◆
「僕も二度ほど転居してますしまた転居するので分かります……」
「ありがとう……その言葉だけでも助かる」
十や須藤とは面識こそないが、学園を去る身として少しでも他の人の役に立ちたいので応じて来た浪風 悠人(
ja3452)。十に対しては、同じく母似で眼鏡な点と話が合いそうな雰囲気を感じた。誰かの面倒を見て来たという境遇にも思う所がある。
「皆さんの分の白い靴下も用意してありますとも。ささ、玄関前で履き替えて」
新品の白靴下を取り出した間下 慈(
jb2391)の行動に首を傾げる一同。
「その……間下。君を傷つけるつもりはないんだが、その……」
咳払いをした十に説明され、呆然とする間下。
「え? あれは業者のサービスで……ゲン担ぎとかではない?」
「気合入れて片付けるっすよ! ……って、センパイ、大丈夫ですか?」
長袖とハーフパンツの学校指定ジャージと、エプロン、三角巾を身につけ、汗ふきタオルを首に下げる高野信実(
jc2271)が、うなだれる間下を心配する。
「勘違いの恥ずかしさを仕事にぶつけますので大丈夫です」
手始めに部屋の隅に置かれていた火を吹く花を打ち抜く間下。ひとまず危険は去ったが、似たようなものが出てくるという想定は消えない。
「引っ越すなら段ボールそのままの方が再梱包の手間は無いけど、不要な荷物は減らした方が良いと思うの。ひとまず段ボールを全部出して、中身を須藤さんに確認と分別をお願いしたらいいんじゃないかしら」
「……というか! 何でこいつらが! いるんだ!」
蓮城 真緋呂(
jb6120)を睨んだ須藤が指差したのは牙撃鉄鳴(
jb5667)とタケル。
「俺も学園を離れるのでな。最後に顔を見てやろうと思っただけだ。ついでに金になりそうな物があれば貰ってやる」
「帰れ!」
「おれは新しいお前の監視だからだよ!」
「お前も帰れ!」
元気そうなタケルの顔を見て、蓮城は微笑む。
「後任はタケルさんなのね。久しぶりだけど……元気そうで良かった。作業一緒に頑張りましょうね。あとでメールアドレスと携帯番号を渡すから、タケルさんも何か相談あったら遠慮なく連絡してね」
「今はそうじゃないだろ今はー!」
やいやい騒ぐ須藤の声を微笑ましく聞き届けるアリアンマリアに、麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)は話しかける。
「あれから様子も見れなかったからねぇ。元気そう……はなんか違うかしら?」
車椅子に座ったアリアンマリアは久しく聞くオルフェウスの声に口元を綻ばせる。閉じた瞼も嬉しそうだ。
「あの子達がいますから、十全ではありませんが、確かに元気です」
「そっかそっか。調子良さそうで何よりやわあ」
「おかげさまで私もあの子と一緒に帰る事ができます。さらに掃除まで手伝っていただいて……ありがとうございます」
「いやいやあ。掃除なら力自慢がきっと頑張るわ♪」
自分の手は汚さない。物理でも比喩でもそれを崩さないオルフェウスは、横を通り過ぎた須藤の腕を引っつかんで頭を胸に埋める。
「はぁいルーちゃん久しぶり〜♪ 寂しくなかった〜?」
「寂しくなかったから離せ!」
「またまたそんな事言って〜。いいこいいこ〜」
オルフェウスの胸から自分の頭を引っこ抜く須藤。柔らかいが、多分そうではない。
「それじゃあタケルさん、高野さん、段ボール出して並べるの手伝ってくれる? 須藤さんは要らない物をこの箱に。仕舞いこんでたなら不用品多いでしょ」
蓮城の支持に従い皆が作業を始める。
手がける押入れの中はガラパゴス。珍奇な物がごろんごろん転がっていた。
■例1:脳味噌の模型
