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銀行が騒がしい。
「なんだろアレ。事件かな? 天魔絡みなら、放っておく訳にもいかないから様子を見てみるか」
たまたま学園島外に来ていて、たまたま銀行の前を通りがかった若杉 英斗(
ja4230)は、銀行の表に待機する警察に生徒手帳をみせながら銀行の中が見える所まで近づく。
「どうも、久遠ヶ原学園の者です。ちょっと失礼します……っと、あのナリは、使徒と撃退士が戦ってるのかな? それともアウル覚醒者同士の戦闘か」
どちらにせよ警察ではなく撃退士の出番であり、光纏して銀行に突入。
「ちょっと待ったぁー!」
「誰よあんたは!」
小鳥遊はと言うと呼んではいなかった乱入者の登場で更に叫ぶしかない。
「えっと、どっちがいい者で、どっちが悪者かな?」
「あっちで半分死んでるバカが悪い奴! あのバカ達がこいつの事を女って勘違いしちゃったからこいつがキレてこんな事になってんの! 戦えるならあんたも手伝いなさい!」
「誰が女だぁぁあああああ!」
「経過の話にも突っ込むなお前はぁー!」
十の刃を何とか避ける小鳥遊を見て、若杉はきりっと頷いた。
「……なるほど。なんとなくわかった。その金髪の彼を止めればいいんだな」
「そういう事!」
後から到着したのは、元より小鳥遊に呼ばれていた五人である。
「う、わぁ……めんどくさい……ひと」
遠い目で暴れ回る十を見る蓮城 真緋呂(
jb6120)。小鳥遊から聞く所によると、女性と間違えられてキレたとか。
「……でもそれって自業自得もあると思うのだけど。とりあえず、止めなきゃね」
銀行に被害を出さない、十にも出させない事が大切である。物理的な理由もあるが、我に返った十が自己嫌悪でついついうっかり死ぬかも知れないのだ。
それも含めて、めんどくさい。
本当の本当に、めんどくさい。
「ほんと。めんどくさい」
溜息。
「十さんは温和な性格だと思っていましたが、そんな弱点があった訳ですね。……弱点ではない。確かに。戦闘時にはワザと敵に女だと言わせて、全力の十さんの戦闘力に期待したい所とも思いますね……まあ、強盗は犯罪ですから。ボッコにしても何ら問題ないとも思いますが、十さんを犯罪者にする訳にもいかない……ですよね。多分」
「多分じゃないわよー!」
「失礼。軍人さんですし。世間の風評も気になる昨今ですから、折角の十さんの本気。手合わせ願います」
セレス・ダリエ(
ja0189)は早速物陰を伝って接近し、射程内ギリギリの所でスタンエッジを仕掛ける。
「全く、依頼とはいえ何故強盗なんぞ守らなければならんのだ……」
むしろ強盗をぶち殺したい気持ちを抑えつつ、文句を言いながらも牙撃鉄鳴(
jb5667)はヤナギ・エリューナク(
ja0006)と共に強盗を目隠しを施して拘束し十から遠ざけ、どさくさに紛れて強盗に蹴りを入れる。
「小鳥遊さんと共に十さんと戦うことになるなんて思いませんでしたよ」
理葉(
jc1844)も愛刀である翡翠を構え、先に戦っている小鳥遊を援護すべく、十さんに接近戦を仕掛ける。十の側面から斬り込み、武器を狙って攻撃。
まあ、これも良い訓練ということで、頑張りましょうか」
「訓練って言っても、下手すれば死ぬけどね!」
「わかってます。ですから――止めるまでです」
小鳥遊の言葉に返した理葉はそのままスマッシュを発動しながらひたすら刃を打ち合い、味方の攻撃を容易にする隙を誘う。スピードの差で後手に回るかもしれないが、他の味方前衛と連携して十さんの足止めは確実に行いたいのだ。
「……っと、つなっしーでもクールじゃなくなる時があるんだな。ま、それ位、人間味があった方が面白いケドさ」
エリューナク(
ja0006)は十と小鳥遊の間に割って入り、十の剣を受ける。
「とりあえずは、この状況を何とかする……しかない、か。小鳥遊、銀行の外の一般人の避難誘導と安全を確保してくんねェかな」
「了解したわ」
その間、若杉が愛用の白銀色の円盾『飛龍』の鋭利な刃で攻撃――と行きたい所だが、とりあえず十の正面に立つように接近戦の間合いで攻撃を受ける事に専念する。
