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真夏の海。灼熱の太陽、青い空、白い砂浜、透明な海。集まったのは、多数の生徒。
ここで、ケイドロ――
「は、ドロケイやろ?」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)の頑なプライドによって阻止されてしまったが、地域ごとによって呼び方が変わる『ケイドロ』が開かれようとしていた。
「ケイドロ、ドロケイ、どっちが正しいんやろうね……」
黒神 未来(
jb9907)の疑問は永遠の哲学とも言えるであろう。
どちらとも正しいと言える為、以降はケイドロ表記とする。
「ケイドロって、なに!?」
草薙 タマモ(
jb4234)が、同じ白組のメンバーに聞きまわっている事があった。
「ビーチケードロってどうやるんですか?」
天魔が入り混ざるこの学園。草薙のほか、イリン・フーダット(
jb2959)のようにそもそもケイドロ自体知らないという者もいる。彼は同じ赤組の神宮陽人(
ja0157)から詳しいルールややり方を聞き、男子競泳水着を着用して準備に入る。
「俺が昔したのでは、警察が宝物を守り、それが全部取られたら負けってルールがあったなぁ」
重体のリハビリがてら参加した龍崎海(
ja0565)の言う通り、ルールにも差異がある。
「勝負事なんですから勝ちを拾いに行きたいですね」
ビキニにパーカーを羽織りスポーツサンダルを履いて参加 したのは小見山紗風(
ja7215)だ。 彼女は赤いスカーフを腕に巻いている。
所属を示すスカーフは各々好きな場所に着用している。現に桐咲 梓紗(
jb8858)は、白いスカーフを三角巾にしてお化けのように頭につけている。
「頑張るよー! 勝負はいつでも真剣勝負、手抜きなんかは相手に失礼ー 」
そして彼女が意気込むように、これの本文は勝負事。
「やるからには勝ちたい! 」
「やるからには……例え遊びでも勝ちにいきます……! どんな手を使ってでも……!」
遊びにだって真剣な藤沢薊(
ja8947)や如月 千織(
jb1803)のように意気込むような者もいれば、
「水上訓練も兼ねてだ。遊びでも全力で行くぞ」
浪風 悠人(
ja3452)のように、ある状況を想定しての訓練としている者もいる。
「隠れる場所が無いと体力勝負になりますね」
冷静に分析する雫(
ja1894)。そう、この砂浜に隠れられるような物影は一切存在しない。
牢屋代わりの浮島には御堂・玲獅(
ja0388)と北條 茉祐子(
jb9584)の置いたクーラーボックス。中にはスポーツドリンクと保冷剤。熱中症対策だって怠らない。
「間もなく一回戦が始ります。選手は位置についてください」
前半――一回戦は赤組が警察で白組が泥棒。
只野黒子(
ja0049)が身構える。
灼熱の中、開始のブザーが鳴った。
走り出すのは両者とも同じ。
追う者追われる者、様々な目的と目標を持ち、達成にかかる。
砂が盛大に舞う中、競技と言ってもケイドロという響きがやはり童心に返らせる――そんな実感を持ちながらも神谷春樹(
jb7335)は始めにどのスキルを試そうかと考える。
そして東西南北、縦横無尽に砂浜を駆け回る静馬 源一(
jb2368)は早速白組を追い立て、近くに仲間がいるのであれば、その方向に向けても走る。
「うわーっ、砂が熱い!」
砂浜をとにかく走り回る草薙は、ふと思いついて物質透過で砂に潜り込んで辺りを見回す。
そこで見えたのは、黙して動かない黒神であった。
何故黒埼は動かないのか。――泥棒の時であろうとも、警察の時であろうとも、彼女の狙いはただ一つ。
「もーらった」
不意打ち。
よって必要なのは、走る事ではなくて隙のある泥棒。
闇に紛れて足音を消し、隙を見せた泥棒に忍び寄る。
何も真正面から追う必要はないのだ。
そう、北条はこれが恐かった。
龍崎、シュバイツァー、フーダット、神谷、黒神は顔を知っているので見かけたら逃げる。例えスキルを使ってでも。
現にフーダットは翼で空を飛び、相手戦力の分断や味方の補佐なども行っているし、小見山は全力の疾走と跳躍で次々と泥棒を捕まえている。
「待てや、こら!」
そんな中で藤沢は靴は脱いで裸足になって泥棒を追う。
なるべく遅い人間に狙いを定め、懸命に走る。
「あつっ! 砂浜あつっ!」
裸足であるから仕方がないが、それを生かして走り幅跳び的に飛んで捕まえようとし、勢いあまりタックルに。
