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寒いが、よく晴れた冬の日である。
昨晩ふと思い作ったマカロンとひよこのクッションを手に持って出かけたユーラン・アキラ(
jb0955)は、寮から十分ほどの所で道端に倒れている小鳥遊を見つけて狼狽した。
「だっ、大丈夫?!」
「さっきばったり倒れちゃったんです。どうしましょうどうしましょう……」
傍らにいる女と見紛いそうな青年――コッペリウスは、鼻水をずびずびと流しながら今にも泣きそうに小鳥遊を力なく揺さぶっている。
そんな彼らに近づきつつあるのは、コッペリウスの通報を受けてきた五人である。
「ん、外で倒れた人の看病ですか。倒れるような状態で外に出るなんて無茶しますね」
とりあえず通報のあった場所に向かう黒羽 風香(
jc1325)。必要無いとは思うが、見つけ易いように索敵も使って探す。
「微妙な時期だからな……早いとこ迎えに行ってやらんとな。冷えない事が最も大事だからな」
ディザイア・シーカー(
jb5989)は小鳥遊の身を案じる。すぐ見つかればいいが、と考えた所ですぐ見つかった。
「あっ、み、みなさ〜ん!」
凍死寸前の悪魔だ。どうやらコートは小鳥遊の体を包むのに使ったらしい。
「あんたがコッペリウスさんか、通報感謝だ……コート着とけ、あんたも風邪引くぞ」
「ぼくはだべくしっ」
「ほれ言わんこっちゃない。抱した奴が風邪ひいたら小鳥遊も良い気分にはなるまい」
ずびずびと鼻をすするコッペリウス。
「まず言いたいんだけど、こういう緊急性のある場合は、普通は救急車呼んでね。もしもの事があったら困るもの。次にこういう場に遭遇した時の手段として覚えること」
「ふぁ、ふぁい」
小鳥遊の容体を確認しながら蓮城 真緋呂(
jb6120)はコッペリウスに教える。
「でもここまで親身に手伝いたいって、あなた、小鳥遊さんの知り合い?」
「そうなんです。この前色んなものを取られちゃった時に助けてもらって」
そう聞いて思い当たる節が蓮城にはあっt。
「あぁ、もしかしてカツアゲされた人形師のはぐれ悪魔? 友達から話は聞いてる。眼鏡の男の子、覚えてる?」
「あー! 覚えてます覚えてます」
コッペリウスがこくこく頷いたあたりで容態の確認を終える蓮城。詳細は判断出来ないが、ひとまず風邪と仮定して様子を見た方がいいだろう。
「とりあえず、小鳥遊さんを寮の部屋に」
黒羽の言葉に、小鳥遊の負担がないように抱えるシーカー。
「よし、こうなれば後は温かい所で寝かせてやるだけだ……あんたも来るんだろう?」
「はっ! 来ます!」
背筋の伸びた返事に、シーカーは満足そうに頷いた。
「いい返事だ。買い出し組は卵と米、生姜にネギ、梅干し……あればハチミツ漬けがいいな。あとクエン酸にハチミツを買ってきてくれ。これがメモだ」
「あっ、オレも。これ買ってきて欲しいな」
メモを手早く書き、買い物担当に渡すシーカーとアキラ。アキラのメモにはフルーツの缶詰、生クリーム、白玉粉、サイダーなどなど。小鳥遊のような年頃の少女が好みそうなものだ。
「じゃあ小鳥遊さんは料理班にお任せして……真緋呂ちゃんと理葉ちゃん。コッペリウスさんを拉致ってくよ!」
メモを受け取り、小鳥遊をショールでくるんだ木嶋 藍(
jb8679)は、勢いよくコッペリウスの手を掴んだ。
「え、ええとぉ」
「藍でいいよ。コッペさんって呼んでいい? まずは買い出し!」
「でっでも小鳥遊が」
ぐるぐると目を回すコッペリウスを理葉理葉(
jc1844)が宥める。
「小鳥遊さんなら大丈夫です。それに、買い物はそれなりの量になりそうですし、コッペリウスさんや皆さんと協力した方が楽に済みますしね」
