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マスター:川崎コータロー
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:4人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/01/29


みんなの思い出



オープニング


 ジェットコースターという遊園地の人気者が存在する。時たま絶叫マシンなどと呼ばれることもあるがそんな些細な事はどうでもいい。子供用の穏やかなものから、大人すら三半規管を狂わせながらむせび泣くガチっぷりを見せ付けるものまで様々である。
 閑話休題。本題と行こう。
 ジェットコースターの急降下の瞬間などに写真を撮るサービスをご存知であろうか。ドッキリワクワクのスリルから降りたらびっくり、あの瞬間の自分の顔が撮られているではないか、というヤツである。
「……で、そこで面白い写真を撮りまくりってプロモーションにしたい訳だが」
『はぁ。唐突ですね社長』
 柊ブリリアントリゾートの敷地内には当然の如く遊園地も入っている。自慢のプールが営業していない時は、この遊園地で親子連れやカップルを誘惑する完璧な構図だ。
 そこの遊園地に、新しく屋内ジェットコースターが完成する。何度か急降下はするのだが、特に一回目の急降下ではその瞬間に記念撮影も行う機能が搭載されているのだ。
 リゾートの支配人・如月沙耶(キサラギ・サヤ)は、その広告としてある事を思いついた。
 これ即ち、記念撮影の瞬間にボケる事である。
「お前ならできるだろう。適当に見込みのある奴を連れてきてくれ」
 電話口の向こうにいるのは、久遠ヶ原の生徒でもある春夏冬という男である。おちゃらけてはいるが、前もこの男が最終的な仲介人となったお陰でプロモーションが成功したような面もあるので侮れない。
『俺が断れないのを知って……いいでしょう。しばらくお待ちください。きっと社長の予想の斜め上を行く奴らが来ますよ』
「頼む。報酬はちゃんと支払うからな。楽しみにしているよ」
 携帯を切り、女社長は新築のジェットコースターの外観を眺めた。


