぬ様子でエイブラハムの隣に座り、お酌。
「あらぁ、異人さんですかぁ。ええお方だこと」
しな垂れかかり、タジタジな、けれどまんざらでもなさそうなエイブラハムをからかう。
「そうだ、皆さん。エイブラハムさんは、皆さんとコミュニケーションを取るため、来日まもなく日本語を勉強してきました。その成果を見ていただきたいと思います」
芸者遊びも盛り上がってきた所で、柚島が提案。そして彼は意を決したように前に出る。
「コンニチハ、ミナサン。ぼくハ、えいぶらはむ、デス。ニジュイッサイで、あめーりかヨリ、キマシタ。ぼくは、サムライが、すき、デス――」
発音こそたどたどしいが、ちゃんと聞き取れ理解ができる日本語。これまでの努力が伺え、微笑ましくなる。
自己紹介が上手くいった。
次は野菜の書き取りだ。
「ナスビ……オクラ……」
しっかりとした筆致で確実に書いてゆく。練習の賜物だ。達成する度に歓声。
最後は桃太郎の暗唱だ。
「モモタロサン。オコシニツケた、キビ・ダンゴ、ひとつワタシに、クダさいナ」
話して見ると案外長い物語であるが、ゆっくりとだが淀む事はなく、自己紹介同様、皆が黙って聞き入っている。
「しあわせニ、くらしましたトサ――オシマイ」
語りきった。
「――あっはっはっ! 貴方こそ真のSAMURAIです!」
一瞬の沈黙の後に、柚島の賞賛。そして、大雨のような盛大な拍手。
「この一週間、よぉく頑張りましたねぇ」
「それじゃあ、次は一人で旅行ができるくらいまで覚えないとね」
暖かく拍手を送る徳重と、ばっちりとウィンクのアサニエル。
「侍のソウルです、受け取るヨロシ」
そして修了の証に、天羽が木刀を授ける。そう、彼は一人前のサムライとなったのだ。
「ミナサン、ありがとうございマス」
明日からは新たな生活が始まる。エイブラハムはそれにすぐ馴染める事だろう。それもこれも全ては友人たちのお陰で、確かな自信がついたから。