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絶望的な雰囲気が漂う赤木荘の部室。
そこに、けたたましく扉が開く音と共に一筋の光条が差し込んだ。
「?!」
赤木荘の面々は、反射的にその先を見る。居たのは――
「イベントに新刊落とすなんて許されません! 読者の期待を裏切る事になりますし抽選外れた方々の恨み買う事になってしまうんですからっ 」
泊まり込みの準備を抱えながらインクが飛び散ってもいいようにと黒いワンピースを着た礼野 真夢紀(
jb1438)を筆頭とする六人の助っ人達。
「イベント前の忙しさは知ってる、スタッフが居ないのはキツいよなぁ」
しみじみと鳳 美鈴(
jb7694)が呟く。
「君たちが助っ人か?」
赤木荘のリーダーは問う。
「その通りだ。原稿を仕上げ、印刷所入稿まで残り四日。ハードなスケジュールだな」
手帳を開きながら腕時計を見る不二越 武志(
jb7228)は、手帳を閉じると眼鏡を指先で上げた。
ふと天羽 伊都(
jb2199)が壁の額縁に目を移す。そこには友情・努力・勝利の文字が。
「友情・努力・勝利、ボクの愛する週刊誌のテーマですね!」
えっへんと胸を張る。雑務やポーズモデルなどはお任せだ。
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あらかじめ分担は決まっていた。
「絵は性に合わねぇ。俺は補助作業担当すっから、そっちは任せた」
エプロンを鮮やかに装着した円城寺 遥(
jc0540)は、早速厨房へと消えてゆく。その手には、大量の食材。
連日の過酷な作業によってメンバーは十分な食事も食べれていない事であろう。腹が減っては戦はできぬ。作業のクオリティをも左右する重要事項だ。
そして、制作に加わるメンバーは早速作業に入る。
「世界のオタクの憧れ! ジャパニーズ同人誌〜! 漫画なら描けるよ! 任せてね〜。あ、この子はミハイル。私の友達だから一緒でもいいよね 」
猫のぬいぐるみを空いている場所に置くのはアーニャ・ベルマン(
jb2896)だ。
「参考までにこれまで出した本、見せてもらいたいな 」
「そこの本棚だ」
「どれどれ……」
既刊を見る。
話のどれもがバトルやスポーツなどといった古きよき熱い展開。主線の引き方や表紙の色の塗り方。コマの角、トーンの張り方。
「……パソコンとかで描かないのはポリシーかな?」
「そうだ。デジタルが主流となっているからこそ、アナログの良さを再発見するためにアナログにこだわっているんだ。笑いたければ笑え」
「そうかな? 私、こういうの好きだよ」
首を傾げるベルマン。デジタルにもアナログにも良さがあるのだから、手法の古い新しいは嘲笑う対象になりはしないのだ。
「さてと……」
インクとトーンにまみれて皆で共同作業。
「割烹着あるかなあ」
トーンカスは服に付きやすい上、袖にインクがつくと取りづらくなるのだ。
「そこのロッカーに部のものがある。使いたければ使え」
「うん、わかった」
割烹着に袖を通して席に着くと、早速指定した通りに書けと言わんばかりに原稿がやってくる。
多くが苦手としている背景だったやってみせよう。絵を描くのは好きなのだから。
「よーし! カケアミ、集中線、ツヤベタ、ベタフラッシュなんでもこ〜い !」
今のベルマンは雲形定規に筆ペンGペン丸ペンが武器だ。
鳳は礼野と強力してトーン貼り・ベタ塗りを担当する。二人とも元より物書きであるため背景なども担当するベルマンの力になれないのが心苦しいが、指定された通りにやる作業に関しては過去の経験から手馴れたものだ。
「これから買出しに行ってくる。何か欲しいものはないか?」
不二越が聞いてくる。
「それではこちらをお願いします」
忍法で動きを早くさせた礼野は、四日間寝ずの作業になるだろうからと眠気除去の医薬品をメモに書き出し、不二越に渡す。メモに書かれているものの種類は違う。
「同じモノ連続服用してると耐性ついて効果薄くなってしまいますから、複数購入お願いしますね」
「ああ……わかった」
そんな彼女に続き、赤木荘のメンバーが口々に「あれも」「これも」と注文。
「荷物が重くなりそうだ……」
リストに一通りまとめた不二越はぼそりと呟くと、そのまま買出しに出かけた。
一方、台所では。
「うわっ、おいしそ〜!」
円城寺の作った料理に目を輝かせる天羽。実に美味そうに盛り付けさせられた料理の数々は、匂いを感じ取っただけでも魅力的だ。
しかもこの料理の数々は油物をなるべく避け、集中を助けるようなもので構成されている。円城寺なりの気遣いだ。
「ちょっとだけ……」
食べるのはお任せ。何でもござれだ。皿洗い位なら手伝っても……
手際よく盛り付けてゆく円城寺の背中を見つつ、一つ拝借。しようとした所で。
「おい、勝手に食うな。食事スペースに持って行け」
原稿を汚しては一大事のため、あらかじめ作業場とは別に食事のスペースを早急にだが作った。原則の食事はここで食べると円城寺が定めたのだ。
「あう」
止められた。
「じゃあさ、持って行ったら食べていいの?」
「ああ。お前の分も用意してある。早く行け」
「わあい。やった!」
浮き足立ちながら天羽が料理を台所から運び出すと、余計に作業場にいい匂いが漂ってくる。
