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テーラーやまぐちという少々寂れた仕立て屋。そこに久方ぶりの客がなんと八人も来ていた。
「いらっしゃ〜い! アタシがここの店主の山口よ〜。お姉さまとお・よ・び!」
出迎えた店主は、色眼鏡をかけたピンク髪のオネエ。中々キツい感じだが、そんな彼(もしくは彼女)の目の前に手を挙げて現れる少女が一人。
「おねーさま、初めまして☆ ユリア・スズノミヤ(
ja9826)でーす! ぷりちーでびゅーてぃふぉーな洋服をよろしくお願いしますですよーぅ♪ 」
「アンタがユリアね! 服はもうできてるわよ!」
「みゅ! 了解です!」
スズノミヤが頼んだのは、童話の世界のヒロイン感を味わうための、赤ずきんのようなエプロンスカートが目を引くコーディネート。
白いフリルとレースがついたフレアスカートの生地はワインレッド。それにも繊細なレースがたっぷりとあしらわれている。
エプロンの肩紐にはフリルをあしらってウエストはバックリボンで、ポケットには三段レースとフリル。ドレープはたっぷりと、エプロン生地には細かな花の模様。
ニットケープはさまざまなレースをふんだんに使った花畑のようなデザイン。
さらに小物は花のコサージュとリボンがついているカゴバックを下げ、編み上げのブラウンのレザーブーツでつま先を包み込む。
さらにメイクはブラウン主体のナチュラルにして髪は緩く垂らし、爪を赤く塗って完成。赤ずきんが、そこにいた。
「いいわよ〜カワイイわー! さぁ次!」
「宜しくお願いします。山口……おねえさま? 僕を男にしてください!……あ、いや、男らしくしてください……」
「何で言い直したのよ!」
山口の剣幕にあうあうと狼狽する藍那湊(
jc0170)。
「……まあいいわ。服はできているわ、受け取りなさい!」
「わぁ! ありがとうございます!」
「しっかし、男っぽくって言ってる割には短パンって、何かあるのかしら?」
藍那得意の絵で書かれたデザイン画の服は、決まって短パンである。
「暑がりな体質もあるのですが、恋人が何故か『股下5センチ』に拘っていて……」
「アンタもう恋人いるの〜? 隅に置けないわねぇー!」
服を受け取りながら、山口に肘でつつかれる藍那。
「でも、コレはアレね。男らしさを勘違いしているような気もするけど」
藍那の希望した衣装は執事衣装、軍服、大正時代風の学生服。
軍服に至っては、ヘルメットと匍匐前進の似合う迷彩服の方だ。
(この子、「カワイイ」って評価の原因が顔や仕草だとは思っていないタイプね……)
アイドル見習いとして活動しているものの、「かわいい」の評ばかりで「かっこいい」衣装を着てイメージチェンジも狙いたいと思っている様子の藍那を見て、山口はぼそりと考えた。
「さ、スーツ組いらっしゃーい! アンタ達の分もできてるわよー!」
スーツ組、とはスーツを頼んだ礼野 静(
ja0418)と不二越 武志(
jb7228)の事だ。
「山口さん、本日はよろしくお願いします。腕のいい方と聞きましたので、どのようなものができたのか楽しみにしています」
「バッチリよ!」
山口が緊張気味の不二越にスーツを渡す。
フィッシュマウスと呼ばれる、魚の口のようなラベル。高めのウエストのシェイプとポケットの位置。黒でびしっと決めてフランス調のスーツの特徴を踏襲しつつも、リクルートスーツとしてのつつましやかさは忘れていない。
「うん、良さそうね! 就職活動用だからネクタイは赤と青の二つ拵えてみたわ。着てみて着てみてー! 好みがアタシの作った服を着てくれるとか幸せ〜!」
「は、はぁ……そうさせていただきます」
