●前半戦〜ドッヂボール、それ即ち譲れないものをかけた戦争〜
学園島に数ある演習場の一つ。梅雨全線が大暴れしている六月なのにこんなに澄み切った青空の日には、少し規模の大きい演習がされていてもおかしくはない場所。そこで学生たちが何故かドッヂボールに興じている。
「うむ、中々いい感じだな」
本部テントでうんうんと満足そうに頷くのは、主催の樋口だ。同じテントのテーブルでは、突っ伏して携帯ゲームに興じる安達と、救急箱を膝に置く鞍馬。
「よっしゃー! 俺がほぼ唯一得意とする運動の時間だー! こいつぁ張り切らざるをえまい! ドッヂ(回避)に参加するのに回避超ニガテなのは気にしないこととする! ミハイルさん、パース!」
「しねぇのかよ。まぁいい」
『伊藤運輸』と書かれたタオルを頭に巻く伊藤 辺木(
ja9371)はようやく来た出番にガッツポーズ。ボールをキャッチした。
そのボールは、戦争でもしに行くのかという格好のミハイル・エッカート(
jb0544)に渡される。
「ミハイル様、右側後方で控えている男子生徒が狙い目です」
指示を送るのは只野 黒子(
ja0049)である。味方の主戦力である伊藤とエッカートの特性、そして全体の戦況を見極めて的確に助言を行っている。
只野は気分転換の名目で参加した。けれど、かと言って娯楽の範囲内で手は抜かない。手を抜きすぎるとツマラナイのだ。
「なるほどな」
事前の打ち合わせに顔を出さなかった事を陳謝した只野。しかし、顔を出さなかっただけであって、競技に打ち込む態度は不真面目ではない。むしろ本気だ。
「元インフィの実力を見せてやろう」
得意の精密射撃を生かした足元狙い。狙い通りの獲物がヒットする。
獲物となり無残にも一人目の戦没者となった男子生徒は右足を抱えながらぴょんぴょんと飛んで外野へ移る。
自慢のサングラスを上げて微笑み。
エッカートは参加者の中で最年長であるのだが、どういう事か参加者の中で一番本気だ。まぁ要するに遊びやゲームには大人げないアラサーおっさんである。
「ぐぐぐ、やりましたね!」
仲間を一人やられ、ボールを取って叫んだのは城前 陸(
jb8739)だ。
「相手が子供だろうが俺が勝負事に手加減すると思うなよ。肉食獣は相手が小動物でも全力で食らいつくものだぜ 」
「でも一番ボールが当たりやすいのはエッカートさん、あなただという事を忘れないでくださいね! 私だって何事も全力で頑張るんですから!」
今までは普通の投球だったが、城前はインパクトを込めて投げる。目標はエッカート。
西洋人のエッカートは当然だが、日本人よりも体が一回りか二回り大きい。未成年が多い場所ならば尚更それは目立ち――ドッヂボールともなれば格好の標的となる。
勿論、それは何より本人が自覚している事だが。
「おっと」
見るからにヤバいボールである。エッカートはシールドを展開、ボールを弾く。
高く上がったボールを、颯爽と華麗に空中でキャッチする影。
「桐咲家直伝、ボールキャッチ術!! って言うのは嘘だよー」
着地。その後決めポーズと決め顔をばっちりと決め込んだのは桐咲 梓紗(
jb8858)だ。
「そして、アタックだよー! 私の全力投球を受けてみよ、だよー」
桐咲は合気道を習得しているだけあって、スマートなフォームから勢いのいいシュートを繰り出した。
放物線の先には伊藤。しかもただの放物線ではない。このままでは顔面めがけて一直線コース。顔面セーフが存在しないこの試合のルールで行くと、掠っただけで即アウトだ。
伊藤は座学周辺の成績が全滅していたとしても、考えるものは考えてくるのだ。
「俺の本領は支援! というか回避射撃だ! しかし武器使えねーし、その辺の石ころでもシュートするしかないか? バウンドさせるか上に打ち上げるのが取りやすい…そうだ、ドライブシュートだ! その辺の石ころをボールにドライブシュートして回避射撃だ! これしかない! 」
唯一残念な所があるとすれば、その考えとやらが全て大音量で筒抜けになっている点であるが。
「わかりやすくていいねー」
