●
諸行無常の響きあり、盛者必衰の理を表す――そんな言葉がぴったりな場所が、遊園地『宴鳴園』だ。今はかつての面影を辛うじて残し、廃れてゆくだけの存在となっていた。
「うおっ、本当にボロボロじゃん。本当にお化けがでそうだな……っていうか包帯巻かれてる自分がオバケっぽい?」
園の規模に見合った入場ゲートを見て率直な感想を述べたのは、花菱 彪臥(
ja4610)だ。廃遊園地だから賑やかだとは思っていたが、見立てが甘かったらしい。重傷を負い包帯だらけの体とも相まって、雰囲気は誰にも負けなかった。
「……遊園地……確かに間違っていないけれど……」
項垂れているのは御崎 緋音(
ja2643)だ。友人の誘いで参加したのだが、少しだけ期待してしまった自分にがっくり。
「御崎先輩、もしかしてデートかもって期待してた?」
その友人が彼、観沢 遥斗(
jb9502)だ。
「ち、違います!!!」
(……まぁ、確かに男から夜の遊園地に誘われたらそう思うよな)
照れたりぷくっと膨れる反応を楽しみ、意地の悪い笑顔を浮かべながら、依頼内容を説明する。
「今回の任務は、ここに巣食ったデビル三体を退治する事だ。ついでにさ、ちょっとした肝試しにもなるじゃん?」
反応は御崎だけでなく、様々な方向からも来た。
「あうぅ……そうだとしても、夜の廃墟なんて、下手なお化け屋敷よりずっと怖いですよぅ。でも、廃病院よりはマシかなぁ」
先ほどからずっとびくびくしているのは緋桜 咲希(
jb8685)だ。
「僕もこの季節にちょっとした肝試しも悪くないかなと思って……潰れたとはいえ先輩達の思いの詰まった遊園地、天魔の好きにさせるわけにはいかないからね」
位置や特性を把握しているのとしていないのじゃあ、動きやすさも変わるから。と潰れるパンフレットを確認して、宴鳴園について把握するのは清純 ひかる(
jb8844)だ。
「この廃墟に引き籠って待ち受けるという……まあ、やっている事自体はデビルらしいと言えばデビルらしいですが――ただ、現場は向こうに有利なので出来る限りその差は埋めたいですね。ここは探索の為にも二手に分かれましょう」
仁良井 叶伊(
ja0618)は、地図を見ながら具体的な作戦を立てて指示をする。
「じゃあさ、最初は西側と広場に分かれてようぜ。索敵終了後、そうだな……一旦観覧車前に集合で」
観沢の意見に同意した一同は、AとB、二つの班に分かれてそれぞれ索敵を行う事にした。
●
広場の探索を担当するのはB班である。
ライトを当てると見えるのは、打ち捨てられてぼろぼろになった自動販売機や軽食販売のカート、それに着ぐるみなど。広場とあって見晴らしはいいが、いかにもな雰囲気だ。
「べべ別にマジで出てきても恐くないぜ……?!」
「天魔なんかに騒がれては、病死した女の子の幽霊もいい迷惑だろうしね……あっ、あそこ」
おもむろに清純は虚空を指差す。何気ない動作であったが、今の二人を驚かせるのには十分であった。緋桜は涙目であるし、花菱に至っては青ざめて一瞬硬直した。
その様を見て、清純はごめん、と小声で謝る。
「こんな風に肝試しに来た学生に見せかけていたら、天魔の方から悪戯を仕掛けてきてくれるんじゃないかと思って」
「だ、だとしても性質が悪いよぅ」
緋桜が訴えた直後である。
カタカタと周囲の物が動き出す音。ライトを当てると、火の玉に交ざり打ち捨てられた物達が小刻みに震えながら浮いている。どこからか幼女のような不気味で甲高い笑い声も。
「うおっ、マジかよ?!」
物凄い勢いで飛来する物を盾で防ぎながら花菱が叫ぶ。
「ひいいいぃいいいいい……」
悲鳴を上げながらルートを予測し、回避する緋桜。武器を握り締めて何とか動いている。
そんな時、彼女の目の前に、紫色の肌をした人らしきものが飛び込んできた。どう見てもこの世ならざる存在――と言うより、今回の討伐対象であるデビルだ。
緋桜はどこまでも遠く響く金切り声の悲鳴を上げた後、全身が黒い靄に包まれた。
次の瞬間には雷の剣でデビルの動きを封じていた。凄まじい速さだ。
「あハ、アはハハははッ! どウイう死に方が良いかナぁ? 斬殺と圧殺と焼殺と感電死、好きナの選んで良いヨ?」
それからは彼女の独壇場であった。赤い瞳で不気味に笑い、ディアボロをマッドチョッパーで叩いて叩いて叩きまくる。彼女が元に戻ったのは、デビルが肉片と化した時だ。
「こ、恐かったぁ……」
「うん……咲希の方が十分ホラーだったよ」
肉片と緋桜を見ながら花菱は控えめに頷く。
