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「アイドル主演の特撮の現場に暴徒が出現、ですか? 所謂、行き過ぎたファンというやつでしょうか。とりあえず迷惑ですし、早く鎮圧しないといけませんね」
何かと物騒な昨今、色々あるが黒羽 風香(
jc1325)としてはあまり耳なじみのない珍騒動のように聞こえた。
セレス・ダリエ(
ja0189)はテレビは殆ど見ないため、星空みくりなる変り種アイドルも初耳であった。
(随分十さんと似ていますね。うん。そっくりですね。くりそつです)
写真を見た時の第一印象がそれであった。十の生き別れの双子の兄弟と言っても十分通じる容貌。ここまで似ていると、うっかり十と呼んでしまう可能性もあるが、これから助けに行くのはみくりである。間違わぬようにしなければ。
「みくりんさん、助太刀に来ました」
「違う、僕は十だ!」
「……?」
本人からの予想外の突っ込みに、ダリエは暫し首を傾げて考えた。
目の前にいるのは、みくりではないのか。ダリエは滅多に湧き上がる事のない『戸惑い』という感情に、少々思考が囚われてしまった。
「……えー、十さん? 本物の?」
「そう言っただろう!」
格好は明らかに星空みくりそのものである。そのせいで理解が遅れたが、声は十であるし、どうやらそういう事らしい。
「お久し振りです。しかし愉快な格好ですね……記念に後で一枚、撮りますか?」
「誰が撮るか!」
苦笑したヤナギ・エリューナク(
ja0006)は、頭の上に両の手の平を持って行きぴょこぴょこと動かして茶化す。
「つなっしー……良い格好してンじゃねーか。うさ耳……とか、どうした。最近の急な暑さにヤられたか?」
「やられてない。やむにやまれぬ事情があるのだ」
とにもかくにも一発目を誤射だと思わないように、念のため通告を行うダリエ。
「……大人しくして頂ければそれで終わりますけれど、そうでなければ全力で応戦しますが、OKですか……?」
オタに返答はない。そこで悟った黒羽が、威嚇射撃で一発撃って告げる。
「聞き入れなければ実力行使という事になります。みくりさんもそれは望んでない筈です!」
そしてみくりこと十を槍玉に上げ、目配せをする。
「(そっちからも何か言って下さい)」
「(ええー……)」
十が躊躇っている間にもオタは十めがけて突進。そんな両者の間に割り込む影が一つ。
オタの顔をハリセンで思いっきり叩く。スパーンと響く痛快な一撃は、オタの動きを瞬く間に止める。
「ひとつ、人の世の生き血を啜り……ふたつ、不埒な悪行三昧――みっつ、醜い浮世の暴徒を、あ退治してくれよう」
彼女は魔法(物理)少女――名を神無月茜(
jc2230)と申す者。
(やれやれ 痛いファンというやつか)
金属バットで相手の喉仏を突き、前のめりになったところで膝に対して痛打使用の金属バットで叩く。脂肪が反響する音が手応えを鈍らせる。
「お前の行動が何を生む。これ以上無駄な事をするのは止せ」
とは言え、それで止まる筈もない。
「仕方がない」
金的に潰れよとばかりにバットで一撃。
「なんでしょうか、とても、嫌な感じが、します。ボクは、見た目で、判断を、していない筈、なのですが。うぅ、あまりお近づきには、なりたくない、ですね」
背骨を悪寒で撫でられて身震いをさせたアルティミシア(
jc1611)は、一瞬身が竦んだが何とか持ち直し、飛行体制を整えた。
狂気的な執着を見せる相手は、故郷での出来事から嫌悪感を抱くようになっていたアルティミシアにとっては苦手分野の中心にいるような人間だ。
「えぇと……キモオタ様、此方には、貴方を、徹底的に色々叩き潰し、殺してと嘆き、懇願する位、痛め付ける準備は、出来ています」
だが、仲間や友達に危険が及ぶと言うのであれば、彼女の心優しさが恐怖をおして奮起させる。今回は、キモオタデブへの嫌悪感が恐怖心に勝っているようだ。
「だから帰れ、馬鹿キモオタデブ」
おどおどした小動物らしい口調は消え去り、嫌悪感を露わにしたものとなる。
必要以上にキモオタに近寄りはしないが、仲間を助ける時は別だ。十を遠ざけ、一撃入れる。急所は攻撃しないようにしている――が、まぁ蹴りを一発入れてもバチは当たらないだろう。
「俺たちは雇われた撃退士だ! 君の愛の障害物だ! かかってこい!」
暴徒の鎮圧と今後やらない様に何かいい含めておくため、矢野 古代(
jb1679)は挑発しつつ近接して銃で撃つ。ただこの時、大量に血を出されても困るので肩や膝太腿は避けておく。
「狙いは何だ、何故わざわざイベントを壊す!?」
「だ、だってみくりちゃんは僕の彼女なんだから!」
矢野がこれまで積んできた人生経験全てが反応して、速攻で理解した。
「――なるほど、一方的な想いか」
くわえた電子タバコを歯の上で転がしながら、表情一つ変えずに問う。