「となると……薬局とスーパーかな」
手渡されたメモに視線を落とし、さらに書き込んでゆく木嶋。
「ええと、冷却シート、風邪薬、栄養ドリンク、スポーツドリンクとお水……お! スーパー発見」
薬局が併設されているスーパーに飛び込み、小鳥遊の事を考えて手早くその中を歩いてゆく。
迷子防止の監視がてら、コッペリウスに商品説明をおこなうが、そう上手くいく筈もない。
「風邪のお薬ってこれですか?」
コッペリウスが持ってきたのは大きな缶である。
「あ、コッペさん! それ風邪薬違う、プロテインだから!」
「ぷろていん?」
「タンパク質! そんなもの飲ませちゃダメ。ムキムキになっちゃう」
「それじゃあこれ?」
次に取り出したのは小さな風邪薬の外箱。理葉がその注意書きを読む。
「小鳥遊さん、熱はありましたが咳はなかったので、こちらでもよろしいかと……食べてもらうお粥や他の食品も、服用する薬に合わないものがないか確認した方がよさそうですね」
「正しい修理をしないと修理前よりも酷くなっちゃう所とかお人形と同じですね」
そんな意見を聞いて理葉は思う。
「人形師のお仕事、理見てみたいです。……依頼しないと見られないんです?」
「うーん、今はお人形がないとなんとも……作品も全部関西の方に置いてきちゃいましたし」
薬を買い終え、食料品売り場へと入ったコッペリウスがまず手に取ったものは。
「これとかですか?」
肉である。
「あっ、そんないいお肉持ってきて……お、美味しそう」
国産黒毛和牛ステーキ用。目が釘付けになるが、何とか我に返る。
「だ、ダメダメ、風邪の時にこれは。小鳥遊さんが元気になったら食べてもらおうね。果物は確か好きなんだっけ。リンゴも買っていこう。『りんごうさぎ』は風邪を退治してくれる強い味方だから!」
「リンゴのうさぎさんは昔仕事先で食べたことがあります! いいですね! あっ、これは?」
「それはくさや! もっとだめだよ!」
斜め上の事をするコッペリウスに、蓮城は思う。
(お金を払わずに持ち出そうね)
そうならない事を祈りながら、蓮城は木嶋のリスト品以外に、ある料理の材料と生花を自分のカゴの中に入れた。
「あっ、ぬいぐるみ売ってる……これも買おう」
木嶋が手に取ったのは白くてふわふわした羊のぬいぐるみである。
「小鳥遊さん大丈夫かな? しっかり者さんは、つい頑張りすぎちゃうんだよね。いっぱい優しくしてあげようね」
羊のぬいぐるみと沢山のレジ袋を抱えた一向は、そして小鳥遊の寮へと向かった。
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寮の管理人に事情を説明して鍵を借り、小鳥遊の部屋に入って彼女をベッドに下ろす。
「ほぅ、思ったより女の子してるな……っと、寝室はこっちか」
「それにしても、可愛らしい部屋ですけど、トレーニング器具が出しっぱなしなのはどうなんでしょう? 個人的にちょっと気になります。やっぱり世界観って大事ですし」
寝室が夢とぬいぐるみが一杯なゴシック部屋の黒羽は、小鳥遊の部屋に混沌さを感じていた。とにもかくにも、黒羽が息がし易いように襟を寛げて、氷水で冷やしたタオルを額にかける。一通りの応急処置を済ませた所で、氷枕と着替えを探す。
「さてと、何があるか確認して追加や不要な物があれば買い出し組に連絡せにゃならん……って、ほぼ何もないな」
冷蔵庫には申し訳程度にイチゴのパックが野菜室にある程度で、置かれている調味料も最低限だが流し台の下にあるのは大量の缶詰。そして思い出すのは過去の目玉カレーであり、苦心の料理教室の光景。
そこで買い物組が帰ってきた。コッペリウスに手を洗わせ、調理開始である。
