●
西部劇を連想させる酒場のセットと、荒野のセット。
あるスタジオでは、覆面シンガーのミュージックビデオと、学生が開発した新商品のコラボレーション撮影が行われようとしていた。
「今回のストーリーは『コーヒーで有名な町・フランツにやって来た旅芸人一座。そこで一人の娘と出会う。しかし彼女は裏社会の者に狙われていた。一座は娘を守ることになったがはてさて……?!』という内容になります。――それでは、こちらがキャストです」
監督の声が響くと共に、それぞれ衣装を纏ったキャスト達が一人ずつ名乗り出る。
「体術士役の千葉 真一(
ja0070)だ。よろしく」
「ヒーロー役のヴェス・ペーラ(
jb2743)です。よろしくお願い致します」
「悪役を担当する谷崎結唯(
jb5786)だ。よろしく頼む」
「踊り子役のロジー・ビィ(
jb6232)ですわ。精一杯、演じてみますわ!」
「月生田杏(
jb8049)よ。今回はよろしくね。あのLieのミュージックビデオに出演させていただけるとは、光栄だわ。良い作品にしましょ? 折角格好いいテーマなんだし、オネェ封印して野郎っぽくいっちゃおうかしら!」
「酒場の娘の神龍寺 鈴歌(
jb9935)です〜。 楽しく本格的に演じちゃうのですぅ〜♪」
キャストが一同に会した所で、撮影は始まる。
●
「はい! それではまずシーン1。スタート!」
ゆったりとした朝日に照らされる酒場が撮影され、続いてその中のカットに入る。
酒場の中では、鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れる神龍寺。
「良い香りの美味しい珈琲が出来たのですよぉ〜♪ 」
今回の映像はミュージックビデオの撮影となるため、音声は全て楽曲に差し替えられる。しかし、口の動きがあるのとないのとでは大違いなのだ。例え声は消されても、独自に考えた台詞を言う。
そしてミュージックビデオとなるため、編集時の素材不足を防ぐ為に余分に撮られていたとしてもシーンの一つ一つは短い。
「シーン2!」
旅の芸人一座が馬に乗って登場する。
胸下にフリンジの入ったビキニタイプのトップスに、腰の低い位置からサイドスリトが深く入ったスカート 、ジャラジャラとしたコインベルト 、ハイヒールという出で立ちのビィが仲間と顔を合わせる。
「美味しい珈琲が飲みたいですわね……」
「そうですね。長旅で少し疲れました……」
ペーラと共に頷き合う仲間達。そこで、酒場に辿り着く。
「ここからいい珈琲の香りがするな」
頬に炎のトライバルペイントを施した月生田は言う。そうして馬を降りた一行は、店の中へと入ってゆく。
「シーン3!」
「いらっしゃいませぇ〜」
入ってきた一行を神龍寺は迎える。
「ふふふ〜、皆さんカッコよくて素敵ですねぇ〜♪」
「ありがとう。この酒場から、いい珈琲の香りがしたんだ。淹れてくれないか?」
「もちろん〜!」
千葉の注文に応じた神龍寺。
「そうだ。私たち、あるものを探していますの。踊ってもよろしくて?」
「どうぞどうぞ〜♪」
酒場には小さなステージがある。回ごとに趣の違うダンスや歌が披露されるそこが、今回はビィが踊る場となる。
準備を終えた芸人がステージの隅で音楽を奏で始め、ビィがスキルも駆使して踊り始める。
華麗に優雅であってどこか妖艶で、見ている者を捕らえて離さないような踊り。客達はおろか、スタッフでさえも彼女に見蕩れ、暫しの間夢を味わう。
そのまま、シーン4へと移行する。
神龍寺はビィの踊りを見ながら、珈琲を飲んで少しでも幸せになりますようにと願い珈琲を淹れ、それを旅の一座に出す。しかしその時、
「邪魔をする」
銃声と共に、悪役である谷崎と手下が入ってくる。彼らが周辺を凪ぐように銃を撃つと、セット内に仕掛けられた仕掛けが爆ぜて酒場はあっという間に乱闘の場所と化す。
悪役――谷崎――は、クーゲルの組織の長。そしてある酒場の娘――神龍寺――をさらう依頼が入ってきた。だからこうして、正々堂々と攫いに来たのだ。それが一番手っ取り早い。
その為には、客は道端に置かれた岩のように邪魔者でしかない。
であるからして、容赦はしない。
客役の人間が悲鳴を上げて逃げ惑い、旅の一座もまた戸惑う。
「お客様にお怪我はさせないのですぅ〜」
それにも怯まない神龍寺。前に出て、自らが盾となる。しかし、
「下がって!」
紫電を全身に纏った月生田が神龍寺を軽く押してビィに任せると、飛び交う銃弾をかわして躍り出る。
「くっ――」
紙一重で鉄拳を避けつつ、険しい顔で数歩後退。
