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夜、倉庫街。海のさざなみが聞こえる。
「綺麗な月だな、戦いに赴くには良い夜だ」
蜃気楼と共に闇に紛れるディザイア・シーカー(
jb5989)の声。周囲の状況の偵察で、
人気が全く無いその一角で、武装した物々しい男達がある倉庫の周辺を警戒している。
時刻は深夜。いくら夜に生きていても、欠伸の一つはする時間。そう、裏の担当をしている男の一人が、欠伸を。
「獲物を発見、あわせて行くぞ。くれぐれも初っ端から殺すなよ」
「殺さず? 難しいが努力しよう。生きてりゃいいだろ」
逃さなかった。シーカーとミハイル・エッカート(
jb0544)が闇を高速で伝って背後に降り立ち、右の男をシーカーがスリーパーで、エッカートがチョークスリーパーで一気に絞める。屈強な男二人の息が詰まる音も一瞬で、開放した次には地面に崩れ落ちた。
「すまんが眠っててくれや」
気絶した男を縛って運び、二人は近くで待機していた水枷ユウ(
ja0591)に引き渡す。
「まかせて」
額に触れると、即座に情報がユウに流れ込んでくる。
「見張りは――正面に三人、裏口はこいつらだけ。……中には子供が三人、責任者が取引を仕切ってて、真ん中には手伝いが二人、見張りが三人。バイヤーは三人。気をつけて、バイヤーには見張りと同じようなボディガードがいる」
そして男が頭に叩き込んだであろう見取り図を手早く書き込んでゆく。
「流石だな。――よし、聞こえたか? 今から見取り図も送る」
エッカートが図を端末に取り込み、送る。そして聴覚を鋭敏にさせ、倉庫の窓に聞き耳を立てる。
何を話している? 大きな倉庫の中心で行われている秘密裏の取引。大量の遮蔽物もある今、外から聞き耳を立てているだけではあまり聞き取れない。時々、下品な男の笑い声が微かに聞こえるだけだ。
有益なものはさして得られず、ただ不快な声が聞こえただけという事実にエッカートは舌打ちを一つ。するとシーカーが呟いた。
「やれやれ、この手の輩は何時になっても無くならんな」
「この手のものが金にならなくなるまであり続けるだろうな」
エッカートは本業で嫌というほど見てきた。人の欲の先にある闇。
自分も相当なものであると思うのだが、あいにくとエッカートは子供と薬と無差別攻撃には手を出さないのが信条である。分野は違うとはいえ、俺の本業柄、いつか八咫烏とはぶつかるだろう。今のうちに潰しておくのが吉なのかも知れない。
「……ま、なら無くなるまで潰し続けるとしようか」
それに国際指名手配犯、ルイジ・イワノビッチ。随分とでかい獲物である。腕が鳴るというものだ。
「――と、罠はこんな感じだが大丈夫か?」
「大丈夫だ。気をつけよう」
「ま、知ってりゃ避けれるし、避けられても行動先は読める。引っかかったら占めたものってとこだな」
翼で所定の場所へ戻ろうとするシーカーに頷いたのは、ユウと共に待機していた神埼 晶(
ja8085)だ。
「見取り図確認しました。了解です。海側からですが、それらしい船舶がありました。細工しておきます」
アクアラングで海側から潜水接近した佐藤 としお(
ja2489)が、エッカートから送られた見取り図を確認すると共に報告。
佐藤が潜っている倉庫に面した海に一隻、場違いな船舶がある。ここはあくまでも倉庫街であるのに、クルーザー。
そこで佐藤はスクリューと舵をロープで巻きつけた。さて、念のためだがこの細工でどうなるのか。自分は知った事ではないし、時は一刻を争うので手早く上陸した。
「中の様子もそのような感じだ。バイヤーの到着を先ほど確認した」