ハートを飛ばす山口に少し引き気味な不二越。オネエであることは気にしないが、失礼にあたるので露骨に嫌な顔は絶対にない。
いそいそと更衣室に向かう不二越の背中を見送りながら、山口は礼野に向き直る。
彼女に渡したのはスカートタイプのスーツ。
「アンタは色んな心配事があるみたいだから、少し長めのフレアスカートにしてみたわ〜。伸縮性の高い生地を使っているから、いざという時もすぐに動けるわよー!」
さらに希望通り、夏用の通気性の高い生地、3シーズン着こなし可能な生地、後は冬用の生地で作った同型のものが用意されていた。
「それと……」
「こういう服は新鮮だったから楽しかったわー! ただ、袖口が広いからやっぱりある程度は着なきゃ駄目よー!」
こういう服、とは即ち巫女服の事だ。礼野の実家は神社であるが、巫女服はそれだけだと結構寒い。祀っている姫神様は寛容な女神だが、やはりあまり下に着こむのは気が引ける。という事で、保温性の高い巫女服も頼んでいたのだ。
「体調が悪い事が多いので、きつく結い上げるのはあまり好きではなくて。それと化粧品の匂いが非常にダメなのでメイクは軽めにお願い致します」
「了解よ。ゆるくまとめるくらいにしましょ。それと、言われなくてもアンタは素地がいいから薄化粧で十分なの! ホラ先に着替えてらっしゃい!」
スーツ組を更衣室に追いやった山口に話しかける少女が一人。
「はじめまして、山口さん。久遠ヶ原学園から来ました、エルム(
ja6475)といいます。今日はよろしくお願いします」
「そういえばアンタは何も希望をよこしてなかったわね。どんなのが着たいのかしら? 倉庫には色んな服があるから、そこから選ぶ形になるケド」
「洋服を選んだりするのって、私はあまり……山口さんに選んでいただけたらと」
エルムは孤児院の出身で、日本に来てからはずっと訓練の毎日。どうオシャレをしたらいいのかがよくわからないのだ。
「じゃあアタシがアンタにピッタリの服を見立ててあげるわー!」
「それに、髪やメイクも、おねがいしていいですか? ……私の長さじゃ髪はいじりようがないかな?」
「アンタのその綺麗な髪はいじりでごまかす必要ないわよ!」
それから「で、どんな服が着たいの」と続けた。
「一度でいいから、かわいい服を着てみたいと思っていました」
「具体的には?」
「具体的には……スカートとか? なんかピンク色のシャツとか? フリルがちょっと付いていたり? ……どうでしょう」
意見を黙々と聞く山口の顔をそろりと見たエルム。しかし次の瞬間には色眼鏡を光らせて言い放った。
「三秒お待ち!」
本当に三秒の間に山口が倉庫に入って戻り、エルムの希望通りのコーディネイトを持ってやってきた。そこから先は、あれよあれよと言った風だ。
「……私には似合わないですかね?」
メイクが一通り終わった後、エルムは自信なさげに呟いた。
「馬鹿おっしゃい!アンタは今世界で一番輝いているの! 鏡をご覧なさい!」
エルムは山口の勢いに圧されるまま、恐る恐る姿見の前に立つ。
「あ〜……、あぁ〜〜」
気に入りすぎて言葉にならない。
フリルが入ったピンクのブラウスはエルムの小麦色の肌と合うように、白いティアードのスカートが合わせられている。細い黒リボンがサイドについてカチューシャで甘くなりすぎず、花とリボンのパンプスでさらに可憐さを追加している。
(この服、ぜんぶでいくらぐらいするんだろう……私じゃ買うのは無理かなぁ)
着心地もよく、動きやすい。きっと高くつく筈だ。
「うお、山口ちゃん流石だね」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)が頼んだのは『春のデート服』。晴れの日用と雨の日用の二つで、どちらとも柔らかな色合いが目を惹く。
