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天音の部屋の前。扉の横の壁に背を預けた須藤が、腕を組んで立っている。
そんな須藤は蓮城 真緋呂(
jb6120)に気付く。
須藤 (特に感慨も無さそうに)……また来たのかよ、お節介。
蓮城 お節介じゃない、真緋呂よ。
須藤 どっちでもいい。
蓮城 でも……(ト、おもむろに須藤の頭を撫で)うん、関心関心。
須藤 (ト、蓮城の手を払いのけ)何をするんだ。
蓮城 だって――(微笑み)昔の須藤さんなら助けた?
須藤 (目を逸らし)……知らん。(気を取り直すように)今回の件、お前はどう考えている。
蓮城 本意ではないのに、それで救われるなんて……そんな筈はないと思うわ。
でも、誰よりもその事実を理解しているのは彼女自身な気がする。
心の奥底でちゃんと理解できていなかったら、通りすがりの須藤さんに助けなんて求めない筈だもの。
まだ全て憶測の域を出ないけれど……
蓮城と共に考える須藤の後ろから忍び寄るのは麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)。
麗奈 (ト、須藤の頭をなでくり回して)それ〜! よろしくねぇルーちゃん♪
須藤 (上ずった声で)ル、ルーちゃん?
麗奈 十ちゃんと仲良しなのよね?
須藤 そんな訳あるか!
須藤と麗奈がやんやとやりとりをしていると、外の騒ぎに気付いた天音が扉を開けて僅かに顔を出した。
天音 (ト、面々を見回して)あ、あの……
須藤 言ってた奴らだ。そう警戒するな。
天音 あっはい……どうぞ……
部屋に招かれる一同。部屋は極めて平均的な女子生徒のそれで、特に変わったものはない。
入れたものの顔ぶれに戸惑っている天音。そんな彼女に真里谷 沙羅(
jc1995)は一礼。
沙羅 (怖がらせないよう優しくにこやかに)大体のお話は聞きました。真里谷沙羅と申します。
とても悲しい出来事ですね。私でお役に立てると良いのですが……
ト、マインドケアを使用する沙羅。あたり一面に暖かなアウルが拡散される。
その中で衰弱しきった天音を照葉(
jb3273)は優しく抱擁する。
照葉 影や悪夢に怯えて苦しみ罪を重ねるのは何とも悲しいものだ。人にも言えなくてとても辛かったろう。
相談できる身内は居るのか? ……私でよければいつでも聞くぞ。まずは気のすむまで泣いてごらん。
照葉の腕に抱かれ、ぼろぼろと涙を流す一同。しばらくして落ち着いた天音、涙を拭いて口を開く。
天音 皆さんはもう、話は知ってると思います。(しどろもどろに)つまりその……そういう事、です。
沙羅 いけない事をすれば何であれ反省するべきです。過ちは消えませんが、省みる事で許しは得れます。
きちんとした解決を求めるなら、原因を突き止めて根本から解決する事をお勧めしますよ。
大丈夫。私達が必ず良い方に向かうように尽力しますから。辛いかもしれませんが、向き合ってほしいと思います。
天音 (意を決して)はい……!(ト、拳を強く握り締める)
麗奈 あたしたちは、あなたが明日見るであろう悪夢は取り除けるかもしれない。
……でもね、あなたの心にそもそもの悪夢の元がある。それを何とかしないと、あなたはそれに捕らわれたまま。
苦しいかもしれないけど……聞かせて頂戴。あなたに何があったのか。
蓮城 そうね。何故動物を殺めていたのか教えてくれる?
照葉 思いつく所から、話せるものでいい。断片的で大丈夫だから、天音さんの素直な気持ちを知りたい。
我々は聞き役に徹しよう。安心して話してくれ。
言葉に詰まる天音。一同は天音に即座の発言は要求せず、彼女が話せる時を待つ。
しばし視線を様々な所に泳がせていた天音であるが、意を決したのか口を開いた。
天音 (声を潜めて)何かに見られている感じがするんです。三ヶ月くらい前から……
蓮城 『何か』? どんな時に気配を感じるの?
天音 いつも、かな? でも特に夜はすごく強くなります。
それがとっても不気味で、寝ようにも寝れなくなるんですけど、寝ちゃう時があって。
すると必ず、夢を見るんです。沙耶……昔の友達が死んで、私のせいだって責める夢……
(頭を抑えながら)起きると、どうすることもできなくなって、ただ……ただああいう事をしなきゃって!
私のせいだから、私が沙耶を殺したから……! そうしないと沙耶が救われないって! 夢でそう言われたから!
目の前で沙羅が死んでゆく所を、私は見ているしかなかったから……!