「もしもし。西側に異常はなかったんだ。 こっちはデビルを一体倒した所だよ……緋桜さんが。よし、じゃあ僕らも観覧車に向かうよ。操作盤を止めてくれてありがとう」
清純の電話の相手は仁良井であった。ディアボロを倒したことで広場は元のように静かになったので、とりあえずA班と合流する事にした。
●
全員が再び観覧車へと集まり、意見を交わしてゆく。そして導き出されたのは、小型のディアボロが一体だけで遊園地を支配は到底出来ない――即ち、同型のディアボロがもう複数体いるという推測であった。
再び同じA班とB班に別れ、次はアトラクションの探索にあたる。
●
A班は観覧車、コーヒーカップ、ゴーカートを担当することとなった。
湖を担当した時と同じ雰囲気であった。観沢を先頭に、その後ろは常に周囲をきょろきょろ見渡しながら観沢の背中についていく御崎、殿は暗視スコープを装着した仁良井が担当する。
気配を消し、察知されないように細心の注意を払う。遮蔽物を利用して迂回しつつの移動であり、奇襲などの万事に備えて慎重に行動する。
物陰を中止している中、微かな物音が近くでするたび、御崎は観沢の背中にすがりつく。全てがデビルの脅かしに見えてしまう状況を楽しむ観沢は御崎の柔らかさに内心役得と思いながら、顔に出さないように徹する。
「大丈夫だよ、ただ風でちょっと物が動いただけだろ」
「だ、だって……」
ディアボロはまだ別にいる――それを証拠付けたのは、歪んだ音を立てながら動くアトラクションの数々であった。
現在は上手く行っているお蔭で、憂慮していたゴーカートの機能も停止させ、コーヒーカップからも距離は取っている。あとはディアボロが出現してくれたら何よりなのだが、どうも上手く行かない。
「操作盤を止めたら、それに反応して出てきたりしないのでしょうか」
「そうですね。既に観覧車とゴーカートは止めましたし……なら今頃、どこかで狼狽しているのかも知れません。少しカマをかけてみましょうか」
すると仁良井は足元にあった石を拾い、そのまま遠くの地面へと投げつけた。カツーンと乾いた音が、アトラクションの歪んだ音に紛れて涼しく響き渡る。
しばらく待っていると、技によって研ぎ澄まされていた御崎の聴覚が音を捉える。
「あ、あれ!」
彼女が指差す向こう、その物陰から出てきたのはディアボロ。B班から教わった特徴と合致している。
憔悴した様子も見て取れた。きっと、先に一体やられたせいで焦りも出てきているのだろう。先ほど以上に判断力も落ちて迂闊な行動に出やすいのだろう。
「よし、今です」
先に仁良井が素早く駆け出し、ディアボロの前に出るや否や、純白の光をディアボロにぶつけた。視覚がホワイトアウトしたディアボロは、甲高いうめき声と共にのけぞり、身動きが取れなくなる。
すかさず、そこで手近にあった街灯の柱に阻霊府を貼り付けた。これで準備は完了だ。
「サンキュ、仁良井!」
次に飛び出したのは観沢であった。背後に回り込み、雷を剣の形に凝縮させ、ディアボロめがけて振るう。
しかしヒットする直前、ディアボロが自棄になって飛ばしたゴミ箱が観沢の脇腹にヒットする。
「ぐふッ……!」
突然の事であった。空中にいた観沢は防ぐこともできず、強い衝撃が彼の全身を駆け回って吹き飛ばす。
「観沢君!」
逃げようとするデビルの進路を銃撃で防ぎ、前に出る。
「こんくらい大丈夫だ! それより先輩、鎖。鎖!」
「でも……」
「早く、逃げられちまう!」
「う、うん」
地面に数回勢いよく転がりながらも体制を素早く整えた観沢は、御崎を制す。彼女に傷など負わせるなど、彼にとっては一大事なのだ。彼女が自分の影に隠れるように移動し、再び構えを取る。
御崎は観沢の迫力に圧されながらも、聖なる鎖でディアボロに麻痺を与えながら素早く縛り付ける。
「うっし。ナイス!」
鎖と麻痺。その二つで動きを止めたのであれば、後は簡単だ。仁良井と協力しながら双剣で羽、そして足を切り落とす。
苦し紛れに火の玉が吐き出された。だが、もう食らうものか。すかさずその口元にめがけて氷の鞭を叩き付ける。
そして、止め。
同時に、アトラクションが動きを止めた。
「ふぅー……って」
ゆっくりと息を吐いた観沢は、脇腹を抑えて体勢を一瞬崩す。そんな彼を支えたのは他でもない、御崎であった。彼女はそのまま小さなアウルの光を送り込み、回復させる。
「サンキュ。でもまだ油断はできねぇし、守ってやっから離れんなよ」
微笑み、御崎の頭をくしゃりと撫でる。