手前にある物から出来るだけ引っ張り出し、仕舞うのは任せて行く姿勢の浪風。押入れの定番の中身の雪崩や何が出てくるか分からない恐怖があるので、一箱目は浪風自身が開く事を申し出たのだ。
危険物を警戒し、防護壁を展開していた浪風は拍子抜けた。とりあえず開けれたら急なアクシデントはひとまずは遠のくので安心こそしたが、嫌らしいほどリアルな模型である。正直引く。
「ただのメロンパン入れだ」
「ですよね、ええ、ですよね」
中央からぱっくりと割れた脳味噌からせり出してきたのは、メロンパンあたりを置くのに最適な台座である。絶対に邪魔になるが、それでも地味にちょっと欲しいと浪風は思ってしまった。
■例2:黄金のランプ
シバルリーで構えながらそろりそろりと開けたダンボールの中にあった、訳ありげなランプ。高野は目を輝かせた。
「こすったら青い魔人が出てくるなんてことは……」
「そんな事はない」
「ですよねー……」
拍子抜けたが、青い魔人が出てきたら願い事の三つくらいしたかった。
■例3:消える魔球
恐る恐る箱を開ける蓮城。そして不可視の物体が飛び掛ってきた。
「消える魔球だな。襲い掛かってくる」
「そもそもどう入手したの? どう梱包したの?」
一球目の出現を読んで回避した蓮城も、流石に呆れ気味である。しかも一球だけではない。二球目三球目と襲い掛かる魔球をありとあらゆる技を使って防いでは無力化してゆく。
「これじゃ千本ノックね」
防壁陣、予測防御、霊気万象、収束電磁バリアと使っていく。キリがないようにも思われたがやがて消える魔球も底を突き、現れたものがある。
「テストだ。点数は……六十七点? 結構ギリギリね」
「うるさい勝手に見るな! 裏にも問題があるとは思わなかったんだよ!」
「……須藤さんもそういうミスするのね。――あとこれは……黒髪もどし? ……使っていい? 黒髪須藤さん見たい♪」
「貰ったんだよ。別に俺は構わん。どうせまたすぐ地毛に戻す」
作業も首尾よく行っているとのことで蓮城は洗面所を借り、須藤の髪を染める。
「あのね須藤さん。私ね、卒業するの。助産師を目指して、春から看護大学へ行くわ」
「そうかよ。……お前は本当に世話焼くのが好きなんだな」
「霧雨さん素良さんに宜しく伝えてね。入学前には一度ご挨拶に伺おうとは思ってるけど」
「墓石はどうかはわからねえが、鼎さんは喜ぶ。行ってくれんならその……助かる」
「須藤さんにも手紙出すから、返事くれると嬉しいな」
「手紙か……」
「どうしたの?」
「いや、宛名をどうしようか考えてる。それだけだ」
「なら表札、両方書いておけば?」
「は?」
「決めらないなら在学中にゆっくり考えたらいいと思うわ。身も蓋も無いけど、学外へ出れば戸籍の名しか通用しない場も否が応でもある訳だし。貴方が納得出来るまで私も両方宛に送るわ。新たにタケルさんと過ごす日々で気持ちが決まるかも。須藤ルスランも凛島透も、間違いなくあなたなのだから」
最後のあたりを、通りすがった間下と十も聞いていたらしい。ダンボールを持った二人が、ひょっこりと洗面所に入ってくる。
「そんな名前だったとは。いっそ合体してトオルスランとか」
「やらねえ」
「……冗談です」
「ですが、ま……心機一転生まれ変わるってんなら、その……凛島透? で始めればよいし。『須藤ルスラン』だった時の過去とか、古傷とか背負って行くってんなら、そのままの方がいい――ような気がします」
間下は凛島透という青年を須藤ルスランたらしめた事件を確かに記憶しており、そしてそこには日本に来てまだ間もない十もいたことを思い出す。
「十さんとは一旦のお別れですね。思えば初陣から成長したもんです」
