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マスター:川崎コータロー
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:4人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/12/27


みんなの思い出



オープニング


 土下座である。
「まっこと非っ常〜〜〜〜〜〜〜〜〜ォに! 申し訳! ございませんでしたァっ!!!!!!!!」
 額をこすりつけた見事な土下座をして見せたのは、いつか自分を犬にしたり幼児にしたりしたマッドサイエンティスト・三菱香苗である。見事な下座っぷりに言葉すら失った須藤であったが、今はその言葉すら発する事ができないので全方位から手の施しようがない。

 何故なら須藤は今、猫だからである。

「にゃー(あのさあ)」
 ふわふわの灰色の毛。黒い靴下。世間で言うヒマラヤンなのだが、猫に疎い須藤はただただ目の前の事象にしか目が向かなかった。当然と言えば当然である。
 そして当の須藤と言えば、猫の横で悠長に伸びをしている。ポーズとしては猫のそれと全く同じで、表情は平時の須藤の五十倍ほどぬくくてゆるい。
 要するに、須藤は猫と入れ替わった。猫の体に須藤の中身が、逆に須藤の体には猫の中身が入ってしまったのだ。この土下座研究者のみょうちきりんな薬に、不幸にも須藤と猫が犠牲となったのだ。
「夕方! 夕方までには戻りますからぁ〜〜〜〜〜〜お許しを〜〜〜〜〜〜〜」
「うにゃにゃにゃ(お前って本当に懲りないよな)」
「仰るとおりでございます〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 猫そのもののように振舞う自分を見て須藤はまたも絶句しかけているが、中身が実際に猫なのだから仕方がない。
「にゃにゃ、にゃー、にゃー(こうなったら夕方まで待つしかない。しょうがねえ、俺達をどこかに匿え)」
「はっ、はいい」
「にゃにゃ(お前本当に俺の言ってること理解してるか?)」
 などと言っていた時である。
「ウ、ウオアーッ! 誰だ、隕石なんかアウルで作り出した奴は?!」
「たぶん近くの演習所からの流れ弾だ! みんな逃げろー!」
「流れ隕石だ! 逃げろ、逃げろー!!!!」
 隕石が降って来た。今居る公園は演習所からほど近く、先ほどから演習らしい戦闘の音も聞こえていたので、その流れ弾ならぬ流れ隕石だろう。が、猫(須藤)と三菱の間に巨大な隕石が落ちてしまい、その姿が見えなくなった。あろうことに須藤(猫)も三菱の間である。
 隕石は高温を放っており、飛び越えられるようなものではない。
「にゃ、にゃーっ!(大丈夫か、俺―!)」
「猫になった須藤さぁん、遠回りになっちゃいますが一度公園を出て、反対の入り口に向かってくださぁい! 中身が猫の須藤さんを連れてそこで待ってますぅ! 合流したら私の研究室までご案内しますから、夕方までそちらで過ごしましょうよぉ!」
 三菱が猫語を理解しているのか否かはともかく、そういう事らしい。
「にゃ、にゃー!(反対の入り口だな、わかった!)」
 流れ隕石の発生頻度はともかく、この学園では稀によく見る光景である。今更驚くこともなく、猫(須藤)は極めて冷静に駆け出した。


