.


マスター:川崎コータロー
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/10/26


みんなの思い出



オープニング


 十ことテオドール・オルタンシア・フォン・ローゼンヴァルトは内陸国の貴族の嫡子である。家は王室とも繋がりを持つ名門貴族で、現在は訳あって軍属、さらに訳あって日本の久遠ヶ原にいる。
 と、そんな事はどうでもよろしい。
 ここは寮の最上階にある住民専用のプール。規模こそ小さいものの、普段授業で使われているものと同じ仕様のプールである。さらに言えば温水だ。本格的に秋になったせいか、十が貸切の申請をするまでもなく貸し切り状態であった。
 青い水面にたゆたう彼の姿。軍人にしては枝のようで、ありとあらゆる幅が足りない細い体に学校指定の水着を着用し、傍らの防水モニターには延々と水泳の講座映像が流れていた。
「――よし!」
 いける、と思った彼は、そのままプールの中に飛び込んだ。
 ばっしゃーん、と。勢い良く何かが水に叩きつけられる音が響いた。
「……」
 ぶくぶくぶくと順当に沈み行く体。腹がプールの底に接地した。
(――違う、そうじゃない)
 何だこれは。思わず首を傾げてしまった。
 端的に言うと、こうである。
 十ことテオドール・オルタンシア・フォン・ローゼンヴァルトはカナヅチだ。
 内陸国生まれの内陸国育ち。国は海軍を擁さず、水泳の授業も受けていない。ついでに実家には所有している湖があると言えど入った事はなく、ボートで散策したことがあるのが精々である。
 しかし、そうも言っていられなくなった。あの深海での一件。十は確かに自分の無力さを再認識した。
 自分は強くならねばならない。その為にはどうするべきか。簡単である。弱点を直していけばいい。
「ぶはっ! ……死ぬかと思った」
 いつ直るかは、また別の話であるが。


リプレイ本文


 水着に着替え、プールに入ると十が水面にうつ伏せで浮かんでいた。水泳講座の映像が悠長に流れている。
 一周回って牧歌的にすら感じてしまう光景。だからこそ判断が遅れた。
「――溺れてる?」
 引き気味に蓮城 真緋呂(jb6120)が零した所で大体が我に返る。
「大丈夫ですか!?」
 慌てて飛び込み救出を試みるのは樒 和紗(jb6970)。自力で浮いていたのか、気絶等で浮いていたのかは分からないが、だからこそ慌てなければならない。後者ならば一大事だ。
「真緋呂、頼めますか!」
「任せて! こういうのは慣れてる」
 樒が助け上げた十を蓮城が心臓マッサージ。流石に人工呼吸までは必要ないと思うけど、必要ならば……男性陣に頑張って貰えばいい。十の顔が少女的な方面に偏っているのが幸いだ。
「十さんついに轟沈ですか……取合えずは十さんの為に合掌を……美人薄命とはこの事ですね……」
「いや――」
 ハンカチの端で目頭を拭うセレス・ダリエ(ja0189)とそれに対して首を横に振るヤナギ・エリューナク(ja0006)。心臓マッサージを行って十数回もしないうちに、十が驚いたかのように噎せこんだ。
「……ああ、一応生きていたのですね。良かっ……はい。良かったです」
 つまりそういう事のようだ。
「……つなっしー、そりゃ水死体の真似か? 水死体の真似じゃ、水は一緒に遊んでくれねーゼ?」
「むう……どうしても上手く行かなくてな……」
「無理すんなよ」
 未だげぼげぼと咳き込む十。生きていたが割と危険なラインだったようだ。
「おーい、つなつなー! 大丈夫?」
「僕は大丈夫だ、申し訳な」
 駆け寄った神埼 晶(ja8085)が十にタオルを渡し、礼を言いかけた所で再び噎せげぼげぼと咳き込む十。
「……今更だけど、つなつなって泳げないんだね」
「無様な所を見せてしまって申し訳ない。生まれてこの方、泳いだ事がなかったんだ……」
「その割には、一人で出撃してたりしたよね、カダルでさ」
「あの時はオルカがあったからな」
 要するに水の中で地上同様に動ける事と泳げる事というのは感覚が全く違うという事だ。
「まぁ、それだけマデレーネの為に必死だったというか、つなつなの良いトコロなのかもしれないけどさ」
 辺りを見回す。
「しっかし、お金持ちは違うわね。寮の屋上にこんなプールがあるなんてさぁ」
 金があっても嫌味ではないのも十のいい所か。
「十さんは、完璧なイメージがありましたけれども、まあ、完璧な人など居るはずもない訳で。……正直泳げなくとも、飛べるので無問題な気はしますが。とりあえず……十さんが海に落ちた時……も、反射的に飛べていれば――水泳より、瞬発力を鍛えた方が良い気もしないではないとも思います……」
「ダリエ君、君の意見も最もなのだが、飛べるだけでは無意味なんだ。泳げなければ。……泳げないが」
 先程の水死体の有様を思い出してタオルに顔を埋める十。
「本人たっての希望とあらば、一肌脱ぎましょう。ええ。まあ、一肌脱ぐと言っても実際は脱ぎませんが。私はプールサイドから、十さんの様子を見て的確な指導を行いますから。ええ。的確です」
「少し不穏だが、君を信じるぞ」
「それは杞憂の取り越し苦労です。ご安心ください。然し、まあ、ルスランさんに海に投げられていますし。……多少の弱点は、人間味もありますし、面白ろ――まあ、頑張りましょう」
「僕はどうしてこんなにも不安なのだろう……」
「勿論、プールに突き落したり等しないので、大丈夫です。任せて下さい。――ま、何にせよ安心して学びましょう……安心して学……まあ、大事な事なので、一応二度。ええ」
「君は一体何を企んでいるんだ?!」
 驚いた拍子に唾を気管に詰まらせてまたむせる。蓮城はそんな十を宥めた。
「出来ない事を努力して克服しようとするのは良い事。それを力を貸して貰おうとするのも良い事。だって意地張って一人で頑張って時間かかるより、効率よく時間使った方が良いじゃない? 十さんの選択は間違ってないわ」
「ちょっとずつ段階を踏んでいけば、泳げるようになるんじゃないかな。つなつなは運動神経が良いんだからさ。水に顔もつけられてるから、もう一頑張りだよ」
 神埼も諭した所で、呵呵と笑ったのはエリューナク。
「ほら、こんな美人達が揃って教えてくれるってンだ。あっち位ェまでは行けるよーになンねーと、な」
 今の光景は女慣れしたエリューナクでも絶景に映った。苦手の克服という意味でも、視覚的な意味でも、またとない恵まれた機会なのだ。
「……と言う事で、皆で頑張りましょう♪」
 にっこりと笑って手を叩いた蓮城。こうして、暫しの水泳特訓が始まった。


