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公園の一角。わんきゃん吠える三匹の犬に困り果てているダリア・ネイの姿があった。
この犬達はダリアに助けを求めている事は明白であった。しかしダリアに犬語はわからない。放課後になり人が多くなり始めている中、どうすればいいのかもわからなかった。
「はいそこ近付かない、この犬はこっちで保護するから野次馬は帰った帰った」
影野 恭弥(
ja0018)が、騒ぎを聞きつけた野次馬やクソガキが犬やダリア達に近付かないように人を追い払う。
「ま、ここは任せておきな」
「あなたは……?」
「妙な騒ぎがあったと聞いてな。お嬢さんが一人で困ってるっつーのも、放っておけねェし、愛猫の散歩がてら様子を見に来たって訳だ」
黒猫を抱いたヤナギ・エリューナク(
ja0006)が、足元の犬を見回す。
「ま、詳しいことがわかるまでは、面倒を見るのが得策だな」
「ダリアちゃん、こんにちは。今日は一緒に楽しも……じゃなくて、お世話頑張りまっしょい☆ 私達にお任せあーれ☆」
ユリア・スズノミヤ(
ja9826)もひょっこりと現れて犬達を撫でる。
「おい、セオドア……どいつが気になる?」
エリューナクが手に抱いた猫は「みゃあ」と鳴くと、全く見当違いの方に向かって手足をじたばたとさせる。確かにそちらにはセレス・ダリエ(
ja0189)がいた。
「いや……お前さんのセレス好きは分かってる。じゃなくてだな。この犬達の中で、だよ」
愛猫は暫ししょげた後、前足でぴょこぴょことある犬を指した。
ゴールドの毛並みは凄まじくいいが、犬種故かこの中で最も小さいロングコートチワワ。
「……お、こいつか」
セオドアを肩に乗せ、代わりにチワワを抱き上げる。改めて見てみると、かなり気品が良さそうな顔立ちをしていた。
「わん、わふぅ……(ヤナギか、助かったぞ……)」
(エラく毛並も良くて、お上品で、お利口さんってヤツっぽくて……ん?)
安堵の表情を浮かべるチワワを他所に、エリューナクは首を傾げる。
「何となく……そう! つなっしーに似てねェか? ま、便宜上、つなっしーって呼ぶか。ちっこいけど子犬じゃねーみてェだし、犬用ミルクとかは必要無さそうだな」
「わんわんー?!(的は射ているが何か違うぞー?!)」
しかし残念ながらエリューナクに犬語が理解できる筈もなく、状況にされるがままのチワワもとい十わん。
「チワワってェと……活発で好奇心も旺盛、敏捷に動く……ってカンジだよな? んじゃ……まずはセオドアと遊んでみる、か? 大きさも良い手頃だし」
しなやかにエリューナクの肩から降りて行った猫と並ぶ十わん。
「みゃあ」
(猫か……)
そういえば十の実家の城でも飼っていた気がする。とは言え十は動物の世話は苦手であったし、広大な敷地内には犬猫鳥の他に馬だの蛇だの鷹だの何だのも飼われていたので全てを把握していた訳ではない。
「わんわん、わんわんわん(折角のいい機会だ、仲良くしようではないか)」
「みゃあ?」
十わんの言葉に首を傾げるセオドア。
「みゃあー」
「わふぅ?! わ、わんわんわん! (な、何だ?! やめろ、やめるんだ!)」
自分よりもやや大柄な黒猫に飛びつかれ、されるがままになる十わん。叫んでいるにも関わらず、猫は聞く耳を持たずに十わんに
動物になっても尚、言語の壁が存在する事を知った。
「はは、仲良いな」
「わんわん……(どこがだ……)」
ぜえはあと息をする十わんにじゃれるセオドアを肩に乗せるエリューナク。
「ま……せっかくだし、公園をぐるっと散歩でもするか」
「わん、わん(そうか、了解した)」