その瞬間、ビィのコインベルトがしゃらりと鳴る。殺伐とした空間に広がる清廉な水のような揺らめきの音。一座の者にとってこれは、攻撃開始の合図となる。
互いにアイコンタクトを送り、一気に谷崎達へとぐっと詰め寄る。
至近距離で銃を突きつけると、相手も条件反射といわんばかりに銃を突きつけた。
見せ場の一つとなる、メキシカン・スタンドオフ。
「動くとその首、頂きますわ」
ぐるりと後ろから抱きしめるように谷崎の首元にナイフを当てるビィ。
拮抗状態。
暫しの間、何も動かぬ何も聞こえぬ何も始らぬ不動の時間。
「――分が悪い」
それを突き破ったのは谷崎の方であった。
「出直そう。邪魔をした」
旅の芸人一座に見えるが、眼を見ればすぐ解る。全員、手練だ。こうなれば、手練がいると想定していなかった谷崎の方が分が悪いのは明白だ。
くるりと踵を返し、颯爽と去ってゆく谷崎。その背中が荒野の砂風に霞んで消えてゆくまで、一座はじっと身を構えたままであった。
シーン5! との声が響き、場の雰囲気が弛緩する。
「守っていただいてありがとうございますぅ〜♪」
神龍寺はぺこりと礼。それから酒場の主兼父親役に耳打ちし、ある事を提案する。
「守ってもらったお礼に、酒場の宿代をタダにするのです〜♪」
「本当ですか? ありがとうございます」
この街に来たばかりの旅芸人一座には願ってもいない話であった。ペーラはこちらこそと礼をし返す。
「ですが、このような有様でしたら満足に酒場を営む事もできませんわ。さ、さ、お片づけにしましょうか」
にっこりと笑いながら提案するビィ。それに賛成した一同は、酒場の主が持ってきた掃除用具でそれぞれ床に散らばった塵芥を集めたり破損箇所の修繕にあたる。
そして片付けが中盤に差し掛かった頃、必要となるものが出来る。それの買出しに、娘と、彼女を守るために一座の何人かは店を出る。
「行ってらっしゃい」
箒にもたれながら、月生田はビィ、千葉と共に見送る。
カメラが切り替わる。
街で買い物をする神龍寺とペーラ。しかしそこを、撤退したと思われた谷崎が後ろから忍び寄り、神龍寺を捕まえる。
「んぐっ!」
「あっ!」
ペーラが気づいた時には遅かった。ペーラは谷崎の仲間に首筋に一撃を食らい、膝から崩れ落ちる。
「娘は預かった。返して欲しければ、夜更けに荒野まで来い」
ぼんやりとする意識の中、ペーラはそれだけを聞き取った――
●
「はーいカット! 三十分休憩です! この後ポスター撮影を行いますので、水分補給などはしっかりと行ってください」
半分地点に来た所で、監督の声が響く。その声と共に、指先まで張り詰めていた神経を一旦解く。
「よろしければ、どうぞ」
「ありがとう。はぁ……楽しいけど結構疲れるわね」
むしろここまで地続きでやって来れたのが不思議なくらいだ。ペーラが提供してくれたスポーツドリンクを飲みながら、月生田は呟く。
それもそうだ。
あくまでも自然に、しかし人を魅せる動きをしなくてはならない。映像作品ゆえに、何台も構えるカメラの前で演技をし続けるというのは、同じシーンを何度もやる事だってある。舞台のように生物ではないのだ。
「ミュージックビデオか。B級映画とはまだ趣が違って興味深いな」
休憩の間にセットが再度調整されるのを見ながら千葉は呟く。覆面シンガーの正体ってのも気にはなるが、それはさておき。
「ゴウライガのイメージ曲とか作ってくれねぇかなぁ」
それもさておき。
台本を確認し、これからの動きを確認する。
横では、スポーツドリンクを配り終えたペーラが演出と共に再度、練習と相談を重ねている。
彼女の見せ場はこれからなのだ。気合も入る。
「……ところで 、Lieとかいう奴には会えないのだろうか。少し期待していたのだが」
「そうですね、難しいですね……彼女は何せ覆面シンガーで、一度も人前に出たことはありませんから」
「そうか……」
谷崎はこの企画の発案者である生徒に聞いてみるも、あまりいい回答が返ってこなかった。
さて、準備が整った者から製品の宣伝ポスター写真が撮影される。
「これとかどうかしら?」
真横を向き腕組、脚クロス、視線だけをカメラに向けて不敵な微笑を浮かべ、 コーヒーを顔の近くで手に持つ月生田。
「もうワンポーズお願いします」
「じゃあ――こうとか?」
コーヒーを置き、小さな紫色炎を指の上に作り出す。
「かっこいいねー。凄いよ」
カメラマンがフラッシュを何度も切りながら、隣のホリゾントでは千葉も撮影を行っていた。
「色々考えてきたんだ」