 水泳の経験のない十にまず同感したのが樒であった。
「幼い頃は体が弱く床に伏す事が多かったので……俺もずっと泳ぐ機会がなくて、学園に来るまで泳げませんでした。泳げるようになって、まだ一年半くらいしか経っていません。ですので……十の気持ちは分かる気がします。同じ様な立場だった者として少しでも役に立てると良いのですが」
「その気持ちだけでもありがたい」
 深く頷く十に、樒は「正直に言いましょう」と続けた。
「浮く事が出来れば、あとは体の動きで進めます」
「それは本当か」
「本当です。人には浮力があり、自然に浮くものだと俺は教わりました。ですが『苦手意識』が体を固くしてしまう……そこでこれです」
「これは――」
 真面目な顔で樒が取り出したのは五円玉――の穴に糸を通したものである。
 つまるところが早い話、五円玉ゆらゆら催眠術だ。
「……あなたは浮ける。あなたは泳げる……」
 静かに低い声で、ささやく様に十の目の前で五円玉を左右にゆっくりと揺らす樒。
「さあ、どうぞ。これでできる筈です」
「どういう事か泳げる気がしてきたぞ」
「その調子です」
 二人共大真面目である。プラシーボ効果のいい例えだろう。
「まずは、水に顔をつけられるか、なんだけど――これはできるよね」
 神埼は先程の光景を思い出す。中々に危険だが、水に抵抗や恐怖感はないように思える。
「そうね。十さん、水自体は平気? 浮いてたとこ見るに、自分から水に入って行けるみたいだし、目も開けられそう?」
「案ずるな蓮城君。それはできた」
 なら話は早い、と助言を与えたのがエリューナクだ。
「最初から泳げると思うな。つなっしーの性格と同じ、そのお硬い動きや体勢じゃ浮くことも出来ねェ。リラックスしてみな。飛ぶ時と同じように、自然体で……だ」
「ま、習うより慣れろ。とも言いますし、兎に角出来そうな動きを水中でしてみるのも一興かも……いえ、決して溺れそうで変な動きの十さんが見たいという訳ではないですよ。はい。ちゃんとした泳ぎ方は、他の方が教授して下さると思うので、私は……見学です」
「そんな決まり顔で言わなくても」
「ああ、因みに私も泳げますから。溺れた時は……浮き輪でも投げておきますね。……では、十さんの根性の健闘を祈ります」
「君達はどうしてそう不穏極まりない事を後付けするんだ」
 ダリエを数歩後ろに退かせたエリューナクが水に入る。鍛えられた腹筋と片腕に刻まれた傷跡が、水面で輝きと共にたゆたっている。
「水に浸かったら、鼻から息を出しながら水中に。その後、飛び出すようにジャンプして水上で口から息を吸う。どんな形で泳ぐにせよ、基本的にはこれが息継ぎだ。忘れんな。ヤバくなったらまず顔を出せ」
 エリューナクと共に息継ぎの練習をした後、樒が十の手を持った。
「ではリラックスして浮きましょう。土左衛門の様に」
 手を引いた状態から十を浮かせ、そのまま手を離す。水に顔をつけていた十はそれに驚いたが、やがて一つの事実に気付いて足をプールの底につけた。
「お、お、浮いたぞ」
「いい調子ですよ」
 微笑む樒。実際、かなりいいペースであった。それもこれも、彼の要領の良さと五円玉ゆらゆら催眠術によるものが大きいのかも知れない。
「じゃあ浮けるようになったし……これを」
「これは?」
 龍崎海(ja0565)が手渡したのは小型で軽量の水中呼吸できる器具だ。
「呼吸を気にせず訓練できたほうが効率はいい筈だ。天魔の力に目覚めると泳ぎにちょっと影響が出るんだよねぇ。だから、泳ぎが上達し難くても焦らないように」
「そういうものなのか?」
 頷いた龍崎は続ける。
「スキルで飛行はできるんだよね?」
「一応……」
「なら、そのスキルを使えば水中でもそれなりに行動、少なくとも浮くことはできるよ。勿論、自力で泳げるようになるのが目的だから、それは浮力を調整できる補助具のように扱ってそこから泳ぐ感覚を覚えていくってのはどうだろう」
「道具があった方が心強いな」
「実戦の場合、いざとなったら空のペットボトルとか何でもいいから浮力のあるものを手に取り身に着けるとかするってのもありだよね。泳げるようになったって、道具を使って負担を減らせるのなら減らせるほうがいい訳だし」
「ここと戦場は違うものだからな」
「さ、水中で行動するための基本も覚えないとね」
 という訳でバタ足の練習である。
 プールの端に掴まって足をばたつかせる――が、要領をまだ得ていないせいか中々に難航していた。