剣崎・仁(
jb9224)は敵影が見えないコンテナの陰に隠れ、様子を伺っているようだ。
月明かりが厄介で、中々上手く動けない。鋭敏化させた聴覚でも知れることには限度がある。突入の礎にはするが頼り過ぎないよう、参考程度に。
そこで、小さな電撃の音とうめき声が聞こえる。足元に視線を落としてみれば、佐藤が気絶した男の手を後ろでクロスさせて手錠をかけていた。
「戻ってきたか」
ともすれば突入開始である。神埼とユウはもう既に裏口から突入している筈だ。急がなければ。
剣崎の予想通り、神埼とユウは裏口から忍び込んでいた。遮蔽物が多い裏口の特性上、表口に遅れを取らないために距離を詰めておくのだ。
「なら……こいつは?」
「こいつは北陸某所の山奥のガキでね……」
子供を売る下種の声が聞こえる。神埼は思わず怒りに我を忘れてしまいそうだが、今はその怒りを爆発させる時ではない。じっと、気配も足音も呼吸も心臓の音すらも怒りと共に押し殺し、一気に攻めるその時を待つ。
同時刻。
表の入り口では。
翼でコンテナの上に位置取っていた牙撃鉄鳴(
jb5667)が表の見張りの手足を音も無く破壊して動きを封じる。
「行け」
そう短く呟いた牙撃に行動で応え、剣崎と佐藤が倉庫に足を踏み入れる。
派手な銃声。剣崎が虚空に撃ったものなのだ。
表口からの突入班が派手な演出で倉庫内に飛び込む。
行動開始。
今まで沈黙を保っていた神埼とユウが遮蔽物を一気に飛び越えて突撃を仕掛ける。
「お、お前ら……!」
「こんばんは、今夜はいい月夜。だから明けちゃう前に潰してあげる。殺しちゃだめって言われてるから、死なないようにがんばってね」
微笑を一つたたえたユウが関係者に剣の切っ先を突きつける。
その中で神埼は子供の姿を確認する。手錠に足枷を着けられ、この状況でも神埼達を呆然と見ているだけの子供達。瞳に光は宿っておらずぽっかりとくりぬかれた空洞で、薄汚い服をやせ細った体にひっかけているのみであった。
さらに怒りが沸いて来る。しかし、もう堪えなくていい。
突入班の役割はただ一つ。派手に暴れる事だ。
神埼が空を切る銃弾を避けつつ早撃ちで敵の陣形を霍乱し、逃げ出そうとするバイヤーには練ったアウルを撃ち込む。なるべく殺さないように攻撃し、攻撃や移動の能力を奪ってから次の敵にあたる。
「ん、やっぱり人が相手の方が楽でいい」
銃口からの音が左右に聞こえる。ユウがジグザグに移動して駆けているからだ。障害物を盾に弾幕をかわしつつ接近、腕を切り脚を断ち次の目標へ。
派手に暴れて自分達に注目を集め、救出班が動きやすいようにする。
だからこそ。
「未来ある子供に指一本触らせない」
子供は生気がない状態であるが、目立った外傷は特にない。ちゃんとした医療施設で数日安静にしていれば回復する筈だ。
少しの安堵。子供は救出班に任せ、自分は暴れる。
「お前らは死なせない、死ぬなら罪を償ってからだっ!」
――頭や心臓以外なら死なないでしょ。だからそこ以外遠慮なく撃たせてもらうよ。
殺さなければ――生かせば――いいのだ。敵も、保護すべき子供も。
「子供はあそこだ、行け」
発砲しつつも子供の場所を確認した剣崎は顎でその先を示す。その横を擦り抜けて行ったのはエッカートとルーカス・クラネルト(
jb6689)。一直線に向かう。
「歩調は合わせず速やかに行くぞ!」
「了解」
クラネルトは的確な照準で子供の周りに居る男達の武器、困難な場合は手足を狙う。武器を弾かれた者、手足に当たった者、様々であるが一気に距離を詰めて気絶させる。手足を打ち抜いた敵には簡潔な止血処理も怠らない。
「おっと、油断ならねぇなやっぱり」
