●
違法カジノでは今日も多額の金が闇から闇へと行き来する。しかし、違法は違法。禁じられた遊びも、終止符を打たねばならない。
相手は腐っていようが油断はできない。潜入し、悪事を暴く。
「ハッ、中々良い所じゃねぇか! 」
麻生 遊夜(
ja1838)は入り口で受け取った薔薇の絵が入ったドミノマスクを着け、カジノの中を一望した。
スロットマシーンがコインを吐き出す乾いた軽薄な音、時計の秒針を早めたような音を立てるルーレット、心臓の音を刺激するカードの音。それら全てがこの地下空間の中に広がり、ダンスシンガーが小さなステージで見せる歌と踊りが一層の毒々しさに華を添える。
(上手くやってるみたいだな)
そのステージでショーを提供するダンスシンガー達こそ、先に潜入した仲間であり何にも換えられない家族である来崎 麻夜(
jb0905)とヒビキ・ユーヤ(
jb9420)だ。退廃的な格好をし、二人で背伸びをした歌をステージで魅せる。
マスクの位置を直すと見せかけて、髪で隠すように装着した無線機の調子を再確認する。問題はない。よし、行ける。
よしと麻生は頷くと、目に付いたスロットマシーンにずんずん歩み寄ってゆく。
「この程度、俺にかかれば楽勝よ!」
ルーレットやスロットは目押しを、カード系はポーカーフェイスで勝てる! と良いな! と希望的観測で、負けないとは言っていないが勝負を挑みに行った。
一人目立つ客が現れていた。ルチャーノ・ロッシ(
jb0602)。もしかしなくても本職がマフィアなせいか、場慣れしている雰囲気が異常にある。
「チッ……ブタか」
テーブルにカードを呆れたように軽く叩きつけるロッシ。ディーラーの手付きに少し違和感があったが、下手なイカサマは見逃してやろう。順当に負けて注目を集めるのが目的なのだ。
「あの客……ギャンブルに向いていないんじゃないかしら?」
手透きのウェイターと壁際で雑談し、そんなロッシを顎で示したのはエルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)。資材の場所を確認し終えた彼女は、バックヤードで動いている仲間の為に、客役の仲間に注目を集めておく。
「話は変わるけれど……ガードが話しているのを聞いてしまったのだけど、ボスの部屋付近に有事の際の抜け道があるのだそうよ」
また、こうしてスタッフがどれだけの情報を知らされているのかを見極めるのも彼女の役割だ。
「へぇ、それは知らなかった」
「結構有名だと思っていたのだけれども」
この話は知らないらしい。ホールを担当するスタッフには知らされていないのか?
ならガードマンを担当する彼らはどうなのであろう――と、ミルドレットはふと思い、おもむろにバックヤードへ戻る。
そして物陰へと一瞬身を隠すと、蜃気楼で姿を隠してあるエリアへと向かう。先程資材の確認をしている中で気になっていたのだが、警備が厳しくて入れなかったのだ。
もしかしてあそこにチップに換えられた金銭があるかも知れない――そう思い、足音を消しながら歩いてゆく。
そんな中で、ある人物とすれ違った。
「あの……」
ガードマンとして潜入した咲魔 聡一(
jb9491)は、先輩ガードマンと思しき男に話しかける。
「ああ、お前が例の新人か」
学生が主な客層となるこのカジノに、軍人上がりの男達がガードばかりでは客に威圧を与えて寄り付かなくさせる。それを危惧した雇い主である黒山が、学生の中からガードマンを雇ったとの連絡が来ていたのであった。潜入者とも知らず、ガードマンはすんなりと咲魔を受け入れる。
「はい。それで、質問があるのですが」
「どうした?」
「もし騒ぎになったらどうするんですか? 客と一緒の出入り口からお逃がしするわけにはいかないですよね?」
「その時の為に、黒川様の部屋には抜け道がある」
新人だから知らなかったのか、という風にあっさりと教えてくれた。
「なるほど。見取り図を拝見しても?」
「ああ。少し待っていろ」
「ありがとうございます。勉強になります!」
仕事は仕事だ。真面目にやる。
