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ルイジ・イワノビッチ
四月二十二日生まれ。男。欧州出身。両親はハイスクール在学中に交通事故で死亡。天涯孤独となり、周囲の勧めから軍の士官学校に入学。卒業後は軍人となり、他の追随を許さない尋問技術を得る。軍に離反して以降はテロリストとして様々な組織を転々としながら世界各地で活動。国際指名手配犯となる。犯罪組織『夜明けの八咫烏』に客人として迎えられるも、日本・神望島での戦闘で死亡。享年二十六歳。
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「イワノビッチの隠し財産か。死んでまで手間をかける奴だ」
草の青臭さが鼻先を掠るのを感じながら、牙撃鉄鳴(
jb5667)は呟く。
「さてと、お前ら三人には聞きたいことがある」
春夏冬、そして同時通話で繋いでいる十と須藤に対して問う。
「奴はどういう人間だったか。趣味嗜好に拘り、人を騙す時の常套手段、組織での立ち位置――とにかくそれぞれが思う『ルイジ・イワノビッチ』について答えて貰おうか」
『テロリストとしての』イワノビッチなら須藤が詳しいだろうし、
『軍人としての』イワノビッチなら十が詳しいだろうし、
『イワノビッチという人間』なら春夏冬がそれぞれ詳しいだろう。
「……思えば、散々苦労して追ったあの男のことを大して知らなかったのだな」
「ははっ、違いねえ」
「とは言えのらりくらりと逃れられると思ったら大間違いだぞ」
牙撃の言う通りでもあった。
春夏冬が牙撃に追求を受けている隣、どさくさ紛れに受け取ったスマートフォンに話しかけるヤナギ・エリューナク(
ja0006)。
「隠し財産、ねェ……何か眉唾っぽいケド、まぁ、在ってもおかしくは無ェ、か。財宝……どんなモンなんだろうな。金銀ザクザクってワケじゃ無さそうな気もすっケド――なあルスラン、覚えてっか? 紅髪のオトコマエ、って言や通じるか?」
『お前のどぎつい赤い髪、忘れるわけないだろうが』
「ハハハ、名前はヤナギ。これから宜しく、な」
学園に入って丸くなったと思っていたが、角の立つ物言いは変わっていないようだ。
「で、ちょいとイワノビッチについて聞きてェコトがある。ヤツとお友達だったお前サンを見込んで、だ。他にさ、ギャップなんかでもイイ。お前が常々疑問に思ってた点 似合わねー! と思ってた点 何でもイイ。教えてくれ」
『……と言うか、何で俺なんだ』
不服そうな須藤。
「俺はイワノビッチについてそんなに知ってるワケじゃネェ。で、ここは情報収集から始めるのが妥当なんだが、俺と直接関わり合いのある人物は十と須藤だろ。……で、須藤の方が口は軽そうだし」
『俺を何だと思っている』
「何だろうなァ」
軽口気味に話すエリューナク。
「ルイジ・イワノビッチの隠し財産だってさ」
普段以上に湿気ている獣道を踏み分けながら、神埼 晶(
ja8085)は春夏冬に話しかける。
「奴の性格から、隠しそうな場所の心当たりとかないの? 春夏冬さん」
「まぁ……そうだな。目星は一応つけている」
「……言いたくなければ、別にいいけどさ」
あまり多くを語りたがらない春夏冬を見て、神崎は少し唇を尖らせる。
『(彼が生前なにか大事にしていたものがあれば、それがきっと財宝への手がかりになるっす。今はもうこの世にいない人に縛られるコトないっす。どうか教えて欲しいっすよ)』
強欲 萌音(
jb3493)の声が頭に響く。
「そうだな……今となっては、俺の情報がどれだけ正しいのかすらわからんからな」
『トリッキーで人に迷惑をふっかける達人なだけです。変なものを食わされたり、寝起きドッキリを仕掛けてきたり……お陰で士官学校時代、先輩も僕もどれだけ苦労したか』