「おお、隕石が落ちたぞ。ははは、ここは面白いなあ」
 ごうごうと音を立てて落ちてゆく隕石を仰ぎ見ながら、霧雨鼎は朗らかに笑った。人生既に四十年近く生きてはいるものの、こうして白昼堂々と隕石が落ちる光景は見た事がない。
 さて霧雨は須藤に会いに、はるばる久遠ヶ原へとやってきた。ノリとしては授業参観や家庭訪問に近い。
 この来訪にあたり須藤に一切の連絡を入れてはいないが、サプライズのようなものなので、願わくばそれなりに驚いてそれなりに喜んで欲しい欲がある。
 現在彼女は一人であるが、常に伴っている従者の素良は現在学園内での自由行動を取る為に必要な手続きの最中であり、待ち時間を散策に使いこの先の公園の入り口で落ち合う手筈である。
「素良君にも見せてやりたかなったなあ。隕石だぞ隕石。あの素良君も驚くだろうなあ」
 電動の車椅子がゆっくりと移動しながら、目的の公演の入り口に到着した。するとそこに居たのは、白衣の少女。と、何よりも猫らしいポーズで座る須藤(猫)の姿である。
「にゃーっ!」
「おお、透……じゃなかった、ルスラン。猫にでもなったか。おお、よしよし。どうどう。元気にしてたか?」
 霧雨を見るなり飛びつき膝に擦り寄ってきた須藤(猫)の頭を撫でる霧雨。特に驚いてはいなかった。
「猫みたいだなあ。どうした。猫にでもなったのか」
「あのー……それには深い訳が〜……」
「深い訳があるのか。そうかそうか。おお〜、よしよし。いい子だなぁ」
 突如現れた須藤と親しいらしい女性。それだけで混乱している三菱であったが、問題は二十分経ってもまだ現れない猫(須藤)の安否であった。


 黒いタートルネックに黒いスキニー。長身の仏頂面な青年。まるで御影石の容貌。
 素良である。
(何故墓石がここに)
 猫(須藤)は意味がわからなかった。単身で素良がここに来ているとは到底思えない。きっと霧雨鼎も居るのだろうが、だとしても一報すら受け取っていない須藤にとってはその意図が測りかねなかった。寝耳に水である。
「……」
(マズい、目が合った!)
 今の自分は猫であり、よもや素良もこの猫が須藤だと思うまい。されど素良は意味ありげに猫(須藤)を見つめている。
 逃げよう。
 理由がどうであれ素良に見つめられるのは気味が悪い。三菱を待たせることになるが身の安全が最優先である。素良を捲くために更なる遠回りをして合流をしよう。
 本能でその判断を下した猫(須藤)は、そのまま一目散に駆け出した。

「……」
 さて、素良は猫が好きである。
 特にあの猫、ヒマラヤンのような長毛種が大好きである。霧雨の介護が第一な手前買う事はできないが、動物番組は必ず見るし、時折庭先に迷い込む野良猫に餌をやる時もある。
 ヒマラヤンが外を出歩くのがとても珍しいのだが、理由は別に考えなくてもよいだろう。
 どタイプである。撫でたい。超撫でたい。
 と思うと同時に自然に猫を追いかけていた。
 本来ならば真っ先に霧雨と合流すべきである。しかし、久方ぶりに監視がいなくなったため浮き足が立っていたのだ。
 手続きにより武装は解除し発信機を身につけその行動は逐一監視されているものの、肉眼で捉えられる範囲に監視する人間が居ないだけで素良の心と体は軽くなっていた。
「にゃ、にゃ――――――!!!!!(何で追いかけて来るんだアイツ!)」
 素良の足は速い。べらぼうな脚力で追いかけてくる上、地獄耳なため物音を頼りにどこまでも追跡をかけてくる。
 よって猫(須藤)はそんな墓石の妖怪相手に正々堂々と逃げ回る羽目となる。

