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クローズとなった夜の大型家具屋「IKETA」では、早速ある映像作家の新たな作品が撮られる事となった。
「いいか、スタッフの皆さんには迷惑がかからないようにするんだぞー。動かしたものは後でちゃんと直すように! 私と三宅が巡回して撮影するし、連絡をくれればそちらに向かうからな」
テレビ局の取材で見るような本格的なカメラを担いだ三菱と三宅が、エントランスに集まった八人に伝える。
「――まぁ堅苦しい話もこれまでにしよう。今日はこいつらで存分に遊んでくれ」
ダンボール箱には件のクッキーとアンプル。色めきたった一同は、適当にそれぞれを掴み取ると、クローズのために所々照明が落とされたIKETAの中へと散って行った。
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一階のフードマーケットでは、併設されている二階レストランで使用されているものと同じ食材が売られている。
三菱がそこへ立ち寄ってみると、今はそこに、三メートル強の巨大なもふもふの黒猫が。
ものすごい絵面である。
「どうだ、楽しいか?」
「はい! お菓子がものすごく小さいです! 可愛いです!」
もちろん、ただの黒猫ではない。巨大もふもふ黒猫忍者ことカーディス=キャットフィールド(
ja7927)は、もふもふの尻尾をふりふりと振りながらのっしのっしとフードマーケットを散策する。
落とされていない照明が、キャットフィールドの影をさらに伸ばす。何と言うか、ビルの影のようだ。
「……これ、三宅が見たら何て言うんだろうな」
自分の助手は確か猫アレルギーなのだ。くしゃみ連発どころか卒倒するだろう。――こんなにもふもふなのに勿体ない。
気になる棚を覗くためにしゃがんだりかがんだりする仕草は普段よりもずっとファンタジーで、どこかの絵本に出てきそうだ。
「……流石にこの姿でお魚を持つとなんでも小さくなってしまいますね〜……少し切ないです」
魚の切り身のパックをちょこんとつまんで項垂れるキャットフィールド。
「まぁそういう事になるのさ。大きくなるって事はな」
その様子は何となく、空になった餌皿を覗き込む猫に似ていた。
初っ端からインパクトのあるものが取れた。次へ行こう。
二階のショールームでは、ケイン・ヴィルフレート(
jb3055)とシルヴィア・マリエス(
jb3164)とネイ・イスファル(
jb6321)がテーブルを囲んで、クッキーとウォーターをしみじみと見守っている。
「人間はおもしろいものを作るのですね……」
「ああ、成程、この書物の中に登場する食べ物と飲み物なんだね〜」
ぼそりと呟くイスファルの隣で、不思議の国のアリスの本のページを開くヴィルフレートは頷く。
「どっちにしようかなー。やっぱりおっきくなりたってちっちゃいぱんをヒョイパクしてみたいよね!」
「ガリバーな旅行記? ああ、この挿絵のような感じで……なるほど。大きくなったシルヴィアさんにパンを食べさせればよいと」
マリエスが持参したのはパンである。という訳でぼりぼりとクッキーを食べたマリエルの体はみるみるうちに大きくなり、約三メートルの巨人になる。
「うはぁ、高いところのも取れるー!」
今では戸棚の一番上だって難なく取れる。取れすぎてむしろしゃがまなければならない程だ。
「いあいあそれよりガリバーさんだよ。ちっこいぱんを口に放り込んでもらうアレをするんだよ」
きゃっきゃと喜んでいる場合ではない。ガリバーな旅行記の再現をしたいのであった。
「すごいね〜。二倍ぐらいかな〜? でもこれぐらいだのガリバーな挿絵っぽくはならないね〜」
「これは……たしかに大きいですが、挿絵の通りにしようと思えば私達が小さくなる必要もありそうですね」
三メートル強になったと言っても、二人は通常サイズのままなのでマリエルの腰あたりまである。という訳でウォーターを飲み、十分の一のサイズにまで縮む。
「……服も一緒に縮むことに関しては暗黙の了解ということで一つお願いいたしましょう」
真顔で細かいことは気にしない事にしたイスファル。
「これならそれっぽいね〜」
単純計算で、二倍のかける十で二十倍もの違いがある三名。
「さて、この状態でパンを……わりと大きいですね」
「わぁ……さすがに十分の一になるとパンが大きいねぇ……目的位置までの飛距離も遠くなったなぁ……」
遠い目をしつつ、飛んでパンをマリエルの口に運ぼうとするヴィルフィールドとイスファル。
「こ、これしきのこと……レディの願いを叶えずしてなんとしますか……」
しかし十分の一の小ささになったという事は単純に、必要な距離も十倍になるという事になる。もちろん、普段気にした事のないパンの重さだって。
「えー…と、シルヴィアさんは座ってもらえるとありがたいですね〜……? その…私達が小さくなったせいで、え〜……見えてはいけない部分が見えそうになります……」