これでは桐咲が聴覚を鋭敏にして聞き耳を立てる必要もない。楽なものだ。
ドライブシュートした石がボールとぶつかり、軌道がずれて威力とスピードが落ちる。こぼれ球と化したボールを拾い、助走。
ドッヂで全力投球は結構取られやすい――これ即ち経験則。
ならば、取れるか取れないかギリギリのラインを見極めた外野への山なりパスにより欲望のキャッチを狙い撃ちが一番だ。
「ふはははは! 俺には似合わん頭脳プレーってやつさ! だってマトモに投げても当たる気しないもん!」
幸か不幸か、頭脳プレーの割には考え無しのルートで投げたボールの軌道上に人がいた。独りではない。二人だ。
「うちの眼にはアンタのシュートも見えとるんやで……」
必殺ディフェンス――その名も「未来眼」で、ボールをドヤ顔で避けたのは黒神 未来(
jb9907)だ。
実は必死で避けたとだけあって、内心はかなりヒヤヒヤしている。しかしこちらの方が段違いにかっこいいので涼しい顔をしておく。
「でも中々手ごわいですね!」
「せやな。みんな伊達に修羅場潜り抜けてへんからな!」
城前は手ごわさを感じながらボールを投げる。
「やっぱり手は抜けねぇな」
受け止めたボールは、大の男であるエッカートが受け止めてもその衝撃が来る程強い。
そうだ、相手は女子供と言えど撃退士。ある意味模擬戦とも言えるのだ。場所も演習場な訳であるし。
「ま、抜かねぇけどな」
桐咲に向けてボールが放たれる。中々強いボールだ。
先ほどからずっと避けられないボールの対処法を考えていた桐咲は、そこで思いつく。
「そうだ! 合気道とかを生かして、殴り返そう!」
勢い良く上に殴り飛ばす。
「いやいや、それはアカンて!」
「そのボールが地面に落ちればアウトですよ!」
「え? あうと?!」
咄嗟のアイディアを黒神と城前に突っ込まれた桐咲は、間一髪の所でボールを拾う。
「桐咲家直伝、ボールキャッチ術!! って言うのは嘘だよー」
「何やヒヤヒヤするなぁ、アンタ。投げへんの?」
「ほっほはって、ひまはへへる(ちょっとまって、今食べてる」
「食べてるんかい! ……美味しそうやな」
エネルギーが切れるので仕方がない。あんまんを口に運びながら、桐咲は投げる。
受け止めたのは只野。すぐさま投げられたボールの飛距離は今までのそれより長い。
「射程を伸ばしてみました」
集中を併用してみたが、中々いけそうだ。
「取材で身に着けた、可憐なステップ」
避けつつも通り過ぎる前で桐咲がキャッチ。意気込んでボールを投げた。
「さあ、どんどん行くよー」
●後半戦〜スポーツマンシップのシップは湿布のシップ〜
試合は後半戦へと差し掛かる。皆、いい具合に消耗してきていた。
戦況はと言うと、一人当てれば一人が当てられる――絶妙なシーソーゲームの状態となっていた。
放たれたボールを黒神がキャッチする。しかしどういう事か、ボールが消えたではないか。
「?!」
動揺するエッカート達一同。
どういう仕掛けかと言うと、ナイトアンセムを使用し敵に認識障害を引き起こしているのだ。
ボールを投げる。
これぞ魔球・ステルスシュート。
「うちのこの魔球『ステルスシュート』、今まで見切った奴はおらへんのやで……」
またもドヤ顔。
まぁ要するに今まで使った事がないだけなのだが。
何であろうと見えないものは見えず、身構えたが避けられなかった女子生徒の二の腕に掠る。これでまた一人。
「あっちがヤバイ手を使うなら俺だってやってやるさ」
こぼれたボールを拾ったエッカートは、今まで温存していた切り札を思い切ってここで出す。
「さあ来なさい! ……って何?! この匂い! ひいやあああああ臭い!!!」
尋常ならざる雰囲気で放たれた一投をに身構えた城前であるが、あまりにもの臭さに涙目になってシールドで弾く。
「さあ辺木、今だ」
「よっしゃーミハイルさん! 今こそ部長と部員の絆のツープラトンだ! ……具体的に何をするか聞かされていないが!」
とりあえず肉壁にはなっておこう! 顔面セーフは無いが部長のフォローを信じるぞ!
