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夜の閑静な住宅街に響く爆音。
今夜も烈度圃弩血利辺破の活動時間となる。
ビービーパフパフと奇音を上げながら違法改造原付で爆走する。
しかし、今夜は違う。
『動き始めたみたいですね』
ハンズフリーの無線機から、龍崎海(
ja0565)の声が聞こえる。
『予想通り。私は行くですの……夜の眠りを妨げる者は許されないのですの』
さらに、橋場・R・アトリアーナ(
ja1403)の声も。
彼らの通信を聞きながら、エンジンをよく温めコンディションを整えておいた今宵の相棒――400ccの黄色いモタードに跨り、オフロード用ヘルメットにゴーグル、皮ツナギと安全を意識したバイク装備を着用した雨宮アカリ(
ja4010)は、タンデムに座る花雛(
jc0336)に声を掛ける。
「しっかりつかまってねぇ!」
「はい!」
花雛がしがみつく雨宮の背中には、苦怨麗神愚の文字。
よし、行こう。
アクセルを踏み込む。
「あぁ……いいエンジン音だわぁ……今夜はよろしくねぇ」
滑らかな走り出しを確認して、早速バイク乗りとしての悦に入る雨宮。そうだ、今宵はこの楽しみを、あの間違ってしまった彼らに教えなおさなければならないのだ。
夜の闇を、切り裂いた。
地面を震わせるV型気筒エンジンの心地よい重低音。ネイキッドともアメリカンとも取れない独特な大型バイクに跨るのは、命図 泣留男(
jb4611)。
「俺は、今……ストリートを切り裂く灰色のイナズマにな」
フルフェイスヘルメットのバイザーを下げ、発進させる。
実はここまでには涙ぐましい努力があった。
堕天使命図泣留男通称メンナクは、免許がない。
バイクに乗ったこともない。
「ふ……だが、これは俺がいつか乗り越えるべき試練だとは分かっていた」
憧れはあったらしい。
依頼前、原付で乗り方を学園の隅っこでこっそり練習していた。意外に努力家である。
「……ふっ、そうか……右がアクセル、か」
内心原付との余りの差にビビッても、それは表に出さない。それが伊達ワル魂である。
このバイクを選んでくれたソウルシスター――雨宮――をリスペクトしたい。烈度圃弩血利辺破の諸君、今宵は俺のナイトメアで酔えばいいのだ!
また、今回は暴走族を捕縛するという作戦上、それぞれ別の地点から出発する。
『私も行きます』
『あたいも行くよ!』
ハンズフリーの無線機から、次々に仲間が発進する事が聞こえる。この声は確か――雪室チルル(
ja0220)とユウ(
jb5639)であったか。それに最初に発進した者は、そろそろ接触している頃かも知れない。
「……動くとすっかね」
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)は、派手なファイアーパターンを施したネイキッドタイプのバイクのアクセルを踏み込んだ。
追走劇が、始まる。
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十人がかりで派手な音と光りを発する烈度圃弩血利辺破はすぐに見つかった。あまりそういった事も考えていないのであろう。遠くからでも発せられるそれらを頼りにすればあっと言う間に姿が見えた。
最初に接触したのはユウであった。闇夜に溶ける黒い翼で上から追走する。
「いました。座標を送ります」
バイクに装着したGPSに座標情報が送られてくる。
「おっ、ドンピシャだな。そろそろ到着すっぞ」
けらけら笑いながら、ヤナギが報告。追いついたメンナクと共に後を付ける。
そこに雪室と龍崎も加わる。
立派な追走体勢が出来上がった。
「見つけた」
そこに、雨宮と花雛も到着する。そしてウィリーしながら一気に抜き去り、ストッピーで後輪を持ち上げながら減速して速度を合わせる。
「今よ!」
花雛が目標と対話しやすい位置に付け危険を回避しながら安全運転に切り替える。
山田と並走しながらフルフェイスのヘルメットを外した下には、挑発的に弧を描いた妖艶な笑みを浮かべた花雛。
「我々は『苦怨麗神愚』(クオンレーシング)! 『烈度圃弩血利辺破』の諸君、貴様らにチームの存続をかけ勝負を申し込む!」
「何だと!」
「代表者1名による一騎打ちのスピードレース!……まさか、逃げやしないわよね?」
「ああん?! 何言ってんだお前ら。寝言は寝て言え」
当然の反応である。
「そもそも邪魔なんだよ! どけ!」
体当たり。
「……危ないから。変な事考えないのですの」
それに怒った相場が、手に持った鉄パイプをぐしゃりと握りつぶす。鉄のひしゃげる音が、エンジン音に紛れてもはっきりと聞こえた。
「ひっ!」
暴走族も真っ青だ。
その隙を突いて、龍崎が発煙手榴弾を投げ込む。