撫でられた御崎はと言うと、恥ずかしそうに照れている。
「べ、別に当たり前の事をしただけ……だよ?」
照れた顔を彼にからかわれないようにそっぽ向く。
「とりあえず、再び周囲を警戒しましょう。まだこの近くに複数体いる可能性はありますし」
B班に連絡を取りながら仁良井は言う。それに同意した二人は、再び周囲を警戒しながら捜索を始めた。
●
「A班もデビルを倒したみたいだね」
連絡を受け取った清純はスマートフォンを見て呟く。
B班は現在、お化け屋敷を探索していた。廃墟と化したせいで不気味さは広場の倍ある。
「だったら俺らも負けてらんないな。ちょっと目立つけど、使うぜ」
すると花菱を中心とした半径二十メートルが美しく照らされる。
「わぁ、すごく綺麗……」
死角になりやすい上方や後方を警戒しながら阻霊符を発動した緋桜は、その美しさに溜息を漏らした。
「しばらくはこれで懐中電灯もいらないかな。捜索もしやすくなるはずだ」
星の輝きに照らされ、不気味なお化け屋敷も幻想的に映る。だが、それらに見惚れている暇はない。重体の身である花菱に細心の注意を払いながら緋桜はあたりを見回す。
「特におかしい所はないのかな……?」
ウォークスルー型のお化け屋敷は、いかにもなおどろおどしい造形物がそこここに劣化して散在している以外は異常もなかった。操作盤もわかりやすい入り口付近に置かれていたし、何よりも出口がもうすぐそこに見えている。
「そうだね。入る時、操作盤も切ったし――」
清澄が頷いた視界の端で、何かが動いた。あれは、上から落ちてくるからかさ小僧の吊り物だ。
「おいおい、マジかよ……」
「うそぉ!」
からかさ小僧を皮切りに次々と造形物達が動き出してこちらに襲い掛かってくる。だが、出口が目の前にあったのが幸いした。三人は一目散に出口へ飛び込む。
大量の造形物に押し出される形でお化け屋敷を飛び出した三人が見たのは、後ろでそれらを操るデビルである。
「そっか、咲希が阻霊符を使ったから――」
他の同個体が倒され、アトラクションの操作もできなくなり、さらに阻霊符まで使用されたのだ。直接的な戦闘力をあまり持たないであろうディアボロは、最早身一つで三人の前に出てくるしかないのだろう。
「でも、流石にどっちも相手はできないよう」
「大丈夫だよ。ディアボロは任せて。それに、僕の領域では、誰一人傷つけさせない!」
べそをかく緋桜の肩を優しく叩き、清澄はオーラを身に纏い、周囲は清らかな空気に支配される。
「さあ、お前の相手は僕だ!」
さらに不可視の翼を顕現させ、空を飛ぶ。
ディアボロの注意を引きながら、襲い掛かる物の手を振りほどく。
また一方で、地上の緋桜と花菱にも向けられる攻撃の手を二人は防ぎ、かわし、弾き返しながら、ジェットコースターの操作盤へと向かう。
「一発でやられるわけにはいかないぜ…っ」
「大丈夫、大丈夫……!」
清純はディアボロを追って夜空を切る。刃を振るう。しかし、猛スピードで走り回るジェットコースターやそのレールが邪魔で中々上手くいかない。
(もう少し……!)
だが、あと紙一重でこの刃が届くのだ。
腕を伸ばす。
その時、ジェットコースターが彼にぶつかる――所で、ぴたりと止まった。地上の二人が、操作盤で止めてくれたのだ。
「ふう、危ない所だった……これはお返しだ!」
ならば怖いものなどない。斧槍を大きく振りあげ、眼前のディアボロめがけて振り下ろした。
遊園地は、静寂を取り戻した。
●
任務の成功と互いの無事を確認しあうように、入場ゲートの前に再び集まった一同は、夜更けの静かな空気を楽しんでいた。
何とか動ける花菱は、怪我の手当てをしていた。そして、行動を共にしていたB班の面々に礼を言う。
この任務で、幼い頃に家族で遊園地で遊んだことを思い出す。すると、観沢が声をかけてきた。
「やっぱ遊園地は楽しくねぇとな。緋音先輩、今度は二人で来ようぜ」
「えっ? ……う、うん……私でよければ……いいよ」
タイミングを見透かされたかのような言葉に、動悸を激しくさせながら、脳内でデートをしている自分達を想像して頬が緩む。
観沢と言えばただの年下の男の子、という認識であったが、改めなければならないようだ。そう、男の子でなく、異性として――
「顔、緩んでるから、当日も退屈しなさそうだな」
やはり御崎はからかい甲斐があるので、観沢のお気に入りだ。上から目線で偉そうだが、それでもできる限り、思いやっていきたい。
夜が白んできている。
幽霊騒ぎの収束と共に、朝が来るのも早い。