沙羅 (ト、天音に寄り添い)大丈夫です。事故の事を調べましたが、あれは不幸な事故だったのです。
暴走したトラックが、偶然沙耶さんを……誰のせいでもない。夜露さんは沙羅さんを殺してはいないのです……
再び泣き出す天音に、宥める沙羅。また再び天音が落ち着いてから、照葉は疑問点を挙げた。
照葉 状況は凡そ、理解できた。が――沙耶さんが・動物等の殺害で・救われる、というのが不自然だ。
幻覚の類の可能性がありそうだな。沙耶さんの性格や亡くなった時期と天音さんの関わり方。
悪夢や殺害の始まった時期、沙耶さんへの異常な思い込みが出てきた時期と合わせて見る。
――これはただの精神異常ではない。恐らくは、人為的なものだ。
蓮城 その可能性は高いわね。夜になると気配が強くなる……っていうのもすごく引っかかるし。
他にも気になる事はあるわ。少し手分けして、色んな場所を調べてみましょう。
調査のために様々な所に散ってゆく一同。空では厚い雲が不気味な暗さを放っていた。
◆
雫(
ja1894)達が、感知を使用して怪しい気配がないか辺りを探索している。
特に人の出入りが少ない、マンション裏手のボイラー室、電気室が怪しいと見ていた。
雫 情状酌量を得る為に狂言かと思いましたが……確かに微かな気配がありますね。
(ト、顎に手を当て)動物の虐待事件かと思っていましたが、妙な流れになりましたね。
彼女の話が本当なら周囲の人達にも影響が出る筈なのに……相手の狙いは彼女自身?
――だとしても、わかりませんね。今は気配が薄すぎる。
麗奈 (ト、周囲に不審なものがないか見回しながら)隠れようと思えばいくらでも隠れられるって感じかしら?
寮主から話を聞きに行っていた蓮城が合流。
蓮城 新しく怪しい点というのもなかったわ。寮にも特に異変なし。
ただやっぱり――天音さんは、こことのころずっとふさいでて、時々挙動不審になるって。
沙耶さんの事故も、本当に不幸な事故だったし……はっきりした原因は無さそう……かしら。
麗奈 全ての謎の答えは、夜にあるかも。こればっかりは、太陽が空高くいる今じゃ、どうしようもできないわ。
蓮城 夜になってからでないとわからないかしら……だってどう考えても、過去と夢、そして現実に矛盾があるもの。
今見えないものが、夜には見える。その確信を持ち、夜を待つ。
◆
夜。晴れつつある空からは月が僅かに見えている。
アパートの裏手。ボイラー室前。うつらうつらとしている天音を支えながら、一同が揃っている。
照葉 夜露さん。(ト、天音の肩を叩く)
天音 (目が覚める)はっ、えええと……
照葉 よく眠れていたようだから、起こすのが忍びなくてな。……感じるか?
何かに隠れているようだ。今は姿は見えない。
天音 はい、強く……(ト、軽く頭を抑えながら)特に、ここは――
照葉 落ち着いて。影響を受けているのかもしれぬ。
麗奈 (ト、ナイトビジョンを使用して)……昼間は薄かったものが濃くなってるわね。どこにいるのかしら?
沙羅 (ト、生命探知を利用して)そこです!
阻霊符を発動し、異形なる存在の潜行を防ぐ。
同時に現れたのは一つの『影』。到底言葉に表す事のできない、おぞましい姿のディアボロ。
天音 (ト、影の姿に驚く)ひっ。
蓮城 天音さん、大丈夫?(ト、気を失った天音を支える)
雫 なるほど、そういう事でしたか。今なら全て納得できます。
確かにその見た目では、彼女には刺激が強すぎる気がしますね。さて、何が目的なのか……
麗奈 (ト、影に立ちはだかって)あなたの目的は何かしら?
このままこの子の心が壊れるのを楽しむって事なら、放っておく事はできないわ。
女の子の心を不安で弄ぶ不躾な夜の化け物。(ト、弓を構え)私が退治してあげてもいいのよ。
影の中で蠢く影。明らかに逃げ出そうとしている。
沙羅 逃げないでください! 私はあなたとお話しをしたいと思っています。
影、沙羅の静止も聞かずに逃げ出そうとする。そこで雫がダークハンド、蓮城が忍法・髪芝居を使い捕らえる。
影 (低く呻くように)人の形を成す者よ。このような異形の存在に何用だ。
沙羅 (ト、歩み出て)私はまだ学園に来たばかりで、ディアボロにだって話す余地はあると考えています。
だからこそお聞きしたいのです。どうして夜露さんに近付いたのか、あなたの目的は何か……
夜露さんはあなたの存在に怯え自分の行動には悔いています。恐ろしい夢に怯え、過去に責められて――
あなたは夜露さんの今の状況を見てどう思いますか? どういう感情を抱いていますか?
影 それは明らかに、私の力だ。謝ろうにも、謝り切れない……
雫 (僅かに驚き)意思の疎通にも問題は無い程の、高い知性と理性、ですか。
……学園に保護をして貰うにはディアボロと言うのがネックになりますね。
影 保護? 何故このような異形の化け物にそこまでの温情を与える?
蓮城 あなたから悪いものが感じられないの。
邪悪なものが持つ、背筋も凍える悪意と害意……あなたには、それがない。
むしろ不安と苦悩……あと感じるのは好意? あなたは人間じゃないけど、暖かいの。
本意でない事を止められないのは苦しいわ。助けてと縋った手を、零すなんて事をしたくない、それだけよ。
(天音に向き直り)ねえ天音さん、後であなたの望み通りにするから――彼の話を聞いてくれない?
