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「よろしくお願いします!」
校庭の片隅。そこで邂逅したタケル少年は、須藤と同じ組織に所属していたのかと疑いたくなるほど礼儀のいい少年だった。
(普段から口は悪いけど……出来損ない、か。それタケルさんだけに向けた言葉なのかしら?)
蓮城 真緋呂(
jb6120)には、翻弄された須藤自身も、無意識に皮肉ってる気がしてならない。
(それはさて置き、タケルさんに色々教えなきゃね)
タケルに向き直り、同じ目線にまで膝を折って伝える。
「強さも色々あると思うから、教えてくれる皆の言葉を考えてみてね。いずれわかると思うから、今はタケルさんが思ってる『強さ』を教えてあげる」
「は、はい……お願いします!」
元気と礼儀の良さに関心しつつ、指示に合わせて動くタケルの傾向を見抜く。力押し型か、受流し型か。蓮城は併用型なのでタケルの傾向に合わせ実践指導を行える。
「どんな時も下半身の安定は大事。踏込み、切替し、カウンター……こんな風に」
タケルの振り下ろしに対し、かくん、と死角を突いた変則軌道で返し。驚いてタケルが落としてしまった剣を拾って渡す。
「強さは『個』だけではない――それもいずれわかると思うわ。さぁ、他の人にも教えてもらってきなさい」
頭に『?』を浮かべたままのタケルの背中を押し、次の師匠となるヤナギ・エリューナク(
ja0006)の元へと派遣する。そして、蓮城はある所へと電話をかけ始めた。
「ルスランに一発くれてやりてェ……か。イイじゃねーか! タケル……だっけか。俺なりのやり方でも良けりゃ、伝えるゼ?」
「よろしくお願いします!」
「ま、固いのは抜きだ。基本の戦法や心構えは他の奴に任せて――俺のやり方は、こうだ」
背筋を伸ばして畏まるタケルの背中を笑いながら叩く。
「まず。これは試合じゃねェ。ここが肝要だ。タケルはさ……ヤツがむかつく、だから殴りてェんだろ? なら、どんな手を使ってもイイと俺は思うゼ。これは卑怯でも何でも無ェ。喧嘩殺法といこうや」
「喧嘩?」
「そうだ。使えるモノは何でも使う。あとは動じねェ精神だ。とりあえずは、ルスランに隙が出来りゃイイ。一瞬の目隠しが出来ればイイんじゃね? 手っ取り早く砂や土を蹴上げて目隠しとかな。こんな具合に」
校庭の砂を蹴り上げて小さな砂埃を作る。
「で、ルスランがそれを厭ってる間に懐に潜込んで一発、だ。……ま、どんな戦法を取るかは、お前ェさん次第だケド」
一通り教え終えた後、エリューナクは隣のセレス・ダリエ(
ja0189)に話しかける。
「セレスは何かあるか?」
「……私の職種は遠距離での魔法ですから、タケルさんに教える事もない気がしなくもないですが……まあ、精々殴りにいく時に助太刀が必要ならば、補助はできますけれど」
首を傾げるダリエに、もっと首を傾げるタケルは呟いた。
「じゃあ何で来たんだ……?」
「いい事を聞きましたね。私はアナタ方に、興味があるからです」
ダリエには一つの興味があった。
「憎しみが、憎悪が、アナタを動かしているのならそれはそれで良いと思いますけれど。ルスランさんの……夜明けの八咫烏の幹部時代……私は知るに及びませんが、一体どんな方だったか、正直興味はあります」
「俺も知らない……けど、ロクでもない奴だって、ある人は言ってました」
脳裏を過ぎる紫の髪。タケルは知らない。自身を鍛えてくれた人物が須藤によって殺されている事を。
「憎しみが、憎悪が、生きる糧、存在の証明であるのならば、それで生きるのも一つだとは思います。ただ、それは安楽な生」
それが骸骨兵団の時の須藤であった。
「全て終わり、無くなってしまった今、”別の糧”を見付けようとする……見付ける事は、とても困難な道のり……。選ぶのは、タケルさん……アナタ自身です」
「俺自身……」
「少し脱線しましたね……物理的に殴るも良し。弱さを強さに変えるのも良し。強さを自分で見つけ、見付けられる事。私はそれが……多分大切なのだと思います……」
先程蓮城に言われた事を思い出し、『強さ』が肉体的なものだけではない事に気づいたタケルは、順調な手ごたえを感じつつ、再び次の師匠の元へと赴く。
時間通りきっちりとやってきたその師匠は、少しだけ渋い顔をして考えた。
(どんな手段を使っても、勝てば官軍……なんて、子供に教えていいのかしらね)
斉凛(
ja6571)は複雑さを抱えながらも話し始める。
「子供と大人の体格差でまともに闘うのは不利ですの。だからわたくしは頭を使いますわ」
どんな手段をとっても相手に勝てばいい。その勝つ為の方法を事前に考える事が、何よりも重要なのだ。
「一番簡単な方法は奇襲。相手が思ってもみない所で、態勢が整わないうちに攻撃ですわね。その場合相手に気配を悟られない事が重要ですわ。ですがもし奇襲が成功しなければ、次に相手の裏をかく……つまり敵が考えても見なかった方法で驚かせるのですわ。例として……そうですね、真似してみてください」
ゆっくりとした動きを、説明を交えて行う斉。タケルは横の斉の動きを何とか真似る。
「こ、こう……?」
「お上手ですよ。それに、一番重要な事は情報ですわ。敵の考え方、行動パターン。それらをよく観察して事前に調べて、その上で予想を裏切る戦いをする。戦いは体だけでするのではありませんわ」
「情報……」
「なら後で課外授業として、一緒に情報収集をしてみましょうか」
「はい!」
頷いたタケルは斉が見送る中意気揚々と次の師匠である神埼 晶(
ja8085)出会う。
(神望島で自爆特攻してきたコの内の一人か。――という事は、私は以前に会った事があるはずよね……)
だが、流石に一人一人の顔までは覚えてない。……タケルは神埼の事を覚えていたりするのだろうか……
自分の番が来るまで考えていたが、出した結論は「まぁ、いいや」であった。だが世持を殺した張本人だとバレたら面倒臭そうだ。しらばっくれておくのが吉か。
「『はじめまして!』タケル君!!」
「はじめ、まして……」
タケルも何か感じ取っているらしいが、掴みは上々ではないか。
「他の人のやつも見てたけど、その意気よ。あの須藤だって、初めからあんなに強かったわけじゃないハズ。君だって、努力すればきっと強くなれるわ」
とは言っても、タケルの思い描くようなものへの道のりは長い訳ではあるが。
(今すぐ強くなるってのは、ちょっと無理だとは思うのけど……)
策を講じるべきだ。
「コレを使ってみなよ」
タケルに渡したのは、チタンワイヤーと体育倉庫から拝借してきたコートネット。
「何でこれなんだ?」
「ネットを投げつけてワイヤーで攻撃するフリをしてみせたらさ、多分一瞬だけ隙ができる……かもしれないから、そこを一気に踏み込んで、一発かませば当たる……かも」
現場にいなかった神埼は詳細はあまり知らないものの、『マリオネット』のようなものを見せたら反応が遅れる可能性を見越しての事であった。
「……なんでそんなに自信なさげなんですか」
「しょうがないでしょ、私は須藤と直接戦った事はないんだから」
実際は骸骨兵団の時に交戦はしているが、あれは須藤であって須藤でないので数えない。
「多分、他の人が一番詳しいと思うわ。須藤の事を聞くならね」
とは言ったものの、最後は。
(ああ、あの時の捨て駒か)
牙撃鉄鳴(
jb5667)である。
彼はタケルの顔こそ覚えていないものの、言われると思い出した。周囲を見て、他の者達が聞いていない事を確認して、憤るタケルに先制。
「付け焼き刃の技術を付けたところで須藤には勝てん。あの時より弱くなったとは言え、雑魚に一発貰うほどではないだろう」
いいか、と続ける。
「お前は力と憎しみが足りない。かつての須藤と比べてその純度が低い。あの時も、今もだ。目的のためにあらゆる犠牲を厭わない覚悟がない。組織の連中を見てきたお前なら分かるだろう」
静かにタケルが頷いたのを見て、最後に言った。
「一発食らわせてやるなんて考えで実力差が覆るものか。やるなら殺す気でやれ」
しかし、こう煽ってタケルが本気を出したとしても、須藤は流石に死なないだろう。
だがしかし、興味はある。憎しみと憎しみがぶつかりあったその先に何があるのか。
●
少し夕陽が見えてきた頃、須藤は律儀にも蓮城の電話での呼び出しに時間通りにやってきた。
待っていたのは蓮城とエリューナク。須藤の背中側の物陰には情報収集の実地訓練のため、少し前から須藤をつけているタケルと斉の姿も見えた。
「手近にな」
予想はしていたが、久々に見る不機嫌さであった。
「タケルさんとの模擬戦に付き合って欲しいの。模擬戦の許可は取ってあるわ、何も心配はいらない」
「はぁ?」
一気に顔が歪んでゆく。それでも構わず、蓮城は続ける。
「昔の事、思い出す? 強いと思ってたのに負けちゃった自分とか」
「お前にそれは関係ないだろ」
「振返って転がり落ちる事は簡単。でもそうならない様、二人とも『今』を固めて踏出して欲しい」
「だから俺にあれの相手をしろと?」
ますます機嫌を損ねてゆく須藤を宥めながら、エリューナクは口を開いた。
「ルスラン、最近は戦闘行為が出来ねーし、鈍ってンじゃね? ちょっとはデキる奴なトコ、見せてやンのも有りだと思うゼ……先輩として」
「何だと!」
腹を抱えて大爆笑のエリューナクを睨む須藤。
「だから力を貸して? 『友達』へのお願いよ」
「う」
微笑の吐息を聞いた須藤は唸った後、答えた。
「……一度だけだ」
「そう言うと思っていたわ。ありがとう」
●
決着の時はやってくる。
神埼は見守りながら、(タケルの最初の一歩なんだから、何よりも自信が必要なんだから空気を読め)と視線を送る。須藤も何か察したようで、深い溜め息を吐いて素手で構え。
「……来いよ」
当の須藤はしぶしぶとした態度であるが、タケルは大真面目であった。
「準備万端。さぁ……いってらっしゃいませ、御坊ちゃま」
斉が背中を押す。
「須藤ルスラン、覚悟!」
決闘開始。
とは言え、剣の攻撃を須藤は素手で軽々といなしていく。明らかにタケルが不利だ。
(助けでも出来りゃイイかもな。実力が違い過ぎる)
危機感を感じたエリューナクが視界から消え始めた所で、須藤と距離を取ったタケルは剣を振り下ろす――のではなくあるものを投げる。
「これでも食らえ!」
神埼から受け取ったネットである。予想外の行動に少し反応が遅れた須藤だが、ネットを腕で払い除けた――所にチタンワイヤーを引き伸ばす。
「マジかよ」
こればかりは予想外だったようで、須藤の体が明らかに強張った。
その隙を逃さず、地面を蹴り上げて砂埃。砂埃は蓮城の力を借りて砂嵐となり、視界を防ぐ。
「俺は――」
軽いパニックに陥った須藤の聴覚をエリューナクが鳴らすクラッカーで奪い、さらに蓮城が畳み掛けるエアロバーストで体勢が崩れる。
「今よ」
蓮城の声が聞こえ、タケルは駆け出す。剣を捨て、拳で単身挑みにかかる。
「出来損ないなんかじゃない!」
その拳は須藤の頭を確かに直撃した。
「一本……」
殴られた頭を抱える須藤を見つつ、タケルは呆然と呟く。
「取っ、た……?」
静かになった校庭。タケルの荒い息だけが響いた。
●
「一人で難しいなら仲間の力を活かせばいい。それが出来るのも『強さ』よ。須藤さんにも言える事よ?」
「俺もかよ……」
斉の幻想茶会で傷を癒すタケルと、少し離れた場所で拗ねる須藤に語りかけた蓮城。タケルは傍らに立っていた神埼に話しかける。
「その……見覚えがあるような気がする、んですけど……」
見た時から感じていた違和感が何なのか――タケルにはわからなかったが、神埼は観念したかのように言った。
「私も正直、『夜明けの八咫烏』の考え方自体はわからないでもなかった。手段は間違っていたと思うけどね」
「それってどういう――」
真相を聞こうとしたタケルを、スパーンと気味のいい音が遮る。音源は須藤の方からだ。
「……」
一瞬呆然としていたが、すぐに理解したルスランは、ハリセン片手に背後に詰め寄ったエリューナクを無言で睨む。
「背後を取られないように精進しろよ!」
「うるせー!」
高笑いと共に去ってゆくエリューナクの背中を睨みながら一人でいると、須藤は近づいてくるある気配に気づいた。
「何か用か」
牙撃だ。
「で、捨て駒と侮ったガキに一発貰った気分はどうだ須藤?」
「不愉快だ。お前達が小細工さえしなければもう少しマシだったが」
「昔のお前なら、その小細工ごと完膚なきまでに潰していただろうな。骸骨兵団を率いていた頃、両腕が揃っていた頃、世持に拾われた頃のお前なら」
「何が言いたい?」
身構えたのは須藤の方であった。
「お前はここに来て確実に弱くなった」
険しい顔の須藤を一瞥しつつ、続ける。
「お前がここに来た目的は何だ? 天魔への憎しみも、組織の理念も忘れてなあなあと学園生活を満喫することか? 今のお前はあそこの捨て駒と変わらん。世持が見たらお前もあれと同じ扱いだろうよ」
憎悪の扇動。
須藤は何も言わず、ただ身構えたまま耳を傾けた。
「思い出せ、左腕がなくなったあの日を。天魔を憎んだあの日を。世持に拾われたあの日を」
視線は鋭く鍔迫り合いを繰り返して火花を散らす。しかし何かを悟った須藤が、それを一方的に止めた。
「あの時言った筈だ」
踵を返し、立ち去る須藤。
「お前はいつか俺が殺す。その間をどう過ごそうが、俺の勝手だ」
その背中を見て、牙撃はふと考える。いや、我に返ると言った方が正しいかも知れない。
(学園生活に馴染めているならもう無駄に憎悪を煽る必要もないのに、何を言っているのやら、俺は……『名無鬼』なら可笑しいことではないとはいえ……学園に馴染んできている須藤に嫉妬か? まさかな……)
辿り着きかけた結論を振り払い、空を見上げる。
いつの間にか傾いた陽が、各々の影を伸ばす。
始まりから終わりまで不機嫌であった須藤の影を踏んだのは、蓮城であった。
「そんな訳で終わったから、ご飯食べに行きましょう」
須藤としては、そのような提案も断ってさっさと帰って寝たいところではあったが、
「十さんの奢りで」
「悪くない」
即答であった。
「一緒に美味しいご飯食べたら、前向きになれるって」
須藤とタケルの肩を持った蓮城は微笑む。
「って、コイツも来るのか……!」
「俺だって心外だ……!」
一気に険悪ムードへ逆戻り。
「さ、行きましょう。何か食べたいものはあるかしら」
「焼肉食べ放題」
須藤の案である。当然タケルが食いついた。
「勝手に決めるな!」
「嫌なら来るな。俺はそれで一向に構わん」
「はいはい、喧嘩しないの」
蓮城が間に入って仲裁しながら歩いてゆく。
伸びる影は彼らが失った時代。
落陽は早まり、秋は深まる。
思い出す破滅の季節。だが、彼らは前を見ていた。
【了】