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厳重な警備である筈のアウル覚醒者専用の刑務所。しかし嫌に静かで、嫌に奥が騒がしい。
「まだゴミが残っていたか……さっさと片付けてしまおう」
原因はわかりきっていた。牙撃鉄鳴(
jb5667)はかつて倒した人形を思い出す。
背後には同じく走る須藤ルスランがいた。監視の十が居るから大丈夫だとは思うが、隙を突かれないように一応警戒をしておく。
「マキナドール………。まくすうぇるちゃんかな♪?」
刑務所内に踏み込めば踏み込むほど鼓膜を刺激してくる妙な音。それを感じながら、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は軽い足取りだ。
「お前は楽しそうだな……」
「浮かない顔だねぇ?」
あまり顔色のよくない須藤が、左腕の肘前をさする。
「どうにも繋ぎ目が気持ち悪い。妙な感覚だし変な気分だ」
むう、と苦い顔で唸る須藤。
「くれぐれも無茶はするな」
それを見て、川内 日菜子(
jb7813)は声をかける。
無理もない。須藤にとってマキナドールとは黒い過去。そのさらに奥にある闇。
「しっかりなさい」
蓮城 真緋呂(
jb6120)は、そんな須藤に渇を入れる。
「貴方は未来へ進む為に久遠ヶ原を選んだ。自分の意思で選んだのよ? 過去は抱えても、囚われなくていい。振り返るのも自分の意思で。振り返らせられるのでは、なく」
蓮城の藍の瞳が、鮮やかな緋色に変わる。
「……貴方がおかしくなったら、また殴ってあげる」
――私も繰り返したくないから。
――囚われたくないから。
『恒久の聖女』――救えなかった、零れ落ちた命達……また、繰り返すと言うのか?
……否。 今度こそ、未来を変える。
強い意思。光纏した彼女にしては珍しく、微笑んだ。
「――ッ! 余計なお世話だ」
そっと須藤の義手に触れた蓮城の手を払いのけ、大股で追い抜かす。
「雉も鳴かずば撃たれまいになー」
あの事件は相棒のヒナちゃん――川内にとっても後味の悪い物だった。よって彼女が無理や無茶をしないか、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は心配だった。
しかし、ラファエルにしてみれば負け犬が新しい力を得て復讐戦に挑む――というよりは唆されて自分の意思無くして踊らされているだけのようにしか見えない。
よって、先の言葉に繋がる。逃亡し続けていれば最後の夢も失わずに済むのだが。
それに、『恒久の聖女』に酷い目に遭ったのは遠石 一千風(
jb3845)とて同じ。
――奴らが復活なんて信じられない。でも今度は好きにさせるつもりはない。
各々が強い意志で、刑務所内を駆ける。
何かを感じ取ったセレス・ダリエ(
ja0189)。彼女はそんな須藤の背中を見送りながら、残った仲間と共に騒音の根源――食堂に突入する。
『おお?! 遅刻のお客さんっスか?』
悪趣味リリアンヌの素っ頓狂な声と共に音楽が止まる。部屋に居た暴徒達がぐるりとこちらを一斉に向く。
『って訳じゃないっスね。悪いんスが、ライブの妨げになるような行為はご遠慮いただいているんスよ。スタッフー!』
「……少しくらいの怪我は勘弁して下さいよ!」
突入の直前、川内と蓮城に聖なる刻印を施した黒井 明斗(
jb0525)。彼はシャルロッテの指示によって襲い掛かってくる暴徒を掻き分けて強引に道を作り、仲間が通るまでひとまず抑える。
「どいて。出来れば傷つけたくない」