 須藤ルスランの長い一日が始まる。というか既に始まっていた。


リプレイ本文


 いつか見た研究者の土下座をまた見ようとは思ってもいなかった蓮城 真緋呂(jb6120)は、取り出したハンカチで目頭を拭った。
「須藤さんも不運よね……」
 小銭の穴に紐を通して須藤(猫)の目の前にぶら下げて遊んでいる霧雨。須藤(猫)はにゃーにゃー言いながらも猫の動きで小銭を追いかけている。
「はははどうだルスラン。眠くなってきたか」
「こっちの方が良くない?」
「おお、ボールか。助かるぞ。ありがたいな、ははは」
 蓮城がアウルで作り出したボールと共に遊ぶ霧雨と須藤(猫)。微笑ましいっちゃあ微笑ましい。
 さておき。
「ところで墓石はどうした。いつもお前の傍にいるだろう」
 牙撃鉄鳴(jb5667)は、珍しく不在の素良の事を言及した。
 霧雨鼎、と言えば外せないのが従者の素良である。常に霧雨に付き従う彼は無口で無表情の長身、黒ずくめ。御影石に見えることから須藤は彼を『墓石』と呼んでいるが、足の不自由な霧雨の手となり足となり、家事から戦闘まで何でもこなす。
「素良君か。彼は手続きに行っているところだよ」
「手続き?」
「君達のお陰で素良君は死を免れ監視付きの生活を送るようになった。で、今回の来訪にあたり、武装解除のうえ発信機を常時身につけていれば、この島にいる間は監視なしで行動できるらしくね。その手続きだよ」
 素良はある事件から、学園から派遣された監視付きでの生活を送っていた。このあたりも須藤と同様で、恐らくは素行が優良と認められた上での処置だろう。
「時間がかかるとか何とかで、別行動を取って私は物見遊山と決め込んでいたんだよ。それでこの公園に集合という事になっていたのだが……ふむ、予定の時間はもうとっくに過ぎていたな」
「何かあったのかしら……」
 心配になる蓮城。些細な事が大事に至る可能性もあるため、素良の居場所を把握する事が優先である。現在地が把握できる端末を蓮城が受給している間、雫(ja1894)はSNSなどを使って情報を調べる。
「え〜っと、今回は猫になった須藤さんを保護すれば良いですよね? 島内に妙に人間臭い猫の情報があれば良いですが」
 今の所は特にない。すると蓮城が戻ってきたので、タブレット端末を受け取る。
「さて、これで何かしらの情報は得られるとは思うのですが……」
 地図を開き、素良の現在地を知る。そういう機能なのだろう、ここ一時間の順路も赤い線で表示されていた。
「あちこち走ってるみたいだけど……何か追いかけてるのかな? 進路が滅茶苦茶」
 蓮城はその軌道に首を傾げた。ある地点から西に行ったと思えば折り返して東へ、さらに北へ南へ。
「素良君が追いかけるものか」
「霧雨さんを放ってまで追いかけるような物の心当たり、ある?」
「そうだな……あ」
 須藤(猫)がボールをひったくった所で、霧雨は閃いた。
「猫だ。素良君は猫がとても好きだ」
 主と合流せず何かを追いかけ続けている素良は猫が好き。そしていつまで経っても戻ってこない猫(須藤)。
「……素良さんが追いかけてる猫、中身が須藤さんの可能性が高いかも」
 だとすれば一石二鳥である。行方不明の猫(須藤)を素良が追いかけているという事は即ち、素良を利用すれば猫も須藤も捕獲する事ができる。
「しかし、真緋呂の友人はおかしな人物が多いですね」
 よもや自分もその一人に入っている事を忘れている樒 和紗(jb6970)は、蓮城が持っている端末の画面を見る。