「ほら、膝をそんな風に曲げない!」
「む、むう……そうは言っても……」
 神埼の言う通りには水の抵抗のせいでなかなか上手くいかないし、その上足から沈んでゆく。
「足から沈んでいくだろ? それはな、頭が上がるから……だ。臍を見るつもりでやってみな。あとはその下らねー講座通りにやってくとイイ」
 講座映像のチョイスを見るに、車を運転したらカーナビの指示のまま家に突っ込みそうな勢いだ。エリューナクはやれやれと溜息を吐きながらも続ける。
「水ン中に入って、壁を蹴りそのままの惰性で進めるトコまで行く。息継ぎも無し、だ。 蹴伸びってンだけどさ、コレ。セレスが言った通り、習うより慣れろ、だ。まぁとにかく、やってみな」
 それじゃあ、とエリューナクに付け加えて神埼が手渡したのはビート板である。
「じゃあけのびと併せて、さっきのバタ足をやってみて。これ、ビート板って言うんだけど、これを持っておくと楽だから。けのびの勢いが止まったと思ったらバタ足よ」
 ビート板の両端をしっかり掴んだ十は、プールの壁を蹴って進みだす。順調に水面を裂いた後ゆっくりと減速していき、やがて止まった所でバタ足を始める。結構上手なもので、息が持つまでの10メートル弱を泳ぎきった。
「ほら、前に進んでる。泳げてるじゃない」
「お、おお……」
 目前に控える12.5メートルのラインと自分の足元を交互に見る十。呆然としたその顔は感動を表していた。
「じゃあキリもいい所だし……それよりも折角だ。楽しく行こーゼ? 疲れたら休憩も大事だし?」
「気付けばもう……かなり時間が経っていたな」
 ばっちりとエリューナクがウィンクした所で体の疲れに気付いた十は、ゆっくりとプールから上がる。
「泳ぐと、体力を消耗するからね。無理せず休憩しながらやるといいよ。はい」
「ありがとう」
 十にタオルを渡す神埼。
「そこのカウンターバー、使ってイイか? カクテルでも作るゼ」
「大丈夫だ」
 頷く十に反応したのはエリューナクだけでもない。樒もだ。
「練習し続けるのは疲れますので、適度に休憩も必要です。疲れて体が重くなり動けなくなっては本末転倒ですからね。俺はこれでもバーテンダーのバイトをしていますので、何か作りましょう」
「おお綺麗。流石バーテンダー」
 樒が作るノンアルコールドリンクをごくごくと飲む蓮城。樒の手際の良さもそうだが、蓮城の飲むスピードも半端ではない。
「そういえば須藤から聞いたぞ、焼肉では――」
「た、食べ放題ですもの。少し欲張ったっていいじゃない」
 あはは、と笑いでやり過ごしながら話題をそれとなくすげ替える。
「さ、そろそろ休憩も終わりにして、次は本格的に泳ぎの練習よ」
 戻ったのはプールの中――ではなくプールサイドだ。
「私が教えるのはバタフライ。難しいと思われがちだけど、早く泳ぐ事に拘らなければ、実は一番簡単な泳ぎ方なんですって。左右非対称の動きより左右同時に動かす方が楽だから」
「なるほど、確かに単純だな」
「お辞儀をする様に体を曲げれば潜れて、うがいの様に軽く顎を上げれば体は浮かび上がるの。はい、水に入る前にその動き練習」
「わかった。こうか?」
 流石の運動神経と言うべきなのか。蓮城の言葉の通りの綺麗なフォームで地上バタフライを成功させる十。
「そうそう! それよ。動きの感覚を忘れないで」
 地上なので少しシュールな絵かとは思ったが黙っておこう。
「それにクロールも習得しておくといいわよ。こんな感じで水をかくのよ。息継ぎは横を向いて……こんな感じよ」
「こ、こうか?」
「できてるじゃない。よーし、後は水中で実践よ!」
「水中で……? 本当にできるのか?」
 神埼の提案は最もであったが、十には俄かに信じられなかった。
「今までの動きを連動させて、泳いでみるのよ! バタ足と腕の動きと息継ぎを組み合わせれば、バタフライやクロールを泳げる筈だわ!」
「――よし」
 意気込み、水に潜ってプールの壁を蹴る。
 けのびは順調に。5メートルほど進んだ所でまずはクロール。教えられた通り、15メートルほど来た所で少し沈みかけたので体勢を整える為にバタフライへ切り替える。そのまま先へ、先へ――
 指先が、何かに触れた。
「凄いじゃない十さん! 端から端まで泳げたわ!」
 蓮城の言葉を聞くまで、十は自身がカナヅチを克服したという事実への実感が湧かなかった。それからすぐに彼にしては珍しい、はしゃいだ声が聞けたが、それはまた別の話。