「そうだったな。色々と世話になった。ありがとう。間下、君はこれからどうするんだ?」
「僕は……もう少し学園にいるつもりなんで。トオルスラン……ふふ、彼の監視も手伝えますよ」
くつくつと笑う間下。上手くいったカバン語がどこかの昭和ロボットのような響きで面白い。
「だから合成すんな」
「あ、あと銃火器があったので分解しておきました。トオルスラン」
「名前の合成以外は好きにしろ!」
「あと書類を整理している時に日記を見つけました。十月三日、寝坊しかけたあげく一般教養の授業がダルいと」
「暗唱すんな!」
「えっ、頑張りの方向が違う?」
面白いが、多分違う。
◆
ダンボールを運び終えた十に、オルフェウスがすすすと寄る。
「ところで十ちゃん? 帰国するならちゃーんとお土産と愛のプレゼント用意してるわよね?」
「愛のプレゼントとは……確かにグウェンドレンへの土産は用意しているが」
「今後長く続く為に、お姉さんが女心をできるだけ伝授しちゃう」
「確かに女心は複雑怪奇であるが」
「十ちゃんは構いすぎる所があるから、その辺気を付けないと大変な事になるわよぉ」
オルフェウスがふと見たのは須藤。十の面倒の甲斐あってか須藤は更生されたが、やはりなんというか、多少わがままな所は当初から変わっていないような所もある。
「あれもこれも大事なのは分かるけど、あんまり構いすぎるとうっとおしく感じられちゃうわよ? しめる所はちゃんとしめとくのが続くコツで、それなりに使えることを教えるわ」
「ふむ、そうか……参考になる」
「やーん、やっぱりええ子やわあ」
「結局こうなるのかー!」
「ええやん最後くらい。この残業が終われば自分も卒業する予定やし? 十ちゃんたちとは今後会えないかもしれへんから、最後くらいー」
いじられる十とは少し離れた所で、高野は間下が何をしているのか気になった。
「センパイ、何食べてるんですか」
「乾パンと一緒に入っていた氷砂糖ですねー。おいしいですよ」
「あ、クッキーも発見。賞味期限は……大丈夫ね」
保存食をぼりぼりと食べ始める間下と蓮城。
「ちゃんと仕事してくださいよぉ」
「ああ、まだ食べれるならこれで何か作りましょうか」
まだ期限が大丈夫な保存食品を見て、浪風は手料理を思いつく。カンパン等なら砕いて粉にし溶けたバターと混ぜて型の底に平らに敷いて上に生チョコやレアチーズを流し込みタルトにし、乾麺やレトルトはトッピングでアレンジして振る舞う。食材を少し買い足せば、皆で美味く食べれる筈だ。
黒髪になった須藤が見たもの。それは溶解光線銃を涼しい顔で破壊し、自己判断で不要なものを断捨離してゆく牙撃である。牙撃基準なので、須藤のものがざばざばとゴミ袋に入れられる。
「うおー!」
「着替えなんぞ二、三着あれば十分だろうが」
金の亡者の割に質素な生活をしているので段ボール一箱で済ます勢いで捨てていく牙撃。
「気前よく捨てるな」
「昔から物に囲まれた生活に縁がなくてな。周りに物が多いと息が詰まりそうになる」
「金は持ってる割に物は持ってなさそうだよな」
「――これはいつか言った『気が向いたら話す』の履行なのだが」
幼少期。貧しい家で父から虐待を受けていた日々。母との死別。父の元から逃げ、路上での孤独な生活。出会った恩人の裏切り。殺されそうになりアウルが目覚め恩人を殺した事。アウルを持つ子供を集め少年兵として教育する組織に拾われ、殺しの技術を学んだ事。