止血を行っているクラネルトの背後を狙った男を掌底で一撃。先ほどクラネルトが気絶させた者の一人であった。気絶した男達はしばらく暴れないように対アウル能力者用のロープで縛る。これでひとまず大丈夫であろう。
「おい、大丈夫か」
ミハイルが対象となる子供三人を保護し、彼が所持している魔装を貸与したのを確認。子供達がうんともすんとも言わないのが不安であるが、保護した以上はここから抜け出すのが最優先である。
「春夏冬!」
「はいよ。――ちょっとごめんな」
子供は痩せ細っていたせいか重くはなかった。むしろ銃よりも軽い印象があり、子供をそれぞれ一人ずつ抱えて再び走る。やはり子供はその間もうんともすんとも言わなかった。
遮蔽物でできた狭い袋小路の奥。銃声もごく近い薄暗闇の中で、神埼が捕縛した男を一人連れ込んだ。
「外人がいると思うけど、どこ?」
神埼がシルバーレガースの刃を男の首に押し当てる。
外人、と言うのは即ちイワノビッチの事だ。
ルイジ・イワノビッチ。
インターネットや学園のデータベースで検索をかければすぐさま手配書や目撃写真などが出てくる『有名人』。その風貌は、堂々にも一貫していた。
髭を生やした無造作な髪の青年。意外に痩躯で、ふてぶてしい笑いを浮かべた顔はヒスパニックかラテンの血が入った美形。服装も黒いテーラードジャケットと白黒ボーダーのシャツ、ジーンズに皮のブーツと軽装だ。
どこかの雑誌でモデルをしていそうな外見。おおよそ凶悪犯罪に手を染める人物ではない。だからこそ、一目見れば忘れられない。あまりにも異質で、異常なのだから。
「し、知らない……」
「話が嘘だったら、戻ってきて殺すわよ」
強く銃口を押し当てる。勿論殺す気など一切無いただの脅しであるが、刃を押し当てると男が怯えるように反応した。
「ほ、本当だ! 俺は何も知らない!」
「そう、残念ね」
至極残念である。シルバーレガースの柄尻を後頭部に一発お見舞いし、男を黙らせ、銃弾の雨の下に戻った。
「では春夏冬、頼んだぞ」
「あたぼうよ、任せとけ」
救出班の到着を迎えたディザイアが意気揚々と倉庫内に突入してゆくのを見送りつつ、子供達をひとまず春夏冬に任せる。
「これを」
車は春夏冬が死守するが、クラネルトはすぐさま倉庫へ戻らなければならない中、子供達それぞれにカロリーブロックとミネラルウォーターを渡す。ぼんやりとした目でクラネルトを見る子供であったが、その彼も倉庫内へと消えてゆく。
その光景を見た牙撃の過去が巡る。
(あの子供は、昔の俺なのかもな……)
母を失い、義父と慕った恩人に殺されかけ、覚醒してそいつを殺し、しばらく路頭を彷徨っていた所をある研究所に拾われたが、そこはアウルに目覚めた子供を対人間用の兵士として教育し、様々な紛争地に売り出す組織だった。
人体実験、薬物投与、違法行為も平然と行われた。
成果を出せない奴は再教育という名の拷問を受け、不良品の烙印を押された奴は実弾訓練の的にされた。
しかし牙撃はその生活を悪いとは思わなかった。
銃の扱い方や様々な戦闘術など、あそこで学んだ事は皮肉にも今も役立っているし、路上生活より遥かにいい暮らしだったと今でも思っている。
何でも屋として裏仕事に手を染めていたお陰で、裏社会の事にも詳しくなった。ルイジ・イワノビッチ。いつかはどんな形であれ相見えるであろうと思っていた裏社会のカリスマ。
であれば、あのまま組織に居ても何の不満もなかった 。一時は学園を恨んだりもしたが、こうして逆の立場に立つとは皮肉なものだ。
「……依頼なら確実に遂行する。それだけだ」
一瞬でも浸かってしまった過去の幻影を振り解き、愛用の銃を構えた。