「ちょっと待った、ちょっと待った。落ち着いてください。銀行強盗はもうグロッキーです。これ以上は過剰防衛ですよ」
過剰防衛と言うよりオーバーキルが相応しいが。
「そろそろ頭を冷やせ」
十分に距離を取った所で机に身を隠しつつ、足に向けて侵蝕弾頭を撃ち込む牙撃。腐食が効いてきた所で効果が出たところで足にダークショットの追い討ちをかける。
「大丈夫だ、今のお前を見て女なんて言う輩はいない」
足が動かなくなった所で冷静になってくれればいいのだが、まだ暴れるようならダークショットをブーストショットに換装して頭部に向けて遠慮なく撃ち気絶を狙うだけだ。
「怒りのみで振るう剣では、理葉は斬れませんよ」
ちょっとした言葉で怒りに我を忘れるのだから、何か呼びかけることで動揺を誘えないかと挑発交じりに牽制。強盗さん達から引き離しつつ戦うように位置を取り、被害をなるべく抑える為に立ち回る。
様々な要素がこちらに傾いているとは言え、今の蓮城はいつも通りの戦い方だとどうしても苦戦を強いられてしまうので、基本は距離取りつつ、氷の夜想曲で眠らせることができないか――
「……うん、多分効かないとは思ってた。今の十さんバーサーカー化してるし」
――できなかった。
ならば小鳥遊や味方の動きを邪魔しないように注意しつつ――いや、むしろ利用して手数を増やし、十が捌ききれなくなるよう畳み掛けながら斬り結ぶ。
「はっ!?」
十のサーベルを刀で受け取りながら我に返る。
「……き、距離を取ると言ったわね。あれは嘘よ!」
言えない。絶対に言えない。ついうっかりいつもの戦い方をしているなんて言える訳がない。
「敵を欺くには味方からって言うでしょ!」
「どうでもいいわぁあああああ!」
何もかもが通用しない。
こうなったら勝機は一つ。十が『我を忘れている』事である。
我を忘れている滅多やたらな剣筋ならば、一般人相手にせせこましい真似しかしてこなかった素人ならともかく、エリューナク程度の腕を持つ者ならば簡単に避ける事ができる。
「こっちだ、美人のお人形さん」
笑いながら銀行の外へと誘導するエリューナク。外は小鳥遊が動かしたのか、警察も充分な距離を取って待機している。
「誰が人形だぁあああああ!」
予想通り、更に火が着く。
(いいぞいいぞその調子だ)
小石を蹴り上げ、それを避けさせた所で十の視界から消える――と言ったら大層なものであるが、ただ屈んだだけである。しかし冷静な判断ができない今の十ならば、その程度でも簡単に引っかかってくれた。
そこを逃さず懐に入り込んで、鎖鎌の鎖で武器を絡めると共に、鳩尾に鎖鎌の分銅で強打。
だが、火事場の馬鹿力ここに極まりと言えばいいのか。極度の興奮状態でさほど痛みを感じていないのか、腹を抱えて数歩たたらを踏んだ後、再び猛攻を仕掛けてくる。
その猛攻を、アウルと若杉の意志から燃え上がるような黄金のオーラに輝く飛龍で受けながら、引き続き紳士的な対応で、十を落ち着かせようとする若杉。
「真面目な話、もっと己を律する事を覚えないとダメですね。撃退士の力は、使い方を誤れば凶器にもなりえますから」
「知るかぁああああああ! お前らにはこの怒りがわかるかあああああ!!!!」
雄叫びと共に技を放とうとする十に向けて、盾で殴りつける若杉。
「ぐ、ぐぬぅ……」
「十さん、落ち着いて聞いて下さい」
そんな十を宥めるように、氷のような冷静さでダリエは語りかける。
「軍人たる者……というか、戦いに臨む者にとって大事なのは、平常心。と思います」
その言葉には、ダリエが言うからこその説得力があった。
「個人的に。……ですが、キレた十さんを見るのはなかなかレアな気もしたので、たまには良いと思います」
後退し、雷撃を眼鏡に与えるダリエ。そう眼鏡だ。
(……でも、眼鏡壊されたら更にキレそうな気もしますね……)
眼鏡が有る限り、眼鏡が要。眼鏡が本体。これ、大事。眼鏡キャラの宿命だ。眼鏡を探しているか、眼鏡無しで何も見えない状態の所を捕縛。と言った形が理想だろう。