しかしそれでもタッチした判定に入る。一人逮捕だ。
神谷は無音の歩行で気づかれないようにしつつ、近づく。しかしあと一歩の所で手が届かない。そこで、足が地中から伸びた根に絡みつく幻覚を見せて足止め。その後に首尾よく捕まえる。
静馬などと協力しながら挟み撃ちやスキルで敵を捕縛してゆく如月。隠密を利用したその狡猾さは、ある逮捕者にこう呟かせた。
「お前……最低だな」
「最低は褒め言葉ですよ?」
笑顔。
「ほら、僕ってインドア派なんで……てか疲れるじゃないですか。一旦見張りに回ってもいいですか?」
見張りを担当している生徒に聞いて見る。それで了承を得ても気は抜かない。如月は気配を消した泥棒を捕まえる。
「こんにちわ、後ろ要注意ですよ? って事で捕まえました」
頭を使い、楽して確実に捕縛。
勝つ為には手段は選ばない。
「うわー、何か凄いねー」
ずっぽと頭を出した草薙を見たシュバイツァーは、物質透過を使用して定める狙いを定める。そして、一気に突撃。
タッチ。
「わ、捕まっちゃった!」
「速さには割と自信あるんやで♪」
本人の言う通り、反応できない程であった。
牢屋へと連行された草薙は、浮島の上から足をバシャバシャさせて遊ぶ。
「海が気持ちいー。泳ぎたいねー」
何せ今日の気温は夏でも一二を争うほど暑いのだから。
「よろしければどうぞ」
「ありがとうー」
先に捕まった御堂がクーラーボックスからスポーツドリンクや保冷剤を取り出し自分や仲間達に提供してくれているものを草薙は受け取りながら、また水面を足で弾いた。
そして砂浜では。
逃げる時は全力で逃げる。味方が捕まったら助けに行く。桐咲はそういうプレイスタイルを貫く。泥棒がそれなりに捕まってきた今、助けに行くべきであろうだが。
「うわ、あれは難しそうだねー」
普段より動きが悪い、という理由で牢屋番を担当している龍崎の動きは只野の補助も相まって鮮やかなものであった。水上、水中共に近づくものの気配を察知し、只野と連携しながら幻影の鎖で一切の行動を封じながら捕まえている。
勿論、捕まった仲間を助けようとするのは桐咲だけではない。
「そこ!」
「見つかった!」
全身のアウルを足に集中させ、鎖の射程圏内から一気に飛び出すのは雫である。
彼女は海側の限界範囲付近にてシュノーケルと隠密を使用して潜水にて待機していたのだが、今この瞬間においては味方を救出しようと浮島に接近していたのだ。
油断も隙もない――そう考えた龍崎は次の瞬間、
「!」
全力で跳躍してきた浪風の存在に気づく。
波打ち際までの全力移動、それを助走とした全力の跳躍。
素早く、かつ力強い。
対応が遅れる。
浮島をたゆませながら着地、順序良く味方を開放してゆく。
「させるか!」
龍崎が再度鎖を放つも、海中に潜り込んで回避。
全員逃げられる事は避ける事ができたものの、相当数逃げられてしまった。
前半は、ここから巻き返すのが課題であろう。
三十分経過にはまだ時間がある。さあ、どうする。
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結局、赤組の逮捕者は十二であった。
北条が配ってくれたサイダー味の棒アイスに小見山はスポーツドリンクを、桐咲はあんまんを食べながら、両陣営は次の策を練る。
エネルギー補給と、互いに、自分達が勝つ為に。
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追う者から追われる者へ。追われる者から追う者へ。
立場の逆転が始まる。
白組は阻霊符を各所に配置し、物質透過を封じる動きを取った。
「これじゃあ考えた事もできへんわぁ……」
シュバイツァーには一つの考えがあった。
捕まったふりをして透過で下から牢屋に入り込んで紛れる、意思疎通を使い全員をこっそり脱出可能状態にして、制限時間ギリギリで全員脱出――という作戦だ。
物質透過が使えれば、という話であるが。
仕方がない。自分の能力をフルに使って全力で逃亡するしかない。翼で海面すれすれを飛び、波を起こしながら身を隠す。危険時には即座に潜れるように海面との距離には細心の注意を払う。
只野は現在の状況を整理する。
相手の行動パターンの予測を基に安全圏への移動を繰り返し、逮捕を回避。
今はまだいないが、逮捕者が出た場合は、陽動で救出を助成すればいいし、疲労を装って警察を多数誘導して防衛の隙を作るよう尽力する手もあるだろう。
救出試行者が居ない場合は、救出側を担当。他方向からの同時突入で成功率を引き上げよう。