リプレイ本文


 遊園地のまだ開放されていないエリア。高い柵をトリックアートによって巧みに隠した先にあるのは、メタルカラーが目に優しくない建物。ミラーボール風の球体に接着されたスペースシャトルのプレートには『ブギー&ウギーのスペースコンバット』との文字。
 新しい建材の臭いが残る、近未来的な待機列ブースを抜けると、そこにはスペースシャトルを模したコースター。
「……これ、十に面倒ごと押し付けた罰かね」
「どんまい。こんな事もあるよ。現にあの子も行きたがってたんだけどね。大丈夫、私が代表で来たから!」
 ぽすぽすと春夏冬の肩を叩く六道 鈴音(ja4192)。
「……ま、人数はどうであれ、やるだけさ」
 想定外の人数の少なさであるが、仕方がない。声を掛ける先掛ける先、皆都合がつかなかったのだ。
「その通り。クオンティティよりクオリティ。少数精鋭と言うしな。前回同様、お前が見込んだ奴らの実力、期待しているぞ」
 如月は面子を見ながらうんうんと頷く。
「おーっ、新しくてピカピカだぜ! これに乗っていいのか?」
「乗っていいというより、乗って貰わんと困る」
「やったー!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ花菱 彪臥(ja4610)。
「ジェ、ジェットコースターですね……! 小学生の時、身長が足りなくて乗れなかったんです……泣いて両親を困らせた覚えが……」
「そうかそうか。心行くまで乗ってくれ」
 小鹿 あけび(jc1037)は嬉しそうに周囲を見回す。待機列エリアよりも薄暗い搭乗エリアで煌く銀色のコースターは心踊るものがあった。
「はっはっは。皆の衆、元気があってよろしい。それでは、これが終わったらパークで遊んでいいぞ。今回は顔パスで最優先で乗れるようにしてある。じゃあな!」
 手を軽く振りながら颯爽と立ち去ってゆく女社長の背中を見送った後、春夏冬は足元を見る。宇宙をイメージしているのか薄暗い空間に、ネオンカラーの照明、ギンギラギンのスペースシャトル。お世辞にも目に優しいとは言えない。
「……あのさ」
「私、ジェットコースター乗るの久しぶり!」
 ユリア・スズノミヤ(ja9826)が、ジェットコースターを眺めて目を輝かせる。
「そっかそっか。楽しんでくれよ。俺はあくまで仲介に」
「春夏冬ちゃんはこーゆーの得意?」
「いや、そんなに……」
「え? なるほどなるほど! さあ、レッツゴー☆」
「待って俺の話を聞いて」
「足元注意だみゃー!」
「おうふ」
 有無を言わさず腕をむんずと掴み、そのままコースターへと放り込む。
「みゅ! そうだ、この日の為にこんなものを作ってきたんだみゃー!」
 ぱんぱかぱーん、と言わんばかりにスズノミヤが出したものは。
 パンダ、である。正確には、パンダの頭部。
「……スズノミヤちゃん、なあにそれ」
「ちょっと歪になっちゃったけど……だいじょぶ、気持ちは籠もってるにゃ!」
 えっへんと胸を張りながら、スズノミヤはパンダの被り物を被っている。
「はい、これ春夏冬ちゃんの!」
 そんな彼女がずいと春夏冬に押し付けたのは、紅葉の被り物。
「なして紅葉?! 関連性超ゼロ!」
「みゅ? 何で紅葉かって? だって、ほら。秋が無いとさみしーでしょ?」
「俺の名前を気にしてくれてたの?! ありがとう?! でも今でなくてよかったよね?!」
 秋がないからアキナシ。ここでまさかの原点回帰。
「準備はいいですかー? それでは、行ってらっしゃーい!」
 そうこうしている内にお姉さんが操作盤でがしゃこーんとコースターを起動させた。
 もう逃げ場はない。
 春夏冬は、この手の類のアトラクションが死ぬほど苦手である。
 いや、年を食ったので少しは自然と克服しているだろう、と思った。コースター自体ファミリー向けであるし、まぁ子供も乗れる位なら大丈夫だろうとタカをくくっていた自分が馬鹿であった。
 ごめん、やっぱり無理だ。
 ちゃーっちゃらっちゃっちゃっちゃっちゃぴっぴっぴっぴっぴこんぴこんぴこんぴこん。
 春夏冬の心などそ知らぬふりで、軽快な電子音楽と共にがたんがたんとコースターは上がってゆく。
 その最中も春夏冬の顔はずんずん青くなってゆくばかりで、最早空も海もあの頃の俺たちもあの時恋したアイツの心も真っ青になって裸足で逃げ出してゆきそうなほど青い。
 その際空中にぴょこーんと浮かびだすのは、宇宙服を着た蛍光色のズタ袋人形。
 お世辞にもかわいいとは言えないが、蛍光グリーンがブギーで蛍光ピンクがウギーだ。二人(二匹?)は宇宙連合軍きっての正義の兵士。今日も悪逆非道の限りを尽くすボウギャック帝国を倒す為に戦っているという設定らしい。生きるうえで全く必要のない知識であった。
『やあみんな! ブギーだよ。今日は来てくれてありがとう!』
『みんな元気だね! ウギーだよ! さぁ、僕たちと一緒にボウギャック帝国のミュータント兵共を皆殺しにしよう!』
「殲滅戦……? 最高にロックだ……」
 殲滅とはこれ即ち部隊の消滅である。戦闘要員の十割の損失という全滅などとは格が違う。
『さぁみんあ、準備はいい? 行くよ!』
『ミュータント兵を皆殺しにして地獄の下馬評に名前を連ねるんだ!』
 ファミリー向けとは思えぬえげつない台詞。
 突っ込む暇も与えず、激しい閃光と浮遊感。
「みゃー! 獲ったどー!」
「うぎゃー!」
 スズノミヤがバーベルを持ち上げるが如く笹を両手で掲げている。後ろでは虎の被り物を被った花菱がばっちりとポーズを取り、小鹿は大きすぎて取れそうな鹿の被り物を何とか抑えつつバンザイの姿。そして、エクトプラズムを吐く春夏冬。
 でんでんでんでんでんどんでんどんきょうにょうにょばきばきんきんずばばばばばずべべべべべにゅにゅにゅにゅにゅ。
 春夏冬が最後に聞いたのは、そんな腹の奥底を響かせるシンセサイザーの音だった。
 後は何も覚えていない。
「みゅ! いい絵が取れたにゃ!」
「……俺もうお嫁に行けない……」
 気がつけば写真を確認する所まで行っていたが、その写真も春夏冬は無様なものである。
「でもすごくよかったんだよ、先生!」
「先生じゃないです花菱君。……どうだった?」
「ブギーとウギーがボウギャック帝国のカースとクーズと一騎打ちならぬ二騎打ちはアツかったね……!」
「みんなの勝利を喜んでいるシーンの踊りが素敵だったにゃー!」
「ミュータント兵のボスが親指を立てて太陽に沈んでいくシーンは涙無しには見れなかったな……」
「あ、あの、私としては連合軍のユウキーン艦隊の隊長さんが、南極条約をボウギャック帝国のゴクツブーシ隊に保障する、あそこのくだりが……!」
「待って! 話の筋が読めない!」
 三半規管がやられた頭で考えるが、そのせいなのか何なのかいまいち働かない。
「よし! 春夏冬さん、次は私と一緒に乗ろうっ!」
 次は六道に腕をむんずと掴まれた。
「えっ待って」
「なー! 先生も一緒に戦おうぜー!」
 さらに花菱からは背中を押される。
「花菱君はさっきから何でそう戦装束なんですっ! 先生はそんな子に育てた覚えはありません!」
「へっへー、せっかくだから、侍の格好してみよっかなって! 鎧兜着て、刀を構えて、ジェットコースターの上で戦う感じ! 面白そうじゃん!」
 またしてもずるずるとジェットコースターに連行されてゆく春夏冬。最早売られてゆく牛のような遠くを見た目である。
「さ、このコも一緒ね! 大丈夫。がっちり私がホールドしておくから平気よ」
 六道に抱かれ、かわいらしい声で鳴くヒリュウ。
「うん……かわいいね……かわいいよ……」
 可愛らしい声で鳴くヒリュウを見ながら、六道たちを乗せたコースターは動き始める。
「よーしやるぞ!」
「は、はい! できてますか?!」
「バッチリ!」
 後ろの二人は意気揚々と刀を交え、最終確認をしている。元気なものだ。
 そうこうしている内に、ブギーとウギーが軽快なトークを繰り広げていた。
『ミュータント兵を皆殺しにして地獄の下馬評に名前を連ねるんだ!』
 お決まりのあの言葉を聞いた所で――激しい閃光と浮遊感。
「ちょっ……ヒリュウやめなさいって!」
 ジェットコースターが本格的に動き出し、喜んだヒリュウが興奮して六道の顔をペロペロし出した。可愛らしいものだが、隣の春夏冬はそうでもない。
「うぎゃああああああ!!!!」
 二度目だから慣れる……筈はなかった。ただうすらぼんやりと意識はあり、それが余計にきつかった。