『お前も被害者だったのか……あいつの料理は殺戮兵器だよな……』
『全くだ……』
電話の向こうでルイジ・イワノビッチ被害者の会が出来上がっている事はさておき。
「ふふん」
「楽しそうだな」
隣でひょこひょこ歩いている不破 怠惰(
jb2507)に視線を傾ける。
「意外とさ、人の心なんて見えないものだけど、こうやって調べてみると人となりに気付かされたりするものかね? 理解とは楽しいものだなぁ!」
「そういうものかも知れないな……人の心は見えないもんだ」
授業はサボるが、尋問官の仕事は喜び勇んでやる奴だった。
度数の高い酒を水のように飲み、水を酒のように飲む奴だった。
(訳わかんねぇの)
人を混乱させる事が趣味と言わんばかりの生き様だった。
「みゅ、雨模様な感じだね。雨って寂しい気持ちになったり不安になったりするけど、そんな想いを雫が綺麗に流してくれたりするんだよ。だから……だいじょぶだよ、春夏冬ちゃん」
「詩的だな。ありがとう」
ユリア・スズノミヤ(
ja9826)の心配を、春夏冬は笑顔で相殺する。
一方神崎は、別の気配を感じ取った。
(私達の他にもお客さんがいるようね)
整備もされていない山に登山客――という訳でもなさそうだ。それとなく春夏冬に聞いてみる。
「ところで春夏冬さん。私達の他にも助っ人を頼んだりしたの?」
「君達六人で全てだ」
「って事は、邪魔者認定していいのかな!?」
宝探しより、敵の排除の方が性に合ってるかも知れない。――ちょっと片付けてくるか。
「言っておくが――」
「殺すなってんでしょ。わかってるわよ!」
急所は外す。それ位容易い。
「あー……かち合ったら面倒臭ェな」
数は多数。塊で来ているのか。ならば一網打尽にするか。
敵の前に踊り出たヤナギは、土の雨を降らせる。
(的にもならないな)
アウルの力に覚醒こそしているだろうが、動きがなっていない。弾幕も薄い。
牙撃は飛んでくる弾をシールドで弾きつつアサルトライフルを構え、全弾必中の心積もりで斉射。
『あなたの心に直接語りかけています……今すぐここを立ち去りなさい。さもなくば災いが降りかかるであろうぞ……』
空を飛んで状況を把握しながら、怠惰は眠気に抗いながらリーダーらしき人物に意思疎通を行う。逃げてくれれば楽なのだが、当然ながらそうはいかない。
大怪我にならないよう、木々に隠れつつ魔法で攻撃を行う。
そんな不破を邪炎のリングで不破をサポートする強欲。
「あちこち壊すのは忍びないっすし…」
木々に気をつけつつ、攻撃を繰り出してゆく。
「おいたする子はお仕置きにゃー☆」
ペラッペラの弾幕をすり抜けたスズノミヤは、扇でぺしぺしと打ち、相手が倒れたら手をハイヒールで踏みしだく。
実に大したことのない連中だった。残った一人はいとも容易く組み敷けたので、この状態で事情徴収を行う。
「さぁて、あんた達は何者なのか自己紹介してもらいましょうか。全部で何人いるのか、あとココに来た理由も。答えないと、両手両足撃ち抜いちゃうわよ?」
銃口を男の手に押し当てると、男はいとも容易く口を割った。
「おっ、俺達は玉の兎っていう……その筋じゃ有名な集団だ……どうなるか――」
「ふぅん。つなつな、須藤。なにか知ってる?」
十が首を傾げる隣、須藤は何かが当てはまったようだ。
『ぎょくのうさぎ……そういえば奴が日本に来る時に踏み台にしたとか言っていたな。それ以外は知らん』
「弱小みたいね」
須藤すら知らないと言うのであれば、たかが知れているものなのだろう。実際、大したことはなかったし。
「そんな……マジかよ……」
言われた方はどうやら須藤達を敵視していたのだろう。相手にもされていない事実を突きつけられ、放心状態だ。