「うわあああ!!! 何だ!」
そこで良いのか悪いのか、隊列が崩れた。
変にブレーキかけてしまい、ソフトモヒカンが宙へと投げ出される。
「危ない!」
心優しい堕天使・メンナクの本当の目的は、「万が一の時、団の連中がけがをしたりしないようにする」ことだ。
光の翼を展開し、メンナクはソフトモヒカンをキャッチ。
「うおあ!」
次はレスラー体系が横転の憂き目に遭い掛ける。
「!」
一番近くにいた龍崎は急いでアウルの鎧を纏わせ、何とか大怪我を回避させる。
「俺の放つ輝きで、身も心もとろけちまいな!」
そこでつかさずメンナクが暴れることがないようにマインドケア――別名、悪羅悪羅オーラ――を施してから、回復術。――レザージャケットの前をはだけながら。
「これくらいかしら?」
完全停止した烈度圃弩血利辺破を囲み、花雛は改めて問う。
「この勝負、受けてくれるわね? 女子供に喧嘩吹っ掛けられて逃げるようじゃ男じゃないわよ」
「ふっざけんなよ……」
花雛に殴りかかろうとしたスキンヘッドを幻影の鎖で封じ込める。
「つまりあれよね?あたい達と戦うのが怖いの?」
しかし、見方を変えれば雪室のようにも捉える事ができる反応である。
「――いいじゃねェか。受けて立つぞコラ」
突然の宣戦布告であるが、売られた喧嘩は条件反射で買うのが彼らの特性である。
かくして戦いは始ろうとしていた。
「ルールは簡単。この港を先に十周した方が勝ち。勝ったら、負けたチームを傘下に入れる事ができる。私たちは一周半遅れで出発するわ」
スタート兼ゴール地点でルールの確認を行うのは、雨宮のバイクから降りた花雛だ。
「審判が不正をしたと言われないように、見届け人をつけた上でゴール判定をするわ。誰か一人貸してくれないかしら」
「じゃあ……タツヤ、テメエが行け」
「うす!」
呼ばれて出てきたのはバッテンマスクだ。これで問題は無いだろう。
「それでは両者位置に着いて」
スタートラインで、それぞれの愛車に跨りエンジンをふかす。
「用意――」
一瞬、時が止まったように感じた。
「スタート!」
山田輝夫のバイクが発進する。最初から最高速度だ。
そして取り残される雨宮。
なんともむず痒く、歯がゆい時間である。
相手が一周半するまでの時間はおよそ一分と三十秒。
「……」
指先で一秒を刻みながら、眼を閉じて心を静める雨宮。
1、2、3、4、5……
そしてイメージする。このバイクで、この港を駆ける自分を。
36、37、38、39……
九十秒のハンデなどもろともせず、悠然と相手を抜き去る自分を。
79、80、81、82……
このバイクで、無事に勝つ事を。
86、87、88、89……
No bike. No life.
90。
「一周半しました!」
「行くわよぉ!」
アクセルを踏み込む。ハンデが辛いので最初から全力全開フルスロットルで挑む。
夜の港に、モタードのエンジン音が響く。夜の港を、モタードが切り裂く。
一陣の風となり、疾走。
ギュルギュルと後輪を空転させながらカウンターを当ててコーナーを曲がる。コーナー走行はリーンアウトで内脚を前方に投げ出すオフロードスタイルだ。
嗚呼、いい。とてもいい。
腹の奥を震わせるエンジンの音も、流れてゆく景色も、ジャケットの上から感じる風も。
バイクに乗っている――という、至上の幸福を感じる。
これを、彼らにも純粋に味わって欲しい。
危険な行為などしなくても、バイクは答えてくれるのだから。
「もう少しよ……っ!」
もう少しで、一周半のハンデを覆せる。
バイクは、楽しい。
例え道を踏み外してしまってもバイクに乗り続けるであろう彼らから、バイクを奪いたくはない。何故なら、彼らの心のよりどころはきっとバイクなのだから。
今ここで雨宮が負けてしまったら、本当に彼らからバイクを奪ってしまう、そんな気がするから。
アクセルをさらに踏み込む。メーターが振り切る。
抜いた。
「さあ……ここからよお!」
サイドミラーから、どんどんと山田輝夫の姿が小さくなってゆく。
『雨宮さんがハンデをカバーしきりました! 現在一位です!』
実況を務めるユウから伝えられる情報が、烈度圃弩血利辺破のメンバーの顔を険しくさせてゆく。
「ふっざけやがって……」
バイクに跨ろうとするリーゼント。それを、雪室は止める。
「小細工はさせないわ。男らしく勝負を見届けなさい!」
そこに、相場とメンナクも無言の圧力をかける。
「おいシュート、やめろって」
バッテンマスクがリーゼントを宥める。
「……チッ」
リーゼントは舌打ちを一つ打ってから、原付にどっかりと腰を下ろした。
これが最後の、十周目。
緊張が走る。
長い長い、六十秒であった。
長い長い、沈黙が流れる。
その場にいた誰もが、固唾を飲んでそれぞれの勝敗を願った。