(まあ、流石に僕らの出番があるほど暴れる客は少数派か……正直暇だな)
他の者の様子を見ても、実に緊張感はなくのほほんとした雰囲気さえ感じ取れる。
そんな中でも、佐藤 七佳(
ja0030)は辺りを見回し、身内にも怪しいものは居ないかと、一種の殺気を孕ませながらバックヤードを巡回した。
ふと彼女とウェイターがすれ違う。ただのウェイターではない、由野宮 雅(
ja4909)だ。彼はホールに出ようとしている、ショーを終えたダンスシンガー達に声を掛ける。
「どこかへお出かけですか?」
「ちょっとね。いいカモ見つけたんだ」
傍から見れば仲の良いスタッフ同士、深読みをすれば一種の牽制にも見えるこのやり取り。一種のサインである事も知らずに、他のスタッフ達は見過ごしていった。
戻ってホールでは、わざと負けている麻生がバーで項垂れていた。そこをダンスシンガーの二人が訪れ、相伴に預かる。
しかし、いつものようであっていつものようではない。
「(それ、役作りの一つか?)」
少し媚びた様に話すのは、場の雰囲気に合わせてだろうか。
「(ん、周りの人が見てるからね。演技だよ、演技。見せたくない肌晒してるんだし、これ位の役得はないと)」
くすくすと笑う来崎は、 体を摺り寄せたり、スキンシップも多い。
「そんな、事より、良い感じに、勝ってたね?」
耳打ちだけでは疑われる――そう感じたのか、ヒビキがそれらしく話題を振る。
「大丈夫大丈夫、次は勝てるよー」
「ハハ、次でさらにでかく勝ってやらぁ」
「うん。次こそ、運が向くよ……私達は、勝利の女神」
えっへんとヒビキが胸を張り、二人は周りにこの客を煽っているとアピール。ついで媚びるように擦り寄って甘えておく。これくらいの役得は大切だ。
これで捜査員と思われないだろう。
さて、これにはもう一つ意味がある。
本格的に作戦が動き出すのだ。
●
「待てよ、お前さっきカード隠しただろうが!」
先ほどから不機嫌であったロッシが、大負けした事によりディーラーに掴みかかる。勿論、ただのあてつけなどではない。先ほどまで見逃していたことを、『少し』大仰に指摘したのだ。
「な、何の事でしょう……」
雰囲気のせいか、それとも後ろめたさのせいか。ディーラーはぎこちなく答える。
「しらばっくれてんじゃねぇ。見たんだからな! 表出ろ!」
戸惑う周囲。
またそこから少し離れたブラックジャックのテーブルでは、二人に乗った形で全財産を投入する麻生。
「さぁ来い!」
意気揚々とした様子であるが、気付かれないようにヒットを繰り返しバストさせる。
「な……そんな馬鹿な!?」
ともあれ、全財産は呆気なく散った。準備は全て揃ったのだ。さぁ、来い。
「おやおや、お客様方。負けたからと言って騒ぐのはよくありませんなぁ」
来た。
嫌らしい笑みを浮かべ、でっぷりと太った腹を揺らしながら、ボディガードを引き連れて目標――黒山が登場した。ボディーガードの中には、仲間達も見受けられる。
「お前がここの頭か! 頼む……」
「何を頼むと言うのでしょう?」
縋る麻生。タイミングを見計らい、
「あ〜あ、残念だったねー」
薄く笑みを浮かべながら、来崎が黒山の近くに寄る。
「負けは負け。さぁ、膨れ上がった借金をどうして頂きましょう?」
「イカサマ使っておいて何が負けだ!」
ずかずかと歩いて黒山の胸倉を掴もうとした時、順当にボディガードが動き出す。
よし、豚に臭い息を掛けられた甲斐はあった。
懐から銃を出し、迷わずボディガードの足に向けて打つ。足さえ潰せば頭数は減る、無駄撃ちはしない。
引き金はこれであった。
「う・ご・く・なっ!」
巻き付く鎖の痣が来崎の白い肌に浮かび上がり、黒い涙を流しながら、影から湧き出た闇色の鎖が場に居る者に絡みつく。
しかしそこは腐ってもアウル覚醒者。しかも戦闘のプロなのだ。鎖が絡みつく中でも、動こうとする。そんな者はヒビキが近くにいたボディガードをハンマーでなぎ払う。
「ちょっと、痛いかも……ごめんね?」
突如の展開に、戸惑う黒山。
「な、何を――」
「依頼により、違法カジノは、摘発される、運命。逃げたい人は、逃げるといいよ。でも…手伝ってくれたら、恩赦があるかも、しれないね? 邪魔する人は、潰しちゃうよ?」