(……ただ、問題は伊達眼鏡だった時ですね……あるいはそこまで視力が悪くない。とか……)
杞憂になればいいのだが。
「まあ、とりあえず眼鏡は破壊で」
ちなみに心配しなくても十はドのつく近眼である。
再び雷撃。次は綺麗に決まり、十の眼鏡を見事破壊する。
「まだ、……まだだ……まだ僕は貴様らをおおおおおおおお!」
それでも尚、怒りに任せて暴走する十に痺れを切らしたのは蓮城である。
「いい加減にしなさい」
凜とした声。
草蔦の鞭で拘束し、とても素晴らしい笑顔のまま、おもむろに十の口に青汁を突っ込んだ。
「うぐっ! うぐげぼぼぼぼぼぼぼぼ……」
この際、アスファルトが深緑のゲロに染まりモザイクが必要な事態になっても知った事ではない。流石に汚いが。
「目は醒めた?」
むせる十の前に、蓮城は仁王立ちで構える。
「はっ、僕は……」
これまでの事を思い出したらしい十は、真っ青になりながら目をぐるぐると回す。
「何てことを……」
「……」
溜息。被害が最小限になるように立ち回っていたお陰か、十が気絶する事がなかったのが幸いであるが。
そもそもを追求すれば、十が女性と間違われた事である。そういえば元より彼は中性的である事がコンプレックスな様子であるが。
「女性に間違えられたくないなら髪とか髪型どうにしたら? 生来のもの以外で自分に原因があるのに、それでキレるとか理不尽だわ」
「ぐ、ぐむぅ……今の僕は髪が切れないのだ……」
「事情は何にせよ、小鳥遊さんにも謝ってね」
何せ一番の被害者は火の粉をモロに被った小鳥遊である。
「……すまない」
「収まるところに収まったからいいけどさ。口くらい拭きなさいよ」
シルクのハンカチで口元を拭う十。さりげない持ち物から輝きまくるのは高級感であり、強盗も扱い方さえ間違っていなければ銀行を襲撃するよりも遥かに稼げたかも知れない。十はああだが、国が違えばロイヤルファミリーの一人なのだ。
「小鳥遊さんも十さんも、良い武器を使ってますよね。軍人さんは、みんなそういうものなんでしょうか」
理葉は鞘に収まる十のサーベルを見る。我を失った上での乱戦でも毀れなかった刃は、見るからに名刀の類である。
「私は家のものを使ってるけど……あいつは確か、入隊の時に叔父様から貰ったって言ってたわ。逆に軍からの支給品を使ってる奴もいるし、ぶっちゃけ人それぞれよ。あんたのそれも、大事なんじゃないの」
「……はい」
理葉の翡翠のように、それぞれの武器にもそれぞれの持ち主の思い入れがある。小鳥遊は養家から脈々と受け継がれてきた槍を、十は尊敬する叔父からの賜り物を、それらの想いがやがて、武器を業物とするのだ。
……さて。
「これは個人的な話であるが――」
このまま強盗を引き渡すのは牙撃の気が進まないので、再犯防止のための『教育』を開始する。十にフルボッコにされてもう十分だろうとは微塵も思ってない。
「万引きとスリと強盗と詐欺師と金持ちと借金や報酬を踏み倒す輩は地獄に落ちればいいと思っている」
リボルバーの弾倉に一発だけ弾を込め、回転させて強盗の口の中に銃身を突っ込み目隠しを取る。この時玉の出る位置を操作して五発目で出るようにすれば、いわゆるロシアンルーレットを仕掛ける事ができる。
「貴様らも例外ではない」
さりげに金持ちの十も対象に入っているが全く意図していない事である。
味方の誰かが被弾したら口の中で一回、十が被弾ならば外して一回ずつゆっくり引き金を引き、出る時は殺さないように素早く耳の傍で発砲。これを三人分繰り返すだけだ。
ね、簡単でしょう?
無論死にも近い状態になるのだが、そこは大丈夫。有能なERが存在するからだ。
「あら大変。蘇生しないと」
天使の微笑みのまま、強盗に青汁を口にぶっこむ蓮城。これぞ青汁蘇生である。隣には悪魔の邪な笑いを浮かべたエリューナク。
「性根叩き直すなら何時でも手伝うわ♪」
「そうだな、強盗には教育的指導を……あ? もちろん、身体に対して――だケド」
結局――
彼らの気が済むまで強盗への制裁は続いたという。
どちらにせよこれは彼らの自業自得である。
銀行強盗、ダメ絶対!
【終】