先に見えるのは雨宮か、山田か。
「あ、見て!」
その沈黙を破る雪室が指差す先に飛び込んできたのは――黄色いモタード。
勝敗は、決した。
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「てめぇ! 何かイカサマ使ったんじゃねぇのか!」
リーダーの負けに理解を示さないレスラー。
「でも負けたじゃねぇか」
レスラーだけでなく、他のメンバーも同意見だと言わんばかりにこちらに襲いかかろうとしている。恐らく彼らの頭からは、相手が撃退士であるということがすっぽりと抜けているのだろう。
「はあ」
溜息を吐いたヤナギは、自ら目立った上で分身し、ロープで動きを封じ、一列に並ばせてアスファルト上に正座させる。結構アスファルト上に正座というのは痛いモのなのだ。
問答無用で拳骨というのもアレである。とりあえず、リーダーから事情を聴こう。
「まぁ、若ェ時は色々したくなるわな。そー言う俺も色々して来たし?」
苦笑。本当に色々してきたものだ。
「でもな……それが良い経験だった、と思えるのは無事だったから、だ。 いつどんなことが起こるか分かりゃしねェ。止めとくンなら今の内だゼ? それに、改造しねェ方が良い音鳴らすゼ」
バイクというのは開発者の愛と情熱が篭った作品なのだ。
そしてバイクと乗り手が渾然一体となり、真の存在へと昇華する。
「――ま、それはそれで今までの制裁だ」
ぽん、と肩をたたいたスキンヘッドの頬に容赦なく根性焼き――と見せかけて鉄拳制裁。
「何しやがるテメエ! 御託ならべてないで黙れ!」
そしてヤナギに食って掛かろうとする隣のリーゼント。
「黙らっしゃい」
話し合いにならないと判断した龍崎は、リーゼントを抱えるとそのまま尻を叩いた。手加減で数発だ。ちなみにその様子は雪室にデジタルカメラで撮って貰っている。二段構えだ。
「テメェ! やりやがったな!」
「大丈夫です。ちゃんと大人しくしていればデータを返します」
ただし彼らの保護者に、だが。今後の教育にうまく使ってくれることを願う。
バッテンマスクが竜崎に食らいつくが、
「……人の眠りを妨げる者にはきつい罰が必要なのですの!」
一般人には強烈な右ストレートであった。相場渾身の一撃である。
「余り暴力や恐怖で説得したくはないですが、話を真剣に聞かないのなら何方か一人事故にあった時に受ける衝撃を体験しませんか?」
微笑みを湛えたユウが、手にしたツッコミハリセンを練った気を用いて地面に叩く。スパーンという小気味のいい音が夜空に吸い込まれてゆく。
彼女の真摯な説得に耳を貸さないから悪いのだ。
珍走団に対しては、メンナクはただ一言言うのみ。
「世の中に不満があるなら自分を変えろ! ナックルガイになれ!」
つべこべ言わずに男なら黙って黒に染まり、彗星になればいいのだ。
「お前ら! よく俺の仲間を!」
この様を見て黙っていられないのがリーダーの山田である。縛られてもなお襲い掛かろうとした山田であったが、花雛に鉄拳を一発食らう。それによって冷静さを取り戻した山田の両手で包み込み頬にキス。
「バイクは正しく情熱的に乗ったほうが、魅力的よ? 私なら、そんな殿方の後ろに跨りたいわ」
正しいバイク乗りは格好がいいのだから。
「さて、そろそろ理由を聞こうか」
ヤナギが話を戻す。
八人にじっと囲まれた山田は、そのまましぶしぶと語り始めた。
「――世の中じゃ誰も俺らを認めようとしねぇ。誰も彼もが俺らの事をゴミだのクズだの……だけどバイクは違った。ゴミでしかない俺らも風になれるんだ。だから、バイクは――」
山田の目は本物であった。間違った方向に進んだが、彼もまたバイクに魅力を感じた者の一人である。
雨宮は膝を折り、優しい笑顔で山田とメンバーに向き直る。
「あなた達、公道で安全運転をして、本気でレースやってみない? 山田輝夫って言う才能に溢れたライダーがいて良いメカニックがいて、何よりも信頼し合ってる……これ以上無いチームになるわぁ」
そしてバイクが大好きならば、きっとトップが取れる。
「もっとそのドラテクを違うことに使いな」
それだけ言い残して、颯爽と去るヤナギ。
「ああ、――ああ!」
その目に何かを見出したのだろう。山田のみならず、他のメンバーも頷く。
「狙うのは勿論トップ! RHC(レッドホットチリペッパー)再結成よぉ!」
「「「「「「「「「「おー!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
白んできた水平線をびしっと指差し、彼らの行く先を示唆する雨宮。こんな事もあろうかと、彼等のレース出場費は更正に必要不可欠な費用としてちゃっかり水増し請求しておいたのだ。
夜は、明けつつあった。
【了】