「猫の身で流れ弾にでも当たれば大変ですし、保護を急ぎましょう……俺も撫でたいですし」
 後者が本音である。ともあれ飼い猫が不慮の事故で負傷は一大事であるし、手早く捕まえその分長くモフモフできればそれに勝るものはない。
「素良という人物が追っている可能性が高いとの事ですし、まずはその素良と合流し手掛りを探しますか」
 蓮城から自身の分の端末を受け取った樒達は、素良と猫(須藤)追跡に向かう。
「よし」
 霧雨と共に残った蓮城は須藤(猫)の喉元をゴロゴロ撫でた後、スープ漬のツナ缶とミルクで柔らかくしたパンを出す。
「美味しい?」
「にゃー!」
 天真爛漫に反応し、直接皿から飲むように食す須藤(猫)。蓮城が頭を撫でると心地良さそうに目を細めた。声は平時の須藤であるが、いかんせん中身が人懐っこい猫のせいか諸々の乖離が甚だしい。
 食後、アウルで作り出した猫じゃらしで遊んでいると眠くなってきたらしい。目がとろんとしている。
「遊び疲れてお昼寝するなら膝枕どうぞ?」
 ベンチで休む須藤(猫)に膝を提供する蓮城。膝枕で眠る須藤は猫だが寝顔は穏やかで、きっとこれが彼本来の寝顔でもあるのだろう。
(寝顔、写メっておこう)
 何枚か写真に収めた所である。樒から連絡が入る。
「もしもし」
『真緋呂、発見しましたよ』
 場所は変わり、素良追跡班。
 樒は蓮城と連絡を取りつつ、屋根から屋根へと飛び移りながら素良の姿を俯瞰で捉える。
「ビンゴです。情報にあった猫を追跡中です」
「何をしているのだかあいつは……」
 牙撃は絶句した。あの素良がいつもの真顔のまま猫を追いかけている。が、雰囲気がどこか花畑である。
「あ〜、そこの人。いまあなたが追っている猫の中身は人間です。保護依頼が入っているのでこちらに引き渡して下さい」
「どういう事だ」
「こちらを」
 雫の言葉に首を傾げる素良に、樒はスピーカーモードに切り替えた通話状態のスマートフォンを突き出す。
『やあ』
 霧雨の声を聞いた瞬間、一気に速度を殺す為に素良の靴底が大きな乾いた音を上げる。それが聞こえたのだろう、少し驚いたように霧雨は続けた。
『おおう。そのまま、そのままでいいから』
 速度が戻る。
 流石である。地獄耳の素良であれば、スマートフォンから聞こえる霧雨の声を聞き逃しはしない筈で、我を忘れようが絶対の存在である霧雨の声は無視出来まいと思ったのだ。
『素良君、何をしているんだい?』
「猫を追いかけていました」
『ふむ、それはいいのだが……中身は透だぞ』
「そんな……殺生な……」
 見るからに凹んだ。無念さのあまり顔まで覆い始め、ここまで来ると何だか可哀想にも思えてくる。とは言え素良には現実を見てもらわなければならない。走りながら霧雨による状況説明を経た後、樒が素良に提案する。
「そういう訳ですので、協力願えませんか?」
「了解した……」
 目の前の事実に立ち直れていない様子の素良。しかし蓮城の指示通り、猫を捕縛すべく動き出す。
 辿り着いたのは一本道の真ん中。猫(須藤)にとっては逃げやすい、筈であったが。
「引っかかりましたね」
 突如として樒が前から現れ、猫(須藤)の進路を防ぐ。完全に挟まれた形である。
 猫(須藤)からすれば樒が突如として現れたように見えたが、彼女はボディペイントを使用して気配を消し、先回りをしていただけに過ぎない。
「にゃっ!(何だ!)」
「ふふふ……」
 黒い微笑みを浮かべる樒。一気に取り出したのは。
「にゃーっ!(そ、それは!)」