「ランウェイで発表する服とかもいいけど、普段使いの服も楽しいのよねー!」
晴れの日は白、雨の日は薄いブルーのシャツ。細いネクタイをアクセントに、キャメルのスプリングコート。それに細身のジーンズ。
「あまり普段の生活とかけ離れ過ぎても、服着る機会が減っちゃうでしょ? 折角の服だもん、日常でさらりと着たいよね。『少しだけ』ってのがポイントね」
「うんうん。色んな形のオシャレがあるもの」
「ま、服飾業界考えると、本当はもっと先の夏物とかがいいのかもしれないけど」
「そういうのは気にしなくていいわ。二つ三つ先の事を考えるのは業界人だけでいーの」
山口が砂原の髪を、クロスの銀の髪留めで結う。
「さ、バッチリ準備はできたわね。そろそろ二階に行きましょ!」
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店の二階には、急造のスタジオが作られていた。
「広告ぅ〜? ……考えるのめんどぉだしぃ任せるぅ」
「って言ってる割にはノリノリに色っぽくて素敵よー! さぁ、どんどん行っちゃいましょ!」
フラッシュを浴びながら、那芝 綴(
jb0707)と満月 美華(
jb6831)。
服やおしゃれにも無頓着で『服ぅ? 考えるの面倒ぅだし満月と一緒でいいよぉ』と言う那芝。彼女は乗り気でお団子に緑のチャイナドレスを着ている満月に合わせ、ダウンヘアーに紫のチャイナドレスだ。
ポーズはカップルの様にダラリと満月に抱きつき誘ってるのか企んでるのか分からない笑みを浮かべて一つの林檎を互いにキス寸前まで齧る構図や、ソファにだらしなく座って満月とジュースを飲んでいる所を撮られていた。
「姐さん、こうですか?」
「そう! アンタ達ホントお似合いのカップルよ〜!」
「考えるのぉ面倒だったしぃ、おそなだけなんだけどぉ〜」
「それでいいの!」
小道具の抱き枕を、両サイドから綴那芝ろ抱き合う形にし寝てるポーズや、二人でカンフーのポーズで決めている満月と那芝。
「まだぁ撮るの?」
「もちろんよ!」
「じゃあすきぃにしなぁよ? 姐さぁん」
「そうさせていただくわー!」
目を細めて笑いながら大きめなクッションを抱き締めて妖しげに見つめ、ソロでも撮影する那芝。
次は藍那の番だ。
藍那は氷の粒の散る青い翼を出して必要ならば飛び、瞬きをすればアウルの光が散るように瞳を燐光させ、学ランの上の外套をはためかせて刀を正眼の構え。様々な工夫で戦う学生であることをアピールしてみる。
先ほどのゆるーっとした表情とは打って変わっての凛とした表情だ。
「アンタ、ホントにさっきと同一人物? 人ってやっぱり変わるものね。何かあったりするのかしら」
「笑顔……人間界に来てから得た仲間や家族、守りたい人たちの事を思い浮かべたら無意識に……」
時折隙を見せるように破顔し、堅い服装であっても不思議なあたたかさを見せる。
「その笑顔が素敵よー! もっとこっち見てー!」
「ハーフやはぐれは、まだ学園の外では怖いイメージがあるのかなって……僕だけでなく、彼らのイメージも変わってくれると嬉しいな」
「ファッションを愛してくれるなら私は人間でも天魔でも大好きよー!」
礼野と不二越の二人はそれぞれ単独で、スーツや巫女服を着て山口に撮られるがままにされている。
慣れないのはエルムも一緒だ。
「ポーズとか取った方がいいんですか? よくわからないのですけれど……」
「んー、そうねぇ……。後ろ向いて」
「……? はい」
「はい、振り向く!」
「こう、ですか?」
くるりと振り向いた瞬間、フラッシュが瞬く。
「うん。イイ感じの見返り美人よー! 無理せず自然に行きましょ!」
「……はい!」
エルムが花が咲いたように笑った瞬間、再びフラッシュが瞬いた。
撮影は続いてゆく。
