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怒号と爆風の嵐。高速でソリを牽くなまはげと、爆弾をブン投げまくるサンタクロースが猛威を振るっている。最早彼らの行動は無差別であった。
「止まれー! 止まるんだー! 名うての達人だとお見受けする! だから止まれー!」
「おん?」
視界の先に見えているのは、ソリ牽きを阻害するように盾を構える九鬼 龍磨(
jb8028)。しかし気にする素振りもなく、彼を轢き殺してでも進もうとする。
「いいから止まれっての! んもー! 君たちにだって、プラトニックなラブロマンスがあったかも知れないんだぞ!」
「私のこのジングルヘルを喰らいたくなければ黙るのです」
「んだ、んだ!」
「どげどげ!」
別の所にもっと生かすことはできないのかと問いたいほどの結束力だ。
「君らなぁ」
九鬼は深い溜息を一つ。
「帰省から戻ってきて一発目がこんな……うん、こんなんか。」
盾で何とかなまはげ達の攻撃を防ぐ。話に聞いていた通りの強さ。
だが、どんな達人にも攻撃と攻撃には間というものが存在する。これを狙い、一撃。そして間髪を入れず、次は回転を加えてもう一撃。行動力は削げるだけ削いでおきたい。
「実にもったいないことをしたぞー! 君たちにぞっこんな後輩がいたのにー!」
なまはげの動きが止まる。強烈な慣性がソリを襲い、流石のサンタも体勢を大幅に崩す。揺らぎすぎだろう。
『あの……聞こえ、ますか……?』
サンタが爆弾を補充するために攻撃の手を止めた瞬間、なまはげに声が届く。少女の声。九鬼の背後から現れた少女のものだろう。次の言葉を待つ。
『こんな時にこんな事を考えてはいけないのはわかっているの、ですよ?』
抱いた人形(※魔具)に顔の下半分を埋めてもじもじとしながら、少女――華桜りりか(
jb6883)は続ける。この時、なまはげは思った。ああ、何と可愛らしいのであr
『でも“サンタさん”の攻撃がとても素敵で……とてもかっこいいの……。あの方とお近づきになりたいの、です』
思考停止。
「「……お゛ん?」」
ぎぎぎ、となまはげがサンタに向き直る。
『あれ……繋げる方をまちがえたの、です?』
彼らは知る由もない。華桜が仲間割れを誘うため、わざとなまはげにサンタだけがモテている事を聞かせているという事を。実はなまはげに使うつもりではなく仲間の一人に使うつもりだったという設定なのも。
強烈な怨念。
「でめ、どういう事だ」
「説明じろ」
なまはげがサンタに向けて包丁を構える。
瞬間、三人の目の前に一人の少女がクランクイン。
「ゴメンなさい先輩。雪子がもっと素直な気持ちを伝えていれば……!」
玉置 雪子(
jb8344)。釣り作戦に見事にひっかかったなと内心思いつつ、大きな瞳に涙を浮かべて細い肩を震えさせる。
「雪子が居るじゃないですか! もう僻むのはやめてください、先輩!」
サンタだけを見て、玉置は叫ぶ。目標がサンタなのは、遠距離攻撃は後衛にも攻撃が届き、前衛と後衛の陣形が崩れてしまう可能性が微粒子レベル存在している事と、射程と命中力のある彼を残しては釣り後の離脱中に追撃されてしまう罠があるからだ。
玉置の名演技たるや流石のもの。陰からずっと先輩を想ってた女子中学生という設定通りだ。
「先輩、雪子は……雪子は、先輩の事を……っ!」
涙を白魚の指先で拭いサンタへと寄る。
「ご、ごいづ! ごのダイミングでおら達の計画を!」
「ざぜん! ぞれだげはざぜん!」
なまはげの攻撃。慌てながらの攻撃とは思えない程の正確さとスピード。
「か弱い子たちなんだ、気をつけろ!」
九鬼が咄嗟にシールドを展開し、何とか攻撃を防ぐ。