十わんを足元に、エリューナクはゆっくりと歩き出す。ただ、身体の大きさもあるし、疲れてないか、しっかりと観察し、気遣いながら。
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何故か少し離れた所で余所見をして口笛を吹く三つ編み白衣の三菱香苗に、静馬 源一(
jb2368)は声をかける。事情聴取と感じさせないように、ニュアンスは世間話の体を取っている。衆目を集めないようにするためだ。
「公園で火事があったとお聞きしたので御座るが事情をお聞きしてもよろしいで御座る? 『怪しげなピンクの煙が濛々と噴出していた』という通報があったので御座るが……」
「ひっ、はっ! 何の事かわかりませんなぁ」
目は泳ぎ、何故か顔からは脂汗がシャワーのように噴出している。
――こいつはクロだ。
只野と顔を見合わせ、そう確信した静馬。彼は右斜め向こうを目掛けて白々しく言った。
「そういえばネイ殿がその公園で犬を三匹保護したそうで御座るなぁ」
ちらっ。
「うっ」
「今はネイ殿と仲間たちが世話しているで御座るけど、いつまでも世話できないで御座るからなぁ」
ちらちらちらっ。
「ぐっ」
「最悪、保健所の方に引き取ってもらうしかなくなるかもしれないで御座るなぁ!」
ちらちらちらっ。
「うぐっ!」
下唇をぎりぎりと噛んだ三菱の顔がどんどん真っ青になり、さらに脂汗がだらだらと流れている。
巧みな話術(笑)の成果だ。
「そのご様子、何か知っていると見た。なれば是非とも、全部教えて欲しいので御座る」
すると三菱は膝から崩して泣き叫んだ。
「だってだってぇー、仕方ないんですよォー! この前実験で研究室半分ボカンしちゃってからぁー! お前はしばらくここで火を使ったら駄目だって教授から言われてぇー! 仕方ないじゃないですかぁー! 放課後一歩手前はギャンブルだけど人少ないからぁー! 迷惑かかんないように茂みの中でやったのにぃー!」
今回の事件の真相である。
「何だ、ただの自業自得か……」
只野黒子(
ja0049)が止めを刺すように呟いた。
「うえーん!」
泣き喚く様子は尻目に、只野は続ける。
「で、この実験の目的は?」
「私の直感がぁ……この薬を気体にさせるように叫んでぇ……」
「今回の件は、故意ですか。偶発ですか」
「マジの偶然ですぅ……不幸な事故としかぁ……」
ヤケクソの自白。嘘は吐いていない……筈だ。
「わざとでなければ、公的機関への訴求は行うつもりはありませんが……」
「頼みますぅ〜! 風紀委員へ通報だけはやめてくださいー! あいつらに目を付けられてもう桁三つ行きそうなんですよぉ!」
どんだけやらかしてるんだよ、との突っ込みはひとまず。
「何でこんな薬作ろうと思ったんだ」
「私だってこんな効果の薬なんてわからなかったのですよぅ。私の可愛い薬達は、実際に使ってみるまで効果はわからないのですぅ」
ロクでもない奴だ、と影野は溜息を吐く。
しかし溜息を吐いていても仕方がないと、只野が続けた。
「薬の効き目は?」
「気体になったエリーナを一気に吸入しちゃった事が大きな原因ですねぇ……飲むより効果は薄いと思うんでぇ、切れるのは半日もないんじゃないんですかぁ。六時間くらいで切れると思いますぅ」
六時間。
存外早く切れるものだ。
「次からはこんなことしちゃだめで御座るよ? メッで御座る!」
「ふぁい……」
全ては三菱香苗という傍迷惑なマッドサイエンティストから端を発した不幸な事故であったのだ。何と人騒がせな。
ちなみに彼女の教授にはこの後ちゃんと報告した。
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「自分もわんこ達と一緒に遊ぶで御座るー!」