収束した風が、一瞬で猛威を振るって暴徒達を吹き飛ばす。
(税金泥棒の囚人なんて。これをチャンスに刑務所からも人生からも一掃しちまえば後腐れなくていーんだが……)
流石にしない。ラファルだってまだ臭い飯は食いたくないのだ。
溜息を吐きながら、義肢や機械化した身体の偽装を限定的に解除し、より戦争に適した形態に移行。スモークディスチャージャーによる認識障害で寄ってくる連中を煙に巻いて無力化を図る。
煙の中、川内がスピーカーマンの攻撃を炎のアウルで受け流し、反撃に炎を纏った拳や蹴りを炸裂、吹っ飛ばして道を抉じ開ける。
彼女のサポートとしてラファエルが黙々と立ちこめる煙を縫ってフィンガーランチャーを掃射。これによる副次的な爆音と轟音と閃光でリサイタルをぶち壊しにかかる。
シャルロッテに向かう途中、妨害してくるスピーカーマンに立ち向かう遠石。その耳には、耳栓が装着されていた。
効果は期待できないかもしれないが、落ち着かせる気持ちの面のフォローだ。あるのとないのとでは安心感が違う。
単調な攻撃を避けつつ、カウンターで攻撃を叩き込む。暴徒には怯むことなく突き進み、一気に距離を詰める。
牙劇鉄鳴は空を飛ぶ。囚人達の手の届かない場所からシャルロッテを狙う。
『恒久の聖女』の思想は全て否定する。
奴らが掲げる通りアウルを持たない一般人がいなくなっては、何でも屋(と黒い鳥)としての仕事が減ってしまうからだ。
――しかし京臣ゐのりの絶望、『名無鬼』としては是非とも直接見てみたかったものだが……仕方ない。そちらに行った奴らに任せるとしよう。
それにしても妙な音だ。頭のみならず内臓全体に刺々しく響いて止まない。耳栓はほんの気休め程度で、乱闘の音と併せなければどうなっていたのか。
内心舌打をしながら妨害してくるスピーカーマンを狙撃していると、広い食堂内に別の異音が乱入する。
「予定通りだな」
笑いもせず淡々とリロードを行いながら、壁に設置されている館内放送のスピーカーを視界の端に入れる。
刑務所内・放送室。操作盤の前に、須藤と十がいた。
「よく壊さなかったな」
「馬鹿にするな。加減くらい心得ている」
牙撃の指示で放送室へと向かった須藤と十。彼らはシャルロッテの音の妨害の一つとして、館内放送の最大音量で別の音を流したのだ。シンセサイザーの重低音がギターに殴りかかってくる。
須藤はこの役割を言われた当初、条件反射で露骨に嫌な顔になった。理由としては色々あるが、腕を斬り落とす原因となった牙撃の指示というものも大きい。
『私情を挟むな。お前は撃退士になってしまったのだぞ。今は任務を優先しろ。依頼に必要な役割分担だ。これは貸しにはしない』
とは言っていたものの、やはり須藤には解せない所があった。現に放送室の扉の鍵が見るも無残な姿で破壊されている。進入の際、須藤が怪力で八つ当たり的にぶち壊したのだ。
そうとは知らず、戻って食堂内。
音と音が殴り合いの乱闘騒ぎを繰り広げている中、涼しい微笑みの声が響いた。
「音に依存する能力なら、ある程度は効果がある……と良いなぁ♪」
ブラックパレードの耳元から伸びるイヤホンコードが揺れる。
ノイズキャンセリングイヤホンと携帯音楽プレイヤーが、悪魔の音を阻む。
「こういう雰囲気、キライじゃない☆ でも、本当rockじゃないね♪」
アウルが血の如く全身を駆け巡る。
「I'll rock you☆」
微笑のまま、薙ぎ払う。
「何だ何だ何ですかぁ〜。ワッツハプン?」
ひょっこりのうのうと姿を現した――ユニコーンの被り物。
あれは悪魔・マクスウェル。今回の事件の元凶。
「おー☆ 元気だった?♪」