「というか僕、初めて台所っていう所に立ちます……僕、こんなんですから包丁も初めて見ました」
「危ない……まぁ、そうとも言えるな。ネギと一緒に指切ったり、卵割る時に殻入れたり、鍋ひっくり返したりしない様にせんとな」
しゅんとしなびるコッペリウスにフォローを入れるのはシーカーと黒羽である。
「怪我をしないように気を付けて基礎から教えていきます。慌てず落ち着いて、コレが大事です。安心してください。危ない事をしそうだったら止めまから」
「はい! 頑張ります!」
「鍋に水と米を入れ沸騰したら弱火にして柔らかくなるまで煮込む。塩、生姜で味を調整、最後に溶いた卵入れてネギ添える、と」
「お上手ですねぇ……」
「ま、よく子供達の面倒は見てるからな。そんで、卵粥に梅干し添えて、クエン酸とはちみつを適量混ぜたドリンクで完成だな」
初めて料理というものをしたらしいコッペリウスは、危うい手つきをしながらも着実にシーカーや黒羽の手本に習っている。手先が器用なのか、筋自体はいいようだ。
隣でユーランが作っているのはフルーツアイスとキャラメルプリン、それにフルーツフルーツだ。病人なので全て食べきれるとは思えないが、だからこそ冷凍・冷蔵のできるものを選んで作る。
魔法にかけられたように作られたスイーツに見とれながら、木嶋の指導で不恰好なうさぎ型のりんごを剥いてゆく。
そうこうしている内に、小鳥遊が目覚めそうな頃合である。
「無闇に女の子の体に触るのも良くないから、コッペリウスさんは冷却シートの取り換えかな? あと、寝室に人が多いと落ちついて寝られないから、二・三人を目途に小鳥遊さんの様子を見るのがいいわね」
そろりと寝室を見る。ちょうど小鳥遊がゆっくりと目覚めた。
「……あんた達」
「起きないほうがいいです、熱が出てますから」
「熱?」
部屋に他人がいるという状況が飲み込めず、黒羽の説明にいまいち理解できていないようだが、コッペリウスも含め見知った顔も何人かいるのを見てひとまず黙って話を聞くことにする。
「――とまぁ、あの人だけでは心配な訳ですから、こうしている訳です」
「同感ね……」
リビングから聞こえてくる間抜けな声を聞き、今の状況に納得する。
「お、目ぇ覚ましたか。大丈夫かね?」
「フラフラするけど……そこまでって感じ」
シーカーにそう答えた小鳥遊に、生姜はちみつ湯を手渡すアキラ。
「ほい、これ。元気付けてもらわないとな!」
「……ありがと」
コッペリウスの危なげな手によって運ばれてきたのは、梅干を添えた卵粥である。
「って、あんた」
「一生懸命作ったんです……お料理って、結構時間がかかるんですね。初めて、知りました」
「とりあえず置きなさいよ。手震えてるわよ」
「ご心ぱギャー!」
「……ほら言わんこっちゃない」
シーカーと蓮城が間一髪の所で受け止め、事なきを得る。
「こういう時は甘えるもんだ、もっと頼ってくれてもいいぜ?」
「そうなんだ。甘えるって……こういう事なのかな」
シーカーに頭を撫でられながら、小鳥遊は曖昧模糊とした思考の中で自らの生い立ちを振り返る。
頼れる肉親はアデレイドのみ。そのせいか我侭というものを知らず、じっと耐えてきた中で与えられた時折の平穏と心遣いが彼女にとっての甘えであった。
「……本当のお父さんとお母さん、知らないからよくわかんなくて」
両親に甘えらしい甘えをした事がなかった。その事実を今更知り、心寂しくなる。
「ん? 辛いなら『あーん』して食べさせてやろうか?」
「それはいい」
付き添いをしていた理葉が、小鳥遊の肩に毛布をかける。
「小鳥遊さん、きっと無理し過ぎてるんです。もっと理葉達を頼ってくれていいんですよ。――着替えられますか? ついでに濡れタオルで体も拭いて、さっぱりしましょう」