ディザイアが入り口に足掛けと油の罠を手早く仕掛ける。これが神埼に言っていた罠の内容だ。そして先の二班との挟撃を狙う。
「悪いが俺の相手もしてくれや」
不敵に笑って敵の攻撃をシールドで防ぎ、味方の回復にも努めつつアウルの雷を纏った両腕で大暴れする。
最中――こつん、と。
「まさか」
乾いた音がしたのも短く、一気に煙が充満する。
煙幕だ。
純白の闇。銃は使えない。
ただ、倉庫の外で派手な爆発音が聞こえる。牙撃が相手の乗用車を片っ端から侵食弾頭で破壊していっている音だ。その上、出入り口も塞がれている状況ではここから逃げ出せもしないだろう。それだけが励みであった。
ともすれば接近戦がメインとなる。煙に気配を掻き消させ、一気に敵に詰め寄る。
頼りになるのは視覚以外の五感と己の勘。
「――好きにはさせん」
開放されている出入り口には牙撃が構え、さらには怪しい所までもが外側から防がれている。そんな状況下では脱出すら怪しい。だからこそ、狭い範囲内で逃げ回られないように確実に捕まえる。
煙と布槍を纏い姿勢を低くしていた剣崎。布槍の美しい紫と煙の白の対比が鮮やかで目を奪われるが、その隙に肩を突かれ、挙句拘束されてしまう相手。
「お前らには聞きたいことがある。逃さないぞ」
剣崎が倒した相手を捕縛している内に、霧が晴れる。
立っているのは、見知った顔の八人。
「……これで全員か?」
辺りを見回したエッカートがそう呟いた。
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「じゃあなお前ら。とりあえず風呂入って飯食ってたらふく寝とけ。いいな、そうすりゃタッパも伸びるし走れるし、運が良ければ新しい家族の場所へ行ける……おっとすまんな」
子供の頭をわしわしと撫で回す春夏冬。そこで携帯が鳴り、ごく近くの物陰に隠れた。そこを突き、クラネルトはひっそりと子供達に接触する。
「彼らを恨むな。辛く苦しい目にあっただろう。だが恨みは耐え難いほどの重荷になる」
片膝をつき、子供達と目線を合わせる。劣悪な環境のせいでどの子供も年齢より小さく見えるが、年長で十歳、年少で六歳と言った所か。
殺し、殺され、血を血で洗い、屍を道としてきた世界で生きてきたクラネルト。過去にも似たような事は経験した。だからこそ、憎しみ合いの無意味さを知っている。――そして意図はどうであれ、イワノビッチの所業も。
数々の惨状を作り出し、イワノビッチが何を伝えたいのかはわからない。しかしクラネルトも元は闇の世界の住民。何の理由もなしに、光の世界を侵食する訳がないのだ。何度も耳にしたイワノビッチの所業に、思考を傾ける。
「あの」
年長の少年が、そこでようやく言葉を発した。その腕に抱えているカロリーブロックは空箱で、ミネラルウォーターも半分は飲み干されている。
「あり、がとう」
「強く生きろ」
急ぎ足で戻ってきた春夏冬と入れ替えで、一同の所へ戻る。
そこでは。
「――と、こいつがバイヤーらしいな。ユウ、こいつにもシンパシーを頼めないか? 人身売買のルートが掴めるかも知れん。八咫烏と取引のある組織を知るのもいい」
「まかせて」
エッカートがユウに頼み、さらなる情報の追求を行っていた。
頼まれたユウはと言うと、ついでに隠れた趣味とか黒歴史がないか、少し探してみようと画策している所だ。
「あ、警察が来ましたね」
彼らのやりとりと警察の到来をコンテナの上から見ていた剣崎は呟く。
「犯罪組織に国際指名手配犯……家柄的に故意に目を背けようとしていたが、そうも言ってられそうにない、か」
この際、徹底的に叩く。
空を見上げる。
剣崎の頭上は宵闇の黒ではなく、暁の白が裾を引き摺って歩いて来ていた。
【続く】