砂原は晴れの日の服は花束を持ち、雨の日は傘をさし、極めて自然なポーズを取る。
「デートの相手がそこにいるような雰囲気を出せたらいいんだけど……エア彼女とか寂しい事は言わないで」
「エアでも雰囲気十分に出てるから問題ないわよー! さ、そこで微笑んでー!」
シャッターを切る音はまだ続く。
「狼さん、食べれるものなら食べてみにゃ? なんてねー♪」
「そう、そのちょっと挑発的な表情! 凄くイイわぁ。じゃあ次はコレ持ってみなさい!」
猫のようにくるくると表情を変えて撮影を楽しんでいるスズノミヤに、山口は生の花を手渡す。
「凄い、造花じゃないんだにゃー」
珍しそうに花びらを触れるスズノミヤを撮ってゆく山口。
「当然よ。本物には本物をぶつけないと。それがプロフェッショナルってヤツよ」
「その響き、素敵だにゃー☆」
「当然よ。ファッションは総合芸術。服を着る人間だけじゃない。服を作る人間にだってそれは求められるのよ。今アンタが着てる服がもしゾンビみたいな奴に作られたと知ったら着たくないでしょ?」
「なるほどー。私も人前で踊ったりすることが多いから身だしなみとか色々気をつけてるんだよね。アドバイスとか欲しいな♪」
「だからアンタそんなに姿勢がいいのね。アドバイスね……」
楽しい撮影の時間は過ぎてゆく。シャッターを切る音は、それからもしばらく、しきりに響いていた。
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「動きぃたくなぁい」
「綴、そろそろ着替えないと……」
「コラっ! そんな格好したらせっかくの美人がおブスになっちゃうわよ!」
撮影が終わり、ソファーで撮影時の格好のまま、満月におっかかってだらける那芝。
そんな彼女の横でキビキビとスタジオのバラシを行う山口に、エルムは話しかける。
「あの……ポスターが出来上がったら、一枚いただけないですか? 今日の記念に、宝物にしたいんです」
「ポスターと言わず、その服もあげるわよ」
「え、でも……」
「いいのよ。その服もアンタに着られて喜んでいるわ!」
ばっちりとウィンクをする山口。
「山口さん、今日はありがとうございました……!」
この男、いろいろと粋のあるオネエのようだ。
「作っていただいた服ですが、お代はいかほどでしょうか? 良い出来なので、買い取らせてください」
「アンタまだそんなみみっちい事言ってるの?! モテないわよ?! 服は広告に出てくれたお礼よ。持ってきなさい!」
「……それではお言葉に甘えて、記念に頂きます……」
山口の剣幕に圧されながら、荷物の中にリクルートスーツを詰めてゆく不二越。
「イブニングドレスなども注文お願いしたいのですが……」
「いいわよー。特別料金で作ってあげる! また連絡なさい」
礼野に名刺を渡す山口。
「おねーさま! 今日はありがとうございましたー! いっつふぉーゆー!」
撮影を終えた皆に手作りのマドレーヌを渡しているユリアが山口に勢い良く差し出したのは、綺麗にデコレーションした手作りのチョコレートだ。
「アラッ、可愛いわね〜! 食べるのがもったいないくらい! ありがとう」
「みゅ! 見た目に可愛く、味は美味しく、だにゃ☆」
嬉しそうにチョコレートを受け取る山口に、えっへんと胸を張るスズノミヤ。
「さぁ、時間よ。もうお帰りなさい。……いいこと? アンタ達は最高のモデルよ! 今日はありがとう、最高の一日だったわー!」
山口がたくさんのハートを飛ばして手を振る中、一同は帰ってゆく。
それからしばらくして――
テーラーやまぐちという仕立て屋に仕事が舞い込むようになり、新進気鋭の人気ブティックとなる。
その店の目印は、思い思いの服を着て活き活きとポスターに映る撃退士達であった。
【了】