主に下からのアングル的な意味であるが、勿論、飛距離的な意味もある。これではパンを運び終わる頃には夜が明けてしまうだろう。
「えへへー。でもなんかいっそう巨人と小人の国っぽい感じだよねー」
指先程度の二人を見て、マリエルはぼんやりと思った。
「……なんかうっかり潰しそうで怖いね……?」
「やめてください」
これが俗に言う体格差というものである。冗談ではない。しかしマリエルがしゃがむと、二人との距離はぐんと縮まった。
(大きな口ですねぇ……とか思ったら怒られそうですね)
あーんと開けるマリエルの口は大きい。巨人化してパンを放り込んでもらう為だとは言え、大きくはないか――という考えを押し込んだイスファルは、ヴィルフィールドと共にタイミングを合わせる。
「そ、そっか。そっちはちっちゃくなってるから、パン、おっきいんだ……間違って口に飛び込まないでよー? 」
ドキドキしてきたのがマリエルである。首尾よくフラグを建築した所で、
「ふんっ!」
ヴィルフィールドの全力投げによってパンが放り込まれる。
「食べた気になれそうです?」
「いかがです〜?本みたいになりましたか〜?」
うんうんと頷くマリエル。満足した様子だ。
次に隣にあった大きなソファに座ろうとしたが、マリエルの方が大きかったので座れなかった。仕方なく三角座り。
「ふぇえおっきくなって見ると、家具っておもちゃみたいだねぇ」
手にヴィルフィールドを乗せながら、様々な家具を見て回る。
「せっかくなら小さくなって好物をたらふく食べるのもいいのではありませんか? ちょうどここに冷蔵庫に入れておいたバニラアイスとプリンアラモードが」
しれっと好物を出すイスファル。それを見たマリエルの顔がぱっと輝く。
「バニラアイスを! バニラアイスを所望します! いっぱい食べるの!! よし。今度はちっちゃくなろう!」
ウォーターを飲み、イスファル達と同じ背丈になったマリエルは、さっそく人形用のスプーンでアイスにがっつく。
「うおー食べても食べても減らないいいいい!」
「小さくなった甲斐がありましたね。これだけいっぱい食べられるなんてなかなかありませんよ」
役得による歓喜も、そう長くは続かなかった。
「頭が……キーンてなる……氷じゃないのに」
冷たいものを一気食いした反動で、頭痛がマリエルを襲う。
「ああ……なにかこう、リアル人形遊びされてるような」
この様子を見て髣髴とさせるのは幼女の人形遊びとままごとだ。
そんな中で適当なベッドを見つけたヴィルフィールドは、そこに飛び乗る。
「童心にかえりますね〜。童心なんて何百年前だったか忘れましたが〜」
さらに毛布を手繰り寄せ、
「この姿だと、毛布にくるまるとふわふわが凄いですね〜」
十倍ふわっふわだ。こんな機会もそうそうないだろう。もっと満喫しなければ。
「これ、敵天魔に食べさせたら瓶詰めできそうですね〜」
ふと思ったが、黒猫の姿を視界の捉えた事で考えは塗り替えられる。
「猫っぽい人もいますね〜?」
どうやら壁渡りからのベッドダイブを楽しんでいるらしい。艶やかな黒の毛並みが、遠くからでもわかる程もふもふと揺れている。
「きっと猫になって人間の世界を見上げたらこんな感じなんでしょうね〜?」
うずうずする手に毛布を握らせることでやり過ごすヴィルフィールドであった。
(おお……これは……)
これが三菱が撮りたがっていた景色か。
三人のやりとりを撮った三宅は興奮気味に録画停止ボタンを押す。
これは、思っていた以上にいい映像が撮れるかも知れない。
そう考えると、彼の足は自然と他のモデルの所に向かっていた。
ウォーターをすべて飲んで小人化した酒守 夜ヱ香(
jb6073)は、途中で出会った三菱と共に行動しつつ、通りかかったカーテンに飛び移ってよじ登る。いい高さになった所で棚に飛び移りコート掛けを滑り降りて枝からパソコンデスクに降り立ち、キーボードをリズミカルに踏んでダンス。そしてベッドの広さ、弾み加減を楽しんで一眠りと興じていた。
危険ならば持ち歩いているクッキーを食べて元に戻るつもりではあるが、今のところそういったことはないし、何より楽しいので元に戻るタイミングが見当たらない。
しかし、気配を感じて目が覚める。キャットフィールドだ。ウォーターを半分飲んで子供サイズにまで縮んだ彼は、黒猫忍者らしくしゅたたたたっと素早く、かつ静かに壁走りで隣のベッドに飛び込んでいた。
「黒猫…さん? はじめまして……、夜ヱ香です」
「あ、どうも。初めまして」
酒守に気付いたキャットフィールド。
「触っても、いい……の?」
「はい。どうぞ。そうだ、もし移動されるなら乗りますか?」
何という僥倖だろうか。輝いた目でこくこくと頷きながらキャットフィールドの肩に乗り移る。もふもふのふわふわな毛並に包まれて夢見心地な酒守は、再び家具の中を冒険する事にした。
「映画に出てきそうだな」
また出会った三菱が興味深そうにレンズを向ける。
「楽しいか?」
こくこくと頷く酒守。
「『ネコさんモフモフで素敵! いいわぁ〜。前からこうするのが夢だったの!』」
掃除ロボットに乗ってショールームを気まぐれに巡回していたアリス セカンドカラー(
jc0210)は、通りかかった光景に対して勝手にモノローグを付ける『地の文ジャック』という遊びに興じていた。
翼を展開させて彼らの様子を見守りつつ、また掃除ロボットの上に降り立って、また地の文をジャックしていった。
併設されているレストランに向かった三宅は、残りのキャットフィールドを撮影していた。
「小人サイズですとちょっとしたアスレチックですね」
「そうだな。調味料の容器だってちょっとした建物みたいに見えるだろう」
またも壁走りでテーブルの上の冒険を謳歌するキャットフィールド。頼んでいたケーキと紅茶が到着すると、それに飛びついた。
「やってみたかったのです」
ばりばりむしゃむしゃと身の丈ほどあるケーキに食らいつくキャットフィールド。
「そりゃ俺だってそうやってみたい――ん?」
少し離れたテーブルの上で何かを発見した三宅。
気付かなかった。
「どうしたんだい?」
ちょこんと座っているのはパウリーネ(
jb8709)だ。
「Drink Meウォーターだったか? アレ、林檎味じゃないか。うん……その……なんと言うか……つい、な。……気が付いたら飲み干していた」
「それ飲むと小さくなるしね」
最初はクッキーを食べるつもりだったんだが、林檎味に惹かれてしまったのだ。と付け加えるパウリーネ。
「この姿だと身長が110cm程度なんだ。ああ、つまりそういう事だ」
「つまり元の姿に戻っても小さいと」
「うるさい」
痛いところを突かれて拗ねてしまったパウリーネの身長は現在11cm。小学生が筆箱に入れる定規よりも小さいのだ。
「いや、悲観する事ではないかもしれん。何せ林檎と同じくらいの大きさなのだから」
ぱっと顔が明るくなったパウリーネの隣の林檎に目が向かう。
「……えーっと、どうやって食えばいいんだ……」
つまり、自分と同じ大きさの林檎を食べるという夢があって、それを叶えたい訳か。と推測する三宅。
流石に大きすぎて、どこから食べればいいかわからない。それに林檎はケーキと違って固いのだ。無理もない。
「小さく切ってくれ」
「まぁ……いいけど」
持ち合わせている刃物が叔父から貰った万能ナイフしかないのだが、まぁ彼女の要望は応えられる。しゃくしゃくと削ぐように切り、パウリーネに渡してゆく。
林檎と同じ背丈の魔女が、林檎の欠片を両手で持ちながら食べてゆく様は、隣に置かれた林檎との対比もあっていい雰囲気があった。
(これはすごくアリだな)
三菱が見たらどう思うだろうと思いながら、無我夢中で林檎を食べるパウリーネをファインダー越しに見守る。中々可愛いではないか。いい画だ。
厨房に行くと、雪室 チルル(
ja0220)が某探検隊のように全力で探検していた。
「よーし、あたいはキッチンを見に行ってくる! あたい探検隊! いざ出撃ッ!」
という事だ。
これまでの話。
食べ残しの料理等に足を取られて転んでみたり、床を動く害虫を「キッチンの平和はあたいが守る!突撃ー!」と追いかけてやっつけてみたり、電子レンジやオーブン等も危険がない範囲で中に入ってみたり、洗い場で無駄にアクロバティックな動きで泳いでみたり等、小さな世界で一生懸命頑張っていた。
そしてずっと気になっていたのは、仕込みのために熱せられたフライパンである。
「乗るなよ……絶対に乗るなよ……」
様式美である。
勇気はいるが、やってみると実に呆気ない。
「……なんか足元から焦げた匂いが? ――わちっ! あちちちち!」
ものすごく熱い。
急ぎ、洗い場まで全力ダッシュでダイブ。スッキリした。
「おいおい、大丈夫か」
そんな彼女を掬い上げたのは三菱であった。
「死ぬかと思った!でも冷たくて気持ちいいね!」
ぶんぶんと体を振って水を跳ね飛ばす雪室の顔は晴れ晴れとしていた。
「あ、それよりも、あたいのかっこいいところを映像に残してね!」
「もちろん。ちゃんと残しているよ。そろそろ時間だ、ラストスパートと行こう」
雪室を調理台に降ろし、三菱は改めてカメラを彼女に構えた。一瞬たりとも無駄にできないこの時間を、全て撮りたいから。
――こうして夜は更けてゆく。思い思いの背丈と時間で。
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数週間後、酒守に一枚のDVDが送られてくる。
それはある一夜の記憶。
これが、映像作家・三菱美香の最新作。
タイトルは、『小人と巨人の、静かな夜』。
再生してみると、穏やかで静かなピアノの調べと共に、あのIKETAの映像が流れ出す。
やがて掃除ロボットの上に乗ってやってきたセカンドカラーが悪戯っぽく笑う。
『可笑しで不可思議なお話の、はじまり〜はじまり〜☆』
【了】