生き生きとした顔で静馬達が帰ってきた。後ろには心底反省している様子の三菱もいる。
「事情聴取お疲れ様だよーぅ☆ ワザとじゃなかったら許してあげよっか? どうだった?」
木陰で犬のブラッシングをしていたスズノミヤが笑顔で迎えた後に首を傾げる。
「実はな……」
影野がスズノミヤに一連の流れを説明した。
「うみゅ!? え、春夏冬ちゃん!? 春夏冬ちゃんだよねー?」
「わふわふ……(俺だよ俺……)」
「にゃふふふ、ホントにワンちゃんになってるー♪ やーん、かーいー♪ 私のコト分かるー? ユリアだよ?」
「わふわふわふ……わふん(わかるっちゃわかるけど……通じてないなこりゃ)」
耳をもふもふと触られながら、黒のラブラドールレトリバー――春夏冬わんは心の中で溜息を吐いた。
「ワンちゃんになれるってスゴイにゃー♪ お薬ちょっと欲しいかも……身体に害がなければね?」
「わふわふ(やめとけ。ロクでもないぞコレ)」
そもそもこの世界の理を曲げている感が半端無い。
「ふふ、それぞれワンちゃんの種類が違くなったのは、心の中に宿してる想いが関係してるからかにゃ? 春夏冬ちゃんがラブラドールレトリバーだったのは、きっと、人の為に力を尽くしたかったから……とか?」
眩しそうに目を細めて、慈愛の微笑みで春夏冬わんを見つめるスズノミヤ。
(人の為に……俺は何かできたのかねぇ……)
いや、違う。自分の足元で堆く積もる屍達は自分を恨んでいることがわかる。それに魘され続け、苦しみ続けているのも確かだ。
「優しい子だね。……良い子だね」
木漏れ日を浴びながら、スズノミヤは春夏冬わんを撫でる。
ふと。
「――そいえば、ワンちゃんはお腹をもふもふされると喜ぶと聞いたです」
「わふ?(はい?)」
ニヤリと笑いながら、両手をわきわきと動かす。
「わふ、わふわふわふ(ちょ、ちょっと待てユリアちゃん)」
「もふもふもふもふー☆」
「わふわふー!(ちょっと待てー!)」
この後無茶苦茶モフモフした。された。
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「なるほど……つまり、これがルスランさんですか……。随分可愛くなって……此の儘の方が良くないですか?」
「きゃんきゃんきゃん!(ふざけんなコラ!)」
威勢よく吠えるシーズー――須藤わん。
この猛犬の世話を見るのはダリエであった。
「……駄目ですか」
「きゃん!(当たり前だろうが!)」
「あ、ルスランさん、無駄吠えNGです。止めたらご褒美です」
須藤わんに届きそうで届かない絶妙な位置でジャーキーを動かすダリエ。
「……目で追う仕草、可愛いですね……」
ジャーキーが右や左に行く度に、真摯な眼差しで顔を右左と動かす須藤わん。犬の本性には抗えないようだ。
「解りました。ジャーキーが欲しい訳ですね……お座りすればご褒美です」
ただし、人間の須藤は日頃から言う事を聞かないのだ。これ位したって怒られまい。
「……ではルスランさん、お座り」
しゅたっと座る須藤わん。中々賢い。
(お腹ペコリんさん……)
一心不乱にジャーキーをかじる須藤わんを眺める。つぶらな瞳が可愛らしい。
(もふりたい……思う存分もふりたい。ええ……)
ジャーキを食べ終えて満足そうな須藤わんを抱きかかえながらもふもふする事を決めたダリエは、そのままエリューナクと十わんの様子を見に行く事にした。
「お。さすが、つなっしー! 良く出来るイイコだな♪」
その頃のエリューナクは散歩から戻り、静馬と共に十わんのボール遊びに興じていた。高貴に生き生きとボールをくわえて持って返ってくる姿はどことなく平時の彼を思い出す。
