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ある研究所の一室。そこでは、三菱香苗が作り出した百の摩訶不思議な薬品のモニター会が行われていた。机に所狭しと置かれた数々のビン。それらを子供として愛でる開発者の姿。そしてモニター。
「『メアリー』。効果は『猫になる』ですってぇ?」
早速薬を手に取り、ニヤリと笑ったのは黒百合(
ja0422)だ。
「おっ、その子からイきます?」
「ほらァ、一度はやって猫耳キャラってやってみたいじゃないのさァ。語尾にニャ(はぁーと)、とか付いた話し方になるのかしらねェ♪」
三菱の言葉に笑顔で答えた彼女は、ビーカーに適量注ぎ込んだ蛍光ピンクの液体を一気に飲む。砂糖水の味がした。
するとどうであろう。見る見るうちに彼女は、体はアフリカの大平原を元気に駆け回るチーターの精強になり、心は傷を負い詰められた猛虎の如く、激しく肉食的にデンジャラスでワイルドでデストロイな――完璧な可愛い可愛い猫になっていた。
「にゃーん♪」
体を撫で回しながらごろごろと床を転げまわっている様からするに、きっと猫を堪能しているのだろう。
「『ロザリー』……『体が小さくなる薬』? これならたいしたことにはならないか……」
うんと頷いた雪之丞(
jb9178)は、ビーカーに移した薄水色の液体を飲む。気の抜けたジンジャーエールのような味だ。
「あれ、雪之丞さんは?」
『ユミ』という『髪を操れる』効果を持った赤い薬を飲み、大爆笑しながら髪を操る若宮=A=可憐(
jb9097)は、隣にいた筈の雪之丞を探す。
「おーい……」
すると、若宮の足元には林檎ほどの大きさになった雪之丞が。
「あらまぁ、こんなに小さくなって……」
笑いでぷるぷると震えながら、雪之丞を髪で掬い上げて机の上に降ろす。
「『リーン』は『光合成ができる薬』……人間の科学力ってすごい!こんなことまで出来ちゃうなんて……! ああ、こんな崇高な実験の場に加わることができて、僕はなんて幸運なんだろう!」
テンションが高い咲魔 聡一(
jb9491)は、早速緑色の、葡萄ジュース味の薬を飲む。
「おお、僕の全身の細胞にクロロフィルが!これで僕も独立栄養生物の仲間入りかな?さっそく太陽を浴びてきます!」
咲魔は部屋を飛び出して行った。しばらくすれば戻るだろう。
「『静』こ、これは……『胸が小さくなる薬』……!」
胸の大きさが悩みであった月乃宮 恋音(
jb1221)は、効果を見た瞬間流れるような手順で灰色の液体を飲んだ。豆乳の味。狙い通り、みるみる内に胸が小さくなってゆく。願いは叶った。
「お姉さん、嬉しそう……なら私はこちらを」
愛須・ヴィルヘルミーナ(
ja0506)が手に取ったのは、『レン』という『獣の耳と尻尾が生える』薬である。飲むと、頭からは黒ウサギの耳が、おしりからは黒ウサギのふわふわ尻尾が生えてきた。
面白くなってきたので次に取ったのは、『色っぽい容姿になる』効果を持つ『アルテミス』という薬品だ。
「お姉さんも、いかがですか?」
「へぇっ?! で、でもそれを飲んだら……」
「容姿が色っぽくなるだけです。胸は大きくなりませんよ」
「そ、そうですかぁ……」
納得できるような、できないような。まぁ彼女が勧めるので、飲んでみた。サイダーのような見た目と味を体験すると、見る見るうちに体つきが妖艶になってゆく。確かに、薬品の効果か胸はそこまで大きくならない。
自分もそろそろ起こりそうだな、と思った愛須はそそくさと持参した伸縮性の高いナース服に着替えに行った。
「私はここ最近のことプライベートや依頼の任務中に色々とやらかしてしまっているので、敵の天魔には勿論ですが一部の仲間の撃退士にまで命を狙われています。ですから今回の薬品モニターでは自分の身を命を守るために圧倒的に強くなる薬を試させて下さい!……まあ――」
「前置きの設定が長いですねぇ。さっさと飲めばいいのに」
区切られる程長い前口上を言ったのは 袋井 雅人(
jb1469)だ。
「それではまず、『リョウコ』――『皮膚硬化』を試させていただきます!」
黄緑のどろどろとした薬品は、ストレートティーの味。それが喉を通ると同時に、皮膚は鉄のように硬くなった。
「さあ黒百合さん! この私に是非とも渾身の一撃を!」
「あらァ? 面白いわねぇ。いいわよぉ♪」
大の字に構えた袋井は、完璧な黒猫から戻って笑顔の黒百合から放たれた強力な拳を見事に受け止めてみせた。袋井は無事だ。おお、という声が上がる。
「なら私も負けてられません!……強くなりたいんです。もう弱いのは嫌なんです……」
天草 園果(
jb9766)は、『リリアンヌ』という名の『身体強化』の薬品と、『カトリーヌ』の名を持つ『性別転換』の薬品と、『キヨカ』という『身長増大』の薬品を手に取る。検査衣は大きめのものを着て準備は万端だ。
「とっても強い男の人になるんです! 目指せスーパーソルジャー! もうモヤシとか言わせません!」
自分の低身長や貧相な体へのコンプレックスを間違った形で解消しようとする園果であった。撃退士の強さは、別に体のサイズに左右されないのだが。
「これが……私?」
あっという間に少女から野太いムキムキマッチョの男へと変身を遂げた天草。声も野太い上に 身長2m、筋肉のみのバストは脅威の1m越えという魅惑のボディを手に入れる。
「この力を試しに行かなければ……!」
薬の効果が切れない内にと転送装置へと走っていった。
彼女と入れ違いで咲魔が戻る。
「効果が切れました! やっぱり一人生きていく分のエネルギーをこれだけでは賄えなさそうでした!」
まぁ当然と言えば当然だよな、というのが一同の意見である。
「これは面白そうですね。憧れていた姿になってみましょうか」
草摩 京(
jb9670)は、『スミレ』という『若返る』薬品と、『芳美』の名の『狐の耳と尻尾が生える』薬品、そして雪之丞が先程服用した『由美』を手に取る。
紫色の液体のスミレは、ピーマンを凝縮したような味がしたが、『芳美』はヨーグルトドリンクのようなすっきりとした味だ。
そして出来上がったのは、妖精のように小さな小さなお狐様の巫女だ。
「おお……」
思わず感嘆。今まで自分の肩にこんなのがちょこんと乗っていたら――と妄想していた存在に、今、自分がなっているのだから。しばらく効果も続きそうなので、この姿で遊ぶ事にする。
それは彼女に限った訳ではない。参加したモニター全員がそうである。
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「あらぁ? こんな所に面白い薬が転がってるじゃァない☆」
黒百合の目に付いたのは、『カトリーヌ』である。早速飲むと、小悪魔な美貌を持つショタへと変身。
「あらら。じゃあ街に繰り出そうかしら!」
男性化したついでである。にナンパなど、男性にしか出来ない楽しみを満喫する事としよう。恐らく風紀委員会の所にでも行けば男子制服を貸してくれる筈なので、そちらにもまず出向いてみようとルンルン気分で部屋を出る。
『京香』という『女性にしか言葉が通じない』薬品を存分に楽しんでいる若宮の横、元に戻った雪之丞はさらなる薬品を手に取る。
「これは少し楽しみ……」
『体中から花が咲く薬』――その名も、『フローリア』。薄桃色の液体を飲むと、沢庵のような味がした。意外であったが、みるみるうちに体中から色とりどりの花が咲く。
綺麗なのでみんなに配ろうとするが、体から抜くとすぐさま枯れてしまう。
「うむ……残念」
しゅんとしながら、花だらけの自分の体を鏡に写す。
少し離れた所では、『体の成長を促す』効果がある薬品『鈴鹿』を見つけて驚く咲魔。
「!?こ、これは…!」
もしかして、と勢いよく飲む。他に食料が無かったときに仕方なく食べたキノコの味がした。しかし気付くと、自分は二十歳前後の青年の姿に。
「凄い……視界が高い! 声が低い! これが大人……! 」
しかし効果は切れる。
「もう一度……あの姿に! 」
そしてビーカーに薬を注ぎ飲み干すが、間違えて性別が変わる薬品――『カトリーヌ』を飲んでしまう
「えっ、嘘、どういうこと!?す、姿見をお借りしても……」
姿見の中にはEカップの眼鏡っ子が…
「女性になってる!? 何で! 」
だが、飲んでしまったものは仕方がない。薬を飲み直す為の時間つぶしとして、薬の効果を記録するのを手伝うことにする。
最終的に、胸は小さくならなかった。本来より短時間の数分程度で終了後、反動で胸が張り、本来の一コンマ五倍程度に巨大化し、残り効果時間が反動にやってきたのだ。
「ううぅ……なら、これなんてどうですかねぇ……?」
一度体重を大きく増やし、バランス良く落とせばどうだろうか。という事で、『体重が大幅に増加』する『麗美』を飲んでみる。
「お、お姉さん……凄いですね」
さらに『白百合』という名で、コーヒーのように黒く苦味を持つ『真っ白になる』薬品を飲んで、髪や毛、肌に至るまでも雪のように真っ白になった愛須は驚く。
しかし、月之宮の予測も虚しく、効果が切れたと同時に増加した体重の九割以上が胸へと行く結果になった。
「ふえぇ……なんでこうなるんですかぁ……」
しゅんとしていると、袋井がその肩を優しく叩いた。
「大丈夫ですよ。きっとすぐに戻ります。さて、自分はこちらを試してきますね!」
袋井が持っているのは『美佳沙』――『巨人化する』薬だ。流石にこれは屋内で試すのは危ないので、外に飛び出して試してみる。
そうだ、人類は――と、どこかで聞いたことのあるようなテロップを脳内で流しながら、五メートル程度の巨人へと変身した袋井は、近くの壁からヌッと顔を出した。さながらどこかの巨人のように。大きさはその一割程度だが。
「ガオー……あら、戻ってしまいましたね。楽しかったのに、残念です」
『声が熊になる薬』である『ヨシノ』の効果を切れるまで楽しんだ若宮は、『体が幼くなる』薬品、『鈴』を飲む。
「ふっふっふ、おもしろいものですねぇ」
子供の姿を見て笑い転げていると、ある考えが浮かぶ。
「そうだ、みなさんにおしゃしんをとってあげましょう」
周囲を見ると、これまた腹がよじれる位おかしな空間が広がっている。写真を撮って記録を残せば、元気を貰える時だってきっとある筈だ。
そして小さくなってくると、他の薬に目が行ったのが草摩である。『目から怪光線が出る』薬品である『ミーシャ』、『口から炎が出る』薬品の『ルルネ』、『尻尾を高速回転させて飛ぶ』薬品な『可憐』を、別の欲求に耐え切れずそれぞれストローでずるずる飲む。一度怪獣になって暴れてみたかったのだ。イチゴジュース、味噌汁、青汁とそれぞれの味。
巨大化する薬も飲みたかったが、逆の薬を飲んでいる以上 あきらめるとする。
六種は流石に多すぎだろうが、お陰で小さなお狐様と怪獣の夢が合わさった摩訶不思議な生き物になった。ただ、怪光線も光だけ。炎は見た目のみで熱風レベル のイミテーションだ。ならば他人に害は与えない。尻尾をヘリコプターのようにして空を飛び、無駄・無意味に大暴れのしたい放題やりたい放題だ。
そこで、べそをかいた天草が帰ってくる。
「どうしたのですか?」
心配そうに若宮が問う。
「転送装置に向かったのはいいのですが、そこで効果が切れてしまって……検査衣の裾を踏んづけて転び、気絶してしまったのです……」
「それはお可哀想に……それではこれをどうぞ」
「うう、ありがとうございます――って、これは何ですかぁ?!」
天草の右手が牛になっているではないか。
「それは『千賀子』。『右手が牛になる』薬品ですよ。先程味わって、今は『詠子』という『左手が蛙になる』薬品を試しているのですが――中々愉快ですよね」
「そんなぁ……すぐ戻るって言ってもこれって……これって……」
左手が蛙になっている若宮は、引くほど爆笑しっ放しだ。楽しんでいるからいいだろうが。
蛙と言えば、雪之丞も『アントワヌ』という『蛙になる』薬品を服用する。
「ふむ……なんだ? カエル? 童話みたいだな」
首を傾げている内に体の大きさは変わらないものの、カエルになった。その様を鏡で見る。
「これが自分……あんまりだ……」
久方ぶりにここまで落胆した気がする。これは結構ヘコむ。
その少し離れた場所では、『ベルルーシュ』の名を持つ『胸が過剰成長する』薬品を飲んだ月之宮と、彼女の勧めで共に飲んだ愛須が、ナースのコスプレで記念撮影を行っていた。
体質の関係で数倍の効果を得た二人胸は、最早上半身を覆い隠すほどまでに発育していた。これで、過剰発育する体質への不安も、事前の慣れから解消されるだろうか。
「さあ、次はこちらのアングルで!」
やたらとシャッターを切っている袋井は、巨人化に引き続き『リリアンヌ』で身体能力を強化して巨大な岩をこれまた某巨人が穴を塞ごうとする如く持ち上げた様を満喫した後であった。
研究室はこの通り手狭になってきた。
「うひひひ、いいですねぇいいですねぇ、この子達も喜んでいますよぉ」
何より、この状況を作り出した張本人が楽しそうであった。
「あらあ、凄い状況ねぇ」
男にしかできない事を存分に楽しんで帰ってきた黒百合も、この状況を三菱と共に楽しんだ。さあ、次はあの薬を――
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「はあーい。という訳でぇ、皆さんありがとうございましたぁ」
ぺっこりと頭を下げる三菱。
「ああ、あの薬をまた試したいのに、もう字数じゃなくて時間が……」
至極残念そうなのが咲魔である。
「本日はありがとうございました三菱さん。私、あなたの作る薬品に感銘を受けましたので、是非ともアドレスを交換してください!」
「私の芸術の良さを理解できるとは……デキる人ですねぇ。ここはまず一つ、握手を」
固く握手を交わす二人を映す窓の外の景色は、すっかりと夕日に染まっていた。
「ふう、楽しかったですわ……おっと、失礼」
効果は切れていたと思ったのだが、飲みすぎた薬が混ざって可燃性となり、げっぷでせりあがって引火して草摩は炎を吐いた。
「うふふ、もしかしたら今日の残りは、こういう事もあるかも知れませんねぇ。それも含めて後に報告してくださると助かりますよぉ」
へらへらと笑う三菱を見て、一同は思った。
……マジで?