本意ではないのは、影である彼も同じ。そもそもディアボロであること自体が本意でないの。
天音 (意を決して)……はい。
天音、一歩前に出る。影、それを見て話し始める。
影 少女よ。このような影のせいで、随分と辛い目に遭わせてしまったようだ。本当に申し訳ない。
そのように出来てしまったのだ。目をつけた人間に悪夢を見せて脅迫概念を抱かせる力……
主に出来損ないと烙印を押され、放浪の末にこの地に流れ着いた。救いも何もない、惨めな一生。
その中で見つけた天音夜露という少女が、どうしても輝いて見えた……だが、この体は余りにも不気味だ。
苦悩する彼女の姿を見て、何度この体を消し去ろうと思った事か。
しかし私は、自ら肉体をこの場から消す勇気もなかった。
望まずに異形の化け物とされてしまった者の言葉。高い知能を持つが故に歩む悲惨な一生。
次に出す言葉を忘れていたが、蓮城がやがて意を決して影に問う。
麗奈 あなたはどうすべきだと思う?
愛する人に悪夢しか見せられないあなたは――もう人を愛さない自信はある?
沙羅 あなたは、自ら決着を付けるべきだと思います。
確かにあなたのした事は許し難い事ですが、決して彼女を苦しめたかった訳ではない事はわかります。
ですから、本当に好きならば相手の事を考えるのも大切です。愛する人の幸せの為に身を退くのも、また愛です。
蓮城 彼女が苦しみ続ける事に耐えられる? 彼女の傍に居る事が出来てもきっと苦しい……
だから勇気を出して欲しい。自分を恨まない為にも、彼女に笑顔を蘇らせる為にも。
離れ続ける自信が無ければ、望むなら還る手を貸すわ。あなたの愛、決して無駄にはしないから。
影 最早この世に思い残す事などはない。人の形を成した者達よ。私を消すがいい。
その方が、私としても晴れやかだ。
照葉 可能であれば、天音さん自身の方がいい。その際は私の武器を貸そう、聖火を乗せて手厚くしよう。
それに、人に排除してもらうより、自分での方が気持ちに蹴りがつくかもしれんよ。どうだい?
天音 私、やります。
蓮城・照葉に付き添われ、影に刃を向ける天音。アークの清い光と、聖火の銀色の焔が闇の中で光る。
合図は不要であった。一気に振り下ろす。
天音 ごめんなさい、あなたの気持ち、わかってあげれなくて……
影 おお、私は、何と幸せな化け物なのだろう――
夜の中に消えてゆく影。音はなく、安らかな光の粒子が舞い始める。
星屑のような光を発しながら天に掻き消える様は、あの姿からは想像もつかない程に美しい。
麗奈 ねんねんころりよおころりよ、あなたの悪夢は払ってあげる……
再び戻った静かな夜。不穏な気配は消えていた。
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近くの公園の木の根元に、小さな塚を作る。天音が殺めてしまった動物と、あの影を弔う塚。
その塚に手を合わせる天音と、フルートを吹く蓮城。
鎮魂のフルートが紡ぐメロディが、夏の夜風に運ばれて空へと昇る。
沙羅 あの方を、責めないであげてください。
あの方がした事は許し難いかもしれませんが、決して苦しめたかった訳ではなかったのです。
この件は、誰も悪くはないのです。誰も重荷を背負うべきではないのです。
天音 わかってます。わかってるんです。けど――
雫 理由があったにせよ、あなたが小動物達に危害を加えた事に違いはありません。
今回の一件は罪に問われない可能性がありますが、カウンセリングを受けて心の傷を確りと癒して下さい。
立ち去る雫。そんな雫に話しかける須藤。
須藤 で、あいつがそれだけで止まると思っているのか?
雫 ……最悪、彼女が凶行に及んだ際は『影』に止めて貰いますか。
あの見た目だから、祟りと思って犯行に及ばないでしょう。ですから、外付けの心の箍になりえるかも知れません。
須藤 お前、見た目の割にえげつない発想するな。
天音 そうですよね。再犯の可能性だって――
麗奈 そんな事ないわ。ちゃんと見つめて乗り越えていらっしゃい。(ト、天音の頭を撫でる)
大丈夫。時間はかかっても、あなたならきっと夜明けが見れるわ。
夜空を見上げている天音を見守りながら、少し離れた場所にいた須藤に話しかける麗奈。
麗奈 (甘い声で)ねぇ〜、ルーちゃん。
須藤 ……何だ。
麗奈 悪魔のあたしが言うのもなんだけど、心を持ったままディアボロになるなんて事あるのかしら?
よかったら調べておいてくれない?
須藤 何で俺が。
麗奈 いいじゃな〜い!(ト、須藤の頭を胸に埋めさせ)もちろんご褒美はあげるわよ♪
須藤 (ト、麗奈を振り払って)いらん!
夜に平穏が戻ってくる。仲間と騒ぎ会う須藤を見て、天音は数ヶ月ぶりに、心の底から笑った。
【了】