「――して、何か怪しいものはなかったか?」
「し、知らねえ!」
「イワノビッチ流の拷問術、真似事だが試してやってもいいのだぞ」
硫酸を飲ませ、虫を食わせ、爪と皮膚を剥ぎ、螺子を埋め込む。人としての尊厳を一切合財無視した外道の拷問。イワノビッチを引き入れようとした連中なら知っている筈だ。
シラを切り通すなら、こちらとて相応の手段に出るだけだ。
「ひ、ヒイ!」
脂汗を流しながら、男が顎である方向を指す。
「あそこに何かあるの?」
神埼がつと視線をそちらに向ける。
先には、古びた一つの洋館があった。
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「ふむ、廃墟のようだ。ここは手分けして探してみるのが一番手っ取り早いみたいだね」
とは、空を飛んで館の外周をぐるりと見回した不破の言葉だ。彼女の言葉の通り、ひとまず手分けして廃墟を調べる事となった。
この山にこれ以上のめぼしいものもないし、大木にがっちりと縛り付けてきた玉の兎の証言もある。ここに何かある事は明白だった。
エリューナクが情報を共有しつつ壁走りなども使い別の角度からも調査を行い、牙撃が一階から隠し部屋や仕掛けなどを探す。
明らかに怪しい箇所は特に重点的に。辺りを見回し、探し出す。
「やっぱり隠すとしたら書斎だの寝室だの、かなぁ」
不破は人間の手があまり届かない所――即ち、壁や本棚の中――を物質透過で探してみるついでに、ちょうど廊下に春夏冬が居たので壁からにょーんと手を出してみる。
慎重に移動していた春夏冬は、それだけで飛び上がったように構えた。
「おお、そこに居るのは春夏冬君か。奇遇だね」
拍子抜けするほどに気の抜けた不破の声。
「……びっくりしたー」
胸を撫で下ろす春夏冬を見ながら、不破はけらけらと笑う。
「やーやー。なんだか元気がないような気がしてさー……そうだ、疲れたしどこかで休憩したいよね。寝室とか寝室とか寝室とか。――む、あそこにあるのはベッドかな? うわーいふかふかそうだー」
「もー、世話がやけるっすねぇ」
共に行動をしていた強欲が苦笑しながら不破を引き戻す。
「イワノビッチが何を思って財宝を溜め込んだのかは知らないっすけど、お金はお金っす。使われなければ、そのへんのドアノブカバーにすら劣るってもんっすね。――おー…これとか財宝じゃないっすかね!」
「もしかしたらお宝のヒントだったり、楽しそうなものだったりするのかも知れないね」
「いや、違うと思うぞ」
その辺りのガラクタに目を輝かせてつつ怠惰と共に物質透過でどこかへと溶けてゆく大罪の二人を見送りつつ、春夏冬は歩き出した。
「何処かに写真立てとか手紙とかないかにゃ?」
寝室や書斎は使用していた人の趣味や性格も分かりそうなので、その辺も重点的に調べるスズノミヤ。イワノビッチが正式な持ち主ではないだろうが、二階は持ち主の性格が出やすい。目新しいものがあれば、春夏冬に報告しなければ。
同じく二階で書斎の本棚に隠し扉はないか、絨毯をめくれば地下への通路はないか、と念入りに調べていた神崎は、ふと窓の外に目が行く。
(庭にある聖母像、なんかあからさまよね)
何と言うか、自然すぎて逆に不自然なのだ。汚れ方や劣化に人為的な何かを感じる。
「ねえ、あの聖母像さ、怪しくない?」
他にめぼしいものもないため、ひとまず聖母像の前に集まることとした。
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「つっても、特に怪しい所はないが……」
「もしかして、台座とかに仕掛けがあるとか?」
「なるほど」
スズノミヤの提案の通り、聖母像は押せばいとも容易く動いた。台座には窪みがある。