同好の友に接するが如く、マクスウェルに話しかけるブラックパレード。爽やかだが、隙はない。襲い掛かってきた暴徒をアサルトライフルで軽く吹っ飛ばした。
「ヒッ……イヒィ! 貴殿様くんちゃんさんは……!」
「次のドールを作るなら、是非相談してよ♪ もっと、良い感じのヤツを提案するよ♪ てかスマホ持ってる☆?」
かつての恐怖が蘇ったのであろうマクスウェルは、ブラックパレードを確認するや否やマンガのようにガタガタと震えている。
ブラックパレードとしては割と本気で趣味が合うので、嫌いではないのだが。
「――これ以上ゴミを増やされたら面倒だな」
そして上空からマクスウェルを発見した牙撃。彼は様々な音が殴り合っている中で、銃のリロード音が涼しく響かせた。
「ヒッ……ヒェエエェェェェアッ!!!!」
それを感じたのか、酔っ払いの全力疾走のように走って逃げるマクスウェル。
「バイビー、またねー♪」
去る者追わず。まぁマクスウェルの事だ。またどこかで会う。それに先に対処すべきは、やはりマキナ・ドールのスペアナンバーを名乗る人形だ。
「逃げ足だけは速い……まあいい。あの喧しいギターを止めなければな」
銃声にだけ耳を傾け、牙撃はステージを端から侵食してゆくように破壊してゆく。
「そのステージ、壊してあげる」
怪奇音を断とうとシャルロッテのギターを狙いつつ、無数の彗星がステージめがけて降り注ぐ。
「熱く、燃えたいのでしょう?」
続けざまに燃え盛る劫火がステージ周辺を燃やす。
『ははっ、燃えてきたっスよ! 燃えてきたー!』
「――凄い事になっているな」
「あのクソも本気で変なの作ったな。あいつらの方がまだマシだった」
放送室の須藤と十も合流し、当初の予定通り、暴徒を蹴散らしながら残ったスピーカーマンへの対処へと移る。
「マキナ・ドール……相手にするか?」
「まさか。胸糞は悪いが下手に私情は優先しないぞ」
黒井もステージに上がり、暴徒から仲間の背中を護る。上がってくる暴徒は蹴落とし、足を引っ張ろうとすれば手を踏みつけ、シールドを飛ばし弾く。
「もうやめろ! これ以上人の心を掻き乱すな!!」
『やめろ、と言われましても……無理なんスわー。お客様ったら萎えー』
常夜灯のように常に燃え上がる炎のアウルを纏う拳に対し、シャルロッテはへらへらと笑いながらギターを振り回して対応する。
ダリエが飛ばした炎の玉をまともに喰らったのか覚束ない足取りだが、音楽性から来るこだわりでもあるのかギターを振り回す腕は確かなものだった。
「何故こんな酷いコトを平然と出来る!?」
『酷い? やだなぁ。人の仕事ディスっといてそれはないスわお客さーん』
人の心を掻き乱し、踏み躙り、弄び、否定する。何の意味もなく、嬉々として。
――『恒久の聖女』に属した少女が居た。少女はひたすら聖女の名を口に祈っていた。
「人の想いを……」
聖女を信じ、外奪らを信じ――人柱にまでなった。
「玩ぶなあああああああッ!!!」
信じ抜いた者を食い物にした奴らを絶対に許さない。
激昂の咆哮。誘いの声も音も何もかも頭から吹き飛ばす。
(人を操るのは……本当に嫌いだ)
思い出す、かつての戦い。魅了の攻撃で天魔に攻撃の盾にされた過去。思わずその時の胸元の傷跡を気にしてしまうほど嫌な記憶。シャルロッテに関してはまさに悪趣味としか思わない。
ダリエの異界の呼び手がシャルロッテに絡みつく。その隙に、遠石が駆ける。
「悪いけれど、この喧しい音は趣味じゃないわ」
改造ギターを狙い、鬼神一閃。
紫の焔が、ギターごとシャルロッテを狙って猛威を振るう。
物静かな雰囲気に反し、長い手足を滑らかに動かして苛烈に攻める。