「ヤナギさん、様子は如何……セオドアさんもいらっしゃったのですね」
十わんで一もふ、セオドアを加えて二もふ。須藤わんも入れれば三もふ。
「……ヤナギさんハーレムですね」
「きゃんきゃん!(お前それどういう意味だ!)」
「いえ、ルスランさん、ルスランさんが一番可愛いから安心して下さい。 威嚇NGですよ。大人しくしてればジャーキーです」
また目の前でジャーキーを動かしつつ、須藤わんを黙らせる。
「はい。お座りも出来ましたね。ご褒美です」
一心不乱にジャーキーをかじり続ける須藤わん。この姿が六時間限定だと聞くと非常に名残惜しい。
「ほら、水だ」
「わん、わんわん(ヤナギ、恩に着る)」
買い物係である只野に頼んで買いに行ってくれた水を出すと、十わんは嬉しそうに飲んだ。やはり小さいと体力の問題があるらしい。散歩の時もそうであったが、エリューナクは肩に乗せるなどして休憩も多く取らせていた。
ちなみに隣の須藤わんは元気なもので、静馬が持つロープにがっついて綱引きをしていた。
「じゃ、いっちょ弾いてみるか……」
エリューナクがセオドアと共に持ってきたもの。愛用のベースである。
「わんわん?(ベースか?)」
「一興かもしんねーと思ってな。優しいのから、激しいのまで……な」
「わんわんわん……(程ほどにしてくれよ……)」
首を傾げる十わんを見た後、エリューナクはベースの弦を弾き始めた。
ベースの穏やかで心地のいい低音を聞きながら、スズノミヤは春夏冬わんと共に大きな木の下で静かに昼寝をしている。
犬になった野郎共の時間は、存外穏やかに流れて行った。
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「二本の足万歳。二足歩行素晴らしい」
「何故僕はチワワだったんだ……」
「ああ、ようやく戻った」
犬から戻った野郎共が各々人間の姿を確認する。
「ワンちゃんお疲れ様でしたー☆ でも、少しは息抜きになったかにゃ?」
「ありがとうな、ユリアちゃん。――まぁ、ゆっくりしたって点では息抜きにはなったが……犬は二度とごめんだな。ただでさえ本国に帰ったら政府の狗とか言われてんだから」
深い溜息を吐きながら肩を回す春夏冬。
「あ、ねぇねぇ、春夏冬ちゃん。私がワンちゃんになったらどんな子になると思うー?」
「そうだな……白のマルチーズとかテリアとかか? や、君の場合は猫かな……」
春夏冬が頭を捻っている隣では。
清清しい顔で柔軟を行う須藤を、ダリエは心底しょんぼりと見ていた。
……戻らない方がよかっげふんげふん。
「顔に何かついているのか?」
ダリエの様子を不審に思った須藤は、訝しげな顔でダリエに問うた。
「いえ、ルスランさん、人の姿でも素敵ですよ。素敵ですよ」
「何だその棒読みは……!」
「意味が解りません」
暫し須藤から視線を背けた後、ダリエは続ける。
「……それにしてもルスランさんのもふもふ具合は良かったです。機会があれば、また犬になって下さい」
白と茶色のぶわぶわの毛玉。くりくりの瞳。ジャーキーを与えれば人の言う事をすぐさま聞き、口答えもしない。
やはり犬のままで良かったのでは?
「嫌だ。誰がなるか」
「そうですか……」
当然の反応ではあるが、犬の姿が可愛かっただけに一抹の寂しさがある。
「おすわり」
「ぐっ」
ふと呟いてみた言葉の直後、須藤は光のような速さと淡雪が落ちるが如き静かさと丁寧さでその場に正座して見せた。
「うむ。調教の効果が出てますね。良くできました」
満足げに頷きながら、ダリエは須藤の頭を撫でた。ぽふぽふと気が抜けた音が頭上で鳴る。
「二度と犬になどなるものか……!」
【了】