缶コーヒーをクイックドロウで腰から手元に。更に掌の中で一回転させてからプルタブ開けて飲む。
次の動きも続ける。これは月生田に手伝ってもらい、馬を使う。
馬に乗ってやってきた月生田が、千葉にコーヒーをパス。馬上で受け取って飲む。
「凄い! 凄く西部劇っぽいです!」
発案者の生徒も絶賛する。
こうして、撮影は続いていった。
●
後半が始まる。
「シーン6!」
戻って酒場のシーン。何とか意識を取り戻して戻ってきたペーラの話を聞いた一座はどよめく。
「まぁ大変!」
「まさかそこで攫われるなんてな……」
驚くビィと千葉。
「こうしてはいられないな。行くぞ!」
表へ駆け出し、馬へと乗る月生田に続く一座。向かうは荒野である。
千葉は何度も練習した通りきっちりと馬に乗り、格好良く鞭を振るう。
シーン7。荒野に切り替わる。
荒野では谷崎達が神龍寺を捕らえており、一座が来るのを待っていた。
そこに一座が登場し、悪役たちとの戦闘になる。
体術士である千葉は特撮仕込みの体術で近くの敵を投げ飛ばし、遠くの敵は投げナイフで攻撃し、ビィは踊るように蹴散らし、月生田は炎の槍で圧倒する。
彼らが開けてくれた道をペーラは駆け抜け、神龍寺を奪還。
「大丈夫?」
「はぅう……ありがとうございます〜」
縄を解き、頼れる大黒柱である千葉に神龍寺を預け、決闘の邪魔になるまいとカメラアウト。
そして、目前に控える谷崎へと向き合った。
シーン8。
決闘が始まる。
雑魚を倒し終えた一座が見守る中、ルールを決める。
シーン9。
決闘相手――ペーラと谷崎が背中合わせでスタート。三歩進んだら、振り返って銃を抜く。そして――撃つ。
スタンダードな決闘だ。故にスピードと、正確さと、勇敢さが問われる。
一。
場が静まり返る。
二。
ペーラの顔が確と前を見る。
三。
谷崎は、後ろに殺気を漲らせる。
四。
動き出す。
同時に振り向き――銃を抜いて激鉄を上げるのも惜しいような一瞬で、引き金を引く。
後に合成で入れられる筈の弾丸。しかし二人にはそれが見えた。
スローモーションで弾丸が迫り来る。
最早、玩具の銃で繰り広げられる偽の戦闘などではなかった。
バレットタイム。
全ての感覚の範囲が広がってゆく感覚。落ちた空薬莢を睨み、もう一発。二発。
音速の弾丸を避ける二人。
やがて全ての弾が撃ち終えた時、銃を捨てて新たな銃を持ち帰る。
次々に、次々と。
辺りが硝煙と土煙に溢れる。
構うことなく撃ち続ける。銃を抜く。また撃ち続ける。
そして銃は最後の一丁、弾丸は最後の一発となった。
これが最後。互いに肩で息をしながら、また最初に戻る。
一瞬にして最長の見詰め合い。
先に引き金を引いたのは谷崎であった。音速で迫る。
ペーラはそれを紙一重で交わしてみせると、谷崎の銃めがけて弾丸を放つ。
見事命中し、銃は回転しながら弧を描いて地に落ちる。
「――私の負けだ」
すっと両手を挙げ、谷崎は降参。
「いい勝負でした」
しかしとどめを刺す事はなく、手を差し出すペーラ。
拍子抜けた顔をした後谷崎は、軽く笑ってその手を取った。
シーン10。
夜明けの酒場では、和解した皆が神龍寺の淹れたコーヒーを飲んでいる。
「皆さぁん、珈琲が入りましたよぉ〜♪」
大きなトレーに沢山のコーヒーカップを乗せた神龍寺が、満面の笑みを浮かべた。
「カーット!」
監督の声が響く。
「完璧です!」
つまり。
「これにて全シーン終了です。お疲れ様でした!」
後は、編集に任せるだけだ。
●
後日。久遠ヶ原のどこかの街角。高等部の女子生徒達が歩きながら談笑している。
「ねぇ、Lieの新曲聴いた?」
「聴いた聴いた! ミュージックビデオ超カッコイイよねー!」
電気屋のテレビからは、新製品のコマーシャルが流れる。新しくコーヒーが出るようで、西部劇の格好をした男女が各々格好の良いポーズを取ってコーヒーを飲んでいる。
『明日と共に生き残れ フランツ・フランク』
ハスキーヴォイスのナレーションと共に製品案内が出る。
「そうそうこれこれ! コラボしてるの」
「そうなんだ!」
取り出したスマートフォンを操作し、ある映像を流す。
Lieの新曲ミュージックビデオだ。
ロック調のイントロと共に、全体的にややセピア掛かった彩度を落とした画面が映える。最初に映った荒野ではやや強めの風と砂塵が吹きぬけた。
そこへ馬に乗って現れた旅の一団。煽り、俯瞰、アップ、引きをそれぞれ多用し、臨場感に溢れながら顔ぶれを紹介する。
そして画面が切り替わり、タイトルが表示された。
『Before Tomorrow』
【了】