兎にも角にもボールを受け取ろうと身構える。しかし――
「見よ! 果敢な顔面ブロック……ぐおぉ!? くさや!? くさやの臭い!?」
「そうだ辺木。これはあらかじめ用意したクサヤ汁をボールに振りかけて敵に投げつけたものだ。ふっ、臭さに思わず戦意喪失だろう」
「なんでくさや!? 発酵してやがる!? はやすぎたんだ!!?」
「それはお前が坊やだからさ……あ、ちゃんと受け止めるんだぞ。ついでに投げ返しておいてくれ」
「あんまりだー!」
部長の無茶難題を実現させるのが辺木であるが。
「これはもうスポーツじゃなくてバイオテロですよ!」
「スポーツマンシップ? 戦場にそんなものは無い!」
触る事すら憚られるクサヤボールは、再び城前のシールドによってボールが弾き返される。
体に付いたクサヤの臭いで悶絶する伊藤の隣を通り抜け、ボールはエッカートの方向へ。
「流石にマズいか」
無論、策を立てていない筈がないのがエッカートだ。
シールドを展開。そしてスラナイXG1を緊急活性。
照準をクサヤボールに――ではなく、銃口は地面に向け、銃身を握る。
やってきたクサヤボールを、銃床にヒット。そのままスパーンと打つ。
小気味の良い音とクサヤの臭い。ボールは演習場の向こうへと飛んで行った。
「テニスもそうだが、ドッヂにも逆転ホームランは無い、か……」
どこへ行ったかは知らん。
だが、辺木の犠牲で勢いが削がれているなら良しとしよう 。
「本部、ボールの補充を要求する」
「お、おう……いいっすけど」
兎にも角にも仕切りなおしだ。
安達により新しいボールは黒神達のコートへと渡る。
「さあ皆さん、疲れたことでしょう。このボールはライトヒールを込めたボール……即ち、回復するボールです!」
城前が高らかに宣言する。
「おっ、そりゃあ助かるぜぇー!」
清らかな光を発するボールを受け止めにかかる伊藤。
「敵に塩送る真似して大丈夫なん?」
「……え、当たっても回復しませんよ? ただのはったりです」
回復するボールの正体は、黒神の心配も無用なインパクトを込めて放った強烈な投球。
「あべし!」
綺麗に伊藤の顔面へとヒット。
「一試合に一回限りの必殺技ですが――上手く決まりました」
何はともあれ一人撃破だ。
「外野! ドッヂの華だ! 地味とか墓場っていうな! 華だ! 今こそインフィルの真髄、侵入を見せる時! 」
過去多くのドッヂボーラー(小学生)がこの手に泣いてきた! 今でもいけると信じてるぜ!
そして墓地――否、外野へと移った伊藤は、只野より渡されたボールを受け取って再度意気込み。
「はいはーい、こっち向いて、はいチーズ★」
後半になり始めた所で、スマートフォンで皆を撮影しているのは桐咲だ。今も中々かっこいい角度から伊藤の雄姿を写真に収めた。
「大丈夫なんですか?」
「スマホだけは死守して見せる!」
「そういう問題ちゃうやろ!?」
ボールがカメラに飛んできたら、自滅覚悟で蹴り返す所存だ。
「おっと、余所見はいけねーぜ?!」
ツッコミのせいで回避が遅れてしまった黒神。足に伊藤が投げたボールが掠った。
――なら最終手段だ。
「わーんわーん、痛いよぅ……」
しゃがみ込んで泣く。もちろん涙は出ていない。嘘泣きだ。
「お、おう……何か悪いことをしちまったな。すまねぇ、大丈夫か? 本部! ちょっと救急箱をひでぶ!」
心配して黒神に近づき、声をかけて本部に救急箱を頼んだ伊藤の股間に強烈な一撃。うずくまったところにボールぶつけたり殴ったり蹴ったり――
「ボコボコにしたるで!」
「そ、それはちょっと趣旨から外れていますし彼は外野です!」
「……え、これドッヂボールやない? あちゃー、熱くなってついやりすぎてもうた」
先ほどの凶悪な表情から一転、可愛らしくてへぺろ。
股間を押さえて転げまわっている伊藤は、突っ込んだ城前が正真正銘のライトヒールで回復させる。
「それでは皆様――再開しましょうか」
「む、そうだねー。新しい写真も撮りたい所だし!」
只野の意見に賛成した桐咲。
試合は続けられる。
「電磁レールを応用したボールです。いかがでしょうか」
「ミハイルさん、行きますよー! 全力の支援射撃!」
「こいつを避けれたら大したもんだ」
「そこに隠れても無駄です!」
「これが私の必殺技! 顔面ボレーしてみろー」
「行くで、次なる魔球!」
消耗しているにも関わらず、試合はさらにヒートアップしてゆく。
それを見て主催の樋口は再び満足そうに頷く。
「うむ。これぞ青春。これぞ親睦。これぞ友好! いいではないか、いいではないか!」
晴れやかな空の下、自分たちの企画で学生たちが鬱屈とした気分を転換させるために汗を流し、試合に打ち込み、敵味方と親睦と友好を深める。
これこそが自分が目指したこの企画の理想だ。今それが体現されている。
「さあ、もっと魅せてくれ! いいぞ、いいぞ!」
梅雨全線が大暴れしている六月なのにこんなに澄み切った青空の日。
そこでは、年齢もそれぞれな学生たちが真剣にドッヂボールをしていた――