 猫槍。
 要する所巨大な猫じゃらしである。

「中身が撃退士でも体は猫。猫じゃらしへの脊髄反射と眠気には耐えられないでしょう」
「にゃー! にゃー!(クソッ、クソッ!)」
 猫槍を振り続ける樒。わたわた手足を動かしながらそれにかぶりつく猫(須藤)は、やがて彼女のヒプノララバイによって眠りにつく。
「邪魔するぞ」
「むぐ」
 それを好機と見た牙撃が、素良の頭を踏み台に一気に加速をつけ、虫取り網で猫(須藤)を捕獲。痛覚のない素良は一瞬何が何だか理解できなかったが、やがて虫取り網の中で丸まっている猫(須藤)を見ておおよそ理解した。
「にゃにゃー! にゃー!(うおっ何をしやがる! くそ、離せー!)」
 目が覚めた猫(須藤)が、網の中でじたばたともがいている。
「暴れるな。網に穴が空いて落ちても俺は責任を取らん」
 無論牙撃に猫の言葉が通じる訳ではない。肩に担いだ虫取り網をわざとらしく揺らし、ついでに素良に突っつきを入れる。
「猫自体は誰かが飼育しているものですから、丁寧に」
 虫取り網から猫(須藤)を取り出した雫は、そのまま抱きかかえて歩く。流石は長毛種。見事なモフモフ具合である。
「折角のモフモフなのに勿体ない。……流石にずっととは言いませんが、暫くそのままの姿でいませんか? 私に怯えない動物は希少ですから。勿論、その間の生活費と面倒は見ますから」
「にゃにゃー!(嫌だー!俺は人間に戻るぞー!)」
 暴れる猫(須藤)は、そのまま雫の腕から滑り落ちる。しかしそこをすかさず抱き上げたのが樒であった。猫(須藤)に自由はない。
「夕方にはどうせ戻ってしまいますから、その間だけは楽しみましょう」
 猫(須藤)をもふもふしながら帰ってきたところである。
「素良さん! どうしよう……霧雨さんが……連れ去られて……」
 蓮城が真っ青な顔で素良らを出迎えた。
 反射であたりを見回す素良。しかし霧雨はどこにもおらず、耳を澄ませても気配を感じない。
 目をかっ開き、未だ周辺を見回す素良。明らかに余裕がない。
「ああ、大変な事になりましたね……」
「にゃー、にゃー……(俺も助けに行きたいが、この状態だし……)」
 はらりと落ちた一粒の涙を指先で拭いながら、樒が猫(須藤)をもふもふとし続けている。
 暫しわなわなと震えていた素良であるが、やがて姿勢を正す。
「何をするの?」
「聞くな。止めるな。心配は無用」
 蓮城が止める以前に、そもそも武器も持っていない。無謀である。
「待て、素良君。落ち着くんだ」
「しかし……」
 動きを止める素良。今の発言は誰だ? 反射で後ろを向いた。
 霧雨鼎である。
「ドッキリ大成功だよ」
「……は?」
「須藤さんを驚かせたいなら、ついでにお世話放棄した素良さんへのお仕置きもどうかなって霧雨さんと話してたの。それで、ああやって」
「真緋呂、流石の名演でしたよ」
 成功したとキャッキャしている蓮城と樒と霧雨を見て、素良は珍しく呆然と立ち尽くしている。
「……」
 再び崩れ落ちる素良。してやられた絶妙な悔しさと霧雨が無事だった安心が相俟って蹲るその姿はイカスミか何かを丸め込んだ大福である。
「驚いた? 素良さん一人で猫と遊ぼうとした罰ですよねー、霧雨さん。成功ですね!」
「面白かったよ蓮城君。だが、一人で勝手に行動するのは君の悪い癖だ。何か面白い事があれば私に一報を寄越すように」
「申し訳ございません……」
 しゅんと項垂れる素良。霧雨は須藤(猫)を撫でながら微笑む。
「そんなに重く捉える必要はない。無事で何よりだから。な」
「にゃー……」
 猫が鳴く。その声は、様々な意味に取る事ができた。