「……わかった」
小鳥遊の返答を聞いた蓮城は、男性陣に向き直る。
「これから体を拭いて着替えをさせたいんだけど……」
「そうですね、これは理葉とお姉さん達でお手伝いするしかありませんね」
湯で湿らせたタオルをトレーの上に載せて来た理葉の隣、蓮城が男性陣はちょっと退出していただけるかしら、と言おうとした所でコッペリウスが挙手。
「あっ僕も」
「ちょっと向こう行こうな」
シーカーが挙手したままのコッペリウスの首根っこを掴む。天然は恐ろしい。
体を黙々と拭いている中、小鳥遊が手で顔を覆う。
「うう……」
それは情けなさ故の呻きなのか。熱を出しているせいか余計わかりやすい。
「鍛え方が足りないとか筋トレ禁止よ」
温タオルで体を拭きながら先手を打つ。
「どんなに強い人だって、体調を崩す時はあります。こういう時は身体も心も休めなくちゃいけませんよ。ほら、お風呂に入れなくても汗を拭くくらいはした方が良いでしょうから」
理葉が背中を拭く途中、黒羽がふと呟く。
「……小鳥遊さん、ドコとは言いませんけど結構あります?」
「うるさい」
発展途上のCである。
「はい、水」
「……ありがと」
着替えが終わり、蓮城から水を受け取る小鳥遊。少し顔色が良くなったようで、水を飲む動きにも苦しさは見当たらない。
「風邪の時って寂しくならない? という訳でこれあげる!」
木嶋が小鳥遊に手渡したのは、先程買った羊のぬいぐるみ。
「この子がいれば少しは寂しくないかなって。一緒に寝てあげて、日本では寝る時に羊を数えるの。きっといい夢が見れるよ!」
「ひつじ……かわいい」
「でしょ?! かわいいよね〜!」
ぬいぐるみを抱きしめる事で礼とする小鳥遊に、アキラがマカロンを手渡す。
「これあげる。早く元気になってくれよ!」
「うん。みんな……ありがとう」
沢山の贈り物に囲まれて満足げな小鳥遊を背に、蓮城はエプロンをかける。
「何か作るの?」
「ビーフシチュー、好きだったでしょ。作っておくわね。食欲が出たら好きな物が良いでしょうから。花も水換えに来るから安心して?」
もう感謝の言葉も言い尽くしてしまった小鳥遊の隣のコッペリウスを見て、蓮城はふと思う。
「そう言えばどうしてコッペリウスさんははぐれたの?」
「うーん、あんまり覚えてないんです。気づいたらそうなってて。何かがあって、僕ははぐれたんですけど、同時に色んな記憶もバラバラになっちゃって」
「そっか、色々あったのね」
こんな振る舞いではあるが、抱えているものは深そうである。
「あ、でも時々末の弟が会ってくれるんです。とっても綺麗な子でして」
「末の? 家族いたんだ。何人兄弟なの?」
「弟と妹がそれぞれ三人です。僕ねぇ、一番上のお兄ちゃんなんです」
天魔は外見年齢をある程度操作できると言うらしい
が、それにしても長子の威厳が皆無すぎてその面影は一切ないせいか、小鳥遊すら愕然としている。
「あと家族なら僕、奥さんと娘が二人います」
「まさかの妻子あり!? 奥さん人間?」
「……本当に見えない」
衝撃すぎる事実である。まさかの既婚者子持ち。小鳥遊すら驚く。
「奥さんも悪魔ですよー。奥さんと子供はねー、僕がはぐれてしまったからもうずっと会ってなくて。でも末の娘は元気なら小鳥遊と同じ位なんです。だから親近感といいますか」
「私と……」
小鳥遊も、コッペリウスに親近感を感じていた。いや、親近感などという曖昧さで片付けていい言葉ではない。
もう色褪せた記憶。その中に、彼と良く似た面影の青年が浮かぶ。
それが幻影なのか、現実だったのか、熱にほだされた今の彼女にはわからなかった。
【了】