 それから何回も生徒たちの賑やかな声と春夏冬の叫び声が響いたのは、また別の話。


「楽しかったわね!」
「みゅ! オープンが楽しみなのだにゃ!」
 サービスで印刷された写真を見ながら、アトラクションを後にする。
 げっそりとしている春夏冬と、まだまだ遊び足りない顔の四人。
「君たち元気ね……」
 それぞれが遊園地に散ってゆく。
 トリックアートの柵の前ではブギーとウギーのヌイグルミがアトラクションのビラを配っている。そこに小鹿がやってきて、写真を一緒に撮ろうと頼んでいる。
「たっぷり楽しんだもの勝ちにゃー☆ ささ、春夏冬ちゃん、お化け屋敷に行くのです!」
「お化け屋敷……は、大丈夫だ……行こう」

 彼らがそこを通った数日後、
『ハイスピード・スペース・スペクタクル ブギーとウギーのスペースコンバット ついにOPEN! 柊ブリリアントリゾートの新しい仲間、ブギー&ウギーと壮大な宇宙の旅に出よう! 記念の写真も撮れるよ!』
 チラシに載せられた数々のサンプル写真には、本気を出して遊ぶ彼らの姿があった。
「ね、この写真凄いよねー!」
「こういうの一度撮ってみたい!」
 そんな声が聞こえるアトラクションに形作られる列は、伸び続けていた。

【了】


依頼結果