客達はしかし、硬直する。無理もない。
「すまんが……全部嘘だ、お縄についてもらうぜ?」
ニヤリと笑う麻生。
「戯言を……お前達、やれ!」
鎖を振り切った男達が、一斉に動き出す。しかし、彼らはまだ知らなかった。敵は身内にも居ることを。
「ぐふっ」
「がっ」
百科事典を構えた咲魔と、太刀を抜いた佐藤。
「この……雑草が!」
「ひぃっ!」
「天魔も人も善悪も関係ないわ。社会に害を為すなら斬る、それだけよ」
血振りをし、佐藤は切っ先を黒川に向ける。
「応援だ、応援を呼べ!」
誰かが警報を鳴らし、床がにわかに震えだす。これからここが乱闘の場所になることは、誰だって理解ができた。
程なくして応援が次々と来る。
「お前ら裏に入ったんだから文句は言うなよ?」
由野宮は銃を構え、笑顔で引き金を引いては倒れた者の捕縛へ移る。
「この久遠ヶ原に喧嘩売ったんだ。ただで済むと思ったら甘いぜ?」
硝煙の匂いが辺りに立ち込める。
乱闘の匂いが立ち込める中、間合いに入られた麻生は肩を掴みかかられる。しかし麻生が反応するよりも先だったのは、来崎であった。
「ボク(先輩)に、触るなッ!」
元より麻生をサポートする形で立ち回っていた来崎であるが、そのスピードたるや誰にも視認できないものであった。華麗に叩き伏せ、
「邪魔する人は、潰しちゃうよ?」
大きなピコハンを振り回しながら、箍が外れたように笑う。
「……さぁ、遊ぼう?」
壊れた人形のような笑顔に、黒山は思わずたじろぐ。そこをミルドレッドがアイヴィーウィップで捕縛を試みるが、数瞬の差で逃げ出した黒山を捕縛することはできなかった。
「待て!」
追撃を試みようとする佐藤であったが、明後日の方向から急に吹き飛ばされたガードマンによって道が塞がれる。蹴り飛ばしたが、それでも視界を戻した時には黒山は姿を消していた。
この騒ぎの乗じて、バックヤードに入った者が居る。ロッシだ。
捕縛の方には手が足りている様子なので、今のうちに事務所などを漁ってキナ臭い資料を集めておこうという算段である。
事前に無線でミルドレットが情報を流してくれているお陰で、後は回収するだけなので助かる。そういえば咲魔も集めれるだけ資料を集めていたと言っていた。後で取りに行くか。
(ふん……)
二人が集めていたと言っても漁れば出るわ出るわ宝の山。しかしロッシは豚の商売に興味はない。出てきたものは風紀連中に全部渡してやるつもりだ。
だが、今漁っている黒山の部屋というのはどうも気色が悪い。成金趣味の装飾主義とでも言うのか、とにかく趣味が悪い。人間、どこをどうすればセンスをそこまでグレードダウンできるのか気になる。
「この位か……」
後は奥の金庫だが、それは後々に分かる事だ。保留でもいいだろう――
そう思った所で、部屋に息せき切った黒山が入ってくる。ロッシには気付かず、ずけずけと歩いて壁にある全身鏡を押した。するとどういう事か。隠し通路が現れたではないか。
(あれが隠し通路か)
一周回って冷静であった。ふむ、そこに隠し通路があったのか。なるほど。
あ、そう言えば。
「ぎゃぶ!」
派手に倒れる黒山。
そう言えば、隠し通路に咲魔が罠を張ったと聞いた。それに見事引っかかったのだろう。
「――さて」
悶絶している黒山の襟首を掴み、蔑む目で見るロッシ。
「終わったな」
●
違法カジノに終止符が打たれた。
首謀者の黒山およびカジノの運営に関わっていた者は問答無用で送検、スタッフやガードマンは取り調べの後に然るべき処罰が。客であるが、身を滅ぼしてしまった者の借金は帳消しにした上で、そうでない者と共に一定のペナルティや厳重注意が課せられる。
「思ったより、面白くなかった。ギャンブルは、良くない、わかった」
項垂れながらも頷くヒビキは、麻生にそう報告する。
かくしてこの一件は落着となった。
連行されてゆくディーラーのシャツの袖口から、イカサマに使うためであっただろうカードが零れ落ちる。
カードはジョーカー。
それが、由野宮が吐き出した紫煙と共に、眩んで霞んで消えていった。
【了】