「また同じような思いをするつもりないもの」
「ンンあっ、弦が切れた」
大破こそしていないものの、これでは演奏ができない。
その隙に、牙撃の侵食弾頭を左腕に喰らってしまう。
『あーもー! 何んスかー!』
サポートに回り、壁に背を預けて暴徒を相手にするダリエは、シャルロッテの叫びを聞いた。
『これじゃライブは大失敗じゃないスかー! んもー!』
ギターは壊され、スピーカーも消え、攻撃する手段を何一つとして失ったマキナ・ドール。
『どうマクスウェル様とゐのり様と関係各所にお話つければいいんスかぁー!』
突如の泣き喚きに、場が硬直する。
「やはりな、起きてしまったか」
「どういう事だ?」
すぐに理解した様子の須藤に、十は問う。
「多分だが、奴には確固とした行動原理がない。元々マキナ・ドールってのは俺の義手の子機みたいなもんだ。『俺が何を望むか』で馬鹿でも勝手に動けるように作られている」
「……そうか、だがお前の義手の機能は既に使えないのであったな」
「その通りだ。スペアなら、作りはオリジナルの三体と一緒だろうな。それを急拵えの調整に無理矢理妙な機能を付けてひとりでに動かそうってんだ。オリジナルのデータをぶちこもうが何しようが、当然できる事は限られる。不測の事態に処理落ちでも起こしたんだろ」
一種の処理落ち。
指揮官無しに動けない哀れな人形。幼いのに絶大な力を与えられ、抱えきれずに押しつぶされた。
「そろそろ終えてくれる? ……アンコールも必要ない」
「全く、人騒がせだ」
武器を構え直し、シャルロッテを見据える蓮城と遠石、牙撃。
一瞬。
左腕がもげ落ち、同時にマキナ・ドール:スペア『悪趣味シャルロッテ』も消えていった。
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驚くほどの静寂。騒乱の後は、呆気ないほどに空だった。
仲間の傷の手当をした後、暴徒達の手当も行う黒井をぼんやりと見つめている須藤に、ダリエは話しかけた。
「……須藤さん……久し振りの戦いは、如何……ですか……? ……やはり自分の居場所は、戦いの中……とお考えですか……? ……学園では、退屈を持て余しておいでの様ですが……戦闘だけでの生き方……存在の証明……、 須藤さんが、置きたい自身の場所は……何処、ですか……?」
「――ごちゃごちゃうるさい。お前、そんな喋る奴だったのか」
「むぎゅ」
須藤はダリエの鼻を軽く抓み、すぐに離す。下手な行動ができない須藤なりの攻撃だったのだろうか。
「久しぶりの戦いは、そうだな……まぁ、上々と言った所か」
複雑そうに頭を掻き、続ける。
「――久遠ヶ原に来て、暇も悪くはないと考えている自分がいるのも確かだが、やはり戦いの中が一番居心地がいいと感じる自分もいる」
このまま暇のまま死ぬのか。本来の通り、戦いの中で死ぬのか。
「得やすいものは失いやすい。逆もまた然り☆ 君の選択だ……。君自身が決めると良い♪ まぁ、敵にまわるなら…またオシオキしてあげるよ♪」
「それはお断りだが……俺自身が、か」
へらりと笑ったブラックパレードの言葉の通りだ。
どちらが良い? そう問うても、答えは出なかった。
何が正しくて、何が間違いなのか。それすらもわからない。
罪を背負い、過去に囚われ、闇に飲まれてゆく。
それはヘアピンカーヴ。
曲がった先で、得体の知れない何かが微笑んでいる。
「だが、今の俺には急かす必要のない問題だ」
それはヘアピンカーヴ。
迷いながらも、進んでゆく。
されど――
「……いずれ、答えは出る」
道はまだ、一つしかない。
【了】