さて、次はどう出よう。
現に、見知っている顔から追いかけようとする北條のような者もいるのだ。
牢屋周りを見張っている桐咲は少々暇を感じた。なので、
「うおおおおおー!」
大きな声を出しながら、怪獣のように近くにいた泥棒を追ってゆく。
そしてタッチ――と言うよりも『掴む』。触れた・触れていないのいざこざを防ぐためだ。
「流石にまだいませんか……」
牢屋に展開させた阻霊符の近くで生命探知で周囲の気配を探る御堂。
その上空で草薙は牢屋近辺の上空を旋回して、空から近づく泥棒がいないか索敵。手が足りなければ上空から自ら泥棒を捕まえに行く つもりだが、それはあくまでも最後の手段であろう。
「いたよ!」
近くにいた御堂に連絡。
「そこですね!」
右手側にこちらに向かってくる一人。泳いで向かう。これで白組を支援するのだ。
見つかったのは小見山。
岩場へと隠れパーカーとスポーツサンダルを脱いで手早く畳んで隠し海へ逃げ込んだ彼女は、海では顔を出すのは最低限にしていたが上空からの監視で見つかってしまったのだ。
しかし泳ぎは得意だ。捕まるつもりはない。
あちらも泳ぎでいくのであれば、こちらも泳ぎで逃げる。
小見山が上げた水の泡が、水中をかき乱していった。
後半の前哨戦にさしかかる所も終わり、持久力が試される中盤戦へと突入していた。
がさがさと砂浜を動き回る不審な影が一つ。影というより、ダンボールである。
中には藤沢。
「ふふふ、完璧だと思う」
言ってしまえば某伝説の傭兵ごっこ。
「いたぞー! そこだ!」
「ふぉお、ばれたぁああ!」
無理もない。そもそもダンボール箱があるという状況が砂浜では考えづらい。
こうなったら全力で逃げる。その足跡が、砂浜に残ってゆく。
それを高みの見物で悠然と眺めているのが如月である。隠密と感知で警戒しつつも嫌物というものは楽しいもので、
「いたぞ!」
「おっと」
見つかったら即座に逃げる。このループも確実に逃げられるからいい。
黒神は黒いビキニで参加していた。
それは何故か。簡単である。
もし現在自分を追っている者が男であった場合。
「見逃して……?」
魅惑のDカップを見せ付ける。
いわゆるハニートラップ。これで揺らがない男はいないだろう。
「うっ……」
この隙を突いて華麗に逃亡。ちょろいものだ。
さて、後半戦にもなると、持久力を超えた『何か』が発揮される。
気力――精神力――或いは、意地。
雰囲気が徐々に研ぎ澄まされてゆく。
そんな中で挟撃された。
前も後ろも封じられ、じりじりと距離を詰められてゆく神谷は、ナイトミストを使用。そして魔笑も重ね、幻惑させた上で暗闇に紛れて逃げる。
逮捕者が徐々に増加してきている事から牢屋側の攻防も激しくなっているのを尻目に、龍崎は海に繋がりながら――即ち、波打ち際で移動している。いざとなれば翼で地形無視して逃げ切るためだ。
「待て!」
そうしているうちに赤組に追われてしまう。咄嗟に発炎筒を投げつけて回避。
辺りに煙が湧き上がり、赤組の足を止める。
静馬は前半と打って変わり、砂の中に潜って隠れている。
さて、仲間が大量に捕獲されてきた。そろそろ動き出す。
(……自分で考えておきながらやってることが犬じみているで御座るな!)
そんな自嘲気味な笑みと共に、煙の中を突っ切った。
(ケードロというのは、何なのでしょう)
捕まったフーダットは、浮島に腰掛けながら牢屋番の白組にケイドロの意義について聞く。
(どうして警察と泥棒に分かれるのですか)
(何故捕まった泥棒は捕まっていない泥棒に触れられると脱獄できるのですか)
そうすると牢屋番も律儀なもので、ちゃんと自分の問いに答えてくれる。
するとどうなるか。注意が自分に引かれるのだ、当然ながら。
「うおおおお!」
そこで、静馬が飛び込んでくる――のは囮だ。
「これでこっちの大勝ちや!」
真打はシュバイツァー。
終了まであと五分を切った所。
大勝負だ。
「しまった――」
誰の声だったであろうか。しかし、もう遅かった。次々と泥棒が逃げられてゆく。
結局食い止めたものの、泥棒のほとんどが逃げてしまった。
残り四分。さて、
勝ちは、ほぼ決まったようだ。
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最早結果を書くというのは野暮な事であろう。
だがしかし、勝っても負けても、彼らの顔は清々しかった。
これは、全力でやりきったからであろうか。それは彼らにしかわからない。
運動会の一日が終わってゆく。
夕暮れが、海を照らした。
【了】