「え?だが告白はしたのか? どんな状況だ? その時君はどんな服を着て、どんな時計をして、どんな場所で、時間は何時で、店だとしたら何の店だ? イタリアン? 中華? 洋食? それとも和食か? 彼はどんな服を着て、どんな時計をしていて、どう言う風に変装をしていたんだ? 恋人ならそれら全てを覚えていて当然だよな?」
口の中に広がるのはバニラの味。確かにアイドルは、甘い夢を売るのが仕事だ。みくりは性別というものを超え、アイドルの職務を極めて忠実にこなしてきた。
ある意味、勘違いさせるのが仕事のようなものなのだろうが、この勘違いのし方はどう考えても狙ったものではないだろう。アイドルが売る甘い夢は、所詮擬似恋愛のそれでしかない。
「最初は純粋な想いだったんだろう……が、しかし! お前は暴力を使って想いを遂げようとした」
だが、そんな事で、そんな理由が罷り通るだろうか。
「アイドルの心を向けることができる訳がないだろう……!」
ファンはアイドルを見る存在。そんなファンが、アイドルに見られようとした瞬間からファンではなく『厄介オタ』へと変貌を遂げる。
ファンにとって大切な事は『その他大多数でいる』事。みくりのような真摯なアイドルならば、数多いファンの顔を一人ひとり覚えてはいなくとも、感謝の気持ちを絶やした事は無いのだから。
「ヤられてんのはあいつの頭みてェだ」
「……まあ、手加減無用という事で」
ダリエと共に溜息を吐いたエリューナクは、変化の術でみくりに化け、更に分身の術でもう一人増やす。十を含めるとみくりが三人いるとしか見えないだろう。
明らかにオタの動きが鈍る。その瞬間を見逃さず、エリューナクがリモコンの再生ボタンを押す。流れてくるのは星空みくりのデビューシングル「星空プレリュード」のB面。年頃の少女が秘かに持っていた恋が人知れず敗れてしまう、溢れんばかりの切なさを歌った「雨音アイロニック」。そのイントロだ。
「こんにちは。今日はみくりのために来てくれてありがとう」
無論これはエリューナクの策略によるものである。ライブのDVDから取っておいたMCを口パクで使用。みるみるうちに動きが鈍るオタ。まぁ面白いものである。
(手間をかけた甲斐はあったな)
手応えを感じながら、エリューナクは十に小刀を投げ渡す。
「つなっしー、役不足かもだケド……これでなら戦えるか?」
「十分だ」
投げ渡された小刀を受け取り、その刃を確認する十。
みくりの姿のまま、エリューナクはオタに対応する。胃もたれが起こしそうなほどセンチメンタルな失恋ソングのメロディが流れる中、攻撃を受ける――と見せ掛けて目隠。
「これでホントにみくりに盲目……ってヤツだな」
いやはや、流石のエリューナクでも失笑の限りである。
未だみくりの姿は解除しない。『みくりの姿で攻撃』する事が大切なのだ。これが他の仲間の攻撃の機会となるからだ。
「セレス、つなっしー! とっておきを頼むゼ!」
「了解です……」
「が承った!」
ダリエが異界の呼び手で束縛し、そこをエリューナク・十と共にスタンエッジを叩き込む。三者、息の合った連携で取り押さえにかかる。目指すは生かさず殺さずの境目で捕縛だ。
「チッ、思ったよりしぶといな。まだ動くのかよ」
まずい燻製ができそうだと思いながら風をも切り裂く一撃を放ちつつ、プロモーションチェーンで縛り上げる。
隙を見せず、黒羽が白百合を抜刀する。
目釘に一分の隙もなく、鍔にもぐらつきのないその刀は、神秘的な美しさを威厳として、無垢なままそこに佇んでいる。黒羽の手によく馴染んだ柄の感触を確かめながら、脛と膝を打つ。
「まだ動くと言うなら手足の指の肉を削ります……ここ、脆い割に神経がたくさん通っていて痛いんですよ」
いかに事に及んだ理由がキモかろうがキショかろうが無用な殺生は避けたいというのが一同の根本的な総意であった。そもそも些事にも近いこの事件で軽々しく手は汚したくないからだ。
「十さん、説得を続けてください」
「まだやるのか……」
「月並みな説得台詞でいいので、相手に妙な葛藤を抱かせて動きを鈍らせてくれればいいです。あ、逆ギレされたら止めて頂いて構いませんよ」
いい加減、喉が痒くなるようなセリフも吐き出すことができなくなったのであろう。
「もう一度言います。これ以上の抵抗は無用です。大人しく降伏すれば無駄に痛い目を見ずに済みます。従わないなら動けなくしてから契り糸で焼き豚よろしく吊ります」
これ以上厄介オタにかけている暇はないと黒羽は感じてきていた。街中に姿を消したというみくりの事も木になるのだ。
「……いい加減に降参とかして下さい。見飽きました」
ダリエにはアイドルの事はわからない。だが、これだけはわかる。
天地が逆さにひっくり返るが、花は花で、養分は養分なのだ。アイドルはオタに貢がれる事で輝き、オタは自身が貢いだ金がアイドルの血となり肉となる事に喜びを覚えるしかない。『見られようと思った瞬間から厄介オタ』これは至言である。