「組織での生活はよかった。不出来な奴は『不良品』として処分されたが、雨風を凌げて食事が出る生活が保障された。……とは言え、その後組織は学園に摘発され、双方に甚大な死傷者を出しつつ学園に連れてこられ今に至る訳だが――まぁ、こんな感じだ。俺を生かしてきたのは親父への憎しみと貧しさへの忌避だった。貧しさが親父を狂わせた。親父への復讐は終わったが金は一生稼ぎ続けなければならない。守銭奴なのは生きるためだ」
背を晒す。無論反撃の手を怠っている訳ではないし、須藤の動きならば一挙一足たりとも見逃してはいない。
「……殺すなら今だぞ」
すると須藤はずんずん牙撃に詰め寄り、肩を掴んでくるりと正面を向かせた。身長差を無視した力技である。
「なんだ、軽いな。ちゃんと飯食ってんのか」
「お前の主観の話だろう」
「それもそうか。誰でも何でも軽いんだった」
どれだけ平和に腐ろうが、須藤の怪力は健在であった。けろりと涼しい顔で牙撃の赤い双眸を暫し睥睨して後、顔を顰めてふんと鼻を鳴らす。
「何度見ても腹立つ」
そして牙撃の額に、中指で弾いた人差し指をぶつける。俗に言うデコピンである。
「殺しはしない。殺せないしな。だがやられっ放しも癪だ。だからやり返した。これならセーフだろ」
『先パーイ! こっち大体詰めたっすー! えぇっと、もう使わない物は一箇所にまとめてもらえますか?』
「……わかった、これが終わればすぐ行く」
高野に呼ばれた事を良いきっかけにし、背を向ける。殺したいのは山々だが、烏と黒い鳥はしょせん分かり合えないのだからこんなものだろうと、須藤は思った。
◆
「出前とか取りたいな。もう台所汚したくないかもしれないし」
「確かに出前がいいな。何がいい?」
「高級お寿司とか……十さんの奢りで」
「――いいだろう。待っていろ」
蓮城(と須藤)には散々焼肉だのなんだのを勝手に食われては領収書だけが舞い込んでくるという事が多々あったが、今日ばかりはいいだろう。何故ならこうしたことも最後なのだから。
高級寿司の言葉に沸く一同を背に、牙撃が立ち去る。そこに須藤が声をかけた。
「あれ、お前は食わないのか」
「高級志向ではないからな」
「それもそうか」
「じゃあな『須藤ルスラン』。もう会うことはないだろう」
「もう二度と会いたくないな、『黒い鳥』」
白と黒が入り混じる背中をぼんやりと眺め見る須藤。今更になって引き止める須藤でもない。黒い鳥は黒い鳥のまま。きっと時々思い出すのだろう。あまり良い気分ではないが。
「ああ、須藤さん。ちょっといいですか」
「どうした」
消えた牙撃の色の余韻を残しながら、間下に視線を向ける。
「だいぶ前に言ったこと、覚えてます? 天魔か撃退士、どちらに復讐するにせよ云々ーってやつ。決めました?」
「ああ、そう言えば……」
「今、どっちも考えてないのならスカウトさせてください。学園を出たら、一緒に『復讐』と戦いましょう」
「『復讐』、と?」
「はい。言葉と、策と、少しの実力とで、古今東西の復讐者と向き合い、別の道に進ませる……そういう戦い方です。無謀で危険で終わりがない」
片目を閉じ、間下の話をじっと聞く須藤。復讐の誘いは今生で数度目だが、不思議と自然に興味がそそられる。
「えらく前向きだな。何故俺を誘おうと思う」
「あなたがいれば、負ける気がしないからだ」
「……悪くない」
須藤は笑う。提示された未来は、希望と興味の赤。
「お前は何にする、須藤」
「何でもいいぞ、十」
十に呼ばれ、間下と共に皆の所へと須藤は戻る。残り僅かなこの時間、悪くはなかったのでもう少しくらい大切にしたいと、そう思ったからだ。
そして飛び立つ君へ。君達へ。
数多の苦難を乗り越え、未来という光を見出した若者よ。
どうか夜を振り返らず、風に乗って、ただひたすらに前へ。
待つのは夜明け。輝きの朝。
【了】