 夕暮れの到来と同時に、猫と須藤の体と中身は正しく元に戻った。猫は飼い主のもとへと帰り、須藤は心身に疲労を見出しながらベンチで脱力していた。
「あー……長かったー……」
 犬にも子供にもなった上、猫にまでなった。もう薬品での被害は被りたくない。
「災難だったな」
 精神的な疲労を見せる須藤に缶コーヒーを突きつけたのは牙撃である。
「どういうつもりだ」
「前に知った風に決めつけてにごちゃごちゃ言うなとか言ったな。だから知った上でごちゃごちゃ言うことにした」
「はあ?」
「何でもいいから話せ。凛島透だったころのこと、八咫烏に入ってからのこと、今までのこと。何を考えて、どう思って、どう生きてきたか。話さないならそれでも構わんぞ。朝起きてたら今度は犬になっているかもしれんが。今のお前になら簡単だな」
「ぐぅ〜……好き勝手言いやがって」
 犬になった事があるのは黙っておき、黙考の後やがて須藤は滔々と語り出した。
「……凜島透が生まれ育ったのは結構な田舎で、ごく幸せに暮らしていた。両親と、あと祖父母だ。どちらの祖父母かは知らん。知る前にみんな死んだからだ」
「あれは蒸し暑い夏の日だった。突然現れた悪魔の軍に全てが壊されていて、気付けば瓦礫の中で俺一人だけが生きていた。どうして俺だけが生き残ったのか……呆然とそこに蹲っていたらな、死に掛けた。多分このまま死ぬと思った。だが俺は死ななかった」
「あの人だ。世持武政。あの人が俺を拾ってくれたから、俺は生きることができた。昔も、今も……」
「人が立ち直るきっかけは何でもいい。だがそこから先は時間だ。亡くしたものも壊されたものも殺したものも全部自分の中で消化していくしかない」
「俺達の存在自体が世間から消されて然るべきなのは頭で理解している。だが、感情と本能のレベルで納得はできていない。そういうものだ。俺は俺の信じたものを易々と捻じ曲げられるような人間ではない」
「それに、お前が俺にした事、何から何まで詳細に全て覚えている。今のお前は俺の事を腑抜けだ何だと言うが、俺はいつかやるぞ。俺にとっての最良の機会を伺って確実にお前の息の根を止めにかかってやる。精々、明日犬になっていない事を祈るんだな」
 須藤の腕を切り落した事――牙撃は今更許してもらおうなんて思ってないし、気にしてないと言われるとそれはそれで気に入らない。
 須藤の態度如何によっては付き合い方を改めようかと思うのも吝かではないかもしれない気もしなくもなかった。
 この言葉は、まあ及第点と言った所か。
「そうか」
 おもむろに立ち上がった須藤を牙撃は止めることはせず、手だけ差し出した。真顔の牙撃と無言で差し出された手を怪訝そうな顔で見た後、須藤は眉を顰める。
「何だこれは」
「コーヒーの代金。百三十久遠だ」
「金取るのかよ」
「誰が奢るなんて言った。話は今回の依頼の報酬だ。だいぶ譲歩したのだから感謝しろ」
「ああー、くそ」
「まぁ、気が向いたら今度は俺の話しをしてやる。気が向いたらな」
 頭を抱えて悶絶している須藤。されどかつての邪悪さは息を潜め、人として真っ当に生きる青年の姿がそこにある。
「ヤタガラスと呼ばれる人が義兄になってくれたの。何だか八咫烏に私も縁があるみたい……一人にならないようにって」
 蓮城は自身のこれまでを振り返る。義兄のこと、そして須藤ルスランの事。
 八咫烏。伝説の上でのみ生きる三本足の烏。導くのは人の縁か。それとも。
「ふふ、私もそうだな。縁とは実に不思議なものだ。ルスラン……いや、透がいて、素良君がいる。透はあんな子だが、悪い子ではない。これからも仲良くしてやって欲しい」
「勿論」
 未だ引きずる過去と、それでも差し込む一筋の希望の光。
 須藤ルスランと凜島透、彼差は最終的にどちらを選ぶ? それは蓮城にもわからない。だから今は彼の事を須藤ルスランと呼ぼう。いつか凜島透になる時、須藤ルスランが不満に思わないように。
「和紗、須藤さん、ごはん食べに行きましょう! せっかくだし、霧雨さんと素良さんと一緒に!」
 太陽は既に落ち、街灯が灯っている。
 日が変わるまであと数時間。須藤ルスランの長い一日はまだ続くのであった。

【了】


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: あなたへの絆・蓮城 真緋呂(jb6120)
重体: −
面白かった!:4人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
総てを焼き尽くす、黒・
牙撃鉄鳴(jb5667)

卒業 男 インフィルトレイター
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター