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礼野 智美(
ja3600)は気が付いた時、自宅の居間にいた。
(えーと。……俺、と……隣に妹?)
テレビの音で、まどろみから覚める。
(……ああ、そうだ)
先の依頼で、『色付きの戦隊になりませんか』というものがあった。その事を話したら妹に『参考資料ね』と言われ、本やら傑作集やらを見せられたのだ。
(これは夢だったな)
他のメンバーも女の子ばかりだから、セクハラ系の夢はないだろうし――と思って参加した依頼。頼むから自分の夢に嫌な思い出のある依頼内容が出てきて、他の人の気分を害する事がありませんように――と願いながら眠ったら、ここに繋がるとは。
確か、他の参加者の女の子達は戦隊だの何だのと言っていたから――影響されたのであろうか。
(しかし、ちゃんと夢だと判るんだな。そういう夢もあるよなぁ。夢だと判っているんだけど、整合性取れてたりどんどん進んでいったりする夢って)
今回は人工的にやっているし、尚更その毛色が強いのかも知れない。
しみじみと思っている中、ふとテレビに視線を向ける。
(ん……でも確かあの依頼は「参加人数五人以上だよ」って言ったから人数が多い最近の物見せられたんだけど……この番組は、何か人数少ないなぁ……)
血沸き肉躍る熱血ソングが流れ、少女たちが全身タイツの戦闘員達と徒手空拳による激しいアクションを見せている。
(しかも出てる人、どっかで見たような人多いし……)
太陽に照らされる地球をバックに、目が覚めるような原色で塗りたくられた極太フォントがどどーんと爆発と共に現れる。
タイトルは、『久遠戦隊・ゲキダイン』。
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日本の平和を守るゲキタインの基地で今日も隊員たちが厳しい訓練をしている。その中で一際目につくのが、アーニャ・ベルマン(
jb2896)。大の男でも音を上げる訓練を、涼しい顔でこなしてゆく。
何故ならば、ある日誰かが悪者の封印を解いてしまったのだ。暴れまくっている悪者を退治して欲しいとゲキタインの基地に連絡が来た。だからこそ、訓練にも涼しい顔で耐えるのだ。
「ふう……」
訓練が一区切り付き、タオルで汗を拭い取るベルマン。そこで、エマージェンシーコール。
「緊急指令ですぅ……ゲキダインの皆さぁん……至急司令室にお集まりくださぁい……」
警告音と共に響くのは、司令官の秘書兼オペレーターの月乃宮 恋音(
jb1221)だ。
「行くよ、ミハイル」
「しゃーねーな」
お供のマスコットである猫のミハイルは、いつも通りのでかい態度で頷く。
指令室へと駆ける最中、ベルマンはドックに寄る。
そこでメカの整備をしているバストぷるぷる美少女は、酒守 夜ヱ香(
jb6073)だ。
「おぅい、行くよー!」
「うん……今、行こうとしてた」
工具を工具箱に仕舞い、パートナーの可愛らしい白黒のボーダーコリーの牧羊犬と共に立ち上がる酒守。彼女の目の前にあるメカには、本来つけるべきでないデコが施されている。やっていい事か悪い事かはわからないが、まあいいだろう。夢であるし。
司令室に到着すると、学園長っぽいおじさんが某特務機関の総司令のポーズで指揮官席に座っている。
「任務ですか、司令!」
「そうだゲキダイン・アーニャ。歌を持って結界の守護を成す巫女の姫君が、悪の手によって攫われてしまった」
「つまり……助ければいいの?」
「その通りだゲキダイン・夜ヱ香。ゲキダイン、至急出動せよ」
「「了解!」」
びしっと敬礼し、司令室の壁にあるシュートに飛び込む。
「ゲキダイン、緊急出動しますぅ……ルートはAの5で、行ってらっしゃいぃ……」
シュートの床が開き、ゲキダインの二人はすぽっと落ちてゆく。
『行くよ!』
「えっと、……変身、するの……?」
『もちろん!』
インカムの先のベルマンはノリノリであるが、これは一応のこと夢なのだ。彼女の夢に便乗している形の酒守は、いまいちその辺りの要領は得ていないが、まぁ雰囲気でやってみる。
今回の夢は、リーダーたるベルマンに付いてゆくスタンスなのだ。
普段から夢はあまり見ず、胸が苦しくて目が覚める事だってある。しかし、今回は誰かが見ている夢なのだ。きっと楽しい筈。
「「ゲキダイン、緊急出撃! メタモルフォーゼ、レディ・ゴー!」」
左胸にあるゲキダインのバッジを手に取り、掲げて変身。
まばゆい光が二人を包むと、次々に服が変わってゆく。
手、足、体――豪華なファンファーレといかめしい効果音によって、二人はゲキダインの姿へと変わる。
シューターの出口から飛び出ると、そこは敵の牙城の目の前。
学園の制服を某セーラー服の美少女の戦士風に改造したゲキダインの服を身に纏い、悪党共を中心に名乗り出る。
「晴天を駆ける勇愛の戦士! ゲキダイン・アーニャ!」
「宵闇を疾るぷるぷるわんこ。ゲキダイン・酒守」
自己紹介の度に、背後では爆発。煙の色は各個人をイメージしたものだ。
「「天!魔!成!敗! この世の悪を、アウルの光で殲滅する! 参上ッ! 久遠戦隊・ゲキダイン!!!」」
決めポーズ。そして背後で大爆発。
「来なさい雑魚共! 一網打尽にしてやるわ!」
「うん……頑張ろう、ね……」
襲い来る雑魚戦闘員を迎えるゲキダインの二人。
「はぁ! ほおっ!」
「……ほわたぁー」
通常の三倍は身が軽い――それも夢の影響なのだろうが、お陰で見た目を重視したアクションがバンバン連発できるのは良いことだ。ベルマンは特撮ヒーローのアクションを、酒守はカンフーアクションで雑魚を蹴散らしてゆく。
『お姫様の情報が入りましたよぅ……送りますねぇ……あと、右側を曲がると敵が大量にいますのでぇ……ご注意くださいねぇ……』
「サンキュー、月乃宮さん!」
腕にくくりつけた高性能通信機器に、姫君が囚われているであろう場所が表示されている。
「そっか……、急がなきゃ」
それを見た酒守も頷き、洗練されたカンフーアクションで敵を蹴散らしてゆく。
さあ、囚われたお姫様が待っている。こんなザコ戦闘員に構ってなどいられない!
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歌を持って結界の守護を成す巫女の姫君――織宮 歌乃(
jb5789)が、今日も美しい歌声で旋律を紡ぐ。
戦うことは嫌い。だから、守りたい、守りたいと、守られるだけのモノ……かつての自分と同じように。
そう、今の自分は夢にいる。明晰夢と言えど、夢は夢。ならばその舞台の中で、鮮やかな想いを歌わせて頂こう。――かつての自分に、これからの自分が誓うが如く。
夢で過去を語ることは可笑しいのだろうか。けれど織宮にとっては大切な事だ。夢としてもう一度見て、心に映し刻み込もう。
そう、だから彼女は歌うのだ。――ただし、いつもの厳かな空気が流れる社の中ではない。光も差し込まない地下牢で、一人虚しく喉を震わせる。
異音。
「?!」
しかし、不穏なものではない。誰かが、ここに光をもたらしてくれるような――
「えっと、君が巫女のお姫様?」
「間に合ったみたいだな」
きらきらと輝く暖かい光と共に、それぞれマスコットを連れた二人の少女が扉をこじ開けて登場する。
「え、ええ……」
「良かった……無事そう」
足かせが破壊され、自由が戻る。
「さ、早く帰ろう!」
二人は織宮の手を引き、牢を出て階段を駆け上がる。
太陽の光の下に出た時、そこは大きなマンガ肉にかぶりつく魔王――フィー(
jb5976)が三人を待ち構えていた。
「思ったよりもやるね、ゲキダイン」
「こ、これは……!」
「チッ、お見通しだったって訳か!」
「あれが、魔王……」
改めて身構えるゲキダイン。二人は織宮を隠すようにフィーを見据える。
「魔王! 何でこんな事するんだ!」
「悪いことはしちゃだめ…だよ」
「私は地球を私たちの一族だけで支配したいから、地球存続に必要のない人間は絶滅させるんだ。その為なら死んでしまっても構わない。天使に体をあげた時点で、死んでいるようなものだし。おいしい物をたくさん食べられて満足だから」
そう、この夢の中では、フィーはもともと孤児で乞食だ。
その日も空腹で洞窟をさまよっている。
そうしたら天使の囁きが聞こえた、
「願いを叶えたいなら、その体を私にに明け渡しなさい」と。
「お腹空いた、おいしい食べ物をたくさん食べたい!空腹を感じるこんな体なんてくれてあげる」
と、言った。
そうしたら天使が「わかった」と言った。
だが、天使は約束どおり、美食の限りをつくしてくれた。
いつもおいしい物が食べられて、空腹を感じなくて幸せだった。
――浅い眠りの中で、だが。
「それでも、そうだとしても! これは絶対に許されないコトなんだ!」
「人間をすべて消して、私たちの楽園をとりもどしたい。人間はアダムとイヴの、悪魔の子孫。エデンを作るために私は来たんだ」
悪逆非道の限りを尽くすのだから。
「はぁ!」
「ほあちょう……!」
「ふふふ、甘い甘い」
二人の渾身の一撃を軽々と受け止めると、フィーはそのまま強力な衝撃波で二人を弾き飛ばす。
「うわっ!」
「くっ……」
強い。あまりにも、強い。
ゲキダインはめげず、何度も攻撃を繰り出すが、その度に同じ結果が返ってくる。
ぼろぼろになってゆく二人。もう見ていられない。
「し、司令官……! これじゃあゲキダインがぁ……!」
司令室でそれを見る月乃宮も、その光景を見るに耐えないものとする。
じっと耐えていると、ゲキダイン技術開発室から入電。
「……来たか」
「司令、まさか最終調整がぁ……?」
「月乃宮君。君の統括する技術開発室は実にいい仕事をするよ。感謝する」
マイクを手に取る司令。
「ゲキダイン諸君、聞こえるか。先ほど新たな秘密兵器が完成した。受け取れ」
「司令! もしかして、例のアレが――!」
「アレ……?」
酒守が犬と共に可愛らしく小首を傾げていると、空から二つのアタッシュケースが落下してくる。中央には大きなスイッチ。
「あ、これは……」
酒守には覚えがあった。
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あれは確か、不思議な夢を見た日の夢。
いつもと同じように、犬と一緒に寝た時の。
日食が終わらない世界。光と闇を同時に感じる。
羊の群れを牧羊犬と共に追う。だがそれが確かに羊なのかは判然としない。
犬もまた獣の気配をさせる別のモノかもしれない。
生暖かい風に揺れる草を踏み分け、眠れる場所を求めて彷徨う――
あれは、羊飼いをしていた頃の記憶は、夢となって現れた形なのだろうか。
悪者に羊を奪われ、ゲキダインに転職して、久しいと言うのに。
不思議な、あまりにも不思議な夢に対し、昼食を目の前にしても溜息を一つ。
「どうしたんですかぁ……? もしかして、あまり美味しくなかったですかぁ……?」
隣にやってきたのは、スーツ姿が麗しい才色兼備な爆乳美人秘書の月乃宮だ。
ゲキダインの胃袋は彼女の料理で満たされている。美味くない筈はない。
「ううん、違うの……不思議な、夢を見て」
「夢、……ですかぁ……?」
首肯。
月乃宮に話を聞いてもらう。
「もしかしたらぁ……何かの兆候かも知れませんねぇ……」
伊達メガネを上げ、続ける。
「でも、不吉な予感はしませんしぃ……きっと、ご自身の何かが解決される夢なのかも知れませんねぇ……」
体形を気にせず、本来の力を発揮してオペレーター兼司令秘書という仕事に専念できているというスーパーキャリアウーマンになった彼女の言葉には説得力があった。
「そうだ……今度ですねぇ、開発室の皆さんと新しい秘密兵器を作ってましてぇ……」
その時に聞いたのだ。
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「月乃宮のねーちゃんの事だ! 多分そのスイッチを押せば起動するぜ!」
「そっか!」
ミハイルの言う通り、アタッシュケースの中央のスイッチをオン。すると変身の時と同じようにまばゆい光が二人を包む。
ケースは分解し、二人の体に装着し――SFチックなパワードスーツとなった。しかも、ベルマンのパワードスーツには猫耳と猫尻尾が、酒守のパワードスーツには犬耳と犬尻尾がついている。背中にリュックサックもあり、お供のマスコットを入れることができる。頭をぴょこりと出すとかわいい。
「すごい……力が湧き出てくる!」
ぼろぼろになっていた体の疲れが取れてゆく。
その様を見た織宮は、赤き破魔の刀を手に執る。剣戟の調べに身を投じるように 。
「お姫様?」
「どうしようもなく、諦めているのかもしれませんね。こんな風になっても、護り刀を抜くことさえないなんて」
けれど、攫われ、助ける為に戦われる姿を見て、守られるだけでは、歌うだけではダメだと思うから……
刀を強く握る。
「援護は私が。皆さんは、魔王を!」
「……うん。……任せて」
ぐっと足に力を入れてジャンプ。すると背中のブースターで軽々と空を飛ぶ。
「凄い……! 凄い凄い!」
「……速い、ね……」
さらに織宮から火衣纏で防御支援を受けて大はしゃぎで空を駆け、魔王の追撃をかわす二人。ベルマンは無差別格闘のように、魔王に攻撃を繰り出す。今度は、ちゃんと攻撃が通っている。
「おい、俺が中にいること忘れるんじゃねーぞ!」
「ミハイルさんこそ、なんでそんなとこに入ってるの〜!?」
「このスーツのエネルギー源は俺なんだよ!」
パワードスーツはにゃんこ&わんこパワーで動いていたのだ。
「へぇ、そうなんだ……」
わふ、と吠えた犬を酒守は撫でる。
「ぐっ……すばしっこいわね」
「さぁ、こちらも忘れて貰っては困ります。故郷を、友人を、家族を――救ってくれる方を、血の赤さで染めたくはありません。優しき心の赤い歌をこそ、届けたい」
二人に気を取られている内に、フィーは織宮の存在を忘れてしまっていた。織宮はトドメの隙を作る為に零距離から抜刀、刀身に直接、爪牙斬を纏った居合一閃。
「うっ……!」
「今です!」
隙が、見えた。
二人は顔を見合わせると、天に手をかざし、光を纏う。
「「必殺! ゲキダイン・グレートパイルドライバー!」」
必殺の一撃が、魔王を貫く。
「あれ、私……何を……」
シャットダウンしていたフィー本来の意識が、薄く戻る。浅い眠りの中、ぼんやりと、悪逆非道の限りを尽くしていた気はする――
静寂の後、魔王は目をぐるぐると回しながら倒れ、爆発。
「やったね!」
勝利したのだ。ぐったりとするミハイルの前、ベルマンは勝利のVサイン。
そこでエンディングテーマが、流れ始めた――
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夢から醒めた一同。中々にエキサイティングな経験であった。
「ああ、何か凄かった……」
呆然としながらも、うんうんと頷く礼野。
「あれは本当に夢だった……?」
首を傾げるフィー。明晰夢だし、このような事も有り得るのだろうか。
織宮は、枕元においておいた、天魔に焼き払われた故郷から持ち出した鈴を握り締める 。
天魔に襲われ、一族郎党皆殺しにされ、けれどアウルに目覚めていたの戦えず、誰も守れず救えなかった……そんな闇の過去は、この夢をもって切り開きたいと。