「ああっ、先輩と雪子の間には、こんなにも障害が多いのですね……」
きっちり防いでくれた分攻撃の余波はなかったのだが、わざと倒れて悲劇を演じる。
この間にもなまはげの間には憎悪が渦巻いているのがわかる。童貞の嫉妬と思い込みの強さをナメてはいけないのだ。彼らは裏切り者に情けをかけないだろう。
涙を数滴地面に落とした後は、震えながらも立ち上がってサンタに駆け寄り、抱きつく。
「お、おおう……あっ、えっとその」
まさしくコミュ症らしき言動。今だ。
玉置の目が光る。
「釣りですた! 童貞諸君、乙であります! 彼女欲しけりゃあと半年ROMってろ!」
「で、でめ! 騙じだな!」
「許ざん!」
「俺のこの想いを……ウッ」
なまはげが攻撃を仕掛けてくるが、そこはサンタを壁にしてガード。適当に押し出し、擬似吹雪を生み出して霍乱しつつ、攻撃には細心の注意を払って脱兎の如く逃げ始める。
この間丸裸であるが、何とか耐えねばならない。アイリス・レイバルド(
jb1510)が離脱の援護をしてくれるが、射程の問題である程度近づいてくれないと支援の施しようが無い。
曰く『なのでそれまでは自力で頑張ってくれ』だが、そう容易な問題ではない。
「さて、ようやく動けるな。……しかし、来月はバレンタインか。その時彼らはどうするのだろうな」
一般人を巻き込めば再発防止のためにトラウマ不可避なお仕置きを実行するのだが、今回は久遠ヶ原ならいつも通りのアレらしい。解決して相手に反省が見えればそれで良し。
レイバルドが構える。「私に話術の類は期待するな」な人間なので、積極的に舌戦で矢面に立つ者がいる以上、目立たずにフルサポート形態だ。
「支援の準備は出来ているぞ、楽になりたければ全力で駆けて来い」
「無理ゲー杉大草原不可避!」
叫んだその時、猛烈なスピードでこちらに現れる者が一人。
「有望な後輩が道を違えるのは見るのに忍びない! 救わねば!」
私生活の充実と引き換えに戦いまくった人間が一人。ラグナ・グラウシード(
ja3538)だ。
グラウシードはかねてより「リア充死ね!」と恨みを発信し続けている。
だが! それでも守らねばならないことはある!
そう! 正しいリア充滅殺は、ターゲットだけを撃滅!
その他に危害を加えちゃダメ! それが美学!
「無差別に爆弾を……いかん、それはいかんぞ!」
ラグナは、サンタ&なまはげの心がわかる……彼らの心を救うためにやってきたのだ。
とはいえ、まずは暴れるのを止めなくてはならない。
グラウシードは主にソリを攻撃する仲間を援護防御のサポートを行う。
怨念を込めたロケットランチャーの一撃が来るが。グラウシードはあろうことかそれを受け止めた。昨日の修行で凝った筋肉をほぐすのに丁度いい。
「ふっ……まだまだ修行が足らないぞ!」
「化け物か!」
「俺は<魔法使い>だッ!」
どういう意味でかは言うまい。
遠くからソリめがけて狙撃する者が一人。水無瀬 雫(
jb9544)は、路地の物陰に身を潜めて狙撃銃を構えてソリ内の爆弾の位置を確認し、何時でも狙撃できるよう準備していた。
「実戦で狙撃をするのは初めてなので、良い訓練にはなるのでしょうが……」
ソリ内の爆弾を狙撃し爆発を狙って撃つ。
――良い作戦だとは思うが、他人任せなのは気が引ける。しかし、例え嘘でもあの様な身勝手な者共に媚びるような真似はしたくはない。
「テロ行為を働く人達は成敗します」
自らの非を棚に上げ、無関係な人々を傷つけるような方達を決して許すわけにはいかないのだ。あまり関わり合いたくはないが、頭を物理的に冷やして反省して貰おう。
水無瀬は思考しながら、再びスコープを覗き込んだ。その先では。