「動けなくとも知った事ではありません……」
もはや手加減は無用である。ダリエは確信した。手加減などするだけ非生産的であると。
「ウ、ウウウウ……」
じわじわと削った結果、オタも中々に疲弊している。
ここから先は早かった。
全員が息を合わせ、一切加減なしの最大火力で一発ブチこんだ。ある者はみぞおち、ある者は脛、腿、肘のぶつかるとジーンってする所、腕、膝、等々。抵抗で疲弊しきったオタには相当のものだっただろう。
スローモーションで倒れてゆくオタ。
所詮ファンはアイドルという花を咲かせる養分でしかない。しかし養分にも養分としての喜びがある。推したアイドルがステージの上で咲き誇るその瞬間――推しはファンの喜びとなり、誇りとなるのだ。
よっていつも想いは客席からの一方通行で、真の意味で遂げられる事などありはしない。
(まあ、みくりんさんに救われ、心奪われたのならば……それはそれで良し、ですし)
とは言え、この一連の珍騒動はどう見てもそれでは片付けきれないものがある。それはダリエのみならず、誰の目から見ても明らかであった。
「でも、暴走する必要はないかと。みくりんもがっかりです」
無表情のまま、利き手で作ったピースサインを瞳に翳す。
「これからも大人しくみくりんを応援してね☆ です」
超の付く棒読みであった。
★
何食わぬ顔で矢野はオタを捕縛した。褌で。
「……矢野殿」
「どうした」
あまりにも自然すぎて気付くのが遅かった。十は我に返って矢野に質問した。
「どうして褌なのだ」
「褌は縄にもなるだろう、だからそれで縛る。魔装だからロープとかと違って耐久性もあるしな」
「なるほど、そのような発想が……」
殊勝に十が頷いている間、矢野は法的機関に連絡をし、オタに視線を向ける。
「少しは頭冷えたか? 偽者を本物と間違えるほど拗らせてたんだよ、君は」
再発防止の為に諭し――
「と、言うわけで今後こんなことを起こさない為にも! 君も褌を締めて運動し健康的な体になりませんか?」
――布教する。
「今ならなんと褌が久遠ヶ原学園の購買で購入可能! さあアイドルファンと褌ストの両立、目指してみませんか!」
満面の笑顔の矢野の布教にオタの首に、神無月は『私は現実逃避者である』というプラカードを黙ってかけた。
「しかしつなしちゃんとは一体何だ? どういう能力を持っている?」
「……星空みくりに化ける能力だ」
十が回答を渋ったのを見て、神無月はそれ以上の詮索を止めた。
さて最後に案ずるはみくりの安全である。神無月は捜索というのが不得意なため、事後の搜索に関してはほぼ他人任せにしてあった。捜索班が無事に見つけ出す事を願いつつ、連絡を待った。
「ってえと、みくりは今、普通のつなっしーの格好をしてるって事でいいんだな」
『その通りだ。必ず戻ると言っていたから、途中で格好を変えた可能性はないだろう』
「オッケー。問題はつなっしーと別れた時間的に、どこまで行けるか、ってトコだな」
通話を切り、アルティミシアが空から、エリューナクと策敵を使う黒羽が街中を駆け回って探す。
「おおっと、いたようだ」
付き合いがそれなりにあるエリューナクでも認識が一瞬狂った。事情を知らずに見かけていたら、十として話しかけていただろう。
「星空みくりさん……です、よね?」
「はっ、な、なぜその名を……」
アルティミシアに呼ばれる筈のない名を呼ばれて目を回していたみくりであったが、次第に諸々の事が飲み込めたようで、少し混乱はあったもののエリューナク達の報告を理解した。
よもやこのような事件になっているとは露にも思わず、他人にすり替わって久方ぶりの休日を謳歌していたみくりは彼らの顔色を伺った。
顔色を伺われた一人、黒羽はみくりに問う。
「それで、気が済みましたか」
「え、ええと……」
「もしまだなら……今日だけ、今日だけですよ。終わったらちゃんと戻ると約束して貰えるなら、気晴らしに付き合いましょう。そういうの、大事ですから」
「――うん!」
アイドルの休日はもうしばらく続く。
これ即ち、奇妙なすり替わりもしばらく続くという事である。
「――と、言う訳のようです。もう少しこの格好みたいですよ、十さん……」
「ま、まぁ、日暮れまでという話であったし……」
十の声は震えていた。もうしばらくはこの格好でいなければならない現実は、彼にとってあまりにも厳しいものである。いい加減邪魔なので髪飾りを取った。うさぎである。
「ま、似合ってたし、良いンじゃねー? つなっしー」
ダリエの持つスマートフォンには、テレビ通話に切り替えてこちらの様子を面白おかしく見守るエリューナク。滅多にお目にかかれないだろう天使の微笑みを浮かべている。
「で、十さん、記念撮影しますか……?」
「しない!」
魔法少女(青年)マジカル☆つなしちゃん。彼女……否、彼の変身解除はまだ先である。
【了】