「これがお宝かい?」
目を輝かせる不破。片手で持てるような布張りの小箱。隠し財産、と言うにはあまりにも小ぶりであるが、中にはありったけの小切手が詰まっていたりするのであろう。
「でも……鍵が掛かってるっすね」
「大丈夫。この位は――」
神埼がアウルで鍵を作り出し、鍵穴に差し込む。特殊な造りはなく、開錠は容易かった。
「これは……?」
小箱を開けた神崎は驚いた。無理もない。
入っていたのは、銀のロケットペンダント。
開くと、そこには儚げな微笑を浮かべる女性の写真があった。
「こんなものが財宝か? あいつが後生大事に女の写真を隠すようなやつとは思わんが……そもそもこの女は誰だ?」
「この女性が、イワノビッチの宝物ってわけ? そういうタマだったけか? どう思う? 春夏冬さん」
イワノビッチと直接対峙の経験がある牙撃と神埼は首を傾げるばかりだ。
「――アデレイド」
「へ、誰?」
虚を突かれたように春夏冬が零す。
「俺と奴の――そうだな、同期みたいなもんだな。俺と奴と、あと十が増えた時は十とも一緒に、飯食ったり色々してた。……任務中に行方不明になってしまったが……」
写真の女性は何も言わず、ただ、微笑んでいる。
「イワノビッチさんはどんな想いで聖母像に隠したんだろうねー? 聖母様に守って欲しかったのかにゃ。それとも……大切な人に見つけて欲しかったのかにゃ」
「よしてくれ。あいつにそんな意図は多分ないよ」
アデレイド。美しく聡明な女だった。優しくもどこかしたたかで、時にはイワノビッチすら翻弄した。彼女の事を奴は――まさか――
いや、これ以上考える事はよそう。
「ねえ、ロケットってカリッって噛みたくならない?」
「相変わらず自由だな……うん?」
微かな違和感を感じた。
「お宝……イワノビッチの性格から更に何かありそうか?」
「そうみたいだ」
エリューナクの言葉に頷きつつ、揺らす度に写真の裏側から音がする事を確認する。もしかして、と一同が見守る中写真を丁寧にどかすと、マイクロチップが現れた。
「なるほどな」
イワノビッチの隠し財産。それは、この中に全て収められているのか。
「様々な組織の情報か? 然るべきルートで売れば相当な金額になるぞ」
「まったお前はそんな事……いや、そうだけどさ」
目を光らせる牙撃の隣、春夏冬は保存用の袋にペンダントや小箱を入れてゆく。
「あの、そのペンダント、貰えないっすかね」
「これを欲しいだって?」
「あたい、強欲っすから。想いが一番篭ってるものが欲しいんすよ」
ペンダントと強欲を交互に見た後、春夏冬は深い溜息を吐いて薄く笑う。
「……解析とかで今すぐにはやれねぇが、それでもよければあげるよ」
彼女は金で買えない、大事にしていたものを欲しがる強欲の悪魔。
「本当っすか?!」
「本当だよ。約束する」
強欲がはしゃぐ隣、春夏冬が保存用の袋を持ってきたジュラルミンケースに入れる。
これで終わりか――否、始まるのだ。溜息すら出ない。理不尽と不条理の連続が。
スズノミヤが春夏冬の軍服の袖を摘む。
「どうした?」
「んと、私まだ戦うの得意じゃなくて……んーん、逃げてただけだったのかもしれないけど。春夏冬ちゃんが沢山苦しんでいる時に傍に居られなくて、その、ごめんね? でもでもっ、これからは違うんだよ! 春夏冬ちゃんのお胸が痛くてつらいーっていう時があったらいつでも呼んで! だいじょぶ、私が守ってあげるから☆」
「……ありがとうな、ユリアちゃん。でも、そういうのは俺じゃなくて大切な人に言うもんだ。俺には勿体無いよ」
自嘲気味に笑う春夏冬。その顔は、誰がどう見ても無理をしていた。
雨の中、銀が煌く。
どうしようもないやるせなさを引き連れたそれは、異常なほどに美しかった。
【了】