束の間の休憩である。
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「ね〜ね〜、イベントで私も一緒にサークル参加したいけど……いいかなあ? 」
食卓を囲う中、ベルマンが部長に提案する。
「何だ、いきなり」
「もちろん私の仕事ぶりに満足したらでいいから」
「そうだな……考えておこう」
何せまだ始まったばかりであるし、先に考えるべき事はもっとある。
「よし、食べ終わったら再開だね」
うんと意気込むとベルマンはきらきらと輝く白米を口に運んだ。
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漫画を描いているとぶち当たるものがある。
ポーズである。
けれど今メンバーは心身共に疲弊しきっていて、一歩油断すれば一週間は余裕で泥のように眠れてしまう者だって少なくは無い。
という訳で、助っ人達にポーズモデルの任が回ってきた。
赤木荘のメンバーはバトルを中心に描いている者が多いらしく、ポーズモデルも自然とそれになる。
「ずっと陰陽師でしたから、陰陽師スキルと忍法系しか使えませんけどね」
自分の実力の限りで要望を応えてゆく礼野。
「剣術もしているが、父から中国拳法を教え込まれていて肉弾戦が得意だ。モデルはそっち系なら協力出来る」
宙に拳を突きつけながら答える鳳。そんな彼女を囲み、ほほーと関心しながらスケッチしてゆく赤木荘の面々。
「ボクの勇姿をカッコよく描いて貰えるなら……」
盾を展開する天羽は防御のポーズ。
一応今は修行中の身だけど漫画の手伝というのも何か会得出来る事があるかもしれない、精神的な成長を見込めるかもしれないし、良い機会なのだ。
その横では、変化の術で老若男女問わず姿を変えるベルマン。写真を元に、忠実に再現してゆく。ずっとポーズとるのがつらければ分身の術で身代わりを置いておくし、必要があれば携帯品にある衣装にお着替え。格闘モノなら手持ちの魔具でポージング。アクションが必要なら校庭で軽く手合わせ……といった風に、臨機応変に対応してゆく。
「アクションが必要なら校庭で軽く手合わせしようね」
幸いにも赤木荘の部室があるクラブセンターの近くにはいくつめかの立派な校庭がある。
「壁に立ってアクションってのはどう? 衣装や髪が引力でどんなふうに垂れ下がるのか知っておく必要あるから壁走り使おうか? 」
ポージング中でもアイディアを出し合うベルマン。
「俺も? ……えー」
ポーズ大会が盛り上がってくるとモデル不足になってきた。そこで白羽の矢が立ったのは、休憩がてら見学に来ていた円城寺である。
彼は完成のためならと、嫌々ながら協力に同意。必要とされる参考画像の要望に、自分ができる範囲でスキルなどを用いて再現してゆく。
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ポーズのデッサンから帰ると、部屋が一段と綺麗になっていた。不二越がやったのだ。いや、綺麗になっただけではない。片手で食べられる菓子を折込みチラシで作った箱に入れたり、ペン先を拭くのに使える手を拭く紙製おしぼりも用意した上で、可燃不燃を分別してゴミ出し。
空気も入れ替えがなされ、どよんとしていた空気は一変した。
フキダシの写植は不二越の担当である。
ずれない様に、行間は平行に。
「けっこう神経を使うな」
しかも大きさの違いがわからないフォントなどもあって一苦労だ。
作業は時間を追うごとに苛烈を極めてゆく。
「おい、お前大丈夫か。無理はしない方が後々のパフォーマンスにも出るぞ」
「いや、しかし……まだやるべき所が沢山あるんだ」
「それでもだ。一時間でも寝てみろ、もっと早く片付くぞ。ちゃんと起こしてやるから」
円城寺は説得し、適宜休憩を取らせるように心がける。
「徹夜するならこれを飲め」
「ありがとう……助かるわ」
栄養ドリンクを差し入れするのは不二越で、制作チームが起きているのであれば彼も起きて、努めて常時のサポートを心がける。
和気藹々とした雰囲気は欠片ともなく、代わりに緊張した雰囲気が場を支配してゆく。
しかし、苛烈さを極めるからこそ、原稿は一枚、また一枚と出来上がっていった。
そして四日目の朝、ついに――
「でき、た……」
最後の一枚が完成した。
直後、爆発のような歓声と、土砂降りのような拍手が部室内に響き渡る。
後はこれらを、印刷所に持ち込むだけだ。
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イベント当日。
「新刊、一冊くれ」
「俺も一冊」
赤木荘のスペースを訪れた不二越と円城寺が、新刊を求めにやってきた。
「はいはーい!」
それに応えるのはベルマンだ。彼女はその後働きぶりを評価され、赤木荘より直々にオファーが来たのだ。当日、うちのスペースを手伝って欲しいと。勿論、君の本を置いてもいいと。その証拠として、スペースには別の――ベルマンの本が。
「赤木荘の新刊、いかがですかーっ」
数日の休息を得た赤木荘の面々は、体調を整えてイベントに挑んでいた。彼らの顔は、どこか晴れ晴れしい。
「じゃあ、一冊」
「ありがとうございます!」
インクの匂いにまみれた三本柱が、また一つ、また一つと読者の手に渡って行った。
【了】