玉置は走り続けていた。九鬼が庇ってくれてもなお発生する攻撃の余波で幾度となく足をもつれさせながらも、必死に。
射程十メートル。恨みが籠りに籠った爆発物が玉置めがけて大量に降ってくる――のを、レイドバルドはアウルの矢で貫く。
「一番最初にかけたい防御強化が一番射程が短い。すまないが気合で避けるか根性で耐えてくれ」
爆風に吹っ飛ばされる玉置を回復させつつ、気絶するほど痛くても意識を保たせる。
「オワタ……もうだめぽ……」
本気で涙目になりながらも玉置は走る。そして辿りついた。射程圏内。
「よく耐えきったな」
アウルの力で作った鎧を玉置に纏わせる。これで一安心だろう。
「人をジャマしてまでやる事かよ。見下げ果てたやつ等だな。 グルゥ! ダメなやつ等だ! ぶっとばしてよし!」
空気読めない不届きものを成敗する。Sadik Adnan(
jb4005)は召還したフェンリルに命じる。これでもう、『あわてんなグルゥ。おまえが暴れれる時は来る。今はまず様子を見るんだ』と待てをかける必要もない。
相手は強敵が、数は少ない。やりようはある筈。 例えば――グルゥことフェンリルの氷結は効果あるかもしれない。なまはげのどっちかに近づければ打ち込ませる。
あたしやグルゥだけじゃ近づけなくても、仲間がきっと道を拓いてくれるだから。――拓いた道をどうにかするのが、Sadik達の仕事だ。
「進め! 進めー!」
「お、おう」
「いぐぞ」
水無瀬による足や武器、爆弾狙いの狙撃が続く中、サンタの指示によりなまはげはソリを前進させようとする。が、
直後、
急激に体勢を崩し、ソリは横倒れになる。積載過多のせいか、滑らかに倒れた。
「そ、ソリが……」
「スリップ注意、ってね」
地面から姿を現したのはアサニエル(
jb5431)。彼女は玉置らが霍乱してくれている間に予め用意した車乗り入れ用のスロープをソリの手前でソリの片側のみが乗り上げる様に設置したのだ。
建物の物陰から物質透過を使って地面に潜航。霍乱の間に行う細工としては容易だった。
彼女の狙いはソリが優先。確実に足を潰した後に三人の無力化と捕獲狙うためだ。
ソリの後方から近づき、味方と共に積載している爆薬類を狙う。燃え盛る炎でソリや三人もろとも燃やしてしまおうという算段だ。
「ナイス、アサニエルちゃん!」
ここぞとばかりに九鬼らがソリに乗り込み、さらに傾けようと暴れまわる。
「贈り物だと思ったらあぶないものだなんていけないの、です。めっ……なの」
華桜は車輪を狙い、強力な風の一撃を全力でぶつける。
「贈り物を配らないソリは必要ないの、ですよ? おいたをするならこわしてしまうの……」
さらには人形でも攻撃。強いからきっと大丈夫だ。
「激しくキター! 童貞共、クランクアップのヨカーン!」
氷の投斧で後方支援に徹していた玉置が花火セットに点火し、爆弾めがけて盛大にぶちまかす。なお、グラウシードとは目を合わせていない。合わせてはいけない。
「今しかねぇな! グルゥ! 今が来たぜ!」
Sadikはフェンリルに命じられる事は命じて総力戦に突入する。
「リア充は爆発しろ!」
「その根性がいただけねぇ! だから殴る! グルゥ! 寒いの食らわせてやれ!」
がう、と吠えたフェンリルが氷の爪で広範囲をなぎ払う。
フェンリルが戻れば次々とゴア、ヒヒン、ガオ、キュー……召還獣も呼び寄せる。
「……何故サンタとなまはげなのでしょうか? あまり興味はありませんが」
拳に布を巻き、合流した水無瀬は改めてこの光景の珍奇さに首を傾げた。
「そんなにプレゼント積んでていいのかい。起爆誘爆ご用心、てね」
アサニエルは不敵な笑みを浮かべながら大きく振りかぶって火球を投げる。
「伏せてー!!!」