 流石は金持ちのプール。併設の浴場は広い上にジャグジーまであった。何とは言わないがEとFの樒と蓮城が背中を流しあう。
「和紗さんスタイル良いのに地味。私みたいなビキニでも良かったのに」
「……良いのですよ、地味でも。藍色は好きですし、ワンピースもいいではないですか」
「肌綺麗なのに……もったいない」
 背中を流し合う樒と蓮城。そんな華やかで和やかな光景。
 一方、男湯では。
「つなっしーが男湯って、当然だけど変な気分になるな」
 首から上を見れば十は完全に少女である。女慣れしている分、エリューナクは何とも形容しがたい気分になった。
「どういう意味だ」
 暫し怪訝な目でエリューナクを見ていたが、ふと思い出すように呟いた。
「……彼女は今、どうしているだろうな」
「どうだろうな。多分元気でやってるんじゃねェの」
 深海の隠れ里。そこで一人、結界の柱として生きる彼女は今。
「便りがないのは何とやら、だ。今日の事は、今度会う時の話の種にでもすりゃイイ」
「そう……だな」
 また一つ、話すことが増えたのも確か。
 温かい湯の泡が、水面で弾けて湯気となった。

【了】


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: Eternal Flame・ヤナギ・エリューナク(ja0006)
 STRAIGHT BULLET・神埼 晶(ja8085)
重体: −
面白かった!:4人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター