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依頼の詳細を聞いてみると、簡単な話、脱走した須藤を連れて帰れというものであった。
「じゃ、さっさとその須藤とやらをボコって連れ戻しましょう」
うんと頷いた咲魔 聡一(
jb9491)は、初対面の犯罪者に容赦する謂れが無いので当然といえば当然であった。また、こういう場面で人間の役に立っておかないと天魔である自分の印象にも関わるのでいつになく本気なのだ。
ちなみに何故特撮の悪役のように改造した魔装を着けているかと言うと、今朝占ったらこれが良いというので決めたからだ。
それにしても。
「須藤が脱走!? なんで……いや、本人に訊いてみるのがてっとり早いか」
考えを整理しつつ、神埼 晶(
ja8085)はポケットから支給されたスマートフォンを取り出す。液晶に表示された地図では、須藤の居場所を示す赤い点がそれなりの速度で移動している。
「たまたま海底から戻ってきたついでに高額な依頼が来ていたから受けてみれば――須藤の奴、やはり逃げたか。あの時海に沈めておくべきだったな」
鴉のような翼を広げた牙撃鉄鳴(
jb5667)は、空から須藤を探し回る。
「ルスラン……また何かヤらかしたのか」
深い溜息を吐いたヤナギ・エリューナク(
ja0006)は、手元のタブレットに視線を落とす。逃げても発信機があるので位置は丸分かりであるし、見付け次第いつも通り遊んでやる所存でいた。
「そう遠くない場所……まあ、限定付での自由行動ですから。発信機も引っかかっていますし……すぐに到着すると思います」
セレス・ダリエ(
ja0189)も赤く点滅する須藤の現在地と、緑色に光る自分達の現在地の長さを目測しながらエリューナクと併走。
「でも須藤さん、脱走とかするとは思えないんだけどな。何だかんだで楽しそうだもの」
蓮城 真緋呂(
jb6120)は、須藤のこれまでの学園生活を思い返す。監視付きではあったが、時折少し満足そうな表情すら覗かせる事もあった。そんな彼が、中途半端な形で逃走するとは考えにくい。
恐らくは何かの事件に巻き込まれたか、止むを得ない状況に陥ったか。
「……とは言っても、立場的にこれ以上規定外の行動をしちゃうと須藤さんが危ないわね。早急に合流して何とかしなきゃ」
「そうね。何はともあれ、須藤を捕まえなきゃ」
描く軌道からするに、建物の屋根から屋根へと飛び移っているようだ。神埼たちも屋根から屋根へと走り渡る。
「そっち行くのね。確かこの先は……」
道筋こそ無造作であるが、建物の高さなどを考えるとある程度の予想はできた。蓮城と神埼は先回りできるルートを選び、着実に近づいてゆく。
「――居たか」
真っ先に須藤を発見した牙撃は、いっそ頭をぶち抜きたい気持ちをきゅきゅっと押さえ、何となしに足をレールガンで狙撃する。
「うおおおお何すんだ」
磁場形成で距離を詰めつつ、容赦なく食虫植物と注射器で襲い掛かってくるのをなんとかいなしながら、そちらからも逃げる須藤。
「動くな、次は当てるぞ」
「それができたら苦労してねぇ! というかレールガンで撃ちやがって、絶対殺すつもりだろ!」
「それができたら苦労していない」
「くっそー、この野郎!」
頭を抱えながら走る須藤。
「待ちなさい、須藤! 久遠ヶ原学園から、アンタを捕えるように緊急依頼を受けてきたわよ。なんで脱走なんかしたのよ!?」
「見てわかんねぇのかこの有様を!」
須藤の後ろを見ると、やたら原色原色とした初等部の生徒らしき三人が。
いや、神埼が言いたいのはそちらの意味ではない。
「……何してンだよ、お前ェはよ……ここは今のお前の縄張りじゃないゼ? ま、問答無用ってのもアレだし、海のように広い心を持った俺は理由を聞いてやってもいいケドな」
エリューナクの隣、ダリエもうんと頷く。
「そうですね。何をなさっていたのですか? 逃亡にしては、発信器の事も忘れていない筈。 どうせ逃亡するならば、もっと上手に逃亡しなければ」
「お前ら俺に脱走して欲しそうな物言いだな」
「いえ、別に逃亡を促してはいませんが。ルスランさん一人では、まずもって独り暮らしとか無理でしょうし。無理な筈ですし」
「繰り返すな!」
「え? で、子供に追いかけられて逃げている? ああ、きっと、ルスランさんの日頃の行いの所為でしょう」
きっぱりと言い切るダリエ。
「私には見えます。ルスランさんの内から出でる、隠しきれないどどめ色のオーラが。……まあ、どどめ色のハッキリした色は知りませんが」
「紫みてぇな色してんだよどどめ色は!」
「振る舞いと言動の割には博識ですね」
「二言くらい余計だ!」
「そうだとしても、子供に悪と定められても仕方ないですね。可哀想なルスランさん」
「気持ちが篭ってないぞ気持ちが……」
ギリギリと歯を軋ませる須藤の隣、一同をしょぼくれた火の玉が襲う。
「さてはおまえたち、かい人ワインボルドーのなかまだな?!」
「正ぎは見のがさないぞ!」
「あくならたおすまでよぉ」
突如とした子供の猛攻。
「ワインボルドー!? ちょっと、なんで私にまで攻撃してくるのよ!?」
「――ああ、そういうこと」
驚く神埼の隣、須藤を背後で追いかけている初等部生を見て、蓮城は合点がいった。
要するに須藤は手出しできずに追われているのだ。
相手は子供である。下手に攻撃をするとそれだけで重傷を負う可能性があるので、なるべく無傷で無力化したい。さて、どうしたものか――
そう考えたとき、脇をすり抜けてゆく影。
「必殺・ロードローラーだッ!」
両腕に炎を纏い、水車のようにグルグルと腕を回して子供達に突撃する咲魔。無論見せ付けの引き付けなので当てはしない。寸止めである。
構って欲しくて今回の事態を起こしたのならば、まずは思い切り構ってやって発散させるのが一番であろう。
……別に子供の頃遊んでもらえなかったからってはしゃいでる訳ではない。断じてない。
キレッキレにポーズを取りながら、咲魔は声高らかに名乗りを上げた。炎を纏った魔装はいっそう禍々しく見える。
「そう、僕こそが大地の力を得た悪の改造人間マスキプラ! クオンジャーよ、かかってくるが良い! 本当の炎というのは、こういうものだ!」
すると咲魔――ではなく悪の改造人間マスキプラの背後一面にごばあ、と砂嵐が特殊効果よろしく発生する。
「須藤さん、こっち」
無論ただの特殊効果などではなく、ひとまず須藤を物陰に避難させる為に蓮城が発生させたものだ。
「何だ、その……助かった」
胸を撫で下ろす須藤。やはり様々な要因が重なってかなり逼迫していたらしい。
「だいたいの事情は察したわ。須藤はアイツラから逃げていたわけね」
「そうなんだよ。いきなり絡んできたら火とかも出してきやがって」
神埼の言葉に、唇を尖らせながら肯定する須藤。
「じゃあ、ごっこ遊びの悪者にされたってワケか。そのガキ共、将来有望だな」
腹を抱えて笑うエリューナク。
「話を信じるなら、元凶はルスラン、お前ェじゃねーってコトは分かった。とすると、こっからどう無事に帰るか、だな。ルスラン……は、其の儘じゃ既に動け無ェしな、顔割れてるし。……ってことで、コレの出番だ。ルスラン、これを嵌めてみろ」
「? わかった」
おもむろに懐から何かを取り出し、それを須藤に手渡す。須藤は受け取ったまますぐそれを装着した。
鼻眼鏡である。
「……――っ!」
「ふざけてんのかァ!」
声も出ない程爆笑したエリューナクに、鼻眼鏡を叩き割る須藤。
「折角だし、髪型も変えたらどうだ? 更に女装とかもイイかもな」
「ふざけんなよ……」
わなわなと震える須藤の前、深い溜息を吐いたのは牙撃だった。
「……お前、仮にも元マフィアの幹部なのにあんなガキどもも撒けなかったのか? 平和ボケもここに極まれりか。世持もあの世で泣いているぞ」
「うるせー! ってまた何すんだ!」
「ガキどもが追ってきているのを見て大体事情は察するが、それでもこれ以上逃げられると面倒なのでな」
ワイヤーでぐるぐる巻きにされた須藤は、そのまま牙撃の方に引きずられてゆく。
「須藤はそこで待ってなさい。アンタが手を出したら、いろいろ面倒だからね」
「はぁ?! 放置かよ」
まぁ見てて、と蓮城は宥めながら、マスキプラと一通り戦ったクオンジャーの目の前に躍り出る。
「あのお兄さんは戦えない『優しい』人なの。だから攻撃しちゃダメ」
優しい、をかなり強調した後、めっをする蓮城。
「もし遊びたかったら……」
被害のない適当な場所をアンタレス。燃え盛る劫火はごぼぉ、と勢いよく陽炎を作り出した。
「これで私が相手してあげる」
いい笑顔である。
もう一度言おう。
とてもいい笑顔である。
クオンジャー達が物凄い勢いで後ずさった。
「……えげつないな」
「脅してないわよ?」
「……わかってるって」
ワイヤーで縛られたままの須藤にもその笑顔を向ける。何か感じた須藤は、ただ静かに頷いただけだった。
「冗談は置いといて……さくっとその邪魔なガキ共を強制帰還、ついでにルスランも帰還させるとしますかね」
首を鳴らすエリューナクの隣、ダリエが一歩前に出る。
「ただ、まあ、とりあえず……」
ダリエは子供の――というより子供でなくても人との接触は――知らない上に得意ではない。むしろ苦手だ。よってその辺は上手くやり込めたい。
「まてー!」
迫り来るイエローの目の前にトワイライトの光の球をそっと持ってくる。光には光を、だ。間近に持ってきたが、淡い光なので目にそこまでの刺激は与えまい。
「うわっ! ……あ、あれ?」
「……逃げるが勝ち。という事で」
驚いて身構えた隙に、ダリエは隣のビルに瞬間移動し、イエローの前から姿を消す。
きょろきょろと辺りを見回すイエロー。狼狽する彼女の隣、レッドが突撃してゆく。
「言っとくけど、私は須藤程優しくないわよ」
相手が子供だろうが、実力で黙らせるのみだ。拳を鳴らした神埼は、蓮城がエアロバーストでレッドを程よく吹き飛ばした所をキャッチした後、組み敷いて関節技をかける。体が小さく軽い子供だ。造作もない。
「ほら、大人しくしないと、関節外しちゃうわよ」
「あいでででででっ! ひきょうだぞ!」
「これでも手加減はしてるんだけどね……というか動けば動くほど痛くなるんだから、本当に少しくらい大人しくなりなさいよ……」
溜息を吐きつつも、間接は外さないように注意してゆく神崎。なるべく怪我をさせないような絶妙な力加減で無力化を図る。
「レッド!」
ブルーが発した水の弾丸をはたき落とし、蓮城はあの時の笑顔そのままそちらに向く。
分厚いレンズのメガネがずれかかっている。特撮のような激しい動きをするならメガネを後頭部で固定するバンドは必須だ。
「言ったでしょう、私が相手してあげるって」
蓮城の髪が伸び、まるで蛇のようにブルーの体に這いよらんとする。
「う……うあ……」
無論幻覚ではあるが、初等部の子供にももちろん効果覿面だ。むしろありすぎる位か。
「それで、だ」
牙撃は須藤に視線を戻す。
子供の遊びに付き合ってやれるほど心が広くない牙撃は、ひとまず須藤をネチネチといじる事にした。
「模範囚を気取るならガキどもの遊びに付き合うくらいの気概でも見せたらどうだ? 俺は嫌だが」
「俺も嫌だ」
「それにしてもこのガキ共――俺やお前を悪人と見抜くとは、将来早死にするか大物になるな」
「本当にな。特にお前」
「何か言ったか?」
ぐりぐりと須藤を踏む。ワイヤーでの簀巻きなのでやりたい放題だ。
「いでででででで! 死んでも言わねー!」
「そうか」
頃合も良かった。子供達に向かって言い放つ。
「いいかガキ共、遊ぶときは相手を選ばないと酷い目に遭うぞ。特にこいつは悪いことをしていた組織の幹部だったが、俺たちに惨めに負けて渋々学園に来たのだ。いつ暴れ出すか分かったものではないぞ」
「ちくしょー、そこそこ赤裸々に語んな!」
「嘘は言ってないぞ。丁度いい、逃亡した罰としてガキ共と遊んで来い」
ワイヤーを解き、須藤の足元をリボルバーで撃って強引に前進させる。
ワヤワヤと須藤に突撃するクオンジャー。無我夢中になっている隙に、牙撃はそれぞれの武器を弾き飛ばす。
「造作もないな」
リロードをした直後、エリューナクが現れる。
「ラッキー!」
「い、いつのまに!」
逆光を利用して影に潜んでいたエリューナクは、ブルーの悲鳴もそこそこに力加減を少し弱めにしたワイヤーで三人を拘束する。
「ま、あんまり怪我させても厄介だしな」
――かくして。
白昼の狂騒は終わりを見せた。
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「須藤の脱走は、襲ってきたちびっこを傷付けないためにやむなくやった事です。寛大な処置をお願いします」
担当者に恭しく頭を下げる神埼。彼女の隣では、クオンジャーの三人が一列に並んで頭を下げた。
「満足したかな? 生活指導の先生のお立場もあるから僕はあまり言わないけど、こういうのが好きじゃない人もいるから、あんまり迷惑をかけてはいけないよ。改造人間との約束だ」
それからマスキプラと約束を果たしたクオンジャーは、寮へと帰ってゆく。
手を振り帰路に着くクオンジャーの背中を眺めながら、須藤は神埼に言った。
「意外だな。そのままにしておくもんかと思った」
「別にアンタのためじゃないわよ。筋が通らない事が嫌いなだけだから」
すると蓮城が大股で駆け寄ってきた。
「と言うか、須藤さん! 困ったら頼ってって言ったでしょ? 大事になってるんだから」
「うるせぇな……だから俺だってそういうつもりじゃないつってんだろ」
「教えてなかったかなぁ……直接電話出来ないとか規制があるかもだけど、十さんに相談して許可して貰えない?」
スマホの電話とメールアドレスを書いた紙を須藤に手渡す蓮城。
「友達だから困った時は頼って欲しいの」
「友達……」
手の中のメモをおずおずと見た須藤は、ぼそりと呟くように答えた。
「……考えてみる」
あまりにも雲の上すぎた存在。考えたこともなかった。しかし、もう近くにある存在なのかも知れない。
「あと……逃亡の烙印を押されては、また自由行動が出来なくなりますでしょうし」
「お前もたまには真面目な事を言うんだな」
「私だって真面な事は言いますとも。ええ。何時も何時でも、子供の頃から真面目に本気で」
「冗談も程々にしておけよ……」
しれっとしているダリエの言葉に軽い恨みを持ちながら、掠めた言葉が頭をよぎる。
子供時代。自分はどうやって過ごしていただろうか。
「全く……散々な一日だった」
天魔を悪とし、人こそを正義としたあの頃の自分を。いや、それよりも前の自分を。
育ててくれた人達の面影を追うのはもう止そう。今はもうない過去の話。
道が違っていたら、自分もあの子供達のようになれたのだろうか――そんな疑問ばかりが、夕焼けに伸びゆく影と共に息衝いていた。
【終】