この時にソリの爆発物が燃えるのを確認した九鬼は、大声で回避を促した。
皆の回避と着弾はほぼ同じ瞬間。大きく炎が広がった。
「べふっ」
「べぼっ」
「ぼべっ」
それと同時に、強烈な爆風で三人が黒焦げになって飛ばされてきた。
「……仕方のない人達ですね」
「やれやれ……こんなことする暇があれば、彼女の一人二人はできるのにねぇ」
嘆息するアサニエルと水無瀬。
「で、こいつらどうするんだ」
「当然、逃げないように縛るのさ」
Sadikの問いに、九鬼は活性化させたストラングルチェーンと猿轡を見せて答えた。ひとまずは、逃げられないようにしなければ。
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「さて、淑女的に治療してやろう」
レイドバルドが後始末で負傷者の治療に当たっている中、説教は開始する。
「これ程の実力があるのに何故この様な事をするのか謎ですね。そのまま依頼に出て活躍すれば自然と人が集まるでしょうに」
「もったいねぇやつだな! こんなに強いんなら、なんでもっとマシな事できねぇんだよ! 努力が方向音痴だったんだ。行き詰って憤る前に、自分を省みるべきだったんだ!」
巨大なソリの残骸と、ぼろぼろになりながらその残骸の前でしゅんと正座し、Sadikや水無瀬の説教を聞く三人。
珍奇な光景を眺めて、水無瀬は呟く。何か言いたさげだったので、九鬼は仕方なく猿轡を外す。
「もうこんな事をしてはいけないの……お話しをした方が楽しいの、お話しをしましょう……です。けがをさせてしまってごめんなさい、です」
華桜の手当てを受けながら、三人はすすり泣きを始めた。
「オラ達は戦う術の鍛え方は知っでいるが、ゴミュ力の鍛え方は知らね……」
「リア充が憎がっだ……」
「リア充共の象徴に化けて、奴らを恐怖に貶める事ができたら、と……それが今回に……」
斜め上すぎる発想だ。目玉はどこか。
「嫉妬はね、自分を狭くしちゃうんだ。せっかく強いんだから、ひがまないの。モテないのが悪化するぞー?」
笑顔でのんびり、優しく諭す九鬼。しかしサンタやなまはげの姿になると驚くほど弁が立つのは何故なのか。
そんな中に割って入り、Sadikは箒を押し付ける。
「努力が方向音痴だったんだ。行き詰って憤る前に、自分を省みるべきだったんだ! ……ほら、散らかした分は掃除だろ。終わったら先生にも謝りにいくんだ。こどもにだって出来る事。ちゃんとやれよ」
彼女の直球ド正論に頷きつつ、三人の拘束が取れたのでしぶしぶと箒とちりとりを持つ。
「貴殿らは、道を間違えた」
そこで後光を背負い、やたら神々しくグラウシードが三人の前に立つ。
「さあ、私の手を取るがいい……真のリア充滅殺を教えてやろう!」
その声は優しくも力強い。リア充どもに彼らの気持ちがわかるはずはない。理解してやれるのは、そう、同じ非モテのラグナだけなのだ。
「ほら、二月はあの忌まわしき十四日があるじゃないか……共に逝こう、修羅の道!」
グラウシードは彼らに剣の修行ばかりして豆だらけになった手を差し出す。
「一緒にリア充しばこうや!」
これがグラウシードの本当の目的である。
「「「はい、師匠!」」」
滂沱の涙を流しながら、グラウシードの手を取るサンタとなまはげ。
「……結局、依頼に参加してなくても彼女なんてできてなかったろうね」
四人の様子を少し遠くで見るアサニエルは嘆息する。どちらに転んでも結果は変わらなかったのではないか。収まるところに収まったようではあるが。
――そして、この乱痴気騒ぎはレイバルドによる「観察」という過程を通し、趣味の「作品」作りという形で「記録」に残り続ける事になる。
そんな冬の一日。
【終】